2014年5月28日水曜日

Vanishing Act 雲隠れ

数か月前、オレンジ支社のランチルームで同僚のジャネットと話していた時、彼女が最近夢中になっているJodi Picoult (ジョディ・ピコー)という作家の話題になりました。

「すご~く深いのよ。彼女の小説って、普遍的だけど簡単に白黒つけられないような難しい問題を扱ってるの。」

切なくて苦しくて、読み終わった後も暫く打ちひしがれちゃうような物語ばかりなんだと。

「へえ。それは面白そうだねえ。僕もその手の話、好きなんだよね。」

うっかり興味を示したところ、彼女は翌週私のところへやってきて、

「これ貸してあげる。きっと気に入るわ。」

と、それぞれ厚さ5センチほどもあるペーパーバックを三冊、どさっと手渡しました。

The Pact
Perfect Match
Vanishing Acts

三冊中、Vanishing Acts というタイトルが妙に気になりました。Vanishing(忽然と姿をくらます)Acts(行為)。どんな話だろう?こういう謎めいたタイトルに弱いんだよなあ。

有難うと笑って受け取った私ですが、しまった、やっちまった、と内心大いに悔やみました。英語の小説読むのは、時間かかるんだよなあ。ちゃんと読めるかな?

予想通り、三冊のペーパーバックは一頁もめくられることなく私の本棚で数か月間眠ることになりました。オレンジ支社に出張し、ジャネットと出くわす度に、一言の感想も述べられないことが心苦しく、このままではストレス源になってしまうということで、先々週、遂に打開策を絞り出しました。

「ごめん。一冊も読めなかったけど、とりあえず全部返すね。図書館でCD本を借りることにするよ。ドライブする時に聴いてみる。」

その翌週火曜日の夕方、帰宅して家族と一緒にアパートのプールサイドで過ごしていたところ、iPhone に同僚ジムからメールが入ります。

「今日、解雇された。これまで一緒に仕事出来て楽しかったよ。有難う。」

妻の目の前で、みるみる元気を失っていく私。ここ数か月、彼の仕事量が減っていたことは知っていましたが、まさかクビになるとは思ってもいませんでした。

翌朝、オレンジ支社の緊急マネジメント会議がありました。電話越しに、ジムは二十人近い解雇者の一人であるという説明がありました。ジャネットの名も、リストに入っていました。反射的に、「ああ、本返しておいてよかった。」と思っている自分に気が付いて、複雑な気分になりました。

ジムのオフィスに行ってみると、室内が綺麗に片づけられ、部屋の入り口にあった名札も取り去られていました。まるで彼の存在が、唐突にこの世から掻き消されてしまったかのように。オレンジ支社では、ジャネットのオフィスもきっとこんな風にからっぽになってるんだろうな


やるせない午後でした。

2014年5月24日土曜日

Used-Car Salesman 中古車セールスマン

私の働く会社は、サンディエゴ郡内に三つの支社を構えています。これらを統合する動きは数年前からあったのですが、遂に今年の11月、ダウンタウンの高層オフィスビルに引っ越すことが決定しました。現在ダウンタウンの支社で働いている者にはわずか数百メートルほどの移動ですが、郊外の二支社にとっては極端な勤務条件変更。通勤時間は増大し、駐車にかかる出費も嵩みます。更には個室を奪われ、「オープン・オフィス」なるものに放り出される。こんなひどい話があるか、と不満の声があちこちから聞こえて来ます。

火曜日のランチタイムには、引っ越し先のビルの大会議室へ三支社の社員が招集されました。新オフィスのレイアウトや設備に関する説明会が催されたのです。当日の朝、総務のヘザーが皆に一斉メールを送ります。

「今回の引っ越しを指揮している上層部の人たちと直接話が出来る、またとないチャンスです。忌憚なく意見を言いましょう。」

すかさず若手の同僚ジェイソンが、

War paint (インディアンが出陣の際に施す化粧用の絵の具)が欲しい人は俺のオフィスに来てくれ。」

と冗談メールで返します。

「プライバシーの心配をする人もいるだろうけど、それは大丈夫だよ。対面する社員との間にはコンピュータのモニターがあって視界を遮るわけだし、集中していれば、周りの話し声もそのうちホワイト・ノイズに変わるから。」

