2018年2月25日日曜日

Esoteric Word エソテリックな単語

先日、中堅PMのアレックスと会議室に腰を据え、本社副社長パットとのウェブ会議を開きました。PMトレーニングの準備が大詰めを迎えていて、この会議の主目的は、アレックスが準備したパワーポイント・スライドの詳細調整。

毎週月曜の朝、全米のPM達はパットから定型メールを受け取っているのですが、ここに貼られたリンクをクリックすると、自分の担当プロジェクトの最新コストレポートへ飛ぶ仕掛けになっています。膨大なデータをピボットテーブル化したフォーマットなのですが、どこをどう触ったら知りたい情報が出て来るのか、直感的には分からないデザイン。まるで寄木細工のパズルを、使用説明抜きでいきなり手渡した格好です。受け取ったPM達がひとしきり格闘した挙句、フラストレーションを溜めたまま「なんだこの役立たずなレポートは!」と放り出すという、憂慮すべき事件が多発しています。

「上層部から、レポートの使用法を解説するトレーニングを一刻も早く実施しろっていう強烈なプレッシャーがかかってるの。」

とパット。本社プロジェクト・コントロール部門は、立ち上げからまだ二年ほどしか経っていません。部下も予算もほとんどあてがわれていない彼女は、何をするにも私やアレックスのような有志のボランティア活動を当てにするしかない。これまでの我々の貢献に対する感謝の言葉を述べつつも、事態の緊急性を訴える彼女。

東海岸に住んでいるのでまだ直接の対面は果たしていないものの、過去何十回にも及ぶ対話で絆を深めて来たパット。今ではまるで家族のように思えるほどの存在です。そんな彼女の立場を脅かす事態は、もはや他人事ではない。無慈悲で理不尽なレイオフが頻発している昨今、ピンチの芽は早めに摘んでおかないと、取り返しのつかないことになるのです。

「今月末までに絶対完成させよう!」

と一致団結した我々三人。細かな内容の吟味に入ります。

「あのさ、質問していい?」

とまず私が口火を切ります。アレックスのスライドのしょっぱなに「週刊コストレポートの意義」を謳うくだりがあるのですが、「Aberration(アバレーション) をタイムリーに発見して対応する」という一節で私の思考が止まってしまったのです。

「アバレーションって、どういう意味なの?」

こんな単語、見たことも聞いたことも無いぞ…。誰でも知ってる言葉なのかな?

「そうね、これは変えた方がいいかもね。」

と、単語の解説をすっ飛ばして修正を促すパット。アレックスもこれに応え、

“Yes, it’s a bit esoteric word.”
「そうだね、これはちょっとエソテリックな単語だね。」

と呟いたのです。ん?エソテリック?なんだそりゃ。おいおい、こっちは「アバレーション」の意味が分からないから解説をお願いしているのに、更にもう一枚謎を上乗せして来るのかよ。

どういうわけかパットもアレックスも、私が彼等と同レベルの英語力を備えていると誤解しているようで、まるで私がその意味を知った上でわざと遠回しに、

「大衆にも理解出来るようもっと平易な単語を使うべきではないかな、諸君?」

と提案したものと勘違いしたようなのです。こうなると、さすがにもう「エソテリックって何?」とは聞けません。無表情で頷き、追究を諦めるのでした。

ここ数年、こういう不思議な誤解を受ける頻度は上がっています。勤続15年を超えて周りからベテラン視されるようになり、「英語学習中の外国人労働者」というイメージがだいぶ薄まって来ているようなのです。バリバリのアメリカ人から、「ほら、70年代のテレビドラマの〇〇でこういうギャグがあったでしょ!」と同意を求められて面喰うこともしばしば。おいおい、なんで僕が幼少期からこの国に住んでたって決めつけるんだよ?どっからどう見ても外国人でしょ。

冷静に考えてみれば、度々経験するこうした「買い被り」は、私の英語力が向上していることの証に他ならず、素直に喜ぶべきなのかもしれません。しかし、これは若い英語学習者の多くが予想もしていないであろう展開なのです。

「英語をマスターしたい」と強く思っていた二十代、金髪で青い目のベッピンさんと楽しく会話ができればもうそれでゴール達成でした。しかしそのゴールラインを超えた時、まだまだ先に道があることに気付くのです。

