2017年10月15日日曜日

Most stressful experience 一番キツい体験

先日の朝一番、同僚ジムが近づいて来て、にこやかに挨拶して来ました。

「オハヨゴザマス!」

お母さんが日本生まれの日本人、ということもあり、私に特別な親近感を持ってくれているようで、

「ショウガナイネェ」

などという「教科書では習わない」フレーズを繰り出して来ます。

Industrial Hygienist (産業衛生管理士)というニッチな分野を専門とする彼は、クライアントである軍の施設に常駐して騒音や換気、水質などの管理をしています。一ヶ月に一回程度オフィスに戻って来て、メールのチェックやトレーニングの受講などに一日を費やす、というサイクル。

「実はね、今日でさよならなんだ。転職が決まってね。」

不意に淋し気な表情を浮かべるジム。驚いた私は、急遽彼をランチに誘いました。以前から、そのうち昼飯食いながら日本の話で盛り上がろうよ、などと話していたのです。

「この一年くらい、プロジェクトの数を増やそう、クライアント・ベースを拡大しよう、と色々もがいたんだよ。直属の上司のマークと、その上司だったリチャードが応援してくれて、結構動いたんだけど、なかなかうまくいかなくてね。」

バーガー・ラウンジの明るいテラス席で向かい合い、事情を聞き出す私。後で別の人からも聞いたのですが、ジムの専門分野は極めて地味なため、普段は組織の中で話題にのぼることも無いのだそうです。工場などで事故が起きたり監査で違反を指摘されたりなどということがあって初めて、その重要性が脚光を浴びるのだ、と。

「結局プロジェクトの数は増えず、人も雇えず、更には頼りにしてたリチャードもクビになったりして、もうここに自分の未来は無いな、と諦めざるを得なかったんだ。」

半年くらい前から転職活動を続け、ようやく良いポジションが見つかった、とのこと。彼と実のある会話を交わすのはこれが初めてなのに、同時にお別れというのは何とも切ない話です。こんなことならもっと前からランチに誘っておけば良かった…。

海軍に長く勤務した経験があるというので、その頃の話を根掘り葉掘り聞き出してみました。

「三十歳前後で、ペンタゴンに三年ほど勤務したんだ。当時は調達担当だったから、毎日何千万ドルという契約交渉を処理してた。全世界に散らばる軍の施設へ送る物資の調達を、ほとんど誰とも相談せずに素早く決断しなきゃならない。あれはかなりストレスが大きかったね。経験が浅いのに責任重大な仕事を任される、というのは本当にキツいよ。」

若い頃にペンタゴン(国防総省)勤務ということはエリート街道を突っ走っていた証拠です。しかしアメリカ海軍というのは日本の中央官僚同様、ポジションの先細り度が尋常じゃないらしく、その後同期たちにどんどんポジションを奪われて行き、引退してコンサルタントにならざるを得なかったのだそうです。

「湾岸戦争部隊に物資供給するため、延々航海したこともあったよ。」

補給地点のフィリピンで台風に襲われ、停泊中に火山の大噴火に見舞われたこともあったのだと。

「強風の中、甲板に降り積もった黒く湿った灰の山を除去するため、乗員全員で徹夜作業をしたんだ。本当に大変だった。でもね、それはまだ良かったんだよ。」

驚天動地とも言うべき不測の事態に、こりゃ艦の点検のため米国へ引き返すことになるのかなと思いきや、そのままペルシャ湾まで航行せよという指令が出たのだそうです。

「あれは本当に辛かったなあ。」

困難に満ちた人生を送って来たのですね。彼に較べたら、私は随分楽な道を歩んで来てるなあ、とあらためて自分の幸運に感謝する気持ちが湧きました。

さて、二人で極上バーガーをたっぷり堪能し、そろそろ職場に戻ろうかという段になって、

「あのさ、これまで沢山辛い目に遭って来たようだけどさ、」

と尋ねてみました。

“What was the most stressful experience in your life?”
「これまでの人生で一番キツかった体験って何?」

軍人としての経験、そしてコンサルタントになってからの経験。私の想像を遥かに超えるほどストレスフルな物語を、山ほど持っていそうな気配がしていたのです。するとジムは一秒ほど置いて、こう静かに答えました。

“Being married.”
「結婚生活。」

全盛期の野茂のフォーク(ちと古いか)を思わせるこの急角度のオチがツボにはまり、大爆笑する私。テラス席に座っといて良かった!と思うほどの大声で笑いました。いやいや、これほど鮮やかな落とし方はもはや名人芸だぞ!腹を抱えつつ密かに感動を覚えていた私でした。

