2018年6月17日日曜日

Kafkaesque カフカエスク


カマリヨ支社のケンから電話が入ったのは、金曜の12時ちょっと前でした。

「さっきのメール、読んだ?」

彼とは、「最近同じ巨大プロジェクトにチームメンバーとして参加している」間柄。私の記憶が正しければ、まだ会ったことも話したこともありません。彼自身がPMを務めるプロジェクトに深刻な問題が発生していて、その解決に助けが欲しいというメールをこの数分前に受け取ったところ。でも彼のプロジェクトに関わりは無いし、予備知識ゼロです。そんな僕に一体何を求めてるんだろう?そもそもケンがPMをやってることすら、この時初めて知ったのでした。

「参っちゃうよ。下請け会社の奴が怒り心頭でさ。支払いがこれ以上遅れたら機械を停めるって言うんだ。所帯は小さいけど、あの会社の技術が無ければ俺のプロジェクトは成立しない。それほど重要な存在なんだ。返信する前に、まずは過去の請求書がどういう状況にあるかを調べたいんだ。どのシステムを開けばいいのか教えてくれないか?」

これで彼が連絡を取って来た理由が分かりました。我が社でPMとして認定されるには、専門分野での優秀さのみならず、財務会計分野や各種オンライン・システムに精通していることが要求されます。でも現実にそんなスーパーマンがいるはずもなく、多くのPMたちは誰かのサポートを頼まざるを得ない、というわけ。同じプロジェクトに関わるうちに、ケンは私が社内システムに詳しいことを知ったのですね。

「まずそっちの画面を見せてくれる?」

彼のコンピュータ・モニターをシェアしてもらい、電話で「そこクリックして。右側の表にハイパーリンクがあるでしょ。」とイントラネット内を丁寧に誘導する私。数分かけて下請け会社の請求書をひとつひとつ確認したのですが、問題の肝は、「何故我が社からの支払いが滞っているのか」です。これには複雑な事情があるんだ、と言うケン。

「三カ月前にクライアントのPMパトリックから、彼等の会計システムが刷新されると言われたんだ。だから既に期限切れの支払いも少し遅れるし、新しい請求書を送って来られても移行期のドタバタで紛失してしまうかもしれない、少し待ってくれ、と。で、言われるままに待ってたんだけどそこから連絡がぷっつり途絶えるんだな。何度メールを送ってもとんと返事が来ない。うちが支払ってもらえなければ下請けにも払えないだろ。イライラしてたら先月になって、知らない女性から突然連絡が入ったんだ。パトリックは会社を去って、私が引き継いだ、と。更に現契約は打ち切りになり、彼等のクライアントが引き継ぐことになったので、おたくと彼等とで新契約の締結をしないといけない。今後請求書はそちらへ送ってくれ。じゃあ過去の請求書はどうなるのか?と尋ねると、それは新しい契約書に基づいた新プロジェクトを立ち上げて、その下で払うことになる。じゃあ下請け契約も全部やり直さなければいけないじゃないか、ということになってバタバタと慌てて処理したんだ。ところが、新プロジェクトのスタート日が請求書の日付より後に設定されていたため、システムにはじかれちゃったんだ。」

このあたりで、集中力がだいぶ減退して来ているのに気付いていました。昼休みに突入してから随分経っていて腹ペコだし、事情が込み入っていて理解するのに根気が要るのです。ケンはここから更に、我が社の会計システムの複雑さとサポート態勢の不備に対する不満をぶちまけ始めます。

「一旦設定を終えた新プロジェクトのスタート日をさかのぼらせるのには苦労したよ。おまけに変更の電子決裁がようやく終わったっていうのに、その情報が支払いシステムに伝わっているかどうかが分からないんだ。問い合わせしたくても、インドかどこかで管理してるみたいで、連絡先すら分からない。オンラインで請求書の承認をしようとしても、エラーメッセージが出るだけで何の説明も無いんだぜ。一体どうしろっていうんだよ!」

初めて会話する相手によくここまでヒートアップ出来るな、と半ば感心しつつ、満を持して合いの手を入れる私。

“I know how you feel. It’s really Kafkaesque.”
「分かるよその気持ち。全くもってカフカエスク(Kafkaesque)だよね。」

