2018年5月19日土曜日

Tyranny of a blank sheet of paper 白紙一枚という残酷


「やだよ。メッセージだけでいいじゃん。」

と、露骨に顔を曇らせる16歳の息子。

「ママは君の絵が大好きなんだよ。きっと今年も期待してると思うな。出し惜しみしないで描いてあげなよ。」

「何描けばいいか分かんないよ。」

「何だっていいんだよ。バースデーケーキとかさ。」

「それは去年描いたよ。」

「いいから何か考えてよ。イラストが無かったらきっとがっかりするから。」

「う~ん、分かったよ。」

意外にあっさりと折れ、渋々ペンを持って椅子に腰かける長身の若者。妻に贈る誕生カードには毎年、我々男子二人からのお祝いメッセージの横に、息子によるペン画のイラストが添えられているのです。

「君の絵はいつも独創的だから、ママだけじゃなく色んな人が楽しみにしてるんだよ。」

二歳頃から、見る人が思わず顔をほころばせてしまうようなイラストを描いて来た彼。知り合いに「お金出すから描いて」と頼まれるほどのクオリティでしたが、そんな彼も今やニキビ面の高校生。リクエストに躊躇う気持ちも分かります。以前はカラフルだったイラストも、最近では黒一色。右脳からほとばしっていた純粋無垢なクリエイティビティが、年齢を重ねるとともに左脳の論理性に陣地を譲って来ているのでしょう。今回も、頭部の下に漢字の「火」みたいな棒状の手足をつけた「スティックフィギュア」で、自分と母親を並べて描いた息子。妻と二人、「今年で最後かもね」と、青空に霞んでいく虹を眺めるような気分でそんなイラストを眺めるのでした。

さて金曜日のランチタイム。巨漢の同僚ディックと連れ立って、ダウンタウンのリトルイタリーに向かいました。

「何食べたい?」

「何でもいいや。任せる。」

それじゃあ、と久しぶりにニュージーランド料理店Queenstown Public House(クイーンズタウン・パブリック・ハウス)をチョイス。料理の味自体は私のストライクゾーン外角低目をかする程度なのですが、鉄筋コンクリートのビル街で威風を放つイエローブラウンの木造建築、加えて店の内外に横溢する濃厚な緑とがポイントを稼ぎ、お気に入りレストランの上位にランクインしている一軒。

半透明のレモン色パティオシェードを通して差し込む陽光の中、ウッドデッキで二人掛けのテーブルに向かい合わせて着席します。まるで一輪車に跨ったサーカスの熊のように、巨体の背を丸めて普通サイズの椅子に腰かけるディック。「フリートークの切れがいい元プロレスラー」みたいなイメージで親しく付き合って来た陽気者ですが、ここ最近はどうも元気がありません。仕事のストレスが表情に滲み出ていて、ジョークにまぶしたスパイスにも、辛みより苦味が勝っていることが多い。こうして青空の下を歩いて太陽からビタミンを補給することで、ちょっとは気が晴れるといいんだけど、と密かに願う私でした。

そんな彼と料理の到着を待ちながら近況報告を交わしていた時、ふと口をついて出た質問。

「あのさ、ちょっと聞いていい?」

二年前に買った古い一軒家の前庭。入居時には美しく刈り込まれていた芝生が瞬く間に枯れ、タンポポやバミューダグラスなどの雑草、そしてその根っこを食おうと縦横無尽にトンネルを掘り進むゴーファー(土ネズミ)が大暴れした結果、見るも無残な荒地になってしまった。ボーナスが入ったら専門家を雇い、一から庭造りをやり直したい。まずは基本設計を仕上げる必要があり、妻と街歩きをしながら参考例を探しているのだが、未だにこれという庭に出会わない。理想の庭は?と考えてもアイディアすら浮かんで来ない。一体何から手を付けたらいいんだろう?

