2017年9月23日土曜日

Biggest Deepest Thoughts とびきりでかくて深い想い

水曜の夕方、向かいの席からシャノンが上体を斜めに乗り出して声をひそめました。

「ちょっと話せない?」

二人で近くの会議室へ移動し、ドアを閉めます。

「テイラーのことなんだけど…。」

先月末にチーム入りした新人社員テイラーの様子がどうも気になる、というシャノン。数カ月だけ先輩社員のアンドリューに過去四週間面倒を見させていたのですが、彼と話していない時のテイラーが一体何をしているのか、アンドリューでさえも分からないらしい、というのです。

「無表情でコンピューターに向かって座ってて、誰とも話さないでしょ。思い詰めているようにも、無関心にも見える。とにかくなんだか覇気が無いのよね。」

面接の際にビリビリ伝わって来た、圧倒的なまでの彼女のエネルギー。今ではすっかり落ち着いてしまった。これは何のサインだろう?もしかしたら、働き始めてみてこれは自分の探していた仕事じゃないと悟ったのかもしれない。だとしたら早いうちに手を打った方がいいんじゃないか?

「驚くような話でも無いんだけど、実は僕も同じことを考えてたんだ。」

と私。入社前と比べ、まるで別人に変貌してしまったテイラー。何が彼女をここまで変えてしまったのか?初日のオリエンテーションで人事から何か吹き込まれたとか、上司である私のちょっとした一言に人知れず傷ついてるとか。勘繰り始めると、色々原因が考えられます。

「入社直前に、長く付き合ってた彼氏と別れたとかさ。」

と冗談半分に投げかけると、

「そういうのだったらまだいいんだけど…。」

と心配顔のシャノン。

「分かった。明日の朝、ちゃんと話してみるよ。懸念は早めに解消しといた方がいいからね。」

そして木曜の朝、彼女を会議室に呼んで直接対話をすることになったのです。重大な意思決定を迫られるような結末も想定出来る場面ですが、自分でも意外なほどニュートラルな気分で臨めました。というのも前日の火曜日、私の物の見方に大きなインパクトを与える事件があったのです。

話は三年前にさかのぼるのですが、家族でカナダのナイアガラ観光を楽しんだ際、トロントでThe Distillery History Districtという再開発エリアを歩きました。その一角に小さな劇場があり、エントランスの窓越しに四枚のイラストポスターが見えたのです。突然、その中の一枚に釘付けになった私。何故か目が離せず、足がすくんだような状態になりました。

暗い青緑色の部屋。全裸の女性がベッドでうつ伏せに横たわっている。何故かベッドの底すれすれまで浸水していて、彼女の左人差指が水面にかすかな波紋を作っている。右手は柵状ヘッドボードの一本を握っている。その顔に表情は無く、彼女の想いを窺うことは難しい。

一体この女性の身に何が起こってるんだろう?洪水なら早く逃げなきゃいけないけど、落ち着いて水に触れているところを見ると、ひどく切迫した状態でもなさそうだ。それにしても、どうしてこんなに無表情なんだろう?何を考えてるんだろう?

妻子に先を急がされたのですが、「もうちょっと見たいから」と、暫くその場で佇んでいた私。この日以来、私の脳裏にはずっとこのミステリーがひっかかっていました。「あの女性の身の上話を聞いてみたい」、と。

それが先週末、ひょんなことからこのイラスト作家のウェブサイトを発見。遂に謎解きの手がかりが得られるかもしれない!と喜び勇んだのでした。ところがところが、この人の作品を百枚近く閲覧した後、一層混乱している自分に気付いた私。なんと、このBrian Rea(ブライアン・レア)という作家の描く人物のほとんど全員が、完璧なまでの無表情なのです。カップルと見られる男女が額をくっつけ合っているイラストですら、幸せ一杯の二人が愛を確かめ合っているのか、はたまた辛い別離の瞬間なのか読み取れない。う~ん。ゾクゾクするほど好きだぞ、この世界。

週末を彼の作品鑑賞に費やした翌日月曜、ブライアンにメールを書くことにした私。トロント訪問以来、三年間も謎が解けないこと、彼の作品群がいたく気に入ったこと、無表情なキャラクターに翻弄される愉しみを味わっていること、などを綿々と綴ったのです。ま、有名作家の表紙デザインも手掛けるような売れっ子イラストレーターにこんなメールを書いたって、読まれもしないだろうけどね…。

ところがそんな予想を裏切って、翌日火曜の午後、仕事中に返信が届いたのです。私の感想がとても嬉しかったというお礼の後、例のイラストの裏話を丁寧に解説してくれるブライアン。当時トロントで上演されていた演劇の一幕が、ある娼婦の物語で、彼女が陥っていた「溺れてしまいそうな」ピンチを表現していたのがあの床上浸水だった。自分の描く人物に表情が無いのは意図してやっていることで、漫画でよく見る大袈裟な笑顔や泣き顔は描かないようにしている。良いイラストというのは、観る人に自由な解釈を促すものだ、と。

なるほど。これで合点が行きました。彼のイラスト一枚一枚にそれぞれ何分間も見入ってしまうのは、そういう理由だったのか…。

「イラストの中の、バス停に立つ人やビーチで砂遊びをしている人のことを時々じっくり考えてみるんです。その顔に表情は無い。でもね。」

“I'm sure in those instances those people are thinking their biggest deepest thoughts of their days.”
「そんな瞬間にもこの人たちは、きっとその日一日の内でもとびきりでかくて深い想いを抱いているに違いないって思うんです。」

