2015年7月24日金曜日

Did you bring a rubber? ゴム持ってきた?

今週は月曜から木曜まで、ロサンゼルス出張でした。わが社では現在、プロジェクトマネジメントのための全社統一プログラムの開発が進んでいて、あと数カ月で完成、という運びになっています。世界中に広がる約二万人の社員が使用を開始する前の最終チェックのため、ペンシルバニア、ミシガン、デンバー、テキサス、更にはオーストラリアと、様々な地域から十人ほどの社員がロスに集合し、三日間缶詰状態で議論しました。ちなみに私は、アメリカ西海岸代表。

開発チームを代表してプログラムの解説をするのは、ボストンから飛んできたクリスティーナ。年齢は私と同じくらいでしょうか。何時間でもぶっ続けに喋れるタイプの、活力みなぎる女性です。

二日目の晩には、近くのフレンチレストランで会食があったのですが、私は意識してクリスティーナの真正面に陣取りました。私の右隣は、ミシガンからやってきた40歳くらいの白人男性トロイ。その正面はオーストラリアから来たサラ。ボーイさんが注文を取りに来る前に、クリスティーナが自分の周りの出席者に、名前や出身、趣味などを矢継ぎ早に尋ね始めました。トロイは地ビール造りとマウンテンバイクが趣味で、一時期は自転車を7台も持ってたよ、笑います。私もビール造るしバイクも乗るのよ!とひとしきり盛り上がった後、クリスティーナが私の目を見て質問します。

「あなたの趣味は?」

考える時間がほとんど無かった私は、反射的にこう答えていました。

「アメリカ英語のイディオムを集めることかな。」

大きく口を開け、目を見開くクリスティーナ。その表情は、「あんた何言ってんの?ばっかじゃないの?趣味を聞いてんのよ、趣味を。」という侮蔑とも取れましたが、彼女の顔はみるみる嬉しい興奮に包まれて行きました。

「私もよ!」

「うん、そうだと思った。だからここに座ったんだよ。解説をお願いしたいことがあってね。」

と答える私。

そうなんです。それまでの二日間、私は彼女の繰り出す新しいイディオムの数に圧倒されていました。書き留めることが出来たものだけでも、十は超えています。仕事で使えるイディオムはほぼ制覇しちゃったかも、という慢心を、気持ちよく打ち砕いてくれました。プロ野球のスカウトが愛工大名電時代のイチローのバッディングを初めて見た時のショックが、こんなものだったのではないでしょうか。

「実を言うとね、君の口から新しいフレーズが飛び出す度に、いちいち書き留めながらネットで意味を確認してたんだ。」

と私。

「ごめんなさい。私そんなだった?全然気づかなかった。」

とクリスティーナ。

「いやいや、こっちは興奮してたんだよ。お、また新しいのが出たぞ!ってね。」

彼女のイディオム連打に挑発されたか、会議室のあっちからもこっちからも、まるで競い合うように初耳イディオムが乱れ飛び始めたので、私は密かにエクスタシーに浸っていました。まるで荒川と隅田川と東京湾で同時に花火大会が始まったみたい。

There’s no bones about it. (骨なしだからね。)
スープに骨付き肉が入っていないと食べやすいことから、全然難しくないよ、という意味。

If your client is breathing down your neck, (もしもクライアントの息がうなじにかかっていたら)
クライアントが過剰なまでに干渉して来たら、という意味。

The proof is in the pudding. (証拠はプリンの中にある)
「実際に使ってみるまでは分からない」という意味で使われるこのイディオム。そもそもは、The proof of the pudding is in the eating. (プリンの品質は食べてみなければ分からない)というフレーズだったのがいつの間にか縮まってしまったらしいよ、と説明すると、全然知らなかったわ、と感心するクリスティーナ。

