2015年12月29日火曜日

Unsung Hero 名も無きヒーロー

うちの支社では二週に一度の木曜夕方に、社員のプレゼンを聞く会が催されます。業務に直接関連しないテーマでもOK。社内コミュニケーションの促進が目当てで、プレゼンをきっかけに社員同士が話をし始めることが目的とも言えます。これまで数々のプレゼンに出席しましたが、今年一番心を打たれたのは、長期にわたって休職していたエンジニアのジェラルドによるものでした。

あまりにも長い不在に、気ままな一人旅でもしているのかなと思っていたら、海外でのボランティアに励んでいたというジェラルド。この夏フィリピンで低所得者用住宅の建設プロジェクトを終え、帰国しようとマニラ空港の待合室に座っていたら、携帯電話が鳴ったとのこと。

「シエラレオネへ飛んでくれないか?」

唐突な、しかもとんでもなくハイリスクの依頼をためらいも無く引き受け、即座に帰国を取りやめて現地へ飛んだジェラルド。シエラレオネと言えば、当時エボラ・ウィルスが大流行し、政府が非常事態宣言を出していた西アフリカの小国です。彼は、流行の拡大を抑えるための医療施設を設計・施工するボランディア・グループの一員となったのでした。

エボラというのは、汗などの体液を介して感染する、致死率83%といわれる殺人ウィルス。今のところ対症療法しか存在せず、とにかく感染者を隔離することが最優先です。死者が出た場合は素早く埋葬しなければならないそうで、防護服に身を包んだ係官が二人、誰にも告げずに少し離れた共同墓地まで営々と遺体を運び、その後についた別の係官が無言で消毒液を撒いて歩く。感染が確認されたが最後、患者は二度と家族と触れる合うことのないまま命を落とし、ひっそりと埋葬されるケースが大多数だというのです。

「そのことが一番辛かったねえ。」

と何度も繰り返すジェラルド。

彼が最初に取り組んだのが、施設内での患者の動線分析です。診察を受けようとやってきた非感染の患者の多くが、同室の感染者やその体液に接触したために死んでいる。この状況をまず変えなければいけません。

院内に足を踏み入れる人は、まず個室へ通します。壁の反対側から窓を隔て、医者が問診します。次に尿を採取させ、紙コップを小窓から提出させます。ここで陰性と診断された場合、一応潜伏期間が終わるまで別室で待機。この間、他の患者と触れ合わせないように注意します。陽性の患者は別ルートへ。対症療法で何とか持ちこたえさせ、生き延びれば退院させ、亡くなった人は裏口から運び出す。これら複数ケースの患者が互いに一度も接触することなく院内を行き来するためには、緻密な動線計画が必要です。

計画が出来上がったら施設の設計をし、直ちに施工、維持管理へと移ります。これら全てを、世界中から集まったボランディアの人たちがこなすのです。NPOの資金繰りは大変なため、コスト削減は徹底していて、ナースコールの装置などはジェラルドがアメリカの安売りショップから部品を取り寄せ、全て手作りしたそうです。

「命の危険を感じたことはなかったの?」

という質問に対し、彼があっさりと答えます。

「いや、それは無かったな。僕らは全員、入念にトレーニングを受けてから働いたからね。防護服の装着や消毒などの手順を端折らなければ大丈夫だよ。むしろ街を歩く時の方が緊張したね。汗をかいた人でごった返す中を通過する時は、その汗が自分の身体についたらどうしよう、とヒヤヒヤしたよ。」

そしてスライドのページをめくり、

「ボランティアとして外国からやって来た僕らのような人間は、装備やトレーニングが充実しているせいで、不安無く働けたんだ。本当に大変だったのはむしろ、現地で採用された職員だよ。」

と言いました。ひとりの男性職員の写真を指さし、感無量という面持ちで話すジェラルド。

「彼は地元でJanitor(用務員)をやっていたせいで、このプロジェクトに呼びこまれたんだ。ほとんど基礎教育を受けてない彼のような人は、不注意から命を落とす危険性が高い。でも彼は迷わず手を挙げたんだ。彼こそが、Unsung Heroだよ。」

このUnsung Hero とは、Singされる(謳われる、褒め称えられる)ことのないヒーロー。つまり人知れずスゴイことをしている人。直訳すれば、「謳われることのない英雄」ですね。辞書には「縁の下の力持ち」という訳が多く出ていますが、これだと「ヒーロー」のニュアンスが欠けている気がします。私の訳はこれ。

“Unsung Hero”
「名も無きヒーロー」

ジェラルドの帰国から数週間経った頃、シエラレオネのエボラ終息宣言がニュースを賑わせました。

彼が褒め称えた用務員の男性には、自国の人々を救おうという自然な使命感があったことでしょう。縁もゆかりも無い場所に命を賭して飛び込み、多くの人々の命を救ったジェラルドのような人こそが、本当のUnsung Hero ではないでしょうか。


しびれました。

2015年12月27日日曜日

First World Problems 勝ち組のお悩み

14歳の息子が通う高校はCharter School(チャータースクール)といって、公立でありながら教科書を使わず、プロジェクト中心のカリキュラムで教育を受けることが出来る、いわば「自由な私立もどき学園」。受験戦争無しに抽選で入れるのですが、家庭の所得レベルによって不公平が生じないよう、低所得層にやや有利な選抜方法になっています(とてもアメリカ的)。クラスには大金持ちの子もいれば、三食すらままならない子までいます。

