2018年7月15日日曜日

Follow your passion 好きこそものの…


今週は、一泊二日の出張がありました。

話は遡ること3月中旬。一時帰国のための休暇突入前の、ドタバタ時期でした。ユタ州はソルトレイクシティ支社のウィルという中堅エンジニアから、突然メールが届いたのです。

「PMのジムから紹介を受けたんだ。スケジューリングのヘルプを頼めないかな?途轍もなく大きなプロジェクトをもう少しで手中に出来そうなところまで来ていて、追加要求されてるプロポーザル資料の最後の一点が、スケジュールなんだ。これを一週間後に提出しないといけないんだけど、時間取れる?」

いきなり身体じゅうにアドレナリンが駆け巡ります。超多忙にもかかわらず、二つ返事で引き受ける私。こういう困難な挑戦を突きつけられると、つい興奮してしまうのですね。翌日、ジムを含めてウィルと三人で電話会議を開きました。

「随分久しぶりですね、ジム。まだワシントンDCにいると思ってましたよ。今、どこなんですか?」

「二年前にDCを去って、カナダのウィニペグに移ったんだよ。こっちの仕事はまだ終わってないんだけど、もしも今回のプロジェクトが獲れたら、ソルトレイクに引っ越しだ。」

ジムとは、13年前にオレンジ郡のプロジェクトを追いかけた頃からの付き合いです。当時既に五十代半ばだった記憶があるので、今や大ベテランというところでしょう。最後に会ってから6年以上経ってるし、特段連絡も取り合ってなかったのに、どうして今回声をかけてくれたんですか?と尋ねる私。

「君の作るスケジュールは、オレンジ郡のクライアントからの評価がとても高かったじゃないか。後々、彼等がコンサルタントにサンプルとして配布するまでになってただろ。その記憶があったから、ウィルに推薦したんだよ。」

スケジュールはプロジェクト遂行のための最強コミュニケーション・ツールと信じているので、「誰が見ても一瞬で理解出来て、その通り行動したくてたまらなくなる」ようなデザインをしないと気が済まない私。フォントタイプやサイズ、全体の色調、行高や余白の取り方に至るまで、強迫神経症レベルのこだわりをもって設定しています。そういう細部に時間を費やせば、当然その分仕事は大変になる。しかしその価値を認めてくれる人がいるからこそこうしてリクエストを貰えるのだなあ、と思って嬉しくなりました。

「そりゃ光栄ですね。是非協力させて下さい!」

土壇場での私のサポートがどれだけ功を奏したか分かりませんが、6月になって吉報が届きます。「やったぜ!」勝利を祝う社内メールが暫く飛び交いました。そしていよいよ、巨大プロジェクトの正式スタート。さっそく私が任されたのは、前回作成したスケジュールを基に、プリマベーラというソフトで詳細なベースラインを作る仕事。しかし始めてみて、これがなかなかの難物であることに気付くのでした。

下水処理場設計と一口に言っても、これを一人でこなせる者などいません。建築設計、構造設計、機械設計、電気設計、プロセス設計など複数分野に分かれており、それぞれに専門家がいるのです。ジムとウィルにメールや電話で質問しても、複数の担当者に聞いてみないと分からないケースが多く、回答が届くまでに時間がかかるのですね。痺れを切らした私は、一度主要メンバーを全員集めて欲しい、と頼んでみました。そこでまとめて質問させてくれ、と。その願いを聞き入れてくれたジムが、今回の会議を招集したというわけ。

水曜の朝8時。ソルトレイクシティ支社三階の会議室に集まったのは、ジムとウィルの他、北米及びカナダの各地から駆け付けた四人のベテラン・エンジニアたち(ニック、テリー、キース、サイモン)。窓の外には夏空をバックに、朝の陽光を浴びたワサッチ山脈の連なりが望めます。私のコンピュータモニターを壁の大画面テレビに映し、質疑応答を繰り返しながらスケジュールの基盤を固めて行きます。このタスクの責任者は誰?スタートのタイミングは?この作業を始めるためにはどの情報が揃ってなければならないの?

