2021年6月20日日曜日

Swing of Pendulum 振り子の振動


金曜の昼。抜けるような青空の下、4S Ranchという比較的新しいニュータウンのショッピング・モールにあるイタリアンレストラン「Piacere Mio Del Sur」まで車を走らせました。私の見立てでは、サンディエゴ最高ランクの極上ピザを味わえるお店。この場所を選んだのは、懐かしい友人との再会を祝うためでした。

カリフォルニア州知事の発表により6月15日をもって飲食店の入店制限が解除され、これまで息を潜めていた市民達が、まるでマラソン大会スタートの号砲を聞いたかのように一斉に街へ溢れ出したようで、まだ正午前だというのに既にモールの飲食店エリアではそこここで行列が出来初めています。私の順番がようやく巡って来たので中を覗き込むと、家族連れを始めとした団体が十数組ものテーブル席を埋め、満面の笑顔で歓談しながらランチパーティーに興じています。イタリア語なまりの英語を喋るマスク姿の若い男性店員が、

「申し訳ないんだけど、あとはカウンター席四人分しか空いてないんです。」

と困り顔。ネットで調べた際に予約を取らないと断り書きがあったので直接来てみたんだけど、もうちょい早く集合時間をセットするんだったな、と軽く後悔。

「ここまで混むとは全然予測してなかったよ。」

と、店員が嬉しい悲鳴を上げます。まだ友達が到着してないんだと言うと、着席して飲み物でもどうぞ、と一番奥へ誘われ、足が床に届かないほどのハイスツールに腰を下ろします。忙しげにカクテルを作り続ける黒マスクの男性バーテンダーから笑顔の歓待を受け、ペリエを注文して喉を潤したところ、背後から白人の大男が現れました。

「ヘイ、マイフレンド!久しぶり!」

そう、この日は数ヶ月前に転職して行った元同僚ディックとのランチだったのです。野球帽からはみ出して襟元にかかる栗毛色の長髪、そして無精髭。かつてはすっきりと締まっていた腹部も、半袖シャツ越しに見事な隆起を見せています。長期の在宅勤務で運動不足だったことは一目瞭然ですが、眼光にはエネルギーが漲っていて、再会の喜びは即座に確認出来ました。カラヴァッジオ・ピザとラム肉のパッパルデッレを注文し、限られた昼食時間を有効に使おうと矢継ぎ早に質問する私。

家族は皆元気なこと、リモートワークが続いていて転職以来一度も自分のオフィスに足を踏み入れていないこと、しかしストレスは激減したこと、同僚たちの真摯な気遣いを度々感じること、チームワークが良く個々のモチベーションも高いためか、プロポーザル競争での戦績が驚くほど良いこと。

「クライアントもさ、うちのチームの結束力を感じ取るみたいなんだ。ただ単にエキスパートを沢山揃えてますよ、と売り込むのと違って、このチームに任せれば大丈夫だという安心感を与えられてる。これは転職してすごく感じてることなんだ。」

とディック。それは素晴らしいね、と私。うちの会社は顧客より明らかに株主の満足を優先しているし、社員の多くはいつ辞めさせられるかとストレスを溜めており、その前にとっとと転職しちまおうかと悩む者も少なくない。そんな環境で結束の固いチームを作るなど至難の業です。対してディックの転職先では社員の自主性が尊ばれていて、皆がのびのびと働いているとのこと。

「色々振り返ってみて思うんだけどさ、」

とディックが最適な表現を探そうと宙を見つめて暫し沈黙します。

“It’s like a swing of pendulum.”

