2017年3月18日土曜日

This is not a country club. カントリークラブじゃないんだぞ。

木曜日の夕方、オフィス近くにあるホテルのテラスバーで、ちょっとしたパーティーがありました。聖パトリック・デイの前夜祭という名目ですが、要は久しぶりに職場の皆で集まろうよ、というイベント。私のチームはここ数週間、目も回るような忙しさで、正直こういうイベントに参加する余裕はゼロ。でも、今回はちょっと事情が違ったのです。南カリフォルニア地区の環境部門長であるロブがたまたまサンディエゴを訪問していたため、彼も参加するというのです。思案した挙句、新人のアンドリューに参加を促しました。

「滅多に無い機会だから、大ボスに挨拶しておいた方がいいと思う。」

数百人の社員を束ねるロブは、中小企業なら社長に当たる立場です。ひとりひとりの社員と直接会話するチャンスなんかそうそうありません。私ですら、プロジェクトのレビューを電話会議で行う際、彼の質問に答えたことが数回あるだけ。

「パーティーとかそういうの苦手なんすよね。」

と尻ごみするアンドリューに、

「君が根っからのパーティー野郎じゃないことは百も承知だけど、ここは思い切って飛び込んでみなよ。」

「でも、明日から旅行なんです。早く帰らないと…。」

「顔見せるだけでもいいから、参加しといた方がいい。」

「う~ん、でもなあ。」

「大丈夫、僕も一緒に行くから。」

何とか仕事を締め括り、シャノンと三人、少し遅れて会場に乗り込みます。

オープンテラスには椅子席が無く、胸の高さの小さな丸テーブルを囲んでグラスを手に談笑するグループが四つほど散らばっていました。そのひとつに混じって飲み始めた我々ですが、間もなくロブを遠くに発見。よし行くぞ、とアンドリューに目配せします。

「一月からうちのチームに入った新人のアンドリューを紹介します。」

と割り込む私に、若者の顔をじっと見て、

「ラストネームは何?」

と尋ねるロブ。アンドリューの返答に、

「やっと顔と名前が一致したよ。ようこそ。」

と笑顔になるロブ。初めて近くでじっくり眺めたのですが、なかなかのベビーフェイスです。上機嫌の時の柳家小さん(五代目)にやや近いイメージ。

「はい、先週から毎日のように承認申請をじゃんじゃん送りつけていたのは私です。」

と、微妙に赤面しつつおどけてみせる若者。

ひとしきりアンドリューの職務内容について話した後、うちの部門の経営状況はどうですか?尋ねてみました。右肩上がりの堅調ぶりを維持しているよ、とロブ。成功の秘訣は?とすかさず突っ込む私に、満面の笑みで答えます。

「聞けばなあんだ、というくらい、シンプルな話だよ。目標を定めてチームリーダー達としっかり共有し、戦略を練る。そして決められた任務を着実に遂行していく。本当にそれだけなんだ。」

「随分簡単な話に聞こえますけど、その過程で人減らしや配置転換が発生しますよね。これはどうするんです?」

「戦略を固めたら、それを遂行するための役割が定まるね。ここに適材を当てはめる。もしかしたら、その人がこれまでやったことのない任務になるかもしれない。こっちは能力を見込んであてがったとしても、当人は嫌かもしれないし、格下げされたと恨んで去っていくこともある。でもそれは仕方ないことだ。過去30年ある分野に秀でていたからといって、次の10年も同じ道で成功出来るとは限らないだろ。組織の発展のためには全く違う職務に就いてもらわないといけないことだってある。誰だって絶え間ない変化に対応するのは辛い。社員からの抵抗は避けられないよ。でもそんな時、俺は言うんだ。」

一旦言葉を切ってから、静かにこんなセリフを放つロブ。

“This is not a country club.”
「ここはカントリークラブじゃないんだぞ。」

カントリークラブというのは、ゴルフコースやテニスコート、プールなどを備えた会員制クラブのことを指し、メンバーになると、スポーツや会食を通じて友達を作ったり家族付き合いを拡げたり、結婚式などのイベント会場として施設を利用出来ます。思い切った意訳をすれば、

“This is not a country club.”
「ここは仲良しクラブじゃないんだぞ。」

てなところでしょうか。

「俺たちはここで給料もらって働いてるんだ。ゆったり座ってサービスを受ける立場じゃないんだぞってね。」

「なるほどぉ。いいですね。そのフレーズ気に入りました。よそで使わせてもらっていいっすか?」

と言うと、

「無料で提供するよ。」

とご満悦のロブ。

それから約30分、我々は彼を独占し、じっくり会話を楽しんだのでした。

パーティーが終わって会場を出た時、アンドリューがあらたまって私にお礼を言いました。あんな風に強くプッシュされなかったら、折角の機会を逸していた、と。

「実は僕自身も、ロブと長い話をするのは初めてだったんだ。一緒に行けて良かったよ。彼の経営哲学が聞けたのも収穫だったし。」

と照れる私。すると、彼が急に真顔になりました。

“I don’t totally agree with him.”
「全面的には賛成できませんがね。」

社員がまるで機械の一部のように任務の遂行に全うする組織というのは良くない、と言うのです。前に勤めていた会社がそんなところで、毎朝出勤するのが辛かったのだと。会社というのは社員が仲間意識を持ち、ある程度自由に、そしてクリエイティブに動かなければならないと思う、と。

おお、この若者、意外に気骨があるぞ、と感心する私。振り返ってみると私は、大ボスの話を無批判に傾聴し続けてました。しかも下手するとおべっか使いと取られるくらい、調子よく合いの手を入れてたし。まるでカントリークラブで上司をゴルフ接待する奴みたいに。

う~む、なんかちょっとカッコ悪い…。


2017年3月12日日曜日

この世で一番悲しいフレーズ

15歳の息子は現地校で高校二年ですが(四年制なので)、日本では中学三年生。昨日は、彼の日本語補習校の卒業式でした。伝統的な堅苦しい儀式の後、記念撮影、卒業アルバムのサイン交換、謝恩会、そして二次会のカラオケパーティー、と盛り沢山の一日。大半のクラスメートは幼稚園や小学校低学年からずっと一緒なので、みな背丈が今の半分だった頃からの仲。サイズはでかくなっても、はしゃぎ方は昔とちっとも変わりません。こういう「損得関係の無い」絆で結ばれた仲間というのは、一生の宝だと思います。そんな彼等も、あと数年でそれぞれ社会へ巣立ち、いくつもの夢や挫折を経験して行くのだなあと思うと、何だかドえらく年食った気分になる私でした。

さて、ここのところ成長著しい息子は、水球にのめり込んでいるせいで肩幅もぐんと広がり、自信もついた様子。英語、日本語とも語彙が増え、難しい話題でも会話が続くようになりました。しかし自分の経験上、そろそろ親の助言を素直に受け入れられなくなる年齢なので、あまりくどくどと人生訓を語ったりしないよう心がけています。毎朝我が家から車で15分の距離にある高校へ彼を送る間も、会話は途切れ途切れ。