ホームオーナーとしては大先輩のディックなので、一般的なアドバイスをもらえるものと期待しての質問でした。

「一番先に考えるべきことはね、訪れる人にどんな印象を与えたいか、なんだ。前庭っていうのは、居住者の価値観や生き方を表現する場でもあるんだよ。この家に住む人はお偉いさんなのか、それとも気さくなタイプの人なのか。当然、家主の自己表現ポイントによってデザインも変わって来るだろ。まずは細部にこだわらず、自分の好きな庭の姿を描いてみるといい。大きな紙を拡げて、極太サインペンを心の赴くままに走らせる。この時、頭の中にある細かな制約条件に邪魔されないよう、無心になることが大事なんだ。ペンも普通の持ち方でなく、幼児がやるみたいにグーで握ってみるとかしてね。」

「ランチ仲間」というこれまでの緩い関係性ゆえか、彼の専門がランドスケープ・デザインであることを、この時まですっかり忘れていたのでした。

Frank Gehry(フランク・ゲーリー)ってデザイナー知ってる?ウォルト・ディズニー・コンサート・ホールみたいに奇抜な作品で知られてるんだけど、彼はまず何枚も何枚もスケッチを描くんだ。こんなもの作れるわけないよって普通の人なら自然にブレーキをかけるところを、構わず自由に描き続ける。ずば抜けたデザインってのは、そうやって生まれるものなんだ。実際に施工する側はブーブー言うかもしれないけどね。」

しまった、その道のプロに無報酬でコンサルティングを頼んでしまった、という自覚がようやく追いついて来て、恐縮し始めた私。しかし、当のディックは料理が運ばれても手をつけず、真剣なまなざしで話を続けます。

「結局のところ、こんな風にしたい、というアイディアを固めるのが一番難しいんだよ。そんな時に役立つのが、今まで見て来た事例のどこが好きでどこが嫌いかを具体的に言葉にしてみること。そうして段々と、自分との対話が始まるってわけさ。」

「なるほどね~。」

と私。言われてみればその通りです。

「僕は極力、維持管理が楽な庭にしたいと思ってるんだよね。そもそも庭仕事が好きなわけじゃないし、水不足のサンディエゴであまり凝ったガーデニングはすべきじゃないからね。かと言って、トゲの多いサボテンなんかも植えたくない。近寄った時、反射的に身構えちゃうでしょ。」

「そうそう、そうやって自分の欲しているものが何なのかを探っていくんだ。それがある程度固まったら、絵を描いてみるといい。自由にね。ま、こいつが結構難しいんだけど。」

それから彼は、更に具体的なアドバイスを提供します。

「素人が一番犯しがちなミスは、自分の好きな花を何でもかんでもいっぺんに全部植えちゃうことなんだ。結果的に、ごみごみした統一感の無いガーデンが出来ちまう。まずは庭全体のトーンをはっきり決めてから、植物の種類や密度を考えるべきだね。そして、見る人の目が惹きつけられるフォーカルポイントを作ること。レモンの樹一本でもいいし、ごつごつした岩でもいい。玄関のドアに向かって歩いて行く過程で庭の見え方はどんどん変わっていくから、どの角度でどう見せたいかも大事に考えた方がいいよ。」

「すごい、さすがプロだねえ!そんな発想、ちらりとも浮かばなかったよ。」

かれこれ7年以上の付き合いになるのに、専門家としてのディックからアドバイスを受けるのは初めてのこと。話しているうちにアーティスト魂が温まって来たようで、ふわりと顔をほころばせます。

ところが、最近手掛けているプロジェクトの話をしてよとお願いした途端、まるでブレーカーが落ちるようにさっと顔色を曇らせ、首をゆっくり振りつつ大きな溜息をつくのでした。

「C市のプロムナード・デザイン・プロジェクトがあるだろ。あれ、こないださんざん苦労して会心作を仕上げたんだよ。これは毎日わんさか人が訪れるような、街の名所になるぞって市役所の担当者もその上司も大興奮してた。ところがシティマネジャーに上げたら、無難なデザインに変更しろって突き返されちゃったんだ。ほんとに参るよ。新しいことをやろうとすると、決まって抵抗する奴が出て来るんだもんなあ。」

