2015年8月26日水曜日

Safety Moment セーフティ・モーメント

先週水曜のランチタイムには、サンディエゴ支社のリーダーシップ会議がありました。開始とともに進行役のテリーが、

「誰かSafety Moment (セーフティ・モーメント)ある?皆が無ければ私、ネタあるんだけど。」

と、出席者の顔を覗き込むように見回しています。我が社には、どんな会議も必ずセーフティー・モーメントという安全行動喚起の話で始めなきゃならない、というルールがあります。出席者たちは、どうぞどうぞ、とテリーにトーク開始を促しました。彼女の口から飛び出したのが、こんなエピソード。

「カナダの女子大生が彼氏の運転でハイウェイをドライブ中に、両脚をダッシュボードの上に載せてうとうとしてたんだって。その車の前方で玉突き事故が起きて、彼氏がかけたブレーキは間に合わず、前を走ってたトラックに突っ込んじゃったのね。そしたらエアバッグが作動して女の子の両脚を撥ね飛ばしたもんだから、膝が自分の顔にめりこんじゃったんだって。」

会議参加者から、一斉に呻き声が漏れます。

「幸いにも一命はとりとめたんだけど、脳内出血を起こしたために障害が残ったの。それ以来、人格も変わっちゃったんだって。というわけで、助手席に座る時は必ず両脚を床におくべし!」

すると私の隣に着席していたスコットが、

「僕は運転中、絶対窓を開けないようにしているよ。」

と流れを引き継ぎます。数年前、彼は大きな自動車事故に遭ったのです。

「昔からの癖でね、いつも窓全開にして肘を出したまま運転してたんだよ。衝突事故で車が横転した時、身体はシートベルトで護られたんだけど、腕が車体と路面に挟まれちゃったんだ。」

スコットの味わった苦痛を思い、皆が一斉に呻きます。

「腕を失ってた可能性を考えれば、本当に自分はラッキーだったと思う。でもあれ以来、運転中はどんなことがあっても窓を開けないようにしてるんだ。」

すると総務のトレイシーが、

「ランディの弟の話、聞いたことある?」

と更に引っ張ります。ランディというのは、マーケティング部門の女性です。

「彼も横転事故に遭ったんだけど、その時サンルーフが全開だったのよ。」

この時点で出席者のほとんどが、先を見越して静かに悲鳴を上げました。

「上半身が屋根から飛び出した状態で車が回転しちゃったの。何十か所も複雑骨折したばかりか、複数個所で内臓破裂を起こしたんだって。あれから三年経つけど、完治は望めないって聞いたわ。」

会議室が静まり返ったその時、若手PMのマットが小さな声でこう言いました。

“Can we stop here?”
「もうやめない?」

「そうだそうだ」「本題に入ろう」と、みんな夢から醒めたように同意します。「安全行動の喚起」という目的は、充分に達成できたと思います。

実は私、最初のエピソードが頭からなかなか離れず、後でネットを調べてみました。事故当時この女性は22歳で、もうすぐ大学卒業、というタイミングだったそうです。女手ひとつで育てて来た彼女のお母さんは引退間近だったのですが、このことがあったお蔭で退職を先延ばしせざるを得なくなりました。医療費がかさみ、収入が必要になったのです。

「あの子はすっかり変わってしまいました。何の脈絡も無く突然怒り始めて私を罵倒したと思ったら、数秒後にはケロッと忘れちゃってるんです。まるで13歳に逆戻りしたみたい。」

こういう苦痛に満ちた生々しい体験談というのは聞いた人の頭に残りやすく、その後の行動に大きく影響すると思います。

昨日の朝は私のチームの定例電話会議があったので、この女子大生の話題をそのまんまセーフティ・モーメントに使うことに決めました。皆きっと震え上がるだろうなあ、とほくそ笑みながら。ところが喋り始めて数秒も経たないうちに、大きな失敗に気づきます。英語力不足のせいで、話がうまく組み立てられないのです。

「一気に膨らんだエアバックに撥ね飛ばされた脚が顔にめり込んで、失明は免れたものの、脳内出血が原因で後遺症が残った。」

これだけのストーリーを英語で再現するのが、想像を遥かに超える難しさだったのですね。単語をひとつひとつ絞り出すようにつっかえつっかえ喋ったものだから、この手のエピソードを語るのに重要な要素である「スピード感」が、全く伝わりません。