ランチタイムになっても誰一人席を立つことなく、デリバリーのサラダをフォークで口に放り込みつつ話し続けます。そしてようやく原案が出来上がった午後三時半、全員と笑顔で握手を交わし、五時発のサンディエゴ行きデルタ便に間に合うよう、ウーバーに飛び乗ってハイウェイで空港へ向かう私。車窓をゆっくりと横切って行く山脈の青い稜線を眺めながら、今回集まってくれた専門家たちの印象についてひとしきり考えてみました。

会議に参加した「その道の権威たち」は全員、ユーモラスでリラックスしたキャラでした。私が繰り出す素人丸出しの質問にも、漏れなく丁寧に、そして穏やかに答えてくれました。

「このTie-In(タイ・イン)って何?」

と私。ジムが胸の前で両手の指先を動かしながら、こう答えます。

「ネクタイを締める時、くるっと一周させてから先っぽを入れるだろ。これがタイ・イン。」

「最後にぐっと引っ張り出すのが、タイ・アウトな。」

とキース。

「うそうそ。冗談だよ。個別の下水処理施設を繋ぐ部分がタイ・インで、サイモンがこの設計担当なんだ。」

と笑うジム。こんな感じで、和やかなやり取りが続きます。

「おっと、クロアチアが一点返したぞ。」

と隣のウィルが、ラップトップ隅の小さな画面を見ながらワールドカップ準決勝「イングランド・クロアチア戦」の実況中継をします。なんか皆、余裕たっぷりだなあ…。キリキリしてんの、僕だけじゃん。

前日火曜の午後は、会議室のコンピュータ接続確認のため前ノリした私をジムが出迎えてくれました。つやつやした禿頭の外周を純白の短髪がぐるりと飾ってはいるものの、昔と変わらず健康的で温かい笑顔。今も週三回はテニスをしているという彼は、遅咲きのアスリート転向を目指すサンタクロース、といった外見です。夕方にはマリオットホテルで奥さんのシンディを拾い(まだ引っ越しが完了していないので、当面はホテル暮らしの二人)、1930年から営業しているというRuth’s Dinerという山間のレストランに連れて行ってくれました。木々の陰が作る涼風の中、ガーデンテラスの丸テーブルでパスタやバーガーを楽しみつつ、ひとしきり近況報告を交わします。

ジムはそもそもウィスコンシン州出身。数年間は地元で仕事していたけど、上司からの依頼でカリブ海に浮かぶバルバドス島のプロジェクトを手掛けた。地元に戻ったところ、今度はオレンジ郡のプロジェクト獲得を頼まれる(その時私と出会ったのですね)。そのまま暫く南カリフォルニアで複数プロジェクトを担当してたら、ワシントンDCから巨大プロジェクトのPM就任を要請される。そこで数年働いてキャリアを締めくくろうと考えていたら、ウィニペグのプロジェクトに引っ張られた。いよいよこれを最後に引退しようと目論んでたら、今回のプロジェクトを任された、というわけ。

「あと半年で70歳になるっていうのに、なかなか引退させてくれないんだよ。」

ニコニコ笑うジム。彼の手掛ける仕事は成功ばかりで、社内からもクライアントからも頗る評判が良いのです。自分からガツガツ仕事を探さなくても、オファーがどんどん入って来るのですね。「ただ好きな事に取り組んでいるだけ」で、全てが上手く回ってる。

「息子さんは、どういう分野に進みたいと思ってるの?」

と尋ねるジム。

Environmental Science(環境科学)に興味があるみたいですよ。先週から、地元の自然歴史博物館で無報酬のインターンもやってるんです。でも親の私から見ると、その興味がどこまで本当なのかは分かりかねるんですよね。」

と私。現在16歳の息子は、いよいよ今夏から高校の最終学年に入ります。環境系に興味があると口では言ってるけど、普段はゲームと漫画漬けなので、その本気度はかなり疑わしい。本人は真剣さを訴えているのですが、先日初めてその自信に亀裂が入る出来事がありました。博物館の職場に、元インターンでエコロジー専攻だという若者二人がふらりとやって来て、大学は出たけど仕事が全然見つからないとぼやいてた、と言うのです。

「なんかゾッとしちゃったよ。このまま環境系に進んで大丈夫なのかな、と心配になって来た…。」

これを聞いて、シンディが身を乗り出します。

「本当に好きなことを一生懸命やっていれば、必ず結果はついて来るわ。息子さんに言ってあげて!」

そして、彼等の次女のエピソードを紹介してくれたのでした。

現在36歳の彼女。大学教授を務めながら、数年前に自分の会社をスタートさせたとのこと。専攻は舞台衣装デザイン。究極のマイナー産業で、普通の親なら、そんないかにも不安定そうな専門なんかやめとけと止めるところだけど、幼い頃から衣装づくりが大好きだった次女は周囲の意見など気にもかけず、とことん道を究めたとのこと。今ではブロードウェイのミュージカル衣装なども手掛けていて、その道の第一人者になりつつあるというのです。