ある朝私は、いつものように眠たげな彼を助手席に乗せて高速を走っていた時、ふと最近読んだ本の話をしました。

「その中にね、この世で一番悲しいフレーズっていうのがあったんだ。」

と話し始めてから、一瞬ためらいました。彼の年頃にはまだちょっと早かったかな?と。

「え?何?教えてよ。」

意外な食いつきを見せる息子に、答えを発表します。

「過ぎ去ってしまった可能性。」

私は出張中のホテルでこのフレーズを読んだ時、心臓の辺りをグーで思い切り殴られたような衝撃を受けました。人一倍楽しい人生を送って来たという自負は有りこそすれ、やれたはずのことを全てやり遂げて来たわけではない。小さな後悔の数々を閉じ込めて押入れの隅に押しやっていた小箱の蓋を、うっかり開けてしまったような気分にさせられたのです。

「うわぁ、それはほんとに悲しいねえ。」

ちらりと横を見ると、息子が心の底から悲しそうな顔をしています。え?15歳でこれ、理解出来るの?予想外の彼の反応に何故か慌てた私は、我々人間がいかに怠惰で安きに流れやすいか、二度と巡って来ないチャンスを逃し続けて老いることがいかに虚しいか、を滔々と語ってしまいました。しまった、またやっちまった、と悔やんで隣を見ると、息子はしっかり頷きながら同意を示しています。ほっと胸をなでおろす私。

後日ネットで調べてみたところ、原典はJohn Greenleaf Whittierという詩人の言葉でした。英語では、

For all sad words of tongue and pen, the saddest are these, 'It might have been'.
これまでに語られて来た悲しい言葉の中で最も悲しいのは、It might have beenである。

It might have beenの翻訳はなかなかに難しく(「もしかしたらこうなってたかも」って感じ?)、そのままだとイマイチピンと来ません。「過ぎ去ってしまった可能性」という堅い訳にしてもらったお蔭で、ずしんと心に響いたのですね…。

そんなわけで急に興味をそそられた私は、何か他に悲しい言葉は無いかな、とネットを検索してみました。そして見つけた最高に悲しいフレーズが、一時期ドラッグ中毒に苦しみ昨年末に亡くなった女優キャリー・フィッシャーが、晩年に放ったこの一言。

“What party?”
「何のパーティー?」

自分が招かれなかったパーティーの話を偶然聞かされた時のリアクションですね。これはキツい…。

合掌。



2017年3月4日土曜日

War Room 作戦司令本部

今週は、ロスのオフィスに朝から晩まで缶詰状態でした。先月中旬全米で使用開始した新PMツールのユーザーサポート用に設けられた「War Room(ウォールーム)」に配属されたのです。直訳すると「いくさ部屋」、意訳すれば「作戦司令本部」というところでしょうか。北米全域(カナダやハワイも含む)で想定される諸問題に対処するため、フロリダ州オーランドに一ヵ所、そしてロサンゼルスに一ヵ所設置されました。

過去7年間馴染んで来たMS-DOS風の旧システムを、いきなり「最新版マックに総とっかえ」くらいの劇的な移行です。数万人の初心者が一斉に使い始めるので、さすがにトラブル無しというわけには行かないでしょう。しかしながら、皆が道具に慣れるまで一旦ビジネスを止めましょう、なんて甘い事も言っていられないので、こうして鉄壁のサポート態勢を敷いたというわけ。

各支社のスーパー・ユーザー達が手に負えない問題をまず地域代表のスーパーユーザー達に上げ、彼等でも無理な場合はこのウォールームに持ち込む。ロス本部に配置されたのは私の他、本社のIT担当アーネスト、ヒューストンから来た大ベテランのベッキー、それにオーストラリアはメルボルン支社から駆け付けたジャクリンの四人。オーストラリア勢は去年からこのツールを使っているので、彼女は一番の経験者。そんな我々四人が知恵を寄せ合っても歯が立たない場合はフロリダのグループと話し合う。それでも駄目なら別室で控える総元締めのジョディに上げる。彼女がソフトの不具合と認めればプログラマー集団に修正コーディングを依頼する、という段取り。

去年Ninjaとしての特殊訓練を受けオーストラリア出張までさせてもらった手前、大っぴらには言えないのですが、実はあまり期待に応える自信が無い私。なんだかんだ言っても、実際のソフトに触る経験は一般ユーザーとほとんど変わらないわけです。こんな偉そうな椅子に座る資格は無いんだよなあ…と、弱気の虫が頭を持ち上げます。

そんなわけで月曜の朝、着席と同時にじゃんじゃん鳴り始める電話に、恐る恐る対応する私でした。

「トロントからかけてます。プロジェクトの予算変更を提出したらこんなエラー・メッセージが出て、○○をクリックしたら今度は○○がおかしくなって…。」

「ニューヨークの○○だけど、どうしてもこれが分からないんだ…。」

こんな調子で、既にみっちりトレーニングを受けて来たスーパーユーザー達ですら「お手上げ」の難問がどかどか飛び込んで来ます。電話の主にはニンジャ仲間のティムやエリックもいる。そんな彼らが頭を抱えるような問題が、ボクニワカルワケナイジャンカ。ベッキーやジャクリンに聞こうにも、彼女達だってひっきりなしに電話に出てるし。

仕方なく毎回、「調べて折り返し連絡します」と答えるしかない私。その場ですっきり解決してもらえるだろうと息を弾ませていた相手が電話の向こうでがっかりする様子を想像し、気持ちがちょっぴり沈みます。何とか調べて一件解決する間に新たなお題が三件くらい、電話とメールとテキストを介して飛んで来る。未解決の懸案がみるみる山積みされて行く。朝8時から夕方6時過ぎまでほぼ休みなしでこの状態が続き、じわじわと精神的消耗が増してくる。そして水曜の午後5時過ぎ、まるで突然のガス欠に見舞われたかのように脳が停止してしまいました。ヤバい、何とか持ち直さなくては…。

そんな時、廊下の向こうから懐かしい顔が現れます。9月にダラスでトレーナー養成のための集中講座で「同じ釜の飯を食った」、ミリセントというオーストラリア出身の女性社員。当時はニューヨーク支社に勤務していたのですが、最近ロス支社に引き抜かれ、一週間前重職に着任したばかりだと言います。先週半ばに同僚から紹介されたジャクリンが偶然にも同郷だと分かり、意気投合して週末二人で遊びまくった、とのこと。

「これからジャクリンとご機嫌なバーに行くんだけど、シンスケも一緒にどう?」

もともとスーパー下戸な上に心底疲れ切っていた私は、やんわり断ろうとしました。ところが、

「そこのメキシカン料理が抜群に美味しいのよ!」

という言葉にぐらり。腹減ってるし、じゃ、ちょっとだけ行くか、と乗っかります。

水曜の7時前だというのに、BAR AMAは既にほぼ満席。かろうじてテーブル席を確保します。次々と運ばれるスパイスの利いたエキゾチックな料理に舌鼓を打ちつつ、ジャクリンとミリセントの話に耳を傾けます。

