水曜の昼、職場のほぼ全員(40名近く)がレストラン「Godfather」に集合しました。この店には宴会用個室があり、コの字型に並べられたテーブルを囲むように着席。ちょうど真ん中の席に、IT担当のエレンが腰を下ろします。店のマネジャーと見られる蝶ネクタイ姿の中年男が、上機嫌で登場。
「ようこそ皆さん、今日は一体何のお祝いです?」
張りのあるバリトン。
「お祝いじゃないよ。」
と誰かが、やや硬い口調でぶっきらぼうに返します。
「とすると、お葬式か何か?」
と、呑気にボケるマネジャー。
「近いかもね。」
また誰かが冷やかに答えます。
そう、これはエレンの送別ランチなのです。会社がITグループを根こそぎ解雇して、今後のITサポートは別会社に委託するという、いわゆる「アウトソース」を断行したのです。各オフィスのIT社員が、漏れなく今週一杯で職を解かれることになりました。
「うちのビジネスを全く理解していないよそ者コンピュータおたく達に、一体どんなクオリティのサービスを期待できるっていうのかね。」
そんな不安と不満が、職場に蔓延しています。高速道路設計に使う特殊なソフトウェアを今すぐカスタマイズしてインストールしてくれ、などという緊急のリクエストに、そんな連中が迅速に対応出来るとは到底思えない、と。
ランチが終わると、何人もの社員が次々にスピーチを買って出て、エレンの提供して来たサービスがどれほど我々の仕事を助けてくれたかを説明し、感謝の気持ちを述べました。古参社員のジムが、しみじみと語ります。
「僕が新入社員だった頃、そう、まだMS-DOSの時代だった。コンピュータは今ほどユーザーフレンドリーじゃなかったんだ。エレンがいなかったら、僕の仕事は全然進まなかっただろうな。」
四半世紀以上の間、毎日オフィスの廊下をパタパタと駆け回って緊急のヘルプ要請に素早く対応して来たエレン。今後は「火急のリクエストには24時間以内、それ以外は5日以内に対応します。」というレベルにITサービスのクオリティが下がるという噂も聞きました。
ジムが続けます。
「Garbage Truck (ゴミ収集トラック)を想像してみてくれ。普段僕らは、そのことを全く意識しないで生活してるだろ。でも、街からGarbage
Truck が消えたらどうなる?」
ここで大ベテラン社員のマイクが、
「おいおい、何が言いたいんだ?エレンがゴミ収集車だっていうのか?」
と茶化します。ジムがさっと顔を赤らめ、
「そうじゃないよ。僕が言いたいのはさ、」
“Things are going to be stinky.”
「色々スティンキーになるだろうってことさ。」
スティンキーは「臭う」という意味。文字通り解釈すれば、「ゴミ収集車が消えた途端に街が臭い始める」ということですね。後で同僚サラに、
「スティンキーってさ、臭うっていう他に、不快っていう意味もあったよね。」
と確認しました。
「そうよ。つまりジムが言いたかったのは、エレンが去った途端に不快な問題が続々と発生するだろうってことよね。」
送別会の最後に、畳んだ紙を一枚ハンドバッグから取り出して立ち上がるエレン。「The ten things I won’t miss(もう拘わらずに済むのでほっとしていることトップ10)」というやや皮肉なコメントを発表して、仲間をたっぷり笑わせます。それから、皆のこれまでの友情に対する感謝の気持ちを述べました。
まだ次の仕事が見つかっていないという、シングルマザーの彼女。皆、やり切れない表情でレストランを後にしたのでした。
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