これは先日、同僚クリスティから仕入れた新しい英単語です。彼女もケンと同様、下請け会社への支払い遅延についての不満を漏らしつつ、

「うちの会社ってカフカエスクよね。」

と首を振ったのです。え?なにそれ?と質問すると、

「カフカ調の、とかカフカっぽい、って意味よ。」と

クリスティ。

「フランツ・カフカの小説で描かれるような、悪夢みたいに複雑で不合理な世界を指すのよ。」

組織が拡大するにつれ、個々の社員の存在感はどんどん薄れてきている。その一方で、社内手続きの煩雑さ、システムの難解さ、意思決定プロセスの不透明さは増している。たとえば自分が現在取り組んでいる社内レポートは、そもそも誰の指示によるものなのか。その情報は、誰が何の役に立てているのか。どうして夕方締め切りのレポート要求が今朝届くのか。何も分からず、聞こうともせず、ただただ指示通り一心不乱に作業している社員たち。ひとたび問題が起きると、誰に何をどう問い合わせればいいのか分からず途方に暮れるのよね、と。

「何でエスクっていうの?ライクじゃ駄目なの?」

と私。

「エスクの方が洗練されて高尚な感じがするでしょ。」

とクリスティ。ふ~ん、なるほど。「ロマネスク」もそうだね。他にどんな例がある?と尋ねると、暫く固まった後、(物知りの同僚)アンディに聞いて来る、と言って立ち去りました。そして間もなく戻って来て報告します。

「ルーベネスク(Rubenesque)って言葉があるって。ルーベンスっていう中世の画家がいるでしょ。ふくよかな女性の裸体で有名な。ルーベネスクっていうのは、ぽっちゃりした官能的なタイプのことを指すみたいよ。」

私がケンに放ったセリフは、こう和訳出来ると思います。

“I know how you feel. It’s really Kafkaesque.”
「分かるよその気持ち。全くもって、カフカ的に複雑怪奇だよね。」

仕入れたばかりのクールなフレーズをドンピシャの場面で使ったことで、してやったりの私。しかしあろうことか、ケンはこれを無反応でスルー。あれ?伝わらなかった?そもそもこの単語、高尚過ぎてあまり流通してないのかも…。動揺する私を気にかける様子も無く延々と毒を吐き続ける、顔も知らない電話の主。おいおい、もう12時半だぞ。助けたいのはやまやまだけど、ランチタイムが無くなっちゃうじゃんか。午前中に終わらせようとしてた仕事も片付いてないし…。

その時、ケンが急に言葉を切りました。そしてこう私に告げたのです。

「ごめん。ちょっとボーイズ・ルーム(男子便所)に行ってくる。すぐ戻る。」

ガタガタっと席を立つ音。そしてドアの閉まる気配。え?嘘でしょ。まさか僕を電話口で待たせたままトイレ休憩?

三分近い静寂の後、まるで何事も無かったかのように受話器を取り上げ、溜息混じりの泣き言を続けるケン。財務部門のお偉いさんに対して特別措置依頼メールを書くことを勧め、電話を切ったのは1245分でした。

遅いランチへ出かける前、椅子に腰かけたままひとしきり考えました。今のケンの行動は、アポ無しで病院に飛び込んで診察料も払わず医者に助言を乞い、挙句に突然尿意を催したからと中座するようなもんだよな。あっけに取られるあまり咄嗟に反応出来ませんでしたが、やっぱりどう考えても非常識だろ…。

これって「何エスク」?


2018年6月10日日曜日

Cogs in a wheel 歯車のコッグ


月曜の午後。人類学チームのクリスティがやって来て、協力会社に対する我が社の冷酷な仕打ちについてひとしきり語りました。でも私みたいな一般社員には何もしてあげられないのよね、と溜息をつき、こんなセリフを呟いたのでした。

“After all, we are all cogs in a wheel.”
「結局私達ってみんな、ホイールのコッグなのよ。」

聞いたことのない言い回しです。特にCog(コッグ)という単語は初耳だったので、解説をお願いしました。

「ほら、大きな機械の中で動くホイール(歯車)があるでしょ。その一枚一枚の歯がコッグよ。つまり、私達ひとりひとりは組織全体から見たらちっぽけな存在だってこと。」

なるほど。つまりこういうことですね。

“After all, we are all cogs in a wheel.”
「結局私達ってみんな、歯車の歯なのよ。」

日本語にも、「俺たちは組織の歯車に過ぎない」という表現がありますが、これは更にそのスケールを落としたバージョンですね(歯車には「回転する」仕事があるけど、その歯ひとつひとつはただそこに立って役割をこなすだけなので)。