ジャクリンは、二十代半ばまでオーケストラでフルートを吹いていたという変わり種。ベルリンフィルみたいな一流どころに所属していれば話は別ですが、この楽器で飯を食っていくのは至難の業なのだそうで、将来を案じた彼女は一大決心し、音楽の道を断念。それから職を転々とします。チェコで英語教師、イギリスでフライトアテンダント、オーストラリアに戻ってウェイトレス、と色々やっているうちにリクルーターの友人に勧められ、今の会社に入ったのだと。一方ミリセントは、ニューヨークで出世のチャンスが巡って来なかったので、自らロスの人脈を当たり、今回異例の昇進をゲットして引っ越して来たのだそうです。オーストラリアの同じエリアで育った二人がここロサンゼルスで巡り合った偶然にあらためて驚嘆していた時、ふと私があることを思い出します。

「あのさ、オーストラリア出張前のトレーニング中、ご当地ネタで盛り上がってたんだけど、どうしても分からないことがあったんだ。男子用競泳パンツを、オーストラリアではなんとかスマグラーって呼ぶって聞いたんだけど、あれどういう意味?」

くすりと笑って顔を見合わせるジャクリンとミリセント。

「バジー・スマグラーのこと?」

「あ、それそれ。アメリカじゃスピードゥって呼ぶでしょ。何なのそのバジー・スマグラーって?」

するとジャクリンがiPhoneを取り出し、さくっと写真検索してこちらに差し出します。水色や黄緑色の、可愛いセキセイインコが並んでいます。

「これがBudgie(バジー)よ。」

「あ、これは知ってる。子供の頃飼ってた!」

「こういうバジーをスマッグル(密輸)するってこと。分かるでしょ?」

インコの密輸業者?パンツが?しばらく考えてからようやく合点が行き、こらえ切れず笑い出す私。

「私達とこんなこと話したって、よそで言っちゃ駄目よ。」

とミリセント。

ここへちょっと遅れて、ジョディが到着します。

「私達、今ちょうどシンスケにBudgie Smuggler(バジー・スマグラー)の意味を教えてたところなの。」

と笑う二人に、ジャケットを脱ぎながら顔色ひとつ変えずジョディが返します。

「私の男友達なんて、俺のはファルコン・スマグラーだって粋がってたわよ。」

彼女もオーストラリアからの出張組。実はこの人が今回の新PMツールの生みの親なのです。二年前、「業務体制の抜本的改善をしよう」という小さなプロジェクトがスタートした際、オリジナルメンバーの一人だった彼女。それが段々と膨らんでいき、世界規模でのPMツール開発となったのです。

「苦労して産み育てた我が子が、高校卒業して家出るのを見送る気分ね。」

その時のチームで、今でも会社に残っているのは彼女だけ。もう一人の育ての親クリスティーナは、数か月前、突然辞職してしまいました。

「ふたりの子供がいるのに一年の大半は出張だったでしょ。このままじゃ家庭崩壊、というところまで追い詰められてたの。すごく悲しかったけど、クリスティーナの将来のためには正しい選択だったと思うわ。今週末は、オーストラリアに戻る前にボストンへ飛んで、彼女と飲むのよ!」

ジョディはこの後、新PMツールの今後の展開について詳しく教えてくれました。イギリス、アイルランド、アフリカ、シンガポール、上海、香港。そしてヨーロッパおよび中国全土へ。

「アフリカでトレーナーが必要なら、絶対私をリストに入れてね!」

とミリセント。

「今だから言うけど、Ninjaに選ばれなかった時は結構落ち込んだのよ。オーストラリア出身の私がどうしてオーストラリアのサポートに呼ばれないの?って。次のチャンスは絶対逃したくないわ。」

気鋭のキャリアウーマン3人との食事は非常に刺激的で、まるでかつての人気ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」のワンシーンに紛れ込んだかのようでした。タイプで分けると、

ジャクリン=キャリー
ミリセント=シャーロット
ジョディ=ミランダ

てな感じでしょうか。

二杯のカクテルを飲み干した頃には、ミリセントとジャクリンとの会話は幾分かキワドくなっていました。オーストラリア特有の英語表現について尋ねると、卑猥な言い回しを次々と繰り出す二人。使う機会が無さそうなのでひとつもメモしませんでしたが。

「そうだ、思い出したわ!」

と突然目を見開いて声を上げるミリセント。

「9月のダラスでのトレーニングの中日が終わって、暑い中みんなでホテルへ戻ったの。すし詰めのエレベーターは蒸し風呂状態だったわ。その晩のグループディナーにどんな服装で臨むべきかという話になった時、誰かが、こんなに暑いんだからカジュアルでいいんじゃない?って言うの。そこで思わず私、Thongで行こうかしら、って呟いたのね。その瞬間、ガラリと周りの雰囲気が変わるのを感じたわ。隅っこにいたフィルがニヤつきながら、ズボンも履いて行った方がいいぜって言うの。」

ジャクリンとジョディがくすくす笑っています。話のオチが呑み込めない私は、眉をひそめて先を促します。それを見てゲラゲラウケる女性陣。

Thongっていうのは、オーストラリアではビーチサンダルのことなのよ。」

とミリセント。で、アメリカではどういう意味なの?と尋ねる私。

「ひもパンというか、Tバックのことね。」

とジャクリン。再び爆笑する女性陣。

後半は下ネタ満載だった夜会を終え、皆にさよならを言ってホテルまでの夜道を一人歩きます。部屋に戻って椅子に座り、ミリセントにお礼をテキスト。

「女子会に混ぜてくれてありがとね。楽しかったよ。」

間髪入れず、返信が届きます。

“We are a family now, of course you are always welcome!”
「私たちはもうファミリーよ、もちろんいつでも大歓迎!」

ウォールームのストレスで押し潰されそうになっていただけに、嬉しい一言でした。そうだ、こうして敢えて厳しい環境に身を置いているからこそ、優秀で面白い人達に会うチャンスが増えるんだ。試練から逃げずに進んで来て本当に良かった…。

就寝前にYouTubeをブラウズしていて、ふと見つけたH-Jungle with T“Wow War Tonight”に久しぶりに聴き入りました。後半にこんな歌詞があり、じわっと来ました。

いつの間にやら仲間はきっと増えてる
明日がそっぽを向いても走りまくれよ
そうしてたまには肩を並べて飲もうよ


2017年2月19日日曜日

アメリカで武者修行 第37話 タフにならなきゃな

オレンジ郡のプロジェクト獲得に向けて始動した、我が社のプロポーザルチーム。上司のエドから「千尋の谷に」突き落とされてスケジュール作成担当に納まった私ですが、まだまだヨチヨチ歩きです。記念すべき第一号のプロポーザルは何とか無事に提出しましたが、その疲れを癒す間も無く、二件目のプロポーザル作業がスタートしました。まるで私が引き続きチーム入りするのが当然であるかのように、印刷されたRFP(リクエスト・フォー・プロポーザル)を手渡すエド。

「来週月曜にロングビーチ支社へ行ってくれ。支社長のエリックが君に会いたいそうだ。彼は今回の新規顧客開拓にかなり本腰で、その辺の背景を今の内に知っておくのもいいだろう。この機会に、他のチームメンバーとも顔を合わせておくといい。」