“That's what I'm trying to capture- the simplest moments of our lives, and how grand those moments can be.”
「それこそが、僕が切り取ろうとしているものなんです。極めて些細な人生の一コマが、物凄く大事な瞬間かもしれないってね。」

思わず椅子から立ち上がり、窓の外のサンディエゴ湾に目をやる私。まぶたがじわっと熱くなっていました。

そうだ。誰かが胸の内にどんな想いを秘めているのかなんて、簡単には分からないものなんだ。たとえ顔が笑ってたって、同時に怒りや悲しみを抱えていることだってある。人の感情なんてものは深く入り組んでいて、「シアワセか不幸か」なんて具合に整理出来るものじゃない。きっとあのイラストの女性だって、実入りの良い仕事でそれなりに潤っていて毎日楽しいけど、このまま続けたら自分の人生はどうなっちゃうのか、という不安にも苛まれているのだ…。

ブライアンの返信によって、「人の心」という遠大な宇宙空間にふわりと投げ入れられた私。今この瞬間、世界中に生きる一人一人の中に大きくて深い想いが息づいているのだと考えるだけで、胸が躍るじゃないか…。

そんな感じで迎えた、木曜の朝でした。

「正直に言うね。面接の時に君から伝わってた熱い気持ちが、この四週間感じられないんだ。僕もシャノンも、ちょっと心配になってる。この仕事についてどう思ってるのか、率直なところを聞かせてもらいたいと思ってね。」

単刀直入に切り込んだ私。ぽかんと口を開け、あっけにとられた様子のテイラーの両目が、みるみる赤くなって行きます。

「そんな印象を持たれてたなんて、思ってもみませんでした。悔しいです。」

最初の三カ月は自分を無にし、出来るだけ多くを吸収するのが自分の学習スタイルで、ある程度まで学んで自信が付いたら、突然はじけてやかましく喋り始めるのが常なのだ、というテイラー。アンドリューと会話していない時はオンラインのトレーニングコースなどで、ひとり静かに学んでいる。まだ分からないことだらけだけど毎日が刺激的で、ワクワクしている、と。今朝も一緒に住んでるお母さんから、仕事どうなの?まだ一度も不平不満を聞いてないけど、と尋ねられ、楽しいからじゃん、と答えた。前の仕事は初日から文句言い続けだったもんね、と笑われたのだと。

「もっともっと学んで早く一人前になりたいです。どうすれば良いですか?」

と真剣なまなざしを向けるテイラー。

無表情の向こうで燃え盛るとびきりでかくて深い想いが、ずどんと胸に刺さりました。


2017年9月16日土曜日

I cleaned his clock 彼の時計をキレイにした

月曜は、2017年度自己業績評価の提出締め切り日でした。会計年度の最終月である9月に過去一年の活躍を振り返り、自分がどれだけ会社に貢献して来たかをそれぞれアピールする。これに直属の上司とそのまた上層部が評価を加え、個々の社員の一年間の成績を最終決定する。それが来年一月からの新給与に反映される、という仕組み。

ここ数年で私のチームは拡大のスピードを増し、今では部下5人。皆、極めて優秀で勤勉です。直属の上司として私が書き込むコメントを、本人が読み納得してサインをする仕組みになっているので、いい加減な仕事は出来ません。来週はじっくり時間をかけ、この大事な任務に取り組む予定です。

さて火曜日は、熟練PMキースとの打合せがありました。一年前からサポートして来た彼の裁判所設計プロジェクトに、思いもよらぬ展開があったと言うのです。

我が社が買収した別会社の在庫プロジェクトをあてがわれたキース。財務分析を依頼された私が開腹手術を施したところ、重篤な病に罹っていることが判明した、というやっかい物。契約前のネゴシエーションで誰かが大幅なディスカウント要求を呑んでしまったため、仕事を進めれば進めるほど出血して行く、という最悪の事態。とんでもないルーザー(負け犬)プロジェクトの登場に上層部はパニックに陥り、何とかしろ!の一点張り。冷静に考えれば誰でも分かることだけど、そんな不当な契約書に誰かがサインしてしまった時点で勝負はついているのです。PMのキースがいかに優秀でも、大逆転出来るシナリオなんてあるわけが無い。私は彼と何時間もかけ、「出血を最小限に食い止める策」をいくつも検討しました。しかしそれを提出する度に完全無視を決め込む上層部のB氏。「黒字に戻す策を送って来い」と新たなメールがキースのインボックスに届きます。しまいには、本社からのお偉方を含めた会議で対策を問われた時、

「解決策を作るようPMのキースに再三指示したんですが、彼が一向に応答しないんですよ。」

と生贄にされてしまったのだそうです。思ってもみなかった展開に、さすがにムカッと来たキース。

「ちょっと待って下さい。ちゃんと返事は送ったじゃないですか。正確な送信日時を言いましょうか。少なくとも5本は対策案を書いてメールしましたが、一度も返信を頂いてませんよね。」

実はキース、前もって本社のエグゼクティブ達にこっそり根回ししておいたので、はなから嘘はバレバレだったのです。公然と顔を潰されたB氏は憤怒の表情で黙り込み、そのまま本社から長々とお叱りを受けたのだそうです。その後一度オレンジ支社の廊下でバッタリ出会ったのですが、彼は目も合わせようとしなかったのだとか。

そんなストレス特大の案件に、今度はどんな展開があったというのか?