先日、学年集会のようなものがあり、その場にいる誰かを指さして「どれだけその人に感謝しているか」を皆に話す、というプログラムがあったそうです。生徒たちの多くは担任の先生を対象に話したようで、特に低所得層の家庭から来ている女の子たちは、先生にどれだけ助けてもらったかを強調したのだと。

「お母さんは忙しすぎて、私のことをほとんど気にかけてくれません。先生はまるで二人目のお母さんみたいに、いえ母親以上に、いつも真剣に私のことをサポートしてくれます。」

中には感極まって泣き出す子もいて、男子生徒たちは半ば白け気味に顔を見合わせていたのだそうです(この年齢の男子らしい)。その中で立ち上がったのは、既に涙目になっていた裕福な家庭の白人女子生徒。

「私はずっと、Self Acceptance (ありのままの自分を受け入れること)が出来ずに苦しんでいました。そんな時、先生は私を優しく見守ってくれて…。」

男子生徒たちは眉を顰めて目配せを交わし、

“Such a first world problem…”

と囁き合ったのだそうです。直訳すれば、

「ファースト・ワールドなお悩みだよな。」

First World Problemをネットで調べると、「裕福な人の贅沢なお悩み」と出ています。ファーストワールドって何だろう?と更に調べを進めたところ、これはそもそも冷戦時代に出現したカテゴリーだったそうです。

First World: アメリカをはじめとした西側諸国
Second World: ソビエトや中国などの共産国
Third World: その他の国々

だからそもそも経済的な強さ別に分けたものではなかったのですが、いつの間にかそこに裕福さの意味合いが加わってしまったみたい。私なりに訳すとすれば、

“First World Problem”
「勝ち組のお悩み」

ですね。

息子にこの言葉の使用例を尋ねたところ、友達の家でケーブル会社を替えたらWi-Fiのスピードが落ちたと不満たらたらだ、という話をしてくれました。なるほど、それは贅沢な不満だね。

2015年12月20日日曜日

Darwin Test ダーウィン・テスト

PMソフト使用テスト最終日、進行役のクリスティーナが、出席者からの自由な質問に答えるセッションを開きました。

「システムがフリーズしちゃって全然前に進めないなあ、とイラついてたら、プロジェクトの開始日を、間違って契約締結日の数日前に設定してたんだ。こういうのって、エラーメッセージが出るべきところじゃないのかな。」

と、アトランタのジム。一旦同意したクリスティーナですが、冗談めかしてこう言いました。

“PMs will have to pass the Darwin Test.”
「PM達は、ダーウィン・テストに合格しなきゃいけないわね。」

え?ダーウィン・テスト?何だそれ?

休憩時間に入るのを待って、クリスティーナに直接質問してみました。

「ああ、それ?愚かな行為(契約締結日前にプロジェクトをスタートするなど)を繰り返してたら生き残れないでしょ。だからダーウィン・テストって言ったのよ。適者生存説のダーウィン、知ってるわよね。」

「いや、それは分かるんだけど、何だかぴんと来ないんだよね。」

「ダーウィン・アワード(Darwin Awards)って知らない?愚かな行為によって子孫を残せなくなった人たちを称える賞。後で調べてみてよ。」

さっそくネットで調査したところ、これはインターネット上で行われているイベント。毎年複数の事件が受賞しており、例えば、

「ハイジャックに失敗し手製のパラシュートを背に飛行機から脱出するも墜落死。」

「アスファルト溶液のタンク内で灯りのためガストーチを使用し、引火して爆死。」

など、ユニークでセンセーショナルな話ばかり。初めはくすくす笑っていたのですが、何だかんだ言っても人が命を落としている話です。徐々に気分が悪くなってきました。

再び休憩中、クリスティーナの席に行って簡単に調査報告をします。

「なんだかさ、あまり楽しく笑えないんだよね。結構悲惨な話が多くてさ。冗談が過ぎるというか、なんか、残酷さの方が面白さに勝ってると思うんだ。例えばエジプトの事件で、井戸に落ちたニワトリを助けようと中に降りた六人が次々に溺死し、その後引き上げられたニワトリは無事だった、なんてね。」

すると、クリスティーナばかりか、これを聞いていた周りの人たちが爆笑。え?ここでそんなに笑う?

笑いの引き金って、人によって様々なんだなあ、と驚く私。ニューヨークから来たダンディは、

「最後にニワトリが助かった、ってところが最高よねえ。」

などと無邪気に笑っています。すると、ちょっと離れた席にいたシカゴ支社のビルが会話に飛び入りします。

「昨日のニュースにこんな記事があったよ。フロリダで空き巣に入った男が逃走中、姿を隠そうと湖に入ったところ、巨大なワニに食べられちゃったんだって。」

一同、再度爆笑。


う~ん、これって西洋的なユーモア・センスなのかな?この環境で、笑いの「ダーウィン・テスト」に合格する自信が私にはありません。

2015年12月12日土曜日

Go down the rabbit hole ウサギの穴に落ちる

木曜日の午後、新PMソフトの使用テストも終盤を迎えました。ロスの会議室で二週間に渡り、しこしこ作業を続けて来た30人ほどの社員の前に、まとめ役のクリスティーナが立ちます。