「日本語のイディオムがあったら何か教えてくれる?」

と散歩をねだる犬のような目でせがむので、「他山の石とする」という慣用句を教えてあげました。つい最近、東芝の不祥事に際して経済同友会の小林代表幹事が使った一言です。ほおぉ~、と感心するクリスティーナ、トロイ、そしてサラの三人。

「イディオムってさ、その国や土地の文化や歴史と密接に関係してるんだよね。」

とトロイ。

When the rubber meets the road. (ゴムが道路に会った時)
このフレーズは、「タイヤ(ゴム)が道路に接した時」、つまりテスト期間が終了して実際に車を道路で走らせる時、という意味。要するに、「実施段階が来たら」ということですね。

「これは比較的新しいイディオムだよね、自動車が登場してからのことだから。」

とトロイ。

「そうそう、オーストラリアのイディオムって、えげつないのが多いのよ。」

とクリスティーナ。彼女は3年ほど家族であちらに住んだことがあるそうです。サラがすかさずクリスティーナに何か耳打ちします。

「ええっ?嘘でしょ。そんな表現があるの?」

とのけぞるクリスティーナ。なになに?教えてよ!と詰め寄るトロイと私に、「絶対言えない」と首を振るサラ。想像を超える下品さらしい。

「外国人には伝わりにくいイディオムもあるわよね。そもそも同じ単語なのに違う意味で使われるケースも一杯あるからね。」

クリスティーナの娘は、オーストラリアで通い始めた学校の初日に、教師からこう聞かれたそうです。

“Did you bring a rubber?”
「ゴム持ってきた?」

オーストラリアではRubberが「消しゴム」という意味で使われていたことを知らなかったので、娘から報告を受けたクリスティーナは 一瞬ギョッとしたそうです。

サンディエゴに戻って総務のトレイシーにこの話をしたところ、

Rubber には長靴っていう意味もあるのよ。Put on your rubbers. (長靴履きなさい。)と言われた人が、無理やり頭にゴムを装着しようとしたりしてね。」

こめかみに両手を当て、窮屈そうに身をよじるトレイシー。


う~ん、この人、ノリ良すぎ。

2015年7月18日土曜日

She’s a basket case. 彼女はバスケットケース

水曜日は数カ月ぶりにロングビーチ支社へ出張しました。私がまだ週三日の割合でサンディエゴから長距離通勤をしていた頃からの友人でもある、同僚マークの部屋で久しぶりの打合せ。

彼は現在多忙を極めているのですが、その最大の原因は、この支社の古参PMだったBが突然辞職したことです。Bという男は、常に数ミリオンドルのプロジェクトを何件も抱えていたのですが、何の引き継ぎもせず去ったため、支社の連中がてんやわんやの大騒ぎ。技術屋集団のエースであるマークは、当然のようにBのプロジェクトを引き継がされたのですが、中身を見てみて愕然としたのだそうです。

Bは文書管理や契約手続きなど、会社の規則を悉く破っていて、どこから手を付けて良いかも分からないほどの散らかりよう。まるで誰かが家の中をごみ一杯にして夜逃げしたような有様だったのです。

「そんなになるまで、どうして周りは何も出来なかったの?」

と私。

「いや、もちろん数えきれないほど手を施そうとしたんだよ。でもさ、」

とマーク。そしてこう続けます。

“He was like, my way or high way.”
「彼はさ、マイウェイかハイウェイか、だったからね。」

俺のやり方(マイウェイ)か高速道路(ハイウェイ)、つまり俺のやり方が嫌ならとっとと消えろ、というフレーズですね。「あいうぇい」という部分を語呂合わせに使った慣用句。お~、新しい言い回しをサンキュー、とメモする私。マークという男は、イディオムの宝庫なんです。

「そういえば、Bが辞めた後、Sがデンバーからヘルプに来たでしょ。」

と私。Sというのは、元々Bの部下だった女性で、結婚後デンバーに引っ越しました。私は彼女のプロジェクトを遠隔でサポートしながら、いつの頃からかカウンセラーのような役割も務めていました。勤務時間外に私の携帯にかけて来て、仕事の愚痴を一時間くらいぶちまけることもしばしば。同僚も上司も私を誤解してる、全然信頼してくれていない、これでは良い成果が出せるわけない、と。