英語で授業を受ける
英語でスピーチする
英語でトレーニング講師を務める
英語で国際政治論を…

年齢を重ねるに連れて社会における立場も変わり、周囲の要求レベルもせり上がって行くため、「まだ英語をマスターしてない」状態はいつまでも続くのです。語学の学習というのは、進んでも進んでも頂が見えない霧の中の登山みたいなものなのですね。

さて、アレックスとパットとの会議が終了し、席に戻ってさっそくネットで調査。

Aberration(アバレーション)とは、対象が常軌を逸脱すること。今回のケースでは、プロジェクトのコストが暫く一定のトレンドを見せていたのに、ある週になって突然数値が跳ね上がったりマイナスになったりする、そんな「特異値」を即座に見つけて対応することが、このレポートを使えば簡単に出来ますよ、という文脈でアレックスが使ったのですね。

Esoteric(エソテリック)とは、選ばれた少数の者だけに伝えられる「奥義」ともいうべき高い難度を指す言葉で、「難解な」「深遠な」と訳されるようです。アレックスはこう言いたかったのですね。

“Yes, it’s a bit esoteric word.”
「そうだね、ちょっと難解な単語だね。」

日本でも、忖度(そんたく)とか誤謬(ごびゅう)とか瑕疵(かし)などに代表されるインテリの好む難語がありますが、きっとそういうのを「エソテリックな単語」というのでしょう。

話変わって金曜の朝。部下たちを集めて定例のPMP試験対策講座を開きました。今回はリスクマネジメントがテーマ。リスクの洗い出しに始まり、定性分析から定量分析へと移るプロセスを重点的に説明します。定性分析においては、個別リスクのもたらすインパクトと発生確率をプロジェクト・チームで議論し決定するのですが、この際に気をつけなければいけないのは、事象そのものや発言者の置かれた状況などが、バイアスとしてその判断に影響を与えてしまうということ。例えば、

Urgency(緊急性)ー これが大きいと、リスクのインパクトも発生確率も大きめに見積もってしまいがち。

Detectability(察知しやすさ)― 情報が簡単に手に入る事象は意識に上りやすく、それゆえリスクの見積もりにもバイアスがかかりがち。

など。中でも私が気に入った言葉が、これ。

Propinquity(プロピンクイティー)

テイラーもシャノンも、そんな単語は初耳だと言います。

「これはね、距離感の話なんだ。例えば同じリスクを語るにも、影響が及ぶのが自分自身である場合と、誰か身近な人である場合、そして赤の他人の場合とではそのインパクトや発生確率の見積もりが変わるきらいがあるだろう。そういう時、プロピンクイティー・バイアスがかかってる、て言うんだ。」

週刊コストレポートのトレーニング資料を早く完成させないとパットの首が危ない!と焦るのも、彼女が親しい存在だから。「プロピンクイティー」が強いため、リスクの判断にバイアスがかかってしまうわけですね。

もちろん、私がこんな単語を最初から知っていたはずもなく、トレーニングの前日に慌てて意味を調べておいたのです。ノンネイティブのアジア人が超難解な英単語の意味をアメリカ人相手にしたり顔で解説している光景はちょっと笑えるなあと思ったので、わざと教授然とした口調で演説してみました。まるで外国人の芸人が、

「ソンタクというのね…、」

と難語を解説するみたいに。

ところが、これに対して部下たちはクスリともせず、真剣な表情で聞きながらメモを取っているのです。あれあれ?渾身のボケをスルーされたぞ。

いか~ん!完全に買い被られてる!


2018年2月18日日曜日

Make good choices! 良い選択をしなさいよ!