「これまでみんな、真剣に取り組んでくれて有難う。日々報告してくれてるテスト結果は来週の頭にチームでおさらいする予定なんだけど、何か重大なバグを発見したという人がいたら今ここで発表してくれない?」

この投げかけに、

「どれほど深刻かは判断が難しいんだけど、」

と何人かが控えめに手を挙げます。フロリダから来たスザンヌ、アリゾナのカートなどが落ち着いた口調で自分の発見を報告し、クリスティーナが何度も頷きながらメモ帳にさらさらと書き取って行きます。数秒間発言が途絶えた時、アトランタから来たジムが低く張りのある声で喋り始めました。

彼は今回のPMソフト開発の生みの親で、全社で展開するプロジェクトマネジメント・トレーニングの講師も務める重鎮です。今にも陽気なカントリーソングを歌い出しそうなリズミカルな大声で、

「このパートでは次にこっちへ進むかと思いきや、そうはならないんだよね。PMの立場から見て、このフローはちょっと分かりにくいと思うんだ。だからさ、」

ここでクリスティーナが、まるでジムの頬を平手でぴしゃりと打つようにきっぱり制しました。

“We don’t want to go down the rabbit hole.”
「うさぎの穴に落ちたくないの。」

ジムは首をすくめ、オーケー、分かった分かった、とあっさり降参します。

これまでも度々、似た光景を見て来ました。ジムという人は、一旦何かにひっかかるとこれに食らいついてなかなか放さないところがあり、質問に継ぐ質問で会議の進行を停滞させてしまう傾向があるのです。クリスティーナはあえてこれを厳しくたしなめたのですね。

彼女の毅然とした態度に感心しながらも、私はこの「うさぎの穴に落ちる」という表現が気になり出し、肝心の作業が再開出来なくなりました。さっそくネットで調べてみたのですが、よく分かりません。この日の夕方、クリスティーナに直接尋ねてみました。

「え?私そんなこと言った?」

と笑ってから、

「不思議の国のアリスってディズニー映画観たことあるでしょ。ウサギの穴にアリスが落ちていく場面を憶えてる?そこから摩訶不思議な展開が延々と続くの。それが語源だと思うわ。」

「うん、それは知ってる。楽しい冒険談だよね。でもさ、さっきのジムの発言とうまく繋がらないんだ。別に彼は素っ頓狂な話をしてたわけじゃないでしょ。」

「でもあの発言は、私が求めてたことと大きくずれてたじゃない。ああやって一旦横道に逸れ始めると、そのうち本題に戻れなくなっちゃうことが多いのよ。」

おお、そういうことか、分かったぞ!彼女の発言は、こういう意味ですね。

“We don’t want to go down the rabbit hole.”
「本題から逸れたくないの。」

その晩は、参加者ほぼ全員でTom’s Urban というバーに繰り出しました。シカゴから来たビルにこの話題を振ったところ、自分は昔から「不思議の国のアリス」のファンなんだ、と告白しました。

「実はさ、クリスティーナがあのイディオムを口にした後、今回の参加者がアリスの映画のどの登場人物に当てはまるか考えて楽しんでたんだ。」

ふ~ん、登場人物ってどんなのだっけ?でっかい猫とか帽子のおじさんくらいしか思いつかないぞ。

「あたしはどのキャラ?」

と、ニューヨークから来たダンディが、これに食いつきました。ビルは一瞬言い淀んでから、

「君はCaterpillar(いもむし)。」

と笑います。

「ええ!?何ですって?」

「それから、Queen of Heart(ハートの女王)がジョディ。」

あっはっは、と愉快そうに笑うビル。

よく分かんないけど、ディズニー映画って「みなさんご存じの」という感じで使われるレベルの認知度みたい。実は昼間、ジムが席をはずしてる間にカートがYouTubeを開いて、

「次にジムがまたしつこく質問を始めたら、これ流すからな。」

と再生ボタンを押します。スピーカーから「アナと雪の女王」のテーマ「Let It Go」が流れ、一同爆笑。クリスティーナもこれに乗っかり、

「素早くエルサの仮装したりして!」

とふざけます。ディズニー映画の浸透ぶりはやっぱりすごいなあ、とあらためて感心。

ちなみに、「Let It Go」は日本語で「ありのままに」と訳されてますが、ここでカートが言いたかったのは、

“Let it go!”
「そんなにこだわんなよ!」

ですね。


2015年12月3日木曜日

Open Kimono 包み隠さず

先月に引き続き、12月も上旬二週間はロスの本社にべったり出張。全米各地のオフィスから派遣された約30名の社員たちと会議室に缶詰になり、来年全社で使用が開始される新PMソフトの使用テストに明け暮れています。

開発チームの中心メンバーで、ボストン支社から来ているクリスティーナが朝一番、会議室に顔を出しました。そして作業に励む男性陣(ボブとジムと私)を訪ね、開口一番こう言いました。

“You guys look all bright-eyed and bushy-tailed!”
「みんな目がキラキラ、尻尾はフサフサね!」

はあ?なんだ今の挨拶は?

