2018年2月18日日曜日

Make good choices! 良い選択をしなさいよ!

金曜の夕食後、妻のノートパソコンの前に家族で集合。冬季オリンピックの男子フィギュアスケートを観戦しました。羽生と宇野の金銀フィニッシュで、一同大興奮。完璧な演技を見せながら銅メダルに終わったスペインのハビエル・フェルナンデス選手が、この大会を最後に引退することを表明したという解説を聞き、

「しょうがないよ。もう26歳だもん。」

としたり顔で息子に言う私。え?「もう26歳」だって?自分の発言を耳の中で反復し、あらためて愕然とします。彼らがトップアスリートでいられる時期って、人生の中でたかだか10年くらいなのか。よくよく今回の出場選手たちを見てみれば、弱冠23歳の羽生が既にベテランの風格です。日本の会社員だったら、まだまだ花見の場所取りに動員されるような年齢なのに…。

羽生の演技がスローリプレイで解析されているのを見ると、とんでもない数の回転を超高速で繰り返していたことが分かります。感嘆の声を上げる私に、

「この人たちって、氷じゃなくて床の上でも、その場で普通にジャンプしてクルクル何回転も出来るのよ。」

と妻。う~ん、それはすごいなあ。やってみようとも思わんぞ。やれば絶対ケガするし。若い肉体の持つポテンシャルって、驚異としか言いようが無い。

人生において、爆発的にエネルギーを燃焼出来る時期はほんの一瞬。一旦通過してしまえばもう二度とその輝きは訪れない。多くの人は年を取ってもあの年代に味わったワクワク感が忘れられず、もう一度体験出来たら、とどこかで思っている。オリンピック観戦って、線香花火の前半に一度だけ起こる、ほんの刹那の激しい発光を瞼に焼き付ける経験に似ているなあと思うのでした。

さて、先週末は16歳の息子を水球トーナメント大会に参加させるため、家族でロサンゼルス郡に二泊旅行。彼の所属するクラブは、サンディエゴ郡の複数の高校から集まった選手で構成されています。真冬の屋外プールで白い息を吐きながら共に苦しい夜間練習に耐えているチームメイト達。息子にとっては、同じ学校の級友たちよりもはるかに親しい仲間なのだそうです。

二日目の昼、この日の二試合目が終了し、午後の三試合目まで数時間の間があったので、チームのほぼ全員で近くのショッピングモールまでランチに行きました。メキシカン・ファストフード「チポトレ」のオープンテラス。上半身の筋肉が発達した若者たちがTシャツ姿で額を寄せ合うようにして座り、スマホをいじったり品の無いジョークで笑ったりしながらブリトーをむさぼります。うちの息子以外は白人ばかりで、プールの塩素も手伝ってか、ほぼ全員が嘘みたいな金髪。少し離れて、彼等の親御さんたちと自己紹介し合いながら席に着きます。みな社交的で話し上手。すぐに打ち解けて話し込みました。早々に食事を済ませて立ち上がった少年たちの一人キャメロンが、こちらへやって来てお母さんに話しかけます。

「ちょっと皆でターゲット(巨大ショッピングセンター)に行ってくる。」

何しに行くの?と他の親が尋ねると、別の男子が

Hide and Seek (かくれんぼ)。」

と応えます。思わず顔を見合わせる父母たち。身長180センチを超えるムキムキの若者たちが、キャッキャと浮かれながら跳ねるように立ち去って行くのを、複数の親の声が追いかけます。

“Make good choices!”
「良い選択をしなさいよ!」

これって日本語に無いフレーズだよなあ、と思う私。アメリカ人の親が十代の子供にかける決まり文句で、言わんとしているのは、「基本的な社会ルールはきちんと教えてあるんだから、善悪の区別くらいはつくだろう。あとは自覚をもって行動しなさい。」つまり、

“Make good choices!”
「よく考えて行動しなさいよ!」

ということですね。

週が明けて月曜の朝、息子を乗せて学校まで連れて行った際、彼に尋ねてみました。

「そういえば、ターゲットでかくれんぼって、具体的には何したの?」

すると彼は、ニヤニヤ笑いながら記憶を辿ります。売り物のスケボーに乗って通路をガンガン滑ったり、大型衣装ケースに身体を折りたたんで入ったり、商品棚によじ登ってペーパータオル・ロールを押しのけ、隙間に隠れたり。

「おいおい、そんな大暴れして大丈夫だったのか?店員には注意されなかったの?」

とのけぞる私。制服姿のセキュリティ隊員たちが一旦は近づいて来たけど、盗みを働こうとしているのではないことを理解し、また離れて行ったとのこと。それでますます調子づいて、かくれんぼを満喫する若者たち。