「エアバッグがね、その、すごいスピードで膨らんでね。そしたらさ、脚がさ、ほら、エアバッグに押されて持ち上がるでしょ。それでね。」

もうグダグダ。しまった、リハーサルしておくんだった!後悔先に立たず、です。

予定の二倍くらい時間をかけて何とか話し終わったものの、電話の向こうの出席者たちからは何の反応も返って来ません。ほお、とか、へえ、とか、うわぁ、とかも聞こえて来ない。何事も無かったかのように次の話題へ移る私でしたが、実は内心、この「しゃべり事故」の衝撃でかなり動揺していました。部下の前で、とんでもない醜態をさらしてしまった…。

というわけで、

「英語でとっておきの話がしたい時は、必ずリハしておくべし。」

苦痛に満ちた教訓でした。

2015年8月21日金曜日

Good Life グッドライフ

7月からテレビジャパンが流していたNHKスペシャルは、戦後70年の特集続きでした。初耳の情報がふんだんに盛り込まれていて、実に見応えがありました。特に沖縄でゲリラ戦に従事した少年兵たちの70年越しの証言には、胸が締め付けられる思いでした。

わずか14歳や15歳で「志願」させられ、本土防衛の楯となった少年たち。親しい友人たちがすぐ傍で次々と死んで行っても無感情のまま前進できるほど、徹底的に「玉砕精神」を叩きこまれた彼ら。そんな悲惨な話、今まで一度も聞いたことがありませんでした。語られていない歴史って、きっとまだまだあるのでしょう。

さて、我が家の愚息(13歳)は、来週から高校へ通い始めます(日本語補習校ではまだ中二なので、違和感が半端じゃない)。数か月前から、クラブ活動をどうするか、というテーマを家族で何度も話し合って来ました。彼の高校は規模が小さく、他校では定番メニューのブラスバンドもフットボール部も、はたまた野球部もサッカー部も無し。チョイスが極端に少ないため、ほっといたら帰宅部に落ち着いちゃうぞ、と我々夫婦は危機感を抱きます。ゲームと漫画漬けでお腹もぷっくりして来た彼に、

「何か運動した方がいいよ。」

「このままだと若年性糖尿病になっちゃうよ。」

と脅したりすかしたりの私達。

結局息子は、渋々ながら水球(Water Polo)部に仮入部することを決めました。子供の頃、水泳教室に何年か通っていたので、未経験でも何とかなるんじゃないかな?という甘い見通しのもと。滅茶苦茶キツい種目だと聞いていた我々夫婦は、「一日でギブアップするかもね」と、ハードルを膝丈まで下げてサポート体制を整えます。ひとつやっかいなのは、彼の学校にはプールが無いため、よその高校まで親が連れていかないといけないということ。

初日は妻の担当でした。渋滞のハイウェイを南下し、不案内な土地でようやくプールを見つけて連れて行ったところ、息子は更衣室に入ったきり消息を絶ちました。練習が始まって随分経っているのに、一向に出て来る気配が無い。痺れを切らした妻がその辺にいた男性に頼んで様子を見て行ってもらったところ、「裸になりたくない」と籠城しているとのこと。これにはブチ切れかけた妻。なっさけない!なんだ男のくせに!と。

冷静に考えてみれば、学校も始まっていないこのタイミングで、いきなり知らない集団の中で裸体をさらすのは容易じゃありません(僕でも抵抗あります)。プールで盛んに水しぶきを立てている上級生たちの多くは、まるでアバクロのモデルみたいに見事な逆三角形。そんなカッコマン達を前にして怖気づくなという方が無理かも。妻が顧問の先生に事情を話したところ、キャプテンらしい長身の男子ともう一人の生徒に指示し、更衣室へ向かわせました。「誰もが一度は通る道なんだ。大丈夫だよ、皆待ってるから出ておいでよ」、と優しく声をかけられ、ようやくプールサイドに姿を現した愚息。

他人の前に貧弱な身体をさらすことが彼のWorst Fear(最大の恐怖)なのだという説明を聞いた顧問の先生が、妻にぼそっとこう言ったそうです。

“If that’s his worst fear, he has had a good life.”
「それが彼にとっての最大の恐怖だというなら、彼はいい人生を送って来たんですね。」

それから二週間、週四回の練習にきっちり通い続けた彼の身体は、傍目にも違いが分かるくらい筋肉質に変貌して来ました。昨夜は、「水球、すっごく楽しいよ。ダイエットも簡単に出来ちゃったし。」と屈託なく微笑んでぺったんこのお腹を見せびらかす息子をソファに座らせ、一緒に「NHKスペシャル アニメドキュメント あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白」を鑑賞しました。