一旦作業を休止してネットで調べたところ、どうやらこれは、リスなどの生き生きとした様子が元になっていて、「精力が漲っている」状態を表しているらしいことが分かりました。クリスティーナの言いたかったのは、こういうことだと思います。

“You guys look all bright-eyed and bushy-tailed!”
「みんな元気はつらつね!」

イディオム・マニアの彼女は、こんな風にさりげなく慣用句を出して来るのです。昨日も会議中、

“This is open kimono!”
「これはオープン・着物なのよ!」

と発言。今回のPMツール開発は、プロジェクト関連情報を社内で広く共有することが目標のひとつである、という文脈での発言だったので、意味は何となく分かりました。着物を脱ぐ、つまり「裸をさらす」、要は「情報を包み隠さない」という意味ですね。「着物」という日本語が英単語として使われていることに(アクセントは「モ」についてますが)、まずビックリ。そしてどう考えてもそこそこエロい表現を、女性がビジネスの現場でさらりと使ったことで、更にビックリしました。
アリゾナから来たカートという男に、

「ねえ、今のイディオム知ってた?」

と尋ねたところ、一度も聞いたことない、との返事。

「性的な含みがありそうなイディオムじゃない?あんな言い方、普通にしていいのかな?」

と聞くと、

「分かんないけど、女性が使う分には問題無いんじゃない?」

と笑うカート。

そこのところをちょっと確認しておきたいな、とランチタイムにクリスティーナを捕まえます。

「誰が使ったって問題ないわよ。だって着物って女性だけが着るものじゃないでしょ。」

「ま、そりゃそうだけど。」

胸の前で両手を素早く交差させた後、着物の前をがばっとはだけるジェスチャーをして、

「何も隠してませんよ、って感じがすごく良く分かる表現じゃない?」

と屈託なく微笑むクリスティーナ。そしてそのまま「全身丸見え」の態勢を保ちつつ、会議や交渉で忌憚のない意見交換を促したい場合に使えるのだ、などと丁寧に解説してくれました。なるほどなるほど、と相槌を打ちつつも、何となく目をそらしてしまう私。

この表現、中年男性が若い女性相手に使うと、思わぬ怪我をしそうです。


2015年12月2日水曜日

Some Will, Some Won’t, So What? 営業マンの心得?

最近、ファイナンシャル・アドバイザーのパトリックという男性と話すチャンスがありました。まだ40代の彼ですが、その気になればいつでも引退出来るそうです。生活のクオリティ維持や子供たちの将来のためにまだ暫く働くつもりだし、何より誰かの役に立っている毎日が楽しい、と笑って話してくれました。

余裕があって羨ましいな、きっと順風満帆にやってきたんだろうな、と思っていたら、学校出てから数年間は鬼のように働いたよ、と言います。大した学歴も無かった彼は、生命保険の外交員からキャリアをスタートしたそうです。当時のスケジュール帳を開いて、夜でも土日でも厭わず営業活動に励んでいた様子を見せてくれました。

「営業で一番キツイのが、人から拒絶される経験が毎日続くことなんだよね。でもそこを乗り越えなきゃ、この仕事は出来ない。ほら、こういう言い回しがあるでしょ。」

そこで彼の口から飛び出したのが、この表現。

“Some will, some won’t, so what?”

SWで始まる単語を畳みかけて韻を踏んでいるこのフレーズ。単純に訳せば、

「そうする人も、しない人も。それがどした?」

ですね。パトリックの話の流れから言えば、

「気に入ってくれる人もいれば、拒絶する人もいる。気に病む必要は無いよ。」

といったところでしょう。目の前のことにベストを尽くして前進を続けろ。ネガティブな反応を真に受けてくよくよするな。そういう教えですね。

これ、営業マンだけでなく、大抵の「挫けそうな状況」に適用出来ると思います。


2015年11月23日月曜日

Shanghaied 上海される

先週水曜はオレンジ支社へ日帰り出張。建築部門のブライアンと、来月の監査準備のことでミーティングしました。私がPMを務めるプロジェクトが三件ほど監査対象に挙がっているので、これをどうするか、という話。そのうち二つは実質的に終結してるので、システム内で正式に閉じてしまおう、という結論になりました。残り一件は監査対象外になることがほぼ確実だというので、ほっと一安心。

「ところでさ、なんで君がこんな取りまとめしてんの?前から監査の担当だったっけ?」

と尋ねる私に、首をゆっくり左右に振りながら溜息をつくブライアン。

“I got shanghaied in!”
「上海されちまったんだよ!」

彼の顔は上気し、いかにも憤懣やるかたなし、といった表情。

「ロスにいるコリー、知ってるだろ。ちょっと昔、同じ部署にいたことがあるんだよ。先週あのおっさんから電話が来て、監査の話題になったと思ったら、いつのまにか俺がオレンジ支社の取りまとめ係にされてたんだよ!」

以前から気が付いていたことですが、ブライアンというのは何かにつけて長々と文句を垂れるタイプの男で、彼の毒舌を日本語で吹き替える場合は、江戸っ子のべらんめえ口調がぴったり。