金曜の夕食後、妻のノートパソコンの前に家族で集合。冬季オリンピックの男子フィギュアスケートを観戦しました。羽生と宇野の金銀フィニッシュで、一同大興奮。完璧な演技を見せながら銅メダルに終わったスペインのハビエル・フェルナンデス選手が、この大会を最後に引退することを表明したという解説を聞き、

「しょうがないよ。もう26歳だもん。」

としたり顔で息子に言う私。え?「もう26歳」だって?自分の発言を耳の中で反復し、あらためて愕然とします。彼らがトップアスリートでいられる時期って、人生の中でたかだか10年くらいなのか。よくよく今回の出場選手たちを見てみれば、弱冠23歳の羽生が既にベテランの風格です。日本の会社員だったら、まだまだ花見の場所取りに動員されるような年齢なのに…。

羽生の演技がスローリプレイで解析されているのを見ると、とんでもない数の回転を超高速で繰り返していたことが分かります。感嘆の声を上げる私に、

「この人たちって、氷じゃなくて床の上でも、その場で普通にジャンプしてクルクル何回転も出来るのよ。」

と妻。う~ん、それはすごいなあ。やってみようとも思わんぞ。やれば絶対ケガするし。若い肉体の持つポテンシャルって、驚異としか言いようが無い。

人生において、爆発的にエネルギーを燃焼出来る時期はほんの一瞬。一旦通過してしまえばもう二度とその輝きは訪れない。多くの人は年を取ってもあの年代に味わったワクワク感が忘れられず、もう一度体験出来たら、とどこかで思っている。オリンピック観戦って、線香花火の前半に一度だけ起こる、ほんの刹那の激しい発光を瞼に焼き付ける経験に似ているなあと思うのでした。

さて、先週末は16歳の息子を水球トーナメント大会に参加させるため、家族でロサンゼルス郡に二泊旅行。彼の所属するクラブは、サンディエゴ郡の複数の高校から集まった選手で構成されています。真冬の屋外プールで白い息を吐きながら共に苦しい夜間練習に耐えているチームメイト達。息子にとっては、同じ学校の級友たちよりもはるかに親しい仲間なのだそうです。

二日目の昼、この日の二試合目が終了し、午後の三試合目まで数時間の間があったので、チームのほぼ全員で近くのショッピングモールまでランチに行きました。メキシカン・ファストフード「チポトレ」のオープンテラス。上半身の筋肉が発達した若者たちがTシャツ姿で額を寄せ合うようにして座り、スマホをいじったり品の無いジョークで笑ったりしながらブリトーをむさぼります。うちの息子以外は白人ばかりで、プールの塩素も手伝ってか、ほぼ全員が嘘みたいな金髪。少し離れて、彼等の親御さんたちと自己紹介し合いながら席に着きます。みな社交的で話し上手。すぐに打ち解けて話し込みました。早々に食事を済ませて立ち上がった少年たちの一人キャメロンが、こちらへやって来てお母さんに話しかけます。

「ちょっと皆でターゲット(巨大ショッピングセンター)に行ってくる。」

何しに行くの?と他の親が尋ねると、別の男子が

Hide and Seek (かくれんぼ)。」

と応えます。思わず顔を見合わせる父母たち。身長180センチを超えるムキムキの若者たちが、キャッキャと浮かれながら跳ねるように立ち去って行くのを、複数の親の声が追いかけます。

“Make good choices!”
「良い選択をしなさいよ!」

これって日本語に無いフレーズだよなあ、と思う私。アメリカ人の親が十代の子供にかける決まり文句で、言わんとしているのは、「基本的な社会ルールはきちんと教えてあるんだから、善悪の区別くらいはつくだろう。あとは自覚をもって行動しなさい。」つまり、

“Make good choices!”
「よく考えて行動しなさいよ!」

ということですね。

週が明けて月曜の朝、息子を乗せて学校まで連れて行った際、彼に尋ねてみました。

「そういえば、ターゲットでかくれんぼって、具体的には何したの?」

すると彼は、ニヤニヤ笑いながら記憶を辿ります。売り物のスケボーに乗って通路をガンガン滑ったり、大型衣装ケースに身体を折りたたんで入ったり、商品棚によじ登ってペーパータオル・ロールを押しのけ、隙間に隠れたり。

「おいおい、そんな大暴れして大丈夫だったのか?店員には注意されなかったの?」

とのけぞる私。制服姿のセキュリティ隊員たちが一旦は近づいて来たけど、盗みを働こうとしているのではないことを理解し、また離れて行ったとのこと。それでますます調子づいて、かくれんぼを満喫する若者たち。