自分がどれほどグッドライフを送って来たか、ようやく実感したみたいです。


2015年8月12日水曜日

Albatross around neck 首に巻いたアルバトロス

大ボスのトラヴィスから、先月出席したワークショップで得た情報をリーダーシップ会議で解説してくれ、と頼まれたので、ロス支社から一緒に参加していたブライアンと共同で上層部の皆さんにプレゼンしました。ウェブを使った電話会議なので、私が作成した資料を喋りが達者なブライアンが説明し、私が適宜補足する、という形式。

プレゼン中盤、ブライアンがこんなことを言いました。

「これまでは、複数のツールに全く同じ内容を何度も書き込まなければいけませんでした。しかも、データベースとの交信に時間がかかるため、イライラしながら待つのがすっかりPMの日常となっています。」

そして、こんな表現をぶちこんで来たのです。

“This has been a big albatross.”
「これはでっかいアルバトロスです。」

え?今なんて言った?アルバトロス?急いでノートに書き留める私。日本語では「アホウドリ」だよな。これって、ゴルフ用語じゃない?パーよりも三打少なくホールアウトするというスーパープレイのことでしょ。そんなポジティブなフレーズを、こんな、ちょっと嫌な場面で使うとは…。

会議は無事終了し、さっそくネットをチェック。なんと、意味は「burden(重荷)」だとあります。ええ?なんで?更に調査を進めると、

A big albatross around one’s neck(首に巻いたアホウドリ)

というのが元のフレーズらしく、サミュエル・テイラー・コールリッジという人の詩が語源と見られているそうです。

船乗りが罪も無いアホウドリを撃ち殺したのを仲間が咎め、罰としてその死骸を首に巻かせた、というストーリー。色々調べたところ、昔のアホウドリは無防備なまでに友好的で、人間が近寄っても逃げないので簡単に仕留められたのだとか。

鳥の死骸を首に巻くなんて、暗い語源だなあ。そんなビジュアルイメージがあったら、使いにくいじゃないか。それにしても、ゴルフでは超ポジティブな用語が、こんなにネガティヴな意味で使われるとは…。あまりにも両極端なので、もう一方の訳に引っ張られてイマイチ呑み込めません。残念ながら、このフレーズは自分のものに出来そうも無いな、と半ば諦めました。

念のため、同僚ステヴを訪ねて解説を依頼します。

「単に重荷と言いたいなら、burdenでいいじゃん。アルバトロスという言葉を使うからには、何か特別な意味合いがあるはずだよね。」

と詰め寄る私。

「う~ん。確かにね。」

「教えてよ。何が違うの?アルバトロスってどういう時に使うの?このままだと、知ってるけど一生使えないフレーズになっちゃうよ。」

「たとえばさ、」

数秒考えて、ステヴがこんなエピソードを語り出しました。

「僕のプロジェクトは一年前に終わってるんだけど、クライアントからの支払が遅れているためにまだ閉じられないでいるんだ。うちの上層部は、最終予測コストを更新して毎月レポートを提出しろと言ってくる。もう終わってるんだから最終予測コストは金輪際変わらないって何度も説明してるんだけど、それでも提出を要求してくるから、もうすっかり諦めて、無意味なレポートを毎月書いてる。これ、アルバトロスだよ。」

「おお~、それなら分かる。ちょうど僕もその手のレポートを出して来たところだから。」

「つまりね、prolonged(長引いていて)、annoying(不快で)、ridiculousな重荷 (burden) を指すんだよ。」

ここで、はっと気づく私。最後の ridiculous は、「アホくさい」と訳せるじゃあ~りませんか!

アホウドリを首に巻いた姿の「アホくささ」。

つながった!

新しいフレーズが自分のモノになる瞬間を体験した午後でした。


2015年8月8日土曜日

Jack of all trades は褒め言葉か?

水曜はロングビーチ支社へ出向き、トレーニングの講師をしました。タイトルは、

“How to make your Excel work five times faster.”
「エクセル仕事を5倍速くする方法」。

そもそもは、この支社で働くイラン出身の同僚ファラネーから、

「うちの若い社員たちに、エクセルの基礎講座やってくれないかな?」

と言われたのがきっかけ。会社公認ではないこういうゲリラ的トレーニングを、私は過去何年も、ほぼ趣味的にやってきました。インフォメーション・デザインやスケジューリングなどがその題材例。今回は総勢20名ほどの出席者を、朝7時からと午後1時からの二回に分けての講演。クールなエクセル・ショートカットキーの数々を一時間かけて紹介し、好評を頂きました。