「実は、数か月前から別居してるんだ。」

淋し気な顔でジムが続け、さっきのはジョークじゃなかったんだということを理解するまで数秒かかりました。

「あ、ごめん。大笑いしちゃって申し訳ない。」

「いや、いいんだよ。オフィスに戻ろうか。」

帰る道々、奥さんとの長期にわたる緊張関係、娘さんが独立するまでは籍を抜かずにおこうと決めたことなどを、淡々と語り続けるジム。

なかなかにストレスフルな十分間でした。


2017年10月8日日曜日

発音の問題

木曜の昼前、エド、マリア、それからリチャードと四人でランチに行きました。かれこれ十年以上前から続いている「バースデー・クラブ」。その月に誕生日を迎えたメンバーのために残りの面々がランチをおごる、というしきたりだったのですが、それぞれ多忙なためスケジュールがずれにずれ、とうとう四人全員の誕生月をすっかり通り越してからの開催に。

お店どこにする?と歩き出しながら問いかけるマリア。

「二つ候補を考えたんだけど。」

と彼女が挙げたのが、木造二階建てのエキゾチックなニュージーランド料理レストランQueenstown Public House(クイーンズタウン・パブリック・ハウス)と、ゴージャスなスイーツでサンディエゴ中にその名を轟かせているExtraordinary Desserts(エクストラオーディナリ―・デザーツ)の二店。路上採決の結果、後者に決定しました。

Extraordinary(エクストラオーディナリー)って発音、結構難しいんだよね、僕には。」

マリアと並んで歩きながら、さらりと告白してみました。単語内に散りばめられた三つのRをそれぞれきちんと発音するのは、なかなか大変なのです。これが副詞のExtraordinarilyになると、さらに難易度は跳ね上がります(ちなみにExtraordinaryは、Ordinary(普通の)にExtra(割増し)をくっつけて、「並外れた」とか「桁違いの」という意味)。

「そうね。確かに発音難しいかも。」

私は更にRegularly(れぎゅらありぃ)を例に挙げ、僕ら日本人にとってR(アール)、特に隣接するLとRを正確に発音するのは至難の業なのだと説明しました。ちょっと前にも、チームの皆と話していた際、今後出張可能性のある国名を列挙したのですが、シャノンがひどく意外そうな表情を浮かべ、

「その国にうちの支社があったの?全然知らなかったわ。」

と反応したので、

「いやいや、ずっと前からあるでしょ、イギリス(UK)のすぐ隣に。」

と答えたところ、

「ああ、アイルランドね。イランって言ってるのかと思った!」

とようやく納得した様子。おいおい、どうやったらIrelandIran(アイランと発音)を聞き間違えるんだよ、と微かに気分を害した私ですが、複数のチームメンバーから同じ指摘を受け、さすがにこれは自分の発音の問題だな、と納得。さっそく何度も公開発音練習をしたのでした。

さて、いよいよExtraordinary Dessertsに入店。中央付近の四人掛けテーブルに案内され、ランチメニューのパニーニやサラダを注文。このお店は古い倉庫を改築したような天井の高い作りが特徴(収容人員ざっと五十人か?)なのですが、メイドイン・ジャパンっぽい鉄の急須などを陳列したりしていて、モダンながら「ほんもの感」も押し出しています。デザートのケーキにふわりと載せたピンクやバイオレットの花びらも、全て食用生花という徹底ぶり。

食事を待つ間、さっそく私が話題を振ります。

「新しいブレードランナー、もう観た?」

ブレードランナーの「レ」はLで、「ラ」はR。意識してやや強調気味に発音。

「まだだけど、あれ、金曜封切りじゃなかった?俺は絶対観に行くよ。ずっと待ち焦がれてたんだ!」

と興奮するリチャード。そう、映画「Blade Runner 2049」がいよいよ公開なのです。1982年に発表されたオリジナル作品「Blade Runner」の続編で、前回主役を張ったハリソン・フォードも登場するらしい。

「私も必ず観に行くわ。その前に最初のやつ、復習しとかなきゃ。」

とマリア。

「どんな映画だっけ?俺、観たことないかもしれない。」

とエドが首を傾げるので、軽くあらすじを解説しました。

舞台は2019年のロサンゼルス。異常気象の影響か、四六時中雨が降っていて、常にどんよりと暗い。ダウンタウンは人口密度が高く、人とぶつからずに歩くのも困難なほどごった返している。それを見下ろすように空飛ぶ車が行き交い、飛行船がゆっくりと行き過ぎながら、宇宙への移住を呼び掛けるアナウンスを繰り返している。ピラミッドのように超巨大な高層建築群の足元は、まるで80年代の新宿駅周辺を思わせる屋台村。初老の日本人店主が陽気な客あしらいを見せるヌードルショップの屋台で空席待ちをしていた若き日のハリソン・フォードが、煙るような雨をくぐってカウンター前に腰かけ、食事を始めます。間もなく後ろから呼び止められ、警察官らしき人物に同行を求められる。そこで初めて観客は、ハリソン・フォードが「ブレードランナー」と呼ばれる特別捜査官であることが分かる…(詳細はウィキペディアで)。