「ペンジュラムのスイングみたいなものだ。」

Pendulum というのは振り子のことですが、彼が何を言いたいのか飲み込めず、続きを待ちます。

「トップが変わる度に、会社の方針や組織体制がガラリと180度変わって来ただろう。冷静に考えると、それは必要に迫られてではなく、ただ単に前任者のやり方を否定して新しさを打ち出したいだけの話じゃないかと思うんだよ。大きいことは良いことだ、と言わんばかりに果敢な吸収合併を押し進めたと思ったら、次の代では贅肉を削りまくれと極端なリストラに走ってさ。とにかく前体制を全否定することから新政権がスタートするから、うまく機能していたやり方でさえ、お構いなく嵐のように吹き飛ばして行く。我々末端社員に出来ることは、次の大幅改革とやらが到来するまで頭を低くしてやり過ごすくらいさ。」

つまりディックが言いたかったのは、こういうことですね。

“It’s like a swing of pendulum.”

「まるで振り子の振動みたいなものだ。」

昨年秋の組織改編で私の身の周りに起こった変化も、まさに180度の方向転換でした。西海岸をひとつのブロックとして経営すること、プロジェクト・コントロール部門を一枚岩にし、PM達とパートナーシップを組んで経営改善に望むこと。そういう方針で仕事を進めていたのに、突如東海岸チームがカナダを含めた北米全体の経営指揮権を得て、プロジェクト・コントロール部門はあわや解体の危機に。何とか存続はしたものの、弱体化は誰の目にも明らか。PM達はマイクロ・マネージされ、これまで四半期ごとだった経営状況のチェックも毎月に頻度が上がりました。

PM達が何よりフラストレーションを訴えるのは、自分のプロジェクトの背景をよく知らない遠く離れた連中が、データだけ見て「問題の可能性」を指摘し、「今すぐ解決案を策定しようじゃないか。我々に出来ることは無いか。」と干渉して来ること。そもそもエクセル表に現れたデータはプロジェクトの状況を正しく反映していないことが多く、数字に表せない特殊事情を色々学んで初めて理解出来るケースがしばしばなのです。大勢で寄ってたかって解決すべき問題などそもそも存在しないのだと上層部に納得させるのは時間と労力の無駄であり、有難迷惑でしか無い。地域ごとにマネジメントが任されていた頃は良かった、と。

プロジェクトの問題を発見し解決するのはPM(とそのパートナーであるプロジェクト・コントロール)であり、彼らの自主性を重んじた上で必要に応じ上層部が手を差し伸べる、というのが私が理想とする組織運営です。これに対し新体制は、上層部が監視の目を光らせ、PM達が気づく前に問題の可能性を察知しズカズカと介入する、という流儀。

経営改善のプレッシャーは必要ですが、双方向の信頼関係も極めて重要です。ある程度の自由裁量を与えられている代わりに責任も負っているという自覚があるからこそ、PM達は自信を持って働けるのだと思います。新体制のやり方に適応しつつも、その思想に染まることは避けよう、いずれ振り子は逆に振れるのだから…。そう自分に言い聞かせる私でした。

「結局さ、信頼の欠如に気づいたPM達はやる気を失って行くんだよな。」

とディックが力なく笑います。転職前の彼は、まさにそういう心境だったのでしょう。

彼のこの表情を目にした時、つい最近体験したある出来事を思い出しました。

毎朝一万歩のウォーキングを日課としている私は、薄曇りの早朝、ガランとした住宅街の大通りを軽快に進んでいました。何か前方の景色に違和感を覚えて目を凝らすと、交差点の手前で道の真ん中にSUVが停まっており、運転手らしき若い男性が降りて大声で誰かに呼びかけています。近づいて行くうちに、もう一台、逆向きのSUVが歩道の植え込みに乗り上げ、電信柱の手前でストップしているのが目に入りました。そしてようやく、その左前輪のタイヤがバーストして跡形もなくなっていること、運転席のドアは開いており、車内は無人であることに気付きます。

車道に立って声を上げている男性の視線の先を見ると、痩せた人物が、こちらに背を向けて遠くをよろよろと歩いています。どうしたのかと尋ねると、

「車がこんなことになってるのに、運転手がどんどん向こうに歩いて行っちゃうんだ。心配になって声をかけたんだけど、立ち止まってもくれないんだよ。」

もう一度遠くに目をやると、その人物が突然振り返り、こちらに向かって何か言い始めました。どうやらかなり高齢な人物で、その歩き方から、頭を打って朦朧としているか、どこか怪我をしているかが疑われます。

