tag:blogger.com,1999:blog-19708637338773864302024-03-05T01:44:27.381-08:00アメリカでプロジェクトマネジメント!シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.comBlogger830125tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-48950609382689511492022-10-23T18:53:00.003-07:002022-10-26T12:35:32.121-07:00Walk on ウォーク・オン<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjilpyKjoclTv1LT1vRwnfS8eTtcJoLvnr685E7BlBjKFiTzrZMIb_h7-f6b77FsgPyxbYOIeVlq0SRMBRMSoAeVmP6mWDPFV7VaOXbPJh48J4RQ12Zu8zkGc4n_gW1WF12zqU1LlcH-rdiH4Bxn8n7WPxsstymPIWSOxNXd6RgOQIaK6mZhkadumERwQ/s1668/walkon.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1668" data-original-width="1125" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjilpyKjoclTv1LT1vRwnfS8eTtcJoLvnr685E7BlBjKFiTzrZMIb_h7-f6b77FsgPyxbYOIeVlq0SRMBRMSoAeVmP6mWDPFV7VaOXbPJh48J4RQ12Zu8zkGc4n_gW1WF12zqU1LlcH-rdiH4Bxn8n7WPxsstymPIWSOxNXd6RgOQIaK6mZhkadumERwQ/w135-h200/walkon.jpg" width="135" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />「うわ!」</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">隣を歩いていた妻が、藪から棒に声を上げて立ち止まります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「何かと思ったら山だった!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">整然と立ち並ぶレンガ色のビルの屋根越しに、赤茶色の巨大な岩壁がそそり立っています。我々の暮らす「ブルースカイと椰子の並木」のサンディエゴを歩く時はそんな角度まで視線を上げることすら滅多に無いため、突如視界に飛び込んできた4千メートル級の陸地の隆起は、とても新鮮な景観だったのですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">先々週の金曜から日曜にかけ、息子が通う大学のイベントに出席するため、夫婦でコロラド・スプリングスへ出かけて来ました。これは</span>Homecoming
& Family Weekend<span lang="JA">(ホームカミングと家族の週末)という、年に一度催される恒例行事。卒業生や現役学生の家族をキャンパスに招いて説明会やら見学会やら同窓会などを行うのですが、息子が四年生になる今年まで、ずっと参加を見合わせて来ました。幼稚園や小学校低学年ならともかく、大学にまでわざわざ乗り込むことに、やや抵抗があったのです。今年は最終学年だし、これを逃せばもう卒業式までチャンスが無いわよ、という妻のひと押しで心を決めたのですが、出発直前に二の足を踏ませる一報がありました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">息子の所属する水泳部の父母たちの間で、金曜の晩に皆で飲もうじゃないかという話が盛り上がっており、一軒家を貸し切りにしたから是非集まろうよというメールが届いたのです。うーむ、裕福な家庭の御子息達が通う私立大学に無理して我が子を潜り込ませたまでは良かったけど、こういうの、気が重いんだよなあ。日本人のスタンダードからすれば面の皮はやや厚い方だという自負はあるものの、英語しか通じない初対面だらけのホームパーティーというのは、やっぱり気が進まないイベントなのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">夜明け前にサンディエゴの自宅を出発し、デンバー空港のレンタカー屋で調達した真っ赤なトヨタ・プリウスに乗り込みます。二時間運転してホテルにチェックイン。休暇前の仕事ラッシュで相当疲れていたし、ちょうど小雨が降り出したこともあり、ベッドに寝転んで長めの仮眠を取ります。夕方に起き出し、予約していたキャンパス近くの高級レストランで息子と待ち合わせしました。順々に再会のハグを交わしてから着席。暫くメニューを眺めた後、「ステーキ頼んでいい?」と、承認を確信しつつもとりあえず正式なステップを踏む、笑顔のすねかじり者。周囲のテーブルには、同じようにこの機会を利用して大学を訪れているのであろう両親との夕食を楽しむ若者たちの姿が、多数認められます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">刻んだミディアムレアの肉片を口に運びながら、近況を語る息子。大学の勉強は刺激的で楽しいこと、水泳部の練習は相変わらずキツイこと、短距離専門のアシスタントコーチが就任して以来、着実に泳ぎが上達していること、今年はバカっ速い新入生が多数入部したため、チームは歴代最強かもしれないこと、仲間たちとの結束は固く、自分は周囲から愛されていて学園の有名人であり、特に後輩たちに慕われていること…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">三年半前に彼が水泳部に入ったと聞いた時は、夫婦で顔を見合わせたものでした。高校時代は水球を愛するあまりか、競泳に対しては嫌悪感を顕にしていたのです。「あんな苦しいだけのスポーツ、誰が好き好んでやるんだよ」とまで毒づいて。それが一体どういうわけで心変わりしたのか、謎なのです。しかも入部時には、周りの選手たちが高校までの実績をベースに奨学金を受けて入学していたことを知らなかったのですね。私だったらそれを知った時点で赤面し、しおらしく退部届を出しているところですが、この若者は臆することもなく日々の猛練習に耐え、最終学年までしっかり生き延びたのです。「高校時代にピーク迎えちゃって大学で伸び悩んでる子もいる中で、僕はまだまだ伸びしろがあるから精神的に楽なんだよ。」そんな風にあっけらかんと話していて、実際に公式タイムもどんどん縮んでいるのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">食事を済ませ、久しぶりに会う仲良しの先輩たち(卒業生)とアイスホッケー部の試合を観に行く、と言う息子をキャンパスのアイスアリーナ近くで下ろし、父母の集いへ向かってプリウスを走らせます。助手席の妻が、教えられた住所をスマホのアプリに入れてナビ担当。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あの子のポジティブさには、毎回たまげるね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、息子の明るさにあらためて感心する妻と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「友達が多いとか下級生に慕われてるとか、よくまあ平気な顔で言えるよなあ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">富裕層の白人アスリート集団に、サラリーマン家庭出身の日本人が一人だけ混じっている(しかも元々スポーツマンタイプでは無い)。そんな絶対的アウェイな環境で機嫌よく活躍しているという自己申告に対し、余程おめでたいか強がって大ぼらを吹いているかのどちらかだと決めつけてしまう私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ビルの立ち並ぶダウンタウンを通過して西に折れ、山へ向かって車を進めると、段々と街燈が少なくなって行きます。月が雲に隠れていて、視界は非常に悪い。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なんか暗いねえ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">曲がりくねった急勾配の道路が大区画の敷地境界を舐めるように巡っていて、まばらに建つ特大の豪邸には、人の住んでいる気配が感じられません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「きっとここって別荘地だよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">心もとないヘッドライトを頼りにくねくね道を慎重に進み、あと数ブロックで目的地に到着、という丁度その時、十メートルほど先を何か巨大な生物がゆっくりと横切って行くのに気付き、ブレーキを踏みます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「クマだ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">体長三メートルはあろうかと思われる真っ黒な熊が、右の敷地から左の敷地へのそのそと移動し、暗い木立の中に消えて行ったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?ここって熊出んの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">暫くショックで動けなくなった私達ですが、とにかく音と光を発しながら歩くしかない、と車を路肩に停め、携帯電話のフラッシュライトをピカピカ振りまきつつ大声で喋りながらパーティ会場の屋敷へと向かいます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">分厚い大扉を開けると、既に三十人ほどの白人男女が、十二畳はあろうかという大型オープンキッチンのアイランドを囲み、グラスを片手に談笑していました。笑顔で出迎えてくれた婦人に順々に自己紹介して上着を脱ぎます。サンディエゴのニジヤ・マーケットで入手しておいたチョーヤの梅酒とチョコポッキーのファミリーパックを手渡し、集団に合流。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「今、すぐそこにでっかいクマが歩いてたんですよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">握手を交わしつつ、次々現れて自己紹介する相手に危険情報を伝える私ですが、皆一様に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?ほんと?怖いわねえ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">くらいの軽快なリアクション。そして微笑みながらワイングラスを口に運びます。いやいや、これは「駆けつけ一杯のジョーク」じゃないんだけど…。直ちに誰か然るべき役所に連絡してくれるだろうと期待していた私ですが、鷹揚とした人々の態度に、段々居心地が悪くなって来ました。え?これ、僕がおかしいの?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">気がつけば、妻と私は新橋駅前のような喧騒の中、声を張り上げて英会話に取り組んでいました。近距離で数十人が一斉に喋っているため、ちょっとでも気を抜くと意識が飛び、ノイズの洪水に呑みこまれそうになるのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うちの子、あなたの息子さんのこと大好きなのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、三年生ジャックのお母さん。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うちの子もそうよ。あなたの息子さんは真のリーダーだって、いつも言ってる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">同調する他のお母さん。会う人会う人、口を揃えてうちの愚息のことを褒めそやします。二年生の女子のお母さんが、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うちのライリーはいつも息子さんのことばっかり話すの。とっても慕ってるのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と言った時、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ちょっと待って。それ、本当にうちの子のことですか?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と思わず制止する私。この白人グループ、何か慈悲的な意図から孤独なアジア人をいたわろうと示し合わせているのではないか、と勘ぐってしまうほど薄気味悪い異口同音ぶり。ひとしきり大笑いしたライリーのお母さんが、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?知らなかったの?あなたの息子さんは凄い人気者なのよ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とダメ押しします。う~む、これはもう認めざるを得ないぞ。息子よ、君はどうやら本当に「リア充」生活を実践しているみたいだな…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">このパーティーで会った人々の見解を総合すると、幼い頃から全米各地で頭角を現し大学にスカウトされる格好でチーム入りした猛者たちの中に、ほとんど競泳経験の無い痩せっぽちのアジア人がふらっとやって来て互角に戦っているというのは、驚嘆すべき偉業なのだという話。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">妻がこの時、彼が水泳部に入ろうと決めたのは意外だったし、他の子たちが奨学生として入っていることすら知らなかったと思う、と語ります。そしてこう付け足します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“He walked in the team.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「チームにウォーク・インしたの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Walk in <span lang="JA">というのは「アポ無しで乗り込む、飛び込みで」という意味で、レストランや診療所などに予約もせず訪れる時に使う表現。すると妻の話に耳を傾けていた二人のお母さんが脊髄反射的に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“He walked on.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ウォーク・オンしたのよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と素早く同時に訂正したのです。ん?今のは何だ?と違和感が残るほど明確なダメ出しだったのですが、そのまま次の話題に移って行ったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">二時間ほど英語で談笑した後、集中力が限界に近づいて来たので、妻と目配せして「そろそろ私達は…。」と会場を後にしました。山道を慎重に下り、すっかり夜も更けて交通量も落ちたダウンタウンを通過しようとした時、交差点をゆったりと横断する大小の鹿二頭を目撃しました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「今度はシカだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「熊に較べればさすがに驚きは少ないけど、冷静に考えればなかなかの光景よね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と妻。パーティーで会った人たちは、人家の周りで大型の動物が出没することに慣れているのかもしれないな、と納得する私でした。熊ぐらいでガタガタ騒がないのもそういうわけか、と。僕らもこういう土地に引っ越せば、きっと慣れっこになるのだろう。人は新しい環境に飛び込んでも、丹念にひとつひとつ体験をこなして行くうちに強くなる。うちの息子も、そうして楽しい大学生活を手に入れたのだろう。我々だって、こういうパーティーにちょこちょこ出席していれば英会話力がアップするに違いない…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのさ、さっき君がウォーク・インって言った時、あの人達、ウォーク・オンって言い直したじゃん。気がついた?インとオンで意味がどう違うのかな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、私も考えてた。あとで調べなきゃね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">翌週サンディエゴ・オフィスで、部下のシャノンに説明を求めてみました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ウォーク・オンっていうのは、既に出来上がってるチームに後から乗り込んで新たなメンバーとして仲間入りする時に使うのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とシャノン。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ウォーク・インは予約無しで行くってことだから、全然別の表現ね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">念のため、ウェブスターのオンライン辞書も調べてみました。</span>Walk-on<span lang="JA">という名詞で、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“a college athlete who tries out for an athletic team
without having been recruited or offered a scholarship”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「スカウト枠でもなく奨学金も受けずに大学運動部の入部テストを受ける選手」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">という解説がありました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「へえ、じゃあこっちの大学じゃ、あの子の入部方法は本当に一般的じゃないんだね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と妻が頷きます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「それにしてもだよ、」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あれだけべた褒めされると、さすがに気恥ずかしいよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「だけど皆、自分の子供のことだって自慢げに語ってたわよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と妻。そう言われてみれば、確かにそうでした。アメリカ人は大抵、たとえそれが身内だろうと、良いところを見つけてとにかく褒める。謙遜などしないし、卑下なんてありえない。「褒め殺し」に相当するワードも、聞いたことありません。このカルチャーはアメリカ社会の隅々まで染み渡っていて、親に褒められた記憶の無い古い日本人代表の私は、思わず首を傾げたくなることもしばしば。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">後日息子と電話した時、パーティーで色んな人から君のこと褒められたよと伝えると、即座に</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「でしょ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="line-height: normal;"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と返して来たので、瞬間、「てめー、調子に乗んなよ!」と舌打ちする、頑固オヤジの私でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com20tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-73780017798282824592022-09-24T18:26:00.000-07:002022-09-24T18:26:02.053-07:00Maverick マーヴェリック<p><span style="font-family: arial;"><span lang="JA"></span></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjIKPCi1lh5bSBwGHuTyhEwiRfQsEbySEBoGAJhN6WvCaaQVx_bsgvJg28QazTeckqdpX48FDl28faqSYUGLXkIM0OrSiaJT-FqDb8Q5UE-PgFL60kf-aNcZWo1rnotLQH8cGG_0iAYRdnIaqjtCnziEmJ1Q512HMibgnAV5eBovJpM2LGFSUcLXDfG4g/s3716/unnamed.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="3716" data-original-width="2366" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjIKPCi1lh5bSBwGHuTyhEwiRfQsEbySEBoGAJhN6WvCaaQVx_bsgvJg28QazTeckqdpX48FDl28faqSYUGLXkIM0OrSiaJT-FqDb8Q5UE-PgFL60kf-aNcZWo1rnotLQH8cGG_0iAYRdnIaqjtCnziEmJ1Q512HMibgnAV5eBovJpM2LGFSUcLXDfG4g/w127-h200/unnamed.jpg" width="127" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />先週火曜日の朝一番。携帯電話に”Hey
people in SD,” <span lang="JA">で始まるテキストメッセージが届きました。</span></span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「サンディエゴ(</span>SD<span lang="JA">)のお二人さん、現地調査の仕事でメキシコ国境近くまで来てるんだけど、良かったらサクッとランチ行かない?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">差出人は、二年前までオレンジ支社のビルディング部門でアミューズメント・パークのデザイン・プロジェクトを指揮していたジョニーでした。そして私の他にお誘いを受けたのは、彼のかつての相棒、ベティ。パンデミックの発生による経営鈍化で会社に不穏な空気が漂い始めた</span>2020<span lang="JA">年の夏、ジョニーは突然解雇宣告を受け、彼のプロジェクト・チームも解体され散り散りに。ベディはオレンジ支社でプロジェクト・コントロールを担当していたのですが、結局ジョニーを解雇した</span>C<span lang="JA">(女性)の直属の部下に落ち着いたのでした。その後離婚と再婚を経てサンディエゴへ引っ越して来たらしいのですが、リモートワークが続いているため、オフィスで顔を合わすこともなくずっとご無沙汰が続いていました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">末っ子のお迎えがあるので1時半までにはサンディエゴを後にしなきゃいけないとジョニーが言うので、フリーウェイの入り口に近く駐車スペースも見つけやすい</span>Pho
Fusion<span lang="JA">というベトナム料理店で会うことになりました。再会を喜ぶ長いハグの後、ブース席の向かいに並んで座った二人に近況を聞きます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ジョニーは個人でコンサルティングをするようになって以来どんどん仕事が舞い込んで来て、かつて無いほどの忙しさを経験している。ベティは一ヶ月前、上司の</span>C<span lang="JA">に辞表を叩きつけ、私のいる環境部門へ</span>PDL<span lang="JA">(プロジェクト・デリバリー・リード)として再雇用された、と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「シンスケはどうしてるの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と二人が尋ねるので、十年以上前にたった一人で始めたチームが今や</span>20<span lang="JA">人の大所帯になったこと、若者たちに技術の伝授をするのを楽しんでいること、などを話しました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、そういえばトップガン・マーヴェリック観た?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と言うと、もちろん!と笑顔で頷く二人。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あれ観て、色々思うところがあったんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。8月初旬、夏休み最終日だった息子も連れ、家族三人で近所の映画館へ。気を失いかけるほど激しく泣いた妻は、「これはもう一回高音質で観ないと!」と私を説得。一週間後にはるばるサンクレメンテまで一時間かけてドライブし、</span>IMAX<span lang="JA">シアターで二度目の鑑賞。更にはところどころセリフが理解出来なかったというフラストレーションから、8月末から二週間ほど一時帰国した際、「これはもう一回、字幕付きで観ないと!」とミッドタウン日比谷の</span>IMAX<span lang="JA">シアターで三回目の鑑賞。短期間に違う劇場で同じ映画を三回観るなんて(しかも二カ国で)、生まれて初めての体験でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「トム・クルーズの演じた役ってさ、今の僕とほぼ同じ年齢なんだよ。あの世界的スーパースターと自分を重ねるのがおこがましいことは百も承知だけど、あの映画で物凄く元気をもらえたんだよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">経営者側の立場で働くことを選んだ二年前、自分の信条に反する理不尽な発言を日々強いられ、塗炭の苦しみを味わった私。一年前にそんな出世コースから外れる決断をしてからというもの、心から愛する仕事だけに打ち込める幸せを日々噛み締めています。映画の中でマーヴェリックも、将官の地位を避けて現役を続けることで、大好きなパイロットの仕事に専念出来ている。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「同世代の将官たちは重責を抱え、いかにも苦しそうな表情を終始浮かべてたでしょ。その横で、言いたいことを言いながらトムが爽やかに笑ってる。あれ見て、自分の選択は正しかったんだって思えたんだよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">先月日本で旧友たちに会った際、何度も「あと一年で引退」というセリフを聞きました。この時まで、「日本では大抵の組織に定年がある」という事実をすっかり忘れていた私は、不意を打たれた格好でした。もしもあのまま日本にいたら、間もなくキャリアに終止符が打たれていたのか、と。個人の努力でどうこう出来るわけではない「年齢」という数字を根拠に、組織側が個人の運命を決める。まだまだ発展途上を自覚する私は、ひどく理不尽な仕打ちと捉えて暫く憤慨していたのですが、落ち着いて考えた結果、これはそうひどい話でもないな、と思えて来ました。ルールの違う二つのゲームがあり、どちらでプレーするのがより自分の幸福感に繋がるかという問題なのだ、と気づいたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ゲーム</span>A<span lang="JA">:突然解雇されるリスクが高い組織でスペシャリストとして腕を磨き勝負し続け、退場のタイミングは自分で決める。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ゲーム</span>B<span lang="JA">:終身雇用という安心な制度のもと、組織内の様々な部署で経験を積み、制限時間が来たら静かに退場する。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">キャリアの半ばで</span>B<span lang="JA">から</span>A<span lang="JA">に移籍した私は、あと付けながら、自分は</span>A<span lang="JA">でプレーする方が幸せを感じるタイプなのだと悟ったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「へえ、日本ってそうなんだあ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ジョニーとベティが、さも驚いたように頷きます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「実はこないだあたしも母親から、あんた何歳まで働くの?って質問されたわ。そう聞かれるまで辞めるタイミングなんて考えたことも無かったけど、働ける限り働くわよって答えといた。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とベティ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そうなんだよね。僕も若いメンバー達にまだまだ教えることが沢山あるし、自分自身のスキルレベルも毎日どんどん上がってる実感がある。ようやく油が乗ってきたってところかな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。ニヤッと笑ったジョニーが、頭を小刻みに揺らしながら素早く両手の指を動かしてタイプする真似をしてみせます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「今のシンスケだったら、メチャクチャ難しい仕事渡されても超高速でエクセル使って、あっという間に解決しちゃうんだろうね。マッハ</span>10<span lang="JA">を超えちゃったりなんかしてさ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ベティも横で、同じアクションを演じて笑います。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">食後、再び代わる代わるハグを交わし、再会を誓ってそれぞれ家路に着いたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて、金曜の朝のこと。部下のアリサとの緊急電話会議でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ごめん、忙しくってちゃんとメール読めてないんだけど、何が起こってるの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「水曜の晩にセシリアから頼まれたプロポーザルのサポートなんだけど、来週締め切りなの。レイチェルのチームがすぐに準備を始めようとしてるんだけど、今回に限って</span>2028<span lang="JA">年までの長期プロジェクトで、あなたが今年の初めに作ってくれた単年用見積計算書のテンプレートじゃ対応しきれないのよ。改訂版を作ってくれって言われたんだけど、私の手には負えそうもないし、あなただってそんな時間無いでしょ。この仕事が出来そうなメンバーは他に思いつかないし、もうどうしたらいいのかって…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">うちの会社は9月が年度末のため、この数週間は誰もが猫の手も借りたいほどのてんてこ舞いなのです。最悪のタイミングで飛び込んで来たこの依頼に、頭を抱えるアリサ。このクライアントの仕様書は風変わりなルールが満載で、最初の見積計算書テンプレートを完成させるまでの私の苦労を知っている彼女としては、気が重くなるのも当然なのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「大丈夫。僕がやるよ。時間は作れる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?ほんと?お願い出来るの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">にわかには信じられない様子のアリサに、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「知っての通り、この手の挑戦は僕にとっちゃ</span>Paid
Hobby<span lang="JA">(ギャラの出る趣味)みたいなものなんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">驚きの声と同時に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“You’re a sick man!”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あなたってビョーキよね</span>!<span lang="JA">」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と呆れたように笑うアリサ。何度も感謝の言葉を繰り返し、ようやく電話を切ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">その直後、</span>PM<span lang="JA">のレイチェルからテキストが入ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「見積計算のテンプレート出来た?すぐにでもデータ入力を始めたいんだけど…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「これから作業を開始するんだ。昼までに仕上げるから待って。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">まだ作り始めてもいなかったことにややショックを受けた様子のレイチェルでしたが、気にせず直ちに全集中モードをスイッチオン。ショートカットキーと関数をふんだんに使い、恐らくこれまでで最速のスピードで作業を続ける私。そして</span>11<span lang="JA">時</span>23<span lang="JA">分、完成品を送信。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「有難う!これできっと間に合うわ。今からデータを入れ始めるわね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とレイチェル。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">席を立ち、ずっと我慢していたトイレに向かいます。そして一気に放出。あまりの快感に顔が引きつってしまう私でした。まるで滑走路から飛び立つ</span>F-18<span lang="JA">戦闘機を横目で見ながらバイクで疾走するトム・クルーズが、最高の笑顔を見せるように。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">歳を取るというのは弱くなるだけではなく、経験を積むことでもある。自分を鍛え続けていれば、若者達が真似できないような離れ業を演じることだって出来るのだ。そんな幸せを、この映画から教えてもらったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">夕食の席でそういう話をしたところ、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そんな風には全然考えなかったな。ただただ世界に浸って感動してた。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と妻。日比谷の映画館でも、散々泣いてた彼女。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「三回目でも、まだあんなに泣けるもんかね?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と笑いながらもやや感心する私に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「出だしの重低音で、もうやられちゃったわよ。泣けるとこ一杯あったじゃない。すまんグース、って呟く場面なんて、もうホントに、たまらなかった…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、蘇る記憶で再び目を潤ませる彼女。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">小難しい分析などせず、素直に感動に浸れる彼女のような人が一番幸せなのかもな、と思うのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com13tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-14841616705426646982022-08-20T15:25:00.001-07:002022-08-20T15:25:47.178-07:00Midnight Express 深夜特急 その3<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA"></span></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhLHQOUbYZkUH7_FvFaSoOo5icYDw8GHNa-gmGEslbpCj5LeW46jHte622sSzpIgNk5fVnnaC5PW_F4329KbOZ72QqNGj_ylyt0c0T3cih3OBo2LVmcxden9kC6VRq6k6tCsHGuHpsUfzeZQjxFntzyxVMgh8AlflDZBHB5hcNOKmDcgYGM2Bv_7hynAA/s450/Midnight%203.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="450" data-original-width="318" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhLHQOUbYZkUH7_FvFaSoOo5icYDw8GHNa-gmGEslbpCj5LeW46jHte622sSzpIgNk5fVnnaC5PW_F4329KbOZ72QqNGj_ylyt0c0T3cih3OBo2LVmcxden9kC6VRq6k6tCsHGuHpsUfzeZQjxFntzyxVMgh8AlflDZBHB5hcNOKmDcgYGM2Bv_7hynAA/w141-h200/Midnight%203.jpg" width="141" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />午後8時過ぎ、息子から短いテキストが入ります。乗り継ぎ地点のメキシコシティで無事搭乗ゲートに辿り着いた、という報せ。ここまで来ればもうあと一息です。夜11<span lang="JA">時、息子の分も含めて三冊のパスポートを手に、妻とともに愛車</span>Rav4<span lang="JA">でサンディエゴの自宅を出発。交通量が少なく薄暗いハイウェイを南へ飛ばすこと三十分、国境が近づいて来ました。検問エリアの背景には、今にもティファナの市街地を呑み込みアメリカ側に押し寄せようとしている超巨大津波のような黒い丘陵が、東西に拡がっています。その北向き斜面を埋め尽くす何十万もの建物から眩く発する無数の灯りは、まるで昼夜を分かたず活動を続けるメキシカン達の圧倒的エネルギー量を世界に伝えようと試みる電光掲示板のよう。</span><o:p></o:p></span><p></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">私にとって、この日が人生初のメキシコ入りです。麻薬カルテルの抗争や一般旅行者の誘拐殺人事件などが度々ニュースで報じられているので、いよいよ国境超えという段になるとさすがに心拍数が上がります。ところが制服姿の係官達は、こちらに一瞥を加えることもなく立ち話に興じていて、拍子抜けするほどあっさりと進入出来たのでした。そしていきなり、数十年前にタイムスリップしたかのような感覚に襲われます。青白い街路灯に照らされた廃墟のようなビル、陥没が補修されぬままの舗装、深夜にもかかわらず目の眩むような照明の下で人だかりを作る屋台…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">スマホのナビゲーションアプリを頼りに、助手席の妻が空港への道案内を務めます。十分も経たぬうちにティファナ国際空港が近づいて来たのですが、敷地内へ続く細い導入路は家族を迎えに来たと推察される何百台もの自家用車が二列縦帯で塞いでしまっていて、何度も進入を諦め周回を余儀なくされました。意を決し、スピードを落として隙間を慎重に通り抜けることで、ようやくパーキングに辿り着いたのでした。四半世紀以上前にタイやフィリピンを訪れて以来、長らく経験していなかったハイレベルのカオス。脳がにわかには対応出来ず、軽い疲労を感じます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「タクシー?タクシー?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と客を呼び込む声がひっきりなしに聞こえる到着ゲートは、まるで真昼のような往来。幼い子供を含む家族連れが、忙しく行き来しています。もうすぐ午前一時だってのに、一体どうなってんだ?と妻と顔を見合わせる私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、着いたみたいよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とスマホで息子の位置情報を確認する妻。</span>Llegada<span lang="JA">(到着)という大看板の下で自動ドアが開き、スーツケースを引く</span>T<span lang="JA">シャツ、マスク姿の彼が現れたのは、それから数十分後でした。顔を歪めながら、</span>180<span lang="JA">センチ超えの青年の首に腕を巻きつけて抱き寄せる妻。私はといえば、さあこれからいよいよ最終関門だ、と緊張の高まりを感じていたのでした。アメリカに再入国する際にどんなことが起こるのか、全く予想がつかなかったのです。出来たてホヤホヤの米国パスポートを息子に手渡してゲートで見せるよう指示し、ナビゲーションに従って国境を目指します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ところが、アプリの示す経路はまるで裏道ガイド。一般住宅街の細い凸凹道を進み、右折左折を繰り返した末、国境ゲートへ続く道路にようやく突き当たったのでした。ところがこの本道、既に何時間も渋滞していたと見え、数珠つなぎになった乗用車の列は僅か数センチの車間距離を保ちつつ、ジリジリと前へ進んでいるのです。脇道から合流を試みる我々の車は隊列に行く手を阻まれ、まるで開かずの踏切で立ち往生したような状態。加速発進と意地の悪い幅寄せを繰り返され、三十分以上も合流出来ずにいたのですが、腹を決め、あと一センチでサイドミラーがぶつかる、という極限まで根比べを続けた末、ようやく道を譲る車が一台現れたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なんなんだこの民度の低さは!もう二度とメキシコには来ないぞ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と首を振る私に、後部座席から、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「僕も。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と笑いながら同調する息子。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">それから二時間、まるで虫の這うようなペースでじわじわと国境目指して進みます。途中、車道上でタコスやブリトーを売る屋台が現れます。早朝勤務のため深夜にアメリカへ向かう労働者達の腹ごしらえ需要に応えてのビジネスなのでしょうが、法律とか規制とか、そういう常識的な考えが頭から吹っ飛ぶような光景でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「メキシコで入手し、アメリカに持ち込もうとしているモノはありますか?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">国境検問所のブース。白人男性の係官が我々三人の顔を見ながらパスポートを確認した後、そう尋ねて来ました。「うちの息子を…。」と反応したらちょっと面白い場面でしたが、もちろん真面目な顔で「ありません。」と答えます。すっとバーが上がり、私の右足が静かにアクセルを踏みます。こうして午前三時過ぎ、ようやくアメリカ再入国を果たしたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">帰宅してからも三日ほどは、「まだ頭が高速回転を続けてる」と</span>PTSD<span lang="JA">状態だった息子ですが、その後ゆっくりと時間をかけて今回の顛末を聞くことになりました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">何故彼の入国記録がメキシコ側のデータベースに無かったかは、結局分からないということ。日本大使館の助けは有り難かったが、ただ救援を待ちながら何日もあの状態を続ける気にはなれなかったこと。コヨーテと国境の係官達が裏で繋がっていることはすぐに悟ったこと。がっつり賄賂を払ってメキシコへ再入国する選択肢は避けたかったが、彼らの持つ情報は欲しかった。一人だけ英語が喋れる三十代くらいのコヨーテがいて、この男(マノーロ)と近づく決意をした。タクシーで市街地へ連れて行かれ、まずは</span>ATM<span lang="JA">でキャッシュを引き出すよう言われたが、引き出し限度額に引っかかって下ろせなかったことは、今思えばラッキーだった。手持ちのメキシコ・ペソで彼にランチとビールを振る舞い、タパチュラのホテルに戻れば現金で米ドルがあることをほのめかした。高校を卒業してから今の仕事で身を立てていること、子供が三人いることなど身の上話を聞いて心を開かせる一方、滞在先のホテル名や今回の渡航の目的、サンディエゴの実家のことなど、こちらの素性が分かるような情報は一切明かさなかった。この間マノーロから、国境に関する様々な話を聞き出した。中でも、検問所のスタッフが翌日午後一時に全員交替するという情報は、その後の作戦の決め手となった。コヨーテとしての有料サービスを正式には受けず、食事や酒をおごる見返りに情報を頂く、という微妙な綱渡りを試みる数時間だった。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「キレられて乱暴される可能性は考えなかったの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と尋ねると、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「旅行者がコヨーテから危険な目に遭わされたという噂が拡がれば、彼らのビジネスが成り立たなくなるでしょ。百パーセント確信は無いけど、まず大丈夫だろうと思ったんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と息子。なるほど、冷静だな。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">結局は親友ニコラの助力でメキシコに再入国することが出来たのだから、マノーロに金を払う正当な理由は無い。食事をおごって話を聞いておしまい、という関係で終わらせたかった。しかし火曜の午後国境に行くと、彼がそこで待ち構えていた。二国間を自由に行き来出来る通行証を持つマノーロは、メキシコ側まで息子について来るのでした。ホテルに戻ればアメリカドルがあると言ってあったため、何かしら理由をつけて金を要求して来る可能性が高い。このままホテルまで一緒に来られたら、まずいことになる…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「さあ、再入国を祝って乾杯しようぜ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とマノーロがバーに誘うので、咄嗟に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「現金が下ろせないかもう一度試してみるよ。</span>ATM<span lang="JA">はどこかな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と言うと、あっちだと指差し、ビールを注文するマノーロ。その直後、彼は知り合いを見つけたようで、立ち話を始めたのだと。息子は指示された方向へゆっくりと歩きながらマノーロの視線をチェックし、こちらが見えていないと確信したところで、いきなり全力ダッシュ。