「あのさ、さっき何て言ったの?上海とか何とか。どうしてこの文脈で中国の地名が出て来るの?」

意表を突く質問だったようで、顔を紅潮させたまま黙るブライアン。

「ああ、それは本人の意思に関係なく連れて行く、つまり拉致するってことだよ。」

つまり、意訳するとこういうことですね。

“I got shanghaied in!”
「拉致られちまったんだよ!」

ブライアンの喋りのスタイルに、これほどお似合いの言い回しは無いなあ、と感心する私。

「でもなんで上海?そんな恐ろしい意味で自分とこの地名使われたら、住民は嫌な気分だろうね。」

「なんでかは知らねえな。ちょっと待ってろ。調べてみる。」

彼がネットで検索した結果、「かつて上海では船乗りを集めるのに合法的ではない手段を使った」というのが語源だと分かりました。

「な、俺がでっち上げた表現じゃなかったろ?」

と得意顔のブライアン。

翌日、サンディエゴ支社で残業していた同僚ポーラと世間話をしていた際、このエピソードを振ってみました。彼女は私の知る中で、最も上品なアメリカ人。

「今度のサンクスギビングには友人夫婦たちと皆でお料理した後、引き潮の時間帯に近くの砂浜を散歩する予定なの。」

という、何とも優雅な話題の後でしたが、こんな彼女でも「上海される」みたいな表現を使うことがあるのかどうかを知りたくなったのです。

「そうねえ、私は使ったことないわね。」

と微笑むポーラ。

「どういう意味かは知ってるの?」

と私。

「ええ、知ってるわ。こういうことでしょう。」

とポーラが別の表現を持ち出しました。

“I got roped in.”
「縄で縛られちゃったのよ。」


う~ん、さすがポーラ。お上品だぜ~。

2015年11月4日水曜日

ノーサイド

ラグビーワールドカップで日本が南アフリカ相手に劇的な勝利を遂げた翌朝は、フラストレーションが溜まりに溜まりました。職場の同僚たちに、「観た?昨日の試合、日本がさ!あの南アフリカをだよ!」と興奮して話しかけても、皆きょとんとしてるんです。シャノンはもちろん、リチャードもマリアもサラもエドも、「ラグビーって何?」くらいのレベル。ほんっとにアメリカ人って、アメフト一辺倒だもんなあ!

軍にいた頃ラグビー部に所属してたという話を以前本人の口から聞いたことがある巨漢の同僚アーロンに、最後の望みをかけてトライ。しかし、

「え?何のこと?」

と軽くいなされ、無念のホイッスル。帰宅してそれを妻子にこぼしても、イマイチ共感が得られません。ああ!誰かラグビー好きな人達ととことん話したいなあ!と溜息の夜でした。

さて、今週と来週はロスの本社にべったり出張。来年から世界の全支社で使用が開始される新PMツールのテスターとして約30名の社員が選抜され、私はアメリカ西海岸代表として出席。全米各地はもとより、香港、シンガポール、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、と様々な支社から派遣された人々と会議室に缶詰めになり、朝から晩までトレーニングとテストを繰り返します。バグを発見したり、ユーザーインターフェイスの改善点を議論したりするのが今回のミッション。

休憩時間、南アフリカから来たという白人男性社員と廊下で立ち話をしていたら、ニュージーランド代表の男性社員二人が加わりました。おお、そうだ、この時を待ってたぞ!とワールドカップの話を持ち出します。

「いやあ、ラグビーの話がしたくても、アメリカ人は誰もノッて来なくって。この国じゃ、どえらいマイナー・スポーツだからねえ。」

と私。南ア代表の男は、眼鏡をかけた色白のインテリ風。スポーツマンとは程遠い外見だったのですが、

「日本はすごく強くなったよね。体格も大きくなったし、スピードもすごいよ。」

と静かに論評します。対南ア戦の話題を出したところ、

「ああ、あの日は街中どこへ行っても皆死んだように落ち込んでたよ。」

と答えました。ニュージーランド代表の二人(巨漢の白人と中肉中背で褐色の男性)は、優勝国らしい余裕綽々の笑顔で、日本がいかに強くなったかを述べました。南アの男は、エディ・ジョーンズ監督の殊勲に触れ、

「彼は今度南アに移ってストーマーズのコーチをするんだよね。」

と微笑みます。ニュージーランドの二人は、日本代表チームに所属する複数の選手名を挙げ、「彼等はニュージーランド出身なんだよ。」とコメントします。ニコニコしながらもこの三人、「ラグビー好きなのは当たり前。大事なのは知識の深さでしょ。」という威圧感を漂わせています。よ~し、ここは日本代表として負けていられないぞ、と気合を入れる私。

近年、各国のチーム力が拮抗して来たことに触れ、

2013年にスクラムのルールが改正されたのが大きかったかもね。」

と思い切ってカマします。これは、スクラムの際に離れた位置からぶつかるのではなく、まずプロップ同士がしっかりジャージをつかみあってから組む、という方法にルールが変わったことを指していたのですが、三人ともゆっくり頷いて、

「ぶつかる力よりも、組んでからの勝負になったからね。それより、余計な怪我が減って良かったよ。」

と微笑みます。おっと、みんなこれ知ってたか。やばい、もう出す札が無いぞ。「ラグビー好き」と言っても、松尾、平尾の頃の知識で食ってるだけだからなあ。

南アの男が、日本代表の躍進ぶりについて再び語り始めたので、私が

「今、世界ランキング12位くらいかな。」

と言うと、ニュージーランドの大男が、

「いや、10位まで上がってると思うよ。」

と訂正します。え?そんな数字もチェックしてんの?ちょっと前までは日本なんて世界ランキングの話題にも入らなかったからねえ、と私が笑うと、南アの男は冷静に、

1995年のワールドカップでは、ニュージーランド相手に14517で大敗してたくらいだからねえ。」

とコメントします。おお~っ!過去のゲームのスコアまで暗記してんのか!ニュージーランドの二人は、

「笛が鳴ると数秒後にはトライっていうのを際限なく繰り返す感じだったからね。あの試合は本当にすごかった。」

と笑顔。ううむ、こりゃ知識量の差が半端じゃないぞ。

聞けば三人ともプレー経験があり、「男子なら全員、四の五の言わずにラグビー部」という環境で育ったそうで、そりゃ太刀打ちできるわけがありません。日本代表の私は、ラグビー大国たちに完膚なきまでに叩きのめされ、すごすごと引き下がったのでした。その時ニュージーランドの大男が、上の方から優しい声でこう言いました。