引っ越しの指揮を執っているA氏が、笑顔で話します。

「どの窓からも、絶景が拝めるんだ。特に西側のオーシャン・ビューは最高だぞ。」

「他の社員とのコミュニケーション時間が増して、コラボレーションの機会が生まれるんだ。これは画期的なことだよ。」

You’re gonna love it! (絶対気に入るって!)」

翌日、同僚たちに説明会の感想を聞いてみました。ほぼ全員が、

「おためごかしを言いやがって。コスト削減の話なんかほとんど出なかったじゃないか。正直に本音を明かせってんだ!」

という不信の反応。同僚リチャードとジェイソンと話した時には、こんな言葉が飛び出しました。

“That guy sounded like a used-car salesman.”
「あいつは中古車セールスマンみたいだったよな。」

これは時々耳にする言い回しですが、明らかにネガティブな意味合いです。私も渡米してから何度か自家用車の売り買いをしていますが、中古車セールスマンの手練手管はなかなかのもの。買い替えを上手に勧めながら難癖をつけてえげつない下取り価格を提示したり、ちょっと上司と話して来ると一旦引っ込んでから、「今回限りという条件でビッグ・ディスカウントを認めてもらったよ。人には絶対言わないでよね。」と興奮を装って戻って来る、など。職業に貴賤は無いと言いますが、「憧れの職業」ランキングに食い込むのは難しいでしょう。

さて、我が家の話。主に妻が運転しているトヨタRav4(2007年型)の走行距離が、下取り価格が急落するという10万マイルに近づいているので、買い替えを考えて中古車センターを回っています。二、三年落ちのRav4一本に絞って探しているのですが、「見た目が大事」な彼女のお眼鏡に叶う色がなかなか見つからない。大好きなネイビーブルーは、ここ数年Rav4に採用されていないようなのです。最近使われているシルバーも、灰色がかったブルーも、イマイチ響かない。

水曜の夕方、家族で出向いた先の中古車ディーラーで、エリックという若手のセールスマンが対応してくれました。あまりグイグイ押して来ないし、見え透いた駆け引きも使ってきません。何となく拍子抜けしつつ何台か見て回ったところ、帰る間際になって、

「ちょっと待って下さい。うちのマネジャーを呼んで来ます。私がちゃんと接客していた、と言ってもらえます?」

と引き止めます。いいですよ、と待っていたら、でっぷり太ったアラブ系の中年男が現れました。レンズに薄く色のついたメガネ、グリースをタップリ塗り込んだオールバックの髪。更には、ハクション大魔王みたいなナマズひげまで蓄えています。なんなんだ、このインチキくさい面構えは?ほとんどコントの扮装じゃないか。

我々夫婦と少し強めの握手をした後、張りのあるバリトンで強引なプッシュをかけて来るマネジャー氏。今日見た車のどこが気に入らないのか?この場でディールを纏めるためには、何をおつけすれば良いか?超低利のローンはいかが?

“How can I make you happy?”
「どうしたらお二人をハッピーに出来ますかね?」

と満面に笑みを浮かべる中年男を、

「色をネイビーブルーに変えてもらえます?」

と言って黙らせる妻。

帰宅してから、Used-Car Salesman という言葉をあらためて調べてみました。
オックスフォード・ラーナーズ・ディクショナリーに出ていたのが、この例。

“The British television character Arthur Daley is regarded as a typical used-car salesman, i.e. confident and friendly, but dishonest and not very successful.”
「イギリスのテレビ・タレントであるアーサー・デイリーは、典型的な中古車セールスマンと言われている。自信たっぷりでフレンドリーであるが、不誠実であまり成功していない。」

う~ん、すごい悪口!


2014年5月19日月曜日

Stinky スティンキー

水曜の昼、職場のほぼ全員(40名近く)がレストラン「Godfather」に集合しました。この店には宴会用個室があり、コの字型に並べられたテーブルを囲むように着席。ちょうど真ん中の席に、IT担当のエレンが腰を下ろします。店のマネジャーと見られる蝶ネクタイ姿の中年男が、上機嫌で登場。

「ようこそ皆さん、今日は一体何のお祝いです?」

張りのあるバリトン。

「お祝いじゃないよ。」

と誰かが、やや硬い口調でぶっきらぼうに返します。

「とすると、お葬式か何か?」

と、呑気にボケるマネジャー。

「近いかもね。」

また誰かが冷やかに答えます。

そう、これはエレンの送別ランチなのです。会社がITグループを根こそぎ解雇して、今後のITサポートは別会社に委託するという、いわゆる「アウトソース」を断行したのです。各オフィスのIT社員が、漏れなく今週一杯で職を解かれることになりました。