建物と建物の間を駆け抜け、公道で客待ちをしていたタクシーに飛び乗り、「ホリデーインへ!」と隠し持っていた現金を運転手に手渡します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「暫くしてマノーロからテキストや電話がじゃんじゃん届き始めて、どこにいるんだ?って聞いて来るんだよ。心臓バクバクしながら、ずっと無視し続けた。ホテルに着いた後、日本政府の保護下にあるって返信したら、それきり黙ったよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">妻と二人でアプリで彼の居場所を追っていた際、息子のアイコンが突然スピード上げて緑道を移動し始めたのは、マノーロから逃げていたからだったのですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのさ、様子を聞こうとこっちから何度も電話した時、全然答えなかったでしょ。あれはどういうわけ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「携帯の電池を温存するため、余計な機能はオフにしてたし、通話も止めてたんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「コヨーテと接触していることを、どうして言わなかったの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「だって、言ったらきっとパニクってたでしょ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">確かに、細かな背景抜きでそれだけ聞かされていたら、とても穏やかではいられなかったでしょう。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">メキシコ再入国前夜、彼は安モーテルの椅子に座って目をつむり、想定されるありとあらゆる事態を検証し、作戦を立てたのだそうです。まるでチェスプレーヤーが、何百通りもある指し手を頭の中で分析するように。まずは安全。この部屋に不審者が侵入を試みたらすぐに分かるよう、ドアに簡易トラップを仕掛けた。次に体力。緊張で食事も喉を通らない状態だったが、何とか食べ物を押し込んだ。水分補給も切らさなかった。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">頭を高速回転させてケース・スタディを繰り返したおかげで、極限状態を冷静に乗り切れたよ、と胸を張る息子。ほぼ自力でピンチを切り抜けたことで、大きな自信がついた様子です。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのさ、そもそもアメリカのパスポートを失効させてなかったらこんな事態にはならなかったんじゃないの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と冷静にたしなめる妻に対し、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「確かに。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、そこは素直にミスを認める息子でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p><span style="font-family: arial;"> </span></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com6tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-24903349400388760302022-07-27T18:04:00.000-07:002022-07-27T18:04:29.149-07:00Midnight Express 深夜特急 その2<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjZ6O062dXR8wPR0x3rMnkiYoQDeKNB7z2UIs5aRCwAO0ps_l7lcqCw3TSMv48iVNg8YNTTnvpbdwUuqB9YD-PlWybIg1GxKZ92pp_bdAlxc80tu-q51my5M3ZdkRrdxnTMqVkFutjcmjOFOqbyftxzCQKJkvJ_2Y0JuErJm9lknUqaBEE6kxNa9o-yBQ/s346/midnight%20express%202.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="346" data-original-width="244" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjZ6O062dXR8wPR0x3rMnkiYoQDeKNB7z2UIs5aRCwAO0ps_l7lcqCw3TSMv48iVNg8YNTTnvpbdwUuqB9YD-PlWybIg1GxKZ92pp_bdAlxc80tu-q51my5M3ZdkRrdxnTMqVkFutjcmjOFOqbyftxzCQKJkvJ_2Y0JuErJm9lknUqaBEE6kxNa9o-yBQ/w141-h200/midnight%20express%202.jpg" width="141" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />これまで足を踏み入れたこともないグアテマラへの強制送還、という人生最大のピンチに立たされた二十歳の息子。グアテマラ・シティの日本国大使館で対応に当たって下さったのは、領事の池沢さんでした。在メキシコ日本国大使館と連携してメキシコ政府に援助を依頼して下さるとおっしゃったのですが、先方が返事をくれるのに一日はかかるだろうとのこと。もしも息子のメキシコ再入国が果たせなかったら、当面日本大使館近くのホテルに滞在させ、彼の米国パスポートを大使館宛に送るか、あるいは我々が直接飛行機で救出に向かう、というシナリオを話し合います。問題は、国境付近からグアテマラ・シティまでは公共交通機関が無く、タクシーが拾えたとしても5時間以上はかかること、雨季のため各地で土砂崩れが起きていて、道路が分断されている可能性が高いこと。そうなれば道半ばで立ち往生し、居場所が分からなくなる危険がある。電波の届かないジャングルで連絡が途絶えたら、万事休すです。</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">密入国者の手助けをするプロ集団「コヨーテ」という存在を知ったのが、このすぐ後でした。電話の向こうで息子が言います。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「こうなったら、コヨーテに金を払って何とか潜り込むしか無いかも…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">タリスマン検問所周辺にはこの「コヨーテ」集団がたむろしていて、こちらから頼んでもいないのに「現金○○ドル払えばメキシコに入国させてやるぞ」と十人以上で詰め寄って来るのだと。スペイン語の分からない息子は「うるせえ、あっち行け!」と英語でまくし立てて追い払ったそうなのですが、よく考えると妙な話です。身なりからして外国人観光客であるのは一目瞭然でしょうが、なぜすぐに国外追放された人間だと分かるのか。どう考えても、検問所とコヨーテ達が結託しているとしか思えません。理不尽に追い出されてパニクる旅行客に救いの手を差し伸べる違法業者達。彼らが外国人から巻き上げた現金の一部を係官に貢ぐことで回っている、邪悪な生態系の存在を勘ぐらざるを得ないのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">密入国斡旋業者と関わることで更に深刻なトラブルに巻き込まれることを恐れた私は、急いで池沢さんに意見を伺います。すると彼も、それはお薦め出来ないとのこと。何か別の手を探した方が良いと息子に伝えると、タリスマンでは係官に顔を知られているから、少し離れた南方の検問所(ヒダルゴ)に行って再入国を試みると彼が答えます。ところがその後、アプリで彼の居場所を追っていたところ、どんどん東の内陸側に進んで行くのが見えます。おいおい、行き先は南のはずだぞ。大丈夫か?タクシーに乗ったのか?どこに向かってるか分かってんのか?と妻と私でテキストを送るのですが、まずは銀行で金を下ろして来ると答えたきり、返信が途絶えます。そしてガソリンスタンドと見られる場所に到着し、それきりぴたりと動きが止まったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「どこにいるの?そこ銀行じゃないでしょ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">不安をどんどん蓄積していた妻がテキストを送るものの、一向に返事が来ません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あの子、携帯捨てられてそのまま誘拐されちゃったのかも!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">涙目で震える妻。水泳部の猛練習でムキムキな身体になってんだから、そう簡単にやられはしないよ、と私。きっと電波の状態が良くないんだよ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">午後になってようやく、アプリ上の彼のアイコンが元来たルートを戻り始めました。ああよかった、きっと生きてるわね、と大きく深呼吸する妻。あ、そうだ、今日中にはメキシコに戻れないだろうから、とにかくグアテマラ側で泊まる場所を確保しなきゃね、とホテルの検索を開始します。ところが、オンラインで予約出来る宿泊先が一向に見つかりません。彼がさっきまでいたエリアにはホテルが点在しているものの、ネットでおさえられるのはわずか数件です。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「セキュリティ面を考えたら、多少高くてもちゃんとしたホテルに泊まらないと駄目よ。そのまま国境まで戻っちゃったら、こっちから予約出来ないからね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そう彼女がテキストを送るのですが、反応が無いまま息子のアイコンはどんどん西へ移動し、遂に検問所付近まで戻ってしまいました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「めちゃ安いホテルにチェックインした。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">息子から電話があったのは、その数分後でした。スピーカーフォンで妻と私が言います。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「とにかく携帯の電池が切れたらアウトだから、充電だけはこまめにね。あと、水分補給もしっかりね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、どっちもちゃんとやってる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「大使館の人とやり取りは出来たの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、グアテマラの日本大使館からは、メキシコ政府の対応は明日にならないと分からないって聞いてる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「メキシコのアメリカ大使館にも当たってみた?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「それがさあ、留守番電話になってて誰も出てくれないんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">後になって気づいたのですが、この日はちょうど、よりによって今年スタートした新しい祝日</span>Juneteenth<span lang="JA">(ジューンティーンス)だったのです。アメリカ大使館がもぬけの殻だったのは、そういうわけですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「じゃあとにかく朝まで身体を休めるしかないね。ちゃんと食べなさいよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、分かってる。僕の顔を知ってる検問所の係官達は明日の午後一時に交替するってコヨーテが言ってた。だから一時過ぎたら再入国をトライしてみる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">翌朝6時半、息子からテキストが入ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「後で電話して。アイデアがある。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">妻を起こして電話をかけ、スピーカーフォンで会話します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">高校時代からの息子の親友で現在ニューヨークでインターンシップ中のニコラが、彼のために昨日動いてくれたというのです。ダメ元で、日本人としてメキシコに入国するための観光ビザを取得してみようという話になり、スマホしか持っていない息子に成り代わってオンラインで申請してくれた。申請書の</span>PDF<span lang="JA">ファイルをニコラに送ってもらったので、メキシコ当局の援助が見込めない場合、これをプリントアウトして国境の検問所で見せてみるよ、と。日本大使館の池沢さんにもこれは相談済みで、在メキシコ日本大使館とも連携して申請書に関するアドバイスを頂いているとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「分かった。うまくいかなかったら次の策を考えればいいから、あまり焦らないように。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">その後、ホリデイ・インの部屋に置きっぱなしの荷物が気になり始めます。チェックアウト時間は午後一時。午後一番に何とか再入国出来たとしても、タイミングとしてはアウトです。チェックアウトを少し延ばしてもらえないか頼んでみなさい、と妻。息子が早速、四時まで延期してもらうことに成功。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">その一時間後、池沢さんからテキストが入りました。メキシコ当局は責任を認めないが、何らかの要因で入国の記録が出来ていなかったこと、在メキシコ日本大使館からメキシコ当局に直接依頼しても、出入国履歴の修正は不可能とのこと、再入国を試みて失敗したらグアテマラ・シティに移動するしかなく、その際には大使館として交通手段の情報提供や援助をする準備があること、等々。そして、たとえメキシコへの再入国が出来たとしても空港で再び拘束され、グアテマラへ再度強制送還される可能性がある。そうなったら直ちに在メキシコ日本大使館へ電話するように、と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そして現地時間の午後二時半過ぎ、息子のアイコンがスマホの地図上を検問所に向かってゆっくりと動き始める様子を、夫婦固唾を呑んで見守ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ!メキシコ国境越えたわよ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ほんとだ。うまく行ったのかな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">スマホ画面には、検問所の建物よりメキシコ側にいるように映っています。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あれ?ちょっと待って…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">逆サイドからゆっくりと近づいて来た別の磁石に押し戻されるマグネットボールのように、先程来た方向へじりじりと後ずさりを始める息子のアイコン。あれよあれよと言う間に、昨夜宿泊していたホテル付近まで戻ってしまったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「またグアテマラに戻されちゃった?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とテキストを送る妻。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「はい。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と短い返信。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「今グアテマラ出国スタンプお願いしてる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">出国スタンプ?何のことかよく分からんが、これはもう長期戦のオプションを覚悟しておいた方がいいな、と考え始める私でした。彼を救出するためグアテマラ・シティへ飛ぶとして、向こう一週間スケジュールされたビジネスミーティングの延期が出来るかどうか調べなきゃ、とカレンダーをチェックします。同時にフライトの検索も始めたところ、サンディエゴからは片道だけでも丸一日かかる長旅になりそうで、バケーションシーズンともあって、航空運賃もなかなかの高額です。とりあえず有給休暇を申請しておくか…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、ちょっと見て!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そう妻が叫んだのでスマホに目をやったところ、息子のアイコンが再びゆっくりと検問所に向かっています。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「またさっきのところまで来たわよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">仕事そっちのけでスマホ画面に食い入る、妻と私。彼の居場所を示すアイコンは建物内で暫く停止していたのですが、やがてゆっくりとメキシコ側の敷地へ抜けて行ったのでした。おお、遂に再入国成功か?いや、</span>GPS<span lang="JA">の誤差を考慮すれば、本当に突破出来たかどうかはまだ分からんぞ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なんかおかしくない?急にスピードが速くなってるんだけど…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">妻の言う通り、息子のアイコンが突然急角度で方向を変え、速度を上げて動き始めたのです。しかも建物と建物に挟まれた、長い緑地帯を真っ直ぐ進んでいます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ここ、道路じゃないぞ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そうよね。タクシーほどのスピードも無いし。あの子、走ってるのかしら。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「誰かから逃げてんじゃないかな?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「やめてよ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">表情を固くする妻。しかし程なくして一般道路に到達した息子のアイコンが、今度は本格的なスピードで南へ向かって快調に滑り出したのです。短いテキストが入ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「成功」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">一体何をどう工夫して再入国が果たせたのか、この時はまだ真相を知らされていなかった我々夫婦。しかしひとまず最初の関所を越えたことで、安堵を分かち合うのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「今ホリデーイン行き」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とタクシーからテキストを打つ息子。四時のチェックアウトにギリギリ間に合いそうです。急いで荷物をまとめてタパチュラ空港へ向かい、強制送還の憂き目を逃れて予定便に無事乗り込めたら、メキシコシティ経由で深夜にティファナ到着。我々は彼のアメリカ旅券を携えて陸路で国境を越え、ティファナ空港の出口で彼を拾う。そして三人で検問を突破し無事アメリカへ帰還が出来れば、ミッション完了です。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="JA"><span style="font-family: arial;">まだまだ油断は出来ません。</span></span><o:p></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com4tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-46259911370359475482022-07-17T19:12:00.001-07:002022-07-17T23:04:01.210-07:00Midnight Express 深夜特急 その1<p><span style="font-family: arial;"> </span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi5bygSpu2W58_74Fuo2MuoiusYmflzCWTp1r4Dwu7VqJjl9S5HjqLapr0Jj9yJKuc5jR6bl7OAvsvK8Zp7bdBXQshkP9nb1rszt2uA0403CqX5I2VlgHuwx6C7p55zFhmxMJsBXmfOs1uo1zaAv_0hzRT7c4GiwSpCvP6xG0aZeUV9hQCh4RKbufFhNw/s499/midnight%20express%201.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="499" data-original-width="353" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi5bygSpu2W58_74Fuo2MuoiusYmflzCWTp1r4Dwu7VqJjl9S5HjqLapr0Jj9yJKuc5jR6bl7OAvsvK8Zp7bdBXQshkP9nb1rszt2uA0403CqX5I2VlgHuwx6C7p55zFhmxMJsBXmfOs1uo1zaAv_0hzRT7c4GiwSpCvP6xG0aZeUV9hQCh4RKbufFhNw/w141-h200/midnight%20express%201.jpg" width="141" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />「グアテマラに追放された!」</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?何言ってるの?ちゃんと説明して。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「グアテマラに追放されたんだよ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">6月</span>13<span lang="JA">日月曜日の朝一番に電話で交わした、二十歳の息子との会話です。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">最後の夏休みをどう過ごすかは、アメリカの大学生にとって大事なテーマ。履歴書に記載できる実務経験(インターンシップ)を積めれば、数カ月後にスタートする就職戦線での強力な武器になるからです。コロラドで生態学を学ぶ息子は担当教授達に掛け合い、彼らの人脈で良い仕事先を見つけてもらえないかを探りました。その結果、遠くミシガン大学の教授たちに繋いで頂き、彼らのチームの調査プロジェクトに助手として加えてもらうことになったのです。メキシコ最南端のタパチュラという土地で四週間調査した後、プエルトリコに飛んで更に四週間の追加研究をする、というエキゾチックなプログラム。友人達が学生課や親の口利きでインターン先をあてがわれる中、自力で、しかも他の大学のポジションを獲得したことの達成感に酔いしれる息子でしたが、この数週間後にあんな恐ろしい事態に陥ることなど、この時は知る由もありませんでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そもそもの失敗は、彼が幼い頃に作った米国パスポートが失効していたことでした。インターンシップの話が出始めた頃に私が気付き、直ちに新しい旅券を申請するよう言い聞かせていたにもかかわらず、何かと言い訳を見つけ後回しを続けた楽天家の息子。メキシコ行きが本決まりした後にようやく焦り始めたのですが、時既に遅し。別料金を払って超特急で作成してもらうオプションを選んだにもかかわらず、出発前には到底間に合わないことが分かりました。仕方ないので、日本のパスポートで日本人として旅立つことになったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">6月5日の夜明け前、サンディエゴの自宅から三十分ほど車を走らせ、メキシコとの国境にある</span>CBX<span lang="JA">(</span>Cross
Border Express<span lang="JA">)という施設の手前で彼をドロップ。入国手続きを済ませて徒歩で橋を渡ると、そこはもうティファナ国際空港。メキシコシティ経由でタパチュラまで約7時間。まずは市内のホテルで一泊(約</span>20<span lang="JA">ドル)し、月曜の朝に迎えの車が来るのを待つ、という段取りでした。高地ジャングルの奥深くにミシガン大研究チームのコテージがあり、そこで寝泊まりしながら日々フィールド調査に出かける、というのです。我々夫婦は</span>iPhone<span lang="JA">の</span>Find My<span lang="JA">というアプリで息子の居場所を時折確認していたのですが、月曜の午前中、予告通り彼のアイコンが姿を消しました。こんな時代になっても、世界には電波の届かない場所がまだあるんだねえ、と驚く我々夫婦。十年前は当たり前だったけど、外国に滞在する子供と暫く連絡が取れなくなったことで、若干落ち着かない気分になるのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ところがそのわずか一週間後、クレジットカードの記録をチェックしていた妻が異変に気づきます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あの子、ホテルに</span>360<span lang="JA">ドル払ったみたいよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">アプリで確認すると、息子の位置がはっきりと確認出来ます。電話をかけさせて事情を聞いたところ、金曜の夕方、山中を二時間歩き続けて一番近くのホテルに辿り着き、週末の三日間を過ごすことにした、とのこと。宿泊料の高額さを知り驚いたものの、あまりの疲労で引き返す気にはなれなかった。どうやらこのホテルはハネムーン客ターゲットのリゾートホテルらしく、シングル・ルームは無く、周りは若いカップルだらけ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なんでホテルに泊まることにしたんだよ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「とにかく、聞いていたのと全然条件が違うんだよ。週末もあそこに居続けるなんて、とてもじゃないけど耐えられなかった。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">助手として採用されたことは確かだが、自分のやりたい研究もさせてもらえると聞いていた。ところが現実は、大学院生(三十歳の女性)の研究テーマに沿って、一日中単純作業で拘束される。院生といってもこの人はフィールド調査初体験で、計画の立て方が甘く段取りも悪く、あれじゃどれだけデータをかき集めようが有意義な成果なんて絶対得られない、と息子。自分は大学でフィールド調査の基礎をしっかり叩き込まれたので、それが良く分かる。なのに彼女は、とにかく自分の言う通りに作業をしろ、の一点張り。とてもじゃないが、このままの条件ではバカバカしくて続けられない、と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「それで、どうするの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">教授たちは今週不在で、月曜まで現場に戻って来ない。週末のうちに、彼らにメールで現状の問題点と改善案を伝えておき、会った時にあらためて今後のプランについて相談するつもりだ、と息子。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">自分が彼の立場だったら、これも運命と素直に現状を受け入れ、期限終了まで黙々と残りのお勤めを果たしていたことでしょう。しかし幼い頃から向こうっ気が強く、権威に怯むことも無いこの若者は、取り組もうと考えていた研究テーマを長文メールに書き綴り、教授たちに送信したのでした。後に息子から聞いたのですが、彼はインターンシップの準備期間中、「今回何を学ぶつもりか、どんな成果を出す予定か」を論文の形で大学側に提出させられていたのだそうです。なのに興味も関心も無い分野の調査助手を二ヶ月続けるというのは、あまりにも「話が違う」というのが彼の主張。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">週末を終え、リゾートホテルから再び電波の届かない密林に戻って行った彼は、再びスマホの地図上から姿を消します。そして金曜の晩になり、我々夫婦にテキストで「交渉決裂」の旨を伝えて来ました。どうやらタパチュラ市街のホテルに移動した模様。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「明日の夜の便でサンディエゴに戻りたいんだけど、飛行機取ってくれる?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">君の提案する研究テーマは非常に興味深いが、こんな短期間ではとても成果は出せないよ、と諭すミシガン大の教授たち。とにかくうちの院生のサポートに徹して欲しい、と。自分の成長に繋がると思えない単純作業を今後何週間も続けるつもりは無い、と踵を返し、山を下りた息子。よくもまあそんな生意気が言えるもんだな、とあっけに取られる妻と私でした。しかも後で聞いたら、教授たちは大ベテランだとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「大学から出してもらった</span>4<span lang="JA">千ドルの</span>Grant<span lang="JA">(助成金)はどうなるんだよ?全額返済?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「それは後で考える。とにかく家に帰る。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ところが土曜の晩になり、やや焦りを帯びた声で息子が空港から電話してきたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「飛行機に乗らせてくれないんだよ。メキシコに入国した記録が向こうのコンピュータに無いって言われてさ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ちょうどこの日の午後、アメリカのパスポートが我が家に配達されたのですが、果たしてこれが出発に間に合っていても今回の事件が避けられたかどうかは謎です。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「で、具体的にどうしろって言われてるの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「タリスマンっていう国境近くの街に行って、入国スタンプを押してもらえって。これからタクシー飛ばして往復すれば、もしかしたら離陸までに間に合うかもしれない。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">いや、そんな賭けに出るべきではない、今すぐ飛行機の便変更手続きをしてチェックイン済みのスーツケースを取り戻し、ホテルに泊まってしっかり休みなさい、と指示を送る我々夫婦。妻がネットでホリデー・インの予約をし、飛行機便を火曜日まで延ばします。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「有難う。週明けに朝一番でタクシー拾ってタリスマンに行ってくる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そして月曜の朝、彼からの電話で事態の急展開を知ったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「グアテマラに追放された!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">国境の検問所を訪ねて事情を説明したところ、一体どうしてお前はこの国にいるんだ、密入国者じゃないのか、と警備隊員に連行され、グアテマラ側に追い出されたというのです。アメリカ側からメキシコ入りした人間を反対側のグアテマラに追放する行為は、どう考えても筋が通りません。しかしこれが、現実に起きてしまったのです。数十分で手続きを済ませホテルにとんぼ返りする腹積もりで出かけていた息子は、スーツケースもラップトップも着替えも部屋に置きっぱなし。携帯しているのはバックパック、財布、日本のパスポート、それにスマホのみです。さてどうする?飛行機便は翌日の晩。しかもホテルのチェックアウトは午後一時です。これから二十数時間のうちに、一旦追放措置を受けた国に戻ってホテルで荷物を回収し飛行機便に乗るなんて、到底不可能に思えます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「まずはグアテマラの日本大使館に問い合わせなさい。それからメキシコの日本大使館、あと一応アメリカ大使館も。スマホの充電は絶対切らさないように。なるべく電波の届く場所にいなさい。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">こうして超多忙な月曜の朝、妻も私も仕事そっちのけで息子の救出作戦を開始したのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="JA"><span style="font-family: arial;">(つづく)</span></span><o:p></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-27497665362746719062022-05-07T08:00:00.003-07:002022-05-07T08:00:51.470-07:00Farmers Market ファーマーズ・マーケット<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgxU78qeplWZUqhFd-GOShsJ_e9vp-lRZDUbOQMiZZZYa4X8tYB9Dq8PSbnyitzz6i-voGMkSp9cgKNSoa2KkQwQvh1nURbewlZ4Q81tu1PJdf4-3AIeQmX9TA7sv9L5TKlarCfNdjDE4eFbOTEf2JkQyM4VyHtMcik2VUmoWxoP2ve1pIkWhZBB1DDMQ/s3999/market%20(2).jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="2405" data-original-width="3999" height="120" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgxU78qeplWZUqhFd-GOShsJ_e9vp-lRZDUbOQMiZZZYa4X8tYB9Dq8PSbnyitzz6i-voGMkSp9cgKNSoa2KkQwQvh1nURbewlZ4Q81tu1PJdf4-3AIeQmX9TA7sv9L5TKlarCfNdjDE4eFbOTEf2JkQyM4VyHtMcik2VUmoWxoP2ve1pIkWhZBB1DDMQ/w200-h120/market%20(2).jpg" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />良く晴れた先週日曜の昼前、妻と二人でラホヤのファーマーズ・マーケットへ出かけました。生鮮食品、ファッション、アクセサリーなど多種多様な業態出店者が小学校の敷地を借り、運動会で放送席の日除けに使うような白いキャンバス地のキャノピーをぎっしり並べて商売に勤しんでいます。椅子ひとつ、ギター一本で歌う名も知らぬミュージシャン、大声で笑いながら足早に過ぎ去るティーン・エイジャーの女子グループ、ジャングルジムや滑り台の傍に立ち、おぼつかない足取りの幼い我が子を見守る母親たち、お互いのペットを撫で合う犬連れの家族。たとえ買い物をせずとも家路につく頃にはほんのり笑顔になっているような、週末を過ごすのにぴったりのイベントなのです。</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">二年以上もリモートワークが続く中、度重なる大規模組織改変により、顔を見たことも、今後一生会うことも無いであろう人達と働く機会が急増している今日この頃。信頼関係を築くステップをすっ飛ばし、ただただ職務を進めるためだけに交わす会話は殺伐としていて、まだ会社が小さく顔見知りだけと働いていた頃に較べ、格段に「幸せ感」が低い。そもそも他人は他人、お互い心の中じゃ何を考えているか分からないのだけれど、同じオフィスにいれば自然と会話を交わすようになるし、いつしか打ち解けるものです。誰かと分かり合えた、繋がった、という瞬間の感動を、職場では久しく味わっていません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">このファーマーズ・マーケットでは、数ヶ月前に</span>Smallgoods<span lang="JA">というチーズとサラミの専門店を経営する若い夫婦と話し込み、すっかり仲良しになりました。それからというもの、月二回はアメリカ各地の名産チーズを買って楽しむのが習慣に。普通のスーパーでショッピングしていたら、なかなかこうは行かないでしょう。他人同士がガードを落として近づくことの出来る、そんなリラックスした環境が整っているからこそ起きたマジックだと思うのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さてこの日も、立ち止まって商品を暫く眺め、数歩進んでは隣の店へ。そんな調子でゆったりと時間を過ごし、ちょうど最後の店に差し掛かった時でした。あれ、風が強いな、と思った次の瞬間、その店を覆っていた白いキャノピーが目の前でふわりと浮き上がり、二メートルほど上空であっという間に逆さまに。そのまま風に飛ばされ、敷地境の金網フェンスを越えて隣接する工事現場に落下したのです。まるで部屋の四方の壁が一斉に倒れ、中央に座っていたタレントがあっけにとられるドッキリカメラのワンシーンのよう。周囲の出店者達や買い物客の群衆は立ちすくみ、口々に驚きの声を漏らします。店主らしき四十がらみの白人女性はほんの刹那、微かな怯みを見せた後、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“Now come shop!”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「さあいらっしゃい!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と明るい声で皆に呼びかけます。これで笑いが起こり、場の緊張が和らぎます。ちょっとの間、私も妻と一緒にクスクス笑っていたのですが、段々落ち着かない気分になって来ました。買い物客も周りの出店者たちも、問題解決に動き出す気配を一向に見せないのです。店主の女性は時々フェンスの向こうに目をやって肩をすくめながら客にジョークを飛ばしているだけで、助けを呼ぼうとする様子も無い。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ちょっと見てくる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と妻に荷物を預け、敷地境界に沿ってどんどん進むと、作業員詰め所と見られるトレーラーハウスの両脇には隙間が見当たりません。金網フェンス越しに中を覗くと、建材がそこここに積み上がっているものの、重機も掘削口も見当たらない。そもそも日曜だし、すぐ隣でマーケットやってるんだから、工事現場が動いているはずもない。それならば、と足場の良い場所からフェンスをよじ登ってこれを乗り越え、さっきの店の裏側へ進みます。四肢を硬直させ仰向けに倒れた哀れな動物のようなキャノピーを、下から両手ですくうように持ち上げてみたところ、図体が大きくかさばるだけで、これが案外軽量なのです。私の救助活動に気がついたようで、二人の白人男性客が駆けつけ、フェンスの向こうから手を伸ばしてキャノピーを受け取り、無事に元の場所に戻すことに成功したのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">再び最初の侵入箇所に戻り、フェンスを越えてお店に戻ると、キャノピーを立たせようと男性二人が奮闘しています。見ると、天蓋を持ち上げるべきトラス構造の接合点が下を向いている。突風に持っていかれた時の衝撃で、逆向きに曲がってしまったのですね。これをトップまで持ち上げないと、ジョイントが固定されずキャノピー中央が陥没してしまい、四本の脚は真ん中に向かって傾いてしまうのです。しかしこのうなだれたトラス中心部、真下から手を伸ばしても全然届かない高みにあります。最高点まで持ち上げるには、相当のジャンプ力が要求されるぞ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">フェンス越え往復とキャノピー回収作業完了時点で、「</span>SASUKE<span lang="JA">」難関コースをクリアした選手のようにすっかり満足していた、還暦目前の私。過去数年間</span>Body
Craft<span lang="JA">の川尻トレーナーから受けて来たパーソナル・トレーニングの成果が、こういう形で実証されるとは…。地獄の「体幹いじめ」に耐え抜いて来たのは無駄じゃなかったぜ、とほくそ笑みます。ところがここへ突然、思っても見なかった最終ステージ挑戦権が差し出されたのです。二人の男性は代わる代わる背伸びしてみたものの、あっさりギブアップ。さあ、どうする?「やれんのか?お前に!」と心の声が詰め寄ります。チャンスはたった一回だ。何度も跳んだけどやっぱり駄目でした、などという無様な真似はしたくない。よし、絶対に一発で決めてやる!深呼吸の後、渾身のジャンプ。右腕を突き上げます。カチリとロック音が聞こえ、見事天蓋が最高点で固定されたのでした。よっしゃあ!と心の中でガッツポーズ(後で妻に聞いたら「そんなに跳んでなかったよ」とのことでしたが)。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">無事に任務を完了して妻の元に戻った私でしたが、この時強烈な違和感に襲われていました。なんかちょっと怖い…。なんだろうこの感覚?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">冷静に振り返ってみると、店主の女性、最後まで私の目を見ることも声をかけることもなく、サンキューの一言も発しませんでした。感謝が欲しくて取った行動ではないものの、普通に考えたら当然「有難う」な場面でしょ、これ。しかも他のお店の人達が、誰一人助けに来ようとしなかった。おいおいみんな、どういうつもりだ?何考えてんだ?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">妻も同じく奇妙な感覚を味わっていたようで、「行こ、行こ、」と二人足早に立ち去ったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">帰宅後、妻と昼食の支度をしながらも何となく頭の片隅にこの件が引っかかっていて、「何故彼女はお礼を言わなかったのか、どうして誰も助けようとしなかったのか」についてひとしきり話し合いました。人々の心の中でどんな思いが巡っていたのかなんて検証しようもないので、このモヤモヤを晴らすのは簡単じゃありません。私が辿り着いた仮説は、「訴訟を恐れたのではないか」というものでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">囲われた工事現場に侵入することは、恐らく違法。後で然るべき筋を通して回収するつもりだった。そこへ頼んでもいないのに見知らぬ男がフェンスを乗り越えて行った。もしも工事関係者に見咎められたり、器物破損に至ったり、あるいは怪我でもされたりしたら責任問題になる。私はあの男とは何の関わりも無い。気がついたらキャノピーが元に戻っていた、という体でやり過ごしてしまおう、と。周囲の出店者たちも同様の心境だったのではないか…。訴訟社会のアメリカだけに、この仮説は信憑性が高い。でもだとしたら、ちょっと違う種類の怖さがあるぞ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">その晩、あまりにも落ち着かないので、元同僚のリチャードに電話して意見を聞くことにしました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「突然すまんね。今日さ、カクカクシカジカで…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">藪から棒に何の話だよと突っ込んで来るかと思いきや、彼は最後まで待たず、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なんだその女!無礼にも程があるな!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と怒りに満ちた溜息をつきます。え?そういう反応?僕の立てた仮説はこうなんだけど、と説明すると、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“She’s not smart enough to think about the liability. She’s
just rude.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「法的責任にまで頭が回るほど賢い人じゃないね。ただ単に無礼なんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と吐き捨てます。そして、悲しいけど世の中にはそういう人間が大勢いる、とことん話し合えば誰とでも分かり合えるものだなんてしたり顔でのたまう政治家もいるけど、そんなの嘘だ、どうしても理解出来ないタイプの人間も存在するんだよ、と興奮気味に話を広げるリチャード。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そこまで体を張って助けてくれたシンスケにお礼の一言も無いなんて、俺には考えられないよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いやいや、そんなに大した働きじゃ無かったんだよ…。そっか、アメリカ人だから訴訟を恐れるっていうのは深読みが過ぎたか…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そういえば帰り道に妻が、きっとみんなから嫌われてる人なんじゃない?と言ってたことを思い出し、リチャードに伝えたところ、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、それが正解だね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ときっぱり。だとしたら、周囲の出店者たちが誰も救いの手を差し伸べなかったのも頷けます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「こないだも俺、どこかの建物のドアを開けて、後ろから歩いて来た若い女性が来るまで押さえてたんだけど、なんにも言わずに通り過ぎて行きやがったんだよ。ほんと、どこにでも礼儀知らずっているんだよな!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と吐き捨てるリチャード。彼のやや激しめの道徳観を垣間見て、ちょっと笑ってしまう私でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そういう時ってどうするの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と尋ねる私に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「その女の背中に向かって、きっぱり言ってやるんだよ、</span>You’re