「なんか、じわじわと気が滅入って来る言い回しだね。」

と私。後であらためてa cog in the wheelの意味を調べてみたのですが、標準的な解説の中に、気になる表現がありました。

“Someone or something that is functionary necessary but of small significance or importance within a larger operation or organization.”
「機能的には必要だが大きな組織の中では重要性の低い存在」

少なくとも解説前段では、その存在の必要性が語られている。歯車の歯がいくつか欠ければ機械全体が停止する可能性もあるわけで、そう考えればこのフレーズも、ポジティブに使える場面があるんじゃないか?

「無いわね。」

その日の昼食時、ランチルームで左隣に座っていた同僚バレリーに尋ねてみたところ、即答で断言。

「生まれてこの方、ポジティブに使われるのを聞いたことなんて一度も無いわよ。」

すると右隣から、若い同僚のローレンがスマホを見つめつつ会話に参加します。

「確かにネットの説明を読むと、ネガティブばかりじゃないようにも感じられるわね。でもやっぱり、ポジティブな意味で使われることなんて無いんじゃないかしら。」

折角新しい英語表現を仕入れたのに、卑屈で厭世的なニュアンスがあるのなら口にするのは抵抗があります。なんとかうまく明るい印象の使用法を見つけられないもんかな、とひとしきりもがくのでした。

その翌日火曜の昼前、元ボスのエドが職場に現れました。今や完全な自宅勤務になっていて、オフィスで姿を見ることは滅多にありません。随分ご無沙汰ですね!と握手すると、

「デスクを取り上げられちまったんだから仕方ないだろ。」

と笑います。社員数が急増した時期、オフィススペースを確保するためリモートワークが推奨されたことがありました。エドはそのキャンペーンに乗っかったわけです。

「毎日ひとりぼっちで働くの、淋しくないですか?」

と私。

「通勤苦から解放されて、むしろほっとしてるよ。朝起きるとコーヒー淹れて、直ちに仕事開始だ。第一、オフィスには顔なじみの社員がほとんど残ってないだろ。わざわざ足を運ぶ動機も無いじゃないか。職場に顔を出すのは、もうこういう時だけだよ。」

そう、今日は久しぶりのランチ・パーティーだったのです。

かれこれ十年以上続いている、仲間の誕生日に皆で昼食をおごる「バースデー・クラブ」。組織の吸収合併や大量レイオフという名の疾風怒濤をくぐり抜け、エド、マリア、リチャード、そして私の四人で今日まで続けて来ました。今回の主役は、50歳という大きな節目を迎えたリチャード。ダウンタウンのイタリアン・レストラン「ソレント」に、この後合流したマリアと四人で出かけたのでした。

「シンスケは今、何人部下がいるんだ?」

「五人です。」

「おいおい、随分景気がいいな。このままどんどんエラくなって手が届かない存在になっちまうんじゃないか?」

と、リトルイタリーに向かって歩きながら冷やかすエド。数カ月前の組織改変でエリカとマリアを手放すことになった彼は、長年育てて来た部下を理不尽に奪い取られた男の悲哀を滲ませるどころか、彼女たちの勤務評価をしなくて良くなったその身軽さを楽しんでいるよ、と笑うのです。まるで幾多の試練を乗り越えて来たベテラン大工が、皮肉混じりの冗談をテンポよく飛ばしつつ仕事に打ち込む姿を見るような清々しさ。自分もこういう風にならなくちゃな、と元ボスへの尊敬を新たにするのでした。

パスタやポークチョップなどに舌鼓を打ち、誕生祝にと店から提供されたデザートのティラミスを皆でつついた後のことでした。

「俺、辞職したんだ (I resigned)。マリアから聞いてる?」

テーブルを挟んで向かいの席から、リチャードが爆弾発言をかましたのです。隣ではエドとマリアが額を突き合わせるようにして、こまごまと仕事の話をしています。

「いつ?」

ショックのあまり固まったり、落胆の溜息をついたり、と色々なリアクションがとれる場面ですが、一瞬のためらいを経て淡白に聞き返した私。

これには理由があるのです。

89歳の元同僚ジャックが、ひと月ほど前ふらりと私を訪ねて来た時のこと。ひとしきり近況報告を交わした後、

「リチャードがうちの会社に来るの、聞いてるよね。」

と口走ったのです。突然のレイオフを受けた後、ほとんど間を置かずに小さな競合会社への再就職を果たしたジャック。仕事量はうなぎのぼりで大忙しだよ、と新天地の繁栄に嬉しい悲鳴を上げる彼が、長年大きな信頼を寄せて来たリチャードの引き抜きを試みるのは当然でしょう。今の部署で設計技師として大活躍を続けて来たものの、ハードワークに見合った報酬を受けていないことに対する不満をしょっちゅう口にしていたリチャードにとっても、これは渡りに船というところ。