「行動がまるで小学生だな。親たちがMake good choices って言ってたの、聞いてなかったのか?」

とやや説教口調で詰め寄る私。これに対し、いまだ興奮冷めやらぬといった表情で答える息子でした。

“That was the best choice ever!”
「最高の選択だったよ!」

路肩で息子を降ろして会社へ向かう道中、「ターゲットでかくれんぼ」に没頭する屈強な水球選手たちの映像を頭に描きながら、思わず微笑んでしまう私でした。愚かな行動であることには間違いないが、滅茶苦茶楽しそうな企画じゃないか。そんな真似が出来るのも、あと数年だぜ。せいぜい楽しんどけよ…。

その日のランチタイム、隣に座った古参社員のビルに週末のエピソードを披露しました。十代の若者に、「良い選択をしなさい」という忠告がどれだけ有効かは謎だよね、とまとめる私。その選択が良いか悪いかなんて、解釈ひとつでどうとでもなる。十代の若者というのは結局のところ、はち切れそうなエネルギーのやり場を常に求めているわけで、たとえ親が止めたところでやりたい事をやるのだ。だから下手に制止して反抗されるよりも、「ちゃんと理性を働かせなさいよ」と小さな釘を刺す方が、まだましな結果に繋がるのかもしれない、と。

「俺の娘が16歳だった時の話なんだが、」

とビル。現在、彼のお嬢さんには一歳前後の赤ちゃんがいて、彼女から時々スマホに送られて来るというキュートな動画を見せてもらったことがあります。

「週末に家族で一泊旅行へ行くことになってたのに、あたし行きたくない、家に残るってごねるんだ。まあそういう年頃だから仕方ないか、と諦めて置いていくことにしたんだな。で、娘にこう言ったんだ。友達呼んでも構わんが、でっかいパーティー開くのだけはやめろってな。」

おお、アメリカ映画で良く見るパターン。そういうの、本当にあるんだなあ。

「旅行から戻った途端、留守中に娘が何をやらかしたのかをすぐに悟ったよ。」

「何したの?」

「でっかいパーティーを開いたんだよ!」

部屋はそこそこ片付いていたものの、シャワードアのサッシが微妙にずれているし、家具調度の位置も少しずつ変わっている。庭に出ると、隣家の敷地から塀越しに枝を伸ばしていたオレンジの樹から、実がひとつ残らず無くなっている。周囲の家々を見渡すと、それぞれの屋根にオレンジ色の球体が何十個も散らばっている。通りを挟んで向かいの家に住む親しい友人を訪ね、昨夜の様子を聞いてみたところ、

「叫び声やら爆竹音やらが絶え間なく聞こえて来て、とにかく一晩中うるさかったよ。」

とのこと。携帯番号を教えてあったのにどうしてすぐ連絡してくれなかったんだ?と詰ったところ、

「もう夜遅かったし、旅先からすぐには戻って来れないだろう。それに君が知ったが最後、もう二度とこんなことは起こらないだろうと分かってたからさ。」

ビルは、近所でも有名なカミナリ親父だったみたいです。

「大目玉食らうことを承知でパーティーを決行したってことか。すごい覚悟だったんだね、娘さん。」

と感心する私。

「そうなんだ。その後何度か娘とこの日の話をしたんだが、何回生まれ変わっても同じことをするって言い張るんだな。自分の一生の中でも、断トツ一位のグレートなパーティーだったって。」

何故だか、じわっと来ました。


2018年2月11日日曜日

Group Dynamics グループ・ダイナミクス

先週月曜の昼1145分。オフィスのビル2階にあるオープンテラスへ出てみると、目も眩むほどの強烈な日差し。見上げると高層ビル群が、突き抜けるような青空の輪郭をギザギザに切り抜いています。パティオ・ルーフの下で日陰になったソファに深く腰掛け、大きめのサングラスをかけてくつろぐ部下のテイラー。近づいて行くと彼女が私に気付き、ニッコリ笑って足元の巨大なショッピングバッグを指さします。どうも有難う!と中を覗くと、透明プラスチックのパックにグリルド・チキンやらサラダやらがおさまって美しく重ねられています。彼女は、ブロードウェイ通りの「テンダーグリーンズ」で予め注文しておいたランチをピックアップし、早めに運び込んでおいてくれたのです。