welcome!<span lang="JA">(どういたしまして)ってね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?ほんとに?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さすがにそこまでは予想していなかった私。いくらなんでもやり過ぎでしょ、と突っ込む前に、リチャードがこう付け足したのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「心の中でね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com6tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-69032427475184471162022-04-09T10:09:00.004-07:002022-04-09T10:13:33.521-07:00Think like a mountain 山のように考える<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEj4EHUv_FQ9P-8yN1djqCi9eE09BXR2pDREAgR11J11OsFwzY7aDKM4tfniUhgiXgyvYEjQ4WDDjx9pyXcq6IupFbeCWofXzBWhvoJefG4QtNKBCV0GI4v-C1BI7m5RcdRi-kI_OWZz5DM48FHO4Y2unBgxmRraMhdmvln_Qbu1SZ6be1DVtga1DNjovQ/s753/sekaihakankeideekiteiru.png" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="753" data-original-width="529" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEj4EHUv_FQ9P-8yN1djqCi9eE09BXR2pDREAgR11J11OsFwzY7aDKM4tfniUhgiXgyvYEjQ4WDDjx9pyXcq6IupFbeCWofXzBWhvoJefG4QtNKBCV0GI4v-C1BI7m5RcdRi-kI_OWZz5DM48FHO4Y2unBgxmRraMhdmvln_Qbu1SZ6be1DVtga1DNjovQ/w141-h200/sekaihakankeideekiteiru.png" width="141" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />「今回のコースもヤバいよ、ほんと。」</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">電話の向こうで大学三年の終盤を迎えた息子が、しみじみとした口調でそう告げました。彼が今回履修しているのは、</span>Entomology<span lang="JA">(昆虫学)。博物館や他大学での豊富な勤務経験を持つ教授が担当する講座で、あまりの面白さで集中力が途切れないと言うのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「一言も聞き逃したくないんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">注意力のレベルに関してはとても褒められたものじゃないこの若者にそこまで言わせるからには、相当なクオリティの講義に違いありません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「今日の授業ではさぁ…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">サバイバルのために生物達が会得して来た擬態パターンの数々を、詳しく解説する息子。毒を持つ別種と外見を似せたハチ、警戒心を煽る風体の蛾に瓜二つな蝶。ある種の昆虫にその葉を食い荒らされてきた樹種は、進化の過程で様々な形状の葉をつけ天敵の目を欺くようになった、などなど。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「面白すぎてたまんないよ。二つ続けて大当たり。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">前回のコースでは、パンデミックや生態系の変化など、自然界のあらゆる現象を数理モデルを使って分析するという課題にどハマりした息子。この世界は密接に繋がっていて、どこかで起きた些細な変化が巡り巡って別の場所に、ひいては全体に影響を及ぼすという現象をコンピュータ・モニター上で視覚化するのですから、彼の興奮は理解出来ます。この時学んだことが今回のコースにも生きて来ているという息子。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「組織も経済も歴史も、みんな同じだよね。すべてのパーツが絶えず影響を与えたり受けたりしながら変化を続けてる。我々はつい</span>A<span lang="JA">が起きたから</span>B<span lang="JA">、というリニアな考え方をしがちだけど、世界は大きな塊として動いてるんだもんね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「だよね。そういうの、</span>Think
like a mountain <span lang="JA">って言うんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と息子。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Think like a mountain<span lang="JA">(山のように考える)というのは、初めて聞く表現です。電話を終えてからネットで調べてみたところ、これはアルド・レオポルドという環境系の学者が「野生のうたがきこえる(</span>A
Sand County Almanac<span lang="JA">)」という本の中で使ったフレーズで、ひとつひとつの事象を単体で捉えるのではなく、生態系全体を密接に連携したひとつのシステムとして考えなさい、という教え。私の意訳はこうなります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Think like a mountain.<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ひとつの大きな系として捉えなさい。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">コロナウィルスやウクライナでの戦争は疑いもなく世界に多大な影響を及ぼしているけど、僕らひとりひとりの何気ない一言ですら、組織や社会を変える力がある。そういうマインドセットを持った途端、ネガティブではいられなくなります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて、今週水曜は久しぶりにダウンタウンのオフィスへ出勤。若手エンジニアのキャロリンが再会の喜びに顔をほころばせて近づいて来たので、会議室でひとしきり近況をシェアしあいました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">彼女の直属の上司だったドミニクが会社を去ったのは、およそ一年前。以来空席が埋まることなく、ドミニクの上司だったリチャードによる兼務が続いた。つい最近、別会社から引き抜かれたジェイソンの就任が決まり、ようやく一安心。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「どんな人なの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「地に足ついた、ごく普通の人よ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ごく普通の人、という言い回しが誤解を招く可能性を案じたのか、彼女が急いで付け加えます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「彼が前の会社を辞めた後、部下だった四人が同時に転職して来たの。その事実だけとっても、彼がどれだけ信頼されてた分かるでしょ。なのに全然偉そうじゃないし、私に対してもすごくフレンドリーに接してくれるの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そうか、そういう人がボスになって良かったね!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と喜ぶ私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、そうだ。私、ちょっといいことしたの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とキャロリンが恥ずかしそうに打ち明けます。大ボスのリチャードと電話で話した時、ジェイソンの元部下四人の配属先が話題になったのだそうです。ひとりはサンディエゴ支社、ひとりはオレンジ支社、ひとりはサンノゼ支社、と居住地別に所属させ、それぞれ別のマネジャーの下に就けることにする、と。そこですかさずキャロリンが、こう口を挟みます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“Richard, I have a crazy idea.”</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">「リチャード、私、クレイジーなアイディアがあるんだけど。」</span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ジェイソンという素晴らしい上司を失うくらいなら、と前の会社を思い切って飛び出した四人。きっと今、かなりの不安を抱えていると思う。元同僚たちからネガティブな言葉を浴びているかもしれない。そんな彼らが新天地で初対面のボスをあてがわれ、もしも反りが合わなかったらどうか。最初だけでもジェイソンの直属にしておけば、きっとみんな安心して頑張れるんじゃないか…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そしたらリチャードが、よく分かった、考えてみるって言ってくれたの。彼は部署全体を見渡していて、戦力の公平な分配に意識が集中してたのね。私のクレイジー・アイディアが聞き入れられるとは正直思ってなかったけど、次の日にジェイソンから電話があったの。彼はとても興奮していて、四人が自分の直属の部下になることが決まったって言うのよ。リチャードに進言してくれたんだってね、本当に有難う、四人とも物凄く喜んでいて、これで安心して力一杯働けるって言ってるって。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ジェイソン自身、元部下たちを自分の下に就けられないか一度リチャードに打診したのだが、軽く却下され諦めていたのだそうです。転職早々ゴリ押し出来ないもんね、と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「君の一言で四人の人生、それにジェイソンの人生が変わったよね。そして彼らの家族の幸せにも貢献した。ひいては会社の業績にもポジティブに影響するだろう。凄い話だね。君があの時ちょっとでも怯んでクレイジー・アイディアを口に出すのを控えていたらと考えると、この世界のダイナミズムを感じずにいられないよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">照れくさそうに顔を赤らめるキャロリンを見ながら、</span>”Think
like a mountain” <span lang="JA">というフレーズを心に浮かべる私でした。世界は緻密に連携している。僕らひとりひとりの言動が、世界を変えるパワーを孕んでいるのだ、と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com5tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-63466225882577747542022-03-20T16:12:00.002-07:002022-03-20T16:12:37.222-07:00Doesn’t have the same ring to it 同じリングを持ってない<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgO5SUq9BTdYbUnh8w2v0-AY8wLIIv5PmM2V-4qgCBqNzyFtsr53K3UjG4X0GZFAaatk-P9Ph51DerAzor8WiJ3CFBcrzN2BnOg_HzTXDvn-gu0ocRWPn1k0uHEEA4vOuhffmWtPf0oxuFBFTS5da-Euf1HqwexRO8_ygiPQYBU-xstZUNt5HES7ydPbA/s3032/bells.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="2275" data-original-width="3032" height="150" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgO5SUq9BTdYbUnh8w2v0-AY8wLIIv5PmM2V-4qgCBqNzyFtsr53K3UjG4X0GZFAaatk-P9Ph51DerAzor8WiJ3CFBcrzN2BnOg_HzTXDvn-gu0ocRWPn1k0uHEEA4vOuhffmWtPf0oxuFBFTS5da-Euf1HqwexRO8_ygiPQYBU-xstZUNt5HES7ydPbA/w200-h150/bells.jpg" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />先週土曜の午後四時半。ミラメサのボーリング場で待ち合わせした相手は、元同僚のディックでした。二週間ほど前の晩に突然テキストを送りつけ、</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“Hello Amigo. How have you been? Seems about time we should
get together.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「よぉアミーゴ、どうしてる?そろそろまた会おうよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と誘って来たのです。振り返ると、十月に晩飯を楽しんで以来、五ヶ月も連絡が途絶えていました。ボーリング・デートは彼の持ち込み企画で、前回コーエン兄弟制作映画の話題で盛り上がった際、</span>The
Big Lebowski<span lang="JA">の愉快さについて語り合ったため、何となくその連想が導いたアイディアだったのでしょう。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「俺、最近ますます</span>Dude<span lang="JA">(ジェフ・ブリッジス演じる、浮浪者レベルにリラックスした風体の主人公)に見た目が似てきたよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と事前にテキストで予告してきました。コロナで引き籠もるうち徐々に身だしなみへの頓着が薄れ、「在宅ホームレス」とでも呼ぶべき荒んだなりに変貌していくのは自然の摂理でしょう。期待を胸にややニヤついてボーリング場へ出向いた私でしたが、入り口付近の椅子に腰掛けて携帯をいじっていた彼は、前回よりも髪を短く刈り、シワのないコカ・コーラ・ロゴ入り赤</span>T<span lang="JA">シャツに身を包んでいました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なんだよ、全然こざっぱりしてんじゃん。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と握手しながらからかうと、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「さすがにあの格好で現れる奴は現実にいないだろ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と笑い、立ち上がるディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">最後にボーリングをしたのがいつだったのかも思い出せないほどご無沙汰の私に対し、一時期結構ハマったという相棒は、</span>190<span lang="JA">センチ超えの巨体を華麗にしならせ、エゲツないカーブボールを投げて経験の差を見せつけます。ところが、真っ直ぐ転がすしか脳のない私が意外にもスペアを連発しポイントを稼ぐ一方で、ド派手な音を立ててピンを吹っ飛ばすものの度々スプリットに苦しめられたディックは、点数が伸びず段々と焦ってきます。額に吹き出す汗を拭いつつ、最終</span>10<span lang="JA">フレームで立て続けにストライク。ようやく同点に追いついて1ゲーム目を終了。記念にスコアボードの写真を代わる代わる撮る二人。2ゲーム目は調子を上げたディックが大差で私を下し、気持ちよく会場を後にします。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「めし、どうする?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とまだ汗だくの相棒。いつもだったら事前に私がきっちりスケジュールを組み、予約もバッチリ済ませておくのですが、今回はディックの企画。前日届いた彼のテキストには、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“How about meeting at 4-4:30…bowl…then maybe grab some grub.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「四時から四時半の間に集合して、ボーリングして、で、何か食いに行くって感じどうよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と極端にアバウトな段取りが記されていました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのさ、</span>grab
some grub<span lang="JA">っていう表現、初めて聞いたよ。新しいのありがとね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「喜んでもらえると思ったよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Grub<span lang="JA">は「カブトムシの幼虫」ですが、日常では「食事」という意味で使われます。動物が地面を掘って餌を探す様子を表す動詞でもあるので、この派生の仕方は納得。これに</span>Grab<span lang="JA">(つかむ、手に入れる)という単語をつけて「何か食いに行く」と洒落たわけですね。十年を超す付き合いの中で、英語表現に対する私の渇望感をしっかり理解し、事あるごとに協力してくれている彼。ほんと、相変わらずいいヤツだなあ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">結局私が提案した焼肉屋「牛角」は二時間待ちの満席だったため、そのそばにあった小さな寿司屋で夕食を楽しむことに。注文後、お互いの近況をあらためて語り合います。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ディックの転職先はまずまずの業績。ストレスレベルも低いとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのさ、さっきテスラに乗ってなかった?車換えたの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。さっきボーリング場で一旦別れた際、彼が白いテスラで走り去るのを見たのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、リースしてんだ。なかなか気に入ってるよ。恐ろしく静かだぜ。良かったらこの後、試乗してみる?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">環境部門の大物である彼が電気自動車に乗るようになるのは時間の問題だったけど、それにしてもテスラとは出世したもんだなあ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">私からの最大のニュースは、二日前にサンディエゴ・オフィスでパーティーが開催されたこと。二年に及ぶリモートワークを経て、ずっと会っていなかった同僚たちと顔を合わせたのです。ビル2階のオープンテラスに日暮れ前から集まって来た</span>60<span lang="JA">人を超える出席者達と、ケータリング業者が運び込んだ一口サイズのピザやオードブルを楽しみつつ談笑します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「過去二年間電話のみで繋がっていた人たちと、ようやく対面したりしてさ。すごく楽しかったぜ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">同い年で長い付き合いのジョナサンは、コロナ期間に飛行機操縦免許を取得し、こないだ初飛行を果たした。五歳上のアンディは、週</span>20<span lang="JA">時間勤務に切り替え、これからは好きなことに時間を割くことにした…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「暫く会わないうちに皆、色々人生に変化があったんだなあってしみじみ思ったよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">二年前、世界は突然フリーズし、日が経つにつれすっかり色褪せてしまった。何となくぼんやりそう思いこんでたけど、友人たちは着実に前へ進んでいた!</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そう気付かされて、興奮しちゃったよ。ほんと、あのパーティーに参加して良かった。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">実を言うと、そう明るく話しながらも、私は何か異変に気づいていました。ちょっと前から胃の辺りがムカムカしていたのです。注文したキュウリサラダもカリフォルニア・ロールも、一口箸をつけただけでストップ。ううむ、これはちょっと深刻だぞ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ごめん、テスラの試乗はまた今度にさせて。気分がいまいち優れない。今日はこれで帰るわ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ゆっくり時間をかけて慎重に深呼吸を続けながら夜のハイウェイを飛ばし、何とか家に辿り着きます。しかしそれから二日間というもの、猛烈な下痢と吐き気に翻弄され、ひたすらベッドで過ごすことになったのでした。食事はおろか、上体を起こして水をすすることさえ辛く、日曜の晩になってようやく妻の用意した雑炊を口にする私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「何か変な物食べたんじゃない?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と尋ねる彼女に対し、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「考えられるとしたら、ボーリング場で飲んだペプシかなあ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と答えますが、その前から胃の変調には気づいていたんです。一体何に当たったんだろう…?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">しかしその後、部下のシャノンからのメールで、事態は新たな展開を迎えます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「お腹の調子がひどいので、明日はお休みさせて。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「おいおい、こっちも同じだよ。パーティーで何か変なもの食べたっけ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ううん。あそこでは私、何も口にしなかったのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え、そうなの?じゃ、食中毒説は消えたな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">当日彼女と私は、朝から隣同士の席で勤務していたのです。ということは、パーティーが原因じゃないのかも。だとしたらオフィス内での感染か?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">月曜の午後になり、およそ三十人の参加者が同じ症状で週末寝込んでいたというニュースがセシリアから飛び込んで来ました。暫定的な結論は、これが「ノロウィルス」と呼ばれる輩の仕業だというもの。感染経路は不明なものの、パーティーのためオフィスに集まった社員の約半数が犠牲となり、楽しかったはずのイベントの印象が暗く陰ることになったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">日暮れ頃になり、急に思い出して携帯を取ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ディック、実はあの後大変だったんだ。確証は無いけどノロウィルスにやられたっぽい。オフィスで罹ったみたいなんだ。君に感染ってないことを祈るよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">このテキストに、彼がすぐ返信。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“Me too. But if I did, does that make us blood brothers?”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そうだね。でももし罹ってたら、俺たちブラッド・ブラザースってことになるよね?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Blood brothers <span lang="JA">とは、「血の誓いを交わした友」とか「義兄弟」という意味。さすがディック、どんな状況でもジョークを忘れない男…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">更に彼が続けます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“I guess it would be virus brothers, but that doesn’t have
the same ring to it.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ウィルス・ブラザーズかも。だけど、」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">までは分かったのですが、後半の意味がつかめません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「それだと同じリングを持たないな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Same ring<span lang="JA">(同じリング)?指輪?輪っか?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ネットで調べたところ、この場合のリングはベルの音、響きのことらしい。う~ん、でもまだやっぱしワカラン。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">どうにも気持ち悪いので、後日、別の同僚クリスティに解説してもらいました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“That means it doesn’t sound the same (like two bells having
the same pitch).”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「同じようには聞こえないってことよ(2つのベルの音色が一致するみたいには)。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">なるほど、つまりディックの言いたかったのはこういうことですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“I guess it would be virus brothers, but that doesn’t have
the same ring to it.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ウィルス・ブラザーズかも。ちょっと違うか…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">微妙な英語表現を巡って友人たちとやり取りをする、この懐かしい感じ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="JA"><span style="font-family: arial;">静かに喜びが溢れて来ました。</span></span><o:p></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com8tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-85183939082347065412021-11-20T16:29:00.000-08:002021-11-20T16:29:10.772-08:00Mental Constipation メンタル・コンスティペーション<p><span style="font-family: arial;"> </span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjlA03dBeIzTTHtHbiJW12Eb-DxG1jXx_jJ3NhyjwyLgbdCZIM5gobU7Pdu4O1DUmm97omelT206NnzaxS71Bw68R2sYN_hZ-ekPcLq-LxMdwKdVm1JZNoYrslVj_Wrl4KQ0WUYEcy-3ejD/s2048/mental.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="2048" data-original-width="1365" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjlA03dBeIzTTHtHbiJW12Eb-DxG1jXx_jJ3NhyjwyLgbdCZIM5gobU7Pdu4O1DUmm97omelT206NnzaxS71Bw68R2sYN_hZ-ekPcLq-LxMdwKdVm1JZNoYrslVj_Wrl4KQ0WUYEcy-3ejD/w133-h200/mental.jpg" width="133" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />「正直に言うわね。本当は水曜の会議、出るには出られたんだけど、言い訳を作って欠席したの。」</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">電話の向こうでオレンジ支社のアリサが、ゆっくりと言葉を選びながら告白します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「エレンとまともに会話出来るような心理状態じゃなかった、というのが真相。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">この数週間、アリサと週三回ペースで話し合ってきたのですが、限界が近いことは感じていました。だからこそ、水曜の電話会議は私が飛び入りで参加することを決めたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「エレンの質問には一応答えておいたよ。分からないことは君と相談してから返事するって言っておいたけど。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">一年前、地元のガス会社をクライアントとする巨大プログラムのサポートを任されたアリサ。同時進行する複数のプロジェクトを社内の</span>PM<span lang="JA">システムにセットアップし、コストをトラッキングし、月次請求書や契約変更のドキュメントを整え、フォーキャストをアップデートし、と様々な業務を包括的に進めるのが彼女の仕事です。プログラム・マネジャーのピーターから厚い信頼を受けつつ、複数の</span>PM<span lang="JA">達との密なコーディネーションを重ねて順調に飛ばして来たアリサですが、ここへ来て急ブレーキがかかります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">数ヶ月前にこのガス会社の新しいプロジェクトを担当することになったエレンが、アリサの仕事にダメ出しをして来たというのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「私が送るレポートを全部、シンスケやシャノンが使ってるフォーマットに変えろって言うの。内容は同じなのに、よ。とにかく、私が出すものにことごとくケチをつけるの。シャノンならこうしてたとか、シンスケならこういう見せ方をしてくれる、とか不満をぶつけて、私の能力を全否定して来るのよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">サンディエゴ支社所属のエレンは過去十年近く、私とシャノンとでサポートして来ました。生物学分野のエキスパートである彼女は、野生生物をこよなく愛する人物です(マウンテンライオンが南カリフォルニアで絶滅の危機に晒されている話を、苦痛に満ちた表情で語ってくれたこともありました)。しかしその一方で、思ったことをそのまま悪気なく口にするタイプでもあります。彼女と一度でも会って話せばすぐにそれと分かり、なあんだと笑ってしまえる程度の可愛らしい個性なのですが、電話とメールのみのコミュニケーションではそれが伝わりにくい。アリサはなんとかその要求に応えようと改善を試みるのですが、再三再四のぶっきら棒な批評に、個人攻撃を受けていると感じてしまったのですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">昨日ふと気付いたのですが、私のプロジェクト・コントロール・チームは今や総勢二十名。度重なる組織改編の煽りを食い行き場を失った社員をよっしゃよっしゃと受け入れているうち、いつの間にかビッグダディ化していました。新しいメンバーはテキサス、コロラド、オレゴン、北カリフォルニアなどに広く散らばっています。地元サンディエゴのオフィスで面接して新人を採用していた頃には分からなかったのですが、こうして全く素性の分からない、しかもこれから一生会うことも無いであろう人達をメンバーに加えて行くというのは、なかなかのストレスです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">こういう「ヴァーチャル」部下が増える度、コミュニケーションに費やす時間も多めに要求されるため、本来打ち込むべき業務はサービス残業ゾーンにどんどん食い込んで行きます。さすがにこれは「(今流行りの)持続可能」どころの話じゃない。状況を打開しようと去年の今頃、私が新しい職務(</span>PDL<span lang="JA">)を引き受けた際、チームを二つに分けシャノンとアリサをサブリーダーに立てることにしました。シャノンは私と十年近く同じオフィスで一緒にやって来た仲ですし、既に彼女が良く知っているメンバーを多数受け持つことになったので、さして不安はありませんでした。その一方でアリサは、比較的新しいメンバー。そんな彼女が更に顔も知らないメンバー達をリードすることになったため、負荷が急に増大したことは明白です。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">シャノンを含めたサンディエゴのメンバー達には過去数年に渡り、財務分析の方法、エクセルのショートカットやデータのビジュアライゼーション(視覚化)などを、私が対面で丁寧に手ほどきして来ました。ところがアリサはそもそも総務職が長く、財務データの扱いに長けて来たわけではありません。プロジェクト・コントロールのチームに入ったのは、職種の統廃合で居場所を失ったからであり、いきなり「シンスケ達が提供するサービス」を要求されても、ハードルが高すぎます。しかしそれでも何とかエレンの期待に応えたい彼女は、私に個人レッスンを依頼して来ました。その心意気に感動して毎週特訓を重ねて来たのですが、対面でも一年以上かけて漸く身につくようなスキルが、そう簡単に会得出来る訳もありません。そうこうするうち、エレンのダメ出しでじわじわとメンタルが痛めつけられ、とうとうギブアップ状態に陥ったアリサ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのさ、この数年で僕らに起こってることを冷静に考えたらさ、精神状態をまともなレベルに保つことすら至難の業だって気がするんだよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「</span>Change
is the only constant<span lang="JA">(変化こそ不変)とか言うじゃない。でもさ、現実は</span>Change
is exponential<span lang="JA">(変化は指数関数的)でしょ。</span>AI<span lang="JA">の進化、業務の海外アウトソーシング、加速していく組織改編。気心知れた同僚とより、今や顔も知らない赤の他人と働く時間の方が圧倒的に多いじゃない。これまで体験したこともない未知のゾーンに深く突入してるっていうのに、僕らはいまだに、事がうまく運ばないのは自分が至らないせいだと感じちゃう。考えても考えても、打開策が見つからない。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そうなのよ。何とかしようともがけばもがくほど、深みにはまって行く感覚。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と溜息まじりに呟くアリサ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「実は僕もちょっと前まで、そんな状態に深くはまり込んでたんだ。体調は最悪。便秘がちでお腹にガスが溜まってさ。全身の皮膚はカサカサ。寝てる間に掻きむしって血だらけになった。で、主治医に言われたんだ。皮膚の状態は腸内の様子をそのまま映し出していると考えた方がいい。そして腸内の状態は食事とストレスとに左右される。食物繊維を多く摂ることを心がけ、同時にストレス源と向き合うべしってね。で、基本に還って、コントロールが及ぶ範囲だけに意識を集中することに決めた。自分の力で簡単に変えられないことにエネルギーを費やしても、成果が上がらないどころか逆に衝突を生んで事態が悪化する可能性が高い。更には、そのいざこざを解決するために頭を使わなきゃいけなくなる。課題は増える一方で、脳の回路は大渋滞。まさに、</span>Mental
Constipation<span lang="JA">(メンタル・コンスティペーション)だよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「メンタルの便秘」というのは、咄嗟にでっち上げたフレーズ。こんな言葉が実際に存在するのかどうか不安でしたが、アリサには伝わったようでした。電話の向こうでクスリと笑います。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「で、まずは溜まったガスを逃してやらないといけない。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さらにクスクス。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そこで相談なんだけど、もしも君がエレンのための財務レポート作成に燃えていて何としても続けたいと思っているのでなければ、僕にそれ、譲ってもらえるかな。</span>PDL<span lang="JA">の職を解かれて、時間が空いたんだ。しかもこのレポート作成、僕の大好きな仕事なんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">電話の向こうで、しばしの静寂。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そうしてもらえるなら、本当に有り難いんだけど…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「引っかかってることがあるなら、何でも言ってみて。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">数秒の戸惑いを経て、アリサがこう答えます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのレポートを作る能力が自分に無いことを認めてしまえば、</span>Extinct<span lang="JA">(絶滅)の日が近いんじゃないかと不安になって。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">なるほどね。そう思うのも無理は無いな。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのね、チームで仕事することの価値は、それぞれの得意技を生かして全体として最大の成果を挙げることだと思うんだ。君には、無数の懸案事項を丹念に潰して行って大きなプログラムを堅実に進める能力がある。もしも財務分析が苦手なら、得意な人間に任せればいい。君はその成果を受けて、全体の最適解を導けばいいじゃない。財務分析みたいな数字扱いの仕事、五年後には大部分を</span>AI<span lang="JA">に任せてる可能性が高いと思うよ。君が今やってることこそ、機械には出来ない分野なんじゃない?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">アリサの声に、明るさが戻ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「私の仕事の意義を認めてくれて、本当に有難う。シンスケがレポートを担当してくれるなら、私、やっていけそうな気がするわ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そこで思わず、調子に乗る私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ガス会社のプロジェクトでメンタル・コンスティペーションを起こしちゃったけど、これでちょっとガスをリリース出来そう?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ガス会社とお腹のガスをかけた、英語の駄洒落。会心の一撃でした。果たしてアリサは、電話の向こうでふふふと口を閉じたまま笑います。私もムフフと笑い、笑い終わるとまだあっちで笑っていることに気づき、更に笑います。アリサの方も笑い終わった時、まだ私が笑っているのにつられ、また笑い始めます。これを三往復した後、漸く静寂。アリサが落ち着いた声で、こう言いました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ホントにやっとガスが出た感じよ。どうも有難う!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com8tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-41745645590337080972021-10-17T16:34:00.003-07:002021-10-17T19:39:19.452-07:00No shit, Sherlock! 御名答!<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi0ChrAE7d0a8JE0EO1uyj1NJ-VXLTulSkmuFNfjRc03qHV-uEaQ_zZkSBlJ-GcejaPARCJ7bWO4ymZRAu-lwlL2nkbAAODZAYk2yq77BqvogAM6bJkcrXOQbuvmETJ3ajWB4SBV9CtTL6f/s445/Sherlock.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="445" data-original-width="299" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi0ChrAE7d0a8JE0EO1uyj1NJ-VXLTulSkmuFNfjRc03qHV-uEaQ_zZkSBlJ-GcejaPARCJ7bWO4ymZRAu-lwlL2nkbAAODZAYk2yq77BqvogAM6bJkcrXOQbuvmETJ3ajWB4SBV9CtTL6f/w134-h200/Sherlock.jpg" width="134" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />金曜の夕刻、暖簾越しに懐かしい顔が現れました。私の姿を確認するや、ふわりと表情を和らげます。ドアを開けて頭を低くし、ゆっくり入店する金髪の巨人。そして真っ直ぐこちらへ歩みを進め、硬い握手を交わします。</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">近所のお気に入り店、</span>EE
NAMI Tonkatsu Izakaya<span lang="JA">(ええ波とんかつ居酒屋)で待ち合わせしたのは、元同僚のディック。夏の初めにランチ・ミーティングをして以来の対面です。四ヶ月のご無沙汰でしたが、着席と同時に会話をスタートさせました。まるで前回のリハーサルで中断していた新曲の練習を、一瞬の目配せだけで再開するボーカル・デュオのように。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">二人共自宅からリモートワークを続けていること、仕事は大変だけど何とか凌げていること。ディックは最近同じ職場で二人の同僚が立て続けに亡くなり、精神的なダメージを受けていること。しかも知識労働市場の流動化が加速していることもあり、彼の周囲では転職熱が高まっている。新顔の彼が、既に人員の流出を食い止める側に立っている、などなど。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「息子くんはどうしてる?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とこちらに話を振るディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「勉強、スポーツ、パーティー、とキャンパスライフを大いに楽しんでいるみたいだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。我が家の大学生は途方も無い楽天家であり、その自信過剰ぶりは悠々と</span>K<span lang="JA">点超えしています。もはや「愚か者」ゾーンに着地しているかもしれないことに、当の本人が気付いていない。「全学年で僕のこと知らない奴はいない」とか、「水泳部の次期キャプテンには僕以上の適任者がいない」とか、ただ笑うしか無いお気楽発言を大真面目にかましてくる。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あの年頃って、ホントそうなんだよな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とディック。サウスダコタの田舎町で、小学校から高校卒業まで学年トップの地位を守り抜いた彼は、州のエリートが集う工科大学に進むのですが、そこで生まれて初めての挫折を味わったそうです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「俺、それまで一度も能動的に勉強したことが無かったんだ。予習復習してしっかり授業に集中するだけで、トップの成績が取れてたから。ところが大学じゃ、そのやり方が通用しない。どんなに頑張っても、対象を理解出来ない状態が延々と続くんだ。あれは恐怖だった。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">それでも何とかコツを掴み、最終的には優秀な成績で卒業したディックは、難関の大学院へ進みます。あの経験で余計に自信過剰が増長しちゃったな、と笑う巨漢。そして肩を怒らせ、スーパーヒーローみたいに両手の拳を固めて力みます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“The world would bend if I flexed.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「俺がちょいと筋肉膨らませりゃ世界の方で歪んでくれるってね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">社会に出れば、どうしても越えられない障壁にぶつかる時が来る。その衝撃に備える意味でも、今は目一杯栄養を摂って心身を強化すべきだ。若い時期は、自尊心を傷つけるノイズなど不要である。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ま、あまりにも膨らませ過ぎるとそれはそれで危険だけどな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とディック。おっと、それで思い出した。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「息子がさ、</span>O
Chem<span lang="JA">(オーケム)落としたって電話で言って来たことがあってさ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">オーケムとは</span>Organic
Chemistry<span lang="JA">(有機化学)のこと。落第点を避け、教科まるごと学期途中でドロップしたという息子。単位を落とすなどという屈辱的な決断をさらりと報告され、唖然とする私。理由を尋ねると、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「だって難しすぎるんだよ。赤点取って総合成績下げるよりましでしょ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">はあ?なんだその被害者的開き直りは?難しいからこそ学ぶ価値があるんじゃないか!</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「俺もオーケムには苦しんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とディック。どうやらオーケムは、理科系でも最高難度グループに属する科目みたいです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「</span>Mr.