エドのオフィスを出た後、建物の丁度反対側に位置するランチルームへと向かいます。水場の脇の壁に据え付けられた救急棚の扉を開け、Extra Strength(超強力)と銘打たれた鎮痛剤の小袋を取り出します。過去数週間というもの、強烈な頭痛が慢性化していて、この時も十秒と目を開けていられない状態でした。マグカップの水で二錠を喉に流し込んだ後、ランチテーブルの隅で両腕を交差させ、額を載せた格好で薬効が現れるのを待ちます。

ふと足音に気が付いて顔を上げると、ぼやけた視界の向こうに現れたのはケヴィンでした。
「どうした?具合悪いのか?」
「うん、頭がひどく痛んでね。睡眠不足が続いてるんだ。」

机に両肘をついて掌の土手の部分で目頭を押さえつつ、厳しい現状を説明しました。高速道路設計プロジェクトの残務処理に加え、未だに馴れないハイリスク・プロジェクトのレビュー。更にはスケジューリングを独学しつつ、プロポーザルの締め切りと闘う日々。そして週末はPMPの受験勉強。「初めてづくし」で死にもの狂いだった前職に較べても、負荷は増している。頭痛が恒常化し、鳴りを潜めていた持病の腰痛も戻って来た…。

気が付くと私は、ケヴィンをそこに立たせたまま延々と弱音を吐き続けていたのでした。暫くしてようやく沈黙に気付き、はっと我に返って顔を上げます。彼は、同情とも侮蔑とも取れる微妙な表情を浮かべて私を見つめています。それから、意を決したように口を開きました。

「シンスケ、色々重なって大変なのは理解出来る。でも、散々な思いをした末にやっと手に入れた仕事じゃないか。キツイのは分かるけど、ここはタフにならなきゃな。」

幾多の苦境をともに切り抜けて来た、いわば戦友のケヴィン。中途半端に慰めるのではなく、あえて叱咤で私を救おうとする彼の気持ちに、胸が熱くなりました。マグカップの水を勢いよく飲みほして立ち上がり、仕事に戻る私でした。

翌月曜。ロングビーチは支社とは言え、同じビルに本社機能も入っており、いわば我が社の総本山です。サンディエゴから車で約2時間と教えられましたが、安全のため朝5時にアパートを出発。途中三度、高速道路のレストエリアやスターバックスの駐車場で仮眠し、結局三時間かけて8時10分前に到着しました。港湾地域の再開発エリアにそびえ立つ、銀色のツインタワー。その片側の最上階から三つくらいのフロアが、我が社のスペースだと聞かされていました。ビルの谷間からは、海を背景に立つカラフルな観覧車が望めます。牧場の脇に佇むちっぽけな平屋オフィスに勤務する私には、ややショッキングな職場環境のギャップでした。

女性秘書に促され、支社長室の応接セットで待つこと15分。早朝のミーティングが長引いちゃったよ、と謝りながら入って来たエリックは、予想を大きく裏切る容姿でした。

身長およそ185センチ、濃い緑色のボタンダウン・シャツにノーネクタイ。若木の幹を思わせる長い脚に、ぴったりフィットしたブルージーンズ。骨董品のような艶消しゴールドのベルトバックルは、ちょうど私のみぞおちの高さ。踵に拍車こそ付いていませんが、カウボーイ御用達とも思える本格的レザーブーツを履いています。微かに腰をかがめて差し出す握手の手は力強く、しかし優しい。日焼けした顔をほころばせ、今回のプロポーザルへの貢献に対する感謝を述べます。そのハスキーボイスは深く甘く、大抵の女性ならたちどころに彼のファンになってしまうでしょう。エルビス・プレスリー風のもみあげに僅かながら白い物が混じってはいるものの、どう見てもまだ40代。彼はこの要職をこなしながら、週末になるとバスケットボールや水泳を楽しみ、子供のサッカーチームのコーチもしていると言います。その血色良い笑顔を見ているうちに、ゾンビのような自分が急に恥ずかしくなって来ました。

「オレンジ郡は、ここロサンゼルス郡と隣り合わせだろ。いわば我々の地元なのに、これまで全く仕事の手がかりが無かったんだ。数か月前、うちのジャックが大学時代の同級生とばったり会ってね。その男がオレンジ郡でPMを勤めているということから、この話が始まったんだ。とにかくプロジェクトをひとつ獲って成果を上げれば、クライアントに我々の実力を分かってもらえる。そして第二、第三のプロジェクト獲得に繋げて行く。最初の一本が鍵なんだ。ここは何としても突破口を開きたい。君達の頑張りにかかってるんだ。頼んだぞ。」

スケジューラーとしては駆け出しもいいところの私には、どう考えても過剰な期待。いっそのこと今の内に力不足を告白して辞退しちゃった方が会社のためかもしれないぞ、と弱気がよぎった時、彼がこう付け加えたのです。

「プリマベーラでスケジュールが作れる社員は、南カリフォルニアに今、エドと君しかいないんだ。エドは多忙過ぎてプロポーザルに参加する余裕が無いだろ。今回のクライアントは、プリマベーラ・スケジューラーの参加を必要条件に挙げている。ということは、君無しではこの戦いに勝ち目は無いってことだ。疑いも無く、君は最重要メンバーのひとりなんだよ。」

これで逃げ道は閉ざされました。エリックは私を隣の部屋に導き、窓際のデスクで仕事していた男性に紹介しました。

「今回のプロジェクト獲得作戦の中心人物だ。わざわざウィスコンシンから転勤してもらったんだよ。」

それまでに電話では何度か喋っていたものの、これがプロジェクト・マネジャーのジムとの初顔合わせでした。おそらく五十半ば。むき卵のように光沢のある禿頭とは対照的に、豪邸の生垣みたいに整然と刈り込まれた厚みのある口ひげと顎鬚とで、顔の下半分が覆われています。眼鏡の奥の目尻に刻まれた深い笑い皺は人柄の良さを物語っていて、まるで有名なお寺の人気和尚だなあ、と心の中で袈裟を着せていました。

次のミーティングがあるから、と足早に立ち去るエリックの背中を見送った後、ジムに尋ねてみました。
「ウィスコンシンから転勤って、本当ですか?お一人で?」
「いや、夫婦で引っ越して来たんだよ。娘二人はほぼ手を離れていて、身軽なんだ。」
「でも、はるばるカリフォルニアに住まいを移したのに、この先いつまでも新規プロジェクトが獲れなかったらどうするんです?」
ついさっき初めて会ったばかりの相手に対して、この質問はいくらなんでも不躾だったな、と後悔がよぎったその時、
「そりゃさぞかし居心地が悪いだろうね。クビにされるか、尻尾を巻いてウィスコンシンへ逃げ帰るかだな。」
と軽く一笑するジム。
「じゃあ絶対に勝たなきゃいけませんね。」
失言を挽回しようと、思わず過剰に意気込む私。
「そうだね。頼りにしてるよ。」