「かなりたくさんのカットに、日本語の看板や広告が出て来るんですよ。あの時代は日本資本のアメリカ進出が進んでたから、そのせいなのかな、と思いながら鑑賞したのを憶えてますね。アメリカ人の多くが、未来のアメリカは日本人だらけになる、と思ってたのかも。」

と私。膨大な対日赤字を抱えていた当時のアメリカにとって、日本は深刻な脅威だったのですね。今じゃ「アメリカ・ファースト」などと意気軒高ですが、当時は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が流行語になるほどだったんだよな…。

「やっぱり私、もう一回ちゃんと観直さなきゃ。今シンスケが話してくれた内容、何ひとつ憶えてないわ。」

とマリア。

それまで意識して避けていたのですが、食事が中盤に指しかかった頃、日曜日に起きたラスベガスの銃乱射事件の話題になりました。アメリカ人が三人も集まれば、そのうちの誰かは事件の影響を受けていても不思議はありません。マリアの親戚もあの日ちょうどラスベガスにいて、外出先からホテルに戻った際、暫く中に入れてもらえなかったそうです。リチャードとマリアの間で銃規制に関するプチ口論がひとしきり展開され、それから私がひと言意見を差し挟んだところ、三人が同時に固まりました。

「え?何て言ったの?」

おっと、なんか僕、変なこと口走っちゃった?恐る恐る、もう一度単語をゆっくりと発音。

“Murder(人殺し).”

それでも皆まだ変な顔をしているので、スペルを伝えました。すると三人同時に、ああなんだそうか、と納得します。

「何て聞こえたの?」

と尋ねたところ、   

「マーダーって言ったと思ったんだよ。」

とエド。いや、そう言ったんだけど?何がまずかった?

エドによれば、私の発音だとMartyr「殉教者」に聞こえる、というのです。Martyrは名詞で「信仰のために命を投げ出す人」という意味で、動詞として使われると「信仰のために人を殺す」になるのだと。響きの似た単語ながら、MurderMartyrのどっちを使うかでニュースの意味が大きく変わって来るのですね。

Murderはやや口をすぼめて発音する(モ~ドゥーに近い)んだよ、とエド。それから三人が口々に反復練習を要求し、私の発音を改善しようと試みます。混雑し始めたレストランの真ん中で、四人の中年が交互に繰り返し「Murder(人殺し)」と唱える、穏やかならぬ展開。皆が好意でやってくれているのは重々分かりつつ、執拗に繰り返されたこの発音練習のせいで、うっすらと屈辱感を味わっていた私。

「ま、大丈夫だよ。こんな単語、滅多に口にすることもないからな。」

とエドに慰められつつ、結局最後まで及第点をもらえなかった私は、密かに軽く打ちのめされていました。

食後のデザートを頼んだ後、気を取り直して別の話題を放り込む私。

「そうだ。実はこないだの週末、自分の誕生祝にそこそこ大きな買い物をしたんだ。」

すると皆が反射的にこれをクイズと受け取ったようで、

「待って。言わないで。当てるから。」

と制します。

「オートバイ(Motorcycle)かな?」

とリチャード。いや、乗り物じゃないよ。

「大型テレビ!」

とエド。いや電化製品でも無い、と私。何かヒントちょうだいよ、というマリアに、

「つい最近亡くなった有名人が、自宅に百以上持ってたモノだよ。」

と答えると、

「ヒュー・ヘフナー!」

と即答します。先ごろ亡くなったプレイボーイ誌創設者のヘフナーが自宅に囲ってたのは沢山の美女だけど、さすがに百人はいなかったんじゃないの?大体、「みんな聞いてよ、誕生記念にイイ女を一人買ったよ。」なんて言うわけないだろ…。

「他に最近、誰が死んだっけ?あ、そうだ、トム・ぺティーだ!」

とリチャード。That’s correct!(正解!)と、思わず声を上げる私。それでも三人がきょとんとしてるので、解説を加えます。伝説的ミュージシャンのトム・ぺティーは、自宅の一室(普通の住宅一軒分くらいのサイズだけど)に百本以上のギターを収蔵していたのです。