「うちのビジネスを全く理解していないよそ者コンピュータおたく達に、一体どんなクオリティのサービスを期待できるっていうのかね。」

そんな不安と不満が、職場に蔓延しています。高速道路設計に使う特殊なソフトウェアを今すぐカスタマイズしてインストールしてくれ、などという緊急のリクエストに、そんな連中が迅速に対応出来るとは到底思えない、と。

ランチが終わると、何人もの社員が次々にスピーチを買って出て、エレンの提供して来たサービスがどれほど我々の仕事を助けてくれたかを説明し、感謝の気持ちを述べました。古参社員のジムが、しみじみと語ります。

「僕が新入社員だった頃、そう、まだMS-DOSの時代だった。コンピュータは今ほどユーザーフレンドリーじゃなかったんだ。エレンがいなかったら、僕の仕事は全然進まなかっただろうな。」

四半世紀以上の間、毎日オフィスの廊下をパタパタと駆け回って緊急のヘルプ要請に素早く対応して来たエレン。今後は「火急のリクエストには24時間以内、それ以外は5日以内に対応します。」というレベルにITサービスのクオリティが下がるという噂も聞きました。

ジムが続けます。

Garbage Truck (ゴミ収集トラック)を想像してみてくれ。普段僕らは、そのことを全く意識しないで生活してるだろ。でも、街からGarbage Truck が消えたらどうなる?」

ここで大ベテラン社員のマイクが、

「おいおい、何が言いたいんだ?エレンがゴミ収集車だっていうのか?」

と茶化します。ジムがさっと顔を赤らめ、

「そうじゃないよ。僕が言いたいのはさ、」

“Things are going to be stinky.”
「色々スティンキーになるだろうってことさ。」

スティンキーは「臭う」という意味。文字通り解釈すれば、「ゴミ収集車が消えた途端に街が臭い始める」ということですね。後で同僚サラに、

「スティンキーってさ、臭うっていう他に、不快っていう意味もあったよね。」

と確認しました。

「そうよ。つまりジムが言いたかったのは、エレンが去った途端に不快な問題が続々と発生するだろうってことよね。」

送別会の最後に、畳んだ紙を一枚ハンドバッグから取り出して立ち上がるエレン。The ten things I won’t miss(もう拘わらずに済むのでほっとしていることトップ10)」というやや皮肉なコメントを発表して、仲間をたっぷり笑わせます。それから、皆のこれまでの友情に対する感謝の気持ちを述べました。


まだ次の仕事が見つかっていないという、シングルマザーの彼女。皆、やり切れない表情でレストランを後にしたのでした。

2014年5月15日木曜日

Brown Noser 鼻の茶色い人?

昨日の夕方、若い同僚のジェイソンが私のオフィスに顔を出したので、

「どうしたの?日中姿を見なかったけど。」

と尋ねました。

「ロスの本社で、メンター(Mentor)プログラムに出席してたんだ。」

「え?何それ?」

若い社員がベテラン社員に会い、プロとしての心構えとかキャリア形成に関するアドバイスなどを頂く機会を与えよう、という目的で始まった試みだとのこと。うちの会社がそんなことをしてるなんて初耳でした。

「会うって言ってもテレビ会議で話を聞くだけだし、こっちの出席者は8人いるから、個別に相談することは出来ないんだ。」

私の元大ボスのジョエルも、そのベテラン陣に名を連ねていたらしい。

「こういうのはさ、本来あんまり大げさに仕込むものじゃないと思うんだよね。ベイカーズフィールド支社にいた頃は、毎日のようにベテランと話す機会があったから、無意識に色々吸収出来てたもん。ま、やらないよりはましだけど、そもそもこういうプログラムの必要性を感じること自体がヤバいんじゃないかな。」

とジェイソン。会社がギリギリまで人減らしを続けた結果、社員は毎日忙殺されていて、同僚と世間話をする時間もありません。わざわざこうして時間と場所を確保しないと、先輩社員の話を聞くチャンスも無いなんて、確かにおかしな話です。

「参加者の中に、異常にハイな奴がいてさあ。」

とジェイソン。

「うちの会社は素晴らしい、こんなすごいプログラムを提供してくれるなんて本当に有りがたい、なんてことを臆面もなく言うんだよ。最後に何か、今回の企画に対する苦言のようなものはありますか、みたいな質問をされた時だって、課題があるとすれば、今日ここで自分が受けた恩をどういう形でお返しすれば良いか分からないということです、なんて言いやがるんだぜ。」