「フロリダに家族旅行した時なんかさ、」

とジムが話題を引き継ぎます。NFLのチケットが入手出来て、一家でサポーターをしているグリーンベイ・パッカーズとタンパベイ・バッカニアーズ戦の観戦をしたそうです。パッカーズのユニフォームを模したオリジナル衣装とかつらを纏って現れた次女に観客席のファンたちが群がり、一緒に写真を撮らせてくれとせがんで来たというのです。対戦相手のサポーターまでも寄って来て、記念写真会になる始末。

「お金になろうがなるまいが、衣装づくりがしたくてたまらないのよ、あの子。」

そうだよな、本当に好きなら誰がなんと言おうが続けるんだよな…。好きこそものの上手なれ、と。

金曜日、同僚ディックとイタリアン・ピザの店へランチに出かけた際、この話をしてみました。

「う~ん。その意見には俺、ちょっとばかり反論があるな。」

と首を振るディック。

Follow your passion(自分の情熱に従え)だろ。でもさ、好きなことを極めて達人になったからと言って、その道で食って行けるとは限らないじゃないか。例えばさ。」

とキョロキョロしてから炭酸飲料のボトルを指さし、

「ビンの蓋を使ったアートが好きで好きでたまらない奴がいたとして、これを何年もやったからって、その道で食えるかどうか疑わしいだろ。たまたまどんぴしゃのタイミングでマーケットが存在してなければ、単なる貧乏人の道楽になっちゃうじゃないか。」

「僕もずっとそう思ってたんだけど、ジムの娘さんの実話には、何か説得力があるんだよね。だって、見知らぬ人たちが群がって写真撮らせてくれって頼むくらいハイレベルの作品が作れれば、思ってもみなかった収入の道が開けるかもしれないじゃない。」

「それは一理あるけど、あくまでそこまで突き詰めた人に限った話だと思うんだ。親が止めようが教師に叱られようが、諦めずに続けるくらいの執念が無ければ駄目だよ。」

そこでディックは、9歳の息子さんの話をします。

「うちの子は俺が止めなかったら、永遠にマインクラフトやってるんだよ。朝から晩までずっと。そんなことに一日の大半を費やしてたら、この先困るぞと小言を言いたくなるだろ、親としては。そしたらさ、自分のプレイを録画したビデオをYouTubeにアップして億万長者になってる若者もいるんだよ、と反論して来るんだな、これが。何も知らないくせに!ってな調子でさ。」

「ほほう、なかなか言うねえ。それでどうしたの?」

ディックは落ち着いて、こう切り返したそうです。

“Fair enough. Well, where’s your video?”
「そりゃそうだね。で、君のビデオはどこ?」

9歳の男の子を一瞬で黙らせた、やや大人げないが真理を突いた一言でした。


2018年7月8日日曜日

Star-Spangled Banner(星条旗)


水曜日は、Fourth of July (独立記念日)のため会社がお休みでした。我が家は友人M家の母娘を招いてパスタとチキンのディナーを楽しんだ後、ミッション・ベイを見下ろす丘陵地に建つ彼女達の邸宅へ移動。夜9時にはウッドデッキに出て、水平線上の六ケ所で同時に繰り広げられる花火ショーを鑑賞。

普段は閑静な住宅街ですが、さすがにこの夜ばかりは騒々しく、どこからか子供たちの集団が大声コンテストでもしているかのようなバカ騒ぎが聞こえて来ます。十歳前後とおぼしき男の子が、まるで酔っ払いのように調子はずれのアメリカ国歌Star-Spangled Banner(星条旗)をがなる声も混じっていました。

さて、金曜日は久しぶりに大男の同僚ディックと連れ立って、クィーンズタウン・パブリック・ハウスでランチ。彼はポテトの目玉焼き載せ、私はフルーツ盛り合わせにスパイシー・シュリンプを載せた料理を頂きます。何の脈絡だったか、私がこんな質問をしました。