Sherlock<span lang="JA">(シャーロック先生)っていう生真面目な教授が教えてたんだけど、宿題もテストも常に膨大なんだ。しかも授業の進捗と試験範囲とがきっちりシンクロしてなかったりしてさ。ある時、及第点取れた学生が全体の16%しかいないという異常事態に陥った。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">その結果を発表した先生が、静まり返った学生たちを見回し、神妙な面持ちでこう言ったのだそうです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「色々調べてみて分かったんだが、どうやら今のやり方だと君たちの大半がついて来れないようだね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">すると教室の後ろの方から、誰かがこう叫んだのだと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“No shit, Sherlock!”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ノーシット、シャーロック!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">これには思わず笑った私ですが、探偵界のスーパーヒーローであるシャーロック・ホームズと担当教授の名前をかけた駄洒落、という点しか理解出来ませんでした。後で調べたところ、</span>No
shit<span lang="JA">というのは「正解、その通り」という意味であり、シャーロックを付け加えると、「さすが名探偵」という皮肉が足されるのだそうです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“No shit, Sherlock!”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「御名答、さすが名探偵!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">教室中が爆笑したことはもちろん、先生も吹き出したそうで、ふざけた学生が咎められることは無かったとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて、ヒレカツ定食は人生初だというディックに、ソースとマスタードを混ぜて味付けする方法を教えると、その美味しさにしきりに感心します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「</span>Black
Pork<span lang="JA">って何?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とメニューを観ながら質問する彼に、日本では黒豚という品種の肉が珍重されており、特に美味であるイメージを多くの人が持っている、と説明します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「外見が黒いばっかりに、可哀想になあ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と笑うディックに、さっき鑑賞を終えたばかりの映画の話をします。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ヴィゴ・モーテンセン主演の</span>Green
Book<span lang="JA">(グリーン・ブック)は、</span>1962<span lang="JA">年のアメリカを舞台にしたロード・ムービー。黒人差別という重いテーマが軸になってはいるものの、私が気に入ったのは、カルチャーも哲学も共通点ゼロの男たちが、何度も衝突しながら最終的に友情で結ばれる、というストーリー。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「気付いたんだけどさ、僕はこのロード・ムービーっていうジャンルに、特に惹かれるんだ。ミッドナイト・ラン、サンダーボルト、レインマン、などなど。分かり合うことなど到底出来そうもない二人が、色々あって一緒に旅路を進む羽目になる。仕方なく力を合わせて葛藤に立ち向かううち、心を開いて行く。そして違いを認めたままお互いを受け入れ、リスペクトを覚え、固い絆を結ぶ。人間関係の構築や継続がいかに困難かを日々味わっている観客に、熱いミラクルを見せてくれる。それも、信じることが出来そうなレベルのね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、分かる。違いを認めたまま受け入れる、というところが大事だよな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とディック。我社で昨今横行している、過去に会ったこともこれから会うことも無いであろう人達とチームを組み、難しい仕事を進めて行く、というやり方。東海岸のリーダーが西海岸のチームに、フィリピンやルーマニアの社員を使ってプロジェクトを進行せよ、と指示を出す。ビデオ会議でも顔を出さず、お互いの名前をどう発音するのかも分からぬまま。こんな手法で上手く行くわけがないことは、ロード・ムービーを三本ほど観れば誰でも気が付くでしょう。信頼関係を築くには、長い時間をかけて衝突や和解を繰り返す必要があるのだから。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">思い返せば、ディックと私は過去十年に渡り、何百時間も会話を重ねて来ました。苦楽を共にした仲間、と言っても過言ではありません。彼が突然姿を消し、一ヶ月以上も復帰して来なかった時は随分気を揉んだものでした。ストレスが蓄積して追い詰められていたところに盲腸が破裂し、長期間の自宅療養を余儀なくされた後、まるで二十代に戻ったかのようにリフレッシュして職場に現れた彼。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いやあ、あん時は本当にほっとしたぜ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、ヒレカツを頬張りながら笑う私。すると突然ディックが箸を起き、静かな口調でこう言ったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“Thank you for always being there for me.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いつも味方でいてくれて有難うな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ふと見ると、彼の両目が赤くなっています。おいおいやめろよ、そんなあらたまって!</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そうだ、久しぶりに英語の質問があるんだけど。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と話を変える私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「名詞から始まる映画のタイトルがあるでしょ。その中に、</span>The<span lang="JA">が付くものとそうで無いものがあるじゃない。例えば、ターミネーターの最初のバージョンは</span>The
Terminator <span lang="JA">なのに、続編は</span>Terminator
2<span lang="JA">なんだよ。サウンド・オブ・ミュージック(</span>The
Sound of Music<span lang="JA">)は</span>The<span lang="JA">で始まってる一方で、アバター(</span>Avatar<span lang="JA">)のように、無冠詞で押しているものもある。この違いは何?印象に差異は出るの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">これにはぐっと詰まってしまうディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いい質問だなあ。はっきりした答えは出せそうに無いよ。考えたことも無かった。アメリカ人の99%は、ターミネーターに</span>The<span lang="JA">が付いてたかどうか聞いても答えられないと思うな。もちろん定冠詞の目的は対象の特定や強調だけど、果たしてその効果が映画の印象に影響してるかどうか疑わしいよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">それから、何かを思い出してクスリと笑います。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「オハイオ州立大学には</span>The
<span lang="JA">が付いてるって知ってた?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">全米に大学は何百とあるけれど、名前に</span>The<span lang="JA">が付いている大学はここくらいじゃないか、とディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あそこの卒業生に、</span>Ohio
State University<span lang="JA">の出身なんだって?って聞いてごらん。十中八九、</span>”The”
Ohio State University<span lang="JA">だよって言い直されるから。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">またしても、英語という言語のいい加減さを物語るエピソードでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">食事を終え、ディックを自宅へ招きます。我が家は水曜から妻が里帰りしており、久しぶりの独居生活。ダークローストのコーヒー豆を挽き、ドリップしてもてなす私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「水曜から今日まで有給休暇を取って、五連休にしたんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">この三日間、好きな時間に起きてひたすらボーッとし、好きな本や映画を楽しみ、ギターを奏でたり、食べたい物を料理して来た私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「過去十ヶ月間戦ってきたストレスフルな環境から抜け出して、オールリセットするのがこの連休の目的だったんだ。とにかく好きなことばかりしてやろうってね。その仕上げが、会いたい人に会って楽しく喋る、という今日の企画。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">マグカップの取っ手に差し入れた二本の指をじっと見つめてから、満足げに頷くディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そう言えばずっと前に、古い白黒作品の話をしてくれただろ。あれ、なんてタイトルだっけ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「</span>Summer
with Monika<span lang="JA">(邦題「不良少女モニカ」)のこと?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、それそれ。そのうち観たいと思いながらも、なかなか決心がつかないんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">だいぶ前にこの映画の話をした際、ディックの最初の結婚が失敗に終わった話を聞きました。どうやらあらすじがこの時の彼の経験と重なっていそうなので、古傷を刺激するのもちょっとね、というところで落ち着いたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「人生で色んな挫折を経験して来たけどさ、そのたびに何とか乗り越えて来た。そしてそれをパワーにして来たとさえ思う。それなのに、離婚の記憶と向き合うことにはまだ躊躇してる。なんでだろうな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">高校時代のクラスメート。別々の大学に通いながらも関係を続け、もう待てないと訴える彼女の要求を受け入れ、卒業と同時にゴールイン。三年間の大学院時代、毎日二十時間近く勉学に集中しつつ、ありきたりの新婚生活が出来ない状況で何とか関係を維持しようとするも、根本的な価値観の違いが次々に露呈。過保護な父親のおかげで困難な挑戦から逃げるのが常の彼女と、努力して目標を達成する主義のディック。結婚直後から、離婚は頭にちらついていた。それでも迷い続けたのは、「どんな問題でも必死に頑張れば解決出来る」という信念にとらわれていたから。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">親しい誰かに相談は出来なかったの?と尋ねる私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「親父に話してみたよ。だけど彼はそもそも俺の思想の教祖みたいなもんだからね。努力が足りないって思いが強まっただけだった。結局、余計に自分を責めることになった。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">弛まぬ努力により問題解決を重ねて来た者は、そのテクニックを人間関係にも応用出来ると思いがちです。でも、そもそも育った環境や信仰の異なる二人の人間が分かり合えること自体、奇跡だと思う私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そっか、ミラクルか。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と考え込むディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そう思うよ。人間関係ばっかりは、どんなに努力したところで改善には限度がある。皆それぞれ違う方向に違うスピードで成長してるんだしさ。だから、数ヶ月とか数年に渡って誰かと良い関係が築けてる時は、その幸運にとにかく感謝するのみだな、僕は。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そのアドバイス、あの頃に聞きたかったぜ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「でもさ、こういうことって、すごく苦しんだ末に漸く自分なりの答えを出せるってもんじゃない?回答がストレートであればあるほど、見つかりにくい気がするな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「僕はこの数ヶ月間、ずっと苦しんでた。物事がうまく行かないのは、自分の努力が足りないからだと思いこんでたんだ。もっと頑張んなきゃってね。振り返ってみると、問題の大半は人間関係絡みで、とても一筋縄じゃいかない。長いこともがいたけど、諦めることにした。自分はスーパーヒーローじゃないって潔く認めて、戦うのを止めたんだよ。そしたらさ、急に周りがクリアに見え出した。自分が影響を及ぼせる範囲だけに意識を集中してコツコツ努力を続けることにしたんだ。そしたら、なんだか懐かしい喜びが蘇って来てさ。本当に久しぶりに、暗い地下室から抜け出せた気がするよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">この独白に近い私の話を静かに頷きながら聞いていたディックが、少し間を置いてこう言いました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ひとつだけ、同意出来ないことがある。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">え?何?と続きを待つ私。ニヤリと笑うディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“You are a superhero to me.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「君は俺にとってのスーパーヒーローだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-49497247003173430202021-09-26T09:14:00.000-07:002021-09-26T09:14:05.000-07:00エリンとアーロン<p><span style="font-family: arial;"><span lang="JA"></span></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgXpEub6i541D68zMWUMM1rOJRPNHURZIC_XZBJF48VL0fqu4DDpZCw1IgHHsqf61chc-VGBegQ8nYmcvWARyNNUBPFH25_2Y1g-NYQMT7JDsp5BhQIed2g7oRISd8bodEoxZZJoUJlbZQi/s193/Eren+%25282%2529.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="193" data-original-width="111" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgXpEub6i541D68zMWUMM1rOJRPNHURZIC_XZBJF48VL0fqu4DDpZCw1IgHHsqf61chc-VGBegQ8nYmcvWARyNNUBPFH25_2Y1g-NYQMT7JDsp5BhQIed2g7oRISd8bodEoxZZJoUJlbZQi/w115-h200/Eren+%25282%2529.jpg" width="115" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />先週木曜日の午後、東海岸のブライアンが招集した電話会議に出席。私の所属する部署の若手社員Diana<span lang="JA">が会社認定の</span>PM<span lang="JA">資格を取得しようとしていて、その最終面接に立ち会う、というのが目的。</span></span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ハイ、シンスケ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">微かに緊張を滲ませた笑顔で画面に登場した受験生の顔を見て、コロナ前にオフィスのランチルームで何度か出くわしていたものの言葉を交わしたことは無い女性だ、ということに気づきます。マイクロソフト・ティームズの出席者アイコンには名前が記されているので字面は確認出来て当然ですが、初対面の人が大抵つまずく</span>Shinsuke<span lang="JA">の発音を難なくこなしたという事実に、ちょっと感動していた私。それにしても、初めて会話する相手に下の名前で呼びかけるというこのアメリカンな習慣、渡米後二十年以上経つってのに未だに慣れないんだよなあ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">実を言うと私、数十秒遅れで画面に現れた彼女の上司ジェナが「ハイ、ディアナ!」と言うまで、</span>Diana<span lang="JA">をどう読むべきか迷っていたのです。あ、そうなんだ、ディアナって読むんだ。良かった、反射的に「ハイ、ダイアナ!」って返さないで…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ところがそうやって胸を撫で下ろしたのも束の間、この面接を仕切る還暦超えのブライアンがいきなり、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「さてダイアナ、最初の質問なんだが…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とスタートしたのです。えっ?今さっきジェナが「ディアナ」って呼ぶの、聞いてなかったの?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">あろうことか、ジェナも、そして当のディアナも眉一つ動かさずこれを受け流し、ブライアンの「ダイアナ」連呼は面接終了まで延々と続いたのです。もしも僕が「シスケ」とか「シンスーク」とか呼ばれたら、ならべく早い段階での訂正を願い出ると思うんだけどなあ。なんで誰も何も言わないの?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">実はこの手の疑問、今に始まったことじゃないのです。二年ほど前のある日、オフィスの一階上で働く若手社員の</span>Meghan<span lang="JA">に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのさ、君の名前だけど、ミーガンとメガンのどっちが正しいの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と尋ねました。イギリスのノーベル賞作家ゴールズワージーの短編「林檎の樹」に登場するキャラクターに同じ名前の女性がいて、学生時代に新潮文庫で読んだ時は「ミーガン」、数年後に書店で角川文庫版を開いた時には「メガン」になっていた。既に僕の中では完璧な「ミーガン像」が出来上がってんのに、後になって実はあれ、メガンが正しいんだって言われても困るんだよね。新潮と角川と、どちらに軍配が上がるのか?人生を左右するほどの重大テーマでも無いんだけどずっと気にはなっていて、同名の人物が実際身近に現れるまでそのチャンスを窺っていたのです(三十年以上も!)。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ミーガンでもメガンでも、どっちでもいいのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とこの時、予想外の反応が返ってきます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いやいや、でもさ、私はこっちで呼ばれたいとか、親はこう読ませようとしたってのはあるんでしょ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と食い下がる私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ううん。特に無いわ。本当にどっちでもいいの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">呆然と立ちすくむ私。おいおい自分の名前だぞ、そんないい加減な回答アリなのか?釈然としないまま、お礼を言って立ち去るのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">話変わって今週木曜の夕方、</span>18<span lang="JA">ヶ月前に転職した元同僚のリチャードと、久しぶりの再会を果たします。場所は、去年近所にオープンした</span>EE
NAMI Tonkatsu Izakaya<span lang="JA">(ええ波とんかつ居酒屋)のパティオ席。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「これ、なんて読むの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と挨拶もそこそこに質問してくるリチャード。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「</span>E<span lang="JA">を二つ並べて、ええって発音させるみたいなんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ふーん、そうなんだ。どういう意味なのかな?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ここは大阪風とんかつ屋で、「ええ波」というのは「良い波」の関西弁。「ええ」の響きを表現しようとした結果、こういうアルファベットの使い方になったんじゃないか、と持論を述べます。</span>A<span lang="JA">ひとつだけだと「エイ」になっちゃうからね。果たして</span>EE<span lang="JA">と書いたところでアメリカ人が「ええ」と発音出来るかどうかは謎だけど、と。それに対してリチャードは同意も反論もせず、さも感心したように頷くのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そして間もなく運ばれて来たジューシーな極上ヒレカツ定食セットを味わいつつ、テーブルを挟んでお互いの「その後」をシェア。乗員数万人を擁する巨大タンカーから総員</span>14<span lang="JA">名のスピードボートに乗り移ったリチャードは、彼を引き抜いた元同僚のジャック(御年</span>92<span lang="JA">歳)とともに大活躍しているのとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「給料は大幅に上がったし、</span>Utilization<span lang="JA">(稼働率)のプレッシャーも無いし、チームとしての意識はすごく高い。皆がお互いを気遣っていて、どんなに忙しくてもストレスを感じないんだ。社長はエコ意識が高くて、電気自動車が買いたいという勤続五年以上の社員には、補助金一万ドル出すって言うんだぜ。最高だろ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">転職直前には、これが本当に正しい選択なのか随分迷った、とリチャード。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「大正解だったね。良かったじゃん。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「シンスケは転職考えてないの?来てくれって言う人はいっぱいいるんじゃない?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん。考えてはいるよ。でもね、僕にはチームがあって、これを盛り上げて行きたいって気持ちが強いんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">部下達との年度末業績評価面談を前日に済ませたばかりだった私は、彼等の発展を真剣に考えていたタイミングだったのです。リチャードの転職先より世帯がデカい、今の私のチーム。メンバー達全員が日々幸せに働けるような環境を整えたいという気持ちは、彼のボスと何ら変わりません。そんな野心すら吹き飛ばしてしまうほどの圧倒的好条件を突きつけられれば、話は別ですが…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">加えて、面と向かってリチャードに伝えるのはさすがに思いとどまったのですが、実は「大企業に身を置く」こと自体のメリットも見逃せないファクターなのです。会社の規模が大きいということは関われるプロジェクトのバラエティも豊富だし、仕事の発展性だって変わって来ます。出張でフロリダやモンタナやユタやハワイ、そしてオーストラリアまで訪問出来たのも、大会社勤めの役得。そして何よりその過程で、才能溢れる何百人もの痛快キャラと知り合いになれたことは、絶対無視できない魅力なのです。つまり今のところ、私小説の味わいより大河ドラマの興奮を選択している私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、そうだリチャード、ちょっと英語の質問していい?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">同じ屋根の下で働いていた頃は、頻繁にこの手の質問をビシビシ投げ込んでいた相手です。当時を思い出し、つい顔がほころんでしまう私。彼の方も懐かしそうな表情を浮かべ、バットを構えて私の投球を待ちます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「名前の読み方なんだけどね…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ちょっと前に部下のシャノンが、こんな話題を持ち出して笑ったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「全く紛らわしくて困っちゃうわよね。プロジェクトチームに同じ読みの名前が二人いて、しかも綴りが全然違うなんて…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">暫くの間、一体誰の話なのか分からず戸惑う私でしたが、ようやく理解に至ります。彼女がサポートしているプロジェクトマネジャーの</span>Erin<span lang="JA">と現場のトップ</span>Aaron<span lang="JA">の名前が、どちらも「エレン」と読めるっていうのです。つまり「エレンが二人いる」と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?全く同じ発音だって言ってるの?ちょっとの違いはあるんでしょ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ううん。完全に一致してるのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">俄には信じ難い説。日本人の私が普通に読めば、</span>Erin<span lang="JA">は「エリン」、</span>Aaron<span lang="JA">は「アーロン」です。それがどちらも「エレン」と発音されるため、耳で聞いただけでは誰の話題か分からない、というのがシャノンの主張。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「その通りだね。全く同じ発音だよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ああそんな話か、と拍子抜けしたようにシャノンに同意するリチャード。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ええ?だってさ、</span>A<span lang="JA">が二つ並んでるんだぜ。それをエって発音するなんておかしいでしょ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うんそうだね、英語ってつくづく不思議な言語だよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">おいちょっとちょっと、それでおしまい?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、そうだ、ミーガンとメガンはどう?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と畳み掛ける私。どっちでも良いというのはいかがなものか。子供に名前をつける際、どう発音するかまでセットで考えないのか。対してリチャードは、またしてもそれが何故疑問なのかすら理解出来ない面持ち。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、どっちの読み方も有りだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「じゃあさ、じゃあさ、」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">これはもう、内角高めを抉る決め球を投じるしかない。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「誰かが初対面で君のことをリックとかディックとか呼んだらどう思う?ちょっとイラッとしたりするんじゃない?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Richard<span lang="JA">というのは、リチャード、リッチ、リック、ディック、と多彩な変化型を持つ名前です。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「僕は長年リチャードって呼んでるけど、周りの皆がそういう呼び方をしてたから倣ったのであって、君自身が認める正式呼称なんだと思ってた。なのに君のことをまだ良く知らない人がいきなり違う呼び方して来たら、さすがに何だこいつはって思うでしょ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いや、全然。きっとその人は知り合いに別のリチャードがいて、彼のことをリックとかディックとか呼んでるんだろうな、と思うだけだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そして彼の次の一打で、全身の力が抜けたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そういえば、うちの親父は僕のこと、ディッキーって呼んでるよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">アメリカ人にとって、名前は記号に過ぎない。読み方なんてどうでもいいのだ。このお題に関する追究は、この日の晩できっぱりと終止符を打たれたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com6tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-19701143443489453322021-08-29T15:52:00.001-07:002021-08-29T15:55:45.679-07:00Have no fear 恐れるな<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgyv786J-AhKgOi9KIsmWgdUPnUCHaXzVIebVb8e2u0qdNM_HzVYLs0XylmLXNE2N_MwrMuKVjSNX7LuMDP1jJEbuJ4r2CqOeE8mqbPeKIi8LhZ1iyefOPn3eGDaaVTU5qW3d0dlAKRgK4O/s2048/jump.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1365" data-original-width="2048" height="133" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgyv786J-AhKgOi9KIsmWgdUPnUCHaXzVIebVb8e2u0qdNM_HzVYLs0XylmLXNE2N_MwrMuKVjSNX7LuMDP1jJEbuJ4r2CqOeE8mqbPeKIi8LhZ1iyefOPn3eGDaaVTU5qW3d0dlAKRgK4O/w200-h133/jump.jpg" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />先月末、太陽照りつける金曜の正午過ぎ。上司のセシリアと近所のショッピングモールで待ち合わせしました。数年前に私が同じ界隈に転居して以来、そのうち食事でもしようと何度か話していたのですが、ずっと企画倒れになっていたのです。そうこうしているうちにコロナでリモートワークに突入し、気がつけばぶわっとタイムワープ。七月になってワクチン接種が広まり感染者数も降下したため、ようやく実現の運びとなったランチミーティングでした。</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「実は今日こうして直接会おうって誘ったのには、理由があるの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">インドカレー店のパティオ席。パラソルの下で三種類のカレーを楽しみつつ近況報告を交わした後、セシリアが言いにくそうに切り出します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「まだ誰にも言わないで欲しいんだけど、十月にまた大きな組織改編がありそうなのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">反射的に鼻で笑い、ゆっくりと首を左右に振ってしまう私でした。はいはい、またですか。一体どれだけ組織変更にエネルギー注ぎ込めば気が済むんだよ、この会社は…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そもそもさかのぼること</span>2018<span lang="JA">年九月、私の属する環境部門が他のビジネスラインと袂を分かち、まるで独立国家のような体制で運営されることが決まりました。それまで同じオフィスで働いて来た別部門(交通、建築、上下水道、など)の同僚たちと異なる指揮系統で動くというのです。北米西部地区の大集会にも一応招かれはするものの、オブザーバー的な立場で出席する形になり、なんとも落ち着かない気分。ややこしいことに、わが部門も同様の地域制を採用しているため、「環境部の」北米西部地区が別に存在するという、異母兄弟同居状態。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そんな居心地の悪い状況が続いていた昨年一月、「環境部北米西部」の新体制が発表されました。サンディエゴ支社のセシリアの下でこじんまりやっていた私のプロジェクトコントロールチームは、南カリフォルニア全体を所掌することになり、チームメンバーは二倍に膨れ上がりました。更に西海岸北部をカバーしていたアリーナのチームと合体し、オレゴンのカレンが二人の上司に就任。総勢二十名超の「環境部北米西部プロジェクトコントロール・チーム」が誕生したのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ところがそのわずか半年後、さらなる組織改編が発表されます。今度は北米全域を跨ぎ、業種ごとに横串を刺すスタイルの組織に変更するというのです。地域ごとに人を束ねる必要性が薄れるのですから、理論上はポジションを減らすことが可能。果たして数百人がレイオフされ、上司のカレンも会社を去りました。新生プロジェクトコントロール・チームはあっけなく解体され、私のチームはセシリアの下に逆戻り。アリーナのチームは別部門に吸収されました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そして十二月。私は</span>PDL<span lang="JA">(プロジェクト・デリバリー・リード)という職務を引き受けます。</span>200<span lang="JA">件を超えるプロジェクトの財務管理が主な業務ですが、プロジェクトコントロールの仕事も継続することにしたため、就任以降は「起きている時間ほぼずっと仕事」という日常が続いています。最高執行責任者であるコネティカットのジョンが事実上の上司になり、毎週厳しい要求が飛び込むようになりました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「歳入額が全然目標に達していないぞ。何としてでも月末までに達成してくれ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「こんな少額のコンティンジェンシーは必要無いだろう。削除して歳入額を増やせ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「シンスケは</span>PM<span lang="JA">達に甘すぎる。もっとアグレッシブになれ。ギリギリ絞り上げるんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">四半期毎の財務報告は経営者の成績表みたいなものですから、ジョンにとっては理にかなったアプローチです。しかし私にしてみれば、プロジェクトや</span>PM<span lang="JA">達を危険に陥れるような真似だけはしたくない。近視眼的で金勘定優先の指示を、唯々諾々と受け入れるわけにはいかないのです。プロジェクトにはそれぞれ細かな事情があり、</span>PM<span lang="JA">達と深く会話して初めて得られる情報は多々あります。チームメンバー達と会ったこともなく現場の状況も知らないジョンに、二千キロの彼方からやいやい言われるたび、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「これには深いわけがありまして、カクカクシカジカ…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">といちいち弁明する私。エクセル表に並ぶ何百件ものプロジェクトの経営評価を超高速でこなしていくジョンの目には、私が</span>PM<span lang="JA">の立場を擁護し過ぎているように見えても不思議はありません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「次の組織改編では、地域枠を完全に撤廃しようって動きがあるの。今の私達は南カリフォルニアを管轄してるけど。それさえ失くそうって話なの。つまり部門長という私のポジションも、あなたの</span>PDL<span lang="JA">としてのポジションも、どうなるか分からないのよ。だから、今からそういうケースを想定しておいて欲しいの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">セシリアの顔に、ようやく本題に斬り込めたという安堵の表情が浮かびます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「どうしても</span>PDL<span lang="JA">の仕事を続けたいというのであれば今からジョンに掛け合わないといけないけど、そういう気持ちは無いんじゃないかって推察してたの。どう?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ご明察。</span>PDL<span lang="JA">のポジションは喜んで返上するし、プロジェクトコントロールの仕事に百パーセント戻れるならむしろハッピーだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「良かった。思った通りだった。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「大体さ、ジョンの方だって僕に</span>PDL<span lang="JA">を続けて欲しくなんてないと思うよ。彼の求めているのは、もっと従順に動いてくれるタイプの人間でしょ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">セシリアの目に、微かに躊躇の色が差します。それから慎重に言葉を選びながら、こう言ったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「連絡や報告という面では、あまりあなたのことを高く評価していないみたいね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">察するに、彼女はこの件で既にジョンと会話を交わしていて、私に対する不満を彼から聞かされていたのでしょう。信頼関係を築けていない相手とのコミュニケーションが円滑なわけも無く、驚くに値しないフィードバックですが、このボディブローは帰宅してからジワジワと効いて来ました。一時は会社を辞めようかと思い悩むほど追い詰められた私ですが、それでも過去半年間、「可能な限りの成果を挙げた」自負はありました。だから高く評価されて然るべきというのは、よく考えれば単なる思い上がりでしょう。ジョンの目に「いつまでも打ち解けようとしない面倒くさい男」と映っていても、文句は言えません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">本職に軸足を残したまま新たな職務を引き受けた理由は、己の剣を錆びつかせたくないという思いの他に、次の組織変更で大波を食らったとしても戻れる港を確保しておこうという、一種の保険でした。しかしそんな保険、一体どれほど有効だというのか?「新体制にシンスケのような人材は必要無い」とジョンがコメントするだけで、一発退場も充分有り得ます。本当にそうなったらどうする?息子は秋から大学三年になるんだそ。あと二年分の学費、払えるのか?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">それから毎日のように夫婦で話し込み、二人でビジネスを始めてみるとか、転職の可能性を求めて知り合いに連絡取ってみるとか、アイディアを出し合うのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて今月半ば、夏休みで帰省していた息子と一緒に、オレンジ郡にあるお気に入りのベーカリーカフェ</span>Brio
