2014年8月30日土曜日

Rainmaker レインメーカー

この夏、サンディエゴにはほとんど雨が降っていません。ハリケーンや洪水など、大雨関連のニュースを世界のあちこちから聞きますが、我が家の周りはずっとお天気続き。水源のダム水位が深刻なレベルまで低下して来ているようで、節水を呼びかける声も頻繁に聞きます。

二ヶ月ほど前から、サンディエゴの水不足に歩調を合わせるように、私の仕事量もじわじわと枯渇してきました。7月にティファニーがプロジェクト・コントロール・チームに正式加入して以来、彼女にどんどん仕事を回すようにしていたため、気が付いた時には手持ちの業務量がほとんどなくなっていたのです。これはいかん、と焦ったのですが、まだまだ余裕があるから仕事を振ってくれとしきりにラブコールを送って来るティファニー。このままだと、僕自身がレイオフの対象者リストに入ってしまうじゃないか

数週間前、オレンジ支社に出張した際、元ボスのリックが「ちょっといいかな?」と話しかけて来ました。

「過去数年間、沢山の優秀な社員が自発的に、あるいはレイオフという形で会社を去ってるだろ。おかげで社内の雰囲気はかなり荒んでる。この週末、抜本的に状況を変える方法はないか考えてみたんだ。で、辿り着いた結論がね、僕たちにはレインメーカーが必要だ、というシンプルなアイディアなんだよ。」

「え?レインメーカー?」

「うん、思い返してみてくれよ。エリックのレイオフに始まって、エッシ、トム、クリス、スティーブ、という錚々たるスター社員を失った。彼らに共通していたのは、豊富な人脈やセールス能力じゃないか?つまり、仕事を引っ張り込んで来る営業力を備えた社員たちだったんだよ。で、今の我々は何をしてる?彼らが獲ってきた仕事の在庫を日々食いつぶしているだけじゃないか?そして食い扶持が減るたびに人を切って行く。おかげで残った社員は常に忙しいから、周りの状況変化に気づかないんだ。でも、こんなことを続けてたらお先真っ暗だろ。僕らに今一番必要なのは、レインメーカーなんだよ!」

「あの、話の腰を折るようですみませんけど、レインメーカーってどういう意味ですか?」

まあ文脈から何となく分かったけど、彼の論旨をブレなく理解するためには語意を確認しておきたかったのです。

「あ、ごめんごめん。僕の言いたかったのは、金をじゃんじゃん稼ぐ人、つまり大量の仕事を獲って来る人、という意味だよ。特別な嗅覚を持った、スバ抜けて人付き合いの上手いセールスマンたちだ。今の僕らは、単なる技術屋集団だろ。新しい仕事が入って来なけりゃ折角の技術を活かす場も無いんだから、死活問題じゃないか?」

後日、サンディエゴ支社でこの話を同僚たちとする機会がありました。すると同僚ジムが、

「レインメーカーというのは、人工的に雨を降らせることに成功した実在の人物から来てる名称だと思うよ。」

と反応しました。別の同僚スコットが補足説明を加えます。

「チャールズ・ハットフィールドという男が、1900年代の初めに人工降雨の技術開発に成功して、日照り続きだったサンディエゴ市の要請に応えて大雨を降らせたんだ。でもあまりに膨大な降雨量でダムが決壊して、大洪水になっちゃったんだな。で、市から損害賠償を請求される、というオチがついてる。」

後日、30年前に購入した「ワルチンのドキュメント人間博物誌Part II」という秘蔵本を本棚から引っ張り出して数十年ぶりに読み返したところ、「雨をつくる人」というタイトルで詳しいエピソードが紹介されていました。

このハットフィールドという人は、高さ7メートルの木製の塔を建ててその上に桶を据え付け、中に入れた秘密の化学物質を大気中に蒸発させる、という方法を使って数々の人工降雨に成功したそうです。全米各地で活躍した後、ホンジュラスで山火事を消し止めてキャリアを終了したのだと。彼は生涯で503回もの人工降雨に成功したそうなのですが、豪雨が長期間続いて家が流されたり上下水道施設が破壊されたりと、甚大な被害をもたらすことも多々あったのだそうです。

彼は、「この降雨はあまりに破壊的な力を持つので、悪用しようとする人間や一部の官僚に教えるわけにはいかない」と、秘密を封印して引退します。雨を降らせるのには成功したけど、降雨量の調節までは出来なかった、というのがこの話の重要なポイントですね。