「あのさ、自分のPatriotism(愛国心)ってどのくらいあると思う?」

「藪から棒に随分難しい質問をぶつけて来るね。」

と笑うディック。

「独立記念日の朝、NPR(公共放送)ラジオでこんなのやってたんだ。」

と私。「あなたの愛国心について聞かせて下さい」、とラジオで広く問いかけておき、リスナーが局に電話をかけて語った声の録音を立て続けに放送する、という企画。

「この国で生きることを誇りに思う。政局がどうあれ、私の愛国心は変わりません。」

と力強く宣言する人もいれば、

「かつては自国に誇りが持てた。現政権になってから全てが変わったよ。今じゃどの国に住んでいるかを口にするのも恥ずかしい。」

と、溜息混じりのリスナーも。

「俺もそっちの側だな。」

とディック。

「ガキ大将みたいなリーダーが世界から顰蹙を買ってる国に、どうして忠誠が誓えるよ?」

「じゃあLoyalty to the company(会社に対する忠誠心)は?」

「それもゼロだ。うちの会社のトップは社員よりも株主の方をよっぽど大事にしてるからな。だったらこっちも淡々と給料分の仕事をするだけ、ってことになるじゃないか。ほら、ドリー・パートンの歌にもあったろ?」

そして彼が、懐メロのサビを口ずさみます。

Working 9 to 5                                     
9時から5時まで働いてる
What a way to make a living               
なんて暮らしなの
Barely gettin' by                                  
その日を凌いでるだけ
It's all taking                                        
取られるばかりで
And no giving                                      
得るものなんか無い
They just use your mind                     
使うだけ使われて
And they never give you a credit        
手柄なんて認めちゃくれない

「セルフィッシュな言い方になるけど、俺が何かに忠誠を誓うとすれば、それは自分の家族を守ることに直結する場合だけだな。会社や国家の方針が俺の家族の幸せと同じ方向性なら、いくらでも加担するよ。」

というディックの言葉に、ハッとする私でした。結局個人は「本人や家族の幸せ」を最優先し、それを束ねる集団の目指す先がそこからずれる程忠誠心は薄れる、という当然の理屈にあらためて納得したのですね。

部下が五人に増えた今、文化、慣習、価値観の違う彼等が全て活き活き働ける環境をつくるのは容易じゃないのだ、という実感に襲われる毎日。これが十人になり、百人、千人、何万人という規模に拡大していくと、全員を幸せにするのなんてほぼ不可能だと思うのです。全社員が忠誠心を抱く会社や全国民が愛する国家なんてものは、小説やおとぎ話の中だけの話なのかもしれない…。

「あ、そうだ。俺の新しいベイビー見せたっけ?」

と、突然話題を変えてスマホを高速でスワイプし始めるディック。えっ?ベイビー?まさか第三子?奥さんが妊娠してるなんて聞いてなかったぞ。それとも子犬でも買ったのかな?といぶかっていると、

「ほら、これ。」

とスマホ画面を差し出します。フェイスブックにアップした写真らしく、そこには光沢のある薄茶のエレキギターが映っていました。

「二週間前に買ったんだ。」

と顔をほころばせる大男。それから30分ほど、アコースティックとの根本的な違いやエレキの拡張性についての講釈が続きます。彼に触発されて一年前にアコースティックギターを購入した私ですが、さすがにエレキまでは考えてなかったぞ。

「いや、これがほんとに楽しいんだよ。ほんのひとつまみって感じて、極々控えめに弦を弾くだろ。そんな微かな音でさえ何十秒も引っ張ったり、極端に歪ませたり、超大音量に変えたり出来るんだ。こればっかりはアコースティックギターに出来ないことだ。」

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマーティー少年がアンプの音量つまみを順々に最大値まで上げて行き、満を持してエレキの弦をストロークした途端、スピーカーの爆音で身体が何メートルも吹き飛ばされる、というシーンを二人で語り合い、笑います。

「アコースティックの音量なんてたかが知れてるけど、エレキの練習してる時って奥さん、どういう反応なの?」

一般サラリーマンの住む家じゃ、エレキギターの練習なんて楽々と「騒音」のカテゴリーに入れられるような行動でしょう。伴侶の理解無しでは存分に楽しめないのでは、という懸念からの質問でした。

「いや、彼女は寧ろTearly Eyes(涙目)で見守ってくれてるよ。俺が幸せそうにしてるのが嬉しいんだって。」

そこで思い出しました。ディックは過去数カ月間、仕事以外にも大きなストレスを抱えて来たのです。

奥さんのお母さんが何かにつまづいて転び、骨折したのは数年前のことでした。老いによるものと軽く考えていたのですが、その後何度も同様の事故が起き、段々と物忘れも激しくなり言語障害まで現れて来たので病院に行ったところ、何千万人に一人という不治の奇病にかかっていることが判明したのです。病状の悪化で食事も満足に出来なくなり、2016年にカリフォルニア州で施行された「終末選択肢法」に則って安楽死をしたいとお義母さんが言い出したのは、去年の終わり頃。