「あ、今のは聞かなかったことにして。」

私の顔色からこのニュースが初耳であることを素早く察したようで、慌てて顔をこわばらせたジャック。えらい秘密を打ち明けてくれちゃったよなあ、と困惑する私でした。

そんな背景があったので、ランチパーティーでのリチャードの告白にも対応を迷ったのですね。しかし、

「三週間ほど前に辞職届を提出したんだよ。」

という彼の返答に、ふと違和感を覚えます。

「え?それってどういうこと?」

辞める二週間前に届けを出すのが通例なので、普通に考えればとっくに退職日を過ぎているのです。

「ボスに止められたんだよ。給料の大幅アップをするから残ってくれってね。彼が上層部に掛け合って、その日のうちに転職話は無かったことになっちゃった。」

おお~!それは良かったな!と意外な急展開を喜ぶ私。長年の仲間が欠けるのは寂しいけど、新天地で彼がより幸せになるのなら仕方ないじゃないか、と諦めていたのです。

「あ、思い出した!」

エドとマリアにも注意を促し、くすぶっていた質問を投げかけます。

「食事の前に、a cog in a wheel(歯車のコッグ)ってイディオムの話したでしょ。今回リチャードに起こった事件は、機械全体に対するコッグの重要性を証明してるよね?だからこれってやっぱり、ポジティブにも使える言い回しだと思うんだ。」

するとエドが、

「もちろんポジティブに使える表現だよ。機械を操縦し続けようと思えば、コッグがきちんと機能していることが絶対条件になるだろ。」

と真顔で応えます。そして間髪入れず、ニヤリと笑ってこう付け足したのでした。

“We’re not the ones who’re running the machine for sure.”
「機械を操作してるのが俺たちじゃないのは確かだけどな。」

2018年5月28日月曜日

Elbow-Rubbing Person 肘をこする人


先々週の水曜、夕食を終えてソファでくつろいでいたところ、携帯にテキストメッセージが入ります。

「シンスケ、まだ同じ会社にいる?」

だいぶ前に突然辞職した、若いエンジニアのジェイソンからでした。どういう経緯でそうなったのかも知らないし、退社当日の記憶さえ無く、気が付いたら消えていた、という印象。勝気な男だったので、何かに腹を立てて喧嘩別れ的に突然飛び出して行ったのかなあ、と勝手に想像していました。そんな彼が、どうして今頃連絡を取って来たのか?

「うん、まだいるよ。元気?」

「ヘイ、マイフレンド!そのうちランチに行かない?」

「いいね。そっちもサンディエゴにいるの?」

「イエス、サー。ダウンタウンにいるよ。こないだPMPを取得したんだぜ!」

「やったね!それじゃ、お祝いしなくちゃ。来週火曜でどう?」

そんなわけで翌週、「エクストラオーディナリー・デザート」という人気レストランでのランチが決まったのでした。

私の勤める会社は人の出入りが多く、二、三年で社員が去ることは珍しくありません。最初の内はそのことに動揺していましたが、今では「そうかそうか、またいつかどこかで会おう!」くらいの受け止め方になっています。人の一生というスケールで見れば、転職なんて大した事件じゃない。僕はただ彼等と知り合えたことに感謝し、ひとつひとつの出会いを大切にして行こう、と。「袖擦り合うも他生の縁」と言うじゃないか…。

さて、眉間に皺を寄せたシリアスな若者役時代のデカプリオそっくりなジェイソン。同じオフィスで働いていた頃は、権威に屈せず正論を貫こうとするこの若手社員にハラハラしながらも、ついつい応援せずにはいられなくなる元「青臭い若造」の私でした。新天地で活躍してくれてたらいいけど、もしかしたら「勢いで転職してはみたものの、隣の芝生は青くなかった。何とか戻れる道は無いか。」なんて泣きつかれるんじゃないか。あるいは、「うちの会社に来てプロジェクト・コントロールやってくれないか」と勧誘されたりして、などと色々な展開を想定しつつ、店の前で彼を待ちます。