「先週になってクライアントがさ、契約を破棄したいと言って来たんだよ。」

ええっ?そりゃまた意表を突いた展開。

大統領の交代で議会の勢力地図が塗り替わり、裁判所建設予算が宙に浮いた。この先どうなるか分からない情勢で、これ以上設計プロジェクトを継続する理屈が立たない。ずっと良い仕事を続けて来てもらったのに申し訳ないが、おしまいにさせて欲しい、と謝罪モードのクライアント。

「長いこと関係を断ちたくてたまらなかった彼女から、先に別れを切り出されたみたいな気分だよ。しかも、あなたみたいな良い人を傷つけちゃってごめんなさいね、なんて感じで謝られてさ。」

「うわあ、そこまで都合良過ぎるシナリオは、さすがに思いつかなかったなあ…。」

と私。

“It couldn’t be better!”
「これ以上ない展開だよ!」

と静かに頷きながら満足そうに笑うキース。ちょうど業績評価の時期に間に合って良かったね、と言おうとして、ふと躊躇います。耳の痛いニュースはことごとく無視し、保身のためには平気で部下を売るような人物のB氏が、この顛末をどう受け取るかちょっと予想がつきません。そのことを漏らしてみたところ、苦笑いを浮かべて放ったキースの一言がこれ。

“I cleaned his clock.”

直訳すれば、

「彼の時計をキレイにしてやったもんな。」

です。ん?

“And he’s my direct supervisor.”
「しかも彼は僕の直属の上司と来てる。」

と続けるキース。う~む。なんなんだ?時計をキレイにするって…。

打合せ後、さっそくネットで調べてみたところ、Clean someone’s clockは「誰かをこてんぱんにやっつける」という意味のイディオムでした。確かにキースは本社のお偉方の前で、B氏にクロスカウンターをお見舞いしてやりました。きっとそのことを言っているのでしょう。でもなんで時計?

同僚五人に聞いて回った結果、人間の背丈ほどもあったかつての置時計から来ている表現だろう、ということで見解が一致しました。文字盤を顔になぞらえ、不細工な相手に

“Fix your clock!”
「時計を直せよ!(その醜い顔をなんとかしろよ!)」

と言ってからかったことから始まり、いつの間にかClean the clock 「顔を思い切り殴って倒す」ことに変わって行ったのじゃないか、という説明。スポーツや討論会で、対戦相手をこっぴどく打ちのめした時に使うイディオムなのだそうです。キースが言いたかったのは、こういうことでしょう。

“I cleaned his clock.”
「(B氏を)コテンパンにやっつけちゃったもんな。」

これまで君から受けて来たサポートに対する感謝の印として昼飯をおごらせて欲しいというので、金曜日、Monelloという洒落たイタリアン・レストランへ行きました。生パスタを使った絶品カルボナーラに舌鼓を打ちながら、ずっと心に引っかかていた質問をぶつけてみる私。

「相手に非があるとは言え、本社のお偉方の前で直属の上司の顔を潰しちゃったわけでしょ。年度末の業績評価が不安にならない?」

客観的に見れば、キースの対応は完全な正当防衛。でも、年次業績評価直前というタイミングなだけに、ちょっと心配になって聞いてみたのです。すると彼が、ニヤリと笑ってこう答えました。

「クビにしたければしてもらって結構。不安なんか無いね。ここだけの話だけど、毎月のようにあちこちからヘッドハンティングのお声がかかってるんだ。何故B氏が僕を切らないのかと言えば、結局のところ、僕が稼ぎ頭だからなんだよ。彼はマネジメントに専念していて、プロジェクトを一件も担当してない。部下たちの稼ぎの上澄みをすすって生きてるわけだ。歳入源である僕のような人間を失えば、たちまち自分の首が危うくなる。だから切れないんだよ。」

これはまた、意外なほど強気な発言。そんなかっこいいセリフ、一度でもいいから吐いてみたいもんだ、と感心しきりの私でした。


2017年9月3日日曜日

Passive aggressive パッシブ・アグレッシブ

木曜の午後、文化財調査チームのクリスティとの打ち合わせ中、検索機能を駆使して会社のデータベースから必要な情報を抽出し、エクセルに落としてウィークリーレポートを作成するステップを説明していたところ、彼女が薄笑いを浮かべ、途方に暮れた様子でこう言いました。

“I’m so discombobulated!”

え?今なんて言ったの?と、慌てて話を中断する私。

Discombobulated(ディスコンバビュレイテッド)って言ったのよ。この言葉、知らない?」

「全くの初耳だけど、どういう意味なの?」

クリスティはちょっと困ったような顔になり、

「そうね、Confused(混乱してる)ってことかしら。」

「え?でも随分文字数の多い単語じゃない。ニュアンスの違いはあるんでしょ?」

「ディスコ」とか「ンバビュ」などという、耳に楽しいサウンドが続くけれん味たっぷりのワードが、単に「混乱」を表明したいだけだなんて信じ難い。

「う~ん、どうかなあ。あまり深く考えたこと無かったかも。」

結局クリスティからは、腑に落ちる説明を引き出せぬままミーティングを終えたのでした。後で調べたところ、そもそもCombobulateには「秩序を回復する」という意味があるようで、これにdisを付け加えることで「混乱」を表すのですね。でもやっぱりモヤモヤは残ります。