ところで二週間前から、私の仕事量は異常な勢いで増加を続けています。空港建設プロジェクト・チームのサポートを頼まれ、現場事務所にほぼ毎日出かけています。過去数年間続いて来た巨大事業もようやく終焉を迎え、今年の年末までにプロジェクトの終結事務を済ませなければならない。チームメンバーのほとんどが既に別プロジェクトに移ってしまっているため、人手が足りなくなっているのです。

オレンジ支社からも二人の熟練PM達が急に会社を去ることになったため、5件ほどサポートを頼めないか、と副社長のリチャードから依頼が入ります。よっしゃ!と軽く引き受けたはいいのですが、そのひとつは工期8ヵ月で予算10ミリオンドル(約10億円)という、化け物のような短期決戦プロジェクト。来週スタートするというので木曜日、オレンジ支社で開かれた重役会議に急遽呼び出されました。ずらりと10人以上居並んだ副社長クラスの面々から「よろしく頼むぞ」と言われ、初めて事の重大さに気づきます。夕方自分のオフィスに戻った時には、新しく引き受けたプロジェクトに関連する未読メールでインボックスが溢れかえっていました。

ちょっと前まで仕事量の低下に不安を感じていたのに、気が付いたら過剰在庫で押し潰されそうな状況。コンサルタントをやっている以上、こういうのは覚悟しなきゃならないんだろうけど、あまりにも極端な変化に笑いが出ます。昨日、同僚ジェイソンに久しぶりに会ったので、こういう状況を英語で何て表現するんだっけ?と尋ねてみました。彼はちょっと考えてから、こんなフレーズを教えてくれました。

“When it rains it pours.”
「雨が降るときゃ決まって土砂降り」


2014年8月27日水曜日

Rite of Passage 一人前の大人になるための通過点

先日、お気に入りのポドキャスト “This American Life” で、Allure of the Mean Friend(意地悪な友達の魅力)というテーマのエピソードが放送されました。どこの中学や高校にもいる、「意地が悪いくせにやたらモテる女子生徒」の話で、その人気の理由を少し突っ込んで考えてみようじゃないか、という内容。

今はホームレスを対象にした医者として働いているジャッキー・コーエンという実在(と思われる)女性に、中学時代同級だったラジオ・パーソナリティのジョナサンがインタビューし、彼女がかつてやらかした数々の狼藉についてどう思っているのか聞いてみる、という趣向。

「君の親友のメアリーが、中二の時に僕に話しかけようとしたら、君が止めたらしいね。何て言ったか憶えてる?」

「憶えてるわよ。」

「あらためて、僕に面と向かって言ってみてよ。」

「もう聞いて知ってるんでしょ。だったら自分で言えば?」

「分かったよ。じゃあ言うよ。君はこう言ったらしいね。話しかけちゃ駄目、あの子汚らしいじゃない。そう言ったんでしょ。」

「ええ。」

。ま、当時は本当に汚らしかったのかもしれないけど。」

「そうよ、汚らしかったのよ。今も汚らしいけど。」

こんな風にジャッキーは、「思ったことを正直に言ってるだけ」だと己の正当性を主張します。媚びず、ひるまず、誰にも詫びない。美人で聡明でスタイルも良く、同性からも異性からも常に憧れの目で見られる。彼女のそばにいるとゾクゾクするほど楽しい反面、自分のちょっとした言動が彼女の審美眼に叶わないと、あっけなく仲間はずれにされてしまう。親友だったメアリーでさえ、常にピリピリと緊張しながらジャッキーの一番の友達という座を死守していたのだと言います。大多数の男たちは、ジャッキーの超然とした立ち居振る舞いに、「俺なんかきっと眼中に無いんだよな。彼女にとっては俺なんか、ゴミ屑同然なんだ。」と、いわれなき劣等感をかきたてられてしまう。

思春期や青年期には、知り合いにそういうタイプの女性が何人かいました。彼女たちの心無い一言や無言の一瞥などにひどく傷ついたり悩んだり、惨めな思いをさせられたりという経験が蘇って来て、ひとしきり「甘酸っぱい古傷の疼き」を愉しみました。

