2013年6月30日日曜日

究極のリスクマネジメント・プロフェッショナル

同僚ティファニーがプロジェクト・コントロールに興味を持っていると聞いたので、うちのグループへの勧誘を目論んで短いミーティングをしました。

彼女のリスクマネジメントに関する知識は図抜けています。チームに加われば強力なメンバーになるでしょう。彼女のお父さんはネイビーシールズ(海軍特殊部隊)を退役した元軍人、お母さんは現役看護師。婚約中の男性も、アフガニスタン出征経験を持つ現役軍人です。

「子どもの頃から父を見慣れてるから、彼氏の行動パターンも良く理解出来るの。」

この婚約者はとにかく眠りが浅く、夜中に外で微かな物音がしただけでも敏感に反応して目を覚ましてしまうのだそうです。

「音の出所を確認するまでは眠れないの。だから真夜中でも構わず出かけて行くわ。アフガニスタンで四六時中敵の奇襲を警戒しながら暮らしてたから、当然よね。」

相手がお父さんでも婚約者でも、睡眠中に身体に触るのはタブーだそうです。どんな怪我を負っても、それは触った側の落ち度と見なされるらしい。

そんな彼女も、用心深さにかけては異常です。自宅のドアには金属の枠が据え付けてあり、訪問客からは見えないけど手の届くところにスタンガンが隠してあるのだと。先日もセールスマンを名乗る怪しい男が訪ねて来て、薄く開けたドアの隙間から部屋の中をじろじろ覗き始めたので、もしも侵入しようとドアに手をかけたらスタンガンを金属部に当てて電気ショックをお見舞いしてやろうと待ち構えていたそうです。

「父がそういう人だから、知らず知らずにそんな風になっちゃったの。たとえば家族でレストランへ食事に行くでしょ。父は絶対壁を背にして座るの。人が背後を通るのは堪えられないのね。そして必ず、ドアが見えるところに座るわ。」

「え?それはどうして?」

「店に入ってくる人をひとりひとりチェックするためよ。」

全く同じ行動を、彼女の婚約者も取るそうです。

「じゃあさ、野山へハイキングに行くとするじゃん。危険な野生動物なんかもあらかじめチェックしたりするわけ?」

と冗談半分に尋ねる私。するとティファニーは、様々な動物の生態や攻撃力などについて真顔で解説してくれました。ほとほと感心しつつ、

Mountain Lion (日本語ではピューマ)はどう?ほら、数年前にオレンジ郡でハイキング客が襲われたでしょ。」

と更に質問。

「あれは手ごわいわね。人間を恐れないし、木の枝に登って上から襲ってくるから。ほぼ勝ち目は無いけど、狙うとすれば目よ。とにかく執拗に目を攻撃するの。動物は目が急所なの。まあ最終的には、彼氏が武器を持ち歩いてるからそれで何とかするけどね。」

その彼氏、先日生まれて初めてカイロプラクティスの治療を受けたそうです。戦地での負傷の後遺症があるみたいで、頚椎の歪みを治してもらわなければならなかったのだとか。両手で頭を抱えられ、首をガキッと捻られた瞬間、反射的に医者の腕を掴んでいたそうです。怯える医者に、何度も謝ったのだと。

私はこのティファニーとの一連の会話中、ムズムズし通しでした。突っ込みたくて突っ込みたくて…。

「ゴルゴ13か!」

って。でも通じるわけないので、黙って聞いてました。考えてみれば、デューク東郷こそが究極のリスクマネジメント・プロフェッショナルなのですね。


コミックス読み直して勉強しようかな?

2013年6月23日日曜日

何があなたを仕事に向かわせるのか?

昨日は息子の通う日本語補習校で、高校生のための特別授業(第二回)を行いました。前回は日本で携わったまちづくりの話。今回は、渡米して初めて手がけた仕事、高速道路設計プロジェクトをテーマに選びました。この日本語補習校は、毎週土曜日に地元の高校を借りて授業をしていて、その敷地の真横を通る高速道路が、まさに私の参加したプロジェクトの成果だったのです。

今回の授業の基本トーンは、「何故プロジェクトが失敗したのか」。開発事業者は建設事業者からの損害賠償請求に耐えられず、数年前に破産宣告をしています。一般にプロジェクトの失敗要因というのは複雑で、一口で語れるものではありません。しかしこれは私の体験談ですので、あえてシンプルな分析をしました。「強欲と慢心。」