「どうしよう。俺、もう行かなくちゃいけないんだ。」

と腕時計に目をやる男性に、

「あとは僕に任せて。もう行っていいから。」

と言い、急いで老人の後を追いかけました。

「大丈夫ですか。お怪我はありませんか。」

近寄ってみると、枯れ木のように痩せた白人男性。八十代後半でしょうか。声帯の手術を経験した人のようで、ほとんど声が出ていません。耳を近づけてみると、

「大丈夫。怪我はしてない。」

と答えていることが分かりました。

「どこへ行こうっていうんです?あれはあなたの車ですよね。」

「パンクしたんだ。今から家へ帰らないと。」

「ご自宅は近いんですか?」

「いや、遠い。」

「どなたかご自宅にいらっしゃるのですか?連絡出来ますか?」

「一人暮らしだ。電話は家に置いてある。帰宅すれば連絡する相手はいる。とにかく家に帰らなきゃいかん。」

やれやれ、電話も持たずに外出したのかよ。

「あまり動かない方がいいと思いますよ。頭を打ってるかもしれないし。」

「打ってない。大丈夫。とにかく誰かに家まで送ってもらえさえすれば何とかなるんだ。」

「私は今ウォーキングの最中なので、お送り出来ないんです。一旦車のところまで戻りませんか。」

連れ立ってゆっくりと今来た道を戻り、二人で故障車をしげしげと眺めます。左前輪が大破してはいるものの、よく見ると電信柱の数センチ手前で止まっており、衝突の形跡は無い。歩道に乗り上げてはいるものの、大きな交通の邪魔にもなっていない。確かにこの老人が言う通り、一旦家に戻って電話でレッカー車を手配すれば解決出来るケースのようです。後は彼がどうやって自宅まで辿り着くか、ですね。この人のためにウーバーを呼んであげるべきか。でも、どうやって料金を精算すればいいのか?いや、一旦我が家へ帰って車でここまで戻るか。そうすると彼を15分ほど待たせることになる。そりゃ良くないな…。そうして頭が問題解決モードに突入したその時、サイレンの音が聞こえて来ました。角を曲がってサンディエゴ市警のパトカーが目の前に現れるのと同時に、老人が弱々しい声でつぶやいたのでした。

“Oh boy.”

「マジかよ。」

恐らく一部始終を目撃していた近所の人が、警察に電話したのでしょう。事故車の後方で停車したパトカーから、筋肉隆々の若い警官が二人降り立ちます。何とかおおごとにせぬようもがいた老人が、寄ってたかって問題解決を図ろうと張り切る人々の前に屈する、という皮肉な結末。

「あ、私は単なる通りすがりの者でして…。」

とプロ達に後を任せ、そそくさと立ち去る私でした。

 

2021年6月6日日曜日

Hair-on-fire Situation  髪の毛燃えてる状況

 


よく晴れた土曜日。十年来の友人夫婦と四人でランチに出かけました。コロナで自宅に籠もる生活を延々と続けて来たため、最後に会ってから一年半以上も経過していたことにあらためて気付き、愕然とします。

「ネットフリックスで最近観始めたんだけど、テラ・ハウスってのにハマってるんだ。」

食事を終え、興奮気味に語るご主人のリーさん。

「テラスハウスのことね。」

と補足する、奥様のミワコさん。

数年前に海軍を引退し、一般文民として民間企業に勤めながらも日々肉体鍛錬を怠らないバリバリ硬派のリーさんですが、「相手の気持ちが読み取れない」状況で何とか関係を進展させようともがく若い男女の様子や、それを実況解説するという形式の斬新さに惚れ惚れしているのだと。