この後、ジムと机を並べてラップトップを出し、スケジュール作成に取り掛かりました。今回のプロジェクトの内容を噛んで含めるように説明する彼の声には、一言一言を心から楽しんでいるかのような長調の旋律があって、技術的な固い内容でも脳が喜んで吸収して行きます。
「細部まで注意の行き届いたスケジュールが示せれば、我々がプロジェクトの進め方を完全に把握しているってことをクライアントにアピール出来る。前回の君のスケジュールはすごく良かった。今回も同じ緻密さで頼むよ。」
「もちろんです。」
「そうそう、そういえばエリックから聞いたんだが、PMP試験を受けるんだって?」
「あ、きっとボスのエドから伝わったんですね。」
「クライアント側のキーメンバーは全員PMP保持者なんだ。うちのチームが誰もこの資格を持ってないというのは、我が社の深刻な弱点だ。君が合格すれば、プロポーザルの組織図上、君の名前の横でPMPの三文字が輝くことになる。我々の勝率は大幅に上がるだろう。テストはいつ?」
「十月です。毎週末、試験勉強してます。」
「そうか、頼んだぞ。」

それから数時間、ジムに確認を求めつつ、しこしことスケジュール作成を続けました。何度も睡魔に襲われ、とうとうコンピュータ画面がぼやけて来た夕刻、もうそろそろ体力の限界だな、と感じます。さっさと切り上げて帰宅の途に着かないと、高速で事故を起こしかねないぞ、と。窓の外は急速に暗さを増しています。

その時ジムが不意に立ち上がり、部屋を後にしました。間もなく戻って来た彼がジャージ姿なのに驚いていたら、ニッコリ微笑んでこう言いました。
「道が混むだろうから、君はそろそろ帰った方がいいんじゃないか?この続きは電話でやろう。」
そしてこう続けます。
「僕は疲れたから、ちょっと走って来るよ。」
笑顔でサヨナラを言い、エレベーターホールへと向かうジム。

疲れたから、走る?

このフレーズが、暫く私の頭蓋骨の内側をゆったりと回遊していました。「疲れたらから帰って寝る」ではなく、「走る」。そんなセリフ、自分の口からは絶対に出ません。和尚さんみたいだなんて勝手にイメージしていたけど、とんでもない勘違いだった。それに、「ちょっと走って来る」ということは、戻ったら仕事を続けるという意味だよな。一体どういう体力してるんだ、あの人?

夜の高速。サンディエゴに向かって車を走らせながら、自分に言い聞かせていました。身体が辛いのは仕方ない。慣れない仕事をしてりゃ当然だ。でも気持ちで負けてたら駄目だ。どんな困難な挑戦も、笑って乗り越えるんだ。こんなところで弱音を吐いてはいられない。タフにならなきゃいけないぞ、と。


2017年2月18日土曜日

Inundated イナンデイテッド

このところ、カリフォルニアは異例の大雨に見舞われ、各地で道路や家屋の浸水被害が報告されています。先日は、全米一の高さを誇るオロヴィルダムがまさかの越水、という未曽有の事態にまで発展。実は我が家も、寝室のカーペットがフレンチドアからの浸水でビチョビチョです。昨夜は、古いTシャツをドア下の隙間に詰めるという応急の洪水対策を講じて就寝しました。

さて、今週月曜は記念すべき日でした。我が社の新PMツールが、全米で一斉に使用開始されたのです。南カリフォルニアのエンドユーザー達は、質問があれば所属する支社のスーパーユーザー達に尋ね、彼等が答えられない場合は地域のスーパーユーザーである私にこれを上げる。私が答えられない場合は更にアメリカ・チームへ上げる、という段取りになっています。月曜、火曜は不気味なほど静かだったのですが、水曜日の朝から想定外の事態が急増し、各地のスーパーユーザー達からの質問は毎分一件くらいのペースに跳ね上がりました。既に通常業務で目一杯の私に、これはなかなかシビれる試練でした。

口頭、電話、Eメールに加え、今年に入って我が社が導入したシスコ社のジャバー(Jabber)というテキスト・ツールを通した質問が、一斉に襲い掛かって来ます。これを一件ずつ、丁寧に、そして確実に解決していく。圧倒的多数の敵を相手にカンフー技で奮闘するジャッキー・チェンさながらです。今回痛感したのが、ジャバーというツールの恐るべき破壊力でした。画面上、質問者の数がどんどん増えて行くのが見えるのです。ようやく一人倒しても、新たな敵が二人、三人、と加わっていく。このビジュアルから受ける心理的ダメージはなかなかのものでした。なんだか苦しいなあと思ってよくよく考えたら、暫く呼吸を止めていたなんてこともしばしば。

木曜の午後、給湯室へコーヒー補給に行き、大きな深呼吸をしていたら、同僚クリスティーがやって来ました。そしてこう尋ねたのです。

“Are you inundated with questions?”
「質問でinundatedになってる?」

これ、最近になって電話会議などで頻繁に聞くようになった英単語です。発音は「イナンデイテッド」ですが、最後のドはほぼ無音なので、「以南泥て?」みたいに聞こえます(アクセントは以南に)。ラテン語由来だそうで、undaが波、inundareで「波の中へ」となり、inundatが「洪水になって」という意味になるのだと。“Inundated with ○○で、何かに圧倒されている状態を指すのですね。

“Are you inundated with questions?”
「質問殺到してる?」


語感と語意が全く繋がらないパターンで、憶えにくいことこの上ないのですが、ここのところの大雨や洪水情報とも重なって、きっちり頭に刻まれました。

2017年2月16日木曜日

Excuse my French フランス語で失礼

先週末は、一家泊りがけでオレンジ・カウンティーへ出かけました。息子の所属する水球クラブチームがトーナメントに出場するということで、送り迎えプラス応援が我々夫婦の任務。日本語補習校のクラスメートでもある彼のチームメートK君も加えての四人旅。広域に点在する複数の競技用プールを使っての大会でした。前の試合の勝敗次第では何マイルも離れたプールまで移動しなければいけないので、保護者による送迎サービスは不可欠なのです。

午後一番、最初の会場の車寄せに停車すると、30メートルほど離れたフェンスの向こう側、乾いた冬空をバックに、ホイッスルと歓声と激しい水音がこだましています。

「二コラ!」

後部座席の窓を開けて叫ぶ息子に、濡れた髪を撫でつけながら会場を出て来た仲間が拳を突き上げて、「勝ったぜ!」と応えます。息子のクラブには百人を超えるメンバーがいて、今回は4、5チームに分かれて参加しているようなのです。

少年たちを路肩で降ろしてから駐車場に車を停め、妻とプールまで歩きます。三つの階段席(ブリーチャー)は既に保護者で一杯。次の試合が始まるまで、その谷間に立って席が空くのを待つことにしました。激しい水しぶきの中で荒々しく肉体を跳ね躍らせる若者たちの姿を眺めながら、羨望に似た感動を覚えます。まるで縄張りを争って死闘を繰り広げるシャチの群れ。出張中に誰かから頂いた風邪をこじらせ、土曜の朝まで三日間寝込んでいた病み上がりの中年には、真冬に屋外冷水プールで闘う選手たちの爆発的なエネルギーが眩しかったのですね。

さて、息子の出る二つ前の試合が終了し、保護者がどっと立ち上がりました。それっ!とばかりに妻と観覧席を陣取ります。二人の座席を確保してからプールサイドのトイレで用を足して戻ると、何故か水面が静まり返っています。