同じポドキャストのファンである同僚マリアにこの話をしたところ、「そのエピソードはまだ聞いてないから全部言わないで!」とくぎを刺した後、こんなことを言いました。

“Almost all girls have meanness. It’s part of our makeup.”
「女の子ならほとんど誰にでも意地悪なところがあるわよ。それは私たちの構成要素のひとつなの。」

そしてこう続けます。

「私も中学時代、意地悪で超人気者の同級生がいたわ。彼女のそばにいると、自分がすっごく駄目な存在に思えて、惨めな気分になったものよ。だからその頃の自分を思い出すのはとてもイヤ。うちの姪っ子も今中学生なんだけど、何故かそのタイプの同級生から意地悪を繰り返されていて、学校に行けなくなってるの。それを知ったうちの姉が、相手の親に詰め寄ってその子を呼び出し、姪っ子に詫びを入れさせたのよ。それがもとで事態が悪化しちゃって。」

「うわあ、それはかえって話をこじれさせちゃったね、きっと。」

「そうなのよ。でね、心配して姪っ子本人と話したら、意外と冷静なのよ。あの子、こういうのには打つ手なんか無い、皆が大人になるまで待つしかないって言うのよね。」

「うわあ、醒めてるなあ。」

「でしょ!それで私も思ったのよ。確かにこれは、大人になる過程で避けて通れない段階なんだって。」

この時彼女が使ったのが、

“It’s a rite of passage.”
「ライト・オブ・パッセージよ。」

というフレーズ。Rite(ライト)とは、宗教的な意味合いを持つ行為、Passage(パッセージ)とは、「通過」という名詞ですね。日本語ではよく、「通過儀礼」と訳されますが、平たく言えば、「一人前の大人になるために避けられない通過点」。バヌアツの種族が、伸び縮みしないロープを使ったバンジージャンプを男の子達に課し、これが出来たら大人として認めるという「成人の儀式」をテレビ番組見たことはありますが、我々現代人がそうした苦痛を伴う儀式への参加を強いられることはありません。ライト・オブ・パッセージって、他に何があるだろう?たまたま熟練PMのダグと会ったので、これを尋ねてみました。

「そうだなあ。今の社会にはバンジージャンプみたいな強制的で痛みを伴う儀式は無いもんね。」

と暫く考えてくれましたが、何も浮かばない様子。

Circumcision(サーカムシジョン)はどうです?」

と私。これは日本語では「割礼」と呼ばれ、男の子が生まれてすぐ包皮切除手術をする慣わしです。衛生上とか宗教上とか色々理由はあるらしいですが、うちの息子がアメリカの病院で生まれた際、医者がやってきて、

「ちんちんの皮、どうします?切っときましょうか?」

と、まるで「もみあげ短くします?」と尋ねる床屋みたいな気楽さで聞いて来たので仰天した記憶があります。 アメリカの白人男性の多くは、今でもこれを常識的な行為と考えているようで、ダグの三人の息子たちも漏れなく生まれたてで包皮切除したそうです。「どっちみち邪魔になるんだから切っておいた方がいいでしょ」というのがダグの見解。

「あれ、痛いですよね、きっと。」

「うん、それは間違いないね。だいぶ泣いてたし。」

「で、サーカムシジョンはライト・オブ・パッセージなんですかね。」

「いや、違うと思うよ。」

「ですよね。」


そんなわけで、今のところ思いつくライト・オブ・パッセージは、「意地悪な女の子に心を傷つけられる経験」くらいです。

2014年8月15日金曜日

Every cloud has a silver lining. 悪いことばかりじゃないさ。

オレンジ支社の同僚テドロスの身に起きたラッキーな出来事を、ダウンタウン・サンディエゴ支社での会議中、皆に披露しました。「レイオフのお蔭で想定外のボーナスが転がり込んだ」という結末に、テリー、セシリア、シャノン、そしてジュリーが驚嘆します。後でテリーが、別の支社でも同様の話があったことを皆にメールで紹介し、

「こんなところにもsilver lining があったわね。」

とコメントしました。

Silver lining (シルバーライニング)とは、文字通り訳せば「銀の裏地」。背広の内側についている、光沢のある布がそれに当たります。テリーの使った表現は、

“Every cloud has a silver lining.”