12時ぴったりに現れた彼は、携帯で誰かと話しながら笑顔でこちらに右手を挙げ、すぐに終わるから、という手振り。そういえばこの男、ミーティング開始時間になってもこちらを待たせ、携帯で誰かと話しながら廊下を行ったり来たりしてることが多かったな、と思い出して可笑しくなりました。

「いつ辞めたんだっけ?」

店の真ん中の二人掛けテーブルに向かい合わせて座り、さっそく質問する私。

2016年の12月だよ。シンスケはちょうどオーストラリアに出張してたから、話すチャンスが無かったんだ。」

「そっか、だから記憶が無いんだ。」

これでようやくすっきりしました。ぷいと去って行ったわけではなかったのです。

新しい会社は社員200名程度。直接社長と話すチャンスも度々あり、風通しは頗る良いとのこと。PE(プロフェッショナル・エンジニア)にPMPの称号も加わり、「シニア・プロジェクトマネジャー」という堂々の肩書。組織が小ぶりな分活躍の場は広く、伸び伸び働いていると言います。

私がかつてサポートしていた彼の担当プロジェクト数件がその後どうなったかを尋ねるジェイソンに、

「ジャックがPMを引き継いだけど、彼は僕のサポート要らないってさ。オファーはしたんだけどね。あの部門はメンバーほとんど総とっかえしちゃったから、様子がよく分からないんだ。」

と答える私。

「ジャックか。あの男には俺、ずっと変人扱いされてたなあ。」

「え?そうなの?」

「格別評判良くなかったでしょ、俺。」

「気が付いてたの?」

「そりゃそうだよ。」

周囲との摩擦に頓着しないその姿勢に、彼の上司や同僚達が手を焼いていたことは知っていました。しかし、本人がどれだけそれを意識していたかは謎だったのです。

この時ジェイソンが放った次の言葉に、思考が止まります。

“I’m not an elbow-rubbing person.”
「俺、肘をこする人じゃないから。」

ちょっと待った!と会話を中断。ヒジをこする?どういう意味?と解説を求めます。

「知らない人達の中にでもどんどん入って行って親しくなろうとする人のことだよ。」

「それがどうして、ヒジと関係あんの?」

Rub elbows with someone(人とヒジをこすり合う)ということは、すごく近い距離で誰かと話すことだろ。だからじゃないかな。」

なるほどね。要するにこういうことですね。

“I’m not an elbow-rubbing person.”
「俺、社交的な人間じゃないから。」

ジェイソンが真剣な表情で続けます。

「ただ同じ会社で働いているからといって、無条件に仲良くしなきゃいけないってのはおかしいと思う。俺は表面だけナイスな人間になりたくないんだ。己の信じる道を突き進むと、決まって周りとの調和を強要する人が現れる。それに屈することは、自分の信条が許さないんだ。衝突は日常茶飯事だった。お前って嫌なヤツだなって面と向かって言われたこともあるよ。」

「頑固だとは思ってたけど、そこまで悪い印象を受けたことは無いなあ、僕は。」

「それは良かった。」

それから彼が、話題を変えます。

「シンスケの中長期展望を教えてよ。今後のキャリアはどう考えてるの?」

お、遂に転職の意思を探る釣り球を投げ込んで来たか?ちょっと考えてから、正直に答えます。

「僕は野心家じゃないからね。組織での出世は考えて無いんだ。それより現場の人間に徹して、会社がプロジェクト・コントロールという機能をもっと効果的に使えるようにしたい。今は部下が五人しかいないけど、更に増員し、皆をしっかり鍛えて早く一人前にしたい。そしていずれは彼らが同じように誰かに知識や技術を伝授して、数年後にはプロジェクト・コントロールのスペシャリストが各オフィスに散らばっている、という体制を作りたいんだ。そうすれば、大勢のPMをしっかりサポート出来るだろ。」