当時のクライアントはとにかく傲慢でした。設計業者の我々が設計標準に則って仕上げた成果品を、「この設計だと工事費がかかりすぎる。もっとチープなものでいい。」と却下し、基準を満たさない設計を強要します。当然、我々が渋々再提出した設計は州政府の審査で「待った」がかかります。「お前らのせいで審査を通らなかったじゃないか。もう一回やり直せ!」と逆切れするクライアントから、ほぼ一年間、何十回もやり直しをさせられ、挙句に「再設計の費用など払えん。お前らがボランティアでやったことだ。」と白を切るクライアント。

当時(10年前)プロジェクト・チームにいた社員の何人かは、現在サンディエゴのオフィスで一緒に仕事しています。誰に聞いても、あれは「史上最悪のプロジェクト」だったと呆れ顔。今回の特別授業の準備のために彼らにインタビューをして回ったのですが、排水設計の専門家であるマイクに話を聞いた時、ふとこんな質問をしてみました。

「何十回も道路の再設計を強要された時、排水設計もそれに連動してたわけでしょ?毎回一からやり直しだったわけ?」

「もちろん。再設計のたびに、前の計算はゴミ箱行きだよ。」

道路の線形が変われば路面の傾斜も変わるわけで、降った雨をどのように下水道まで導くか、という計算が全て変更になるわけです。

「当時はいいソフトウェアも無かったから、エクセルの計算を電卓でチェックする、という作業の繰り返しだった。分厚い計算書を、手分けして何度も見直ししたなあ。」

彼は計算書のファイルをひとつ、棚から取り出して見せてくれました。厚さ約10センチ。

「よくキレなかったね。一からやり直しの連続を、どうやって何十回も続けられたの?」

マイクというのは、ビーチバレーの全米大会で金メダルを取ったこともある、長身のスポーツマンです。バレーの特訓に較べれば大したことじゃない、などというスポ根的な回答を期待していた私に、彼がひどく冷静な表情でこう言いました。

「だって俺の計算に少しでもミスがあったら、道路に降った雨がきちんと排水溝に飲み込まれないで路面に溜まっちゃうだろ。その結果、ハイドロプレーン現象を起こしてドライバーが事故死しちゃうかもしれないんだぜ。そんなことは絶対許されないじゃないか。」

一瞬、胸が熱くなってうまくリアクションが取れない私。マイクが続けます。

「土木技術者の本分は、人々の暮らしと安全を守ること。だろ?」

彼のオフィスを後にしながら、何度も頷いている自分に気がつきました。そうだ。仕事に対する愛とプライド。そして崇高な目的意識。これが大事なんだよな!身体の底からむくむくとエネルギーが湧いて来ました。

この会話に触発され、同僚達のオフィスをひとつひとつ訪ね、こんな質問をしてみました。

“What makes you get up and go to work every day?”

日本語に直訳すると、

「何があなたの目を覚まし、毎日仕事に向かわせるのか?」

まず、サンディエゴ支社の環境部門を統括するジム。

「知的な同僚達と会って、刺激的な会話をすること。」

なるほどね。同感!次に、84歳の大ベテラン、ジャック。

「この歳になって自分が社会に貢献出来るという喜び。また、自分の成果品がまだ壊れず世の中の役に立っているのを確認する喜び。あと、若い人たちから新しいことを学ぶ喜び、かな。」

若手の同僚、アルフレッド。

Habit? (惰性?)」

最後に、過去7年間ずっと仲良くしている、私の後任の同僚マリア。

“Coffee, and mortgage.”
「コーヒー、それから家の借金。」


何があなたの目を覚ますのか、への答えが「コーヒー」で、何があなたを毎日仕事に向かわせるのか、への答えが「家の借金」、というわけ。さすがマリア。断トツの「ベスト・アンサー」に選ばせて頂きました。

2013年6月16日日曜日

Tidbit ちびっ?