というイディオムから来ていて、直訳するとこうなります。

「すべての雲に銀の裏地がついている。」

どんなに暗い雲でも、裏側はお日様が当たって銀色に輝いている。つまりいかに厳しく辛い状況でも、必ず何かしら良いこと(希望など)があるものだ、という意味ですね。これ、時々耳にする言い回しなのですが、なかなか「自分で使えるレベル」の理解には至りません。雲の向こうに「太陽がある」とか「青空がある」なら同感出来るけど、「銀の裏地」って言われてもねえ。裏側が何色だろうが、雲は雲でしょ。良いこともあるよ、なんて連想に繋がらないもん。

こんな具合に、いくらでも難癖がつけられるようなフレーズって、自分のモノにするのが難しいんだよな。何か強烈な印象が残るようなエピソードがあれば、すんなり憶えられそうなんだけど

話変わって昨日の午前中、同僚ディックと打合せがありました。彼のプロジェクトデータを私のコンピュータにダウンロードするのを待つ間、前々からの疑問をぶつけてみました。

「ねえディック、名前のことで誰かにからかわれた経験ってある?」

すると彼は、

「数えきれないよ。」

と笑います。実は先日、北米西部のトップが辞任した際、私の隣の部屋で働く副社長のストゥーに感想を求めたところ、

“It doesn’t matter. He was a dick.”
「どうでもいいよ。奴はディックだったからな。」

という乱暴なコメントが返ってきたのです。「ディック」というのは「嫌な野郎」という意味で使われる言葉なのですが、理由は誰に聞いても分かりません。そもそもは「ちこ」の別称だそうで、どっちにしても、この名前を持つ人がからかいの対象になるのは避け難いだろうな、と以前から思っていたのです。

薄い笑みを浮かべた巨漢のディックは、握った右手の拳を私の目の前に突き出します。よくよく見ると、人差指から小指にいたる四本の指を支える小骨が、四つ並んで突起しているべきところに三つしかないのです。中指を担当する拳の骨が見当たりません。

「名前のことでからかわれた結果がこれだよ。」

拳の骨は陥没し、てのひら側へ沈んだ格好で留まっているのだそうです。

「え?どういうこと?」

彼がサウスダコタの片田舎で高校生活を送っていたある晩、女子バスケ部の試合を学校の体育館で観戦したそうです(彼自身もバスケ部の選手)。そのうち札付きの不良男子学生が六人、ふらっと体育館に入って来て、ディックに気付きます。試合中だというのに大声で彼の名前を呼び、卑猥な言葉を交えてからかい始めました。最初は相手にしなかったのですが、皆に迷惑がかかるので、黙って試合会場を後にするディック。すると六人がぞろぞろとついて来て、更にからかいます。絶対喧嘩はしたくなかったので、とにかく自宅に帰ろうと歩くのですが、ついに家の前で追いつかれ、囲まれます。今でこそプロレスラーみたいな体格ですが、当時はガリガリだったディック。いくら長身とは言え、六人でかかればひねりつぶせると悪どもは踏んでいたのでしょう。その日両親は旅行中で、自宅は空っぽ。助けを呼ぶ相手もいない。さあどうするか。

不良の一人が遂に殴りかかって来たところで、反射的にカウンターパンチをお見舞いします。長いリーチが幸いして、相手のパンチが届く前にこちらの拳が顔面を捕えたのだそうです。敵の鼻は潰れて血を吹き出し、ディックの方も右の拳の骨が砕けました。体育館を出た頃から集まり始めていた野次馬は、既に百人以上に膨らんでいたそうです。オーディエンスが見守る中、残りの五人を次々に片付けるディック。街にひとりしかいない巡査が駆けつけてきて、ようやくショーは終了したそうです。

「六人全員やっつけちゃったなんて、かっこいいじゃん。」

「今同じことやったら、テレビのニュースになってるだろうね。のんびりした時代だったんだな。」

「こんなこと聞くのもなんなんだけど、どうしてご両親はディックって名前をつけたんだろうね。」

「うちのお爺ちゃんがディックって名前でね、俺の生まれる三日前に交通事故で亡くなってるんだ。それで名前を受け継ぐことになったんだな。そんな事情を聞いちゃったら、親を恨めないでしょ。」

ここでディックが、エピソードの続きを語り始めました。

「実は俺自身も、あの大乱闘の三日後にバスケの試合があってさ、本当に参ったよ。右手が全く使えないから、左手だけでプレーするしかなかったんだ。そしたらなんと、かえって調子が良くってね。スリーポイントはジャカスカ入るし、左手一本でのダンクも連発さ。右手が使えた時は、無駄な力が入ってたんだな。左手一本に頼ることで、かえって基本に忠実なプレーが出来たんだよ。それで連戦連勝さ。」

そして、こう締めくくります。

“Every cloud has a silver lining.”
「悪いことばかりじゃないってわけだ。」

文句なしに、印象的なエピソードでした。でも意外なことに、やっぱりぴんと来ないんです。「雲の銀の裏地」って言われてもねえ…。


2014年8月13日水曜日

Yelp で絶賛!