「すごいね。充分野心的じゃん。」

「そうかな。こういうのも野心的って言うの?」

「言うでしょ。」

「君の方はどうなの?今後の展望は?」

と、ボールを投げ返す私。

「シンスケ、まずは俺、感謝の気持ちを伝えたいんだ。」

「え?急に何だよ?」

「新米PMだった頃からずっとサポートしてくれただろ。その過程で、プロジェクトマネジメントの基礎をしっかり学ばせてもらった。特に財務会計分野の理解が深まったことは大きいよ。お蔭で、今度の会社ではエグゼクティブ達よりもプロジェクト財務分析に詳しくなってるんだ。ベテラン達からも一目置かれるようになってね。実は明日も、アーバイン本社でのトップ会議に呼ばれてる。俺の意見が聞きたいんだって。」

「おお~っ!それはすごいな。おめでとう!」

私より20年以上も若いジェイソン。まるでやんちゃ坊主だった親戚の子が、優等生として朝礼で表彰されたニュースを聞かされたような気分でした。それから彼のPMP取得にまつわるエピソードなどを聞き、その目覚ましい成長ぶりに目を細める私。

「じゃあここは僕が。」

時計を見ると、もうすぐ一時半。そろそろ精算して職場に戻ろうと、請求書の載せられたトレイに手をかける私。

「駄目だよ!」

慌てたジェイソンが、がっしりとトレーを押さえつけます。

「え?なんで?PMP取得のお祝いをしようって言ってあったじゃん。」

「いや、今日ランチに誘ったのは、どうしても感謝の気持ちを伝えたかったからなんだ。俺が今こうしていられるのは全てシンスケのお蔭なんだから、ここは絶対俺に払わせてよ。」

向かいからトレイをつかんで引っ張るジェイソン。ヒジをテーブルに擦りつけながら、こちらを睨みつけます。映画 The Aviatorで若きハワード・ヒューズを演じた頃のデカプリオみたいな、険しい表情。真剣です。

「分かった。有難う。ご馳走になるよ。」

と、手の力を緩める私。社交性に欠ける若者の見せた精一杯の感謝のジェスチャーに、ぐっと胸が詰まったのでした。


2018年5月19日土曜日

Tyranny of a blank sheet of paper 白紙一枚という残酷


「やだよ。メッセージだけでいいじゃん。」

と、露骨に顔を曇らせる16歳の息子。

「ママは君の絵が大好きなんだよ。きっと今年も期待してると思うな。出し惜しみしないで描いてあげなよ。」

「何描けばいいか分かんないよ。」

「何だっていいんだよ。バースデーケーキとかさ。」

「それは去年描いたよ。」

「いいから何か考えてよ。イラストが無かったらきっとがっかりするから。」

「う~ん、分かったよ。」

意外にあっさりと折れ、渋々ペンを持って椅子に腰かける長身の若者。妻に贈る誕生カードには毎年、我々男子二人からのお祝いメッセージの横に、息子によるペン画のイラストが添えられているのです。

「君の絵はいつも独創的だから、ママだけじゃなく色んな人が楽しみにしてるんだよ。」

二歳頃から、見る人が思わず顔をほころばせてしまうようなイラストを描いて来た彼。知り合いに「お金出すから描いて」と頼まれるほどのクオリティでしたが、そんな彼も今やニキビ面の高校生。リクエストに躊躇う気持ちも分かります。以前はカラフルだったイラストも、最近では黒一色。右脳からほとばしっていた純粋無垢なクリエイティビティが、年齢を重ねるとともに左脳の論理性に陣地を譲って来ているのでしょう。今回も、頭部の下に漢字の「火」みたいな棒状の手足をつけた「スティックフィギュア」で、自分と母親を並べて描いた息子。妻と二人、「今年で最後かもね」と、青空に霞んでいく虹を眺めるような気分でそんなイラストを眺めるのでした。

さて金曜日のランチタイム。巨漢の同僚ディックと連れ立って、ダウンタウンのリトルイタリーに向かいました。

「何食べたい?」

「何でもいいや。任せる。」

それじゃあ、と久しぶりにニュージーランド料理店Queenstown Public House(クイーンズタウン・パブリック・ハウス)をチョイス。料理の味自体は私のストライクゾーン外角低目をかする程度なのですが、鉄筋コンクリートのビル街で威風を放つイエローブラウンの木造建築、加えて店の内外に横溢する濃厚な緑とがポイントを稼ぎ、お気に入りレストランの上位にランクインしている一軒。