クリエイティブな業界にありがちなお話ですね。たとえ図抜けたセンスの芸術家がとんでもない傑作を仕上げたとしても、最終意思決定者がうんと言わなければ結局日の目を見ることなく埋もれて行く。最近ディックに覇気が感じられないのは、こういう事情があったからなのかもしれません。慌てて庭の話題に引き戻す私。

「ちょっと前に、庭の完成予想図みたいなものを描いてみたことがあるんだ。これがなかなか大変で、紙を前にすると何も浮かんで来ないんだよ。」

すると再び笑顔になったディックが、

「学生時代によくやらされた演習があるんだ。ごく簡単な条件だけ与えられて、さあ残り一時間でデザインしなさいって鉛筆一本と紙を一枚渡される。あれは本当にキツかった。何もアイディアが出て来ないまま時間だけが刻一刻と過ぎて行く。どんどん胸が苦しくなってねえ。教授がニヤニヤしながら、その状況をこう表現したんだ。」

Tyranny of a piece of blank paper
「白紙一枚のティラニー」

言わんとしていることは何となく分かりましたが、Tyranny(ティラニー)がひっかかります。「圧政」とか「暴虐行為」と訳される単語で、

Tyranny of the majority
「数の暴力」

などに使われます。ぴったりした日本語が出て来ないので、こんな風に意訳することにしました。

 Tyranny of a piece of blank paper
「白紙一枚という残酷」

大抵の子供は、紙と鉛筆を渡せば苦も無く絵を描き始めます。大人になると、学んで来た常識や論理が手枷足枷となり、クリエイティブなマインドを解放するのが難しくなるのですね。それをうまく言い表したフレーズだなあと思いました。

さて昨日の夕方、いつものように放課後の息子をピックアップしてから帰宅。小腹が空いたので何かおやつが無いかとキッチンを物色していたところ、無印良品のお菓子を発見しました。一時帰国の際に息子が気に入って買い込んで来た、「ホワイトチョコがけいちご」でした。

「ダメだよ。最後の一袋なんだから。」

と釘を刺す彼。

「これ、食べたことないなあ。味見したいから、今度ひとかじりだけさせてよ。今じゃなくていいから。」

「いいよ。そのうちね。」

眉間に出来た大きなニキビが気になって、大好きなチョコレートをここ何週間もずっと封印している彼。

「あ、これもう賞味期限過ぎてる!」

袋を手に取り、ショックを隠せない様子の16歳。

「大丈夫だよ、ちょっとくらい。」

と落ち着かせますが、

「どうしよう。今、開けちゃおうか。」

と気持ちが大きく揺らぎ始めた彼。

「チョコ食べたら、ニキビがもっと大きくなるかもよ。やめた方がいいんじゃない?」

と忠告しますが、数秒間の躊躇いを経て、ビリビリと音をさせ「ホワイトチョコがけいちご」を開封する息子。大好物を口に放り込んだ後、私の口にもひとつ入れます。

「うわ、これはおいしいねえ。」

と感動を伝えると、

「でしょ!」

と嬉しそうに答えた後、彼の口から飛び出したのがこんな言い訳。

「明日、何かの事故にあってベロが無くなっちゃたりしたら、きっと後悔するもんね。」

う~む、まだまだ結構クリエイティブじゃないか。


2018年5月6日日曜日

reddit レディット


「パパ、またなの?」

16歳の息子があからさまな呆れ顔で大きな溜息をつきます。

「そのうち見つかるよ。ぐちゃぐちゃ言うな。」

トレーダージョーズで買い物を終え、巨大平面パーキングのどこに車を停めたかを思い出せずキョロキョロ探す私。

「さっきあそこに停めたじゃん!」

父親にはいつまでもシャープでいて欲しいらしい息子は、こんな風に私がちょっと油断してボケた行動を取ると、

「逗子のおじいちゃんの方がずっと元気で若々しいよ!」

と容赦なく急所を突いて来ます。

4月に5年ぶりの一時帰国を果たし、逗子の実家を訪れた際のこと。裏駅の改札口で我々一家を出迎えた83歳の父が、挨拶もそこそこに、

「ここにいて。今、車回すから。」

50メートルほど離れたバス停に違法駐車していたプリウス目掛け、ダダっと駆け出したのです。え?走るの?