月、火とオレンジ支社へ一泊出張。15年来の友人でオレンジ郡在住のK子さん、彼女の親戚で日本から留学中のMちゃん(19歳)と、三人で焼肉屋Anjin (アンジン)へ繰り出しました。Mちゃんは大阪出身。隣に住む叔母さんの家が焼肉屋だそうで、子供の頃から週3日(!)は焼肉を食べて来たと言います。

そのMちゃんが、

「私、ここまで美味しい焼肉屋には日本でも行ったことないです!」

と絶賛。

「だよね!特に石焼ビビンバは絶品でしょ!」

と興奮する私。14年前に渡米した頃から、ずっとAnjinに通って来た私。Mちゃんみたいな焼肉通に高い評価をしてもらい、嬉しくなったのです。

「エクストラ・クリスピーでお願いします。」

特別注文を入れるMちゃん。へえ、そんな手があったのか。考えたこともなかったなあ。いつもより一層カリカリに仕上がった石焼ビビンバは、信じられないくらいハイレベルのご馳走になりました。

翌日、元部下のヴィヴィアンに会いました。彼女はずっと私の下で働いていたのですが、最近になって副社長リチャードの助手に昇格。私はそのリチャードから午後のミーティングに呼ばれ、2階の会議室が空くまでの間、ヴィヴィアンと無駄話をしていたのです。

Anjinでしょ、知ってる!評判良いわよね。でも一度も行ったこと無いの。」

焼肉通Mちゃんの絶賛ぶりや、石焼ビビンバの美味さを丁寧に描写したところ、

「もうやめてよ!今すぐ行きたくなっちゃうじゃない!」

と笑うヴィヴィアン。

Yelpで調べてみよっと。」

Yelp(イェルプ)というのは、ネット上の口コミサイトです。ホテルやらレストランやら、ありとあらゆるもののレビューが載っています。出張などで知らない街に行った時、食事の場所や宿泊先を決めたりするのに重宝します。後でiPhone App Yelp Anjin を調べたところ、「星4つ半」の高得点でした。近所にあるライバル店のManpukuが、星4つ。よしよし、競争、大いに結構!二店とも、切磋琢磨してますます美味い料理を出してくれ!

間もなく会議室のドアが空き、リチャードとヴィヴィアンに連れられて二人の社員(デイヴィッドとビバリー)と初対面する私。二人はJustice Group という、法務関係のプロジェクトに特化したチームの重鎮。刑務所や裁判所の設計建築が主な仕事です。リチャードに促され、私はうちのチームが提供しているプロジェクト・コントロールのサービスについて説明しました。

「シンスケの助けを借りれば、君たちはプロジェクトの技術的側面やクライアント対応にもっと時間を割けるだろう。」

とリチャード。

「願っても無い話だわね。」

とビバリー。デイヴィッドも、「よろしく頼む!」と大歓迎の意を表します。

「デイヴィッド、とりあえず君が現在担当している二つのプロジェクトから始めようじゃないか。」

とリチャード。二件ともオレンジ郡内の刑務所拡張プロジェクトだということが、ここで初めて紹介されました。そもそもそんな刑務所が近所にあったこと自体が驚きで、一体どんなところだろう、と興味をそそられた私。自分の席に戻ってからググってみました。

すると、検索結果の早くも三つ目にYelp のページが出て来ました。え?Yelpに刑務所?レビュー書いて人がいるの?まさかね…。

半信半疑でクリックしたところ、なんと本当に留置経験者らしき人のコメントが載っています。

“The food is 10x better then the other 2 jails. They actually give cheese with their bologna sandwiches.”
「食事は他の二つの刑務所に比べて10倍うまいぞ。なんと、ボローニャサンドイッチにチーズが入ってるんだ。」

“The officers tend to be a little more relaxed here, but they do count more often - which does get annoying.”
「看守たちは大抵ゆるい感じだけど、点呼の回数はずっと多いな。これが結構イラついて来るんだ。」

このコメント読んで、何をどう参考にすれば良いのでしょうか?