Brio<span lang="JA">まで出かけました。オーナー夫妻とは以前から仲良くなっており、ちょうど前日からディナーメニューをスタートしたというので駆けつけたのです。この店の食パンとバターロールは、私の生涯ダントツの美味さ。わざわざサンディエゴから長距離ドライブする価値は十二分にあります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">日本での仕事も住まいも全て清算し、背水の陣でこの店を開いた彼等は、ベーカリーを出発点にどんどんビジネスを広げて行こうと意気込んでいました。しかし出会い頭にパンデミックがやって来て開店準備は困難を極め、さらにはアルコール飲料提供のためのライセンスが何ヶ月も下りなかったり、と苦難の連続。旦那さんは過労で何キロも体重が落ちたそうなのですが、「本当に上質なものやサービスを提供すれば客は必ずやって来る」という信念を胸に懸命な努力を続けた結果、今では大評判のベーカリーになっているのです。脱サラしてアメリカで店を開くという一点だけ取っても既に想像を絶するチャレンジなのに、コロナという全く予想外の大波に立ち向かわなければならなかった彼等。それでも二人の目にはエネルギーがみなぎっていて、必ず店を成功させ、将来はこのショッピングモール全体を買い取ってみせる、と野望を語ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">残念ながら、ディナーを提供し始めて僅か二日目ということもあり、結局この夜の来客は閉店まで我々一組のみでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「この状況が二週間も続いたらさすがにキツイですけど、大丈夫。必ず何とかします。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">どんなに大きな障害が立ち塞がろうともとにかく前進あるのみ、という圧倒的な「生きる力」を感じます。ふと気になって、何が彼等をここまで駆り立てているのかを質問したところ、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「南カリフォルニアに住みたかったんですよ。それだけ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と笑うご主人。軽く頭を殴られたような衝撃を受けました。こんなシンプルなモチベーションを発射台にして、二人は新天地でゼロからの再スタートを切った。そうか、人間は強い意志さえあれば何でも出来るんだ。自分だって</span>21<span lang="JA">年前にこの地を訪れた頃、何の武器も持たなかった。仕事のあてもなく二年間で貯金も尽きて、絶望的な状況だった。それでも何とか乗り切ったじゃないか。そうだ、大丈夫だ。「人はいつからでも、何者にでもなれる(中田敦彦)」。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">夜のハイウェイをサンディエゴに向かって車を走らせながら、元気をくれたあの夫婦への感謝を噛みしめるのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて今週月曜の朝のこと、ボスのセシリアからメールが飛び込みます。組織改編のニュースを伝えたいので、緊急電話会議を招集するというのです。いよいよ本決まりか…。深呼吸をしてログインします。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「私が聞いていたのと、全く違う組織形態が発表されたの。環境部門は九月末に解体されて、各地域部門に吸収されることが決まったのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">あろうことか、我々は三年前に逆戻りして、北米西部地区という元の鞘に収まるというのです。はぁ?なんだそれ。じゃあこの三年間は何だったんだ?安堵の前に、言いようのない憤りに襲われる私。度重なる組織変更に伴って費された、あの膨大な時間とエネルギー。理不尽に会社を追われた、優秀な社員たち。三年間に及ぶ壮大な社会実験は大失敗。「やっぱり前の組織に戻しますね、ちゃんちゃん。」って、それで済むのかよ!</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">翌日の火曜、ジョンが</span>PDL<span lang="JA">を集めて緊急会議を開きます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「みんな聞いていると思うが、九月を持ってこの組織体制は終了することになった。これまでの皆の努力には本当に感謝している。残りの期間、しっかり任務を遂行して欲しい。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">PDL<span lang="JA">が今後どうなるかについては分からない、とジョン。皆優秀だし上層部からの信頼も厚いので、次のポジションはすぐに見つかるだろう。かくいう自分は北米東部地区上下水道部長への異動が決まった、と。電話空間に静寂が訪れます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「今更こんなこと言ったってしょうがないけど、私はこの仕事を引き受けるために、約束されてた技術畑のポジションを断ったのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、カナダ地区を所掌するウェンディがため息まじりに呟きます。そう、</span>PDL<span lang="JA">の多くは前回の組織改編時、技術系のキャリアと決別して経営サイドに両足を突っ込んだのです。まさかこんなにあっさりと梯子を外されるとは…。ジョン本人も、最高執行責任者というポジションがこれほど短命に終わるとは意外だったはず。そんな想像を巡らせていた矢先、彼がしっかりとした口調でウェンディにこう答えたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“Have no fear. We are all valuable.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「恐れるな。我々は皆、貴重な人材なんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">うーむ、なんというハートの強さ。色々と確執はあったけれど、この人の持つ「生きる力」に、ちょっぴり感動を覚える私でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-88024191388191597652021-07-05T14:59:00.002-07:002021-07-05T14:59:45.323-07:00Field of Dreams フィールド・オブ・ドリームス<p><span style="font-family: arial;"> </span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjImcW3XE7BpFlLlT8p3krk0VIoVqF9EHzREmdyDKCHEI8Wo9RzImkeOSI9QJY5XXr5KAsmJBsfXW5Ts9_0cyXOsmTvhJybf-UyvmlAJsz9mfwIwoZFVC-ETvTRj6PtfhZwCeRxgzdl5yXR/s2048/Angeles.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1536" data-original-width="2048" height="150" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjImcW3XE7BpFlLlT8p3krk0VIoVqF9EHzREmdyDKCHEI8Wo9RzImkeOSI9QJY5XXr5KAsmJBsfXW5Ts9_0cyXOsmTvhJybf-UyvmlAJsz9mfwIwoZFVC-ETvTRj6PtfhZwCeRxgzdl5yXR/w200-h150/Angeles.jpg" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />三十年以上前に日本で観たケヴィン・コスナー主演のヒット映画「フィールド・オブ・ドリームス」を、最近久しぶりに再鑑賞しました。自分だけに聞こえる、</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“If you build it, he will come.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「それを作れば彼がやって来る。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">という謎の声に誘われ、通常なら考えもつかない突飛な行動に出る農場経営者の主人公。気でも狂ったかと止めにかかる親戚たちに逆らい、妻子の支えを頼りに広大なトウモロコシ畑の一角を潰して野球場を建設する三十路男。メッセージに含まれた「彼」が何者なのか明かされぬまま非現実的な出来事が立て続けに起こるのですが、エンディングの涙腺爆撃で完膚無きまでに打ちのめされます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">今回も嗚咽を堪えるのがやっとの私でしたが、鑑賞後に思うところがありました。この「謎の声に従って素直に行動したら素晴らしい出来事が起きた」という経験、確かにあるような気がするのですね。理屈よりも直感を大事にしたら、不思議な偶然が重なって思いもよらないラッキーな結末が待っている。こういう体験、実際に何度かあったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">水曜の午後、仕事を一時中断してコーヒーのおかわりを注ごうとキッチンへ行った際、ダイニングテーブルで仕事していた妻が話しかけて来ました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「さっきね、</span>K<span lang="JA">子さんから電話があったの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「随分久々だね。なんだって?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">K<span lang="JA">子さんというのは、妻が四半世紀前に留学先のミシガンで知り合って以来のお友達です。妻はその後帰国したのですが、</span>K<span lang="JA">子さんはカリフォルニアの日系企業に就職。数年後、妻と出会って結婚した私が留学した際、</span>K<span lang="JA">子さんが二つ目のマスターを取ろうと選んだ学校が偶然私と同じだった、という奇跡。その後も南カリフォルニアで一年に数回食事をする関係が続いていました。その</span>K<span lang="JA">子さんから久しぶりに連絡があったというのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「野球観に行かない?って誘ってくれたの。大谷翔平がもうすぐ</span>30<span lang="JA">号ホームラン打ちそうだからって。いいですねって答えて、今チケット調べてたの。行きたい?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「お、いいね。行こう行こう。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">南カリフォルニアのワクチン接種率はかなりのペースで上昇しており、この界隈は「コロナ完全収束前夜」と呼んでも良いような明るい雰囲気に満ちています。しかし過去一年以上「人混み」から遠ざかって来た結果、出かけるのが億劫になっている自分がいました。試しに先月、ダウンタウンのオフィスに出勤してみたのですが、簡単に「人疲れ」してしまい、帰宅後すぐにベッドで横になる始末。大谷の活躍はネットで見て知っていましたが、片道二時間以上も運転した末に観客でごった返す球場に飛び込むことを考えると、正直ちょっぴり気が重い…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ところがこの時、何故かそういう面倒臭さは一瞬頭から消し飛んでいて、</span>K<span lang="JA">子さんの提案に素直に賛同していた私。後で考えても不思議なのですが、「迷わず行けよ、行けば分かるさ」とでもいう内なる声に押され、それに従っていたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そして金曜日。午後二時半に家を出て大渋滞のハイウェイをじりじり進み、オレンジ郡で</span>K<span lang="JA">子さんを拾ってエンゼルス・スタジアムに到着したのは五時過ぎ。三塁側内野3階席に陣取って見渡すと、エントランスで無料配布された赤いアロハシャツを羽織った何千という客が観客席に散らばり、全体がエンゼルス・カラーの赤で染まっています。私達の周囲には小学生くらいの子供を連れたグループが多く、バケツ大の紙容器に入ったポップコーンやらピザやらを食べながら突き合ったりふざけ合ったりしながら、やんやの歓声。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">前夜ニューヨークでヤンキース戦に先発し、5四死球7失点で初回降板という稀に見る乱調を見せた大谷。いよいよスランプ突入か?ひょっとして今日の試合は欠場かも?というこちらの心配をよそに、二番</span>DH<span lang="JA">で元気に登場した若きヒーロー。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">最初の打席こそ内角高めに詰まらされてライトフライに終わったものの、二打席目は同じ内角球をライト外野席上段に深々と打ち込み、リーグ単独トップを更新する</span>29<span lang="JA">号。球場がどよめきます。おいおい、このまま</span>30<span lang="JA">号も打っちゃったりなんかして、と三人顔を見合わせていたら、本当に次の打席、今度はレフトに</span>2<span lang="JA">ランホームランを叩き込みます。嘘だろ?こんなことってある?とファンはそこら中でお祭り騒ぎ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA"></span></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEiFAlVhpip8xwNT1zpon1XJSPjQP_YPjdTRkWokTd0GakJjzQi1BBLQN9ebmYomkrIipTqownqw_q_QBUC2JH9Sz94XKwTI4LqvoolPZds4DwMwJtGwe-ChpqNyb19GJQ0IpS4r20JU-Ruw/s2048/Ohtani.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1536" data-original-width="2048" height="150" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEiFAlVhpip8xwNT1zpon1XJSPjQP_YPjdTRkWokTd0GakJjzQi1BBLQN9ebmYomkrIipTqownqw_q_QBUC2JH9Sz94XKwTI4LqvoolPZds4DwMwJtGwe-ChpqNyb19GJQ0IpS4r20JU-Ruw/w200-h150/Ohtani.jpg" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />7対7の同点で最終回裏の攻撃が始まったのは、時計が夜9時45<span lang="JA">分を回ったあたりでした。四球で一塁へ進んだ大谷はやすやすと2盗をキメますが、二塁へ送球した捕手のヘルメットに打者のバットが微かに触れており、守備妨害ということでこのプレイは無効になります。エンゼルスファンは一斉にブーイング。しかし大谷はまるで盗塁なんていつでも出来ますよとばかり、軽々と二度目の2盗を成功させます。そして四番打者ウォルシュの強打がライト前に落ちる間に俊足を飛ばし、本塁へ滑り込んでサヨナラ勝ちを収めるという、漫画だとしても嘘臭すぎるほどの劇的な展開になりました。何千もの観客が総立ちになり、その場で両手を挙げ、奇声を発して飛び跳ねます。私もあまりのことに大口を開け、目を見開いてぼんやり周りを見渡したところ、左後方の通路で拍手をしていた中年の白人男性と目が合いました。彼はにっこり笑って私の目を見つめたまま、ゆっくりと深く頷いたのでした。</span><o:p></o:p></span><p></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「何も言うな。分かってる。最高のゲームだった。オータニは真のヒーローだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">赤の他人同士が暗黙の了解を交わして悦に入るという、何とも素敵な図でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">3階席最前列まで降りて大谷選手(一平さん通訳)のヒーローインタビューを聞いた後、球場をぐるりと廻るスロープを大勢の帰り客とペースを合わせて進み、駐車場へ向かいます。その間、誘ってくれて本当に有難う、と</span>K<span lang="JA">子さんに何度も感謝する我々夫婦。急遽決めたこの野球観戦。面倒臭がらず、心の声に従って本当に良かった、としみじみ思いながら。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">それにしても</span>K<span lang="JA">子さん本人はどうして急に野球観に行こうだなんて思いついたんだろうね、と車中で妻と首を傾げます。何十年も交際して来たけど、これまで一度だって野球の話題で盛り上がったことがないのです。きっと</span>K<span lang="JA">子さんの中でも、何かドラマチックな出来事が起こるかもというお告げがあったんじゃないか、という結論に至ったのですが、私にはそう確信する理由がありました。最終回が近づいた時、彼女が私の方に向いて急にこう尋ねたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ええっと、こっちがライトでこっちがレフトでいいんだっけ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">え?…ええ~っ?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p><br />シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-89916182883803986752021-06-20T19:08:00.005-07:002021-06-20T19:18:25.117-07:00Swing of Pendulum 振り子の振動<p><span style="font-family: arial;"><span lang="JA"></span></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhP-emsaIRa5VYRt1VABLci8Q4ioAsQRv2Zp7x4PtdHTtqzdZgkB9VNVJ4f0K24M1awvI_DS-4vVqiuXs0dhpVT0sTcHqFeo5AHKjI14_bTPNJ-GD8g9qJay-V04UMPb9rSdU4DYyzHRik-/s2048/pendulum.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1366" data-original-width="2048" height="133" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhP-emsaIRa5VYRt1VABLci8Q4ioAsQRv2Zp7x4PtdHTtqzdZgkB9VNVJ4f0K24M1awvI_DS-4vVqiuXs0dhpVT0sTcHqFeo5AHKjI14_bTPNJ-GD8g9qJay-V04UMPb9rSdU4DYyzHRik-/w200-h133/pendulum.jpg" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />金曜の昼。抜けるような青空の下、4S
Ranch<span lang="JA">という比較的新しいニュータウンのショッピング・モールにあるイタリアンレストラン「</span>Piacere
Mio Del Sur<span lang="JA">」まで車を走らせました。私の見立てでは、サンディエゴ最高ランクの極上ピザを味わえるお店。この場所を選んだのは、懐かしい友人との再会を祝うためでした。</span></span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">カリフォルニア州知事の発表により6月</span>15<span lang="JA">日をもって飲食店の入店制限が解除され、これまで息を潜めていた市民達が、まるでマラソン大会スタートの号砲を聞いたかのように一斉に街へ溢れ出したようで、まだ正午前だというのに既にモールの飲食店エリアではそこここで行列が出来初めています。私の順番がようやく巡って来たので中を覗き込むと、家族連れを始めとした団体が十数組ものテーブル席を埋め、満面の笑顔で歓談しながらランチパーティーに興じています。イタリア語なまりの英語を喋るマスク姿の若い男性店員が、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「申し訳ないんだけど、あとはカウンター席四人分しか空いてないんです。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と困り顔。ネットで調べた際に予約を取らないと断り書きがあったので直接来てみたんだけど、もうちょい早く集合時間をセットするんだったな、と軽く後悔。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ここまで混むとは全然予測してなかったよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、店員が嬉しい悲鳴を上げます。まだ友達が到着してないんだと言うと、着席して飲み物でもどうぞ、と一番奥へ誘われ、足が床に届かないほどのハイスツールに腰を下ろします。忙しげにカクテルを作り続ける黒マスクの男性バーテンダーから笑顔の歓待を受け、ペリエを注文して喉を潤したところ、背後から白人の大男が現れました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ヘイ、マイフレンド!久しぶり!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そう、この日は数ヶ月前に転職して行った元同僚ディックとのランチだったのです。野球帽からはみ出して襟元にかかる栗毛色の長髪、そして無精髭。かつてはすっきりと締まっていた腹部も、半袖シャツ越しに見事な隆起を見せています。長期の在宅勤務で運動不足だったことは一目瞭然ですが、眼光にはエネルギーが漲っていて、再会の喜びは即座に確認出来ました。カラヴァッジオ・ピザとラム肉のパッパルデッレを注文し、限られた昼食時間を有効に使おうと矢継ぎ早に質問する私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">家族は皆元気なこと、リモートワークが続いていて転職以来一度も自分のオフィスに足を踏み入れていないこと、しかしストレスは激減したこと、同僚たちの真摯な気遣いを度々感じること、チームワークが良く個々のモチベーションも高いためか、プロポーザル競争での戦績が驚くほど良いこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「クライアントもさ、うちのチームの結束力を感じ取るみたいなんだ。ただ単にエキスパートを沢山揃えてますよ、と売り込むのと違って、このチームに任せれば大丈夫だという安心感を与えられてる。これは転職してすごく感じてることなんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とディック。それは素晴らしいね、と私。うちの会社は顧客より明らかに株主の満足を優先しているし、社員の多くはいつ辞めさせられるかとストレスを溜めており、その前にとっとと転職しちまおうかと悩む者も少なくない。そんな環境で結束の固いチームを作るなど至難の業です。対してディックの転職先では社員の自主性が尊ばれていて、皆がのびのびと働いているとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「色々振り返ってみて思うんだけどさ、」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とディックが最適な表現を探そうと宙を見つめて暫し沈黙します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“It’s like a swing of pendulum.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ペンジュラムのスイングみたいなものだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Pendulum <span lang="JA">というのは振り子のことですが、彼が何を言いたいのか飲み込めず、続きを待ちます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「トップが変わる度に、会社の方針や組織体制がガラリと</span>180<span lang="JA">度変わって来ただろう。冷静に考えると、それは必要に迫られてではなく、ただ単に前任者のやり方を否定して新しさを打ち出したいだけの話じゃないかと思うんだよ。大きいことは良いことだ、と言わんばかりに果敢な吸収合併を押し進めたと思ったら、次の代では贅肉を削りまくれと極端なリストラに走ってさ。とにかく前体制を全否定することから新政権がスタートするから、うまく機能していたやり方でさえ、お構いなく嵐のように吹き飛ばして行く。我々末端社員に出来ることは、次の大幅改革とやらが到来するまで頭を低くしてやり過ごすくらいさ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">つまりディックが言いたかったのは、こういうことですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“It’s like a swing of pendulum.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「まるで振り子の振動みたいなものだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">昨年秋の組織改編で私の身の周りに起こった変化も、まさに</span>180<span lang="JA">度の方向転換でした。西海岸をひとつのブロックとして経営すること、プロジェクト・コントロール部門を一枚岩にし、</span>PM<span lang="JA">達とパートナーシップを組んで経営改善に望むこと。そういう方針で仕事を進めていたのに、突如東海岸チームがカナダを含めた北米全体の経営指揮権を得て、プロジェクト・コントロール部門はあわや解体の危機に。何とか存続はしたものの、弱体化は誰の目にも明らか。</span>PM<span lang="JA">達はマイクロ・マネージされ、これまで四半期ごとだった経営状況のチェックも毎月に頻度が上がりました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">PM<span lang="JA">達が何よりフラストレーションを訴えるのは、自分のプロジェクトの背景をよく知らない遠く離れた連中が、データだけ見て「問題の可能性」を指摘し、「今すぐ解決案を策定しようじゃないか。我々に出来ることは無いか。」と干渉して来ること。そもそもエクセル表に現れたデータはプロジェクトの状況を正しく反映していないことが多く、数字に表せない特殊事情を色々学んで初めて理解出来るケースがしばしばなのです。大勢で寄ってたかって解決すべき問題などそもそも存在しないのだと上層部に納得させるのは時間と労力の無駄であり、有難迷惑でしか無い。地域ごとにマネジメントが任されていた頃は良かった、と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">プロジェクトの問題を発見し解決するのは</span>PM<span lang="JA">(とそのパートナーであるプロジェクト・コントロール)であり、彼らの自主性を重んじた上で必要に応じ上層部が手を差し伸べる、というのが私が理想とする組織運営です。これに対し新体制は、上層部が監視の目を光らせ、</span>PM<span lang="JA">達が気づく前に問題の可能性を察知しズカズカと介入する、という流儀。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">経営改善のプレッシャーは必要ですが、双方向の信頼関係も極めて重要です。ある程度の自由裁量を与えられている代わりに責任も負っているという自覚があるからこそ、</span>PM<span lang="JA">達は自信を持って働けるのだと思います。新体制のやり方に適応しつつも、その思想に染まることは避けよう、いずれ振り子は逆に振れるのだから…。そう自分に言い聞かせる私でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「結局さ、信頼の欠如に気づいた</span>PM<span lang="JA">達はやる気を失って行くんだよな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とディックが力なく笑います。転職前の彼は、まさにそういう心境だったのでしょう。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">彼のこの表情を目にした時、つい最近体験したある出来事を思い出しました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">毎朝一万歩のウォーキングを日課としている私は、薄曇りの早朝、ガランとした住宅街の大通りを軽快に進んでいました。何か前方の景色に違和感を覚えて目を凝らすと、交差点の手前で道の真ん中に</span>SUV<span lang="JA">が停まっており、運転手らしき若い男性が降りて大声で誰かに呼びかけています。近づいて行くうちに、もう一台、逆向きの</span>SUV<span lang="JA">が歩道の植え込みに乗り上げ、電信柱の手前でストップしているのが目に入りました。そしてようやく、その左前輪のタイヤがバーストして跡形もなくなっていること、運転席のドアは開いており、車内は無人であることに気付きます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">車道に立って声を上げている男性の視線の先を見ると、痩せた人物が、こちらに背を向けて遠くをよろよろと歩いています。どうしたのかと尋ねると、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「車がこんなことになってるのに、運転手がどんどん向こうに歩いて行っちゃうんだ。心配になって声をかけたんだけど、立ち止まってもくれないんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">もう一度遠くに目をやると、その人物が突然振り返り、こちらに向かって何か言い始めました。どうやらかなり高齢な人物で、その歩き方から、頭を打って朦朧としているか、どこか怪我をしているかが疑われます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「どうしよう。俺、もう行かなくちゃいけないんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と腕時計に目をやる男性に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あとは僕に任せて。もう行っていいから。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と言い、急いで老人の後を追いかけました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「大丈夫ですか。お怪我はありませんか。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">近寄ってみると、枯れ木のように痩せた白人男性。八十代後半でしょうか。声帯の手術を経験した人のようで、ほとんど声が出ていません。耳を近づけてみると、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「大丈夫。怪我はしてない。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と答えていることが分かりました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「どこへ行こうっていうんです?あれはあなたの車ですよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「パンクしたんだ。今から家へ帰らないと。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ご自宅は近いんですか?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いや、遠い。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「どなたかご自宅にいらっしゃるのですか?連絡出来ますか?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「一人暮らしだ。電話は家に置いてある。帰宅すれば連絡する相手はいる。とにかく家に帰らなきゃいかん。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">やれやれ、電話も持たずに外出したのかよ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あまり動かない方がいいと思いますよ。頭を打ってるかもしれないし。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「打ってない。大丈夫。とにかく誰かに家まで送ってもらえさえすれば何とかなるんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「私は今ウォーキングの最中なので、お送り出来ないんです。一旦車のところまで戻りませんか。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">連れ立ってゆっくりと今来た道を戻り、二人で故障車をしげしげと眺めます。左前輪が大破してはいるものの、よく見ると電信柱の数センチ手前で止まっており、衝突の形跡は無い。歩道に乗り上げてはいるものの、大きな交通の邪魔にもなっていない。確かにこの老人が言う通り、一旦家に戻って電話でレッカー車を手配すれば解決出来るケースのようです。後は彼がどうやって自宅まで辿り着くか、ですね。この人のためにウーバーを呼んであげるべきか。でも、どうやって料金を精算すればいいのか?いや、一旦我が家へ帰って車でここまで戻るか。そうすると彼を</span>15<span lang="JA">分ほど待たせることになる。そりゃ良くないな…。そうして頭が問題解決モードに突入したその時、サイレンの音が聞こえて来ました。角を曲がってサンディエゴ市警のパトカーが目の前に現れるのと同時に、老人が弱々しい声でつぶやいたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“Oh boy.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「マジかよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">恐らく一部始終を目撃していた近所の人が、警察に電話したのでしょう。事故車の後方で停車したパトカーから、筋肉隆々の若い警官が二人降り立ちます。何とかおおごとにせぬようもがいた老人が、寄ってたかって問題解決を図ろうと張り切る人々の前に屈する、という皮肉な結末。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、私は単なる通りすがりの者でして…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とプロ達に後を任せ、そそくさと立ち去る私でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p></o:p></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhF2EQUM0wBgF4epB9I5dtUEuphkStc-0I4blX8xREvWv7DsNZapDDf1HquX1uGlDKyoZiM2oftNimuNdwJI0ROoAOZ03TddDWPJaiuOOZwdBBE8ivq9b0NAs6P2ISxC0X9jVHT4jrxPMER/s2048/accident.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1536" data-original-width="2048" height="150" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhF2EQUM0wBgF4epB9I5dtUEuphkStc-0I4blX8xREvWv7DsNZapDDf1HquX1uGlDKyoZiM2oftNimuNdwJI0ROoAOZ03TddDWPJaiuOOZwdBBE8ivq9b0NAs6P2ISxC0X9jVHT4jrxPMER/w200-h150/accident.jpg" width="200" /></a></div><span style="font-family: arial;"> <br /></span><p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-28176557679815192192021-06-06T22:34:00.004-07:002021-06-06T23:00:17.712-07:00Hair-on-fire Situation 髪の毛燃えてる状況<p><span style="font-family: arial;"> </span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgysgOBJXfbnR2HTTdowKK9fSQbwlNIND4Y5Rb6GZinE2M-nmtqE2ZToOo5rTBdHigVHGMaq-KHqQynaEwcvZ2rYnbDaleM9yu7x7tysbDxnjGFka6gPiFWGYs6WOy3FSRf1sK8GIu0_Rl-/s827/pepsi.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="827" data-original-width="448" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgysgOBJXfbnR2HTTdowKK9fSQbwlNIND4Y5Rb6GZinE2M-nmtqE2ZToOo5rTBdHigVHGMaq-KHqQynaEwcvZ2rYnbDaleM9yu7x7tysbDxnjGFka6gPiFWGYs6WOy3FSRf1sK8GIu0_Rl-/w108-h200/pepsi.jpg" width="108" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />よく晴れた土曜日。十年来の友人夫婦と四人でランチに出かけました。コロナで自宅に籠もる生活を延々と続けて来たため、最後に会ってから一年半以上も経過していたことにあらためて気付き、愕然とします。</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ネットフリックスで最近観始めたんだけど、</span>”<span lang="JA">テラ・ハウス</span>”<span lang="JA">ってのにハマってるんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">食事を終え、興奮気味に語るご主人のリーさん。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「テラスハウスのことね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と補足する、奥様のミワコさん。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">数年前に海軍を引退し、一般文民として民間企業に勤めながらも日々肉体鍛錬を怠らないバリバリ硬派のリーさんですが、「相手の気持ちが読み取れない」状況で何とか関係を進展させようともがく若い男女の様子や、それを実況解説するという形式の斬新さに惚れ惚れしているのだと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あたしは</span>American
House Wives<span lang="JA">みたいなリアリティ・ショーの方が好きなんだけど。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とミワコさん。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そもそも「テラ・ハウス」を勧めてきたのはアメリカ人の同僚男性なんだ、とリーさんが笑います。思考や感情を露骨に表現せず、「慮った」り「忖度」したりを美徳とする奥ゆかしき日本文化を全面に押し出した作品が、逆にストレートな物言いをお家芸とするアメリカ人の興味を惹きつけた。理に適っているとはいえ、何か新鮮な驚きを覚えるのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「アメリカのリアリティ・ショーだと、好きだ!とか大嫌い!とか、臆面もなく男女が怒鳴り合ってるし、すぐに抱き合ってキスして、ウヤムヤのうちにできちゃったりするじゃない。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とミワコさんが笑います。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">次の一手を繰り出す前に、相手の仕草や言葉の端々から真の意図を嗅ぎ取ろうとする日本人のコミュニケーション方法は、まどろっこしいしテンポも遅い。渡米する前はこれが息苦しく、アメリカのドラマや映画に観る「曖昧さを排除した意思伝達法」の方がスピーディ且つ効率的なのだから、日本人社会にも導入したらどうかな、と思案したものでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さりながら、「二つ良きことさて無きものよ」というフレーズもあるように、日本流とアメリカ流のどちらが優れているかなんて比較は全くもって無意味な試みなのだという結論に、最近あらためて辿り着いた私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">前日の金曜日、朝九時の電話会議。私を含めた北米の</span>PDL<span lang="JA">(プロジェクト・デリバリー・リード)五人と財務部門の数人を集め、連日同時刻に行われる連絡会。オペレーション部門のトップである東海岸のジョンが、画面に映し出されたスプレッドシートの数字にカーソルを合わせながら、質問して行きます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「次はシンスケの番だ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">私が所掌するプロジェクトおよそ</span>250<span lang="JA">件の内、5月期決算書に特別歳入計上が出来そうなものを選んで毎朝発表することになっていたのですが、正直な話、毎月毎月ギリギリまで搾り取って来たため、もう「逆さに振っても鼻血も出ない」状況です。二件ほど少額の計上予定を説明し、大物一件は現在部下のシャノンが分析中です、と締めくくったところ、予想通り猛烈な追い込みをかけて来るジョン。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「何だと?それだけか?これじゃあ全く目標に届かないじゃないか。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">PDL<span lang="JA">には予めそれぞれの目標額が与えられていたのですが、そもそもどんな根拠があってその数字を割り出したのか謎なのです。進行中のプロジェクトから特別に歳入を計上するためには、将来の収支予測を楽観的な方向に修正する必要があります。まるでドローンを飛ばして飛行中の旅客機に横付けし、予備タンクの燃料を抜き取って行くような行為。良くて不時着、一つ間違えば墜落いう大災害を招きかねない、危険な賭けです。私としては各</span>PM<span lang="JA">と会議を重ね、一件一件丁寧に検討した上で結論を出しているつもりなのですが、「慎重過ぎるぞ。もっとアグレッシブに取り組め。」と責め立てられる毎日。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">沈黙する他の</span>PDL<span lang="JA">達の面前でじわじわと締め上げられる私でしたが、苦し紛れにやっと絞り出した答えが、これ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「可能性があるとすれば、エレンが</span>PM<span lang="JA">を務めているプロジェクトです。朝一番でシステムをチェックしていたら、まだ推敲中の将来収支予測データを発見したんです。もしそれが最終稿なら、千ドルくらい余分に計上出来そうなレベルでした。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「それで、エレンに問い合わせはしたんだろうな?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「メールを投げましたが、今日は朝から現場に出ているという自動返信メールが返って来ました。時々メールをチェックするということなので、返信を待ってます。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「電話はかけたのか?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いえ、彼女は今、現場仕事に取り組んでいる最中だと思います。さすがにそこは尊重すべきかと…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">するとジョンが、語気を荒げてこう言ったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“We’ve already passed that point. People’s jobs are on the
line.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないんだ。このままじゃ誰かの首が飛びかねないんだぞ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">千ドル余計に載せられる「可能性がある」というだけの話だし、しかもたまたまそういう原稿の存在にさっき気がついた、と言っているのです。そんな曖昧な情報をもとに現場の仕事を中断させるような行為を正当化する神経が、私にはありません。沈黙する私に対し、ジョンがこう続けました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“This is a hair-on-fire situation.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「これはヘア・オン・ファイヤーな状況なんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">おお、新しいフレーズが飛び出したぞ、と思わずノートに書き取る私。</span>On
fire<span lang="JA">というのは「火が着いている」つまり「燃えている」という意味なので、</span>hair-on-fire
<span lang="JA">で「髪の毛が燃えている」となります。つまりジョンが言いたかったのは、こういうことですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“This is a hair-on-fire situation.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「絶体絶命の大ピンチなんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">直ちに携帯電話でエレンに連絡を取ることを約束すると、ようやく拘束を解かれ、次の</span>PDL<span lang="JA">マリアンにバトンタッチしたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">定例連絡会が終了した後も、中間報告の催促や緊急電話会議が絶え間なく続きました。ちなみに、現場で電話に出てくれたエレンからは、「あの収支予測はまだちゃんと検討が終わってないの。今の段階じゃ答えを出せないわ。」とあっさり拒否されました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">部下のシャノンが抱える大物案件からは、夕方六時まで二人で分析を重ねた結果、約2万ドルの特別歳入を叩き出すことに成功。メールでジョンに報告しましたが、既に東海岸では夜九時を回っており、ノーリアクション。全ての案件をかき集めても与えられたトータル目標額には遠く及びませんでしたが、心身ともに疲弊しきっていた私は、「後は野となれ山となれ」とばかり、シャノンとともにコンピューターをシャットダウン。怒涛の一週間に幕を下ろしたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">こんな風に緊張感溢れる生活を去年の十二月末から続けて来た私の精神状態は、つい最近までボロボロでした。妻からは、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そんなブラック企業、とっとと見切りをつけて転職した方がいいんじゃない?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と履歴書の更新を勧められていたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">それが一週間ほど前になり、出し抜けに「トンネルの先の明かり」が見えたのです。何が具体的なきっかけだったのかは不明ですが、ある時突然、「ジョンは単に自分の考えを素直に表明しているだけで、相手を攻撃しているわけではないかもしれない。」という認識が脳に浮上したのです。電話会議中の会話に注意深く耳を傾けてみたところ、彼と付き合いの長い古参</span>PDL<span lang="JA">達は、ジョンの激しい質問攻撃にもジョーク混じりで淡々と切り返しています。そしてジョンも度々、「皆のハードワークには本当に感謝している。」と我々を労っていたことに気が付きました。彼の言動に攻撃的意図を読み取ってファイティング・ポーズを取り続けていた私ですが、もしかしたら不必要にストレスを溜めこんでいたのかもしれない、という考えに至ったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">金曜の午後一番に緊急招集された会議でも、検討対象となったプロジェクトの</span>PM<span lang="JA">マットに特別歳入の計上を詰め寄ったジョン。何故それが危険な行為なのかを言葉を尽くして説明した私に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ああなるほど、確かにそうだな。了解。解説を有難う、シンスケ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、拍子抜けするほどあっさり引き下がったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">渡米から二十年以上も経ち、アメリカ式のストレートなコミュニケーション方法は熟知していたつもりでしたが、自分の中の「日本人的な」部分が、世界の見方を知らず識らずの内に歪めていたのかもしれない。郷に入っては郷に従え、というけど、文化的な基盤が違う場合、そう簡単に適応出来ないものなんだなあ、としみじみ思うのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて、コンピュータの電源を落として死んだふりを決め込んだ私ですが、ジョンがあれほど事態の緊急性を強調していたことを考えると、週末に何らかの動きがあるかもしれません。さすがに心配になって来て、土日の二日間、結局ちょくちょくメールをチェックしてしまった私。ところが、本当に一本の連絡も来ないのです。勤務時間は鬼のように働くものの週末はきっちり休む。そうだ、アメリカ人ってやっぱそうなんだ</span>…<span lang="JA">。納得しようと試みてはみるものの、どこかまだちょっぴり不安な、「日本人の」私でした。</span></span><o:p></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com8tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-56229527715390445842021-04-04T20:37:00.004-07:002021-04-04T20:39:58.678-07:00Two Weeks’ Notice 二週間前通知<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi7qZGFJWJnR7ouWLBMjE6tkYyTiuy2c6c8At0cOGbkCPAzxT3cg7-oyQ0DHlZIQ9Mc-2a_VJQvZc9TeFAbhJrMQlgM1SDvT8aIU3BBIbAK72ynRedfa4HSh1_eF5m5AWBg_lwolKCpsAhV/s744/office.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="600" data-original-width="744" height="161" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi7qZGFJWJnR7ouWLBMjE6tkYyTiuy2c6c8At0cOGbkCPAzxT3cg7-oyQ0DHlZIQ9Mc-2a_VJQvZc9TeFAbhJrMQlgM1SDvT8aIU3BBIbAK72ynRedfa4HSh1_eF5m5AWBg_lwolKCpsAhV/w200-h161/office.jpg" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br /> 一月最終週の夕刻。そろそろサービス残業を切り上げようとコンピュータ画面の清掃に取り掛かっていた時、同僚ディックから電話が入りました。</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「こんな時間にすまん。ちょっと話せるかな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">リモートワークがスタートしてから約一年が経過し、同僚たちと顔を合わせるのはコンピュータ画面を通してのみという日常。思い返すと、仕事上の直接の繋がりは薄くランチに誘ったりオフィスの片隅で無駄話を交わしたりするディックのような仲間とは、自然と交流が減る傾向にあります。実際、彼と最後に対面したのがいつだったのかすら思い出せません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「</span>Two
Weeks’ Notice<span lang="JA">を提出した。シンスケにはなるべく早く伝えておきたかったんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">Two Weeks’ Notice<span lang="JA">(二週間前通知)とは、会社を辞める日の二週間前に人事に提出する書類のこと。つまりディックは、辞職の決意をしたわけですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">去年十月の組織改編以来、次から次へと苦難に襲われ、渡米以来最悪の精神状態になっていた私にとって、今や「親友」とも呼べる同僚のこの告白は衝撃的でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">実は時を同じくして私も、会社を去ることを真剣に考え始めていたのです。秋の組織改変で我々プロジェクトコントロール・チームは組織図の隅に追いやられ、低賃金の海外チームに仕事を回すようプレッシャーをかけられています。長期展望など微塵も感じられず、今を生き延びるためのコストカットを敢行し続ける上層部。度重なる無慈悲なレイオフで職場の士気がダダ下がりの中、アリーシャ、ティファニー、デボラ、カンチー、カサンドラ、ジゼルが続々とチームを離れて行きました。その穴を埋めるべく新規採用を図っても、「駄目だ。フィリピンかルーマニアの社員を教育して使え。」と撥ね付けられる。こっちは</span>PM<span lang="JA">達と、毎日トップスピードで二人三脚を走ってるんだ。その間地球の裏側でスヤスヤ寝ている人たちに、どうやってこの仕事が務まるって言うんだよ?第一、これほど極端なオーバーワーク状態の中、我々の仕事を奪おうとしている連中をトレーニングするためにわざわざ時間を割けと本気で言ってるのか?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">新組織のリーダー層は、過去にも、そしてこれからも直接の対面は無いであろう面々です。その多くは東海岸にいて、西海岸の事業運営やカルチャーに疎い。「プロジェクトコントロールなんてものがどうして必要なんだ?」とハッキリ言われたことさえあります。チームの存続が危ぶまれる中、何とか残留組を護るために引き受けた新たな任務は、出来るだけ各プロジェクトから利益を搾り取るよう画策するというもの。これまで一貫して</span>PM<span lang="JA">達の守護役を務め、コンサバなコスト予測を勧めて来たというのに、「アグレッシブに予測コストを削って1ドルでも多くプロフィットを計上せよ。」とプレッシャーをかけなければならない。民衆の保護者と圧制者の手先という真逆の役割を演じ続けるうち、ジワジワと神経が参って来ました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">コロラドにいる息子からある日電話がかかってきて、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「パパ、仕事大変なんだって?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と気遣ってくれました。どうやら母親から、私の近況を伝え聞いた模様。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、一日の仕事を終えるたびにズタボロだよ。身動きするのも嫌になるくらいね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。すると息子は、ヘビーな視聴者だけに通じる「進撃の巨人」ジョークを持ち出します。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「黒焦げになったアルミンみたいに?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いや、どっちかっていうと憔悴し切ったライナーだな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、すかさず返す私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「アハハ、それいいね!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そんな感じで一日ずつギリギリ凌いでいた時、ディックの辞職を知らされたわけです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「何度も自問自答したんだよ。</span>Am