先日オレンジ支社に出向いた際、ボスのクリスピンと会う機会があったので、現在私と財務部との間で繰り広げられている抗争について話しました。

「正直、この会社に心底嫌気がさしましたね。ひどい侮辱ですよ。10年以上勤めて来たけど、こんな仕打ちは初めてです。ちょっとの間、本気で転職を考えましたね。」

すると彼は、その怒りは良く分かる、本当にやってられないよな、と同情してくれました。そして、全面的なバックアップを堅く約束します。

「だけどな、」

と笑顔になるクリスピン。

“We don’t rule the world.”
「俺達がこの世の中を仕切ってるわけじゃない。」

これにはハッとしました。

「やれるだけのことをやってどうにもならなかったら、さっさと気持ちを切り替えて前に進むしかない。そんなところでストレスを溜めてちゃ駄目だぞ。」

そして彼は、ちょっと前にラジオで聞いた話を紹介してくれました。

「イスラエルの前首相のインタビューだったと思うんだけど、彼がこんなことを言ってたんだ。Leadership needs enough sleep.(リーダーたるものは、充分に睡眠をとらなくてはならない)ってね。寝不足や疲れは、判断力を鈍らせるんだ。部下を率いる立場にいる者は、どんなに忙しくてもたっぷり休息を取らなきゃいけない。」

あまりに感心して言葉を失う私に、クリスピンが更に大きな笑顔でこう言いました。

「それが俺のチビだ。」

え?なんだって?

例によって、相手がカッコよくキメたセリフの意味を聞き返すことが出来ない私は、お礼を述べて静かに退室するのでした。

後になって同僚トムに質問したところ、これはTidbit という単語(ティッビッとか、チビ、みたいに聞こえます)。ちっちゃさを強調する場合に使う言葉で、何か重要なことを言った後、やや冗談めかして謙遜する場合に使えるのだと。

クリスピンのせりふは、こんな風に訳せるのではないでしょうか。

“That’s my tidbit.”
「今日のひとことでした。」

2013年6月11日火曜日

BCC Me! ビーシーシーミー!

今の会社で働き始めて10年以上が経過しましたが、先週、これまで一度も経験したことのない程の激しさで「ぶちキレ」ました。先月私の部下になった社員5人のうち3人から、突然財務データベースへのアクセス権が剥奪されたのです。何かの間違いだろう、取り消せないか、と財務部に確認したのですが、これは会社の新方針だ、の一点張り。以後毎日、財務のトップとメールのやり取りをしています。お前らふざけんじゃねえ!これじゃ、うちのチームが仕事にならないだろうが!という憤りを、極めて慎重に、丁寧な文章に変換した上で。

久しぶりに同僚ディックと会った際、私の怒りを聞いてもらいました。
「まったくさあ、何が辛いって、頭が沸騰している時に冷静なメールを書くのが辛いよ。本当は映画パルプ・フィクションのサミュエル・ジャクソンみたいに、豪快に行きたいところなんだぜ。」

ジャクソン演じる黒衣の殺し屋ジュールスが引き金を引く前に使う決め台詞を、淡々と暗誦する私。

“And I will strike down upon thee with great vengeance and furious anger those who attempt to poison and destroy my brothers.”
「そして私は鉄槌を下すだろう。大いなる復讐と激しい怒りをもって。私の兄弟に毒を盛り滅ぼそうと試みる者たちに。」
するとディックが、ややドラマチックにサミュエル・ジャクソンの声マネをしながら、後半を引き取ります。

“And you will know my name is the Lord when I lay my vengeance upon you.”
「そしてお前は知るだろう、私の名が神であることを。お前に鉄槌を下す時に。」
二人で大笑い。さすが映画通のディック。いいねえ、こういうの。
「で、そんなメールを財務部に対して書いたわけ?」

とディック。
「いやいや、書くわけないじゃん。そんなことしたら大騒ぎになるよ。」

と私。
「もしも書く時が来たらさ、」

とディック。
“BCC me.”
「ビーシーシーしてよね。」

これには再び大笑い。BCC(Blind Carbon Copy)。自分の名前を他の人に明かさないようにしてメールを送ってくれ、ということですね。つまり、興味はあるけど大っぴらに関わるのは御免だぜ、という及び腰ぶりを表現したわけ。
ディックのユーモアのおかげで、いくらか気分が晴れました。

2013年6月6日木曜日

YOLO よ~ろ~!