そう、私はこの週末にギターを買ったのですね。約三十年ぶりに開始した練習のせいで、左手の指の腹が徐々に固くなって来ました。

「エレキギター?」

とエド。

「いや、アコースティック。」

「どのメーカー?」

とリチャードが尋ねるので、YAMAHA(ヤマハ)のだよ、というと、エドが再び怪訝な顔になります。

「今なんて言った?」

「ヤマハ、ですけど。」

「アクセントは「マ」じゃなくて「ヤ」にあるんだよ。」

そして三人が、「やぁ~まは~」と訂正し、言ってみろ、と要求します。

「やぁ~まは~!」

まるでアニメ「ドカベン」で、岩鬼が山田太郎を呼ぶ時みたいに間延びした発音。へえ、そう言うんだ、と感心した後、ハッと我に返ります。

「ちょっと待ってよみんな。これってそもそも、日本のメーカー名なんだよ。」

日本語では平たく、「ヤ・マ・ハ」と発音します、はいやってみて、と練習を促したところ、三人ともまるで転校して来たばかりの小学生みたいな小声になり、

「やぁまは」

と恐る恐る唱えます。全員落第。誰一人として、フラットに「ヤマハ」と発音出来ないのですね。抑揚はつけないんだよ、と注意して繰り返させても、やっぱりどうしても「ヤ」にアクセントを置いてしまう。なんだよみんな、こんな簡単な単語も発音出来ないのかよ!

これではっきりしました。英語が特に難しいというわけじゃなく、誰にとっても外国語の発音ってのは大変なんだ、と。とにもかくにも、ランチ終わりで一気に形勢逆転を遂げた私は、大いに溜飲を下げたのでした。


2017年10月1日日曜日

Lead someone astray  道を誤らせる

ロスの建築設計プロジェクトをサポートし始めて数カ月。ある日、若いPMのスティーブからこんなメールが届きました。

「仕事の一部をアウトソースせよという指示が来てるんだ。製図とプロジェクトコントロールがその対象になってる。ちょっと話せないかな?」

東ヨーロッパやインドには格安で仕事を請け負う部隊がいて、彼等の手を借りれば大幅なコストカットが見込める、というのが上層部の主張。この取り組みがうまく行けば、競合他社に対する価格競争力も上がろうというもの。世界中に支社を持つ巨大企業なんだからそのメリットを活かさない手はないじゃないか、というのは自然な思考でしょう。しかし同時に、これは北米中の支社で展開される大量のレイオフ開始ののろしでもある、というどす黒い未来も垣間見えて来ました。

「強力な圧力がかかっていてね。シンスケの提供してくれてるサービスも、丸ごと外注出来るって言われたよ。」

これにはさすがにカチンと来た私。

「向こうは僕の仕事内容をどれだけ分かって言ってるのかね。単純なデータ収集だけに時間を費やしてるわけじゃないんだぜ。この仕事のキモは、素早くデータを分析して的確なアドバイスをタイミング良くPMに送るところにあるんだ。こっちが働いている時間に地球の裏側で眠ってる連中が、君と直接会話することもなく、本当に同じクオリティのサービスを提供出来ると思う?大体僕は、このプロジェクトに週3時間くらいしかチャージしてない。わざわざ引き継ぎに時間をかけてまで海外に発注する価値があるのかね?」

そりゃそうだよね、とたちまち納得するスティーブ。

「大体その連中、ちゃんと英語喋れんの?」

英語学習者の私がこんな身の程知らずないゃもんまでつけたくなるほど、焦りを感じていたのでした。

「考えてもみなかったな。確かにそれ大事だよね。聞いてみる。」

呑気に感心しているスティーブに、更にイラっと来る私。おいおい、こっちはキャリアがかかってんだぜ…。

そして上層部との更なる協議の結果、数百時間相当の製図作業をインドのチームに任せることが決まったのでした。

「プロジェクトコントールは今の態勢で続行していいってさ。」

こうしてとりあえずは難を逃れたものの、この一件以来、心中のざわつきはおさまりません。15歳の息子には常々、

「学校でそこそこイケてるからって油断すんな。個人レベルでの壮絶な国際競争に勝ち抜かなければいけない時代が到来してるんだぞ。」

と諭している私ですが、グローバライゼーションの波しぶきで自分の顔が濡れたのは、これが初めてだったのです。

品質に差が無ければ単価の安いモノやサービスを求めるのは、世の常識。情報流通の高速化が進んだ今、知識労働の多くが物価の安い国や地域に流れて行くのは不可避でしょう。そんな状況で果たして、職の奪い合いに勝ち残れるのか?スティーブに対しては色々抵抗してみたものの、不安は拭えません。海の向こうの人々がどの程度のサービスをいくらで提供しているのかという情報が無いので、時給の差を補って余りある付加価値を主張することも出来ずにくすぶる私でした。