「彼女はクビになったよ。」

「うん、聞いてる。とんでもなくスピーディーな解雇劇だったよね。一体何があったの?」

するとマークは、吐き捨てるようにこうコメントします。

“She was a basket case.”
「彼女はバスケットケースだったんだよ。」

え?バスケットケース?これも新しい表現だぞ。どういう意味か尋ねると、

“She was not functioning.”
「彼女はファンクションしてなかったんだ。」

ううむ、ファンクション(機能)していないとはどういうことだ?

「つまり、ちゃんと仕事の成果が出せなかった、ということ?」

と問いただす私。

「いや、とにかくクレイジーだったんだよ。彼女は頭がおかしかったんだ。」

「ええっ?そういう意味なの?でもなんでそれがバスケットケースなの?」

これにはぐっとつまるマーク。ちょっとネットで調べてみよう、と彼がキーボードを叩きます。コンピュータ画面を数秒にらんでいたマークの顔に、不審な表情が浮かびます。

「第一次大戦中、両腕両脚を失った兵士はバスケットケースに入れて運んだ、というのが起源だと書いてあるぞ。」

暫く無言で見つめ合う中年男二人。そんな語源を知っちゃったら、怖くて使えないじゃないか、とビビる私。そこへマークが、しみじみ思い返すように繰り返しました。

“Yeah, she was really a basket case.”
「ああ、彼女は本当にバスケットケースだったよ。」

後で複数の同僚に聞いて確認したのですが、「四肢が無い」ので「人間として満足に機能していない」、それで「頭がおかしくなってる」状態を指すようになった、というのが一致した見解。

翌日オレンジ支社で会った同僚フィルが、こう笑い飛ばします。

「そんな語源知ってる人なんて、きっとこの支社でシンスケくらいだよ。みんなもっと軽い気持ちで使ってると思うぞ。」

サンディエゴ支社で受付を担当するヴィッキーは、

「そんなムゴい語源があったなんて、全然知らなかったわ。ストレスや何かで一時的におかしな言動を取る人を指して使ってるもの。」

と言っていました。

さてマークとの会議後、Bのプロジェクトの経理を担当していたサラを訪ねました。

「ねえサラ、どうしてSが解雇されたのか聞いてる?」

すると彼女は声をひそめ、きょろきょろと周囲をうかがいます。

「それは知らないけど、あの人、昔からちょっと変わってたのよ。Bの残したプロジェクトの経理面を大至急洗わなきゃいけないってデンバーから飛んで来たことがあったのね。彼女、土曜日に出勤してくれって一生懸命頼むの。もちろん無給でよ。私、これは緊急で重要な仕事なんだから、と引き受けたの。そしたらオフィスに着いた彼女がね、真っ先にフェイスブックの更新を始めたのよ。」

う~ん、それはバスケットケースと呼ばれても仕方ないか。


2015年7月8日水曜日

Baby Shower ベイビーシャワー

「ティファニー、実は良いニュースと悪いニュースがあるんだ。悪い方から言う。いいね?」

「え?何?いいけど、でも。」

iPhone の画面に、戸惑うティファニーの顔が映ります。小さな会議室で机の真ん中に携帯を置き、上体を乗り出す形で彼女に話しかける私。

「今日のパフォーマンス・レビュー・ミーティング(業績評価会議)は延期することにした。これが悪いニュース。後であらためてインビテーションを送るよ。それから良いニュースの方だけど、実はそれがこの会議の延期の原因なんだ。今から言うね。心の準備はいいかな?じゃ、いくよ、一、二、三!」