「うわあ、それは鬱陶しいね。」

「そこまで行くと、Disingenuous(不誠実)でしょ。Butt Kisser とかBrown Noserって表現知ってる?まさにあの男のためにあるような言葉だね。」

Butt Kisser は知ってるよ。」

人のお尻(butt)にキスする人、つまりおべっか使いですね。

Brown Noser は初耳だな。どういう意味?」

文字通り訳せば、「茶色い(brown)鼻の人(noser)」です。

「同じ意味だよ。」

「でも、なんで鼻が茶色いとおべっか使いになるの?」

「う~ん、それは分からないなあ。」

ジェイソンが言い終わらぬうちに、私のコンピュータ画面に検索結果が出ました。

「人のお尻にキスをすると、うんこがついて鼻が茶色くなるというのが語源」

とあります。

「ええ?そうだったの?知らなかった!」

仰天してから激しく笑うジェイソン。

誰かから理不尽な要求を受けた時などに、

“Kiss my ass!"

と乱暴に対応する場面を映画で見た記憶があります。文字通り訳せば、「俺のケツにキスしろ」ですが、意味は「ふざけんな!」とか「嫌なこった!」ですね。他人の尻にキスなんて普通は誰もしたがらないという前提で考えれば、このセリフの攻撃力は何となく理解できます。Ass Kisser とかButt Kisserというのは、プライドのある人なら絶対やらないようなことまでして他人に取り入る人間を指すのでしょう。


この「尻にキスする」表現、過去に何度も見聞きして来ました。実は今日までずっと、お尻の「ほっぺた」部分にキスするイメージを抱いていたので、僕はそんなに抵抗ないけどないなあ、とこっそり思ってたんです。相手によるじゃないか、と。でも、このBrown Noser の語源を知った途端にハードルが跳ね上がりました。唇は、お尻の中心深くに向かってたのね…。

2014年5月8日木曜日

ユタかなセイ活

どうせモンタナまで行くのなら、ユタ州にも寄ってトレーニングやってくれないか、と元大ボスのジョエルに頼まれたので、サンディという街へ行って来ました。

冬季オリンピックでその名を知られたソルトレークシティから30分ほど南に走ったところにある、静かで小さな街。こんなところにも、我が社の支社があったのです。社員わずか8人のサテライトオフィス。

出発前のある日、ユタ州出身の同僚ジムをつかまえて取材しました。

「事前に知っておくべきことは何かない?ユタに行くのは初めてなんだ。何かタブーみたいなのある?」

人口の大半をモルモン教徒が占めているそうなので、自分の発言で誰かを怒らせたり傷つけたりする可能性を考えて、怖くなったのです。

「大丈夫。特にないよ。みんなすごくフレンドリーで、いいところだよ。」

と、当り障りのないコメントのジム。その時、ちょうどオフィスを訪ねて来ていた奥さんのシェリーが、

「そこらじゅうに妊婦がわんさかいるわよ。」

と真面目な顔で言いました。冗談かと思って笑うと、ジムが苦笑いしながら、

“You’re stereotyping us, but that’s true.”
「勝手に決めつけてくれるよな。当たってるけど。」

と返したので、びっくり。

「ユタ州は子だくさんで有名なんだよ。家族をとても大事にするカルチャーがあるからね。」

土曜日の午後、モンタナを発ってユタ入りしました。街を歩いてみたところ、妊婦はもとより、小さな子供の数がやたら多い。サンディから電車に乗ってソルトレークシティの中心地まで晩飯を食べに出かけたところ、車内がまるで小児科の待合室。赤ん坊の泣き声やら幼児が親を呼ぶ声などが飛び交っています。どのカップルも、ほぼ全員が3~4人以上の子連れ。なんだかしあわせ~な気持ちになりました。

週末を、雪を頂く山々に囲まれた緑の土地でのんびりと過ごし、明けて月曜日の朝。サンディ支社に到着し、トレーニングを開始しました。人数が少ないので、一対一のセッションを各一時間行います。昼になり、中堅エンジニアのチェットとランチに行きました。