「あ、走らないで結構です!」

慌てて制止する妻の声が父の耳に届いたかどうかは分かりませんが、彼は一度も止まることなくバス停に到達し、運転席に着くや否やぐるっとUターンして改札前で我々をピックアップ。「おじいちゃん、すご~い!」と喜ぶ息子。ビデオに撮っておけばよかったな、と後悔するほどの衝撃映像でした。

コンピュータもスマホも持たない昭和一桁の後期高齢者ではありますが、疑いも無く私よりエネルギッシュな父。終戦後は小学校へ履いて行く靴すら無かったので、土方仕事で日当を稼いだといいます。

「いや、真面目な話、その頃つけた基礎体力が今になって役立ってるんだよ。」

がむしゃらに働いて立身出世を遂げた上、今では余裕たっぷりの年金生活を楽しんでいる。それは素晴らしいことなんだけど、高度成長期に日本を支えた昭和人特有の頑迷な言動が年齢とともに粒だって来ていて、

「安倍内閣は駄目だ。東大出身の官僚たちに見くびられている。」
「お前は日経新聞もとっていないのか?」
50過ぎてユニクロの服なんて着てるのか?」

などと、反論する気も萎えるほど偏った価値観を押し付けて来るのです。中でも、

「子供の活動に関心を持ったことなど一度も無いな。最近の父親は子供の学校行事やクラブ活動に興味を持つようだが、全く理解できんよ。」

というコメントは、彼の特異な父子観を示すこの上ない好例となりました。

サンディエゴに戻って同僚ディックとランチに行った際、実家訪問の話をしてみました。

「俺、そんなに走れるかどうか自信ないな。」

「僕もだよ。走ろうなんて発想すら出て来ない。」

「まずはこれを何とかしなきゃ。」

と出っ張ったお腹をさする、巨体のディック。

「最近は夜中にトイレ行きたくなって目が覚めるしね。」

「え?そんなことになってんの?僕もトイレは確実に近くなったね。ゴムが劣化しちゃった感じ。それに、毎回どうも切れが悪いんだよ。」

「俺もそうだよ!なんなんだろうなあ。」

こういう話題で意気投合してちゃ駄目だよね、と苦笑して話題を変える中年二人。

「俺は子供の習い事とかにはしっかり口出す方だな。というか夫婦で頻繁に相談してるよ。」

「うちもそう。考えてみれば、僕のテニス部の試合を親が観に来ることなんて一度もなかったけど、僕ら夫婦は息子の水球トーナメントに毎回同行してる。それが異常なことだとは思わないけどね。」

「世代が違うと、父親のポジションってのも結構変わって来るもんだね。」

「テクノロジーとの付き合いの深さも、世代のギャップに大きく貢献しているよね。」

うちの父はネットでニュースが読めることを知らないし、知らないということをネガティブにすら受け止めていない。日々配達される日経新聞をメインの情報ソースにしている彼は、ありとあらゆる情報を瞬時に集められる現代に背を向け、四半世紀前の生活スタイルを続けているのです。

「あ、そうだ。レディットって知ってる?」

と私。いや、聞いたことないな、と首を振るディック。

「うちの息子の情報ソースでね、宿題でも何でも、まずはレディットに行って調べるって言うんだ。」

レディット(reddit)というのはソーシャルニュースサイトで、日本の2ちゃんねるに似た媒体です。誰でも「サブレディット」というトピックを立てられ、そこに登録した人がどんどん意見や感想を書き込める仕組み。息子は何かというと、

「○○っていうサブレディットに出てたんだけど、」

と夕食の会話などにエピソードを放り込んで来ます。そもそも元ネタが英語だし、コミュニティ内での内輪ウケ・ジョークだったりするので、日本語で説明されても大抵は笑えないどころか何の話なのかも見当がつかず、無反応のまま解説を待つ我々夫婦に、「もういいよ」とフラストレーションを溜める息子、というのが通例。彼がレディット閲覧に費やす時間は低く見積もっても一日3時間以上で、大学受験を控えているだけに、段々心配の種になって来ています。