私の背後から複数の女性社員が躍り出て、一斉に叫びます。

「サプラ~イズ!」

そう、火曜日の10時、遠くバージニアで働くティファニーのため、皆でサプライズ・パーティーを仕掛けたのです。ビデオ会議の口実を作るため、上司の私が一役買ったというわけ。9月に女児出産を予定している彼女は、海軍勤務のご主人(ライアン)の転勤で遠くバージニアに引っ越したのですが、未だにサンディエゴ支社に所属しています。ライアンは半年以上も遠洋航海に出かけているため、慣れない街で一人暮らし。古い仲間たちが、そんな彼女を元気づけようとBaby Shower (ベイビーシャワー)をこっそり企画したのです。

溢れる涙を手で拭いながら、笑顔で皆に挨拶するティファニー、私の背後でサプライズの成功を喜んでいるのは、シンディ、トレイシー、クリスティ、バーバラ、ポーラ、シャノン、ダイアナ、それにヴァレリー。あ、男は僕ひとりじゃん、とあらためて意識する私。

Baby Shower というのは一般に、妊婦を囲んで女友達がお祝いをするパーティーです(シャワーというのは、お祝いを浴びせるという意味)。流れは、参加者から贈られたギフトの包装を妊婦がひとつひとつ開けた後、おきまりのゲーム(妊婦のお腹周りの長さ当てクイズ、とか紙おむつに塗り付けられた物を臭いで当てるクイズ、とか)を皆で楽しむ、というもの。最近でこそ老若男女が招待されることもありますが、以前は女性限定のパーティーでした。

渡米して間もない頃は、どうして男子禁制なんだよ、一体全体パーティー会場で何が行われてるんだよ、と興味津々でした。でも我が家のも含めて二回ほど参加した後、特に秘密にしなきゃいけない要素は無さそうだ、と分かって拍子抜けしました。

「ここに先輩ママが大勢いるわよ。何か質問はない?」

とトレイシー。何を聞くべきかすら分からない、と答えるティファニー。

「赤ん坊が寝ている間に自分も寝ておくこと!」

と叫ぶヴァレリー。賛同のどよめきが周りから湧き上がります。

「病院に行く前にしっかり食事をしておくこと!」

とシャノン。これには「私は正反対のことを医者から言われた」という声も出て、ひとしきり議論になりました。そこへ大御所のテリーが遅れて登場します。

「あ、テリー、いいところへ来たわ。」

とトレイシー。テリーが私の携帯画面の中のティファニーに手を振ります。

「今、出産に関する先輩ママたちからのアドバイスを送ってたの。何か無い?」

常に頭脳を高速回転させているテリーは、一秒も間をおかずこう言いました。

“Shave your legs and underarms before going to the hospital.”
「病院へ行く前に、脚と脇の毛を剃っておきなさい。」

ベイビーシャワーが男子禁制な理由がよく分かりました。


2015年7月6日月曜日

That’s all it takes. たったそれだけで全て解決。

独立記念日(Fourth of July)をどうやって楽しく過ごすか、というのは毎年ちょっとした悩みの種です。アメリカで生まれ育ったわけでもない私は、周囲の盛り上がりにイマイチ共感出来ないところがあり、去年はまるで普通の週末みたいにやり過ごしました。

気が進まない最大の理由は、どこへ行っても滅茶苦茶混雑している、ということ。特に花火の見えるエリア周辺の渋滞は尋常じゃない。隅田川と較べたら遥かに見劣りする「そこそこの」花火大会を鑑賞するために、わざわざごった返す人混みの中に飛び込んでいくこともないじゃないか、ともっともらしい言い訳をしながら。

一週間ほど前、友人のマイケルから、今年の独立記念日はどうするの?と聞かれ、何も予定は無いと答えると、二家族合同で何かやろうよ、と誘われました。それなら面白そうだ、と同意し、企画を両家で持ち寄ることになりました。ところが妻と一緒にひとしきりアイディア出しを試みたのですが、さっぱり浮かびません。