「悪い言葉を使った選手がいたから、審判が一旦試合を止めて注意してたの。」

と妻。

“Are you fxxkin’ blind?”
「てめえ今のが見えてなかったのかよ?」

審判にそんな暴言を吐けば、そりゃお目玉食らって当然でしょう。でも、この種目は格闘技すれすれの接触プレー連発なので、ただでさえ血の気の多い年代の男子たちが試合中に熱くなるのは、充分理解出来ます。

そういえば先日、帰宅した息子が水球仲間の級友フランキーの話をしてくれました。彼が担任の女性教師のことをFxxking(Fワード)付きで表現したというエピソードを笑いながら話す息子を、すかさずたしなめる私。

「友達同士ならともかく、親と喋る時にはそういう言葉遣いを慎んでくれるかな。何でも話せる間柄であっても、節度は大事だと思うぞ。」

「ごめんなさい。」

さてこの「Fワード」ですが、実は先日、本社副社長のパットと電話している時にも飛び出しました。想定外の障害が次から次へと現れ、仕事が思うように進まない現状に苛立つ彼女が、ある事件をとらえてこう言ったのです。

「あのファッキンXXXXが!」

そして間髪入れずにこう付け足すパット。

“Excuse my French.”
「フランス語で失礼。」

これは面白い表現だと思い、すかさずノートに書き留める私。思わずFワードを口走った際に、「聞き手に馴染みのない単語を使ってしまったことを謝る」態でふざけて使うフレーズのようです。

でも、どうしてフランス?

ネットでちょっと調べたところ、かつてイギリス人が無作法の罪をフランス人になすりつけたことから来ているのではないか、という説を発見。たとえばTake French leave(フランス式のさよならをする)というのは、主催者に挨拶もせずパーティーや集会を去ることを指すし、French Kiss(フレンチキス)は舌を使ったディープキスの意味。French Disease(フランス病)は梅毒のこと。この流れからすれば、Fワードをフランス語だと言ってとぼける態度も納得です。フランス側からすれば迷惑な話ですが、よくよく考えてみればプラスにも受け取れる偏見だと思います。だって、性やマナーに関して自由で奔放なお国柄だという決めつけは、ある意味羨望とも取れるのですから。お行儀の良さを取り柄としている日本人の私は、ひどい言葉を口走ったり気の向くままに行動したりする人に、ある種の憧れすら抱いてしまうのです。冬のプールで暴れまわる、若い水球選手たちに見惚れるように。

とにもかくにも、卑猥な英単語が思わず口をついて出てしまった時は、このフレーズで締めるのが良いでしょう。

“Excuse my French.”
「フランス語で失礼。」

さて今日のランチタイム、新人のアンドリューにこの話をしたところ、彼の第一声がこれ。

「本気でかっとなってFワードを口走った人に、そんな落ち着いたフォローは思いつかないんじゃないかな。」

おいおい、若いのに随分冷静だな。


2017年2月5日日曜日

Loaner Computer ロウナー・コンピュータ

オレンジ支社へ出張しての、PMツール・トレーニング二週目が終わりました。

今回パートナーになったのは、シドニー支社出身のメイ。彼女は中国系マレーシア人。大学卒業後オーストラリアで暫く働いた後、アメリカでのポジションを与えられて移住して来ました。幼少の頃から常に学年トップの秀才だったと臆せず自己紹介する、活力あふれる小柄な彼女。30代半ばでしょうか。小さい頃は水泳の競技選手で、最近はロック・クライミングに励んでいるのだそうです。トレーニング初日を翌日に控えた日曜の晩、ホテルのレストランで打ち合わせ。

「本社の指示に従ってたら、有効なトレーニングにならないと思うの。スライドの文字を8時間読み聞かされたって、どうせ次の日にはほとんど忘れてるでしょ。ツールの使い方を学ぶんだったら、実際に使うのが一番。参加者に実践させましょうよ。」

と、彼女が大胆な変更を提案して来ます。先週と同じことをもう一週繰り返すことを思ってやや憂鬱になっていた矢先のこと。本社で取りまとめをしているシャロンが繰り返していた「全社員が同じ内容のトレーニングを等しく受けることが重要」という主張もちらりと脳裏をかすめたのですが、思わず「いいね、それやってみようよ。」と乗っかる私。

蓋を開けてみると、これが大正解。眠そうな顔の受講者などひとりもいないし、あるステップを早く終えた人が隣の社員を助けたりして、活気に満ちたトレーニングになりました。前の週に参加できなかった人が事前連絡も無く飛び入りするとか、ラップトップ・コンピュータを持っていない人が現れたりとか、予想外の事態が頻発したため、全てをスムーズに進められたわけではありません。しかしそれでも参加者はほぼ全員、

「スライドを見せられる形式の百倍以上は学んだよ。」

と、このHands-On Training(実践的トレーニング)を絶賛してクラスを後にしました。

前の週に本社からの指示通り旧態依然のトレーニングを展開したばかりの私の目に、学習効果の違いはえげつないくらい歴然としていました。

「最初からみなこういうトレーニングをするべきなのよ。受講者が眠くなるような形式を押し付ける方がおかしいわ。」

と主張するメイに、

「全ての会場にWi-Fi環境が整っているわけじゃないと思うよ。公平を期するための指示だったんじゃないかな。」

と本社の擁護を試みる私。この弁明を一瞬吞み込んだように見えましたが、

「だったらちゃんとした会場を確保することを条件にすべきだと思うの。」

と退かないメイ。正論です。

彼女と一週間過ごすうち、その強烈なキャラにじわじわと押されていくのを感じていた私。自分が群を抜いて優秀なことを自覚している人に共通する、

「誰からどんなに難しいお題を出されても鮮やかに回答してみせる」

という前のめりな姿勢がビンビン伝わって来て、何か人生に関するアドバイスでも求めなきゃいけないような気にさせられるのですね。

クラスを終える際には必ず、20人を超える受講者のフルネームと所属部署名を次々に言い当てて拍手喝采を浴びるメイ。全員初対面なのに…。

「どうやって覚えてるの?僕にはとても真似できない芸当だよ。」

と感心する私に、

「意識を集中させれば、学びの深さは無限になるの。要はフォーカスよ。」

と笑う彼女。トレーニング中も絶え間なく際どいジョークを織り交ぜ、回転の速さを印象付けます。

「それじゃ、プロジェクト名をタイプしましょう。何でもいいですよ。Build Wall(壁の建設)とか。あら、これはちょっとPolitically Correct(適切な発言)じゃなかったわね。」

もちろんトランプ新大統領の政策を揶揄しての冗談ですが、職場でさすがにこれはまずいでしょう。すると彼女はすかさずこうフォローするのです。

「オーストラリアから来たばかりで、よく分からないの。失礼。」

最終日の最終クラスを終え、さすがに疲労を隠せないメイと一緒に部屋の片づけをする私。この一週間、まるでゲスト・コメンテーターのような立場でひっそりと彼女のワンマンショーを傍観していた私。前の週にはメイン講師としてジョーク混じりにトレーニングを展開していたのに、とうとう一人も笑わせることなく終わってしまった。予想もしていなかった不完全燃焼に、ちょっとした孤独感を味わっていた私。