「行動がまるで小学生だな。親たちがMake good choices って言ってたの、聞いてなかったのか?」

とやや説教口調で詰め寄る私。これに対し、いまだ興奮冷めやらぬといった表情で答える息子でした。

“That was the best choice ever!”
「最高の選択だったよ!」

路肩で息子を降ろして会社へ向かう道中、「ターゲットでかくれんぼ」に没頭する屈強な水球選手たちの映像を頭に描きながら、思わず微笑んでしまう私でした。愚かな行動であることには間違いないが、滅茶苦茶楽しそうな企画じゃないか。そんな真似が出来るのも、あと数年だぜ。せいぜい楽しんどけよ…。

その日のランチタイム、隣に座った古参社員のビルに週末のエピソードを披露しました。十代の若者に、「良い選択をしなさい」という忠告がどれだけ有効かは謎だよね、とまとめる私。その選択が良いか悪いかなんて、解釈ひとつでどうとでもなる。十代の若者というのは結局のところ、はち切れそうなエネルギーのやり場を常に求めているわけで、たとえ親が止めたところでやりたい事をやるのだ。だから下手に制止して反抗されるよりも、「ちゃんと理性を働かせなさいよ」と小さな釘を刺す方が、まだましな結果に繋がるのかもしれない、と。

「俺の娘が16歳だった時の話なんだが、」

とビル。現在、彼のお嬢さんには一歳前後の赤ちゃんがいて、彼女から時々スマホに送られて来るというキュートな動画を見せてもらったことがあります。

「週末に家族で一泊旅行へ行くことになってたのに、あたし行きたくない、家に残るってごねるんだ。まあそういう年頃だから仕方ないか、と諦めて置いていくことにしたんだな。で、娘にこう言ったんだ。友達呼んでも構わんが、でっかいパーティー開くのだけはやめろってな。」

おお、アメリカ映画で良く見るパターン。そういうの、本当にあるんだなあ。

「旅行から戻った途端、留守中に娘が何をやらかしたのかをすぐに悟ったよ。」

「何したの?」

「でっかいパーティーを開いたんだよ!」

部屋はそこそこ片付いていたものの、シャワードアのサッシが微妙にずれているし、家具調度の位置も少しずつ変わっている。庭に出ると、隣家の敷地から塀越しに枝を伸ばしていたオレンジの樹から、実がひとつ残らず無くなっている。周囲の家々を見渡すと、それぞれの屋根にオレンジ色の球体が何十個も散らばっている。通りを挟んで向かいの家に住む親しい友人を訪ね、昨夜の様子を聞いてみたところ、

「叫び声やら爆竹音やらが絶え間なく聞こえて来て、とにかく一晩中うるさかったよ。」

とのこと。携帯番号を教えてあったのにどうしてすぐ連絡してくれなかったんだ?と詰ったところ、

「もう夜遅かったし、旅先からすぐには戻って来れないだろう。それに君が知ったが最後、もう二度とこんなことは起こらないだろうと分かってたからさ。」

ビルは、近所でも有名なカミナリ親父だったみたいです。

「大目玉食らうことを承知でパーティーを決行したってことか。すごい覚悟だったんだね、娘さん。」

と感心する私。

「そうなんだ。その後何度か娘とこの日の話をしたんだが、何回生まれ変わっても同じことをするって言い張るんだな。自分の一生の中でも、断トツ一位のグレートなパーティーだったって。」

何故だか、じわっと来ました。


2018年2月11日日曜日

Group Dynamics グループ・ダイナミクス

先週月曜の昼1145分。オフィスのビル2階にあるオープンテラスへ出てみると、目も眩むほどの強烈な日差し。見上げると高層ビル群が、突き抜けるような青空の輪郭をギザギザに切り抜いています。パティオ・ルーフの下で日陰になったソファに深く腰掛け、大きめのサングラスをかけてくつろぐ部下のテイラー。近づいて行くと彼女が私に気付き、ニッコリ笑って足元の巨大なショッピングバッグを指さします。どうも有難う!と中を覗くと、透明プラスチックのパックにグリルド・チキンやらサラダやらがおさまって美しく重ねられています。彼女は、ブロードウェイ通りの「テンダーグリーンズ」で予め注文しておいたランチをピックアップし、早めに運び込んでおいてくれたのです。

食べ物や飲み物を手にパラパラと人影がテラスに現れて椅子が埋まり始めたので、手遅れになる前に、とテイラーと二人、四人掛けの正方形テーブルを二つ連ねて椅子を六脚周囲に巡らせ、グループ席を確保しました。あ、来た!とテイラーの指さす方を見ると、残りのメンバーが手を振りながら近づいて来ます。