「ラグビーの醍醐味はさ、試合が終わると同時に敵も味方も無くなって、良い試合だったねってお互いを称え合うところなんだよね。」

じわっと来ました。そうだ、この「ノーサイド」の精神が、自分がラグビーを愛する一番の理由なのかもしれないな、と思い出しました。ラグビー「あるある」合戦では完敗だったけど、強豪国の人々と楽しく語り合えたことで、とてもハッピーになったのでした。

2015年10月31日土曜日

When one door closes, another opens. 閉まる戸がありゃ開く戸あり

今年の春ごろから、私が所属するオレンジ支社で大きな組織改変が立て続けにありました。「苦境にある複数プロジェクトのPMをやってくれ」と去年私に要請して来た建築部門の副社長リチャードは早々に転勤し、後任のジョンも数カ月で異動。その他にも解任やら辞職やらが重なり、上層部は短期間にそっくり入れ替わってしまいました。当然、過去の経緯を知る者は誰一人いません。

「このシンスケという奴は一体何者だ?なんで環境部門の人間がうちのプロジェクトのPMをやっとるんだ?しかもどのプロジェクトも惨憺たる経営状況じゃないか!」

といった会話が背景にあるとしか思えない不躾な質問メールがバンバン届くようになって来て、ありゃりゃ、これはヤバいぞ、と思い始めました。そんなある日、建築部門のある男性からメールが届きます。私の担当していた中で唯一軌道に載り始めていたプロジェクトについて書かれています。そして、

「ここから先は俺がやるから。」

と、PMの座をさっさと奪って行ったのです。

漫画に出て来そうな展開。さすがの私もこれはコタエました。なんなんだ、一体?まるで街にさまよい込んだチンピラを見るような険しい目つきで、住民たちが家の扉をバタン、バタン、と閉めて行く感じ。砂煙舞う砂利道に立ちすくんで途方に暮れる、自称ヒーローの私。気づいた時には、軽いうつ状態に入っていました。酒が飲める体質だったら、街はずれのバーにでも入り浸って荒れていたことでしょう。

これは他部門への助太刀中に起きた話ですから、直属の上司であるクリスピンに相談してみたところでどうにもなりません。今の仕事に就いて初めて、出勤するのが楽しみじゃなくなりました。悶々と三カ月ほど過ごした後、このままでは本格的な病気になっちゃうぞ、という危機感から、元上司のリックに相談してみることにしました。これまでも、困った時には決まって突破口を見つけてくれた人なのです。

「今、この支社はぐちゃぐちゃだ。上層部の入れ替わりや組織変更が毎月のように起こっているのは知ってるだろう。クリスピンだって明日どうなるか分からないような状態だ。個人個人はシンスケの貢献に感謝していても、組織的な認知になっていない可能性は充分ある。今のままじゃ危険だな。」

リックとの話し合いの結果、サンディエゴ支社環境部門への転属を、トップのテリーに打診してみることにしました。テリーとは四年前から一緒に働いて来たし、彼女の管轄下にある巨大プロジェクトのPMを長々と務めた経験もあります。私のことを受け入れてくれるんじゃないか、という淡い期待を抱いて彼女に面会を申し入れました。

「もちろんよ!もっと早くそうすれば良かったのよ。この支社のプロジェクト・コントロールをもっと強化する必要があるから、あなたが来れば完璧。そもそもサンディエゴで働きながらオレンジ支社に所属するなんて、無理があったのよね。」

予想を超える温かい歓迎に、胸が熱くなりました。テリーの右腕であるマイクが私の上司になり、10月から晴れて新体制へ移行しました。部下のシャノンは、

「これで私達、名実ともに同じチームね!」

と大喜び。オレンジ支社で散々受けて来た冷たい仕打ちが、まるで嘘のようです。

同僚ディックとランチを食べていた際、事の顛末を話しました。

「暫くは本当につらかったけど、結果的に良かったよ。日本語に、捨てる神ありゃ拾う神ありっていう慣用句があってね。そういう心境なんだけど、これ、英訳が難しいんだよね。だって日本には八百万の神がいるけど、キリスト教にはそういうコンセプト無いでしょ。」

「そうだねえ。直訳しても一般のアメリカ人には理解されないと思うよ。」

とディック。

「似た意味合いの英語表現は無い?」

と尋ねると、彼が暫く考えてからこう言いました。

“When one door closes, another opens.”
「閉まる戸がありゃ開く戸あり。」

おお、それそれ!

