よく晴れた土曜日。十年来の友人夫婦と四人でランチに出かけました。コロナで自宅に籠もる生活を延々と続けて来たため、最後に会ってから一年半以上も経過していたことにあらためて気付き、愕然とします。
「ネットフリックスで最近観始めたんだけど、”テラ・ハウス”ってのにハマってるんだ。」
食事を終え、興奮気味に語るご主人のリーさん。
「テラスハウスのことね。」
と補足する、奥様のミワコさん。
数年前に海軍を引退し、一般文民として民間企業に勤めながらも日々肉体鍛錬を怠らないバリバリ硬派のリーさんですが、「相手の気持ちが読み取れない」状況で何とか関係を進展させようともがく若い男女の様子や、それを実況解説するという形式の斬新さに惚れ惚れしているのだと。
「あたしはAmerican
House Wivesみたいなリアリティ・ショーの方が好きなんだけど。」
とミワコさん。
そもそも「テラ・ハウス」を勧めてきたのはアメリカ人の同僚男性なんだ、とリーさんが笑います。思考や感情を露骨に表現せず、「慮った」り「忖度」したりを美徳とする奥ゆかしき日本文化を全面に押し出した作品が、逆にストレートな物言いをお家芸とするアメリカ人の興味を惹きつけた。理に適っているとはいえ、何か新鮮な驚きを覚えるのでした。
「アメリカのリアリティ・ショーだと、好きだ!とか大嫌い!とか、臆面もなく男女が怒鳴り合ってるし、すぐに抱き合ってキスして、ウヤムヤのうちにできちゃったりするじゃない。」
とミワコさんが笑います。
次の一手を繰り出す前に、相手の仕草や言葉の端々から真の意図を嗅ぎ取ろうとする日本人のコミュニケーション方法は、まどろっこしいしテンポも遅い。渡米する前はこれが息苦しく、アメリカのドラマや映画に観る「曖昧さを排除した意思伝達法」の方がスピーディ且つ効率的なのだから、日本人社会にも導入したらどうかな、と思案したものでした。
さりながら、「二つ良きことさて無きものよ」というフレーズもあるように、日本流とアメリカ流のどちらが優れているかなんて比較は全くもって無意味な試みなのだという結論に、最近あらためて辿り着いた私。
前日の金曜日、朝九時の電話会議。私を含めた北米のPDL(プロジェクト・デリバリー・リード)五人と財務部門の数人を集め、連日同時刻に行われる連絡会。オペレーション部門のトップである東海岸のジョンが、画面に映し出されたスプレッドシートの数字にカーソルを合わせながら、質問して行きます。
「次はシンスケの番だ。」
私が所掌するプロジェクトおよそ250件の内、5月期決算書に特別歳入計上が出来そうなものを選んで毎朝発表することになっていたのですが、正直な話、毎月毎月ギリギリまで搾り取って来たため、もう「逆さに振っても鼻血も出ない」状況です。二件ほど少額の計上予定を説明し、大物一件は現在部下のシャノンが分析中です、と締めくくったところ、予想通り猛烈な追い込みをかけて来るジョン。
「何だと?それだけか?これじゃあ全く目標に届かないじゃないか。」
PDLには予めそれぞれの目標額が与えられていたのですが、そもそもどんな根拠があってその数字を割り出したのか謎なのです。進行中のプロジェクトから特別に歳入を計上するためには、将来の収支予測を楽観的な方向に修正する必要があります。まるでドローンを飛ばして飛行中の旅客機に横付けし、予備タンクの燃料を抜き取って行くような行為。良くて不時着、一つ間違えば墜落いう大災害を招きかねない、危険な賭けです。私としては各PMと会議を重ね、一件一件丁寧に検討した上で結論を出しているつもりなのですが、「慎重過ぎるぞ。もっとアグレッシブに取り組め。」と責め立てられる毎日。
沈黙する他のPDL達の面前でじわじわと締め上げられる私でしたが、苦し紛れにやっと絞り出した答えが、これ。
「可能性があるとすれば、エレンがPMを務めているプロジェクトです。朝一番でシステムをチェックしていたら、まだ推敲中の将来収支予測データを発見したんです。もしそれが最終稿なら、千ドルくらい余分に計上出来そうなレベルでした。」
「それで、エレンに問い合わせはしたんだろうな?」
「メールを投げましたが、今日は朝から現場に出ているという自動返信メールが返って来ました。時々メールをチェックするということなので、返信を待ってます。」
「電話はかけたのか?」
「いえ、彼女は今、現場仕事に取り組んでいる最中だと思います。さすがにそこは尊重すべきかと…。」
するとジョンが、語気を荒げてこう言ったのです。
“We’ve already passed that point. People’s jobs are on the
line.”
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないんだ。このままじゃ誰かの首が飛びかねないんだぞ。」
千ドル余計に載せられる「可能性がある」というだけの話だし、しかもたまたまそういう原稿の存在にさっき気がついた、と言っているのです。そんな曖昧な情報をもとに現場の仕事を中断させるような行為を正当化する神経が、私にはありません。沈黙する私に対し、ジョンがこう続けました。
“This is a hair-on-fire situation.”
「これはヘア・オン・ファイヤーな状況なんだよ。」
おお、新しいフレーズが飛び出したぞ、と思わずノートに書き取る私。On
fireというのは「火が着いている」つまり「燃えている」という意味なので、hair-on-fire
で「髪の毛が燃えている」となります。つまりジョンが言いたかったのは、こういうことですね。
“This is a hair-on-fire situation.”