「あ、そうだ。ナンシーから借りてたLoaner Computer(ロウナー・コンピュータ)を返さなきゃね。」

というメイに、僕がやっておくよ、と答えます。Loanerというのは「借り物」とか「代用」という意味。ラップトップを持参しなかった参加者のために貸し出したコンピュータを棚に戻す作業を終え、ナンシーにiPhoneメールで報告した後、トレーニング会場に戻ります。

暫くして、メールをチェックしていたメイが突然笑い出しました。

「シンスケ、これどういうこと?ロウナー・コンピュータって!」

ナンシーへのメールccに彼女を含めておいたのですが、どうしてそれを読んでウケているのか分かりません。よくよく見ると、私はLoanerとすべきところをLonerと間違って書いていたのですね。

Loaner Computer レンタル用コンピュータ
Loner Compute 孤独を愛するコンピュータ

ケタケタ笑うメイに、「いや、単なるスペルミスだよ」と言い訳しつつ、最後の最後にようやく笑いを取れたことを素直に喜ぶべきかどうか、ちょっぴり悩む私でした。


2017年1月29日日曜日

Groundhog Day グラウンドホッグ・デイ

間もなく2月です。我が社の新PMツール全米使用開始まであと半月。この一週間はオレンジ支社へ出張してエンドユーザーのトレーニングに時間を費やしました。アカウンタントのアンドレアとペアを組み、朝8時から夕方5時半まで教え続ける毎日。トレーニングは四つのモジュールに分かれており、それぞれ二時間、30分の休憩を挟んで行います。受講者は都合の良い時間帯を選んでモジュール1から4まで順に受けて行く。一週間のスケジュールがこれです。

月曜  1,2,1,2
火曜 3,4,3,4
水曜 1,2,1,2
木曜 3,4,3,4
金曜 1,2,3,4

一月九日の週を皮切りに四週間、各支社で繰り広げられているこのトレーニング。講師の数が少ないため、各員が支社間を飛び回って幾週も教える運びとなりました。部下のシャノンはパートナーを変えつつ、第一週にサンディエゴ支社、第二週はオレンジ、そして第三週は再びサンディエゴで教えるという、過酷な巡業。今週私の相方を務めたアンドレアは、先週シャノンと二人で同じことを繰り返したばかり。同じ週に全く同じモジュールを5回ずつ教えるため、途中で頭がクラクラして来る、と言います。

「ようこそエンドユーザートレーニングへ。今回講師を務めるのはサンディエゴ支社から来た私シンスケとアンドレアです。それではまず、…。」

受講する社員は入れ替わるのですが、講義内容は全く同じ。喋る対象や道筋をクラスによって変えることは御法度なのです。限られた時間内に本社から提供されたスライドを順番通りに進めなければならないため、オフザケもほとんど無し。トレーニング慣れしている私ですが、構成に自分のテイストが盛り込めないという今回の縛りには結構苦しみました。総合格闘技の選手がK-1ルールでフルラウンド闘うようなものですね。

実際、早くも初日の晩には飽き飽きしていた私。相棒のアンドレアに告白すると、彼女も同じ感想を述べた後、こう言いました。

“It’s Groundhog Day!”
「まるでグラウンドホッグ・デイよ!」

グラウンドホッグというのは、俗にウッドチャックと呼ばれる巨大なリス。2月2日の「グラウンドホッグ・デイ」にフィラデルフィア州パンクサトーニー(Punxsutawney)で開かれるイベントでは、フィルという名のグランドホッグが主役。檻から出されたフィルに、イベント司会者が耳を傾ける。フィルが「自分の影が見えるよ」と囁けば、冬の終わりは遠い。「影は見えない」と言えば春は目の前、という公開占いみたいなイベントなのですね。

「まるでグラウンドホッグ・デイみたい!」というのは、ビル・マレー主演のコメディー映画が元になった表現です。2月2日にパンクサトーニーへ取材に出かけた自惚れ屋のテレビ・レポーター、フィルが、吹雪のために街から出られなくなる。翌朝ホテルで目覚めると、前日と全く同じ出来事が繰り返される。同じ人が同じタイミング、同じフレーズで話しかけて来る。そして日付が前日と変わっていないことを知る。それ以降、毎日どんなにあがいても翌朝になるとやっぱり2月2日に戻っているので、頭がおかしくなってくる。しかし途中で、「だったら好き放題暴れてやれ」と無茶をしたり、前から好きだったレポーター仲間の女性リタを落とそうと無理にアタックして振られたり、と色々もがいているうち、段々と自分自身の生き方を見つめ直すことになる。

映画の後半、それまでエゴの塊で皮肉屋だったフィルが、他人を思いやることの大切さに気付き、次第に周囲と調和して行きます。すると全てがうまく回り始め、リタの方から彼に近づいて来る…。フィルの発言内容や態度にも余裕が出て来て、途中こんな会話まで…。

リタ “Do you ever have déjà vu?”
      「デジャ・ブを経験したことってある?」

フィル “Didn’t you just ask me that?”
      「さっき同じことを僕に聞かなかった?」

ルーティーンの繰り返しから何とか脱しようと闇雲にもがいた挙句、「今この時を幸せに生きよう、出会う人々を心から愛そう」という境地に達したフィル。その瞬間、彼を取り巻く世界に大きな変化が…。

無理のある設定なのに不思議に納得してしまえる、よく出来たプロット。「アメリカ人なら誰でも知ってる」レベルの人気作品です。この映画が有名になってからというもの、「何度も繰り返されるイベントや日々」を指して「グラウンドホッグ・デイみたい」という表現が使われるようになったのですね。

この週末、たっぷりと英気を養った私。月曜にはオレンジ支社に戻り、別のパートナーと再び5日間のトレーニングを展開します。また同じ内容を5回ずつ!う~む。やっぱりちょっと気が重いぞ。

最終日にはフィルのような境地に達していると良いのですが…。


2017年1月20日金曜日

キャッシュ!

超大型新規プロジェクトのサポートを頼まれ、一昨日は財務分析に時間を費やしました。規模が規模なので、お偉方の注目が集まります。このプロジェクトの失策が支社の屋台骨を揺るがす可能性もあるのですから、慎重に取り組まなければいけません。昨日は上層部がぞろぞろとウェブ会議に集まって、私の計算結果をレビューしました。最大の関心の的はキャッシュフロー計画。組織にとってキャッシュフローは血流だ、というのはビジネス・スクール時代に何度も聞かされた話です。血が止まったら肉体は活動を停止するしかない、と。

さて土曜の夜6時過ぎ、久しぶりにChipotle(チポトレ)というブリトーの美味しいメキシカン・ファストフード店へ立ち寄りました。週末の晩飯時だというのに、50人は収まろうかという広い店内に客は二人くらい。ちょっと前までは常に活況、長蛇の列。週一くらいのペースで通うほどお気に入りのチェーン店でした。気が付けば、最近はこんな風に閑古鳥の鳴く様子をよく目撃します。