I just naïve?<span lang="JA">(単に俺がナイーブなだけなのか?)ってね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">時々声を詰まらせながら、苦渋の決断について語ってくれたディック。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「いやいや、まともな神経の持ち主なら到底やってられないよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と首を振る私。転職先には、うちの会社のブラックぶりに嫌気がさして移って行った仲間が大勢いて、彼の決断を手放しで喜んでくれているとのこと。それは良かったじゃないか…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あっちで落ち着いたら、シンスケに合ったポジションが無いか探してみるよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「それは有難う。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">二月初旬のオンライン送別会で彼の旅立ちを祝った後、私の精神状態は降下の一途を続けました。三月のある週末、このままじゃ再起不能になっちまう、と危機感に襲われた私は、ふと思い立って副社長のパットに電話をかけます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「会社を辞めようかって、本気で考え始めてるんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">十分くらいかけて、思いの丈をぶちまけた私。彼女から一体どんな慰めを期待していたのかは思い出せませんが、返ってきたのはこんな言葉でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「愚痴を言ってるだけじゃ何も生まれないわよ。現場はともかく、会社の上層部はあなた一人辞めたところで何とも思わないでしょ。労せずして一人分コストカット出来たぞって喜ばれてお終いよ。あなたはリーダーなのよ。こういう時こそさっさと泥沼から脱け出して、問題解決者の視点に立つべきじゃない。何かが上手く行っていないというのなら問題の構造を解析して、どこをどう変えれば良くなるかを考え抜くの。あなたやあなたのチームにとっての問題じゃなく、経営者にとっての問題を解決する具体策を企画書にして売り込むのよ。それが受け入れられなければ、その時辞めればいいじゃない。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">側頭部に後ろ回し蹴りが綺麗にキマったような、文句のつけようがない完全</span>KO<span lang="JA">。爽快感さえ覚えるほどでした。そうだ、パットの言う通りじゃないか。彼女と話して本当に良かった…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">この電話を境に、私のメンタルは改善へと向かい始めました。さっそく翌週、アウトソーシングに係る問題を分析し、解決策とともにマトリクスにまとめて上層部に投げます。不思議なことに、この行動に出た途端、怒りや不安が激減したのです。問題の只中で悶絶するのを止め、コンサルタントの視点で問題解決に取り組むことは、精神衛生上大いに有効なのだ、という素晴らしい教訓になったのでした。</span></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて、木曜日の四時半。処理速度を遥かに超えみるみる積み上がって行く仕事を横目に見つつ、電話会議に参加しました。これは</span>First
Thursday Series<span lang="JA">と呼ばれる月一回のプレゼン・ミーティング。毎回、自薦他薦のプレゼンターが業務に関係無い話をする、お楽しみ会ですね。コロナでリモートワークが始まってからというもの、オンラインでの開催が続いています。今回は</span>GIS<span lang="JA">(地理情報システム)チームのダンが、南カリフォルニアの砂漠地帯(パームスプリングスやジョシュア・ツリー)に散在するオススメ訪問スポットを紹介する、という企画でした。グーグルアースの航空写真上に各種の情報を重ね合わせ、ズームイン、ズームアウトを繰り返しつつ優雅に飛び回り、美しい写真を披露します。まるでドローンに乗って広大な土地を高速移動しながら、気の向くままに降り立ってあちこち散策している気分。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">鳴り物入りで砂漠の真ん中に作られたものの倒産して廃墟となった、落書きまみれの大規模ウォーターパーク。便器などの廃品を積み重ねて作ったオブジェが所狭しと並ぶ野外美術館。まな板状の巨大岩盤に描かれた、「ナスカの地上絵」のような製作者・年不詳の壮大な落書き。ゴツゴツした岩山の中腹に忽然とそびえ立つ、映画「ミスター・インクレディブル」の舞台になりそうな摩訶不思議なデザインの豪邸。そして整然と立ち並び下界を見下ろす、数百を越す風力発電用プロペラ塔群</span>…<span lang="JA">。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ダンのプレゼンのお陰で暫しの間、殺伐とした日常を離脱し、バーチャルな空中遊泳を愉しむことが出来たのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「僕は砂漠が大好きで、一年に何回も遊びに行ってるんだよね。今回紹介しきれなかったお勧めの場所もまだまだあるんだ。話を聞いてくれた皆にこのファイルをシェアするから、是非行ってみて欲しい。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">何とも言えぬ浮遊感の余韻に浸りながら、ダンにお礼を言います。ふと気づくと、今回の出席者は僅か十人足らず。オフィスで開催していた頃は、毎回三十人を超えていました。たくさんの同僚たちが会社を去ったのに加え、最近は誰もが超多忙だし、オンラインのみの開催ではイマイチ引きが弱い。でもこんな楽しいプレゼンを聞き逃すなんて、勿体ないよなあ。出席出来て本当に良かった…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「さて皆さん、来月以降、プレゼンしてれるボランティアを募集してます。是非名乗り出て下さい。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とダンが続けます。彼は、この手のお楽しみ企画をリードする「職場改善委員会」の一員でもあるのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「我こそは、という人がいたら、クリスティンかキャサリンに連絡して下さい。僕は今回をもって皆とサヨナラしなきゃいけないんで。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">瞬間、空気が凍りつきます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「つい先日、</span>Two
Weeks’ Notice<span lang="JA">(二週間前通知)を提出しました。皆と楽しく話すのも、これで最後になりそうです。今まで本当に有難う。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">オンライン会議が、水を打ったように静まり返りました。誰も反応出来ずに十秒ほど経過した時、なんとダンが笑いながらこう続けたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「というのは、エイプリルフールの冗談です。当分、辞める予定はありません。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">なあんだジョークかよ、とどよめきが起こるまでに、暫く間が空きました。この日が四月一日だったことに気付いた後でさえ、今の告白が本当に嘘だったのかどうかを見定めかねて、皆戸惑っていた様子。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ありゃ悪い冗談だぜ、と後でテキストしたところ、悪びれる様子も無く笑顔のアイコンで返して来たダンでした。</span></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com18tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-78212829678576211572021-01-17T10:05:00.002-08:002021-01-17T10:06:03.560-08:00Water Cooler Moment ウォータークーラー・モーメント<p><span style="font-family: arial;"></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEira7sEsGciioEJOmBS_EfpitJWDEcY6WPtgtCC7YFdRixDAaK4Klx__LRXhmnwxU3Bv7ulvTwhwn9CR0PR9ToYFWKc_bq2npv5KWR9m__mIqU7ttbcKQ-0Om47Vmjz1Xo4kkeRmyitcwLt/s620/Watercooler.gif" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="472" data-original-width="620" height="153" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEira7sEsGciioEJOmBS_EfpitJWDEcY6WPtgtCC7YFdRixDAaK4Klx__LRXhmnwxU3Bv7ulvTwhwn9CR0PR9ToYFWKc_bq2npv5KWR9m__mIqU7ttbcKQ-0Om47Vmjz1Xo4kkeRmyitcwLt/w200-h153/Watercooler.gif" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />東海岸のパットとは、数年前から時々電話で連絡し合う仲。一度も対面したことが無いにもかかわらず、いつの間にかまるで数十年来の仲間のように忌憚なく物が言える関係になっていました。そもそも彼女が本社副社長として転職して来たのは、我社にプロジェクトコントロール部門を立ち上げて技術標準やトレーニングプログラムを作ってくれ、と当時の上席役員ボブに口説かれてのことでした。ところがそのボブがあっけなく解雇され、更に立て続けに起こった政変の煽りを受け、今や一人の部下も持たず孤軍奮闘。その境遇は(職階の差こそあれ)私のそれと似ており、何かバーチャルで「同じ釜の飯を食っている」ような親近感が湧くのですね。</span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そんなパットと先月中旬、久しぶりに近況報告会をしました。激動を続ける環境下、何とか健康に暮らしていること。理解ある伴侶のお陰でメンタル面も良好なこと。コロナ対応や大統領選を巡るニュースを見ていて、アメリカ国民のレベルの低さに嫌悪と幻滅を禁じ得ないこと。外国への移住を半ば本気で考え始めたこと。いちいち意見が一致するので、二人で大笑いしてしまいました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「夫がね、カナダに引っ越そうかって言うの。安直に物を考えてすぐ口に出すのは私達アメリカ人の悪い癖よ、それこそ傲慢な国民性の現れじゃない、って釘を差したのよ。大体こっちがそうしたくたって、きっとカナダの方でアメリカ人はお断りって突っぱねて来るわよって。そしたら夫が真面目な顔で驚いて、確かにそうだなあって…。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">話題は、リモートワークの影響に移ります。社員同士の会話の中身が仕事関係の連絡や報告だけになりつつある。これは長い目で見ると深刻な問題だ。オフィスで顔を合わせていれば、自然と無駄話が増えてくる。実はその無駄話こそが、創造性の源なのだ。誰かの何気ない一言が脳を刺激して、自分だけでは到底思いつかないようなアイディアや行動に繋がる。職場に大勢集まることの真の価値はそこにある、と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ちょっと前に、ビジネス改善イノベーションとか何とかいう社内コンテストがあったじゃない。私、応募しかけたのよ。そしたら何ページも細々と記入しなきゃいけない書類が送られて来て、これこそイノベーションを阻む元凶じゃない、と呆れて止めちゃったのね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">その時パットが提出しようと思っていたアイディアが、</span>Virtual
Water Cooler <span lang="JA">(バーチャル・ウォータークーラー)だとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ほら、昔はどこのオフィスにも、冷たい飲料水を出す装置があったじゃない。みんなランダムにやって来て、水汲みがてらお喋りして。そういう場をね、バーチャル空間で作れないかしら、と思ったのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">パットとの不定期電話連絡会は通常</span>45<span lang="JA">分間としてあるのですが、次の発言は残りあと三分というタイミングで飛び出したのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「私の今のキャリアだって、元はと言えばウォータークーラーでの同僚の一言から始まったんだから。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">こんなエピソードを聞いておいて、すんなり電話を切るわけにはいきません。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ちょ、ちょっと待って。それ、どんな言葉だったの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?あ、そうね。う~ん、あと三分で話せるかしら。時間大丈夫?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">およそ</span>35<span lang="JA">年前の話。大手エンジニアリング・ファームに就職した新婚ホヤホヤの彼女は、ボストンのオフィスで事務員として働いていました。さすがのアメリカでも当時は女性が技術屋として活躍することが難しく、もっとやりがいのある仕事がしたい、どこかにチャンスは無いものか、と欲求不満を溜め込んでいたパット。そんなある日、ウォータークーラーへ水を汲みに行った際、顔は知っているけど名前はちょっと、という程度の同僚と立ち話になりました。もうすぐ転職するというこの男、自分が関わっているオハイオ州の原発設計プロジェクトについて暫く語った後、興奮を顕にした彼女に気づき、シンシナティ支社で人を募集しているらしいよ、興味があるなら、とメモ用紙に連絡先を書いて渡してくれたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">メモ用紙を手にデスクに戻って暫く考え込み、それから勇気を出して受話器を取ります。何人かとやりとりした後、ようやくプロジェクトマネジャーとの電話面接をセットしてもらいました。そしてインタビュー当日。相手は良い人っぽいのですが、女性の採用は鼻っから想定していなかったらしく、通り一遍の質問の後、「後日連絡する」と素っ気なくあしらわれてしまったのです。どう考えても不合格だわ、と気落ちして帰宅。ご主人に顛末を話したところ、彼がこんな入れ知恵をします。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「たまたま翌週、夫婦でバケーションを過ごすためにシンシナティを訪れる予定だったので、ご都合が合うようだったらランチを一緒にどうですか、と申し入れてみたらってね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">シンシナティみたいに退屈な街を観光しようなどという物好きな人間はいないので、嘘はバレバレだった、というのが笑いのポイントだったようなのですが、そういうジョークが分からない私は、このボケをあっさりスルー。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「で、そこで直接</span>PM<span lang="JA">と会って意気投合して、転属が決まったの。夫と一緒にボストンから引っ越して、この現場でプロジェクトコントロールのイロハを覚えたわ。数年後に終結したそのプロジェクトは会社史上稀に見る大成功を収めて、メンバー全員、各支社から引く手あまた。私も以後、次から次へと大きなプロジェクトを渡り歩いて実績を積むことが出来たの。今ここでこうしていられるのは、そもそも今じゃ名前も思い出せない同僚の</span>Water
Cooler Moment<span lang="JA">(ウォータークーラーでの無駄話)がきっかけだって話。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">なるほど、そいつは凄い。引っ越しも厭わず妻の転勤をサポートした旦那さんの存在も無視できない要素ではありますが、ウォータークーラー・モーメントの価値を実証する印象的なストーリーでした。結局予定を三十分もオーバーして電話を切った私ですが、この時ハッと我に返るのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">自宅勤務が一年近く続いているものの、通常通り仕事は出来ているし給料も順調に振り込まれている。以前よりむしろ健康ですらある。でもずっと何かが決定的に欠けている気がしていた。実はそれが、「無駄話」をする機会の喪失だったんだ。職場のキッチンやランチルームで同僚たちと交わす何気ない会話。それがあまりにも刺激的で、ワクワクしながらオフィスに向かっていた毎日。コロナで世界が一変した後、ブログを書く気すら失せてくすぶり続けていたのは、暗いニュースのせいなんかじゃなく、単に日々の無駄話が激減したからなんだ、とあらためて気づくのでした(よく考えてみたらこのブログ、そもそもネタ元はほぼ全部無駄話じゃん…)。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">協議事項満載の電話会議でバタバタとスケジュールが埋まってしまいがちな昨今、偶然出くわした同僚と下らないやり取りをするなんて、まず実現不可能です。バーチャル・ウォータークーラーの成功は、「偶発性」という要素が最大の鍵。会社が効率向上を最優先事項のひとつに掲げている今、たとえトップダウンで導入したとしても、全社的な施行にまでは至らず忘れ去られることでしょう。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そこで私が提唱したい代替案は、無駄話を誘発するため同僚との電話会議を午後4時半頃セットすること。この時間になると誰もが疲労して頭も鈍くなり、5時を回った頃には集中力が切れてきます。そこですかさず業務上の話題は締めくくり、ところで最近どうしてる?なんて切り出すのです。リモートワーカーは帰り道を急ぐ必要もないので、いやあ、こないださあ、なんていう力の抜けた会話が始まるのですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">これに気づいたのが、カマリオ支社の</span>PM<span lang="JA">ブレンダと夕暮れ時に話した時でした。過去一年半近く彼女のプロジェクトをサポートして来たのですが、財務管理ばかりに集中していたため、それまで技術的な内容に触れたことはありませんでした。しかしこの日午後五時を回った時、ふと仕事の中身を掘り下げて説明してもらったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ロサンゼルスエリアで</span>70<span lang="JA">年以上前に埋められた工場廃棄物による地下水汚染の対策がこのプロジェクトの目的で、人員整理で会社を追われた前の</span>PM<span lang="JA">から引き継いだブレンダは、それまで技術チームの一員として活躍していました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「第二次大戦中、兵器を大量生産した際に出た有害な物質が、地中にじゃんじゃん投棄されたのよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">同じ課題は全米中にゴロゴロしていて、彼女の担当プロジェクトはそのほんの一部を担っているに過ぎないとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「当時は将来の環境汚染なんて考える余裕が無かったんだろうね。戦争が終わって経済が回復し、暮らしが豊かになって初めて対策に乗り出す。人間って本当に愚かだよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">衣食足りて礼節を知る、という言葉があるけれど、そのポイントを経てようやく長期的視野を持てるようになるのでしょう。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「この手のプロジェクトって、今後アフリカとか中国とかで山程必要になって来るんだろうね。この分野の技術者は引く手あまたって状態が、当分続く気がするな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">私のこの発言が導火線になり、ブレンダの壮大な「無駄話」がスタートしたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">環境対策のプロジェクトに予算を回す余裕が出来るのは、コミュニティがある程度の豊かさを獲得してからのこと。世界中の多くの国はいまだに底辺の「サバイバル・モード」でもがいている。環境に関心を示すレベルに至る目処すら立たない国はいくらでもある、と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">数年前から西アフリカ地方のドラムとダンスにハマってサンタ・バーバラのダンスクラブに所属している彼女は、クラブ活動の一環で、過去アフリカ諸国を何カ国も訪問して来た。そのたびに大きなショックを受けている。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「たとえば、ギニーの野外マーケットでオレンジを買って食べるじゃない。皮を捨てようと反射的に周りを見渡すんだけど、ゴミ箱なんてあるわけないのよね。そもそもゴミ収集サービスが無いんだから。だから地面に捨てるしか無いの。心理的にはだいぶ抵抗あるんだけど、仕方ないじゃない。そこら中ゴミだらけ。ハエは飛び回ってるし、とにかく不潔極まりないのよ。飲み水を手に入れることすらかなりの難題でね。道路はほとんど舗装されてないし、走ってる車は信じられないくらいのポンコツだらけ。隣町の目的地まで移動するのに</span>14<span lang="JA">時間。途中で車がエンコして何時間も助けを待ったりしてね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">現地でドラムを教えてくれたギニー人と友達になり、彼の生活ぶりを聞いたところ、</span>15<span lang="JA">人家族が食べていくことの大変さを語ってくれたそうです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ショックなのはね、百米ドル(約一万円)あれば</span>15<span lang="JA">人が一ヶ月食べていけるっていうことなの。栄養失調との戦いに家族が勝つのに、たったそれっぽっちのお金で済むっていうのに。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">それ以来、友情と感謝の印として、毎月百ドル送金しているというブレンダ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「私だって格別高給取りってわけじゃないけど、外食とかちょっと控えるだけで月百ドルくらいの余裕は出るでしょ。それであの家族が救えるんなら、安いものよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">気がついたらもうすっかり日は落ちて、私の部屋も暗くなっていました。ブレンダとの電話を切ったのは、6時過ぎ。なんとも長大な無駄話でしたが、私の心は暫く大きく揺さぶられていたのでした。コロナとリストラの煽りを受けて目が回るほど忙しく、自分だっていつ職を失うかも知れないストレスフルな状況で、地球の裏側でたった一度だけ会った人とその家族をサポートしているブレンダ。こんな素敵なこと、僕に出来るだろうか…?</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ウォータークーラーの無駄話というのは、水面にポトリと落ちる水滴みたいなもの。そこから広がる波紋の持つ振動数がもしも聞き手の固有振動数と一致すれば、共振現象が起きる。聞き手の心の揺れを増大させ、その後の言動に確実な変化を与える。その人が別の人に無駄話をし、更に共振が起き、と連鎖が広がる。そうしてじわりじわりと世界が変わって行く。世の中って、案外そういう感じで動いてるのかもしれないな、と思うのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて翌朝、いつものように夜明け前に家を出て、</span>1<span lang="JA">万歩ウォーキングに向かいます。中央分離帯にユーカリプタスの巨木が連なる片側二車線の大通り沿いを、快調に十分ほど進んだ時でした。暗闇の中、遥か前方の中央分離帯十メートル以上上方から、何か人間のような輪郭の大きな影がすっと落下し、向かい側の車道上に「カツーン」と乾いた音を響かせたのです。そのまま歩みを進めて行くと、後方から走行して来た車が次々と急ブレーキをかけ、ゆっくりとその落下物を迂回して行くのが見えました。気がつくと、私は車道を横切り、問題の地点に小走りで向かっていました。暗い中央分離帯を越えて目を凝らすと、どこか人間の身体つきに似たユーカリの大枝が、まるでたちの悪い酔っ払いのように、二車線を跨ぐ格好で横たわっています。急いで左右を確認すると、車道に降りて両手で枝の両脇を抱え、まるで気絶した人を引き摺るように中央分離帯まで移動させたのでした。よし、これで誰も下らない事故に巻き込まれずに済むぞ、とすっきりした気分でウォーキングに戻った私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「へえ、すごくいい一日の始まりになったじゃない。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">午後になって妻と買い物に出かけた際にこのエピソードを語ったところ、彼女が感心してくれました。前日にブレンダから聞いたアフリカの話に触発されたことも話し、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「もしも昨日あの話を聞いてなかったら、今朝あんなにフットワーク軽く動けなかったかもな、と思うんだ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とウォータークーラー・モーメントの効果についてしみじみ語る私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">その日はトレーダージョーズ(</span>TJ<span lang="JA">)で生鮮食品ショッピングの後、ウェストビーンズ・コーヒーに寄って焙煎ホヤホヤのフレンチローストを買う、という段取りになっていたのですが、</span>TJ<span lang="JA">のレジに並んでいた時、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「先に駐車場行っててくれる?トイレに行っときたいから。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と妻。オッケー、じゃあ荷物積み込んで待ってるね、と私。運転席でスマホをいじっていたところ、間もなく戻ってきた彼女が、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「駄目だった。トイレはコーヒー屋で。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と言うので、あれ?閉まってたの?と尋ねる私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「違うの。前の人がね、信じられないくらい巨大なのを残して行ったの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?流せばいいじゃん。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「一回は流そうとしたわよ。でも、びくともしないんだもの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「器具とか使って動かせなかったの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なんで私がそこまでしなきゃいけないのよ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">いや、次に入った人のためにさ、と言おうとして思いとどまる私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「で?どうしたの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「レジの人に報告しといた。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ブレンダのウォータークーラー・モーメントからスタートした共振現象の連鎖は、この「水に流せない」話であっけなくその終焉を迎えたのでした。</span></span><span style="font-family: arial;"> </span></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com29tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-45129904190142294872020-12-20T16:59:00.004-08:002020-12-20T19:41:56.751-08:00Throw your hat in the ring リングに帽子を投げ入れる<p><span style="font-family: arial;"><span lang="JA"></span></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgwfm6N4lmNtMA0feFvy9fa0cIr7-ayUETmalmt2ZoO_JqLD5KiYfXOyDGAbbvAQJMpGOwhGCsR4srrBrdoya9rL_tD3HNGWBKtMfr_6KXajgQAmcqREpJ-cjWO2yQ_m0ewniJs0-6zsftM/s951/hat.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="951" data-original-width="634" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgwfm6N4lmNtMA0feFvy9fa0cIr7-ayUETmalmt2ZoO_JqLD5KiYfXOyDGAbbvAQJMpGOwhGCsR4srrBrdoya9rL_tD3HNGWBKtMfr_6KXajgQAmcqREpJ-cjWO2yQ_m0ewniJs0-6zsftM/w133-h200/hat.jpg" width="133" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />先週日曜、久しぶりに夫婦でオレンジ郡まで遠出しました。日本人が経営するお気に入りパン屋二軒のはしご。途中給油のために高速を降りた時、コロラドの大学寮にいる19<span lang="JA">歳の息子から電話が入ります。大体予測はついていたのですが、またしても「どうしようもなく他愛のない」用件でした。</span></span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あのさ、キョウジって何?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「は?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">彼が最近ハマっている漫画のひとつに「呪術廻戦」という作品があるのですが、呪いだとか霊だとかの異世界が舞台なせいか、レアで古風な漢字や四字熟語がセリフの中で乱発されるのです。難解なワードが出てくる度に、自分で調べもせず電話して来る息子。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ホコっていう偏にイマっていう字なんだけど。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ああ、その矜持ね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「何それ?わたし知らない。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と横からスピーカーフォンに答える妻。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「現代人が使わなくなってる単語だよ。武士の世界で好まれた表現だと思うな。自分自身の能力に対する強い信念のことだと記憶してるけど。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「へえ、いいねえ。僕、この言葉これから使って行こうっと!ありがと!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">スッキリした声で軽快に会話を締めくくる息子。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">矜持か…。確かにクールなワードだなあ。きっと漫画のクライマックスで主人公の吹き出しの中、特大フォントで使われていたのでしょう。「ここ、恐らくグッと来るはずのシーンなんだよな。ああ、でも意味が分かんない!」とフラストレーションをためての電話だったんだな、と可笑しくなりました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「こういうのって、英語の会話でもしょっちゅうあるよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">給油を終えて高速道路のランプに向かいながら、妻と頷きあう私でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">キメのセリフの終盤に初耳の単語やフレーズをぶち込んできて、こちらの反応を待つアメリカ人。え?今言われたこと、全然理解出来ないんだけど。一体何を伝えたかったんだろう?いかん、考えているうちに沈黙の時間が長引いているぞ。このまま黙っていると、まるでどう答えようか悩んでいるんだと勘違いされちゃうじゃんか。いやいや、こっちはそもそも聞かれたことの意味が分かってないんだよ。やばい、そうこうしているうちに、質問の意味を聞き直すタイミングも逃しちまった。相手は辛抱強くリアクションを待ってるぞ。まずいぞ、どうしよう?ってな感じです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">つい数週間前も、こんな経験がありました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">9月に大規模な組織改編があり、上司だったカレンを含む中間管理層の多くが解雇された他、首を傾げたくなるような無差別殺戮が繰り広げられました。私が所属していた環境部門の西海岸地区は北米大陸全域に吸収され、トップの座は東海岸のリーダー達が占めることに。まるで戦国時代のように、仁義なきパワーゲームの展開です。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">カレンの下、一度は正式に組織化されたプロジェクトコントロール・グループは二分され、私のチームはセシリアの指揮する南カリフォルニア部に吸収されました。新組織のトップ達はプロジェクトコントロールという専門性の価値を理解しているとは思えず、組織図にはその名称すら挙がる気配がありません。そんな中、東海岸の新リーダーからこんな発表がありました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「</span>Project
Delivery Lead<span lang="JA">(プロジェクト・デリバリー・リード)というポジションを作ります。この</span>PDL<span lang="JA">は地域ごとに選出され、数百のプロジェクトの</span>Approver<span lang="JA">(承認者)となって組織のリスクマネジメントを担います。プロジェクトマネジメントに精通していて、財務部門にも明るい人が最適です。希望者は応募して下さい。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">最初のリアクションは、「はあ?」でした。そんな役職が必要なら、そもそもなんであれほど優秀な管理職達をごっそり解雇したんだよ?ふざけんな!と。ところが日を追うごとに周囲の人々が、この件に対する私のリアクションに関心を示し始めたのです。シンスケが適任だろう、なんで彼は手を挙げないんだ?と。上司のセシリアには包み隠さず打ち明けました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「こんな役職についたら、うちのチームメンバー達はがっかりすると思うよ。これまで体制の圧力に与することなくプロジェクトマネジャー達のサポートに徹して来たのに、リーダーの僕が体制側に回るとなれば、裏切りと取られるでしょ。それにこのポジションは間違いなく解雇対象予備軍だから、数年後の組織改編であっけなく首切られるのがオチだね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「わかるけど、あなた以外にこの仕事が務まる人はいないでしょ。よく考えて欲しいの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そして一ヶ月、二ヶ月と経過していくうち、どうやら南カリフォルニア地域ではまだ</span>PDL<span lang="JA">のポジションが埋まっていないことが分かって来ました。ところが何故か、</span>PDL<span lang="JA">が対象と思われる電話会議に招待され始めたのです。くそ、外堀から埋めて行こうという作戦だな…。その手に乗るか!</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そんな中、セシリアから電話がありました。大ボスのテリーが心配している、というのです。もしもシンスケがこのまま沈黙を続ければ、全くの「よそ者」社員がうちのエリアの</span>PDL<span lang="JA">に収まり兼ねない。そうなれば、厳しい運営を迫られる可能性が高い、と。プロジェクトコントロール・チームの生殺与奪権すら、その「よそ者」に委ねることになる。それでいいのか?ここは腹を括って踏み出す時じゃないのか?と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">あとでテリーからも直接電話がありました。チームを守りたい気持ちがあるのなら、承認する側に立つ必要がある。反体制を気取って戦っていれば気分は良いかも知れないけど、所詮、野党は野党。与党でいなければコントロール権は無い。チームを守ろうともがいても、その力があなたには与えられていないのだから…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">セシリアの決め台詞は、そんな文脈で飛び出したのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“So, are you throwing your hat in the ring?”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「で、帽子をリングに投げ入れるつもり?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ぐっと詰まる私。判断に迷ってではなく、質問の意味が分からず途方に暮れて。リング?輪っかのことか?指輪か?それともボクシングのリングか?帽子を投げ入れる?これってタオルを投げ入れるのと同じかな?だとすると、負けを認めるって話だよな。つまり、これだけヤイヤイ言われても戦う気にならないのか、と詰られているのかも…。いかん、このまま電話の相手を待たせれば、こちらの意図が疑われる!意を決して尋ねる私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ごめんセシリア。今のフレーズ、初耳なんだ。どういう意味なの?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">アハハ、と笑い出したセシリアでしたが、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、そうなの?ごめんなさいね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と解説を始めてくれました。後で詳しく調べた結果と合わせると、こういういうことになります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">かつてボクシングの試合の後、観客の中から次の挑戦者が名乗りを上げる場合、被っていた帽子をリングに投げ入れる習慣があった。これが転じて、「立候補する」とか「出馬する」という意味で使われるようになった。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“So, are you throwing your hat in the ring?”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「で、立候補する気になった?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ちょっと考えさせて欲しい、と時間をもらった後、妻にも意見を聞いてみました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「もしも日本でお勤めしてたら、そういう役職についていてもおかしくない年齢でしょ。やってみたら?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">先週半ば、正式に新役職の発表があり、私は南カリフォルニアの</span>280<span lang="JA">件を超えるプロジェクトのリスクマネジメントを任されることになったのでした。意外にもチームメンバー達はこの件について皆ポジティブに捉えてくれたようで、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「プロジェクトマネジャー達だって皆シンスケのこと信頼してるから、きっとすごくうまく行くわ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と応援してくれるのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">新しい仕事に移る際には必ず経験することですが、現職の引き継ぎをしながら新たな職務をスタートするため、数週間は激務に苦しむことになります。今週もそうでした。猛スピードで襲いかかってくる敵をバッタバッタと切り倒している(気分の)うちに目眩までして来ました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">火曜日の夕方、プロジェクトコントロール仲間で別部門の北米西部地区を担当していたモリーと数カ月ぶりに近況連絡会をしました。なんと、彼女の周りでは環境部門のそれを遥かに超える大鉈が振るわれたのだそうです。部門長に就任したばかりの人物が解雇宣告を受け、プロジェクトコントロール部門は木っ端微塵に解体されてメンバーたちはそれぞれ移籍先を探す羽目になったのだと。モリーも古巣のプログラムマネジメント部門に舞い戻ることを決めたのですが、今も最終的な落ち着き先は決まっていないとのこと。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">暫く後になってみないと私の決断が正しかったのかどうかは分からないでしょうが、とりあえずチームともども生き延びたことを、モリーは喜んでくれました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて木曜日には、冬休みに入った息子がサンディエゴに戻って来ました。帰宅していきなり、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「進撃の巨人アニメのシーズン2を一緒に観ようよ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と誘ってきます。いやいや、こっちは激務でクタクタだよ。無理無理。え~?せっかく一人息子が帰ってきたっていうのに?と責める</span>19<span lang="JA">歳。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「進撃の巨人ってさ、無表情な巨人たちに人間がムシャムシャ食べられちゃうでしょ。うちの会社でも、周りで優秀な人達がリアルに大勢消えて行ってるんだよ。これ以上残酷な話を聞かされたくないんだよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と力無くベッドに横たわる父親に、「いいから一緒に観ようよ、面白いよ。」となおもすがる、</span>180<span lang="JA">センチ超えの筋肉男。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「こっちは君の学費を稼ぐために、日々労働に明け暮れてんだ。少しはいたわってくれてもいいんじゃないか?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「</span>Stop