2014年8月9日土曜日

Tail wagging the dog 犬が尻尾に振り回される話

今週オレンジ支社に出向いた際、同僚のロブと約一年ぶりに再会しました。もともと格別親密な間柄でもなかったのですが、今回の不在は特に長かったため、懐かしさのあまり長話を始めることになりました。

たまにしかオレンジ支社に行かない私は、留守がちなロブの席をその時だけ借りて仕事するのを習慣にしていた時期があり、ふいに出張から戻った彼と鉢合わせし、

「お、お帰り。いつ戻ったの?すぐにどくからちょっと待ってて。」

「いいよいいよ、他の席を探すから。そのまま仕事続けてよ。」

などという会話を交わすことが度々あったのです。

彼の今回の長期出張先は、ニューヨーク。ロブは土木設計のエキスパートで、ここ数年はFEMAのプロジェクトを転々としています。FEMA (Federal Emergency Management Agency) というのは、一般に「フィーマ」と呼ばれていて、大規模災害などで破壊された都市の復旧に関する調整業務や資金援助活動を担う連邦機関。ロブの仕事は、ハリケーンで受けたダメージの調査と工事費の見積もり。

「ほら、自動車事故があった場合、保険会社の人間が来て補修費用を見積もるでしょ。あれと根本は同じだよ。」

今回彼が担当しているプロジェクトは、2012年に発生したハリケーン・サンディ関連。ニューヨークはその広範囲が浸水に見舞われ、防波堤が破損したり海沿いの道路が陥没したり、と様々な被害が出ました。それらを修繕するのに何ドルかかるかを計算するのが、彼のお仕事。

「一定期間以上滞在すると、ニューヨークにも税金払い始めなきゃいけなくなるんでね。それでちょっとカリフォルニアに戻ってるんだ。」

「なるほど、税金対策の一時帰宅ってわけだね。あっちの生活では、何が一番印象的?」

「地下鉄の便利さだね。それから、交差点で信号が青になった途端に何十台もの車が一斉にクラクション鳴らすことかな。」

「ははは、せっかちなんだね、ニューヨークの人たちは。」

ロブが一年近く浮き世を離れている間に我が社に起きた様々な変化は、彼を面喰わせているそうです。

大規模買収を繰り返し、超巨大企業への変貌を遂げていること。
無慈悲なレイオフの連発。
数字をベースにした業績管理の徹底と、嫌気がさして辞めて行った大勢の優秀な社員たち。
ITグループの一斉解雇と、ITサポートのアウトソーシングが及ぼしている日常業務への弊害。
会計システムが刷新されて処理時間が長期化した結果、外部業者への支払いが滞り、彼らからの苦情が現場のPM達に殺到していること。
旅費精算などの単純作業がインドの低賃金労働者に流された結果、ミスの連発で皆怒っていること。

「ひどくギスギスした職場に変わっちゃったよね。僕みたいな社員は存在感が薄いから、いつクビにされてもおかしくないでしょ。幸いボスのジムが色々助けてくれて、当面食いつなぐだけの仕事にはありつけたけど、早くニューヨークに戻って現場の仕事に打ち込みたいよ。」

彼は、過去のFEMAプロジェクトのケースも交え、災害復旧費用の分担比率の決定がどのような影響を及ぼすか、という話をしてくれました。

1994年のノースリッジ地震(ロサンゼルス)では、カリフォルニア州が25%、連邦政府が75%、という比率だった。これは復旧が非常にうまく行ったケースだよ。ところが、2005年のハリケーン・カトリーナでは連邦政府が100%負担し、ルイジアナ州は一セントも出さなかった。勢い、州が連邦政府にタカる形になり、チェックが甘くなった。倒木や流木の撤去を請け負った地元業者が、トラックの荷台に飲料水タンクを敷き詰めて嵩上げし、運搬量の水増しをするケースが横行したし、まだ生きている木まで切り倒してボリュームアップを図る者が続出した。今回のサンディ被害では、ニューヨーク州が10%を負担している。自分達も金を出すとなれば、被害者側の言いなりにならないようしっかりチェックするようになるだろ。地元負担というのは、そういう意味でとても大事なんだ。」