ぴったりな言い回しを頂きました。


2015年10月23日金曜日

Before I turn into a pumpkin パンプキンに変わる前に

ハロウィンの季節がやって来ました。職場はオレンジとブラックを基調にした賑やかな飾り付けが施され、仕事場らしからぬワクワク感に満たされています。レセプション・エリアのコーヒーテーブルには巨大カボチャが三層に重ねられ、壁際にはカボチャ頭の案山子風わら人形が座らされています。息子が小さい頃は、我が家でも大きなパンプキンを買って来て糸鋸で目や口をくり抜き、お化けの頭を作って玄関先に飾ったものでした。これ、実は結構骨の折れる作業で、一個仕上げるのに一時間はかかります。しかも、三日も経つと内側が腐り始めるため、折角の力作もあっという間にゴミ箱行きなのです。

さて水曜日のこと、古参PMのゲーリーが、私の向かいで働くシャノンのところに仕事を頼みにやって来ました。聞くともなく聞いていたら、彼がこんな発言をしました。

“Can you do it before I turn into a pumpkin?”
「僕がパンプキンに変わるまでにやってくれるかな?」

ん?何だって?これ、よく聞く表現だぞ。ゲーリーが去った後、早速シャノンに意味を尋ねてみました。

「シンデレラの話、憶えてる?夜12時になったら魔法が解けて、馬車の乗り物部分がパンプキンに変わっちゃうでしょ。それが語源よ。」

「へえ~、そうなの。いやいや、ちょっと待って。語源はともかく、ゲーリーがどういうつもりでその表現を使ったのかを教えて欲しいんだよ。今ちょっとネットで調べたらGo to bed (就寝する)っていう訳が出てたんだけど、まさか自分が起きてる間に送ってくれって頼んだんじゃないよね?」

シャノンが笑って首を振ります。

「彼は来週からお休みに入るの。金曜を過ぎたら暫く連絡がつかなくなるから、それまでに仕上げて欲しいっていう意味で言ったのよ。」

「おお、そうか。眠りにつくとか休暇に入るとかで、これからコミュニケーションが取れなくなるような状況で使うイディオムなんだね?」

「そういうことね。」

「でもさあ、やっぱり納得行かないんだよね。ゲーリーは乗り物じゃないでしょ。人間がパンプキンに変わるっていうのは変じゃない?最初から魔法にかかってるわけでもないし。」

「ほんとだ。確かに変ねえ。」

これについてはシャノンも明確な回答を持ち合わせていなかったようで、黙ってしまいました。

よく考えてみれば、カボチャが馬車に変身するというのは日本人にとってはイメージの湧きにくい展開だと思います。これには少々解説が必要で、実はこっちのパンプキン、日本のカボチャと較べて異常に大きいのです。極端な場合は直径1メートルくらいのものまであります。さらに、これは数年前に生まれて初めて包丁を入れてみて分かったことなのですが、パンプキンって外皮から数センチの厚み分だけ硬く、残りはほとんど種と繊維なのです。この「中身スカスカ」巨大カボチャの存在が、おとぎ話の丸っこい馬車への連想に繋がっているのだと思います。

しかし、それでもやっぱり「魔法の馬車がカボチャに戻る」ことと「人がコミュニケーションの取れない状況になる」こととが繋がりません。これじゃ、使えるフレーズとして自分のモノに出来ないじゃないか…。
後で同僚ディックにセカンド・オピニオンを求めました。

「文脈次第で色んな解釈が出来る言い回しだね。休暇も就寝も当てはまらないケースだってあるよ。俺が引退するまでに頼むぜ、と冗談半分に言ったのかもしれないし。」

う~む。やっぱり馬車も魔法もしっくり来ないじゃないか…。仕方ないので、ここは思い切って意訳することにしました。

“Can you do it before I turn into a pumpkin?”
「僕がカボチャ頭になる前にやってくれるかな?」

どうでしょう?


2015年10月9日金曜日

Catch 22 キャッチ22

水曜のランチタイムに参加したトレーニングで、インストラクターの何気ない発言に、耳がピクッと反応しました。

“That’s a Catch 22.”
「それはキャッチ22(トゥエニィトゥ)だな。」

これ、会議などで半年に一回くらいは耳にする準頻出イディオムです。なのにこれまで、ちゃんと意味を理解せずに過ごして来ました。今回も残念ながら、どんな文脈で使われたのか不明なまま話が先へ進んでしまったので、後で若い同僚ジェイソンに解説をお願いしました。

「ずっと前に一回読んだだけだからうろ覚えなんだけど、確かジョセフ・ヘラーという人の書いた小説のタイトルが語源だよ。」

とジェイソン。著者名を記憶しているとは大したもんだ、と感心する私。

「確かこんな話だったと思う。大戦中、アメリカ空軍の兵士が何とかして隊から脱出したいと企んでる。頭が狂っていれば除隊出来るんだけど、狂っている人は自分の精神状態を正確に認識出来ないはずだから、自己申告は信用されない。狂ってないと言えば除隊出来ないし、狂っていると言っても除隊出来ない。どっちに転んでも望みは無い。この小説が売れてから、似たような状況に陥った時にキャッチ22という言葉が使われるようになったんだ。」