「絶体絶命の大ピンチなんだよ。」
直ちに携帯電話でエレンに連絡を取ることを約束すると、ようやく拘束を解かれ、次のPDLマリアンにバトンタッチしたのでした。
定例連絡会が終了した後も、中間報告の催促や緊急電話会議が絶え間なく続きました。ちなみに、現場で電話に出てくれたエレンからは、「あの収支予測はまだちゃんと検討が終わってないの。今の段階じゃ答えを出せないわ。」とあっさり拒否されました。
部下のシャノンが抱える大物案件からは、夕方六時まで二人で分析を重ねた結果、約2万ドルの特別歳入を叩き出すことに成功。メールでジョンに報告しましたが、既に東海岸では夜九時を回っており、ノーリアクション。全ての案件をかき集めても与えられたトータル目標額には遠く及びませんでしたが、心身ともに疲弊しきっていた私は、「後は野となれ山となれ」とばかり、シャノンとともにコンピューターをシャットダウン。怒涛の一週間に幕を下ろしたのでした。
こんな風に緊張感溢れる生活を去年の十二月末から続けて来た私の精神状態は、つい最近までボロボロでした。妻からは、
「そんなブラック企業、とっとと見切りをつけて転職した方がいいんじゃない?」
と履歴書の更新を勧められていたのです。
それが一週間ほど前になり、出し抜けに「トンネルの先の明かり」が見えたのです。何が具体的なきっかけだったのかは不明ですが、ある時突然、「ジョンは単に自分の考えを素直に表明しているだけで、相手を攻撃しているわけではないかもしれない。」という認識が脳に浮上したのです。電話会議中の会話に注意深く耳を傾けてみたところ、彼と付き合いの長い古参PDL達は、ジョンの激しい質問攻撃にもジョーク混じりで淡々と切り返しています。そしてジョンも度々、「皆のハードワークには本当に感謝している。」と我々を労っていたことに気が付きました。彼の言動に攻撃的意図を読み取ってファイティング・ポーズを取り続けていた私ですが、もしかしたら不必要にストレスを溜めこんでいたのかもしれない、という考えに至ったのです。
金曜の午後一番に緊急招集された会議でも、検討対象となったプロジェクトのPMマットに特別歳入の計上を詰め寄ったジョン。何故それが危険な行為なのかを言葉を尽くして説明した私に、
「ああなるほど、確かにそうだな。了解。解説を有難う、シンスケ!」
と、拍子抜けするほどあっさり引き下がったのです。
渡米から二十年以上も経ち、アメリカ式のストレートなコミュニケーション方法は熟知していたつもりでしたが、自分の中の「日本人的な」部分が、世界の見方を知らず識らずの内に歪めていたのかもしれない。郷に入っては郷に従え、というけど、文化的な基盤が違う場合、そう簡単に適応出来ないものなんだなあ、としみじみ思うのでした。
さて、コンピュータの電源を落として死んだふりを決め込んだ私ですが、ジョンがあれほど事態の緊急性を強調していたことを考えると、週末に何らかの動きがあるかもしれません。さすがに心配になって来て、土日の二日間、結局ちょくちょくメールをチェックしてしまった私。ところが、本当に一本の連絡も来ないのです。勤務時間は鬼のように働くものの週末はきっちり休む。そうだ、アメリカ人ってやっぱそうなんだ…。納得しようと試みてはみるものの、どこかまだちょっぴり不安な、「日本人の」私でした。
テラス・ハウスは米国発の番組の日本版なのかと思ってたらそうじゃなかったのね。。。ご存じの事とは思うが、女子プロレスラーの木村花がこの番組きっかけのSNSでの誹謗中傷を苦にして自殺したため、オイラもこの番組の事は少なからず知っているネ。
返信削除番組自体がまさに【プロレス】そのものなんだろうが、たまたまコロナ禍で会場での試合がなく、誹謗中傷を吹っ飛ばすような発散の場を失っていたのが彼女にとっての不幸だったのだろうけどねー。。。あれから早1年、なかなかキャラ立していて期待されてるレスラーだっただけに残念だよ。
https://www.youtube.com/watch?v=quu5A1aY9Ds
「プロレス的」コミュニケーションというのはアメリカ流だよね。演者も観客も共通の意識を持った上で楽しんでるうちはいいんだけど、これが顔も見えないSNNに舞台を移した途端に陰湿なイジメの構造が出来上がる気がするよ。
削除でも、実は内々にちゃんと関係各所に根廻ししておいてから、表の場では派手に喧嘩して、最後はちゃんと落としどころに収める・・・なんてのもプロレス流と解釈されるから、そういうのは逆に日本的なんじゃないのかなぁ。。。ジャパニーズスタイルのプロレス(笑
返信削除業界的にはプロレスのスタイルに「ジャパニーズ・スタイル」というのがあって、それはそれでアメリカのプロレスファンにも認知されているのだよ。それの代表というギミックで今大受けしているのが、キミと同じ名前の シンスケ・ナカムラ なんだよねー
https://store.solucha.com/?pid=107037394
たぎって来た。いやお!
削除今度First Thursday Series のプレゼンが回ってきたら、登壇の際のBGMには"The Rasing Sun"を是非使って欲しい ね。
返信削除https://www.youtube.com/watch?v=PJjZM5zFGuA
受けるかどうかは保証しかねるが(笑
いやいや、これは楽曲単体でなかなかの完成度でしょ。映画「レッドバイオリン」を彷彿とさせる。これをバックにイイヤオ!で会場は興奮に包まれる、と。ま、社内のプレゼン開始時に使ったら間違いなくうるさがられるね。
削除参考までに動画はコレ
返信削除https://www.youtube.com/watch?v=m8izXHKZSXw
この頃はプロレス業界におけるイチローと呼ばれてたね
きーもちわりーなあ。何故か大人気。これは下手にモノマネしたら不審者としてつまみ出されるパターンだな。
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