数カ月前、何がそんなに息子を惹きつけているのかを知るため、iPhoneにアプリをダウンロードしてみました。読み始めてたちまち、その中毒性にショックを受ける私。

Power Washing Porn(高圧洗浄ポルノ)」というサブレディットでは、高圧洗浄でどんどん綺麗になって行くパディオや家の外壁の映像が無数にポストされていて、おお~っ!パワーノズルから噴き出す水の力ってすごいなあ、何年も洗ってなかったギトギトのウッドデッキが、まるで新品同然じゃないか!と高揚してついつい見てしまう。

DadReflexes(父親の反射神経)」というサブレディットでは、ベッドや椅子から落ちかけた乳幼児を、すんでのところで父が救う場面を捕えたホームムービーが、何百本もポストされています。ハラハラ・ドキドキしつつ、お父さんってすごいねえ!赤ちゃんに怪我が無くて良かったねえ!と感動しながらどんどんスクロール。

「おいおい、こんなに面白い物があったら受験勉強なんて出来ないだろうが。一年後に後悔しても遅いぞ。レディットは一日30分とか決めた方がいいんじゃないのか。」

これには息子も素直に同感したようで、「分かった、そうするよ。」と頷きます。もちろん、翌日にはベッドに寝転びながらケタケタ笑って何時間もレディットを読んでいましたが。

自分の高校生時代、ゲームセンターに出かけるなど自ら動かなければ娯楽と触れ合えなかったことを考えると、とんでもない環境変化です。まるでインベーダーのようにどんどん侵入して来る途方も無く面白いエンターテインメントに抵抗するには、並外れた自制心が要求される。こうなったら父親の私も彼のセルフ・コントロール強化に協力しないと、この若者の人生は悲惨なものになるぞ…。

そんなわけで、前より一層口やかましくレディット閲覧時間の制限を唱える私でしたが、ある日彼が車の中で、こんなことを言い始めました。

「おしっこがさあ、全部出したつもりなのに残ってて、後からちょろっとパンツに出ちゃうことってあるでしょ。」

「え?君でもそんなことあるの?」

「レディットにさ、それの防ぎ方が出てたんだよ。」

なんと、そんなきわきわのトピックまで立ててるのか?

「袋と肛門の間をぐっと押すと、残ってたのがビュッと出るんだってさ。そのポストには、ゴールドが何十個も付いてたよ。」

ゴールドというのは、「いいね(Like)」よりも格段上の賞賛サインだそうで、これをもらうと普通は月に3.99ドル払わないといけないプレミアム・メンバーシップ料金を受け取ったことになる。つまり、誰かが書いたものを金を払ってまで褒めたい時に贈るものなのだそうです。

う~む。恐るべし、レディット。閲覧規制に本腰入れようと思ってたのに、決心がぐらつくじゃないか。


2018年4月28日土曜日

Writing on the wall 壁に書かれた文章


本社副社長のパットと電話で話していた時、彼女がこんな発言をしました。

“I should have read the writing on the wall.”
「壁に書かれた文章を読むべきだったのよね。」

壁に書かれた文章?なんじゃそりゃ。落書きの話題などそれまでの会話には一切登場しなかったので、きっとこれはイディオムに違いない、と悟り、急いでノートに書き取ります。そして会話を続けながらネットで調査。

Writing on the wallとは、「(特に失敗・災害の)兆し、前兆、悪運」とあります。ん?パットはそういう文脈で使ってたっけ?記憶を辿ってみると、ここ数カ月で著しい変化が彼女の身辺に起きている、という話題の中で飛び出したフレーズでした。カリフォルニア地区担当で格下だったR氏がごぼう抜きで昇格し、これまで彼女がコツコツと積み上げて来た成果をせせら笑うかのように新組織を立ち上げ、彼女の上司におさまってしまったのです。悪夢のような展開。