「この週末からずっと、大家族ばかり目にしてるんだけど、これってユタでは普通なの?」

と尋ねる私。

「そうだよ。モルモン教では子だくさんを奨励してるんだ。うちにも6人いるし。」

「え?子供ろくにん?それは大変でしょ。」

「いやあ、楽しいよ。」

彼は、子供の送り迎えだけのために4時間費やす日もあると言います。それぞれが違うスポーツクラブに通っているので、試合のある日などは大忙しなのだと。

「なんとかなるもんだよ。僕の親友なんて12人いるしね。このへんじゃ、子供3~4人はごく普通だな。」

そうか、街で4人の子連れというパターンを何度も見かけたけど、あれって珍しくないんだ。日本のテレビで時々放送される「大家族奮闘記」みたいな番組をユタ州で流したとしても、人気出ないかも。

「生活が大変だからあまり子供を作らないようにするっていう考えは、我々から見ればセルフィッシュ(自己中心的)なんだよ。自己の繁栄よりも子孫の繁栄を重視するんだ。」

なるほどね。それは素晴らしい教義だなあ。

「でもさ、そんなに沢山子供をもうけるには、若いうちに結婚しなきゃいけないでしょ。」

「そうだよ。大学生の多くは既婚者だね。在学中に出産する人も少なくないし。」

ゲゲッ。合コンで王様ゲームにいそしむ間もなく結婚しちゃうんだ。そして即、量産態勢に突入!

「あのさ、変なこと聞くようだけどさ。」

初対面で、しかも宗教が絡んでる文脈でこんな不躾なことを尋ねて良いかどうか迷いましたが、ま、結構打ち解けたからいいか、と自分に言い聞かせつつ質問をぶつけます。

「ホテルの部屋に置いてあった地元の雑誌にさ、こんな記事があったんだ。」

ユタ州はインターネットのエロサイトへのアクセス数が全米一。

「子だくさんのイメージと、あの記事の内容とが噛み合わないんだよね。なんでエロサイトの需要がそんなに高いのか、理由分かる?」

チェットは顔色を変えず、

「ユタ州の人間が全員モルモン教徒ってわけじゃないからね。」

と静かに切り返します。おお、そう来たか。「うちの信者に限って」という反論でしょう。敬虔なモルモン教徒はポルノなんかに興味はない、と。

「我が家では18禁(Rated R)の映画やテレビ番組は見ないし、有害図書の類も避けてるね。」

「大学生くらいになって、身体の発育がピークに差し掛かっているような時でも、みんな我慢するの?」

「もちろんだよ。数年前に、地元大学のバスケットボールチームの花形選手が試合への出場を禁止される、という事件があってね。連戦連勝で優勝目前だったから、結構な話題になったんだ。」

「何をやらかしたの?」

「不純異性交遊だよ。結婚していないのに、女性と関係を持ったんだ。」

「ええっ?それで出場停止?もしかして、婚前交渉はタブーなの?」

「そりゃそうだよ。結婚してもいないのに、肉体関係を持つなんてとんでもないでしょ!」

ううむ。さっきの質問に対する答えが目の前に提示されているような気もするんだが、そんな突っ込みが出来る雰囲気じゃない…。

火曜日の朝、サンディエゴ支社に戻りました。再びユタ州出身の同僚ジムをつかまえます。

「奥さんが言ってたのは本当だったよ。大家族が街にうじゃうじゃいるし、どこへ行っても妊婦が目についた。」

「そうだろ。クリスマスカードと一緒に家族写真を送ってくる友達が大勢いるんだけど、どれもすごいよ。三世代で百人超え、という人もいるからね。」

まさに「ネズミ算式」ですね。

さらに「婚前交渉禁止」の話題を出したところ、彼が笑いながらこう言いました。

“That’s why I left!”
「だから僕は(故郷を)飛び出したんだよ!」

2014年5月3日土曜日

Magic City マジック・シティ

先月のデンバー出張中、同僚デニースからメールが届きました。

Billings でトレーニングやってくれない?私が頼まれたんだけど、これから数週間休暇を取るから、都合がつかないのよ。」

え?それどこ?Billingというのは、請求書 (bill) を発行する仕事。その業務担当者を集めてトレーニングしてくれってことかな?だったら、なんで畑違いの僕が?

さっそくデニースにメールで質問します。

「それ、どこのこと?」

彼女からの返信が、これ。

“Billings, Montana.”