翌日金曜の午後四時を過ぎた頃、同僚ディックからテキストメッセージが入りました。

「コーヒー飲みに行かない?」

約束をすっぽかしたお詫びにオゴるよ、と言われて二人で駅前のスタバまで歩きます。そう、その日は彼と久しぶりにランチへ行くはずだったのです。

「そんなことしなくていいよ。お互い忙しいんだから、約束守れないことだってあるでしょ。」

と私が言うと。

「いや、気にしないでくれ。次回はシンスケにおごってもらって俺が特別高いヤツを注文するから。」

先に普通のホットコーヒーを頼んだ私は、窓際の丸テーブルを挟む二脚のハイチェアのひとつに腰かけます。彼は涼し気なレモン色のドリンクを受け取ってストローを差し込み、ちゅうちゅう吸いながら真向いに座りました。暫く近況報告を交わした後、私がこんな質問を投げかけます。

「あのさ、discombobulatedって単語知ってる?confusedとどう違うの?」

もちろん知ってるよ、俺のお気に入りの単語のひとつだな、とディックが笑い、confusedと同じ意味だよ、と答えました。

「でもさ、わざわざ違うワードを使っているんだから、何かしらニュアンスの違いはあるはずでしょ。」

と食い下がる私。そして前日のクリスティとの会話を持ち出します。う~ん、と暫く考えた挙句、

Confused(コンフューズド)は自分の知的能力の限界を超えてしまってる感覚だけど、Discombobulated(ディスコンバビュレイテッド)は、外界からの様々な作用が働いてしっちゃかめっちゃかになってるってニュアンスかな。たとえばクリスティの例だと、システムが複雑過ぎるせいで理解出来ないって批判している風にも取れるよね。」

なるほど。それなら分かる。「もう何が何だかわけわかんない!」というレベルの混乱ですね。

「そういえば昔、通勤途中に聴いてたオーディオブックに出て来たんだけど、誰かから話を聞いた後に“I’m confused.”と言った場合、実際は自分が混乱してるんじゃなくて相手が混乱してる、つまりあんたの説明はひど過ぎて何言ってるか分からない、と暗に批判してるケースが多いんだって。」

と私。するとディックは、

「それは鋭い指摘だなあ。全く同感だよ。しかもそれは、俺が最も得意とするPassive Aggressive (パッシブ・アグレッシブ)話法の典型じゃないか。」

と嬉しそうに微笑みます。

Passive Aggressiveというのは、消極的(パッシブ)な様相ながら攻撃性(アグレッシブ)を持つ性格のこと。無理やり和訳すれば、こうなりますね。

Passive Aggressive
遠回しのいやみ

このタイプの人は、背筋も凍りつくような皮肉を涼しい顔で言えちゃいます。

「今夜は随分お楽しみだったみたいね。」

とか、

「全然怒ってないわよ。」

とか。

I’m confused」は、自分の頭の悪さを露呈しているようで、実はそれとなく相手を批難している可能性を孕むフレーズなのですね。その隠された悪意の可能性に一旦気付いてしまうと、聞いた相手はモヤモヤし始めます。話者の真意を確認するすべが無い場合は、不快感が募ってしまいには怒りに転ずることも。そう、パッシブ・アグレッシブ話法の多用は人間関係にネガティブな影響を及ぼす危険性があるのです。

Discombobulatedはそもそも外的要因が絡んでる雰囲気があるから、I’m discombobulated と言ってもパッシブ・アグレッシブには受け取られないよね。」

これですっきりしました。

「そういえばうちの15歳の息子は、父親のパッシブ・アグレッシブなコメントを嗅ぎ分ける能力が付いて来たよ。」

と私。

「君の勤勉さにはいつも本当に感心させられるなあ、とニコニコして見つめると、分かったよ、宿題やれって言いたいんでしょ、なんて溜息つくようになってね。早く宿題始めろ!って怒鳴るより、よっぽど効き目があるんだ。」

この道の大家を自称するディックが、満足げに頷きます。

「パッシブ・アグレッシブ話法の効果は聞き手の知的成熟度によるところが大きいんだ。息子さんはシンスケの意図を察知出来るまでに成長してるってことで、喜ばしいよね。」

そういう彼にも、ジャクソンという小学校低学年の男の子がいて、最近は、

「パパ、もしかしたら本当はそう思ってないんじゃないの?」

と混乱した表情を見せることが多くなって来たそうです。例えば何て言った時の話?と尋ねると、彼がこう答えました。

“You can clean up your room next year.”
「来年になったら部屋を片付けなさい。」

ジャクソンには、まだちょっぴりだけ早かったみたいです。


2017年8月27日日曜日

Because you can ビコーズ・ユー・キャン

月曜の朝10時半。私の手のひらには、まるでスーパーヒーローが念力で発生させた核融合のように、光の塊が圧倒的な熱量で燃え盛っていました。植物学者の同僚ジョナサンは、日曜大工で溶接作業の際に使っているというプロ仕様のマイ・ゴーグルを装着し、上空を見上げています。名前も知らない若手エンジニアの同僚は、方眼状に沢山のパンチホールを開けた大判コピー用紙を腰の高さに掲げ、整然と並んだ小粒な半月状の光を、まるでアートワークのようにパティオのウッドフロアへ投影しています。