「え?そんな法律通ってたの?」

と私。

「そうなんだ。州が安楽死を正式に認めたんだよ。もちろん、専門家たちが何人も集まって審査して、患者を苦しみから救うのにはそれが唯一の、しかも最良の策だと認定した場合に限るんだけどね。」

しかしながら当然、ディックも奥さんも大いに心を悩ませます。お義母さん本人も何度か翻意したのですが、脳が侵され始めたのを悟った時、もはやこれまでと覚悟を決め、3月に家族の見守る中で安楽死を実行。そんな苦しい数カ月間を共に悩みぬいた夫婦は、結束をより強固にしたのですね。

「これまではどこかに出かけるのが通例だったんだけど、今年の独立記念日は友達数人を我が家に招待して、裏庭のパティオでパーティーだったんだ。ファイヤーピットの周りに集まって飲み食いしてさ。」

とディック。

もうすぐ花火が始まるぞ、という段になって奥さんが、

「あ、そうだ。Star-Spangled Banner(星条旗)をエレキで弾いてよ。」

とリクエストして来たそうです。ギター購入から約二週間、密かに練習を重ねていたのがバレてたのですね。よし来た、と機材をパティオに運び出して音量を一杯に上げ、スタンバイします。奥さん、9歳の双子兄妹、そして飼い犬がみな屋根に上って並んで腰かけ、花火を待ちます。そして一発目が夜空を明るく染めたのを合図に、ディックのエレキが思い切りディストーション(歪み)を利かせた轟音で国歌の演奏を始めます。

Oh, say can you see,                                     
おお見えるだろうか
by the dawn's early light                                
夜明けの薄明かりの中
What so proudly we hailed                            
我々は何を誇り高く叫ぶのか
at the twilight's last gleaming?                       
たそがれの最後の光に
Whose broad stripes and bright stars,           
太き縞と輝く星々が
through the perilous fight.                              
厳しい戦いを通じ
O'er the ramparts we watched                       
見えていた、城壁の上に
were so gallantly streaming?                         
雄々しく翻るのを

「最後まで一度も間違えずに弾けたぜ!」

活き活きと輝く友の顔。何ともシアワセな気分になったのでした。


2018年7月4日水曜日

Suburban Kids 郊外の子供達


月曜の12時ぴったりにランチルームへ行くと、古参社員のビルが既に真ん中の席を確保していて、私に大声で呼びかけました。

「ゼロゼロだよ!」

一瞬何のことか分からず、彼の顔を見つめます。振り返って彼の視線の先に目をやると、大画面テレビにコマーシャルが流れている。ようやく分かりました。ワールドカップサッカーの日本対ベルギー戦前半が終わったところだったのですね。

「日本はなかなかいい試合をしてるよ。」

と感心するビル。冷蔵庫にしまってあったカレーライス弁当をレンジで温め、彼の左に座ります。間もなくぞろぞろと他の社員も加わって来て、気が付くとほぼ満席になっていました。一つ空けて左に同僚ミシェルが座り、二人の間にアレックスが着席。

「良かった。私はベルギー応援側だから、シンスケとの間に緩衝壁が欲しかったのよ。」

とミシェルが笑うと、

「そりゃ駄目だよ。僕も日本サポーターだから。」

と、アレックスが意外な返答。こんな感じで、後半開始。いきなり厳しい角度から原口の先制ゴール、そして乾の無回転シュートでたちまち2対0と日本がリード。心の中で狂喜乱舞の私でしたが、他の社員たちはまさかの異常事態に困惑気味。

ここのところ、ワールドカップ・サッカーが昼休みにどんぴしゃライブで観られるとあって、沢山の社員がランチルームの大画面テレビ前に集まるようになっています。ミシェルはおばあちゃんがベルギー人、ご主人はドイツ人。早々にドイツが姿を消したため、今やベルギーが頼みの綱なんだとか。上の階から降りて来たアナベルはエクアドル出身で、

「あれ?エクアドルって出てたっけ?」

と聞くと、

「私の精神衛生に気を遣って今回は出場を辞退してくれたのよ。」

と首を振ります。

「どこでもいいから南米のチームが勝ってくれれば、それで私は幸せよ。」

ベトナム出身のカンチーは、母国では国民の大半が熱狂的サッカーファンなのに、まだ一度も予選リーグに上がったことすら無いと言います。そっか、日本は決勝リーグに進んだ上、今まさにベスト8というステージに上がろうとしているんだ。これはとんでもない快挙じゃないか!