「私は大丈夫よ、気にしないで。前を向いて日々の仕事を一生懸命やるだけ。」

珍しく溜息モードの彼女。こんな状況で無邪気にイディオム談義など切り出せるはずもなく、ひたすら励ましながら電話を切ったのでした。

週が明けて月曜のランチタイム。いつものように近くに座った古参社員のビルをつかまえ、質問してみました。

「それは恐らく、旧約聖書の一節が語源だな。空中に突然手が現れ、壁に文章を書いた。これが王の身に起きることになる災難を予言していた、とか何とか。」

「なるほど、悪い予感ってことだね。そういえばちょうど今朝、こんなことがあったんだ。」

仕事を開始してから数時間後、妻からテキストが入ります。「ちょっと話せる?」

朝一番で銀行へ行き、私のために諸手続きを済ませてもらうことになっていたのですが、家を出てかなり走ってから忘れ物に気付き、取りに戻らなければならなかった。その際、キッチンで大きなガラス瓶を割ってしまい、床一面に飛び散った細かな破片を何十分もかけて掃除しなければならなかった…。普段慎重な彼女の身に、ここまで立て続けに珍しい出来事が起こると、さすがに気味が悪くなります。

「変な事言うようだけど、今日は銀行に行っちゃ駄目だって警告されてるような気がするの。」

と妻。

「そういう直観、僕は信じるよ。怖いから、今日の銀行行きは中止して。」

こういうのをWriting on the Wallって言うんでしょ、と話題を締めくくろうとした私に、

「いや、それは違うな。」

と首を傾げるビル。え?違うの?

「その場合は、I felt it in my bones(骨で感じた)の方がふさわしい表現だな。銀行で良くないことが起こるかもしれない、という予感とガラスが割れた話との間に、ロジカルな因果関係は認められないだろ。それに対してWriting on the Wallってのは、その時は見過ごしてしまったけど、後で振り返ってみると疑いも無く災難の予兆だった、という類の話だよ。」

とビル。なるほどね。この発言をしたパットにしてみれば、格下だったR氏が彼女の掲げる方針を無視して勝手に動いていたことも、今になってみれば下剋上の前触れだった。彼がその傍若無人な振る舞いで競争相手をなぎ倒して来たことは誰もが知る事実だったのに、自分はただ手をこまねいていた。彼女が言いたかったのは、こういうことでしょう。

“I should have read the writing on the wall.”
「予兆に気付くべきだったのよね。」

話変わって水曜日。オレンジ支社の副社長リチャードから電話が入ります。

「ハワイの件、正式にゴーサインが出た。やっぱり君にプロジェクト・コントロールを頼みたいんだ。」

「え?本気ですか?」

ハワイの件というのは、我が社が久々に勝ち取った巨大建築設計プロジェクトです。願っても無い魅力的なオファー。なのに私がためらったのには、理由があるのです。

「この件はR氏のチームがサポートするって言ってたじゃないですか。」

数か月前、「もしもこのプロジェクトを獲得したら」私にチーム入りして欲しいと依頼して来たリチャードですが、今や本社の重鎮におさまったR氏にチーム構成案を説明したところ、「シンスケじゃ駄目だ。これは大事なプロジェクトだから、俺の部下に担当させる。」とポジションを無理やり奪われちゃったんだよ、と謝って来た経緯があるのです。僕も多忙だし、今はこれ以上新しいプロジェクトは要らないや、という心境だったので、正直ホッとしていたのでした。

「彼の部下のSにWBSの作成までは手伝ってもらったんだが、なかなか俺の要求通りの成果を出してくれないんだ。やっぱり君じゃなきゃ駄目なんだよ。頼む!」

「それは大変光栄なお申し出だし喜んでお受けしたいところですけど、R氏との衝突は避けたいんですよね。」

「大丈夫。ちゃんと捌いておくから。それはそうと、明日はプロジェクト開始前のレビュー電話会議があるんだ。インヴィテーションを転送するから、出席してくれないか?」

その夜、妻にこの件を話してみました。

「嫌な予感がするわね。強烈なエゴの持ち主なんでしょ。そんな人が一度強奪して行ったポジションを誰かにかすめ取られたら、絶対面白くないと思う。どんなに弁解したって、どうせお前がリチャードに上手く取り入ったんだろ、と決めつけられて睨まれるのがオチよ。断った方がいいんじゃない?」