午後の部が終わり、コーヒーを飲もうとキッチンに入ったところ、総務のミシェルと会いました。

「すごく勉強になったわ、有難う!」

「どういたしまして。最近どう?忙しい?」

「忙しいなんてもんじゃないわよ。4年も一緒に働いて来た相棒が辞めちゃって、彼女の仕事も引き受ける破目になったから、もう大変。」

「それはキツイね。でも、そういう時こそ新しいスキルを身に着けるチャンスかもよ。」

「その通り。」

ミシェルはそう明るく答えると、

“Now I’m Jane of all trades.”
「今じゃ私、オール・トレードのジェーンよ。」

とキメました。

「え?ジャック(Jack)じゃなくて?」

と私。

「ジャックじゃないもん、あたし。」

と笑うミシェル。自分は女だから、名前の部分はジェーンにすげ替えた、というわけ。

Jack of all trades というのは、もともと「Jack of all trades, master of none」というフレーズの上の句です。Trade(トレード)は「貿易」の他に、「(手先の熟練を要求される)仕事」という意味があるため、これは「あらゆる仕事を器用にこなせる人」というポジティブな言葉。そこに「master of none」が加わると、「どの仕事においてもマスターのレベルには至っていないが」という但し書きが付く格好となり、全体として「何でも屋」とか「器用貧乏」と、若干卑下した表現に落ち着くのです。(ジャックというのは男性一般を示す名称で、「太郎」などと同様の役割で使われます。)

以前から私は、このフレーズに異様な親近感を持っていました。「押し出しの強さ」を美徳とする現代アメリカ社会にあって、この謙虚さはハッとするほど日本的だと思うのです。

と、ここで、「Jack of all trades, master of none も、上の句で止めたらただの自慢になるのかな?」という疑問が芽生えます。サンディエゴに戻って、さっそく同僚ステヴに尋ねてみました。

「そうだね、あえて下の句を言わなければ、自慢と受け取られるね。」

「なんだ、じゃあミシェルは、自分の多才ぶりを単純に自慢してたってわけか。」

「そうだと思うよ。」

「なんだかさ、アメリカ人一般の自己評価の高さって、ちょっと違和感あるんだよね。日本人だったらこういう場合、ほぼ間違いなく下の句を添えて来ると思うんだ。人前で平然と自分のことを褒めるって、ほとんどの日本人は抵抗あると思うよ。」

日本への留学経験があるステヴは、両国の文化の違いをしっかり把握しています。

「日本じゃ、全体の調和のために個人が主張を差し控えることが美徳として捉えられてるからね。」

とまとめるステヴ。

「そう、それそれ。ほらちょうど今、年次業績評価のシーズンでしょ。まずは自分で自分を褒めちぎるところからスタートして、そこへ上司が評価を加える、というプロセスじゃない。このやり方が、僕には未だに馴染めないんだよね。」

ステヴは頷きながら微笑んでいます。

「これ、うちの会社だけじゃなく、アメリカ一般の流儀だと思う?」

と私。

「うん、そう思うよ。」

とステヴ。

部下のひとりで、現在向かい合わせの席に座っているシャノンに、この話題をぶつけてみました。

「私も自己主張が強いことを下品と考える家庭で育ったから、このプロセスは本当に辛いの。」

「ええ?そうなの?」

「業績評価なんて、そばで仕事ぶりを見ている上司がしてくれれば済む話だと思うのよね。なんで社員一人一人が自分の凄さについて書かされなきゃいけないのかな、って不思議。そう感じてるの、私だけじゃないと思うわよ。」

今の業績評価システムを、アメリカ人社員の誰も彼もが違和感なく受け入れているわけじゃないんだ、というのは新鮮な驚きでした。でもよくよく考えたら、上司が部下の仕事ぶりをどれだけ見ているか、という点については大いに疑問です。少なくともうちのボスとは月に一度世間話をする程度で、仕事に関しては完全に野放し状態。業務が専門化、細分化している組織では、専門分野の異なる上司が部下それぞれの日々の仕事ぶりをどれだけきっちり理解出来ているか怪しいところ。今の業績評価制度は、個人に自分の業績を説明するチャンスを与えているという点で、むしろ公正なのかもしれません。

先月、5人の部下たちとそれぞれ個人面談をし、

「過去一年間での際立った実績を集め、できるだけ具体的に描写するように。可能なら、仕事でかかわった人からの賛辞もメールでもらっておいて欲しい。」

と告げました。

「対象が自分自身であることを一瞬忘れ、この人物を上層部に高く売り込むために最高の宣伝文を書くんだ、というくらいの姿勢で取り組むように。」

そんなわけで、私は今回の自己評価書の最後に、こう書き足しました。

「職務範囲外ではあるが、社員の業務能力向上に資するため、各種トレーニングを自発的に実施。インフォメーション・デザイン、スケジューリング、エクセルなど、その対象領域は多岐に渡る。」

な~んか私、どっぷり「アメリカ慣れ」してしまったみたいです。