後半25分、フェルトンゲン選手がヘディングで折り返したセンタリング気味の高いボールが、ゴールキーパー川島の両手を超えてふわっとゴールに吸い込まれ、ベルギーは儲けものの一点を返します。

「きっと後でこいつ、あれは狙ったんだよって言うぜ!」

横でビルが、江戸っ子老人みたいな嗄れ声で笑い飛ばします。周りの社員もクスクス笑います。この後、ベルギーがアフロヘア―のフェライニ選手を投入。

「う~ん、こいつはヤバいぜ。」

とビル。ベルギー選手の何人かは世界トップクラスの実力者で、このフェライニも怪物ルカクも名門マンチェスター・ユナイテッドの超スター選手なのだと言います。

「スバ抜けて足が速い上にとんでもなく身体がデカいからなあ。アメフトのチームに入っても充分主力選手としてやっていけるレベルの身体能力だ。マンチェスターでも、高いセンタリングをゴール前に放り込んで奴らがヘディングで決める、という空中殺法がお家芸になってんだよ。」

イギリスに何年も住んでいたビルはヨーロッパのサッカー・リーグ事情に通じています。ベルギーの選手層の厚さは世界トップクラスだとのこと。

「ああ~っ!」

彼の予言通り、後半終了間際にフェライニの芸術的ヘッドで同点ゴール。エクストラ・タイムには見事なカウンターで決勝点を決められ、日本は悔し過ぎる逆転負けを喫します。周囲の社員がぞろぞろと立ち上がって仕事に戻り始める中、がっくりとうなだれる私の太ももをビルがぽんぽんと叩き、慰めてくれました。

「いや、日本は素晴らしいゲームをしたよ。」

ジャパニーズのプレーも驚異的だったけど、ベルギーの最後の猛攻は圧巻だった。これぞ世界トップクラスの実力だよ、というビルの言葉に、ぐうの音も出ません。ただただ、世界ランキング3位の大魚をあと一歩で釣り逃がした、というショックで脱力状態の私でした。

数週間前、

「アメリカは今回出場して無いんだよね。」

と彼に尋ねたところ、

「駄目だよこの国は。サッカーはSuburban Kids(サバーバン・キッズ)のためのスポーツだからな。」

と吐き捨てるように言いました。サバーバン・キッズというのは、郊外に住む家庭の子供、という意味ですね。それがどうして駄目なのか?

「南米やアフリカを見てみろよ。貧しい家の子であってもちっちゃい頃からプレイして、実力が認められれば十代前半でクラブチームにスカウトされるんだ。そこから十数年もずっと高いレベルで実戦経験を積むんだぜ。アメリカじゃそういう人材は、フットボールやバスケットにほとんど吸い取られちまうだろ。残った奴等の一部がサッカーに回る。アメフトやバスケには企業が群がるけど、サッカーにスポンサーとして付くビジネスはごくわずかだ。自然、サッカーを続けるには親のサポートが不可欠になる。ある程度世帯収入の高い、郊外に住む家庭の子にしかチャンスが無いんだよ。」

親の支援だけじゃ世界で闘えない、というのがビルの説。確かに日本も、Jリーグを立ち上げて官民が盛り上げたからこそここまで来られたんだよな…。

実は我が家でも、16歳の息子が所属する水球のクラブチームが先日地方予選を突破し、今月後半にサンノゼで開催されるジュニア・オリンピック(JO)という全国大会に出場することが決まりました。彼のクラブには16歳以下の部に三チームあり、Aチームは断トツで予選リーグ優勝。息子のCチームは最下位でギリギリ通過でした。やったね、JO進出おめでとう!と喜んだはいいのですが、問題は、「選手の親がサンノゼまで連れて行かなければならないし、試合会場間の移動も親がかり」ということ。三人分の航空券とホテルに食費にレンタカー。夫婦で仕事を休むことにもなるので、結構な負担です。サッカー同様、ある程度家計に余裕が無ければ子供に水球を続けさせるのは難しいのですね。彼のチームの仲間がみんなサバーバン・キッズであるのも頷けます。