「アパートのプールサイドに皆で座って、遠くで上がる花火の音を楽しむってのはどう?」

という苦し紛れの提案を、

「本気で言ってるんじゃないわよね?」

と、身も凍るような冷たい目で却下する妻。あんたの発想力はその程度なの?という「見下し感」がビンビン伝わって来ます。バブル期に日本で働いてた頃は、花見であれ月見であれ社員旅行であれ、後々語り草になるようなイベントを数々企画していた私。あの頃のクリエイティビティもエネルギーも、今じゃすっかり枯れちゃったみたい。貧すれば鈍する、ということか…。

金曜の朝、マイケルから電話がありました。

「今朝目が覚めてふと思い出したんだけど、シェラトンホテルのポイントが貯まってるんだ。」

ワイン商の彼は出張が多く、ホテルチェーンやエアラインのポイントをごっそり持っているのです。

「そのポイントを使って、マリーナにあるシェラトンに部屋をとってみたんだ。これなら花火の後、渋滞の中を運転せずに済むし、心置きなく飲めるでしょ。ホテルにはプールやバレーボールコートもあるし、その気になれば、カヤックやパドルボードもレンタル出来る。夕方5時からは、港に面した芝生のガーデンでバーベキューもあるんだ。そこでそのまま、9時に港で打ち上がる花火を楽しめるみたいなんだけど、どう思う?」

どう思うもなにも、文句なしに素晴らしいアイディアじゃないか!うちにもシェラトンのポイントがあるのに、ちっとも思いつかなかったぞ。

二つ返事で企画に乗っかり、車を連ねてお昼前にホテルへ到着。チェックインの後、ヨットハーバーに面した芝生のバレーボールコートの隅にシートを敷き、弁当を拡げました。マイケルはここにさっさと赤いパラソルを立てて日陰を作り、紙袋に包んでこっそり持ち込んだ冷たいビン入り飲料をグラスに注ぎます。皆で乾杯の後、おにぎり、スパゲティ・ナポリタン、よく冷えたスイカなどを食べつつ談笑。子供たちはすぐに食事を終え、サッカーボールを蹴りながら芝生を駆け回ります。

その後、一旦ホテルの部屋に引き上げ、夕方5時にはマイケルと二人、くつろぐ家族を残して中庭へ場所取りに出かけました。彩度の高いブルーのクロスがかかったテーブルが何十台も並べられ、高級ビアガーデンのようなセッティング。座ったまま花火が鑑賞できそうなテーブルを選んで椅子に荷物を置き、特等席をガッチリ確保。海からの涼風を感じつつ、二人でグラス片手に乾き物を口に放り込んでいると、特設ステージでバンドの演奏が始まりました。ギターを提げた女性ボーカルにサイドギター、ベース、それにドラムというシンプルな構成。エリック・クラプトン、ポリス、サイモン&ガーファンクル、グレイトフル・デッドといった、アメリカ人なら誰でも知ってるけど歌詞は完璧には覚えてないぞ、というタイプの、絶妙な選曲のヒットメドレーを奏でます。

そのうち、誘蛾灯に引き寄せられる昆虫のように、三歳くらいの小さな子供が一人、また一人とステージ前に集まって来ました。親たちが遠巻きに見守る中、ちびっこたちはそのうち音楽に合わせて腰を振って踊ったり、おぼつかない足取りで追いかけっこをしたりし始めました。そこにいる誰もが笑顔。なんてシアワセな雰囲気なんだろう!

マイケルとの付き合いはもう10年近くになるけど、この男の「イベントのクオリティを追求し続ける姿勢」には頭が下がります。昨秋のワイナリーツアーも傑作企画だったけど、今回も彼のお蔭でこの上なく楽しい独立記念日になったなあ、とあらためて感動する私でした。

とその時、中国系の男の子がふらふらっとやって来て、我々のすぐ脇にいた金髪の男の子が持っていたボールを奪い取ろうとしました。一瞬、緊張が走ります。すると双方の親がそれぞれの子供に何か耳打ちし、金髪の方がボールを差出し、中国系がそれを受け取り、二人が一緒に遊び始めました。そこへもう一人アジア系の子供が加わって、三人のちびっこ達は楽しげにボールを追いかけて走り始めました。

“That’s all it takes.”