「確かに危険だね。明日の電話会議に参加してみて、その様子次第では丁重に辞退するよ。」

そして翌日、プロジェクトの事前点検会議が行われました。片耳イヤホンで電話をかけ、時間ぴったりにログイン。コンピュータ画面上に上層部のお歴々が一人また一人と加わって行くのを眺めていたところ、なんとR氏とその部下のSの名前が現れたのです。おいおいリチャード、ほんとに前捌きをしてくれたのか?なんでこの二人が参加してるんだよ…。不安がよぎります。

そして会議開始からおよそ15分。チーム構成の段になった時、リチャードが早口で、

「プロジェクトコントロールはシンスケに任せます。」

と説明したところ、すかさず司会進行役の副社長グレンが「待った」をかけます。

「あんたがシンスケとコンビを組んで前のプロジェクトを成功させたことも、彼のことを特別目にかけてることも知ってるが、そもそもこのポジションはRのグループのSが担当することに決まってたんじゃないのか?」

よ~しリチャード、ここでビシッとキメてくれよな!息を呑んで彼の鮮やかな切り返しを待っていたところ、電話会議空間に数秒間の静寂が拡がります。え?うそだろリチャード。まだ話ついてなかったのかよ?

「Sはシンスケの仕事を監督するってことになるんじゃないかな。」

沈黙に耐えかねたようにR氏の後釜バリーが曖昧なコメントで割って入り、その場はひとまずおさまります。そうして結局、私はもちろん、R氏もSも結局一言も発せぬまま電話会議は終了したのでした。リチャードは、そんな緊張の瞬間など記憶からすっかり消し去ったとでもいうように、

「月曜の朝には第一号の財務レポートを送ってくれ。必要な資料をこれからどんどん送るから、任せたぞ!」

ハッパをかけて来るのでした。バリーも、

「これは上層部の注目を集めてるプロジェクトなんだ。失敗は許されない。頼むぞ。」

と念押しして来ます。これで今回のポジションを辞退するチャンスは消えました。よ~し、こうなったら一部の隙も無い成果を上げて、関係者全員を感服させるしか無い。R氏がそれでも報復したければ、勝手にすればいい。矢でも鉄砲でも持って来いってんだ!すっかり腹を決める私でした。

翌日、同僚ディックとランチに行った際、この一件を話してみました。

「近い将来、もしも僕が突然解雇されるようなことがあったとしたら、この件がWriting on the Wallだったって皆に解説してね。」

ディックが苦笑いしながら、

「もちろんそんな展開にはなって欲しくないけど、可能性がゼロだとは言い切れないところが悲しいよな。」

とゆっくり首を横に振るのでした。


2018年4月15日日曜日

Connected コネクテッド


金曜の早朝、朝日の上る前に自宅を出発し、一時間半ほど車を飛ばしてオレンジ支社へ。10時半のミーティングに備え、まずは四階のビジター用オフィスを確保。コンピュータを立ち上げました。振り向くと窓の外で、澄み切った空気の向こうに青い空が広がっています。

「元気?どうしてる?」

8時半、東海岸のパットから携帯に電話が入ります。本社副社長の彼女とは、月一回くらいのペースで連絡を取り合うようになっているのです。

「週明けにサンディエゴへ戻ったんだ。時差ボケが抜けなくて、予想外に苦しんでるよ。」

二週間の一時帰国を終え、帰宅したのは月曜の昼。体調を整えるため火曜日も有給を取っておいたのですが、体内時計が一日では補正できず、頭痛や眠気と闘いつつ復帰三日目を迎えたのでした。