一昨日の夜9時過ぎ、いつものように息子のチームが練習する屋外プールまで車で迎えに行った時、彼がプンプン怒っているのに気付きました。

「もう練習行きたくなくなった。他のクラブに移りたいよ。」

この日は、初心者に近い控え選手たちを大勢混ぜてのゲーム形式を繰り返したそうなのですが、スタメン選手同士のセットプレーを重点的に練習すべき時期なのに、あれじゃあ誰の技術もアップしない、と忌々し気に唸るのです。コーチに何か考えがあってのことなんじゃないの?と言うと、

「違うよ。下手な子たちにも練習させてやらないと、同じレッスン料払ってるだろって親が文句言うからだよ。」

と息子。なるほどねえ。でも、「コーチの指示は絶対」という日本文化で育った私からすると、そこで抵抗するのが得策とも思えないのですね。そのコメントを聞いた彼は、イラッとした口調でこう切り返します。

「何言ってんの?みんな、ちょっと不満があると他のクラブチームに移るんだよ。」

実際、今回の予選リーグでも対戦相手のクラブに、顔馴染みの元チームメイトが何人もいました。息子が静かに、こう締め括ります。

「パパ、これはキャピタリズム(資本主義)なんだよ。」

ぐうの音も出ない、というのはこういうことですね。


2018年6月17日日曜日

Kafkaesque カフカエスク


カマリヨ支社のケンから電話が入ったのは、金曜の12時ちょっと前でした。

「さっきのメール、読んだ?」

彼とは、「最近同じ巨大プロジェクトにチームメンバーとして参加している」間柄。私の記憶が正しければ、まだ会ったことも話したこともありません。彼自身がPMを務めるプロジェクトに深刻な問題が発生していて、その解決に助けが欲しいというメールをこの数分前に受け取ったところ。でも彼のプロジェクトに関わりは無いし、予備知識ゼロです。そんな僕に一体何を求めてるんだろう?そもそもケンがPMをやってることすら、この時初めて知ったのでした。

「参っちゃうよ。下請け会社の奴が怒り心頭でさ。支払いがこれ以上遅れたら機械を停めるって言うんだ。所帯は小さいけど、あの会社の技術が無ければ俺のプロジェクトは成立しない。それほど重要な存在なんだ。返信する前に、まずは過去の請求書がどういう状況にあるかを調べたいんだ。どのシステムを開けばいいのか教えてくれないか?」

これで彼が連絡を取って来た理由が分かりました。我が社でPMとして認定されるには、専門分野での優秀さのみならず、財務会計分野や各種オンライン・システムに精通していることが要求されます。でも現実にそんなスーパーマンがいるはずもなく、多くのPMたちは誰かのサポートを頼まざるを得ない、というわけ。同じプロジェクトに関わるうちに、ケンは私が社内システムに詳しいことを知ったのですね。

「まずそっちの画面を見せてくれる?」

彼のコンピュータ・モニターをシェアしてもらい、電話で「そこクリックして。右側の表にハイパーリンクがあるでしょ。」とイントラネット内を丁寧に誘導する私。数分かけて下請け会社の請求書をひとつひとつ確認したのですが、問題の肝は、「何故我が社からの支払いが滞っているのか」です。これには複雑な事情があるんだ、と言うケン。

「三カ月前にクライアントのPMパトリックから、彼等の会計システムが刷新されると言われたんだ。だから既に期限切れの支払いも少し遅れるし、新しい請求書を送って来られても移行期のドタバタで紛失してしまうかもしれない、少し待ってくれ、と。で、言われるままに待ってたんだけどそこから連絡がぷっつり途絶えるんだな。何度メールを送ってもとんと返事が来ない。うちが支払ってもらえなければ下請けにも払えないだろ。イライラしてたら先月になって、知らない女性から突然連絡が入ったんだ。パトリックは会社を去って、私が引き継いだ、と。更に現契約は打ち切りになり、彼等のクライアントが引き継ぐことになったので、おたくと彼等とで新契約の締結をしないといけない。今後請求書はそちらへ送ってくれ。じゃあ過去の請求書はどうなるのか?と尋ねると、それは新しい契約書に基づいた新プロジェクトを立ち上げて、その下で払うことになる。じゃあ下請け契約も全部やり直さなければいけないじゃないか、ということになってバタバタと慌てて処理したんだ。ところが、新プロジェクトのスタート日が請求書の日付より後に設定されていたため、システムにはじかれちゃったんだ。」