そう、この日は北米大陸で五十数年ぶりに皆既日食が観測出来るというので、職場の皆で鑑賞会を催したのでした。残念ながら軌道はサンディエゴを僅かに外れていて、「白昼突然、街が闇に包まれる」現象までは体験出来なかったのですが、普段忙しい同僚達が大勢集まってお喋りしながら空を見上げるというのは、何とも心浮き立つイベントでした。どういうルートからか、文化財調査チームのクリスティがNASA公認のEclipse Glasses(日食観測用サングラス)を50個も仕入れていたので、参加者は漏れなく、太陽が月の陰に徐々に隠れて行く様子を鑑賞出来ました。私の手に映した日食は、生物学チームの同僚ブレナンが持ち込んだ天体望遠鏡の接眼レンズを下に向け、そこへ手をかざすことで出来たもの。「何となく誘われるままに」イベントに参加した私は、才能豊かな同僚達のこうしたユニークな発想や行動力に、あらためて感心しきりでした。

さて、木曜と金曜は数カ月ぶりに有給休暇を使い、家族三人でロサンゼルス近郊へ一泊。主目的は、15歳の息子のための大学見学でした。この夏休みが終わるとJunior(日本で言えば高2)になる彼は、そろそろ真剣に大学進学の準備を始めなければいけない時期に来ているのです。のんびりムードの学校に通って水球に精を出している息子に、そんな切迫感は微塵も感じられません。逆三角形の身体になって身長も180センチを超えましたが、口を開けばTVドラマのゲーム・オブ・スローンズか、ネットで見つけたジョークの話題。今朝も、アメリカ陸軍の小隊が行軍訓練中、深い草むらに身を伏せて敵から身を隠すトレーニングを実施していたところ、ひょこひょこ歩いて来たおばあちゃんが目の前でしゃがみ込み、野糞を始めてしまったという話を教えてくれました。

「隣の仲間と腕を噛み合って笑いを堪えたんだってさ。」

ネタが下品であればあるほど余計嬉しそうに話す息子。英語出典のストーリーを日本語で説明するというチャレンジは、彼がバイリンガルに成長するための良い訓練になると思い、敢えて遮らずに聞き入る私。そして必要に応じてミスを正します。

「あのさ、それ、ヤグソじゃなくて、ノグソって発音するんだよ。」

漢語の音訓を間違って記憶していることは頻繁にあるのですが、たとえうろ覚えでもその文脈において最適な表現だと思えば恐れずに言葉を使う心がけは見上げたものだ、と挑戦を奨励している我々夫婦。先日も、妻が食べ終わったアイスクリームの容器を奪い取り、底の溝や内壁についたカスをスプーンでこそげ落として舐め尽くそうとする息子に、

「やめなさい。そういうの何ていうか知ってる?」

と彼女が尋ねたところ、知ってるよ、と胸を張る息子。

「薄汚い、でしょ。」

「ううん、イジキタナイっていうのよ。」

こんな感じで、体格の割にはまだまだ幼い我が子。「早く受験準備をスタートしないと手遅れになるぞ」とまくし立てて危機感を煽っても無駄などころか逆効果。良い刺激を与えて自覚を促すのが親として出来る最良の策だろう、という考えの下に妻が企画したのが、今回の大学見学ツアーでした。

アメリカの大学受験には入学試験というものが無く、SATとかACTとか言われる(何度も受けられる)適性試験のスコアや内申書の他、小論文、紹介状などを提出して審査される形式です。ものすごく頭が良ければどこでも入れるというのではなく、まるで企業に採用される時のように、「あなたは我が校風にピッタリだ。是非うちに来て欲しい。」と思ってもらえるかどうかが鍵。大学それぞれに個性があり、建学の志や発展の方向性を良く理解した上で申請しないといけないのです。そのためには、現地まで足を運び、ボランティアの在校生がガイドを務めるキャンパス・ツアーやアドミッションズ・オフィス(入学事務を執行するオフィス)によるインフォメーション・セッションに出席するのが一番と言われています。

一日目は、「ワイドナショー」のコメンテーターでお馴染みの宮澤エマさんやオバマ前大統領が学んだという、Occidental College(オキシデンタル大学)を訪問。図書館の一角に設けられたオバマ・コーナーには、彼の若かりし頃の写真がありました。そうか、大統領にも学生時代ってものはあったんだよな。当時、自分がいずれアメリカでトップの座に就くなんてこと、想像してたんだろうか?いや彼ならきっと、どんな夢だって叶えられるって信じてたんだろうな。“Yes we can!”とか言いながら…。

続いて、かつて天才物理学者リチャード・ファインマンも教壇に立ち、今や全米一合格の難しいCalifornia Institute of Technology(通称カルテック)へ。(うちの息子が特に優秀だからこういう学校を選んだのではなく、我が家から比較的近いところにある有名大学を見てみよう、という軽い気持ちでのチョイスです、念のため)。

二日目は、Claremont Colleges(クレアモント・カレッジズ)という、五つの大学と二つの大学院からなるコンソーシアム(大学連合)へ。朝一番で、1887年に創設されたというPomona College(ポモナ大学)を訪問します。毎年、全米大学ランキングでハーバードやスタンフォードと鎬を削る超難関校。アドミッションズ・オフィスのある建物は、創立当時から使われているというニューイングランド様式の木造建築。キャンパスを見渡すと、樹齢二百年以上はあろうかと思われる幹のゴツゴツした巨大な広葉樹の並木が、短く刈り込まれた緑の芝生や遊歩道の上に濃い影を落とし、涼風を生み出しています。抜けるような青空を背景に、パルテノン神殿調の円柱で前面を装った石造りの建造物や近代的なデザインの新しい校舎が、広大な芝生の中に距離を置いてぽつりぽつりと佇んでいます。植物園のように深い緑の中をリスが忙しく行き交い、木々の間で鮮やかに咲く赤やピンクの花の上を、蝶々やカナブンが舞っています。