そう、これは私の率いるプロジェクトコントロール・グループの、初の公式チーム・ランチ。私の左隣にアンドリューが着席、その正面がカンチー。彼等に挟まれた格好で角に座るのがテイラー。一方、私の正面にはシャノン、そして右隣のお誕生日席が、今回の主役であるティファニーです。

ご主人の転勤に伴いヴァージニアで暮らしていた彼女が、四年ぶりにサンディエゴに戻って来た。これを皆で歓迎しようということで、今回のランチを企画した私。総勢六名になったこの段階で、コミュニケーションを円滑にしておきたいな、と考えてのことでした。これまでのチーム・ミーティングでは、皆まるで寺小屋に集う塾生のように真剣な眼差しで私の話に聞き入り、こちらが自由討論を促すと、まずはお母さん的ポジションのシャノンが発言。その後、若いメンバーにも徐々にエンジンがかかって活発な議論が展開する、というパターンでした。それはそれで良いのですが、ちょっぴり物足りなくも感じていたのです。ここへ元気者のティファニ―が飛び込めば、グループ全体のエネルギー量がぐんとアップするのではないか、という目論見がありました。

「私もう、嬉しくって嬉しくって仕方ないの!」

と、いきなりハイテンションのティファニー。ヴァージニアの蒸し暑い夏や厳しい冬から逃れ、ようやくパラダイスに戻って来た。あっちじゃ苦難の連続だった。近辺に親戚も知り合いもおらず、旦那は遠洋航海で何か月も不在。そんな中での出産は本当に辛かった。今回の引っ越しはRVを借りての大陸横断ドライブ旅行だったが、前半は豪雪や大雨に何度も足止めを食らった。年間を通じて温暖なサンディエゴの良さをあらためて実感した。やっぱりここが最高!と一気にまくしたてます。

「私の得意技は、オフィスのデコレーションなの。もうすぐバレンタインでしょ。うちのグループの席を全部、ハートで飾るから覚悟しててね!私さっそく、ファン・コミッティー(Fun Committee)に参加することに決めたわ。」

ファン・コミッティー(お楽しみ委員会)というのは、社内の親睦イベントを企画・運営するボランティア・グループです。

「ヴァージニアに移る前も私、ファン・コミッティーでガンガン活動してたのよ。」

気が付けば、かれこれ十分くらいティファニーの独壇場が続いています。これはいかん、と割って入る私。

「あ、そういえば、テイラーもファン・コミッティーに入りたかったんだよね。」

若いテイラーに発言を促すと、頷きながら口を開きかけます。しかしここで素早くティファニーが、大声でかぶせて来ます。

「いいじゃない!一緒にやろう!すっごく楽しいわよ!

勢いに呑まれたようにぐっと口をつぐむテイラーに構わず、ハイスピードで喋りつづけるティファニー。暫くして、話題は彼女の出産時の騒動に変わりました。

「エピデューラル(硬膜外麻酔)を打たれた時は、右半身だけ効いて、左半身は痛いままだったの。でもそのまま耐えちゃったのよ。お産の後トイレに行こうとしたら医者から止められたんだけど、どうしても我慢できなくて、まるで負傷兵みたいに片足引きずりながら廊下を進んだのよ!」

出産にまつわる苦痛に満ちた数々のエピソードを、淀みなくハイピッチで語り続けるティファニー。「私、きっとこのことだけで本が一冊書けるわ!」まるで、箱から取り出した人形がいきなり高速でシンバルをジャカスカ叩き始めたようで、止めるすべも分からず、ただただ見守るばかりの我々でした。う~ん、こういう展開は予期してなかったぞ。饒舌キャラであることは重々分かっていたのですが、グループに入れた時にどうなるかは未知数だったのです。

と、その時、

「私は息子の時が滅茶苦茶大変だったわ。丸二日、猛烈な痛みで苦しみ続けたもの。」

と、出産エピソードの舞台に駆け上がって来たのがシャノンでした。えっ?この段階で参戦すんの?そろそろ止めに入うかと考えてたのに…。

「娘のジュリアの時も同じ目にあうかと思って覚悟してたら、予想外のスピードでスポッと生まれちゃったの。ほんとに出産の大変さって予測不可能で、対策の立てようが無いわよね。」

「私はもう二度とあんな辛い経験はイヤよ。二人目は絶対無いわね。」

と首を何度も横に振るティファニー。

「おいおい二人とも、独身の若者たちをビビらせないでくれよ。」

と再び割って入る私。カンチーとテイラーの方を振り返ると、二人怯えたような表情で笑っています。しかしここでティファニーが、

「でもどんなに大変でも、やっぱり子供は可愛いからねえ!」

とシャノンに同調を求めます。これに応えてシャノンはさらにお産話を引っ張り、若い部下たちはただただじっと黙って聞くばかり。う~ん、これじゃあ折角のチーム・ランチが、単なる「先輩ママたちの話を聞く会」になっちまう。こういうのじゃないんだよな、僕が思い描いてたのは…。