なるほどねえ、としきりに頷く私。

「ところで、ニューヨークが特殊だなと思ったのは、市の発言権が大きいということだね。カリフォルニア州知事がロサンゼルス市長の言うことに振り回されるなんて話は聞かないけど、ニューヨーク市長は下手したらニューヨーク州知事よりも影響力が大きいかもしれないからね。連邦政府も市長の発言に耳を傾けてるのがよく分かるよ。」

そしてロブは、こんな表現を使ってこれを評しました。

“The tail wagging the dog.”
「尻尾が犬を振り回してる状況だね。」

Wagというのは尻尾を振る、という意味。普通は犬が尻尾を振るのに、逆に犬が尻尾に振られる、という状況を指す表現でしょう。なんとも愛嬌のある言い回し。この機会にモノにしようと思い、サンディエゴに戻ってから同僚リチャードに、日常生活でこのイディオムが使える例を教えてくれ、と頼みました。彼は暫く考えてから、急にイラッとした表情になり、吐き捨てるように言いました。

「真夜中にインドからメールが届いて、あなたの旅費精算書を処理するにはmore information(もっと情報)が必要だ。十分な情報を受け取るまでは精算が進まない、って言うんだよ。どういう情報が足りないのかも説明しないんだぜ。」

「あ、僕も10回以上そういう目に合ってるよ。」

追加資料を送っても送っても、「もっと情報を」を繰り返すだけのインド勢。「どんな情報が足りないんですか?」とメールを送っても、それには返答無し。クレジットカードの支払期限が迫って来ているというのに、一向に精算が進まない。

「え?シンスケも経験してんの?」

「僕だけじゃないよ。ほとんどの社員がむかついてるよ。こないだのオレンジ支社での会議でも、その話題でもちきりだった。インドとのそういうやり取りのために、どれだけ社員が時間を無駄にしてるか計り知れないよ。」

「そうか、僕だけじゃないと知ってちょっと救われた気分だけど、それにしてもひどい話だよね。単純作業をアウトソースしたのは、そもそも僕らの仕事の効率を上げるのが目的だったはずなのにさ。」

「で?何が言いたかったの?」

「あ、そうそう、インドの単純作業部隊がアメリカの実働部隊をガンガン振り回してるでしょ。それこそがTail wagging the dogだって言いたかったんだよ。」

なるほどね。これで納得。指図を受ける立場にいる者が、逆に指導者側を振り回している状況。犬が尻尾に振り回される、というイメージと、ばっちり重なったのでした。


2014年8月6日水曜日

Law of Attraction 引き寄せの法則

昨日は、日帰りでオレンジ支社へ行って来ました。ランチタイムにTown Hall Meeting (タウンホールミーティング)が開かれるというので、是非出席しておこうと思ったのです。環境部長のクリスピンと、南カリフォルニア地域を統括するトラヴィスが、社員との対話を目的に開く集会。今回のメインテーマは、月曜に実施された大規模レイオフの話です。

月曜の定例マネジャー会議に電話で参加していた私は、このニュースを聞いて愕然としました。私の下で品質管理グループのまとめ役をしてくれていたナンシー、サンディエゴ支社に勤務する地質学の専門家ブライアンも、レイオフ・リストに入っていました。全員が息を呑んだのは、最古参PMのタラが切られたことを知った時。タラは、部内でも最大のグループの長です。

「苦渋の決断だった。」
「断腸の思いだ。」

トラヴィスとクリスピンが、代わる代わる呻きます。

「このニュースを聞いたら、若い社員は浮足立つでしょうね。」

暫くして、ようやくレベッカが発言します。

「タウンホールミーティングで、きちんと話すつもりだ。正直に状況を伝える以外に道は無い。」

とトラヴィス。

百人近く集まった社員たちが、トラヴィスとクリスピンの説明を聞き終わると、予想通り水を打ったように静まり返りました。重苦しい空気の中で、皆それぞれ自分の席に戻ります。午後の仕事を開始した私のところへ、元ボスのリックがやって来ました。