一部始終を見守っていたマイケルが、そうコメントして微笑みました。直訳すれば、「それに必要(it takes)なのはそれが全てだ(That’s all)。」という意味ですが、彼が言いたかったのは、要するにこういうことですね。

“That’s all it takes.”
「たったそれだけで全て解決だ。」

一緒にボールで遊ぼうよという簡単なジェスチャーひとつで、袋小路のように見えていた状況があっさり解決した。一見難しく思える問題も、心を開いてちょっと考えれば、実は割と簡単な解決策が転がっているものなんだ、というメッセージですね。「独立記念日をどう楽しく過ごすか」という難問だって、マイケルは苦も無く解決したのです。

そうだ、目の前に現れる問題が常に難しいわけじゃないんだ。いつの頃か私は怠惰になり、「心を開いてもうちょっとだけ考えてみる」努力を放棄していたのだ、とようやく気付かされたのでした。

港で花火大会がある。
これを楽しめる絶好のポイントは、当然港に面した場所。
そんな場所で渋滞や人混みに巻き込まれず花火を鑑賞するには?
そうだ、港に面したホテルに泊まっちゃえばいいんだ!

ちょっと辛坊して考えれば、これくらいの結論はさほどの苦も無く得られたはずです。

That’s all it takes!

よし、これからは良いアイディアが出るまで考え抜くぞ、と自分に誓ったのでした。

陽も落ちて、いよいよ花火が始まるぞ、という興奮が周囲にみなぎり始めた頃、マイケルが再び動き始めました。荷物を抱えて芝生を横切り、ホテルの敷地と歩道との境界ギリギリに椅子を並べ始めます。え?せっかくこんなに良い席を確保したのに、まだ移動するの?と驚く私。しかし結果、これが吉と出ました。木々に視界を遮られることなく、港内の四カ所から上がる花火を一望出来たのです。決して現状に満足することなく改善を続けるマイケルの姿勢のお蔭。感謝を超えて、尊敬の念を新たにしたのでした。

後で妻から聞いたところによると、マイケルの奥さんは、ギリギリのタイミングで場所移動を始めた夫に対し、

「ねえ、ちょっと落ち着いたら?」

とたしなめていたそうです。配偶者というのは、連れ合いにキビシイなあ。


2015年7月3日金曜日

Badass  バッドアス

先週の水曜。サンフランシスコの大物、アレクサンドラからメールが届きました。

「沢山の人から推薦があったんだけど、本社の新しいポジションに応募してみたら?」

現在、個々に独立して使用されている複数のプロジェクトマネジメント関連ツールを束ねて一つのプログラムに統合する動きが進んでいる。これを統括し、更には各国の支社を巡ってトレーナーを養成するためのトレーナーを探しているというのです。PM経験とトレーニング経験の両方が重視されているのだと。おお、これは面白そうだ。

「窓口はロスのジェニファーだから、連絡してみて。」

さっそくジェニファーにメールを送って「興味あり」と伝えたところ、大至急履歴書を送ってくれ、とのこと。応募者との面接を進めている最中だから、と。え?こんなキワモノの仕事に応募する人がそんなに大勢いるの?と心底驚く私。自分ひとりしか名乗り出ないんじゃないか、と高を括っていたのです。

今週の火曜日、ジェニファーとの電話面接がありました。技能、経験面での条件をクリアしていることを確認すると、彼女がこう言いました。

「今、候補者を絞り込んでるところなの。あなたは最終候補の一人よ。でも話を進める前に、大事な条件を言っておくわね。これから半年以上、ほとんど家に帰れないわよ。オーストラリアに一カ月行ったと思ったら一旦戻って、次に中東に一カ月、その後はニュージーランドに一カ月、という風に、長期出張の連続なの。これ、大丈夫?」