「あたしはAmerican House Wivesみたいなリアリティ・ショーの方が好きなんだけど。」

とミワコさん。

そもそも「テラ・ハウス」を勧めてきたのはアメリカ人の同僚男性なんだ、とリーさんが笑います。思考や感情を露骨に表現せず、「慮った」り「忖度」したりを美徳とする奥ゆかしき日本文化を全面に押し出した作品が、逆にストレートな物言いをお家芸とするアメリカ人の興味を惹きつけた。理に適っているとはいえ、何か新鮮な驚きを覚えるのでした。

「アメリカのリアリティ・ショーだと、好きだ!とか大嫌い!とか、臆面もなく男女が怒鳴り合ってるし、すぐに抱き合ってキスして、ウヤムヤのうちにできちゃったりするじゃない。」

とミワコさんが笑います。

次の一手を繰り出す前に、相手の仕草や言葉の端々から真の意図を嗅ぎ取ろうとする日本人のコミュニケーション方法は、まどろっこしいしテンポも遅い。渡米する前はこれが息苦しく、アメリカのドラマや映画に観る「曖昧さを排除した意思伝達法」の方がスピーディ且つ効率的なのだから、日本人社会にも導入したらどうかな、と思案したものでした。

さりながら、「二つ良きことさて無きものよ」というフレーズもあるように、日本流とアメリカ流のどちらが優れているかなんて比較は全くもって無意味な試みなのだという結論に、最近あらためて辿り着いた私。

前日の金曜日、朝九時の電話会議。私を含めた北米のPDL(プロジェクト・デリバリー・リード)五人と財務部門の数人を集め、連日同時刻に行われる連絡会。オペレーション部門のトップである東海岸のジョンが、画面に映し出されたスプレッドシートの数字にカーソルを合わせながら、質問して行きます。

「次はシンスケの番だ。」

私が所掌するプロジェクトおよそ250件の内、5月期決算書に特別歳入計上が出来そうなものを選んで毎朝発表することになっていたのですが、正直な話、毎月毎月ギリギリまで搾り取って来たため、もう「逆さに振っても鼻血も出ない」状況です。二件ほど少額の計上予定を説明し、大物一件は現在部下のシャノンが分析中です、と締めくくったところ、予想通り猛烈な追い込みをかけて来るジョン。

「何だと?それだけか?これじゃあ全く目標に届かないじゃないか。」

PDLには予めそれぞれの目標額が与えられていたのですが、そもそもどんな根拠があってその数字を割り出したのか謎なのです。進行中のプロジェクトから特別に歳入を計上するためには、将来の収支予測を楽観的な方向に修正する必要があります。まるでドローンを飛ばして飛行中の旅客機に横付けし、予備タンクの燃料を抜き取って行くような行為。良くて不時着、一つ間違えば墜落いう大災害を招きかねない、危険な賭けです。私としては各PMと会議を重ね、一件一件丁寧に検討した上で結論を出しているつもりなのですが、「慎重過ぎるぞ。もっとアグレッシブに取り組め。」と責め立てられる毎日。

沈黙する他のPDL達の面前でじわじわと締め上げられる私でしたが、苦し紛れにやっと絞り出した答えが、これ。

「可能性があるとすれば、エレンがPMを務めているプロジェクトです。朝一番でシステムをチェックしていたら、まだ推敲中の将来収支予測データを発見したんです。もしそれが最終稿なら、千ドルくらい余分に計上出来そうなレベルでした。」

「それで、エレンに問い合わせはしたんだろうな?」

「メールを投げましたが、今日は朝から現場に出ているという自動返信メールが返って来ました。時々メールをチェックするということなので、返信を待ってます。」

「電話はかけたのか?」

「いえ、彼女は今、現場仕事に取り組んでいる最中だと思います。さすがにそこは尊重すべきかと…。」

するとジョンが、語気を荒げてこう言ったのです。

“We’ve already passed that point. People’s jobs are on the line.”

「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないんだ。このままじゃ誰かの首が飛びかねないんだぞ。」

千ドル余計に載せられる「可能性がある」というだけの話だし、しかもたまたまそういう原稿の存在にさっき気がついた、と言っているのです。そんな曖昧な情報をもとに現場の仕事を中断させるような行為を正当化する神経が、私にはありません。沈黙する私に対し、ジョンがこう続けました。

“This is a hair-on-fire situation.”