食べ物や飲み物を手にパラパラと人影がテラスに現れて椅子が埋まり始めたので、手遅れになる前に、とテイラーと二人、四人掛けの正方形テーブルを二つ連ねて椅子を六脚周囲に巡らせ、グループ席を確保しました。あ、来た!とテイラーの指さす方を見ると、残りのメンバーが手を振りながら近づいて来ます。

そう、これは私の率いるプロジェクトコントロール・グループの、初の公式チーム・ランチ。私の左隣にアンドリューが着席、その正面がカンチー。彼等に挟まれた格好で角に座るのがテイラー。一方、私の正面にはシャノン、そして右隣のお誕生日席が、今回の主役であるティファニーです。

ご主人の転勤に伴いヴァージニアで暮らしていた彼女が、四年ぶりにサンディエゴに戻って来た。これを皆で歓迎しようということで、今回のランチを企画した私。総勢六名になったこの段階で、コミュニケーションを円滑にしておきたいな、と考えてのことでした。これまでのチーム・ミーティングでは、皆まるで寺小屋に集う塾生のように真剣な眼差しで私の話に聞き入り、こちらが自由討論を促すと、まずはお母さん的ポジションのシャノンが発言。その後、若いメンバーにも徐々にエンジンがかかって活発な議論が展開する、というパターンでした。それはそれで良いのですが、ちょっぴり物足りなくも感じていたのです。ここへ元気者のティファニ―が飛び込めば、グループ全体のエネルギー量がぐんとアップするのではないか、という目論見がありました。

「私もう、嬉しくって嬉しくって仕方ないの!」

と、いきなりハイテンションのティファニー。ヴァージニアの蒸し暑い夏や厳しい冬から逃れ、ようやくパラダイスに戻って来た。あっちじゃ苦難の連続だった。近辺に親戚も知り合いもおらず、旦那は遠洋航海で何か月も不在。そんな中での出産は本当に辛かった。今回の引っ越しはRVを借りての大陸横断ドライブ旅行だったが、前半は豪雪や大雨に何度も足止めを食らった。年間を通じて温暖なサンディエゴの良さをあらためて実感した。やっぱりここが最高!と一気にまくしたてます。

「私の得意技は、オフィスのデコレーションなの。もうすぐバレンタインでしょ。うちのグループの席を全部、ハートで飾るから覚悟しててね!私さっそく、ファン・コミッティー(Fun Committee)に参加することに決めたわ。」

ファン・コミッティー(お楽しみ委員会)というのは、社内の親睦イベントを企画・運営するボランティア・グループです。

「ヴァージニアに移る前も私、ファン・コミッティーでガンガン活動してたのよ。」

気が付けば、かれこれ十分くらいティファニーの独壇場が続いています。これはいかん、と割って入る私。

「あ、そういえば、テイラーもファン・コミッティーに入りたかったんだよね。」

若いテイラーに発言を促すと、頷きながら口を開きかけます。しかしここで素早くティファニーが、大声でかぶせて来ます。

「いいじゃない!一緒にやろう!すっごく楽しいわよ!

勢いに呑まれたようにぐっと口をつぐむテイラーに構わず、ハイスピードで喋りつづけるティファニー。暫くして、話題は彼女の出産時の騒動に変わりました。

「エピデューラル(硬膜外麻酔)を打たれた時は、右半身だけ効いて、左半身は痛いままだったの。でもそのまま耐えちゃったのよ。お産の後トイレに行こうとしたら医者から止められたんだけど、どうしても我慢できなくて、まるで負傷兵みたいに片足引きずりながら廊下を進んだのよ!」

出産にまつわる苦痛に満ちた数々のエピソードを、淀みなくハイピッチで語り続けるティファニー。「私、きっとこのことだけで本が一冊書けるわ!」まるで、箱から取り出した人形がいきなり高速でシンバルをジャカスカ叩き始めたようで、止めるすべも分からず、ただただ見守るばかりの我々でした。う~ん、こういう展開は予期してなかったぞ。饒舌キャラであることは重々分かっていたのですが、グループに入れた時にどうなるかは未知数だったのです。