「僕、ここ来たい!」

最初の十秒で惚れ込んでしまった息子。無理もないでしょう。我々夫婦もうっとりしていました。こんな素敵な大学で四年間も過ごせたら最高だなあ、と。

ランチを挟んで午後一時半、隣接する敷地にあるHarvey Mudd College(ハーヴィー・マッド大学)へ。ここも、全米で十番目に競争率が高い難関校。理工系に特化しており、ポモナ大学とはガラリと変わって質実剛健を絵に描いたようなキャンパス。建造物の輪郭は直線が多く、案内された実験室や研究室の多くは、外光が入り込まない地下空間にあります。廊下の壁には、過去の学生たちの研究成果が図表入りのポスターになって貼り出されている。もちろん内容はちんぷんかんぷん。童顔の学生ガイドに引率され、他の参加者達とそぞろ歩くうち、息子の表情がどんどん曇り始めました。

「この学校、100パーセント無いな。」

私の耳元で囁きます。おいおい、何様だと思ってんだよ。そもそも入れる確率は限りなくゼロに近いんだぞ。

「パパの大学も、こんな感じだった?」

「うん、すごく似てるね。」

理工系大学の土木工学科で学んだ私には、馴染みのある光景なのです。コンクリートの強度実験とか、水槽での造波実験とか、長時間室内に籠ることが多かったもんなあ。

「楽しかったの?」

「うん、すごくね。」

「パパが同い歳だったら友達になってないな。」

と笑う文系の息子。

地上に出た時、ガイドの学生が、うちの学校ではあまりスポーツが盛んじゃありません、と言います。ま、そうだろうね。

「でも運動はするんですよ。一番人気なのが、Tube Water Poloです。勉強のストレスを解消するには最高なんです。」

え?何それ?と囁くと、息子が振り向いて、浮輪を使って楽しむ水球のことだよ、と小声で説明し、目玉をぐるりと回しました。

最後に階段教室へ案内され、四十代後半と見られるスーツ姿の白人男性ピーターが、受験や入学プロセスの説明を始めました。一年生の最初の授業で特殊相対性理論を扱い、しょっぱなから偏微分方程式などの高等数学を使うので、入学前の夏までに準備をしておいた方が良い、と真顔で説明するピーター。全米はおろか世界各国から秀才が集まって来るので、そこそこイケてると自惚れている優等生は、出鼻を挫かれること請け合いです、と皮肉な薄笑い。

この時突然、体内に沸々とアドレナリンが湧き上がって来るのを感じ始めた私。何だろう、この感じ?ピーターの挑発に刺激され、「やってやろうじゃねえか!」と、まるで受験生時代に戻ったかのような若々しい戦闘意識が、急に鎌首をもたげたみたい。あの頃の自分は、どんなに難解な学問でも修められると思ってたもんなあ。世の中を知らないかわりに、余計な恐れも持たない。無限の可能性を信じてた時代があったのです。

ピーターが続けます。うちの大学は、Geek Marines(オタクの海兵隊)と呼ばれることもあります。自由な発想を奨励し、どんなにバカげた試みでも面白ければやらせる。例えば、学生たちが発明・製作した作品には、目を疑うようなものもある。自転車をテーマにした課題では、垂直方向に二台重ねて溶接し、操作の極めて難しい二人乗りに改造してしまった学生がいる。また、右へハンドルを切ると左へ進み、左へ切ると右へ進む自転車を作った者も。

“Why would you make such a useless thing?”
「一体なんでそんな無用の長物を作るのかって?」

間髪入れず、階段教室の後ろの方から、参加者の一人が答案を放り込みます。ピーターが、「その通り」と満足げに頷いてから、解答をゆっくりとなぞります。

“Because you can.”
「なぜって、出来るからさ。」

サンディエゴへの帰途、スターバックスに寄って冷たい飲み物を頼み、涼を取ります。あんな大学は絶対無理だよ、と首を振る息子の横で、ワクワク感の余韻に浸っていた私。

「今からもう一度大学行きたいとか言い出さないでよね。」

と釘を刺す妻。私の上機嫌を素早く察知したみたいです。さすが鋭い!ま、大学再チャレンジは冗談としても、見学ツアーをきっかけに、何か新たな一歩を踏み出す意識がぐっと高まったのは事実です。

今回の小旅行の一日目、オレンジ郡に住む長年の友人K子さんと、ラグーナビーチにあるKitchen in the Cayonというレストランで朝食をご一緒しました。彼女も私と同様、留学をきっかけにアメリカに住み続けた口で、在米歴三十年前後になる大先輩。

「ここの店主って、30年間ファイナンシャルアドバイザーとして働いた後、このレストランを始めたんですって。」

と私。趣味が高じてビジネスに、というのは時々聞く話だけど、店の評判はこの界隈でも断トツ。料理教室まで開いており、そんじょそこらの脱サラとはわけが違うのです。ネットでのレビューも、堂々の星4つ半。私が注文したフレンチトーストは、文句なしの生涯第一位でした。

「いいじゃない!そういう話、わたし大好き!」

と感激するK子さん。そんな彼女も、「元気があれば何でも出来る」精神を持ち続けている人の代表格。つい最近、長年勤めた日系企業を早期退職し、ライフコーチとして第二のキャリアを築き始めた彼女。アメリカ人相手にコーチングして収入を得るなんて、私の想像を遥かに超えています。この人の英語は、普段の喋りだけじゃなく、相槌から間の取り方、ジェスチャーに至るまで、もうすっかりネイティブ。よくぞここまで習熟したもんだ。ま、そのかわりと言うべきか、ここぞという場面で適切な日本語が出て来ないことはしばしばで、微妙な言葉のチョイスにしょっちゅう笑わせてもらっているのですが…。