「これはヘア・オン・ファイヤーな状況なんだよ。」

おお、新しいフレーズが飛び出したぞ、と思わずノートに書き取る私。On fireというのは「火が着いている」つまり「燃えている」という意味なので、hair-on-fire で「髪の毛が燃えている」となります。つまりジョンが言いたかったのは、こういうことですね。

“This is a hair-on-fire situation.”

「絶体絶命の大ピンチなんだよ。」

直ちに携帯電話でエレンに連絡を取ることを約束すると、ようやく拘束を解かれ、次のPDLマリアンにバトンタッチしたのでした。

定例連絡会が終了した後も、中間報告の催促や緊急電話会議が絶え間なく続きました。ちなみに、現場で電話に出てくれたエレンからは、「あの収支予測はまだちゃんと検討が終わってないの。今の段階じゃ答えを出せないわ。」とあっさり拒否されました。

部下のシャノンが抱える大物案件からは、夕方六時まで二人で分析を重ねた結果、約2万ドルの特別歳入を叩き出すことに成功。メールでジョンに報告しましたが、既に東海岸では夜九時を回っており、ノーリアクション。全ての案件をかき集めても与えられたトータル目標額には遠く及びませんでしたが、心身ともに疲弊しきっていた私は、「後は野となれ山となれ」とばかり、シャノンとともにコンピューターをシャットダウン。怒涛の一週間に幕を下ろしたのでした。

こんな風に緊張感溢れる生活を去年の十二月末から続けて来た私の精神状態は、つい最近までボロボロでした。妻からは、

「そんなブラック企業、とっとと見切りをつけて転職した方がいいんじゃない?」

と履歴書の更新を勧められていたのです。

それが一週間ほど前になり、出し抜けに「トンネルの先の明かり」が見えたのです。何が具体的なきっかけだったのかは不明ですが、ある時突然、「ジョンは単に自分の考えを素直に表明しているだけで、相手を攻撃しているわけではないかもしれない。」という認識が脳に浮上したのです。電話会議中の会話に注意深く耳を傾けてみたところ、彼と付き合いの長い古参PDL達は、ジョンの激しい質問攻撃にもジョーク混じりで淡々と切り返しています。そしてジョンも度々、「皆のハードワークには本当に感謝している。」と我々を労っていたことに気が付きました。彼の言動に攻撃的意図を読み取ってファイティング・ポーズを取り続けていた私ですが、もしかしたら不必要にストレスを溜めこんでいたのかもしれない、という考えに至ったのです。

金曜の午後一番に緊急招集された会議でも、検討対象となったプロジェクトのPMマットに特別歳入の計上を詰め寄ったジョン。何故それが危険な行為なのかを言葉を尽くして説明した私に、

「ああなるほど、確かにそうだな。了解。解説を有難う、シンスケ!」

と、拍子抜けするほどあっさり引き下がったのです。

渡米から二十年以上も経ち、アメリカ式のストレートなコミュニケーション方法は熟知していたつもりでしたが、自分の中の「日本人的な」部分が、世界の見方を知らず識らずの内に歪めていたのかもしれない。郷に入っては郷に従え、というけど、文化的な基盤が違う場合、そう簡単に適応出来ないものなんだなあ、としみじみ思うのでした。

さて、コンピュータの電源を落として死んだふりを決め込んだ私ですが、ジョンがあれほど事態の緊急性を強調していたことを考えると、週末に何らかの動きがあるかもしれません。さすがに心配になって来て、土日の二日間、結局ちょくちょくメールをチェックしてしまった私。ところが、本当に一本の連絡も来ないのです。勤務時間は鬼のように働くものの週末はきっちり休む。そうだ、アメリカ人ってやっぱそうなんだ。納得しようと試みてはみるものの、どこかまだちょっぴり不安な、「日本人の」私でした。