先日、同僚リチャードが甥っ子の高校卒業式に出席したそうです。

「学生たちがあっちでもこっちでも、よ~ろ~!って口々に言い合ってるんだ。どうも流行の挨拶みたいなんだけど、集団でこれやってるの見ると、気持ち悪いよ~。」
「え?何?どういう意味なの?」

You Only Live Onceを縮めてYOLOなんだって、つまり人生は一度きり、毎日を楽しもうぜ、っていうメッセージらしい。」

「ふうん。初耳だなあ。」

「僕もその時まで聞いたことなかったよ。きっと若者の間での流行りなんじゃないかな。」

そこでふと、アイディアが浮かびました。

「そうだこれ、ジェイソン知ってるかな。」

「お、確かに。彼なら知ってるかも。」

二人連れ立ってジェイソンのオフィスを訪ねます。
「ああ、知ってるよ。」

と軽く答え、フレーズの意味を説明する28歳の若手エンジニア。

「ほらやっぱり。若者なら知ってるんだよ。世代のギャップだね。」
と納得する、リチャードと私。

「いや、僕だって最近まで知らなかったんだよ。誰かがそう言うのを聞いて、調べただけだよ。」

と、「若者の代表」レッテルを拒否するジェイソン。

「いやあ、彼はやっぱり若いよ。僕ら40代は後れてるねえ。」
とふざけながら退散しかける私達に、

Now you guys know it! (二人だってもう知ってるじゃん!)」
と顔を赤らめてむきになるジェイソンを、やっぱり若いな、と思いました。


帰宅して11歳の息子にこの話をしたら、
「頭の悪い子たちのグループが使ってる言葉だよ。パパが言ったらヘンだよ。」

と教えられました。すかさず

「よ~ろ~!」

とおどけて息子に嫌な顔をされる私は、立派なオジサンなのでした。

2013年6月2日日曜日

Red herring 赤いニシンの謎

先日、プロポーザル・チームの電話会議がありました。私は積算とスケジュール作成を担当することになっているのですが、あまりの忙しさにRFP(リクエスト・フォー・プロポーザル)を熟読する間もなく臨みました。カマリヨ支社からチーム・リーダーのハリーが、オレンジ支社からPMのマーカスが、東海岸からラリーが参加。まずは、入札予定の複数社からの質問に対するクライアントの公式回答を、皆で読みます。

会議の後半、ある回答にさしかかった時、皆が一瞬沈黙しました。
「う~ん。これは一体どういう意味かな?」

「この回答、なんだか妙だよね。質問にまともに答えていない気がするぞ。」
電話の向こうで首を傾げるハリー。ちょっと間を空けてマーカスが、悟ったような口調でこう言いました。

“It seems to be a red herring.”
「レッド・ヘリングだと思うな。」
へ?レッド・ヘリング?赤い鰊(にしん)?なになに?

この表現、以前も会議中に何度か耳にしたのですが、意味を調べずにここまで来てしまいました。会議終了後、さっそくネットで調べたところ、そもそもの語源は曖昧みたいです。ニシンの燻製か何かの臭いを使って、獲物を追う猟犬を惑わす、という説明が最もビジュアル的な信憑性があるけど、どうも確かじゃない。とにかく誰かから注意を逸らすための道具、という風に使われるらしいです。
念のため、同僚リチャードを訪ねます。
「ああ、レッド・ヘリングか。時々使われる言葉だね。」

「触れて欲しくない対象があって、そこから人の注意を逸らせたい場合に使う物なんでしょ。」
「そうだね。意図的なディストラクションのことだよ。例えば、もっと緊急で重大な政治的課題があるにもかかわらず、大統領が銃規制みたいなことを全面的に押し出して演説している場合、彼はレッド・ヘリングを使ってるって言うんだよ。」

なるほどね。じゃ、マーカスのセリフの和訳はこんなところでしょうか。
“It seems to be a red herring.”
「目くらましだと思うな。」
別の同僚ステヴにも、念のため意見を聞きました。

「このフレーズ、よく使うの?」
「いや、僕は使ったことないな。聞いたことは何度もあるけどね。大体、アメリカ人のほとんどは由来を知らないと思うよ。」

「え?じゃ、あまり使われないの?」
「いや、そうは言えないかな。単に、一生使わないでも済むタイプの表現だってことだよ。シンスケが会話の中で使ったら、皆びっくりすると思うけどね。」

う~ん、なんだかすっきりしないなあ。・・・謎に満ちた言葉です。