「彼みたいな人の話を聞くと、自分も新しいこと始めてみようっていう勇気が出ますよね。」

と話題を締めくくろうとした私に、何始めたいの?とすかさず聞き返す、ライフコーチのK子さん。あらら、この展開は予想してなかったぞ。反射的に、

「ギター買おうかな、とか思って。」

と答えます。

「いいじゃない!で、何するの?」

「いや、ま、その、シンガーソングライターでもやろうかと。」

すると、さらに興奮したK子さんが、

「いいわね!曲作ってYouTubeにアップしてみれば?」

いやいや、ここまで話を引っ張るつもりは無かったんだけど…。ところがさらにK子さん、嬉しそうにこう付け足したのです。

「炎上したりして!」

「炎上」という言葉の意味を、完全に誤解している彼女。発言者の意図はともかくとして、結果的には適切な単語のチョイスになったのでした。


2017年8月19日土曜日

Woman in the Dunes 砂の女

先日、オレンジ支社建築部門の若い女性社員二人と話す機会がありました。セビリア出身で二年ほど前までアブダビ支社で働いていたというレナ、そしてシンガポール出身のベティ。毎日NHK(英語版)を観ているという日本びいきのベティが、12月に予定しているという何度目かの東京旅行について熱く語ります。「美味しい食べ物、コンビニの棚に並ぶ種類の豊富な加工食品群、アート作品のような商品パッケージ」などが魅力なのだと。すると横からレナが、「私は去年行ったわよ」、と張り合います。彼女のご主人はずっと以前から日本語を勉強してるのだそうです。

「そろそろ旅行行きたいねって話になって、私はローマを推したんだけど、旦那がどうしても日本がいいって頑張っちゃって…。」

おお、ローマに競り勝ったのか。すごいなニッポン。

「日本のどこへ行ったの?」

「アカサカ。」

え?赤坂?数年前にも夫婦で滞在し、この時の印象があまりにも良かったので再訪を決めたのだと。帰宅して妻にこれを話したところ、

「赤坂で特別印象に残るところなんてあったっけ?」

とキョトンとしています。

「だよね。僕もそう思った。」

何しろ最後に行ったのは二十年位前だから、今の赤坂がどんなことになってるのかさっぱり分からない我々夫婦。

「そろそろ一時帰国しないとね。」

かれこれ五年は日本の土を踏んでいない私達。マイホーム購入という大きな出費があってからというもの、一時帰国はもとより、正直「旅行どころじゃない」経済状態が続いています。入居当初のガレージ大改装に始まり、天窓部分からの雨漏り、排水管詰まりによるキッチン洪水など不測の事態が続発し、そのたびに何千ドルという修理費用が吹っ飛んで行きました。

石川啄木の「一握の砂」ように、「はたらけどはたらけど」と言いながら「ぢっと手を見る」まではいかないけど、旅行好きだった我々夫婦がここまで長期間遠出していないという事実にあらためて気づかされ、軽くショックを受けたのでした。

オレンジ支社出張の翌日、ランチルームで弁当を食べていると、すぐ隣に座ったベテラン社員のビルが、

「昨日テレビで日本の映画やっててさ、思わず最後まで観ちまったよ。」

と言います。砂丘地帯に新種の昆虫採集へ出かけた男性教師が、親切そうな村人に勧められ、ある民家で一夜の宿をとる。断崖の縁から垂らした長さ十数メートルの縄梯子を伝い下りて辿り着いた掘立小屋には、淋し気な若い女が一人で暮らしている。翌朝目が覚めて旅立とうとすると、縄梯子は跡形も無く引き上げられており、どんなにあがいても叫んでも、すり鉢のような砂漠の底から脱出できない。やがてじわじわと、自分が囚われの身になったことを悟り始める。工夫を重ねて逃亡を試みるものの、村人たちに妨害されて果たせない。砂を掻く作業を強要され、拒めば水などの配給を止められる。喉の渇きには耐えられず、憤りつつも砂をバケツに集め始める。

「何そのキモチワルイ話?どんな人が出演してたの?」

「キョーコ・キシダっていうのがメインの女優さんだったと思う。綺麗な人だったな。」

え?岸田今日子?「犬神家の一族」などでの怪演やムーミンの声優で有名な?

ちょっと待てよ、と彼がスマホを取り出します。

「あった!タイトルは、Woman in the Dunesだ。」

そう、これは1964年に公開された阿部公房原作・脚本、勅使河原宏監督の映画、「砂の女」。海外での評価も高く、公開翌年のアカデミー賞では勅使河原監督がベスト・ディレクターにノミネートされたそうです(「サウンド・オブ・ミュージック」のロバート・ワイズに敗れましたが)。

核心に触れず、軽くあらすじだけなぞるビルの巧みな話術にまんまと引っかかった私は、先週末、映画「砂の女」を鑑賞しました。それから一週間というもの、まるで食中毒の後遺症で微熱が引かないような状態が続いています。

さて話変わって昨日(金曜日)、久しぶりに同僚ディックとランチに行きました。Queenstown Public Houseという、木造二階建てのオシャレなニュージーランド・レストランのテラス席で舌鼓を打ちます。ネバダでの仕事から戻ったばかりの彼と、「最近、出張はあるけど旅行してないんだよね」という話題になりました。