木曜日、スティーブからメールが届きます。製図作業費用の正式見積が、インドから送られて来たというのです。

「見てくれよ。驚異的なコストダウンだろ。調整業務分のコストを追加したとしても、プロジェクト全体の収益率は大幅アップだよ!」

彼のあからさまな浮かれように一瞬気分を害しましたが、冷静に水を差します。

「いや、ここはひとまず気を引き締めて、リスクレジスターを更新するべきだと思うな。よく考えてみてよ。見ず知らずの外国人たちと初めてチームを組むんだぜ。リスクは高まると考えて当然でしょ。結局のところ、We don’t know what they don’t know (彼等が何を知らないかを僕らは知らない)んだからね。コミュニケーションの齟齬に起因する想定外の致命的ミスや手直し、それに伴うスケジュールの遅れなども新たなリスクとして加えておいた方がいい。コンティンジェンシー・リザーブも増額するべきだね。」

この忠告は意外だったようで、

「予測される収益アップ分をまるまるコンティンジェンシーに移しとけってこと?」

と驚きの反応を示すスティーブ。

「僕ならそうするね。」

暫くしてスティーブが、こんな返事を送って来ました。

“Well, you haven’t lead me astray!”

ん?これ、どういう意味だ?

Astray(アクセントは「レ」に置いて、アストレイと読む)は「道に迷っている」状態を指します。Lead someone astrayで、誰かを迷子にしてしまうことを言うのですね。

「君はまだ僕を道に迷わせていない!」

う~ん、どうも釈然としないぞ。後で部下のアンドリューや同僚ポーラにニュアンスを確認した結果、私の日本語訳はこうなりました。

“Well, you haven’t lead me astray yet!”
「なるほど。君のおかげで道を誤らずに済んでるよ!」

そう、それそれ!そういうことを言いたかったんだよ!とひとり興奮する私。PMに寄り添い、時には耳の痛い事も言って「道を誤らせない」のがプロジェクト・コントロール部門の最大の役割。時間をかけて築いて来た彼等との信頼関係がベースであり、それこそが我々の強みなんだ!

しかしそうやって息巻きつつも、深く考え込まずにはいられませんでした。普段「世界のどこにいてもこの仕事は出来る」と公言しているだけに、業務の海外流出に歯止めをかける決定的な論理など持ち合わせていないのです。今のポジションをいつまで守れるか…。イヤな予感が、じわりと脳に拡がります。

振り返ってみると、私はずっと「道を誤らない」人生を送って来ました。反抗期も無く、不良仲間とも交わらず、普通に進学して真っ当な職を得て、酒も煙草も博打にも手を出さす、順調に中年を迎えた。英語を学び、資格を取るなどして、将来起こり得るありとあらゆる事態に柔軟に対応出来るよう慎重に準備して来たつもりだったのですが、実は案外こういう人間が一番脆いのかもしれない。若い頃に多少無茶したり遊び呆けたりしてた方が、結構適応能力が高かったりして…。う~む。今からいっちょハジケてみるか?

さて土曜の朝。助手席に乗り込むや否や、息子が

「ハッピーバースデー!」

と声を弾ませます。そう、昨日は私の誕生日だったのです。ありがとう、と明るく応えながらも、この一週間考え続けて来たテーマが頭から離れません。彼を日本語補習校へ送り届ける車中、労働環境の変化について話しました。

「前々から言ってることだけど、世界中の人たちと仕事の奪い合いをする時代に突入してるんだ。大学へ行って何を学ぶかを考える時、このことはすごく大事な要素になると思うよ。」

うんうん、分かってる、と頷く息子に、

「パパの仕事だって、3年先にどうなってるか全く分からないんだよ。来年あたり、突然職を失ってるかもしれない。面白おかしく長生きするのって、なかなか難しそうだよ。」

と弱気な締め括りをしてしまう私でした。すると彼が、

「ヒュー・ヘフナーは91歳まで生きたんだよ。」

と返します。先日亡くなったヒュー・ヘフナーは、雑誌「PLAYBOY」の発刊者。若くして巨万の富を築き、晩年は正妻を含む多数の美女と、豪邸で楽しく暮らしたそうです。

ここでなぜか英語モードになった息子が、ふざけた口調でこう言いました。

“You gotta beat that guy, Dad!”
「あの人を超えなよ、パパ!」

ハハハと笑った後、意外なことに、ムクムクと元気が湧いて来ました。


よ~し、やってやろうじゃねえか!

2017年9月23日土曜日

Biggest Deepest Thoughts とびきりでかくて深い想い

水曜の夕方、向かいの席からシャノンが上体を斜めに乗り出して声をひそめました。

「ちょっと話せない?」

二人で近くの会議室へ移動し、ドアを閉めます。

「テイラーのことなんだけど…。」

先月末にチーム入りした新人社員テイラーの様子がどうも気になる、というシャノン。数カ月だけ先輩社員のアンドリューに過去四週間面倒を見させていたのですが、彼と話していない時のテイラーが一体何をしているのか、アンドリューでさえも分からないらしい、というのです。

「無表情でコンピューターに向かって座ってて、誰とも話さないでしょ。思い詰めているようにも、無関心にも見える。とにかくなんだか覇気が無いのよね。」

面接の際にビリビリ伝わって来た、圧倒的なまでの彼女のエネルギー。今ではすっかり落ち着いてしまった。これは何のサインだろう?もしかしたら、働き始めてみてこれは自分の探していた仕事じゃないと悟ったのかもしれない。だとしたら早いうちに手を打った方がいいんじゃないか?