the guilt trip<span lang="JA">(罪悪感を植え付けようとするのはやめてよ)!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そう言い返した後、なんとこの巨人、私の右脚の膝小僧の下あたりにガブリと噛み付いたのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「イテテテ!何してんだよ、おい!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と半ば本気で怒る私。すると彼は笑いながら上体を起こし、こう言い放ったのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「スネ、かじってんの!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">おお、なかなかの日本語力じゃんか。ちょっと感心したぞ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><o:p><span style="font-family: arial;"> </span></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com16tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-37414811791739342562020-10-11T10:06:00.001-07:002020-10-11T10:10:44.022-07:00I’ve got the brawn. 俺はブロン派。<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA"></span></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEh_-p9LDsRZVq-UwxtVooEPYrjxsxxE36hmWD6nphBMl86JYtyVy2OzgKzbkhxAOUf1CY5BU051DHQUQzugjz2BRqPENjAjvdA_7Xg2RASDJ0d0LJ0PIYZ_BzYRIWLa_SI6F4vBCMqSyuSD/s559/Bron+%25282%2529.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="559" data-original-width="544" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEh_-p9LDsRZVq-UwxtVooEPYrjxsxxE36hmWD6nphBMl86JYtyVy2OzgKzbkhxAOUf1CY5BU051DHQUQzugjz2BRqPENjAjvdA_7Xg2RASDJ0d0LJ0PIYZ_BzYRIWLa_SI6F4vBCMqSyuSD/w194-h200/Bron+%25282%2529.jpg" width="194" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />「正直に言うね。これじゃ全然弱いよ。大幅に修正する必要がある。」<o:p></o:p></span><p></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">先日、部下のテイラーとの電話会議中、たまらず本音を告げた私でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「君のやって来たことのインパクトのデカさが、なあ~んも伝わって来ないんだよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">議論の対象は、彼女が年度末に書き上げた自己業績評価。会社の年度は十月にスタートするので、先月が</span>2020<span lang="JA">年度末だったのです。社員はそれぞれ、オンラインシステムに自分の仕事の成果や成長について記載し提出。これを上司が評価して採点する、という仕組みになっているのですが、私は何年も前から自分のチームメンバーと、原稿の段階で議論するようにしています。というのも、彼女たちが自分の業績を過小評価する傾向があることに気づいたから。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「たとえばさ、君はついこないだプロジェクトマネージャーになることを求められただろ。入社三年で。しかもそのプロジェクトをこれまで担当してた人は、かなりのベテランだ。それをまるで普通のことみたいに書いちゃってる。結局</span>PM<span lang="JA">資格は棚上げになってしまって、それを残念な事件みたいに描写してるけど、何故却下されたかと言えば、ただ単に早すぎたからだろ。これほどの短期間で</span>PM<span lang="JA">に推された人はかつて存在しなかったし、会社が規定する昇格プロセスを経ていないからというだけの理由で受け入れられなかった。裏を返せば、これは前代未聞の大抜擢だったんだよ。そのことに触れないで淡々と次の段落へ進んじゃってるんだからなあ、もう。もどかしいにも程があるよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なるほど。本当にそうですね。学生時代に訓練された文章の書き方が染み付いてるみたいで、どうしても淡白になっちゃうんです。書き直します。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">言いたいことは躊躇なく口に出すし、行動は時に過激。自己肯定感が強く、若造でも構わず公の場でガンガン自己アピールする。渡米五年目くらいまで、それが私にとってのアメリカ人のイメージでした。しかしそのうち段々と、そうでもないタイプの知り合いや同僚が現れ、これは考えていたよりちょっと複雑だぞ、と気づき始めます。自分のチームを持つようになり、しかも採用時には注意深く人となりを審査していることも手伝ってか、こちらが戸惑うくらい謙虚な人間に取り巻かれることが増えたのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">チームメンバー達が慎ましく腰が低いことには何の不満も無いのだけれど、年一回のこの自己業績評価においては、少しばかり態度をあらためてもらわなければならない、というのが私の主張。公式文書として残るものであり、それが独り歩きした時に微妙なニュアンスは霧消する。この文書が会社の決裁ルートを上って行き、それをベースに彼女たちの報酬を最終決定する人たちは、当人たちと面識すら無いことがほとんど。であれば、この際謙遜はマイナスでしか無い。冷静に過去一年を振り返り、自分の成長や貢献度を出来るだけ正確に描写することが、極めて重要なのです。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">更にこのプロセスを通し、彼女たちが自分の仕事の価値を再確認し、自信を高めてくれたらいいな、というのも私の狙いです。たとえ「いや給料もらってますし、これが私の仕事ですから」という日常であっても、過去</span>12<span lang="JA">ヶ月間を丁寧に振り返ってみると、「あの時かなり悩んだ末に、こんな決断をした。その結果、自分の役割も責任も大きく膨らんでしんどくなったけど、プロジェクトにこういう変化がもたらされた。後から考えれば深刻な損失が出てもおかしくなかった大ピンチを、すんでのところで私のリーダーシップが救った。」そう言えるような転機がいくつかあるものなのです。それをひとつひとつ思い出して記録するうち、まるで赤ん坊がハイハイした、最初の言葉を発した、立ち上がった、というような具体的な成長の記憶が脳に刻まれ、自己肯定感が高まるのですね。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">先週は、カマリロ支社にいる部下のケリーと電話。彼女の自己業績評価レビューをしました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ただでさえ忙しいさなかに、君は自ら手を上げて新</span>PM<span lang="JA">ツールのスーパーユーザーに立候補したんだぜ。せっせとトレーニングを受けに出張したりしてさ。その努力によって数多くの</span>PM<span lang="JA">達が助けられた。どうしてそれを書かないかな?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、そうね。確かに。それを特別な貢献だとは、正直思ってなかったかも。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「特別なんだよ。毎日決まってやってる仕事以外、全て特別だし、自分の意思でコンフォートゾーンを踏み出した時というのは、まず間違いなく成長してるんだ。それをちゃんと拾い上げてやらなかったら、自分が可哀想じゃないか。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">ここでケリーに、長い間私は、アメリカ人というのはみな押し出しが強く、自分を本物以上に大きく見せる術に長けている人たちというイメージを抱いていたことを告げました。だからこうしてチームメンバー達と喋ると、あまりの慎み深さに拍子抜けする、と。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「アメリカ人のほとんどは謙虚だと思うな。映画や政治ニュースに登場する人達が、むしろ異常なのよ。少なくとも私の周りには、そんな自惚れ屋いないもの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">人種のるつぼと称されるような国なので、そもそも「アメリカ人は」という括りで語ること自体にあまり意味は無いのかもしれないけど、私にとってこの気付きは、アメリカ映画に夢中だった若い頃の自分に伝えてやりたくなるような驚きなのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて先週の金曜日、モハビ砂漠の真ん中に建つ刑務所の改築プロジェクトを担当する</span>PM<span lang="JA">のブレットと電話会議がありました。マイクロソフト・ティームズを使って画面を共有し、エクセルで作ったスタッフプランをレビューします。タスクごとに担当者の計画労働時間を打ち込んで行くと同時に、利益率の変化をチェックします。巨大なスプレッドシートを巧みに操る私に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「シンスケ、君はホントにすごいなあ。俺はこんな仕事、絶対やりたくないよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と感嘆するブレット。毎日のように摂氏</span>40<span lang="JA">度を超える現場に出かけている彼の方がよっぽどキツイ仕事をしているのですが、きっとコンピュータ上の操作の方が難度が高いように見えるのでしょう。その時彼が、静かに</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“You’ve got the brain. I’ve got the brawn.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と呟きました。最後の言葉は「ブロン」と聞こえたのですが、意味が分からず思わずエクセルの手を止めます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「え?今なんて?スペルは?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">微かに笑いながら綴りを教えてくれるブレットに、ブロンというのは初めて聞く単語だよ、と答える私。電話会議の後あらためて調べたところ、</span>Brawn<span lang="JA">というのは「ブロゥン」と発音し、そもそも豚の頭部の肉(骨と目を抜いた部分)を煮こごりにした食べ物(ヘッド・チーズ)の別称。「たくましい筋肉」とか「腕力」という意味に使われる言葉でもあるとのこと。文字数も意味も、</span>Brain<span lang="JA">(ブレイン)とかけて洒落るのに絶好の相方。ブレットが言いたかったのは、こういうことでしょう。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“You’ve got the brain. I’ve got the brawn.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「君には頭脳があり、俺には腕力がある。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">つまり、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「君は頭脳派、俺は肉体派。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p><p><span style="font-family: arial;">ここまであからさまに謙遜を表現する英語表現があったのか、と感心。あらためてアメリカ人を見直す私でした。 </span></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-55493815055492517862020-10-04T11:55:00.003-07:002020-10-04T11:55:56.839-07:00Everything happens for a reason. 全ては必然である。<p><span style="font-family: arial;"><span lang="JA"></span></span></p><div class="separator" style="clear: both; text-align: center;"><span style="font-family: arial;"><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi1YDv-UOqcVXUZAuK-OkW8vLHVvmEHIH9uHEU3V8BMaB4PZ-vZ_ngKGNXb6BKyeN47sakBsexjTfODT5LBvz2pNxLyvPorMHOoCRfT2kOFoq3f8gtYagsawTtesnua3eNEaQqEK9JAaShJ/s1489/Family.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="838" data-original-width="1489" height="113" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEi1YDv-UOqcVXUZAuK-OkW8vLHVvmEHIH9uHEU3V8BMaB4PZ-vZ_ngKGNXb6BKyeN47sakBsexjTfODT5LBvz2pNxLyvPorMHOoCRfT2kOFoq3f8gtYagsawTtesnua3eNEaQqEK9JAaShJ/w200-h113/Family.jpg" width="200" /></a></span></div><span style="font-family: arial;"><br />先月からほぼ毎日、夜明け前にソロ・ウォークを楽しんでいます。一般に薦められる「脂肪燃焼に効果的なハイペース」のパワーウォークではなく、約一万歩を80<span lang="JA">分という適度なペース。北カリフォルニアで長引いている山火事の影響で大気汚染のレベルがヤバい日以外は毎日歩くと決めたので、今くらいの負荷がちょうど良いのですね。</span></span><p></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">この日課を始めた時には、単に「運動不足解消」くらいに考えていたのですが、一ヶ月継続してみて大事なことに気付きます。これまで実に何年間も、物事をじっくり考える機会が減り続けていたのだ、ということに。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">仕事のペースは日々刻々と加速して行く。</span>YouTube<span lang="JA">やポドキャスト、</span>SNS<span lang="JA">、ネットフリックスなどの爆発的な増殖により、目や耳を通じて脳への侵入を試みる情報の量は毎秒、指数関数的に増えている。料理や洗い物の最中でさえ、</span>AirPod<span lang="JA">を耳に装着して何かしら聴いている。自分でも気づかぬうち、脳は自律的に考えることを停止し、入力データをプロセスする作業にかかりきりになっていた。そうしていつの間にか情感全体が疲弊し、麻痺してしまっていた。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">イヤホンもせず、携帯は懐中電灯と時間確認以外には使用せず、ひたすら黙々と暗闇を歩くようになってから、「ぼんやり考え事をしていて意識が飛ぶ」体験が増え、ゾクゾクするような興奮を味わっている私。なんだろうこの懐かしさは?学生時代ほぼ毎日じゃれあっていた旧友に、スクランブル交差点の真ん中で遭遇したような感覚。おお、元気だったか?あの頃はほんと、くだらない話で盛り上がってたよなあ…。金は無いけど暇はある。何かっていうと笑ってた、そんな時代。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そうなんだ。コンピュータもインターネットもスマホも無かった時代、世界はもっと鮮やかだった。夜明けの空の色や木々の緑、小鳥のさえずり。そうしたひとつひとつの事象が生き生きと粒立った天然色ワールドの中で、僕らは常に細かく思いを巡らせていたんだ。今日デジタルで届けられる膨大な情報は知識欲を満たしてくれる一方、僕たちの思考を巧みに制御し、支離滅裂な白昼夢を楽しむ自由を奪っている。そしてそれがじわじわと精神の健康を蝕んでいるということに、僕らはどこかで気づいているのだ。しかしその圧倒的なメリットには抗えず、デジタル世界の一員としてじわじわと洗脳されていく…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">コロナが無かったら早朝ウォーキングなど始めていなかっただろうし、こうしてデジタルの呪縛から解放される術を会得する機会も無かった。世の中というのは、個人のレベルでさえ絶妙なタイミングで目に見えぬ力が働いて、バランスを正すように出来ているのだなあ、という畏怖の念をあらためて覚えるのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて数日前、オレンジ支社のジョニーからテキストが届きました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「シンスケ、どうしてる?六月以来喋ってないよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">彼が突然</span>Furlough<span lang="JA">(一時解雇)通知を受けたのが、五月の末。アミューズメントパーク系の巨大デザインプロジェクトを多く手掛けていたスター</span>PM<span lang="JA">の彼が、まさか戦力外宣告を食らうとは予想もしていませんでした。知力体力ともに並外れており、おまけに人当たりも良くチームメンバー達から厚い信頼を受けている彼。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さっそく電話で旧交を温めます。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「次の仕事はまだ見つかっていないんだ。コロナのせいで求職者がマーケットに溢れてるだろ。当然ながら極端な雇用者側の買い手市場になっていて、条件交渉が厳しいんだよ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「なるほど。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">それでも持ち前のポジティブさはいささかも失っていないこと。このチャンスを活かして毎日エクササイズに精を出し、三ヶ月で</span>20<span lang="JA">パウンド(約9キロ)の減量に成功したこと。幼稚園や小学校の再開を待つ三人の子どもたちの面倒を見ていて、彼らの成長を間近に観察出来る喜びを味わっていること。公園に毎日出かけて練習したせいで、三人ほぼ同時に自転車に乗れるようになった。せっせとプールに通って、三人とも泳げるようにさせた。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そいつはすごいな。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と感心する私。その時、それまで遠くから聞こえていた幼い子供たちの声が急に大きくなり、ぐっと父親に接近したことが分かりました。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「ほら、</span>Uncle
Shinsuke<span lang="JA">(シンスケおじちゃん)にご挨拶しなさい。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">とジョニーが穏やかな声で促すと、三人の子どもたちが入れ替わり立ち代わり「ハ~イ」と自己紹介。三人目の子に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「自転車に乗れるんだって?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と尋ねると、いかにも得意げに</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うんそうだよ。僕、乗れるようになったの。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と答えます。年齢を聞くと、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「五歳。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「そうか、五歳なのにもう自転車に乗れるんだ。それは大したもんだ!」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と褒める私。うふふ、と嬉しそうに笑う幼児。その後、用は済んだとばかりに未練気もなく遠くに去っていく三人の子どもたちに何か話しかけた後、ジョニーが電話口に戻ります。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あの子達、お父さんと一緒に公園で自転車の練習したな、とかプールで泳ぎを教えてもらったな、とか、大きくなってからしみじみ思い出すだろうな。お互いにとって、本当にプライスレスな体験だよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「うん、僕もそう思ってこの幸運に感謝してるんだ。金銭的な不安を除けば、今の生活は最高に充実してる。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">噛み締めるように答えたジョニーが、最後にこう締めくくったのでした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;">“Everything happens for a reason.”<o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「全ての出来事に理由がある。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">つまり、「全ては必然である。」ですね。スーパースターの彼らしいカッコいいセリフだな、と感心する私でした。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">さて、かくいう私も「毎朝一万歩」の成果もあってか、日々健康増進を実感しています。過去九ヶ月で9パウンドの減量。脇腹もすっきりして来ました。わたしも歩こうかな、という妻に、</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「でもさ、何歩歩くかに関係なく、僕のウォーキングは</span>80<span lang="JA">分が限界なんだよね。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と告白します。まるで新型ウルトラマンのカラータイマーみたいに、きっかり</span>80<span lang="JA">分以内に帰宅しないといけない。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「さて、何ででしょう?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">と、ここでクイズ。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「トイレでしょ。」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">間髪入れずに即答する相方。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「あ、分かった?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">「何年夫婦やってると思ってんのよ?」</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span style="font-family: arial;"><span lang="JA">そう、スタート前に水をたっぷり摂取しているせいで、ウォーキング終盤は毎回膀胱爆発のスリルと戦っている私。近所で立ちションしてたら逮捕されるので、必然的に一定時間内に戻らないといけなくなる。その限界値が</span>80<span lang="JA">分であることが、毎日データを積み重ねてみて判明したのですね。必然の</span>80<span lang="JA">分。それを妻が即座に言い当てるのも必然。本当に全ては必然だなあ…。</span><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="JA"><span style="font-family: arial;">いや、これはちょっと違うか…。</span></span><o:p></o:p></p>シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-71935769135128064222020-09-13T22:36:00.002-07:002020-09-14T09:18:42.897-07:00嘘とストレス<div class="separator" style="clear: both; text-align: center;">
<a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjj0LjQTZ_7JDsYjLdfhTm7dVRV_-_VJE95bX9xRz0i-S2yNyzjYhszA3kLZSqD3VzREvIZ4ZeYoJNXPR8vJN50VjnIMYgKV_is-KVmy_Pu7X8GkUJL_Dwixa4U4sB53KrRTnFkKHAO1NuS/s1600/photo-1524601500432-1e1a4c71d692.jpg" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="950" data-original-width="1267" height="149" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjj0LjQTZ_7JDsYjLdfhTm7dVRV_-_VJE95bX9xRz0i-S2yNyzjYhszA3kLZSqD3VzREvIZ4ZeYoJNXPR8vJN50VjnIMYgKV_is-KVmy_Pu7X8GkUJL_Dwixa4U4sB53KrRTnFkKHAO1NuS/s200/photo-1524601500432-1e1a4c71d692.jpg" width="200" /></a></div>
<span style="font-family: "arial";"> 先週月曜日のことでした。</span><br />
<span style="font-family: "arial";"><br /></span>
<br />
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「来月の組織改編について、何か新しい情報入ってる?今度の水曜日に定例電話会議でチームの皆と話すから、我々がどの部門におさまることになりそうか、事前に知っておきたいんだ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">とジェームスにメールを送ったところ、五時過ぎに彼から電話がかかって来ました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「ちょうど連絡取ろうと思ってたところだったんだよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">ジェームスというのは、環境部門北米西部エリアのオペレーションを統括しているエリート社員です。三年ほど前に転職して来て、短期間に重要ポストを歴任。去年までは南カリフォルニアが担当範囲だったのに、今年から西海岸全域に(アラスカまで)守備範囲を広げました。それまで彼と横並びで北半分を所管していたカレンは押し出される格好になり、二月に立ち上がったプロジェクトコントロール部門とその他共通部門を束ねるポジションにおさまりました。カレンにしてみればあからさまな格下げで、きっと面白くはなかったでしょう。でもプロジェクトコントロールの人員をひとつに束ねようという動きは、それまで明確な組織的認知を受けて来なかった我々にとって、歴史的な決定でした。この新生チーム立ち上げから八ヶ月、その成果は誰の目にも明らかでした。しかしまたしても巨大な組織改編の荒波に襲われ、バラバラに解体されて元の木阿弥になるのではないか、とチームメンバー達から不安の声が漏れていたのです。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「大丈夫。シンスケのチームはほぼ現状通り維持されることになった。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">とジェームス。ひとまず安心です。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">北米環境部門では、これまで五つの地理的エリアに分けて運営していたのを、十月から三つの部門(</span>I<span lang="JA">、</span>R<span lang="JA">、</span>E<span lang="JA">)に再編成することになったのですが、私のチームは</span>I<span lang="JA">部門に落ち着くことになった、とジェームス。彼自身は</span>E<span lang="JA">部門で今の仕事を続けるとのこと。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「カレンはどうなるの?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と私。ボスともども同じ部署に異動が決まればラッキーだな、と思っていたのです。ほんの一瞬、電話の向こうで微かな怯みを見せたジェームスですが、</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「彼女は</span>VSP<span lang="JA">申請が承認されたよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と答えました。</span>VSP<span lang="JA">とは</span>Voluntary
Separation Program<span lang="JA">の略で、自ら手を上げれば通常よりやや手厚い退職手当が支払われますよ、という「自主退社プログラム」です。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「苦労をともにしてきた仲間だから、本当に残念なんだけど…。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">そうか、カレンは遂に引退する決意を固めたのか。前回電話で喋った時はそんな意思を匂わせもしなかったけど、何か思うところがあったんだろうな…。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">そんなわけでチームの存続は確認されたものの、誰の下につくことになるのかまでは未定とのこと。一、二週間の内には詳細が決まるだろう、と説明するジェームスでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">電話を切った後、さっそくカレンに翌日早朝の電話会議予約のメールを送りました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「昨日の晩ジェームスと話したんだけど、一応本人の口からも聞いておきたいと思って。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と開口一番切り出すと、ため息まじりの笑い声で、</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「私も昨日初めて知ったのよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と返すカレン。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「え?どういうこと?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と当惑する私に、</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「どんな風に知らされたか聞きたい?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と畳み掛けます。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「オフィスの月極パーキングの契約期限切れを知らせるメールが届いたの。更新手続きの方法を調べようと人事総務部に問い合わせたら、すごく言いづらそうに、契約延長はしないほうがいいって言うの。で、しつこく理由を尋ねてみたら、あなたは間もなく退職する予定だからって。はあっ?でしょ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">乾いた笑い。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「で、退職予定日ってのがまた気が利いてるのよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">この日付については前日にジェームスから知らされていたのですが、敢えて黙っていました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「</span>9.11<span lang="JA">(ナイン・イレブン)ですって。どうよこれ?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">確かにそれは随分</span>dark
sense of humor<span lang="JA">(陰気なユーモア・センス)だね、と何とか反応する私。彼女が自主的に退職を決めたわけではないばかりか、こうなることを予測もしていなかった、という事実に衝撃を受けていたのです。彼女の上司のリックも、それからロングビーチ支社のリーダーであるウィルも、皆同じ処遇のようだとカレン。五つの組織を三つに減らすのだから、単純計算すれば副社長クラスの四割が職にあぶれて当然です。それを「自主退社希望者募集」という名目で穏便に処理しようと試みたものの期待通りに進まなかったため、なりふり構っていられなくなった会社側が勝手に自主退社者を選出する、という強硬策に出たのでしょう。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「あなたのチームは安泰よ。それは本当にいいニュースで、ほっとしてるの。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">とポジティブなコメントをつけ加えた後、でもやっぱりね、とカレン。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「</span>32<span lang="JA">年もこの会社でやって来たのよ。</span>32<span lang="JA">年よ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">長年に渡る貢献のお返しがこの仕打ちか、という無念さが伝わります。今回の組織改編はコロナが原因ではなく、数年前に策定された長期戦略に則った決定なのだ、という説明は部門のトップから度々説明されていました。でも本当にそうなのか?</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">確実に言えるのは、「誰かが嘘をついている」ということでしょう。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">不都合な目に合う社員に対する気遣い、対外的イメージの維持。理由は何であれ、真実が語られていないのは確かです。滅茶苦茶だった西海岸北部地域の経営を立て直したエピソードを語ろうと試みたカレンが声を詰まらせて数秒間会話が止まった時、あまりの居心地悪さに電話を置きたくなりました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">さて、水曜の昼前。どんよりした気分を振り払い、マイクロソフト・ティームズを使ってメンバーたちとビデオ会議です。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「あのさ、前回のセッションで、これからはみな顔を見せながら話そうって言ったよね。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と私。カラフルな風船の画像を背景にライブで姿を見せているのが私だけだったので、カメラをオンにするようやんわりと促します。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「ええ?そうだっけ?無理無理。今は絶対無理。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と女性陣が一斉に抵抗します。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「まあいいけど、次回からはそうしようよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と私。メンバー全員が自由闊達に話せるのが理想のチームじゃないか、顔を見せてなきゃちゃんと身を入れて参加してるのかどうかさえ分からないよ、と主張します。そして組織改編のニュースを含めて事務連絡を淡々と済ませてから、</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「じゃあさ、どんなに他愛もないテーマでもいいから自分についてちょっと話すっていう企画やろうよ。こないだそういう話題になったでしょ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と焚き付けます。しばしの沈黙。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「じゃ、私から行くわね。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">とオレンジ支社のヴァージニアが口を開きました。お、いいね、と私。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「こないだふと思い出したんだけど、小学校四年生の頃だったか、生徒会長に立候補したの。何でそういう決断に至ったのかは全く思い出せないんだけど、とにかく頑張って選挙活動したのよ。結局五年生の男の子に負けちゃったんだけどね。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">それからまた静寂。ええ?それでおしまい?なんだその唐突な話題?何でもいいとは言ったけどさ…。するとシャノンが、</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「公約は何だったの?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と普通に質問します。おっと、この話題を拡げようっていうのか?すごいな。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「いろいろあったと思うけど、第一に給食の品質改善だった気がする。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">へえ~、そんなこと考えてたんだ、ちっちゃいのに…。と皆で感心します。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「で、改善はされたの?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">とサンタマリア支社のデボラ。え?まだ引っ張んの?と呆れ始める私。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「それがね、選挙には負けたんだけど、それから給食が格段に美味しくなったの!私の公約が影響したかどうかは分からないけどね。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">まあ良かったじゃない!とメンバーたち。この後、更にこの「どうしようもなく他愛もない話」が引き延ばされ続けたのですが、気が付けばチームの会話は楽しいトーンで弾んでいたのでした。さっきまで暗い話題で沈んでたもんな、こういうのいいな。そうじんわり感動していた私は、</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「あ、僕もちょっと思い出した。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と、この日の朝の出来事を話し始めました。客間で仕事していた私のところに妻が来て、「あの子、起きてる?」と尋ねたのが朝九時四十分。自宅からオンラインで大学の授業を受けている</span>18<span lang="JA">歳の息子が今学期履修しているのは「化学Ⅰ」ですが、授業はカリフォルニア時間で九時からのはず。そういえば彼の部屋から物音が聞こえて来ないな、と訝ってドアを開けてみたら、ベッドで大口を開けて熟睡しています。肩を軽く叩いて「今日は授業無いの?」と尋ねたところ、薄目を開けて一瞬考え込んだ後、がばっと手を伸ばしてスマホをつかみ、時間を確認して飛び起きます。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「ありがと!」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">そしてバタバタとトイレへ行ってから再び部屋に戻り、音を立ててドアを閉めました。一クラス十数人の少数編成なので、出席してなかったら絶対バレる状況です。しかもオンラインで顔を見せるフォーマットだから、しれっと途中参加出来るわけがない…。三十分後、キッチンに現れた彼に首尾を話させました。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「もう授業はほとんど終わってたから、イーライに謝ったよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">イーライというのは、教授の名前です。どんな言い訳をしたのかを尋ねたところ、</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「寝坊しちゃったって言ったんだよ。そしたら、そういうこともあるよって許してくれたの。もう二度と寝坊なんかしませんって言って謝ったよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「え?素直に理由を話したんだ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">ハッと驚いていた私でした。遠隔でのコミュニケーションなんだから、いくらでも誤魔化せそうなのに…。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「だってイーライは好きな先生なんだよ。好きな人に嘘つきたくないでしょ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">と真顔で答える息子。そっか、そうだね、確かに…。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">高い授業料を払ってる親の目の前で寝坊しておいて、よくもそうぬけぬけと正論が吐けたもんだな、と怒ってやってもいいところかもしれませんが、何か胸にぐっと来るものがあり、黙ってやり過ごした私でした。「好きな人に嘘つきたくないでしょ」というセリフには、社会で揉まれてすっかり擦れてしまった大人たちを、はっと立ち止まらせるパワーがあるな、としみじみ思うのでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">この話を終えた時、電話の向こうで暫く無言が続きました。あれ?みんなどうしたの?と反応を待っていたら、ヴァージニアがようやくこう言いました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><br /></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";">“Can he mentor my five-year-old?”<o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「(お宅の息子さん、)うちの五歳児のメンターになってくれるかしら?」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">そこで皆笑い、今のエピソードをポジティブに受け止めてくれた様子が窺えました。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">会社がどうであれ、このチーム内ではお互い何でも言える間柄にしたい。そのためには、たとえどんなくだらない話でもきちんと時間を割いて会話をしよう。好きな相手には正直になれる。正直でいられればストレスも少ない。ストレスが無ければ仕事は楽しいはずだ。そういうチームを作らなければ、とあらためて思うのでした。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">さて金曜の朝、</span>8<span lang="JA">時</span>55<span lang="JA">分。息子の部屋を覗いてみたら、まだベッドの中です。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「おい、今日は授業無いのか?」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">スマホで時間をチェックし、跳ね起きた</span>18<span lang="JA">歳。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「ありがとう!」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">とトイレに駆け込もうとする息子を、信じられない気持ちで追いかけます。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">「もう二度と寝坊しませんって先生に謝ったばかりだよな!」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial";"><span lang="JA">正直でストレス知らずなのはいいけど、いくら何でも緊張感が無さすぎるだろ!</span><o:p></o:p></span></div>
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<br /></div>
シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com4tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-57720614911051819732020-08-30T16:02:00.000-07:002020-08-30T16:03:55.664-07:00夏の終り<br />
<div class="separator" style="clear: both; text-align: center;">
</div>
<div class="separator" style="clear: both; text-align: center;">
</div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">サンディエゴ一帯にしぶとく停滞していた重たい熱気団はいつの間にか姿を消し、朝夕に窓から忍び込んで来る風の冷たさにハッとするようになりました。裏庭で日々陣地を拡大し続けていたかぼちゃの蔓はその成長をパタリと止め、少し前まで十個以上鮮やかに咲き狂っていた黄色いこぶし大の花も、その痕跡さえ遠目に確認出来ないほど茶色くしぼんでしまいました。</span><o:p></o:p></span></div>
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<a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEiQi-4i5mpxvW1K0uhwH56uchXONWXSlOppQWNVBUYEa47NoPmkVAbLnRwGEZAI23O_aacZcaxWaUc4_HRWGKj-BwyfBONzXcrnl1Ffhs8ympf5K_hLDn5_7fwtnB5jfQon8oMIoMl7Za6w/s1600/pool.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1283" data-original-width="1600" height="160" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEiQi-4i5mpxvW1K0uhwH56uchXONWXSlOppQWNVBUYEa47NoPmkVAbLnRwGEZAI23O_aacZcaxWaUc4_HRWGKj-BwyfBONzXcrnl1Ffhs8ympf5K_hLDn5_7fwtnB5jfQon8oMIoMl7Za6w/s200/pool.jpg" width="200" /></a></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">かれこれ五ヶ月間ほぼ自宅を離れず生活して来たため、日々変化する外界の様子に関心を向けていなかった私。これまで数え切れないほど経験して来たことだけど、またひとつの夏が終わってしまったのだという気づきに不意打ちを食らい、じんわりと動揺しています。しかも今回は、いつか思い出して微笑んだり涙腺が緩んだりするようなイベントが何ひとつ無かったということに、あらためてコロナの影響の大きさを考えさせられるのでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">私にとって夏というのは、たとえ他の三つの季節が束になってかかろうとびくともしないほど重要な位置を占めていて、印象的な人生の記憶は概ねこの時期に集中しています。子供時代のキャンプに始まり、学生時代のエネルギーに満ちた活動の数々、そして職を辞して南カリフォルニアに渡ったのも、ちょうど夏真っ盛りでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">海の家で食べる蛍光色のかき氷、海水浴場の喧騒、閉じた瞼を通してもなお眩い青空、日焼けした頬、祭りの屋台のアセチレンライト、キャンプファイヤーの周囲を舞い儚く消える火の粉、激しい夕立、濡れた髪、浴衣、花火を見上げる瞳に映る鮮やかな色彩。こうした様々なシーンが緻密に織り込まれたきらびやかな絹織物のように、夏は私の心を踊らせる大切な人生の背景画になっているのです。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">学生時代、9月の新学期が始まって間もなく、当時住んでいた港南台から根岸線で桜木町へ向かっていた朝のことです。吊革につかまって車窓の外をぼんやり眺めていた時、確か磯子を過ぎ、電車が高架部分に入った辺りだったでしょうか。急に視界が開け、大きなプール・センターが現れました。高校時代に何度か友達と連れ立って遊びに行ったことのある場所で、広大な敷地を周回する「流れるプール」が売りでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">車窓を横切るほんの一瞬でしたが、全てのプールはすっかり水を落としてあり、清掃人があちこちでデッキブラシを動かしているのが見えました。そのうち一人はブラシの柄を胸の前に立て、重ねた両手に顎を載せて支えながら、ぼんやり遠くを眺めています。</span><o:p></o:p></span><br />