帰宅後に調べたところ、チポトレは2015年にE.coliウィルス感染事件を起こし、数十人の患者を出したのだそうです。以降経営が厳しく、従業員の賃金が上げられないため質の良い働き手がどんどん店を去っている。劇的に悪化した接客サービスを一度でも経験した客を呼び戻すのは困難で、去年は創設以来の株価下落を経験したのだとか。コストカットすればサービスレベルが低下し、それが更なる経営悪化を煽る。まさに負のスパイラル。

そんなこととは露知らず、一体どうしちゃったんだろう?と怪訝に思いつつ入店した私。調理済み食材を並べたショーケースを挟んで、若い女性店員が二人立っています。黒人女性の方は背を向けてしきりに何か片付けている。ラテン系の若い白人女性は、鼻に大きなリングピアス。つまらなそうに下を向いています。微妙な動きながら、奥歯で静かにガムを噛んでいる様子が見て取れます。レジのポジションはからっぽ。繁忙極める時間帯のはずなのに、奥のキッチンは綺麗に片付いていて、調理スタッフもいません。

私が近づくと、鼻ピアスの女性が顔を上げます。

「チキン・ファヒータ・サラダを持ち帰りで。」

と言うと、面倒くさそうに容器を手に取りレタスを盛ります。そして過去に何度も繰り返して来たであろう紋切型の質問を、機械的に発します。

「ここで食べます?それとも持ち帰り?」

「あ、持ち帰りで。」

「ブラック・ビーン?それともピント・ビーン?」

「いえ、豆は結構です。」

「肉はポーク、ビーフ、それともチキン?」

「あの、だからチキンサラダを…。」

冒頭で結構歯切れよく注文を告げたはずなのですが、全く耳に入っていなかったようです。

「他に何入れます?」

「ファヒータを。」

プライベートで何かムカつく事件があったのかもしれないし、ご機嫌斜めなのは明らかなのですが、職場でここまであからさまにしちゃいかんでしょ。アメリカに来てから16年余、こういう低レベルの接客サービスというのはいやというほど見て来ましたが、ずっと好きだったお店だけに、残念でした。

「サルサはホット?マイルド?」

「マイルドでお願いします。」

すると彼女は藪から棒に、まるで周りに当たり散らすかのような大声になり、

「キャ~ッシュ?」

と叫びました。うわあ、なんか訳分からんが、突然怒り始めたぞ。ちょっと前にキャッシュで支払った客の中に、嫌な人でもいたのかな?慌てて財布からクレジット・カードを取り出し、

「いえ、カードで払います。」

と差し出す私。すると一瞬の間をあけ、鼻ピアス女性が私の目を見て言いました。

「彼を呼んだだけよ。」

指さす方向を見ると、厨房の奥から若い黒人男性が現れ、足早にレジへと向かいます。あ、この人の名前がキャッシュだったのね。早くレジ打ちに来てよ、という意図で大声出して呼んだ、というわけか。

「カードで払えますよ。」

くすりと笑う、鼻ピアス。

キャッシュが滞ると経営が大変、というお話でした。


2017年1月14日土曜日

Gotta love it! 最高!

妻が秋口からずっと患っていた右肩の痛みが悪化の一途を辿っていて、右腕がほとんど使えない、横になって眠れない、車の運転なんてとんでもない、という状態。診断は、「腱板断裂」。治療には暫くかかりそうで、病院や買い物へ行くのにお友達の助けを借りることが増えています。彼女は過去数年、地元の大学で日本語コースのTA(ティーチング・アシスタント)を続けていたのですが、今シーズンは断念。数年前までこのバイトの上司みたいな存在だった先生(既に引退されている)が近所に住んでいて、彼女にも運転手を頼むことになりました。

一昨日、その先生とメールのやり取りをしていた妻が、さも感心したという面持ちで私に言いました。先生の家には車が二台あり、乗り降りの楽そうな方で迎えに来て下さるとおっしゃっている。車種の説明をされたがその分野に詳しくないので分からず、ドアの開け閉めが軽く出来る方でお願いします、と答えた。車の扉の重量など考えたことも無かった先生は、暫く戸惑った挙句、こう返事を書いて来られた、と。

「適当に見つくろって行きます。」

日本語教師としての経験豊富な先生ならではのユーモラスな表現。妻と二人でクスクス笑ったのですが、彼女がふとこう言ったのです。

「これ、日本語を勉強してる外国人が読んだら、どう解釈していいのか悩むわよね。」

見つくろって行きます、などという折り目正しいフレーズを微妙にひねって使った先生のセンスにただただ感心していた私は、妻の言葉でハッと我に返りました。

そうなんです。私も英語を学ぶ外国人として、相手の高度な言葉遊びについて行けず、茫然と立ちすくむ場面にたびたび置かれるのです。先週も、こんなことがありました。

現在、本社副社長のパットを中心に、プロジェクト・コントロール部門の全社的立ち上げが進められています。職務の明文化、キャリアパスの確立、肩書の統一、トレーニング・プログラムの充実などなど、課題は山積です。私はパットと月二回くらい連絡を取り合い、意見交換をしている仲。しかしややこしいことに、私の所属する南カリフォルニア地域を仕切っているR氏は、本社の方針に従おうとせず、彼独自のやり方でどんどん仕事を進めています。パットとR氏は何度か話し合ったのですが、未だに和解点を見出せていない様子。年明け早々、R氏の腹心の部下であるステファンが送信したメールに、私の手が止まります。R氏の指示で作成中だという「プロジェクト・コントロール部門のキャリアパス・モデル」を図解して複数の人に送ったものなのですが、どう見ても本社とすり合わせたとは思えません。即座にこれをパットへ転送する私。数秒後、コンピュータ・モニター上に彼女のテキスト・メッセージが現れます。その第一声が、これ。

“gotta love it...!”

ん?なんだこれ?高速で脳を回転させ、文章を丁寧に解きほぐしながら分析を試みる私。

“Gotta love it!”
“You’ve got to love it!”
“You have got to love it!”
“You must love it!”
「あなたもきっと気に入るわ!」

う~ん、ここまで解析しても皆目見当がつかない…。

一分近く考えたけど、沈黙を続けるのも失礼なので、とりあえず返事を書きました。

“Happy New Year!”

するとすかさず、

“lol”

とパット。え?なんで?ウケてるぞ…?

LOLというのは、Laugh Out Loud の略で、「爆笑」という意味ですね。

「あなたもきっと気に入るわ。」
「明けましておめでとう!」
「爆笑」

全くもって理解に苦しむやりとりですが、パットの方はそこそこ楽しんでいる様子。後でシャノンやディックに説明してもらったところ、どうやらパットはひねった表現を使ったようなのです。

“Gotta love it!”
「あたたもきっと気に入るわ。」

という言葉の裏には、

「最高!実に傑作で、自分はいたく気に入っている。」

という前提がある。しかし文脈によっては皮肉に使われるフレーズでもあり、

「出たよ。やってくれるよ。ったく、頭に来るぜ。」

という意味にもなる、というのです。つまりパットと私の会話は、こう訳せますね。

“gotta love it…!”
「やらかしてくれちゃったわね…!」

“Happy New Year!”
「明けましておめでとう!」

“lol”
「爆笑」

新年早々、英語上級者への道のりの長さを思い知らされたのでした。