「驚くような話でも無いんだけど、実は僕も同じことを考えてたんだ。」

と私。入社前と比べ、まるで別人に変貌してしまったテイラー。何が彼女をここまで変えてしまったのか?初日のオリエンテーションで人事から何か吹き込まれたとか、上司である私のちょっとした一言に人知れず傷ついてるとか。勘繰り始めると、色々原因が考えられます。

「入社直前に、長く付き合ってた彼氏と別れたとかさ。」

と冗談半分に投げかけると、

「そういうのだったらまだいいんだけど…。」

と心配顔のシャノン。

「分かった。明日の朝、ちゃんと話してみるよ。懸念は早めに解消しといた方がいいからね。」

そして木曜の朝、彼女を会議室に呼んで直接対話をすることになったのです。重大な意思決定を迫られるような結末も想定出来る場面ですが、自分でも意外なほどニュートラルな気分で臨めました。というのも前日の火曜日、私の物の見方に大きなインパクトを与える事件があったのです。

話は三年前にさかのぼるのですが、家族でカナダのナイアガラ観光を楽しんだ際、トロントでThe Distillery History Districtという再開発エリアを歩きました。その一角に小さな劇場があり、エントランスの窓越しに四枚のイラストポスターが見えたのです。突然、その中の一枚に釘付けになった私。何故か目が離せず、足がすくんだような状態になりました。

暗い青緑色の部屋。全裸の女性がベッドでうつ伏せに横たわっている。何故かベッドの底すれすれまで浸水していて、彼女の左人差指が水面にかすかな波紋を作っている。右手は柵状ヘッドボードの一本を握っている。その顔に表情は無く、彼女の想いを窺うことは難しい。

一体この女性の身に何が起こってるんだろう?洪水なら早く逃げなきゃいけないけど、落ち着いて水に触れているところを見ると、ひどく切迫した状態でもなさそうだ。それにしても、どうしてこんなに無表情なんだろう?何を考えてるんだろう?

妻子に先を急がされたのですが、「もうちょっと見たいから」と、暫くその場で佇んでいた私。この日以来、私の脳裏にはずっとこのミステリーがひっかかっていました。「あの女性の身の上話を聞いてみたい」、と。

それが先週末、ひょんなことからこのイラスト作家のウェブサイトを発見。遂に謎解きの手がかりが得られるかもしれない!と喜び勇んだのでした。ところがところが、この人の作品を百枚近く閲覧した後、一層混乱している自分に気付いた私。なんと、このBrian Rea(ブライアン・レア)という作家の描く人物のほとんど全員が、完璧なまでの無表情なのです。カップルと見られる男女が額をくっつけ合っているイラストですら、幸せ一杯の二人が愛を確かめ合っているのか、はたまた辛い別離の瞬間なのか読み取れない。う~ん。ゾクゾクするほど好きだぞ、この世界。

週末を彼の作品鑑賞に費やした翌日月曜、ブライアンにメールを書くことにした私。トロント訪問以来、三年間も謎が解けないこと、彼の作品群がいたく気に入ったこと、無表情なキャラクターに翻弄される愉しみを味わっていること、などを綿々と綴ったのです。ま、有名作家の表紙デザインも手掛けるような売れっ子イラストレーターにこんなメールを書いたって、読まれもしないだろうけどね…。

ところがそんな予想を裏切って、翌日火曜の午後、仕事中に返信が届いたのです。私の感想がとても嬉しかったというお礼の後、例のイラストの裏話を丁寧に解説してくれるブライアン。当時トロントで上演されていた演劇の一幕が、ある娼婦の物語で、彼女が陥っていた「溺れてしまいそうな」ピンチを表現していたのがあの床上浸水だった。自分の描く人物に表情が無いのは意図してやっていることで、漫画でよく見る大袈裟な笑顔や泣き顔は描かないようにしている。良いイラストというのは、観る人に自由な解釈を促すものだ、と。

なるほど。これで合点が行きました。彼のイラスト一枚一枚にそれぞれ何分間も見入ってしまうのは、そういう理由だったのか…。

「イラストの中の、バス停に立つ人やビーチで砂遊びをしている人のことを時々じっくり考えてみるんです。その顔に表情は無い。でもね。」

“I'm sure in those instances those people are thinking their biggest deepest thoughts of their days.”
「そんな瞬間にもこの人たちは、きっとその日一日の内でもとびきりでかくて深い想いを抱いているに違いないって思うんです。」