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">景色が変わって数秒後には、どうにも落ち着かない気分に包まれていました。否定しようもないほど明確な夏の終りのイメージをたった今、目の前に突きつけられた。水しぶきの中ではしゃぐ何千という若者や子どもたちの笑い声や叫び声。想像の中でその轟音が鼓膜を打ち、瞬時にかき消えます。耳の奥でいつまでも消えない残響。生命が最も躍動する大好きな季節が今はっきりと過ぎ去ってしまったのだということを全身で感じ、どっと涙が湧いて来たのでした。もちろん、すんでのところで堪えましたが。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">数週間前、夫婦でネットフリックスのオリジナル・ドキュメンタリー</span><span lang="JA"> </span>“David Foster – Off the Record”<span lang="JA">を鑑賞しました。デイビッド・フォスターと言えば、映画「セント・エレモス・ファイヤー」のテーマ・ミュージックや</span>Chicago<span lang="JA">の「素直になれなくて」をプロデュースした超売れっ子の音楽家。彼は何度も離婚を繰り返し、ヒット作を連発し、時に各賞を総なめにし、ド派手な私生活を送って来た自由人です。鼻持ちならない自惚れ屋ではあるものの、常に最高の仕事をすることで批評家の口をつぐませている。映画の中盤で彼が、「俺はよくこう自分に問いかけるんだ」と語っていました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">“How many summers do you have left?”<o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「あといくつ夏が残ってるんだ?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">これは私だけでなく、妻にも刺さった一言でした。そうだ、ひとつの夏も無駄には出来ない。僕らには無限に夏が残されているわけじゃないんだ…。大いに元気づけられた我々二人でした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">そんな思いがどう働いたのか謎ですが、先週後半になって急に思い立ち、早朝ウォーキングを始めた私。マスクをつけて五時半にスタートし、暗闇の中、ガランとした巨大ショッピングモールの外周を早足で三十分以上歩きます。六時半頃まで夜が明けないので、家に戻るまでずっと暗いまま。車の通りはまばらで、歩いているのは私ひとり。いつ建物の陰から不審者が現れてもおかしくない状況。考えてみれば、会社に通っていた頃は毎日この手のスリルにさらされてたんだよな。それが無くなったことで、精神が弛み切っている…。そうか!と心の中で膝を打ちます。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">僕が夏を好きなのは、ドキドキするチャンスが沢山あるからなんだ。あちこち出歩くこと、人と会うこと、夜更しすること、陽焼けすること、水に入ること。みんなリスクと隣合わせです。しかしその見返りに、新しい何かを体験出来るかもしれない。その期待感がたまらないのですね。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">よし、怪しい輩が物陰から飛び出して来たら、ポケットに忍ばせた家の鍵を拳から少しだけ出し、武器として使おう。怯んだ相手の手首を素早く取り、合気道技で関節を決めて…と護身シミュレーションを重ねながら歩くことにしたら、ウォーキングが格段に楽しくなって来たのでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">さて、昨日の晩は妻が、急に</span>NHK<span lang="JA">紅白歌合戦を観始めました。</span>DVR<span lang="JA">に録画しておいたものの、八ヶ月間も放っておいて、何故今頃?と思ったのですが、九時半を過ぎていたので、私は先に消灯(最近はすっかりジジイのスケジュール)することに。寝室のドアの隙間からテレビの音量が微かに届いていたのですが、気にせず眠ることにしました。ところが十数分後、大きな悲鳴で目が覚めます。確かに今、彼女の声が聞こえたよな…。耳を澄ますと、男性歌手が元気よく演歌を歌っている声がしている。う~ん、気のせいだったかな?そう思い直して目を閉じたのですが、その僅か数秒後に再び、「キャッ!」と叫ぶ声。そして相変わらず演歌。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">おかしい。演歌を聴きながら二度も悲鳴を上げる理由なんて、どう考えても思いつかない。もしかして、強盗がこっそり侵入して来たのではないか?息子は部屋に籠もってイヤホンで何か聴いていて、気づいてないのかもしれない。これは私が助けに行かないと、彼女の身が危ないぞ…。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">そうっとリビングに近づいて行って顔を出すと、妻がカウチにのけぞって左手で口を抑え、右手でリモコンを握りしめています。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「どうしたの?大丈夫?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">と問いかけると、</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「ごめんなさい。聞こえた?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">と妻。テレビ画面を振り返ると、三山ひろしがマイクを握って一時停止しています。その背後には、番号の書かれたホワイト</span>T<span lang="JA">シャツを来た若者たちが大勢立っている。これで合点が行きました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「あ、けん玉でしょ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「知ってたの?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">三山ひろしが「男の流儀」を歌唱する間に、彼を合わせた</span>124<span lang="JA">人がけん玉連続成功ギネス記録にチャレンジする、という企画。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「もうどんどんどんどん緊張して来てちゃって、見てられなくて…。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">それで思わず悲鳴を上げてしまった、という妻。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">夏の終りの「ドキドキ」は、こんな意外な形で我々夫婦の元に訪れたのでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<br />シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com9tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-71497989045696407742020-08-16T18:01:00.000-07:002020-08-16T18:06:52.339-07:00I’ve been around, you know. なめんなよ<br />
<div class="separator" style="clear: both; text-align: center;">
<a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEibojMXF8y4qtp52WIb9392Ro5Tj4tRvqn6zBx24yOGADCDq2lfVBB0xPd35l_cJDdolQAHw0TRINHrsRdUW_3rQOF6di6jKHpojgd42T7Tph61REqi_EVE8HnS3qNe9tNHTuTp9vQ3l6zG/s1600/pacino+%25282%2529.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1192" data-original-width="890" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEibojMXF8y4qtp52WIb9392Ro5Tj4tRvqn6zBx24yOGADCDq2lfVBB0xPd35l_cJDdolQAHw0TRINHrsRdUW_3rQOF6di6jKHpojgd42T7Tph61REqi_EVE8HnS3qNe9tNHTuTp9vQ3l6zG/s200/pacino+%25282%2529.jpg" width="148" /></a></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">お気に入り映画ベスト10を決めるとしたら五位以内には必ずランクインすると思う作品に、</span>Scent
of A Woman<span lang="JA">(邦題:セント・オブ・ウーマン</span>/<span lang="JA">夢の香り)があります。一年に三回以上は観直していますが、毎回必ずクライマックスで涙腺ダムが決壊し、</span>1,000<span lang="JA">キロカロリー以上は消費したんじゃないかと思うほど大量の涙を放流させられます。アル・パチーノ演ずる盲目の退役軍人フランクは人生に絶望していて、感謝祭の休みにニューヨークで贅の限りを尽くした末に自決しようと計画している。その付添人として雇ったバイトの高校生チャーリー(クリス・オドネル)は、田舎の貧しい家庭からやって来た実直な青年。高級売春婦を買い、超一流ホテルのレストランで食事をし、と想像を絶する放蕩ぶりに呆れながらもフランクに付き合っているうち、彼の企みを知ることになります。あろうことかこの青年は、自らの命も顧みずに老人を死の淵から救うのです。この後の展開は本当に毎度毎度唸らされるのだけど、今度は老フランクが若きチャーリーを大ピンチから助け出すのですね。それも、</span></span><span style="font-size: 11pt;"><span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">たった一本のスピーチで</span></span><span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">。</span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">先日ふとこのシーンを再生してみたのですが、やはり非の打ち所の無い大団円でした。全校生徒の前でチャーリーが校長のトラスク氏から退学を言い渡される場面で、フランクが</span></span><span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">「真のリーダーシップとは何か」という演説をぶつのです。後ろ暗いところのある校長はフランクを黙らせようとするのですが、ここで彼が声を荒げます。</span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><br /></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">“Who the hell do you think you’re talking to?”<o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「一体誰に口をきいてると思ってるんだ?」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">そして微かに顎を上げ、背筋を伸ばしてこう続けるのです。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><br /></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">“I’ve been around, you know.”<o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">字義通りに訳せば、</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「あちこちで色んな経験を積んで来たんだぞ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">となりますが、意訳すればこんなところでしょう。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「なめんなよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">厳しい軍人生活、そして視力を失い、「自分のような人間が生き続けて良い理由」を問い続ける後半生。苦しみながら人生と向き合ってきたフランクが、無闇に権威を振りかざす校長の戯言に耐えかねて発したセリフでした。こういうの、リアルな場面で使えたらさぞかし溜飲を下げるだろうなあ、と思う私。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">さて、話変わって先月末の木曜の午後のこと。仕事中、一通のメールが届きます。スクロールしてみると、受取人の数はざっと百を超えています。上司のカレンや、その上司リックの名前も含まれている。タイトルは</span>Voluntary
Separation Plan<span lang="JA">で、翌週月曜のお昼に催される電話会議に参加して下さい、とのこと。差出人は我が環境部門のトップ・エグゼクティブ。ん?何のことだ?</span>Voluntary<span lang="JA">(自らの意思による)</span>Separation<span lang="JA">(お別れ)のプラン?十秒ほど考えて、ようやく事態が飲み込めました。これは、「自主退社希望者募集」の御触れだったのです。とうとう来るべき物が来たか…。コロナの影響で4月から全社員給料一割削減を展開していたのを、今月になって元に戻したばかり。しかしその一方で、近いうちに抜本的な経営改善の一手が打たれるだろうという噂は流れていました。だからそれほど驚くに値しないニュースとは言えるでしょう。今から数週間内に希望を出せば通常より幾分か手厚い解雇手当が受けられますよ、という甘い文句で誘惑し、この機会を逃せば後日あらためてレイオフを言い渡された時に後悔するぞ、と脅すのがプランの主旨。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">後で思い返してみると、この時の私は妙に落ち着いていました。アメリカで働き始めて約</span>18<span lang="JA">年。とうとう自分も自主退社希望候補者リストに名を連ねるようなステージに辿り着いたのだという感慨を、薄っすら笑いながら味わっていたのです。そして、「切るなら切れや。すがり付くつもりは毛頭無いが、甘い誘いに乗る気も無いぜ。」と胸を張っていました。だって、どう考えたって今の私を辞めさせるのは得策じゃないのです。進行中の巨大プロジェクト数件の中枢にいるし、十数人の部下を育てている最中だし、しかも</span>utilization<span lang="JA">(稼働率)だってかなり高い。辞めた方が良い理由はひとつも見当たらないのです。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「それは勝手に自分で思ってるだけでしょ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">と、この説明を聞いた妻が心配げに眉をひそめました。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「そうだよ。もちろん上層部の誰かがお構いなしに切ってくる可能性はある。でもそんなこと心配し始めたらきりがないでしょ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">と私。理不尽な解雇劇の犠牲にならないために、打つべき手はすべて打ってある。それでも理屈抜きで解雇して来るなら、「お前らホントにアホだなあ」と笑いながら辞めてやるよ、という覚悟はあるのです。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">週が開けて月曜のランチタイム。いよいよ問題の電話会議に参加します。始まって数分して、どうやら自分が呼ばれたのは自主退社希望候補者としてではなく、「リストに載っている社員の上司として」であることが分かりました。今年2月に私のチームに加わった勤続</span>30<span lang="JA">年のベテラン社員アリーシャが候補に挙がっていたのです。え?なんで?合点がいかない私は、早速翌日の早朝に彼女との電話会議をセットしました。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">予想通り、がっつり落ち込んだトーンのアリーシャ。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「人事が言ってたように、これはあくまでも希望者を募集してるってだけの話だよ。君が確実にターゲットにされてるわけじゃない。いくつかの経営指標で篩にかけてみたら名前が残ったってだけのことだと思う。そのフィルターにしたってどれだけ意味があるか謎なんだ。今辞めることは無いよ。仕事は山ほどあるんだから。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今回はさすがに堪えたわ。あなたのチームに入る以前にも色々あったでしょ。辛い経験の数々を思い出して、もう潮時かな、と思ってるの。これは何かのお告げかもってね。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">昨夜、ご主人ともじっくり話し合ってみたとのこと。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「それに今ここで延命してもらったところで、数ヶ月後にあっさりレイオフされる可能性は否めないでしょ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">これには私も、正直にならざるを得ませんでした。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「うん、それについちゃ何の保証も出来ない。でもさ、僕だってカレンだってリックだって全員そうなんだぜ。いつでも誰にでも首切りは起こり得るんだ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「そうね。でもやっぱりちょっと考えさせて。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">アリーシャは去年、プロジェクトコントロールから離れレコードマネジメント部門に配属されました。実はこの異動、コンサルティング・ファームで働く者にとっては危険な賭けだったのです。プロジェクトに参加しないため「稼働率ゼロ」の状況が続き、細かい事情を知らない上層部の人間は過去の統計数字だけ見て、彼女を「お荷物」と評価してしまう可能性が高くなります。今回まさに、そういう誤解が起こってしまったのですね。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">さらに、年末プロジェクトコントロールに戻ったアリーシャは、散々もがいた末に大きなプロジェクト・チームにおさまります。ところがその僅か四ヶ月後、プロジェクトの経営状態が振るわないため、彼女の仕事を賃金の安いルーマニアのチームに任せることを上層部が決定。自分の仕事を奪うことになる地球の裏側の社員を、早朝や夜間を使って指導することになったアリーシャ。さぞかし悔しかったことでしょう。そんな不運な出来事が立て続けに起こったため、すっかり士気を失ってしまっていたのです。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">そしてこの電話の二日後、彼女から正式に退社希望を知らされた私。こういうことは本人の意思を尊重するのが一番なんだと自分に言い聞かせつつ、何ともやりきれない気分でした。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">金曜の朝、約十ヶ月ぶりに副社長のパットと近況報告のための電話会議をしました。当然、私からはアリーシャの一件を話すことになります。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「何ですって?」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">といきり立つパット。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「そういうの、一番頭に来るのよね!」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">慰留できなかった私を責めるわけではなく、官僚的で血の通わないメッセージを無差別に送ることで社員の士気を削ぐ愚かさに対して憤慨する彼女。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「社員を人間扱いしていない証拠でしょ。数字だけ見て、お前は役立たずだと決めつけてるわけだから。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">会社の図体が大きくなるに従い、上層部は効率的な意思決定のため細かい配慮を省くようになる。自分が番号札を首から掛けられた家畜のような存在であることに気づかされた社員は、組織への帰属意識を捨て去ることになる…。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「そもそも会社のトップは、プロジェクトマネジメント経験も無い財務畑の人間ばかりだからね。現場の苦労など分かるはずもない。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">と私。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: Arial, Helvetica, sans-serif;"><span lang="JA"><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">「そうなの。</span><span style="font-family: Arial, Helvetica, sans-serif;">金</span></span></span><span style="font-family: Arial, Helvetica, sans-serif;"><span style="font-size: 11pt;">勘定</span>の得意な者ばかりが幅を利かせてるのは問題よ。どんなに優秀か知らないけど、アカウンティ</span><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">ング・ファームから転職して来たばかりの若造が、物知り顔でプロジェクトマネジメントについて得々と語ったりするのよ。この私に、よ。」</span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">プロジェクトコントロール畑を四十年近く歩んで来たパットにとっては、許されざる無礼。この時、やや間を置いて彼女が放ったのが、このフレーズでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><br /></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">“I’ve been around, you know.”<o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「なめんじゃないわよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">こちとら伊達や酔狂で長年この仕事やってんじゃねえんだ。見くびんなよ。いつかこういうドスの利いたセリフを、思い上がった秀才野郎に向かって叩きつけてやりたいものだと思う私でした。</span><o:p></o:p></span></div>
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<br /></div>
<br />シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com3tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-4269459486423618262020-08-02T18:04:00.001-07:002020-08-03T18:52:07.929-07:00Go haywire メチャクチャになる<br />
<div class="separator" style="clear: both; text-align: center;">
<a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgXyv1R1VXOvK4lEe6wyy9nAPvWKAIycnsUOXVni1E7ySHQeQ49ApzaS6ENoaGe_4ZZifOYNBwGF5Y86B0Td9qMYavSV12g_i2ZZ4fjrdAr5o0i2CZolS_M6KsZJYR6cPkR3S7Bl3q1hUsx/s1600/hay2.png" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="823" data-original-width="631" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgXyv1R1VXOvK4lEe6wyy9nAPvWKAIycnsUOXVni1E7ySHQeQ49ApzaS6ENoaGe_4ZZifOYNBwGF5Y86B0Td9qMYavSV12g_i2ZZ4fjrdAr5o0i2CZolS_M6KsZJYR6cPkR3S7Bl3q1hUsx/s200/hay2.png" width="153" /></a></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">火曜の午後のこと。同僚ディックがマイクロソフト・ティームズでテキストを送って来ました。自分が</span>PM<span lang="JA">を務める新プロジェクトのキックオフ・ミーティングが来週あるんだが、クライアントが藪から棒に</span>Cost
loaded schedule<span lang="JA">(コスト・ローデッド・スケジュール)を提出しろと言って来た。突然の依頼に一同大慌て。そもそも事前に提出したスケジュールだってチームの誰かの急ごしらえであり、大幅な手直しが必要だ。スケジューリングソフトをまともに使えるメンバーがいなので、まずはそのステップに不安がある。オリジナルのファイルが紛失してしまい</span>PDF<span lang="JA">バージョンしか残っていないので、一からやり直さないといけない。たとえ無事複製出来たとしても、スケジュールに「コストを載せる」手順を知る者がいない。仕方なく自ら取り組もうとしたところ、ソフト(</span>MS<span lang="JA">プロジェクト)自体がコンピューターから消えていた(我が社の</span>IT<span lang="JA">グループはコスト削減のため、ユーザーが一定期間以上使用していないソフトを警告抜きで消去していくのです)。八方塞がりのままクライアントとのミーティングが急速に近づいて来る…。助けを頼めないか?</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「持ってる情報を送ってよ。詳しくは電話で聞くから。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">木曜の午後に電話会議をセット。さっそくミーティング前に、彼から送られた資料を元にコスト・ローデッド・スケジュールを作成しておきました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「これこれ!素晴らしい、有難う。もう完成品が出来てるじゃないか。これで来週のミーティングは安心だ!」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">コンピュータ画面に映し出されたコストプラン表に、歓喜の声を上げるディック。電話会議の後で私の作業がスタートするものと予想していたであろう彼には、思いがけないイリュージョンだったのでしょう。しかし種明かしをすれば、この手の仕事は私にとって珍しくもなんともなく、一時間もかけずに仕上げられる程度の初歩的なお題なのです。「一応これで飯食ってますんでね」と肩をすくめるレベル。ある個人にとっては極めて難解な問題でも、その道の専門家に頼めばあっという間に解決する。これは至極当然なお話なのですが、問題の渦中にいる者にとってはマジシャンに魔法を見せられるようなものなのだ、ということをあらためて感じたのでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">ところで電話の冒頭で、彼がこんなフレーズを使ったことに気づいていました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><br /></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">“Things went haywire.”<o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「物事がヘイワイヤーになっちゃった。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">この表現、実はたまたま前日に他の同僚の口から飛び出して、意味を調べておいたところでした。</span>Haywire<span lang="JA">というのは丸めた干し草を縛っておく金属のワイヤーで、かつてはそこかしこに捨ててあるようなものだったそうです。工作物の補修などに再利用されがちだったにもかかわらず、簡単に絡み合ってほどけなくなってしまうため、</span>”Go
haywire”<span lang="JA">が「事態がこんがらがって収拾がつかなくなる」という意味になった、とのこと。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">ディックが言いたかったのは、こういうことですね。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><br /></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">“Things went haywire.”<o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「メチャクチャになっちゃってね。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">サウスダコタの農村地帯から来た彼にとっては、干し草もそれを止める金具も珍しくないかもしれません。しかし都会育ちの私には、いまひとつイメージが湧かない言い回し。そもそも目にしたことが無いので何とも言えないけど、ワイヤーが絡みついたからってそんなに困るか?と首をかしげてしまうのですね。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">さて話は変わり、我が家の裏庭にある約6メートル四方の農園に、一週間ほど前から異変が起き始めました。木片(マルチ)を被せた周囲のエリアも含め、体長五ミリにも満たない虫の大群が地表面を覆い始めたのです。近づいてみるとこの虫、蟻とは見た目の特徴が異なるものの、そのサイズや振る舞いは酷似しています。群れを成し、おまけに羽が生えている。一匹一匹はまるでランダムなブラウン運動を繰り返しているようにも見えますが、少し引いて見るとまるで魚群のように大きなうねりを形成している。その一帯に足を踏み入れると、まるでこちらの動きを見越していたかのように群れが同心円状に退却し、逃げ遅れた何匹かは私の靴に這い登ります。捕まえようと手を伸ばすと羽を使って飛び去り、その俊敏さには何か高い知能のようなものを感じて背筋がゾクリとします。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">反射的に、数年前に入手した「アリの巣コロリ」を出して来て、特に交通量の多そうなスポットに設置してみました。一昼夜経過観察をしたのですが、罠にかかる気配が全く無い。敵が蟻では無いことがこれでほぼ決定したのですが、さてどうしたものか。よくよく考えれば、土の上で植物を育てているんだから虫が出るなんてことは自然な現象じゃないか、まあ騒ぎ立てることもあるまい、と暫く様子を見ることにしたのですが、彼らの集団規模はみるみる拡大して行き、農園を囲う低いフェンスを乗り越えてじわじわと住居に迫って来ました。遂にベッドルームのガラス窓を何十匹も這い回り始めたのです。あろうことか、隙間から一匹、また一匹と侵入を始めたではありませんか。虫嫌いの妻にとって、これ以上の恐怖体験は無く、何とかして!と悲鳴をあげます。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">これはさすがに放置出来ないな、と液状石鹸を水で薄め、ビシャビシャと上から浴びせかけます。住居内への侵入を図っていた先鋒部隊を、とりあえず壊滅に追いやりました。夥しい数の死骸が銀色のアルミサッシの上で、盆にばら撒かれた黒胡麻のように拡がります。やれやれ、と一息ついたものの、振り返れば後続部隊がじわじわと陣形を整えています。かくなる上は、と数ヶ月前に害虫駆除をお願いしたペストコントロール会社のオスカーにお出まし頂いたところ、</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「これは我々の専門分野じゃないですね。残念ながら何も出来ません。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">と申し訳無さそうに言うじゃありませんか。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">彼らのライセンスは構造物に湧く害虫が対象で、庭に現れる「ランドスケープ・ペスト」と呼ばれる虫については手が出せないとのこと。なんと、害虫駆除業界にそんな線引が存在したとは…。さっそくネットでランドスケープ・ペストの駆除ライセンスを持つ近所の会社に問い合わせたところ、若い男性を派遣してくれました。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「いやあこんな虫、今まで一度もお目にかかったことが無いですねえ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">首をひねる担当者。会社が駆除対象としている害虫リストに含まれていない以上、何も手出しが出来ないと言うのです。おいおい、ほんとかよ。害虫駆除業者がお手上げなんて…。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">害虫でないというなら普通の虫だよな、それでは、と写真を撮り、同僚の昆虫博士エリックにテキストします。すると数時間後、サンディエゴ支社の生物学チームが誇る重鎮フレッドから電話が入りました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="separator" style="clear: both; text-align: center;">
<a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEiu3pm459YIclphyphenhyphenQL8QUaThDv5hdvOEmyxhvoGi9N2-u2s_l46SIRSlNO8y90T5sYWerDPw5EamZGil3TWs8G6KHXSIAX_zcNdSjlLVFRcWBRWL0Ftkb7IQDSmjhe9vAVtt-Cm6H-q1FHY/s1600/bug.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="452" data-original-width="419" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEiu3pm459YIclphyphenhyphenQL8QUaThDv5hdvOEmyxhvoGi9N2-u2s_l46SIRSlNO8y90T5sYWerDPw5EamZGil3TWs8G6KHXSIAX_zcNdSjlLVFRcWBRWL0Ftkb7IQDSmjhe9vAVtt-Cm6H-q1FHY/s200/bug.jpg" width="185" /></a></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「エリックから写真見せてもらったよ。彼も僕も、初めて見る種なんだ。残念ながら僕らには特定出来ないけど、是非これが何という虫か知りたい。今から言うアドレスに連絡して問い合わせてみてくれないか?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">なんと、我が社を代表する専門家二人でも断定出来ないような珍種の虫が、うちの裏庭で暴れまわっているようなのです。彼らが興味津々なのも頷けます。う~ん、でもね、僕はそれが何であるかを突き止めたいわけじゃなく、いなくなってくれりゃそれでいいんだよね。段々話がこじれて来ちゃったなあ…。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">フレッドに教えてもらったアドレスは、サンディエゴ郡に住むガーデニング・マスター達が組織する非営利団体。あくまでもボランティア集団ですが、生物学の大家達が結集したグループみたいなのです。ここに質問を投げ込んで何が返ってくるか見てみよう、というのが彼のアイディア。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">写真と状況説明をメールで送り、待つこと数時間。返って来たのは、こんな返事でした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「これは恐らく</span>Larder
Beetles<span lang="JA">に近い種ですね。添付リンクを見て下さい。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">ハイパーリンクをクリックすると、ミネソタ大学のサイトに飛びました。ところが、そこに掲載された写真はどう見てもコガネムシとかカメムシの一種。いやいや、これは絶対違うぞ。アリくらいのサイズだってちゃんと書いたのに…。なんだよ、期待して損したじゃないか。これでとうとう迷宮入りか…。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">ここまでの顛末を</span>18<span lang="JA">歳の息子に話したところ、彼が去年インターンシップを経験したサンディエゴ自然歴史博物館の昆虫部門のトップを務めるジムに聞いてみようか、と申し出ます。うん、それはいいね、是非頼むよ、と答えてから妻にここまでの経緯を伝えたところ、その予想外の展開に感心するかと思いきや、</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「どーゆー人脈?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">と我々男子二人の持つネットワークの奥行きに驚嘆していたのでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「え?そこ?」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">とウケながらも、確かに僕らの知り合いには凄い人たちがいっぱいいるんだなあ、と静かに感動していました。結果的に解決には至らなかったけど、いざとなれば頼れる専門家が自分の周りには沢山いるのだというのは、なかなか嬉しい気づきです。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">実を言うとこんなドタバタの最中、この新種の虫の勢いが段々と衰えているのに気づいていました。二人目の害虫駆除業者が来た時も、大騒ぎしていた割には数が少なくて拍子抜けしていたみたい。あれ?何もしていないのにどうしたのかな?と訝っていたところ、息子がこう言ったのでした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「ちょっと前だけど、でっかいトンボが四匹飛び回っているのを見たよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">両手の人差し指を立ててその大きさを示した彼ですが、それが本当だとすれば体長</span>10<span lang="JA">センチを超えるサイズです。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「あの四匹が虫を退治してくれたんじゃないかな。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">トンボの他にもアブのような昆虫がブンブン飛び回っていたとのこと。そうか、きっとエコシステムがきちんと機能して、過剰に発生した種の繁殖に気づいた天敵種が現れて食べまくったのでしょう。う~ん素晴らしい。専門家達が大勢で首をひねっている間に、自然の方で勝手にバランスを取り戻してくれていた。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">気づいた時には、すっかり元の静けさを取り戻していた我が家の裏庭。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">我々の生きるこの世界は、カオスと秩序が入れ替わり立ち代わり現れ、その都度落ち着くところに落ち着いているんだなあ、という深い感動を噛み締めた週末でした。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<br /></div>
シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com4tag:blogger.com,1999:blog-1970863733877386430.post-76022003647024721212020-07-19T08:55:00.000-07:002020-07-24T07:30:30.581-07:00荒ぶるカレン<br />
<div class="separator" style="clear: both; text-align: center;">
<a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgxn-0rz-Ik8I1XsQFT2kSYmrLLxy2nt4c6Ix02012hYqYqD3RQ37If3sWKyWmcReXcp4TuyP3OJ0Px6-wogBM_y5fmLaSD0xuJQFloVfO3GnCIt55IndlFEGXZTSnu9fT8mKOlBJzP5pO3/s1600/Karen.jpg" imageanchor="1" style="clear: left; float: left; margin-bottom: 1em; margin-right: 1em;"><img border="0" data-original-height="1200" data-original-width="1193" height="200" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEgxn-0rz-Ik8I1XsQFT2kSYmrLLxy2nt4c6Ix02012hYqYqD3RQ37If3sWKyWmcReXcp4TuyP3OJ0Px6-wogBM_y5fmLaSD0xuJQFloVfO3GnCIt55IndlFEGXZTSnu9fT8mKOlBJzP5pO3/s200/Karen.jpg" width="198" /></a></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">カリフォルニア州の新型コロナ新規感染者数が、もうすぐ一日一万人を超えようという勢いです。州知事は態度を硬化させ、二度目のロックダウンを敢行しました。手綱を緩めるのがちょいと早すぎた、ということになりますね。ニュースを見ていて驚くのは、この期に及んでも州知事の何人かは未だにコロナ対策を軽んじている、という点。そもそも国のリーダーが、「俺はマスクなんかしない」と鼻息を荒くしているし、世界最多の感染者数を毎日更新している中、「学校はすぐにでも再開すべきだ、そうしない州には俺から圧力をかける」と息巻いているくらいなので、もうしっちゃかめっちゃかです。全米各地で、「マスクをする、しない」の口論がきっかけで乱闘や殺傷事件まで起きている始末。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">つい先月も、サンディエゴのスターバックスで事件がありました。「マスクをしていなかったためにひどい扱いを受けた」と白人中年女性が激怒し、男性バリスタに罵詈雑言を浴びせて立ち去った後、再び店内に入ってきてこのバリスタの写真を撮影。彼の実名入りでフェースブックに載せたのです。「レネンを紹介するわね。スターバックで私がマスクをしてないからとサービスを拒絶したの。この次は警察を呼ぶわ。」とコメントして。レネンは後にビデオインタビューで、「マスク持ってますかって聞いただけなんですけどねえ、なんか急に怒り出しちゃって。」と驚いた様子。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">風邪のシーズンには街がマスク顔で溢れる国からやって来た私には、そもそも「マスクをする、しない」で喧嘩になる、という現象自体が意外でした。え?そんなに嫌がるようなことなの?と。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">今回スタバで起きた事件は、これで終わりじゃありませんでした。女性のポストした記事に批判が殺到し、これに彼女が反撃。「あんたら暇人の脅しなんか怖くないわよ。」すると殺害予告まで含めた脅迫的なコメントが続々とポストされます。次に誰かが、「レネンに寄付を!」と</span>GoFundMe<span lang="JA">というアプリを使って呼びかけたところ、あっという間に十万ドル(約一千万円)が集まったのです。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">いかにもアメリカ的で素っ頓狂な話だなあ、と再び感心する私。この時発起人の書いた言葉が、これ。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><br /></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">“Raising money for Lenin for his honorable effort standing
his ground when faced with a Karen in the wild.”<o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「調子こいたカレンに屈せず自らの立場を貫いたレネンを讃えるため、寄付を募ります。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">さて、この「カレン」という単語。渦中の女性の名前はアンバー・リン・ギルズで、どこにも「カレン」という言葉は含まれていません。何故ここでカレンが出てくるのか。鍵は、冠詞付きだという点(</span>a
Karen<span lang="JA">)ですね。つまりこれ、傲慢な白人中年女性のタイプを総称して、普通名詞的に使われているのです。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">ウィキペディアの説明が、これ。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><br /></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">“A white woman who uses her privilege to demand her own way
at the expense of others.”<o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「他人を犠牲にしてまで自分のやり方を押し通そうと特権を使う白人女性」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">以前</span>18<span lang="JA">歳の息子から、「カレン・ミーム」として、左右非対称のブロンド・ボブにでかいサングラスをかけ、「マネージャーを呼んでちょうだい」と表情を硬くした白人中年女性の写真を見せられたことがありました。彼にあらためて確認したところ、</span>Karen<span lang="JA">はアメリカ人なら誰でも知っているミームだとのこと。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「今のボスの名前、カレンなんだけど…。」</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">と私。たまたま大衆から侮蔑の対象にされた名前を持つ人にとっては、いい迷惑でしょう。それにしても、どうしてカレンなどという名がこの不名誉なイメージの代表として選ばれたんだろう?そんな疑問が湧いてちょっと調べてみたところ、現代の中年白人女性に最も多い名前がカレンだということが分かりました。つまり、自分を特権階級と信じて偉そうに振る舞う白人女性の典型、というステレオタイプですね。ふ~ん、そうなのか。この名前にそんなイメージ抱いたこと、今まで無かったなあ、と振り返ってみたところ、かつて大滝詠一の名曲で私のカラオケ・レパートリーでもあった「恋するカレン」の歌詞が、結構ネガティブだったことに気づきました。</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">形のない優しさ それよりも見せかけの魅力を選んだ</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">Oh<span lang="JA"> </span>Karen!<span lang="JA"> 誰より君を愛していた 心を知りながら捨てる</span><o:p></o:p></span></div>
<div class="MsoNormal">
<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;">Oh<span lang="JA"> </span>Karen!<span lang="JA"> 振られた僕より哀しい そうさ哀しい女だね君は</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">そっか、さすが松本隆(天才作詞家)、あの頃すでに「カレン」の正体を見抜いていたのか…。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA"><br /></span></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">さて、サンディエゴの「カレン」ですが、バリスタのレネンが十万ドル超えの寄付金を受け取った話を聞き、テレビ局の取材にこう答えたそうです。</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">「その半分は私がもらうべきでしょ。訴訟を起こすわ。これから弁護士費用を集めるために、</span>GoFundMe<span lang="JA">で寄付を募るつもりよ。」</span><o:p></o:p></span></div>
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<span style="font-family: "arial" , "helvetica" , sans-serif;"><span lang="JA">…すんげ~!</span><o:p></o:p></span></div>
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<br />シンスケhttp://www.blogger.com/profile/01629948804031137432noreply@blogger.com11