職務内容に「出張が多い」とは書いてあったけど、そこまでとは予想していませんでした。

「そりゃまた極端な条件ですね。」

今の仕事と掛け持ち出来るような内容だったらいいな、と甘い期待をしていた私。これは間違いなく、完全な本腰を要求されています。

「妻子ある自分のような人間には、大きな負担になりますね。何か特別手当とか、給料アップなどはあるんですか?」

思い切って尋ねる私。数秒言い淀んでから、ジェニファーがこう返します。

「これは人気のポジションなの。報酬面でのメリットは期待しない方がいいわ。」

期間は約一年。任務終了後のポジションについては、何の保証もありません。しかも、プロジェクトマネジメントのトレーナーというよりは、プログラム使用法の説明をする役割みたい。今の仕事で充分幸せな私にとって、一切合財投げ捨てて乗り換える船としては、いささか不安です。家族とも相談した結果、丁重に辞退しました。

昨日の昼休み。キッチンで弁当箱を洗いながら、若い同僚のジェイソンに顛末を話しました。

「本当に何人も候補者がいるのか、疑わしいな。海外出張したい奴なんて山ほどいるだろうけど、本当に教える技術のある人間は限られてるはずだよ。」

と不審顔のジェイソン。新婚の彼は、奥さんと付き合っている頃から毎年のように世界中を旅しています。来月は、ノルウェーから東欧まで巡る旅を予定しています。

「ま、俺だったらそこんとこは誤魔化して引き受けちゃうけどね。」

ここで彼が発した次の一言に、箸を拭く手が止まりました。

 “And I’d travel around the world like a badass.”
「そんでバッドアスみたいに世界中を旅して回るんだ。」

バッドアス(badass)?

「ちょっと待って。最後に何て言ったの?」

「ん?何が?」

「バッドアス(「ベダス」と聞こえます)とか何とか言わなかった?それどういう意味?」

文字通り訳せば、「悪いケツ」。何でそんなネガティブな言葉がここで登場するのか分からなかったのです。

「ああ、それはスーパークールっていう意味だよ。」

え?なんで?彼によれば、もともとは悪者を指す言葉だったのが、いつの頃からか反対の意味で使われるようになったのだと。う~ん、納得できないなあ。

「ワルの要素を含んでるの?」

「いや、ワルの要素ゼロでも使われるよ。」

そこへ、ランチを終えてさっきから自分の食器を洗っていたバーバラが参入します。

“I swam with a whale shark. That was a badass experience.”
「ジンベイザメと一緒に泳いだのは、バッドアスな体験だったわ。」

彼女は先月休みを取って、メキシコでボランティア活動に従事しました。その際、巨大なジンベイザメと一緒に泳ぐという稀有な体験をしたのです。この時の映像を、先日皆に披露してくれました。

「スーパークールって意味だけど、勇気ある行動だったっていう含みがあるわね。かなり恐かったもん。」

「おお、なるほど。」

「勇敢さは確かに大事な要素だね。つまりbadassは、スーパークールでタフな奴を指すんだ。」

とジェイソン。

Baddass
スーパークール・タフガイ

ぴったりした日本語が見つからないので、英語を英語で訳すという愚を犯すしかありません。それにしても、ワルの要素を抜きにしてるのにワルと呼ぶところが、どうも腑に落ちません。

「まだちょっとピンと来ないけど、なんかいい感じだねえ。僕もbadass になりたいよ。」

そう私が言うと、ジェイソンとバーバラが同時にこう返しました。

“You already are!”
「もうなってるじゃん!」

え?そうなの?どうも有難う、と答える私。

なんか、褒められたのかどうか分かりにくい…。