“That's what I'm trying to capture- the simplest moments of our lives, and how grand those moments can be.”
「それこそが、僕が切り取ろうとしているものなんです。極めて些細な人生の一コマが、物凄く大事な瞬間かもしれないってね。」

思わず椅子から立ち上がり、窓の外のサンディエゴ湾に目をやる私。まぶたがじわっと熱くなっていました。

そうだ。誰かが胸の内にどんな想いを秘めているのかなんて、簡単には分からないものなんだ。たとえ顔が笑ってたって、同時に怒りや悲しみを抱えていることだってある。人の感情なんてものは深く入り組んでいて、「シアワセか不幸か」なんて具合に整理出来るものじゃない。きっとあのイラストの女性だって、実入りの良い仕事でそれなりに潤っていて毎日楽しいけど、このまま続けたら自分の人生はどうなっちゃうのか、という不安にも苛まれているのだ…。

ブライアンの返信によって、「人の心」という遠大な宇宙空間にふわりと投げ入れられた私。今この瞬間、世界中に生きる一人一人の中に大きくて深い想いが息づいているのだと考えるだけで、胸が躍るじゃないか…。

そんな感じで迎えた、木曜の朝でした。

「正直に言うね。面接の時に君から伝わってた熱い気持ちが、この四週間感じられないんだ。僕もシャノンも、ちょっと心配になってる。この仕事についてどう思ってるのか、率直なところを聞かせてもらいたいと思ってね。」

単刀直入に切り込んだ私。ぽかんと口を開け、あっけにとられた様子のテイラーの両目が、みるみる赤くなって行きます。

「そんな印象を持たれてたなんて、思ってもみませんでした。悔しいです。」

最初の三カ月は自分を無にし、出来るだけ多くを吸収するのが自分の学習スタイルで、ある程度まで学んで自信が付いたら、突然はじけてやかましく喋り始めるのが常なのだ、というテイラー。アンドリューと会話していない時はオンラインのトレーニングコースなどで、ひとり静かに学んでいる。まだ分からないことだらけだけど毎日が刺激的で、ワクワクしている、と。今朝も一緒に住んでるお母さんから、仕事どうなの?まだ一度も不平不満を聞いてないけど、と尋ねられ、楽しいからじゃん、と答えた。前の仕事は初日から文句言い続けだったもんね、と笑われたのだと。

「もっともっと学んで早く一人前になりたいです。どうすれば良いですか?」

と真剣なまなざしを向けるテイラー。

無表情の向こうで燃え盛るとびきりでかくて深い想いが、ずどんと胸に刺さりました。


2017年9月16日土曜日

I cleaned his clock 彼の時計をキレイにした

月曜は、2017年度自己業績評価の提出締め切り日でした。会計年度の最終月である9月に過去一年の活躍を振り返り、自分がどれだけ会社に貢献して来たかをそれぞれアピールする。これに直属の上司とそのまた上層部が評価を加え、個々の社員の一年間の成績を最終決定する。それが来年一月からの新給与に反映される、という仕組み。

ここ数年で私のチームは拡大のスピードを増し、今では部下5人。皆、極めて優秀で勤勉です。直属の上司として私が書き込むコメントを、本人が読み納得してサインをする仕組みになっているので、いい加減な仕事は出来ません。来週はじっくり時間をかけ、この大事な任務に取り組む予定です。

さて火曜日は、熟練PMキースとの打合せがありました。一年前からサポートして来た彼の裁判所設計プロジェクトに、思いもよらぬ展開があったと言うのです。

我が社が買収した別会社の在庫プロジェクトをあてがわれたキース。財務分析を依頼された私が開腹手術を施したところ、重篤な病に罹っていることが判明した、というやっかい物。契約前のネゴシエーションで誰かが大幅なディスカウント要求を呑んでしまったため、仕事を進めれば進めるほど出血して行く、という最悪の事態。とんでもないルーザー(負け犬)プロジェクトの登場に上層部はパニックに陥り、何とかしろ!の一点張り。冷静に考えれば誰でも分かることだけど、そんな不当な契約書に誰かがサインしてしまった時点で勝負はついているのです。PMのキースがいかに優秀でも、大逆転出来るシナリオなんてあるわけが無い。私は彼と何時間もかけ、「出血を最小限に食い止める策」をいくつも検討しました。しかしそれを提出する度に完全無視を決め込む上層部のB氏。「黒字に戻す策を送って来い」と新たなメールがキースのインボックスに届きます。しまいには、本社からのお偉方を含めた会議で対策を問われた時、