半透明のレモン色パティオシェードを通して差し込む陽光の中、ウッドデッキで二人掛けのテーブルに向かい合わせて着席します。まるで一輪車に跨ったサーカスの熊のように、巨体の背を丸めて普通サイズの椅子に腰かけるディック。「フリートークの切れがいい元プロレスラー」みたいなイメージで親しく付き合って来た陽気者ですが、ここ最近はどうも元気がありません。仕事のストレスが表情に滲み出ていて、ジョークにまぶしたスパイスにも、辛みより苦味が勝っていることが多い。こうして青空の下を歩いて太陽からビタミンを補給することで、ちょっとは気が晴れるといいんだけど、と密かに願う私でした。

そんな彼と料理の到着を待ちながら近況報告を交わしていた時、ふと口をついて出た質問。

「あのさ、ちょっと聞いていい?」

二年前に買った古い一軒家の前庭。入居時には美しく刈り込まれていた芝生が瞬く間に枯れ、タンポポやバミューダグラスなどの雑草、そしてその根っこを食おうと縦横無尽にトンネルを掘り進むゴーファー(土ネズミ)が大暴れした結果、見るも無残な荒地になってしまった。ボーナスが入ったら専門家を雇い、一から庭造りをやり直したい。まずは基本設計を仕上げる必要があり、妻と街歩きをしながら参考例を探しているのだが、未だにこれという庭に出会わない。理想の庭は?と考えてもアイディアすら浮かんで来ない。一体何から手を付けたらいいんだろう?

ホームオーナーとしては大先輩のディックなので、一般的なアドバイスをもらえるものと期待しての質問でした。

「一番先に考えるべきことはね、訪れる人にどんな印象を与えたいか、なんだ。前庭っていうのは、居住者の価値観や生き方を表現する場でもあるんだよ。この家に住む人はお偉いさんなのか、それとも気さくなタイプの人なのか。当然、家主の自己表現ポイントによってデザインも変わって来るだろ。まずは細部にこだわらず、自分の好きな庭の姿を描いてみるといい。大きな紙を拡げて、極太サインペンを心の赴くままに走らせる。この時、頭の中にある細かな制約条件に邪魔されないよう、無心になることが大事なんだ。ペンも普通の持ち方でなく、幼児がやるみたいにグーで握ってみるとかしてね。」

「ランチ仲間」というこれまでの緩い関係性ゆえか、彼の専門がランドスケープ・デザインであることを、この時まですっかり忘れていたのでした。

Frank Gehry(フランク・ゲーリー)ってデザイナー知ってる?ウォルト・ディズニー・コンサート・ホールみたいに奇抜な作品で知られてるんだけど、彼はまず何枚も何枚もスケッチを描くんだ。こんなもの作れるわけないよって普通の人なら自然にブレーキをかけるところを、構わず自由に描き続ける。ずば抜けたデザインってのは、そうやって生まれるものなんだ。実際に施工する側はブーブー言うかもしれないけどね。」

しまった、その道のプロに無報酬でコンサルティングを頼んでしまった、という自覚がようやく追いついて来て、恐縮し始めた私。しかし、当のディックは料理が運ばれても手をつけず、真剣なまなざしで話を続けます。

「結局のところ、こんな風にしたい、というアイディアを固めるのが一番難しいんだよ。そんな時に役立つのが、今まで見て来た事例のどこが好きでどこが嫌いかを具体的に言葉にしてみること。そうして段々と、自分との対話が始まるってわけさ。」

「なるほどね~。」

と私。言われてみればその通りです。

「僕は極力、維持管理が楽な庭にしたいと思ってるんだよね。そもそも庭仕事が好きなわけじゃないし、水不足のサンディエゴであまり凝ったガーデニングはすべきじゃないからね。かと言って、トゲの多いサボテンなんかも植えたくない。近寄った時、反射的に身構えちゃうでしょ。」

「そうそう、そうやって自分の欲しているものが何なのかを探っていくんだ。それがある程度固まったら、絵を描いてみるといい。自由にね。ま、こいつが結構難しいんだけど。」

それから彼は、更に具体的なアドバイスを提供します。

「素人が一番犯しがちなミスは、自分の好きな花を何でもかんでもいっぺんに全部植えちゃうことなんだ。結果的に、ごみごみした統一感の無いガーデンが出来ちまう。まずは庭全体のトーンをはっきり決めてから、植物の種類や密度を考えるべきだね。そして、見る人の目が惹きつけられるフォーカルポイントを作ること。レモンの樹一本でもいいし、ごつごつした岩でもいい。玄関のドアに向かって歩いて行く過程で庭の見え方はどんどん変わっていくから、どの角度でどう見せたいかも大事に考えた方がいいよ。」