え~?モンタナ?それってどのへんだっけ?すぐにグーグルマップをチェックしたところ、モンタナとはカナダとの国境沿いにある北国の州。ここに、Billings という名の街があるのです。うちの支社がそんなところにあるとは知りませんでした。

そんなわけで、モンタナ州ビリングス市に来ています。飛行機が着陸態勢に入った段階でさえ岩と緑だけの景色がどど~んと広がっていたので、牧場や畑の中にぽつんと建っている小屋みたいなオフィスをイメージしちゃいました。ところが、これがなかなかの街なんです。高層ビルの数は少ないものの、ダウンタウンにはオシャレな建物が並んでいます。ウィキペディアで調べたところ、ビリングスはモンタナで唯一、人口10万人を超える市。都市の発展の元となった鉄道会社の社長の名前を取って、ビリングス市としたそうです。

我が社のオフィスはダウンタウンの真ん中に立つ、小ぎれいな四階建てビルの三階。総勢わずか8人!

「今までこの支社には、誰もトレーニングに来てくれなかったんだよ。規模が小さすぎるからね。僕は今年移ってきたばかりだから例外だけど、みんな見様見真似でプロジェクトマネジメント・プログラムを使ってる。きちんと理解している人はいないと思うよ。」

と、勤続10年のマットが笑います。セントルイス支社から転勤して来たという彼に興味が湧いた私は、はるばるモンタナまで移ってきた理由を尋ねました。

「あっちじゃどんどん仕事がなくなってるからね。このままじゃジリ貧だ、と危機感が膨らんでね。一方この支社は拡大中で、今も二人雇おうとしてるんだ。ここにいれば、当分仕事にあぶれる心配はなさそうだよ。」

「石油関係のビジネスが好調なんだってね。ウィキペディアで見たけど。」

「うん。こんな小さな街だけど、景気はものすごくいいんだ。全米を襲った住宅バブル崩壊の影響も、全く受けなかったんだよ。それで、Magic City (マジックシティ)なんていう愛称までついてる。」

私の周りにも仕事量が減って困っている人が沢山いますが、はるかモンタナまで引っ越すなんていう発想あるかなあ?マットの勇気に感心しました。

さて、肝心のトレーニングは順調に終了。総務のジェニファーに、どこか晩飯食べるのにいい店ある?と尋ねたところ、お勧めリストを送ってくれました。さっそく昨晩、ちょうどホテルの目の前に立つWalkers という小ぎれいなバー&レストランに入ります。
カウンターに座ると、若い白人女性のバーテンダーが優しい笑顔で迎えてくれました。

「本日のスペシャルがありますけど、どうします?」

「それは聞きたいですね。」

彼女が紹介してくれた二つのスペシャル・メニューを選びあぐねていると、横にいた男性バーテンダーが、私は断然一つ目を推しますね、と口を挟みます。

「病みつきになるくらい美味いですよ。」

そんなに言うなら、と注文したのが、「鶏レバーのパテとザクロジャム」。

一口食べてみて、ぶったまげました。なんなんだこのウマさは!感動のあまり放心していたら、空席をひとつ挟んで右隣に座っていた女性客が、

「それ、何?」

と尋ねて来ました。一見して金持ちそうな、50代後半と見られる白人女性。映画の女優さんみたいに、一分の隙も無い化粧。さっきまで隣に座っていたお友達とみられる別の女性がトイレに立ったので、きっとヒマになったのでしょう。青い目に、興味津々といった表情が浮かんでいます。少ない語彙を駆使して美味しさを丁寧に説明してみましたが、なかなか伝わりません。

「ちょっと食べてみます?」

と冗談交じりに勧めると、

「そんな、いいわよいいわよ。」

とまともに断ります。私が笑い、彼女も笑います。これで打ち解け、二人で色んな話をしました。彼女がこの街のコンドミニアムに住んでいること、息子さんがサンフランシスコの近くで働いていること。私がトレーニングの講師としてビリングスに短期滞在していること、などなど。

「私、来週南カリフォルニアに遊びに行くの。」

「え?僕はサンディエゴから来たばかりなんですよ!」

南カリフォルニアとモンタナを繋ぐ長い二本の糸が、こんなところで重なった。マジカルな偶然に、ちょっと感動。そこへ彼女の友人が戻って来たので、会話は終わりました。

食事を終え、店を出てホテルに戻ろうとしていたら、ちょっと前に出て反対方向に歩いていた先ほどの婦人二人が、遠くから「バァ~イ!」と手を振ってくれました。

マジック・シティの素敵な夕暮れでした。