「解決策を作るようPMのキースに再三指示したんですが、彼が一向に応答しないんですよ。」

と生贄にされてしまったのだそうです。思ってもみなかった展開に、さすがにムカッと来たキース。

「ちょっと待って下さい。ちゃんと返事は送ったじゃないですか。正確な送信日時を言いましょうか。少なくとも5本は対策案を書いてメールしましたが、一度も返信を頂いてませんよね。」

実はキース、前もって本社のエグゼクティブ達にこっそり根回ししておいたので、はなから嘘はバレバレだったのです。公然と顔を潰されたB氏は憤怒の表情で黙り込み、そのまま本社から長々とお叱りを受けたのだそうです。その後一度オレンジ支社の廊下でバッタリ出会ったのですが、彼は目も合わせようとしなかったのだとか。

そんなストレス特大の案件に、今度はどんな展開があったというのか?

「先週になってクライアントがさ、契約を破棄したいと言って来たんだよ。」

ええっ?そりゃまた意表を突いた展開。

大統領の交代で議会の勢力地図が塗り替わり、裁判所建設予算が宙に浮いた。この先どうなるか分からない情勢で、これ以上設計プロジェクトを継続する理屈が立たない。ずっと良い仕事を続けて来てもらったのに申し訳ないが、おしまいにさせて欲しい、と謝罪モードのクライアント。

「長いこと関係を断ちたくてたまらなかった彼女から、先に別れを切り出されたみたいな気分だよ。しかも、あなたみたいな良い人を傷つけちゃってごめんなさいね、なんて感じで謝られてさ。」

「うわあ、そこまで都合良過ぎるシナリオは、さすがに思いつかなかったなあ…。」

と私。

“It couldn’t be better!”
「これ以上ない展開だよ!」

と静かに頷きながら満足そうに笑うキース。ちょうど業績評価の時期に間に合って良かったね、と言おうとして、ふと躊躇います。耳の痛いニュースはことごとく無視し、保身のためには平気で部下を売るような人物のB氏が、この顛末をどう受け取るかちょっと予想がつきません。そのことを漏らしてみたところ、苦笑いを浮かべて放ったキースの一言がこれ。

“I cleaned his clock.”

直訳すれば、

「彼の時計をキレイにしてやったもんな。」

です。ん?

“And he’s my direct supervisor.”
「しかも彼は僕の直属の上司と来てる。」

と続けるキース。う~む。なんなんだ?時計をキレイにするって…。

打合せ後、さっそくネットで調べてみたところ、Clean someone’s clockは「誰かをこてんぱんにやっつける」という意味のイディオムでした。確かにキースは本社のお偉方の前で、B氏にクロスカウンターをお見舞いしてやりました。きっとそのことを言っているのでしょう。でもなんで時計?

同僚五人に聞いて回った結果、人間の背丈ほどもあったかつての置時計から来ている表現だろう、ということで見解が一致しました。文字盤を顔になぞらえ、不細工な相手に

“Fix your clock!”
「時計を直せよ!(その醜い顔をなんとかしろよ!)」

と言ってからかったことから始まり、いつの間にかClean the clock 「顔を思い切り殴って倒す」ことに変わって行ったのじゃないか、という説明。スポーツや討論会で、対戦相手をこっぴどく打ちのめした時に使うイディオムなのだそうです。キースが言いたかったのは、こういうことでしょう。

“I cleaned his clock.”
「(B氏を)コテンパンにやっつけちゃったもんな。」

これまで君から受けて来たサポートに対する感謝の印として昼飯をおごらせて欲しいというので、金曜日、Monelloという洒落たイタリアン・レストランへ行きました。生パスタを使った絶品カルボナーラに舌鼓を打ちながら、ずっと心に引っかかていた質問をぶつけてみる私。

「相手に非があるとは言え、本社のお偉方の前で直属の上司の顔を潰しちゃったわけでしょ。年度末の業績評価が不安にならない?」

客観的に見れば、キースの対応は完全な正当防衛。でも、年次業績評価直前というタイミングなだけに、ちょっと心配になって聞いてみたのです。すると彼が、ニヤリと笑ってこう答えました。

「クビにしたければしてもらって結構。不安なんか無いね。ここだけの話だけど、毎月のようにあちこちからヘッドハンティングのお声がかかってるんだ。何故B氏が僕を切らないのかと言えば、結局のところ、僕が稼ぎ頭だからなんだよ。彼はマネジメントに専念していて、プロジェクトを一件も担当してない。部下たちの稼ぎの上澄みをすすって生きてるわけだ。歳入源である僕のような人間を失えば、たちまち自分の首が危うくなる。だから切れないんだよ。」

これはまた、意外なほど強気な発言。そんなかっこいいセリフ、一度でもいいから吐いてみたいもんだ、と感心しきりの私でした。