「なるほど、有難う。でもさ、何かぴんと来ないんだよね。今の世の中、そんな事態に陥ることなんてあるかなあ?」

「この会社には山ほどあるでしょ。」

「え?そうなの?じゃ、何か例を教えてよ。」

5秒ほど考えるジェイソン。勢いで山ほどあると言ってはみたものの、きっと何も浮かばないんじゃないか、と高を括っていたら、こんな答えが返って来ました。

「うちのグループ、ここ数年縮小傾向だろ。チームが小さいために、大きなプロジェクトが獲得できなくなってる。だから新規採用したいと上層部に相談したら、まずは新しいプロジェクトを獲って仕事が増えてからじゃないと人は雇えないって言うんだ。」

おお、それは確かにリアルな実例だ。

「他には?」

と、更にジェイソンを追い込む私。

「仕事量を増やすために新規プロジェクトを獲得せよ、と上層部に言われて顧客のところへ営業に行くだろ。当然、プロジェクトにかけられる時間が削られる。すると次の週、君の稼働率は先週落ち込んだぞ、もっとプロジェクトに時間をかけろ、とお叱りが飛んで来る。仕方なくプロジェクトばかりに時間を使っていたら、営業が出来なくて仕事量が先細りになる。」

すごいなジェイソン。よくもそんなにポンポン例が出せるもんだ

キャッチ22というのはつまり、二者択一のどちらを選んでも望む結果が得られないような状況を指す表現なのですね。日本語に無理やり訳すとすれば、「無限ループ」てなところでしょうか(ループは日本語じゃないけど)。

“That’s a Catch 22.”
「それは無限ループだな。」

「でもさ、それって抜け出す方法あるんじゃないの?」

と私。驚いた様子のジェイソン。不審な目で、私の顔をまじまじと見つめます。

“You can donate your own time!”
「サービス残業すればいいじゃん!」

軽いジョークのつもりだったのですが、ジェイソンは笑わず、顔をこわばらせてしまいました。所詮あんたも管理側の人間だな、という憮然とした表情。

この場合、「冗談だよ」と言い訳すれば、無粋で嫌味なおっさんとして見られるし、取り消さなければ取り消さないで、やっぱり嫌な野郎です。

キャッチ22、成立しました。


2015年10月2日金曜日

Are you pulling my leg? 脚引っ張ってる?

昨夜は、職場の同僚達と久々のJapanese Dinner Night(日本食の夕べ)。ダウンタウンの五番街にあるSushi Takaまで、オフィスから徒歩20分。エド、マリア、ジェフ、リチャード、ジェイソン、そしてサラが参加しました。多くのアメリカ人にとって、お寿司と言えば巻き物。

そんな彼らに本格的な「握り」をしっかり楽しんでもらおうと、まず盛り合わせを二皿注文しました。割と調子よくポンポン無くなって行ったのですが、気が付けば両方の皿にウニの軍艦巻きが残されています。遠慮残りかな、と思ってエドにすすめると、箸でちょっとつついて味見した後、ギブアップ。そうか、生ウニはアメリカ人にはハードル高いんだった、と思い出しました。

その後、はまちのかまだとか天ぷらなどを次々に注文。うまいうまい、と皆さん大満足の様子。

ディナー後半、ウェイトレスさんが、

「ほんの30分ほど前に到着したんですが、新鮮なエビはいかがですか?」

と勧めてくれたので、甘エビの握りを人数分注文しました。ところが、十分後に運ばれて来た皿を見て、一同騒然とします。下半身を切断されてすし飯の上に乗っけられた海老の上半身が、皿の上に四体並んで直立しているのです。

「レモンをかけて下さい。海老が暴れますよ。」

と微笑むウェイトレスさん。レモン汁をかけてみると、確かに脚やヒゲを動かしてバタバタともがきました。

「うそ。これ生きてるの?」

と私の隣に座ったサラが、こわごわ覗き込みます。

「この動きを見る限り、単なる反射じゃないな。本当にまだ生きてるよ。」

エンジニアらしく、冷静に分析するジェイソン。

「男の人って、こういうの好きよねぇ。」

と決めつけるマリア。

「あたし、とても食べられない。シンスケ、私の分も食べてくれる?」

と、サラが完全に拒絶します。

「なんで?残酷だから?これは、いかに素材が新鮮であるかのデモンストレーションなんだよ。」

「分かるけど、こんなの見せられたらちょっと…。」

私は、昔読んだ漫画「包丁人味平」に出て来た、「生きた鯛の身を上手に削ぎ落とし、骨になった姿で水槽の中を泳がせる」という職人のスゴ技について話しました。実際に映像でも見たことがあるので、「腕のいい料理人だけが持つ高等技術なんだって。」と説明すると、ずっと黙って聞いていたサラが、こう尋ねました。

“Are you pulling my leg?”
「私の脚、引っ張ってる?」

反射的に、テーブルの下に目をやる私。一瞬、向かい側に座ってるマリアがサラにいたずらしていて、私に濡れ衣を着せようとしているのかな、と思ったのです。いやだ、シンスケ、何言ってるの?と笑いだすサラ。

“That’s an expression!”
「そういう慣用句なのよ!」

おお、確かにそんな英語表現、習ったな。「脚を引っ張る」と日本語で言えば、「人の成功の邪魔をする」ことだけど、英語になると意味が全く違って来ます。

“Are you pulling my leg?”
「からかってるの?」

つまり、骨だけになって泳ぐ魚の話なんて信じられない、というわけです。いやいや、本当だよ、と力説する私。

そんなわけで、今回のイベントでも、「フシギな国ニッポン」のイメージをアメリカ人の皆さんにしっかり植え付けることになったのでした。