2010年5月13日木曜日

アメリカで武者修行 第2話 是非紹介してよ、何だってやるよ。

街路樹が秋色に染まった九月のミシガンで、私達は居候生活をスタートしました。大部分の家財道具は荷解きせぬまま地下室に置かせて頂き、一日の大半は二階の部屋に閉じこもってインターネットの採用情報を検索しつつ、履歴書の送り先からの連絡が入るのをひたすら待ち続けました。一週間ほどしたある日、携帯電話が鳴りました。ビジネススクールで同級だったケヴィンでした。
「シンスケ、どうしてる?久しぶりだな。元気だったか?」
「ああ、元気だよ。有難う。相変わらず毎日仕事探しだけどね。そっちはどう?仕事見つかった?」
「ああ、二週間前にようやくね。」
「そりゃ良かった。我々の仲間のほとんどは未だに無職みたいだよ。そうか、君でも苦労したのか。」

バンド活動、サーフィン、アルバイト、起業クラブの活動、そして彼女とのデート。それらをすべてこなしながらも、卒業式では成績優秀者だけが授与される首飾りをガウンの上にかけてもらっていたこの男。彼ほどのスーパーマンでも職探しに苦労したのだと思うと、暗澹たる気分になりました。
「ああ、楽じゃなかったよ。いろいろ回ったけどどこでも断られてね。とうとう最後の手段に出たんだ。」
「最後の手段?」
「うん、元の上司に会いに行ったんだ。」
「ということは、君が前に勤めてたっていう…。」
「そう、ET社の上司だよ。自分から辞めた会社を訪ねて、仕事ないですかって聞くのはあまり愉快な経験じゃなかったね。」
「うん、それは楽しくなさそうだ。」
「でもまあ、当面食い繋ぐための仕事は見つかったんだ。よしとしなきゃ。」
「そりゃそうだよ。無職とは雲泥の差だ。で、職場はどこなの?」
「サンディエゴだよ。メキシコ国境の近く。高速道路の設計プロジェクトなんだけど、興味ある?」
一瞬、耳を疑いました。
「え?興味あるって、どういうこと?。」
「人手が足りなくてね。今のボスが人を探しているんだ。で、シンスケの話をしたら彼が興味を持ってね。それで電話してるんだよ。」

降って湧いた吉報。しかし意外にもこの時、私は自分が怖気づいているのに気付きました。負け戦の連続で自信が萎えていたのか、そんなプロジェクトに参加したとしても一体こんな自分に何が出来るんだろう、とネガティブな思考回路が働き始めたのです。そんな弱気に慌ててブレーキをかけ、張りのある声で答えました。
「是非紹介してよ、何だってやるよ。」
「そうか、良かった。それじゃボスとの面接をセットするよ。まだアーバインに住んでるんだよな?うちの職場までは多分車で2時間以上かかると思うけど…。」
「いや、今、ミシガンなんだ。」
「え?ミシガン?一体全体どうしてミシガンにいるんだよ?」
「義理の両親の家に居候してるんだよ。アーバインでこれ以上あの高い家賃を払いながらあてもなく仕事探しは続けられないと思ったんだ。」
「うん、分かる。そりゃ分かるよ。無理もない。アーバインの家賃は法外だもんな。そうか、それじゃ電話面接をセットするよ。来週の水曜か木曜になると思う。念のため、最新の履歴書を俺のところにメールしてよ。」
「ちょっと待ってくれ。電話での面接は苦手なんだ。相手の表情が見えないってのは何ともやりにくくてね。飛行機でそっちへ行くってのはどうかな。」
飛行機代は痛いけど、顔の見えない相手との面接なんてハードルが高すぎる。この際出費はやむを得ない、と感じていました。
「いや、こういうのは通常電話で済ますんだよ。高い飛行機代を払ったのに不採用になったら最悪だろ。彼が気に入って、実際に会って話したいってことになったら飛んで来てもらうかもしれないけどね。」
「そうか、そりゃそうだな。当然だ。分かったよ。で、そのボスってどんな人なの?」
「彼の名前はマイクって言うんだ。ちょっと変わった男だよ。ラフなタイプっていうか。」
「え?ラフ?そりゃどういうこと?」
「ほら、長いこと工事の仕事をしてきた男に共通する荒っぽさってあるだろう?彼がそういう経歴かどうかは知らないけどさ。人間性がどうっていうのじゃなく、態度や言葉遣いが少しラフっていうことだよ。心配するほどのことじゃない。大丈夫。シンスケはきっと気に入られるよ。」

その晩さっそく英語の想定問答集を作成し、繰り返し繰り返し声に出して面接の練習をしました。「ちょっと変わったラフな男」が、頭の中でもやもやと輪郭を作っては消えて行きました。

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