「桜は見られたの?」

とパット。今回は、息子に人生初の花見をさせるために帰国日程の調整をしたのだ、と出発前に話してあったのです。

「ドンピシャで開花日に間に合ったんだ。どこへ行っても何億という薄ピンクの小さな花が視界一杯に咲き乱れていてね。まるで桃源郷だよ。」

「まあそれは素敵ね!」

「おかげで、いまだに気分は半分夢の中ってわけさ。」

「そうでしょうね!友達にも会えたの?」

「うん、大勢の人に会えたよ。何年もご無沙汰していた友達や元同僚たちに会えたのは良かったな。若い頃一緒に馬鹿やって騒いでた仲間が、今ではそれぞれの居場所で重責を担って活躍してるんだ。なのにみんな、あの頃のままの無邪気な笑顔で迎えてくれてね。何人かはわざわざ平日に有給まで取って付き合ってくれたんだ。思い出すだけでちょっと泣けて来るよ。なんて言ったらいいかな、この感じ…。う~ん、」

ぴったりした英語表現が思いつかずに言い淀んでいると、パットが助け舟を出してくれました。

“You felt connected.”
「コネクテッドって感じたのね。」

「そう、それだよ!」

コネクテッドは「繋がっている」という意味なので、彼女の使ったフレーズはこう訳せると思います。

“You felt connected.”
「絆を実感したのね。」

渡米して18年になるけど、やっぱり自分の根っこは日本にある。沢山の仲間が、まだ忘れずにいてくれる。このことを自覚した途端、激しく動揺している自分がいました。あれ?もしかして僕は日本に帰りたいのかな?

実は時差調整日の火曜、東京で買い漁った十冊の日本語書籍をベッドサイドに積み上げ、人知れずちょっぴり沈んでいた私。翌日からの職場復帰に対し、イマイチ士気が湧いて来ないことに気付いていたのです。ここに積んだ日本語の本、一気に読んじゃいたいけど、そんな時間無いよなあ。明日からまた英語で仕事するのか。しんどいなあ。かなりの期間、英語使ってないしなあ。ちゃんと喋れるかな。長年かけて培った日本の仲間たちとの絆を再確認した後だけに、「勤務時間内だけの付き合い」に終わりがちなアメリカの同僚達との関係が妙に薄っぺらく思えて来たことも、浮かない気分の一因でした。

そして水曜日の早朝、18日ぶりの出社。12階でエレベーターを降り、キーカードをスワイプしてオフィスに入ります。

「シンスケ!」

私の姿を見るやいなや、既に出勤していた部下のカンチーが飛び上がるようにして席を離れ、島机をぐるりと回って小走りに近寄り、伸び上がってギュッとハグしてくれました。

“Welcome back! It’s so nice to see you again!”
「お帰りなさい!また会えてホントに嬉しい!」

え、そう来るの?いいじゃん、これ。ここまでの歓待は予想外だぞ…。それからティファニー、テイラー、と順々に現れ、まるで地球防衛の任務を完遂して帰還したヒーローを迎えるかのように、私との再会を喜びます。普段あまり会話しない人事部のアシーナまでわざわざやって来て、お帰りなさい!と目を輝かせます。何これ?ドッキリ?

木曜には長年の同僚マリアから、

「ちょっと話せる?近況報告会をしましょうよ。」

とメールが入ります。オッケー、今度一緒にランチ行こう、と返信します。

金曜の12時過ぎ、会議室から戻ってコンピュータを見ると、サンディエゴの同僚ディックから日本語でテキストメッセージが入っています。

「今日の昼食?」

英日翻訳ソフトにかけてから貼り付けているために、ややぎこちない文体ですが、Lunch today?というディックの英語原文を機械が訳すとこうなるのでしょう(「昼飯行かない?」あたりが妥当な和訳だと思います)。すかさず英語で返信します。

“may i take a rain check? i’m in orange.”
「また今度ってことでいい?今オレンジにいるんだ。」

すると暫くして、彼が再び日本語で返して来ました。

「私は大きな悲しみで待たなければなりません。」

ひとしきり笑った後、しみじみ思うのでした。そうだ、ここアメリカにも大勢仲間がいるじゃないか。彼等との絆も日々固まって来ているのに、そのことに今日まで気付かなかった。久しぶりの再会で日本の仲間たちとの絆を意識したように、こうしてちょっと離れたことで、アメリカの仲間たちとの繋がりも確認出来た。今回の旅の最大の収穫はこれだな!

“I felt connected!”
「絆を実感したぜ!」