「すごい、さすがプロだねえ!そんな発想、ちらりとも浮かばなかったよ。」

かれこれ7年以上の付き合いになるのに、専門家としてのディックからアドバイスを受けるのは初めてのこと。話しているうちにアーティスト魂が温まって来たようで、ふわりと顔をほころばせます。

ところが、最近手掛けているプロジェクトの話をしてよとお願いした途端、まるでブレーカーが落ちるようにさっと顔色を曇らせ、首をゆっくり振りつつ大きな溜息をつくのでした。

「C市のプロムナード・デザイン・プロジェクトがあるだろ。あれ、こないださんざん苦労して会心作を仕上げたんだよ。これは毎日わんさか人が訪れるような、街の名所になるぞって市役所の担当者もその上司も大興奮してた。ところがシティマネジャーに上げたら、無難なデザインに変更しろって突き返されちゃったんだ。ほんとに参るよ。新しいことをやろうとすると、決まって抵抗する奴が出て来るんだもんなあ。」

クリエイティブな業界にありがちなお話ですね。たとえ図抜けたセンスの芸術家がとんでもない傑作を仕上げたとしても、最終意思決定者がうんと言わなければ結局日の目を見ることなく埋もれて行く。最近ディックに覇気が感じられないのは、こういう事情があったからなのかもしれません。慌てて庭の話題に引き戻す私。

「ちょっと前に、庭の完成予想図みたいなものを描いてみたことがあるんだ。これがなかなか大変で、紙を前にすると何も浮かんで来ないんだよ。」

すると再び笑顔になったディックが、

「学生時代によくやらされた演習があるんだ。ごく簡単な条件だけ与えられて、さあ残り一時間でデザインしなさいって鉛筆一本と紙を一枚渡される。あれは本当にキツかった。何もアイディアが出て来ないまま時間だけが刻一刻と過ぎて行く。どんどん胸が苦しくなってねえ。教授がニヤニヤしながら、その状況をこう表現したんだ。」

Tyranny of a piece of blank paper
「白紙一枚のティラニー」

言わんとしていることは何となく分かりましたが、Tyranny(ティラニー)がひっかかります。「圧政」とか「暴虐行為」と訳される単語で、

Tyranny of the majority
「数の暴力」

などに使われます。ぴったりした日本語が出て来ないので、こんな風に意訳することにしました。

 Tyranny of a piece of blank paper
「白紙一枚という残酷」

大抵の子供は、紙と鉛筆を渡せば苦も無く絵を描き始めます。大人になると、学んで来た常識や論理が手枷足枷となり、クリエイティブなマインドを解放するのが難しくなるのですね。それをうまく言い表したフレーズだなあと思いました。

さて昨日の夕方、いつものように放課後の息子をピックアップしてから帰宅。小腹が空いたので何かおやつが無いかとキッチンを物色していたところ、無印良品のお菓子を発見しました。一時帰国の際に息子が気に入って買い込んで来た、「ホワイトチョコがけいちご」でした。

「ダメだよ。最後の一袋なんだから。」

と釘を刺す彼。

「これ、食べたことないなあ。味見したいから、今度ひとかじりだけさせてよ。今じゃなくていいから。」

「いいよ。そのうちね。」

眉間に出来た大きなニキビが気になって、大好きなチョコレートをここ何週間もずっと封印している彼。

「あ、これもう賞味期限過ぎてる!」

袋を手に取り、ショックを隠せない様子の16歳。

「大丈夫だよ、ちょっとくらい。」

と落ち着かせますが、

「どうしよう。今、開けちゃおうか。」

と気持ちが大きく揺らぎ始めた彼。

「チョコ食べたら、ニキビがもっと大きくなるかもよ。やめた方がいいんじゃない?」

と忠告しますが、数秒間の躊躇いを経て、ビリビリと音をさせ「ホワイトチョコがけいちご」を開封する息子。大好物を口に放り込んだ後、私の口にもひとつ入れます。

「うわ、これはおいしいねえ。」

と感動を伝えると、

「でしょ!」

と嬉しそうに答えた後、彼の口から飛び出したのがこんな言い訳。

「明日、何かの事故にあってベロが無くなっちゃたりしたら、きっと後悔するもんね。」

う~む、まだまだ結構クリエイティブじゃないか。