このあたりで、集中力がだいぶ減退して来ているのに気付いていました。昼休みに突入してから随分経っていて腹ペコだし、事情が込み入っていて理解するのに根気が要るのです。ケンはここから更に、我が社の会計システムの複雑さとサポート態勢の不備に対する不満をぶちまけ始めます。

「一旦設定を終えた新プロジェクトのスタート日をさかのぼらせるのには苦労したよ。おまけに変更の電子決裁がようやく終わったっていうのに、その情報が支払いシステムに伝わっているかどうかが分からないんだ。問い合わせしたくても、インドかどこかで管理してるみたいで、連絡先すら分からない。オンラインで請求書の承認をしようとしても、エラーメッセージが出るだけで何の説明も無いんだぜ。一体どうしろっていうんだよ!」

初めて会話する相手によくここまでヒートアップ出来るな、と半ば感心しつつ、満を持して合いの手を入れる私。

“I know how you feel. It’s really Kafkaesque.”
「分かるよその気持ち。全くもってカフカエスク(Kafkaesque)だよね。」

これは先日、同僚クリスティから仕入れた新しい英単語です。彼女もケンと同様、下請け会社への支払い遅延についての不満を漏らしつつ、

「うちの会社ってカフカエスクよね。」

と首を振ったのです。え?なにそれ?と質問すると、

「カフカ調の、とかカフカっぽい、って意味よ。」と

クリスティ。

「フランツ・カフカの小説で描かれるような、悪夢みたいに複雑で不合理な世界を指すのよ。」

組織が拡大するにつれ、個々の社員の存在感はどんどん薄れてきている。その一方で、社内手続きの煩雑さ、システムの難解さ、意思決定プロセスの不透明さは増している。たとえば自分が現在取り組んでいる社内レポートは、そもそも誰の指示によるものなのか。その情報は、誰が何の役に立てているのか。どうして夕方締め切りのレポート要求が今朝届くのか。何も分からず、聞こうともせず、ただただ指示通り一心不乱に作業している社員たち。ひとたび問題が起きると、誰に何をどう問い合わせればいいのか分からず途方に暮れるのよね、と。

「何でエスクっていうの?ライクじゃ駄目なの?」

と私。

「エスクの方が洗練されて高尚な感じがするでしょ。」

とクリスティ。ふ~ん、なるほど。「ロマネスク」もそうだね。他にどんな例がある?と尋ねると、暫く固まった後、(物知りの同僚)アンディに聞いて来る、と言って立ち去りました。そして間もなく戻って来て報告します。

「ルーベネスク(Rubenesque)って言葉があるって。ルーベンスっていう中世の画家がいるでしょ。ふくよかな女性の裸体で有名な。ルーベネスクっていうのは、ぽっちゃりした官能的なタイプのことを指すみたいよ。」

私がケンに放ったセリフは、こう和訳出来ると思います。

“I know how you feel. It’s really Kafkaesque.”
「分かるよその気持ち。全くもって、カフカ的に複雑怪奇だよね。」

仕入れたばかりのクールなフレーズをドンピシャの場面で使ったことで、してやったりの私。しかしあろうことか、ケンはこれを無反応でスルー。あれ?伝わらなかった?そもそもこの単語、高尚過ぎてあまり流通してないのかも…。動揺する私を気にかける様子も無く延々と毒を吐き続ける、顔も知らない電話の主。おいおい、もう12時半だぞ。助けたいのはやまやまだけど、ランチタイムが無くなっちゃうじゃんか。午前中に終わらせようとしてた仕事も片付いてないし…。

その時、ケンが急に言葉を切りました。そしてこう私に告げたのです。

「ごめん。ちょっとボーイズ・ルーム(男子便所)に行ってくる。すぐ戻る。」

ガタガタっと席を立つ音。そしてドアの閉まる気配。え?嘘でしょ。まさか僕を電話口で待たせたままトイレ休憩?

三分近い静寂の後、まるで何事も無かったかのように受話器を取り上げ、溜息混じりの泣き言を続けるケン。財務部門のお偉いさんに対して特別措置依頼メールを書くことを勧め、電話を切ったのは1245分でした。

遅いランチへ出かける前、椅子に腰かけたままひとしきり考えました。今のケンの行動は、アポ無しで病院に飛び込んで診察料も払わず医者に助言を乞い、挙句に突然尿意を催したからと中座するようなもんだよな。あっけに取られるあまり咄嗟に反応出来ませんでしたが、やっぱりどう考えても非常識だろ…。

これって「何エスク」?