と、その時、

「私は息子の時が滅茶苦茶大変だったわ。丸二日、猛烈な痛みで苦しみ続けたもの。」

と、出産エピソードの舞台に駆け上がって来たのがシャノンでした。えっ?この段階で参戦すんの?そろそろ止めに入うかと考えてたのに…。

「娘のジュリアの時も同じ目にあうかと思って覚悟してたら、予想外のスピードでスポッと生まれちゃったの。ほんとに出産の大変さって予測不可能で、対策の立てようが無いわよね。」

「私はもう二度とあんな辛い経験はイヤよ。二人目は絶対無いわね。」

と首を何度も横に振るティファニー。

「おいおい二人とも、独身の若者たちをビビらせないでくれよ。」

と再び割って入る私。カンチーとテイラーの方を振り返ると、二人怯えたような表情で笑っています。しかしここでティファニーが、

「でもどんなに大変でも、やっぱり子供は可愛いからねえ!」

とシャノンに同調を求めます。これに応えてシャノンはさらにお産話を引っ張り、若い部下たちはただただじっと黙って聞くばかり。う~ん、これじゃあ折角のチーム・ランチが、単なる「先輩ママたちの話を聞く会」になっちまう。こういうのじゃないんだよな、僕が思い描いてたのは…。

まるでビーカーの透明溶液に試験管から新しい薬剤を注いだ途端、激しい化学反応がスタートして全体がピンクに染まり、モクモクと煙が立ち上ったような格好。このまま連鎖反応が進めば、収拾つかなくなるかも…。

「そうだ、バレンタインデーって、オフィスで何かイベントがあるんだよね。」

と思い切って話題を切り替えてみる私。

「ベーキング・コンテストがあるわ。」

と、これにテイラーとカンチーが反応します。そう、毎年2月14日は、腕に覚えのある社員達が自作のクッキーを持ち込んで品評会にかける催しがあるのです。

「そうだ、アンドリューは趣味でクッキー焼くんだよね。今年は出品する予定?」

と、左隣の若者にキラーパスを送る私。彼はつい最近、自作のレーズン・クッキーをどっさり持って来て我々に振る舞い、お菓子作りの実力を知らしめたのです。そんな彼から何か「ベーキング面白話」でも披露してもらえるだろう、と踏んでのことでした。ところがこのパスに咄嗟に反応できず、さっと顔を赤らめるアンドリュー。

「いや、まだ決めてないんですよ。ハートの形とかがちょっと…。」

「あたし、ハートの焼き型いっぱい持ってるわよ!まだ引っ越し荷物の段ボールに入ってるから急いで出さなきゃいけないけど、大きさも色々あってすっごく可愛くて、去年作った時はね...。」

再び右隣から猛烈な勢いで飛び込んで来た、ティファニーの甲高い声。まるで新人選手に反則すれすれの強烈タックルを食らわせて来た中堅。もちろんアンドリューは、あっけに取られて喋るのを止めてしまいます。

この時点で正直、かなりイラついて来ていた私。何とか皆に喋らせようとしてるのに、その度にいちいち主導権を奪い取って行くティファニー。悪気は無いんだろうけど、あまりよろしくないぞ。いくら歓迎会の意味合いが強いとはいえ、これはチームのミーティングなんだから。

それから私は、何とか出席者全員に話す機会を公平に分配しようと、バラエティ番組のMCさながらの仕切りを始めました。そんなこちらの意図に気付く様子もなく、ハイテンションで話題泥棒を続けるティファニー。ヤバいぞ、彼女の独走を止めなくちゃ、とトークにいちいち水を差し始めた私。

「君のエネルギー・レベルは本当にすごいね。」

「今朝は何食べて来たの?」

そんな意地悪な茶々が耳に入る気配も無く、上機嫌で突っ走る彼女。その時、誰かに左肩をつんつんとつつかれます。振り向くと、アンドリューが顔を近づけて私の耳元でこう囁いたのでした。

“Just listen.”
「まあ聞きましょう。」

その意図をしっかり汲んだ上で、上司の弄するつまらぬ小細工を諫めにかかった若者の冷静さに、ちょっぴり感動した私。よくよくテイラーとカンチーを見ると、二人とも素直にティファニーの話に耳を傾けています。そうか、みんなこれでオッケーなんだ。大人げなく振る舞っていたのは僕だけで、若者たちはちゃんと対応しているじゃないか。…とんだ取り越し苦労でした。

うちのチームは大丈夫そうです。