ちょうど私が先日打合せした同僚サラは、ブライス・キャニオンへの絶景ハイキング旅行の話をしてくれました。木曜の朝、歯のクリーニングに行った際には、若い歯科衛生士のジュリーがニュージーランド旅行のエピソードを楽しそうに語ってくれました。二年に一度は海外旅行を楽しんでいるという彼女。羨ましいな、本当に旅が好きなんだね、と言うと、

「旅こそが人生じゃない。そうでしょ?」

と、マスクをかけたまま満面の笑みのジュリー。

その日の夕食後、妻と「そろそろ本気で一時帰国の予定を立てようよ」と話し合いました。まだ一度も日本の桜を観たことが無い15歳の息子が大学進学準備で忙しくなる前に、お花見ツアーを企画しようか、という流れで盛り上がります。いいねいいね、それまでに頑張って貯金しよう、と励まし合いながら。

「結婚して間もない頃は、頻繁に国内外を旅行してたんだよ。それがここ数年、すっかりサンディエゴに落ち着いちゃってるなあって思いつつ、まあそれはそれでいいか、と納得してる自分もいるんだよね。」

と私。ディックが何度も大きく頷きながら、

「俺もだよ。結婚して、子供が出来て、家を買って、生活は安定した。その代償というべきか、行動範囲は大幅に狭まっちまった。でもそれは旅行だけに限った話じゃないよ。若い頃はさ、今の仕事を辞めたって5秒もあれば次の仕事は見つかるさっていう、傲慢なまでのお気楽さがあったんだ。その気になればいつでも好きなところへ行けるんだっていう謎の確信がね。でもそこそこ給料も上がって責任を持たされてみると、簡単には今の立場を手放せなくなるんだな。」

この発言が起爆剤になり、突如、映画「砂の女」のイメージが頭の中のスクリーンに大写しになります。ストーリーをかいつまみながら、私なりの解釈をディックに聞かせました。

この作品の本当のキモは(ここからネタバレ注意)、「罪もない男が理不尽なやり口で自由を奪われる」というくだりではなく、年月を重ねるうちにその環境にすっかり慣れ、最初は忌み憎んでいた女とも仲睦まじくなり、更に新しい研究テーマまで見つけて夢中になって行くという展開にあると思うのです。挙句の果てに、村人がうっかり縄梯子を垂らしたまま立ち去ったというのに、「まあいいか、今はこの研究を続けたいし…。」と逃亡を思い留まるという、何ともやるせないエンディング。

「ハシゴがそこにあるのに脱出する気がおきない、というところが妙にリアルで、胸に突き刺さるね。」

とディック。

「でしょ。分かってくれて嬉しいよ。」

認めたくはないけど、「砂の女」の主人公と今の自分には、重なる部分が大いにあるような気がするのです。仕事に対する愛を公言している私ですが、それが子供の頃からやりたかったことかと問われれば、イエスとは言えない。色々あって飛び込んだ環境の中、生き残るためがむしゃらに取り組んだ仕事がたまたま面白かった。目の前のことにその都度一生懸命取り組んでいるうちに収入は増え、暮らしも安定した。しかし同時に忙しさは増し、住宅購入のために借金を抱え、日々しゃかりきに働いている。幸せか、と聞かれればイエスだけど、自由か、との質問には素直に首を縦には振れない。ディックも何か思うところがあるようで、二人とも黙り込みます。

その時恐らく二人の間で同時に浮かんでいたであろうフレーズが、

Midlife Crisis ミッドライフ・クライシス

です。一般に「中年の危機」と訳されるこの言葉、私の中では何かしっくり来ないものがありました。

「あのさ、これってミッドライフ・クライシスとは違うと思うんだよね。」

と恐る恐る発言したところ、被せるように、

「全然違うよ。これは絶対ミッドライフ・クライシスなんかじゃないね。」

と断固否定するディック。

「若さを取り戻したいとか、夢を実現出来なかったことへの後悔とかが原因で、突拍子もない行動に出る奴らのことを言うんだよ。スポーツカーを衝動買いしたり、女遊びに走ったりとかね。俺たちのとは質が違うよ。」

「だよね~。」

よく考えてみれば、我々はそんな滅茶苦茶な振る舞いなどしていないし、そもそも後悔もしていない。じゃあ今のこの状況をどんな言葉で表現すればいいのかな?と言うと、ぐっと考え込んでしまったディック。結局答えは出ずじまいのまま、食事を終えました。

オフィスへの帰り道、

「シンスケがビール飲めたらいいのにな。こういう話は、飲みながらじっくりやりたいよ。」

と、遠くを見るような目で笑うディック。

その晩、帰宅すると妻が、

「バッドニュース!」

とやや深刻な顔。

「何があったの?」

「もしかしたらこの家、シロアリにやられてるかもしれないの。裏庭の軒先に、細かい木の粉が落ちてたのよ。害虫駆除の会社に写真を送ったら、その可能性が高いっていうの。来週検査に来てくれるって。面積当たりの駆除単価を聞いて計算してみたら、全部で二千ドルくらいかかりそうなの。」

う~ん、こいつは大打撃。来春の一時帰国を目指して貯金計画のスタートを切るやいなや、襟首掴まれて引きずり降ろされた格好です。ちょっと彦摩呂風に言うと、こうなりますね。

これがほんまのアリ地獄や~!