「リック、あなたみたいなスーパー・ポジティブ・ガイも、今回ばかりはさすがにガックリ来てるんじゃないですか?」

と笑う私。リックというのは、巨大な嵐がやって来て人々がずぶ濡れになったとしても、彼の頭上だけは雲が切れてやさしくお日様が照っている、そんなタイプの人物なのです。

「解雇者リストに、テドロスも入っていてね。」

とリック。テドロスというのは彼の部下で、博士号を持つ秀才です。

「昨日の午後、彼を僕の部屋に呼んで、人事のコリーンと二人で解雇宣告をしなきゃならなかったんだ。」

「そうだったんですか。それはすみません。」

しまった、軽はずみにからかうようなこと言っちゃった。さすがに今のはまずかったな。恐縮していたところ、リックがこう続けました。

“But it turned out to be great news for him.”
「ところがこれが、彼にとってはすごくいいニュースになったんだな。」

ええっ?なんで?解雇がいいニュースになるわけ?ぶったまげる私。

「ちょっと話さないか?僕の部屋へ来いよ。」

とリック。

どんな逆風の中でも涼しい笑顔を絶やさず、常に明るく行動する。会議では、皆がはっとするほどユニークで前向きな意見を述べる。そんな素敵な元上司ですが、さすがに今回みたいなケースではへこたれるだろう、と勝手に踏んでました。ところがどっこい、またしても良い出来事が訪れた、というのです。

「こういうの、何て言うんでしたっけ?あ、そうだ、Law of Attraction (引き寄せの法則)でしたね。」

と私が言うと、

「ああ、The Secret という本に出てたあれね。」

とニッコリ笑うリック。自分が日々考えていることが、周りの出来事を決めていく。ポジティブな思考がポジティブな出来事を引き寄せる、それを「引き寄せの法則」と呼ぶらしいのですが、まさに今回の話が、これに当てはまるでしょう。

「テドロスと僕は、彼のスキルがコンサルティングよりも研究職に向いているという話を常々してたんだよ。ここのところ業務量の低下が続いてたから、彼も解雇の危機に気づいて、職探しを進めてたらしいんだ。それでコロラドに調査研究職のポストを見つけて、ついこないだ採用が決定したんだな。で、昨日の午後、僕に辞職届を出そうとしてたんだ。もしも解雇宣告が半日遅ければ、Severance Package (退職手当)を受け取れなかったところだったんだよ。本当にちょっとした差だった。ハッピーな転職が決まった上に、とんだボーナスが転がりこんだってわけさ。」


もう、この人ったら、いやんなっちゃう…。

2014年8月4日月曜日

Premonition プリモニション

目覚めた直後からずっと、お腹のあたりに重苦しい倦怠感がつきまとっていました。今日と明日はオレンジ支社への一泊出張を予定していたので、シャツや下着を畳んで洗面道具と一緒にバッグにしまいます。さあ出かけようという段になっても、まだ嫌な感じが抜けない。どうも不吉な予感がする。このまま車を走らせたら、高速道路で悲惨な事故に巻き込まれるかもしれない。内なる声が繰り返し、「行ってはいけない。やめとけ。」と私を説得にかかっている。どうしよう?

結局15分ほど逡巡した末、出張中止を決断しました。アホらしい、気のせいだと切り捨てるには、予感が強烈過ぎました。実は前の晩、茹でたパスタをざるにあけようと鍋を流しに運んだ際、嫌な予感がしたのにそれを無視して続けたところ、パスタの塊が縁に当たってざるがひっくり返り、三分の一くらいを無駄にしてしまったのです。あの時何故ストップしなかったんだろう、という後悔が胸に残っていたので、今日の出張取りやめを決断するに至ったのですね。あとで同僚リチャードに今朝の顛末を打ち明けたところ、そういうことってあるよね、と共感してくれました。

「こういう、嫌な予感みたいなのを、英語で何て言うの?」

と私。

「プリモニション、だね。」

「え?プリモ二?」

スペルはPremonitionで、いわゆる「不吉な予感」を指す言葉だそうです。

“I had a premonition this morning.”
「今朝、プリモニションを感じたんだよ。」

他の社員にも今朝のエピソードを語ったところ、

「そういう直観には従っておいた方がいいよね。」

と賛同してくれる人がほとんど。

「でもさ、こんな風に嫌な予感をベースに予定を変更することに対して、他人の共感を得られる保証は無いよね。」

と私。

「なんで今日はオレンジ支社に来ないんだ?って聞かれたら、何て答えればいいのかな。」

同僚サラに尋ねたところ、ちょっと考えてからこう答えました。

“Something came up.”

「なるほど。それいいね!」

何か(Something)が現れた(Came up)。意訳すれば、「いろいろあってね。」てなところでしょうか。

出張を諦めたことで、使える英語表現を二つゲット出来ました。