まるでビーカーの透明溶液に試験管から新しい薬剤を注いだ途端、激しい化学反応がスタートして全体がピンクに染まり、モクモクと煙が立ち上ったような格好。このまま連鎖反応が進めば、収拾つかなくなるかも…。

「そうだ、バレンタインデーって、オフィスで何かイベントがあるんだよね。」

と思い切って話題を切り替えてみる私。

「ベーキング・コンテストがあるわ。」

と、これにテイラーとカンチーが反応します。そう、毎年2月14日は、腕に覚えのある社員達が自作のクッキーを持ち込んで品評会にかける催しがあるのです。

「そうだ、アンドリューは趣味でクッキー焼くんだよね。今年は出品する予定?」

と、左隣の若者にキラーパスを送る私。彼はつい最近、自作のレーズン・クッキーをどっさり持って来て我々に振る舞い、お菓子作りの実力を知らしめたのです。そんな彼から何か「ベーキング面白話」でも披露してもらえるだろう、と踏んでのことでした。ところがこのパスに咄嗟に反応できず、さっと顔を赤らめるアンドリュー。

「いや、まだ決めてないんですよ。ハートの形とかがちょっと…。」

「あたし、ハートの焼き型いっぱい持ってるわよ!まだ引っ越し荷物の段ボールに入ってるから急いで出さなきゃいけないけど、大きさも色々あってすっごく可愛くて、去年作った時はね...。」

再び右隣から猛烈な勢いで飛び込んで来た、ティファニーの甲高い声。まるで新人選手に反則すれすれの強烈タックルを食らわせて来た中堅。もちろんアンドリューは、あっけに取られて喋るのを止めてしまいます。

この時点で正直、かなりイラついて来ていた私。何とか皆に喋らせようとしてるのに、その度にいちいち主導権を奪い取って行くティファニー。悪気は無いんだろうけど、あまりよろしくないぞ。いくら歓迎会の意味合いが強いとはいえ、これはチームのミーティングなんだから。

それから私は、何とか出席者全員に話す機会を公平に分配しようと、バラエティ番組のMCさながらの仕切りを始めました。そんなこちらの意図に気付く様子もなく、ハイテンションで話題泥棒を続けるティファニー。ヤバいぞ、彼女の独走を止めなくちゃ、とトークにいちいち水を差し始めた私。

「君のエネルギー・レベルは本当にすごいね。」

「今朝は何食べて来たの?」

そんな意地悪な茶々が耳に入る気配も無く、上機嫌で突っ走る彼女。その時、誰かに左肩をつんつんとつつかれます。振り向くと、アンドリューが顔を近づけて私の耳元でこう囁いたのでした。

“Just listen.”
「まあ聞きましょう。」

その意図をしっかり汲んだ上で、上司の弄するつまらぬ小細工を諫めにかかった若者の冷静さに、ちょっぴり感動した私。よくよくテイラーとカンチーを見ると、二人とも素直にティファニーの話に耳を傾けています。そうか、みんなこれでオッケーなんだ。大人げなく振る舞っていたのは僕だけで、若者たちはちゃんと対応しているじゃないか。…とんだ取り越し苦労でした。

うちのチームは大丈夫そうです。


2018年1月28日日曜日

Pros and Cons プロコン

月曜の夕方、仕事から戻ると、いつものように16歳の息子が居間のちゃぶ台にノートパソコンを開き、座布団に正座してオンラインゲームのネット動画を楽しんでいます。ダイニングルームから現れた妻が、待ってましたとばかりに彼を睨みつけました。

「はい、パパに話さなきゃいけないことがあるのよね。」

おや?これはどうやら事件みたいだぞ…。私の帰宅を合図に座布団からお白洲へテレポーテーションした格好の息子は、正座のまま、すっかり観念した罪人のようにとつとつと語り始めます。

以前、水球仲間でクラスメートの親友二コラに誘われ、泊りがけの課外活動に参加申し込みをした。何度聞いても「日時や場所などの情報はまだもらってない」と言い張る息子に、そんなわけないでしょ、と今朝になって妻がメールの確認を強要したところ、彼が添付書類を見落としていたことが判明。慌てて開けてみて、二人で愕然とします。その日程が、今春家族で予定している一時帰国のスケジュール後半とガッツリ重なっていたのです。当然ながら、「どーすんのよ!」とキレる妻。日本滞在を早めに切り上げてひとりでサンディエゴに戻るか、あるいは参加をキャンセルするか。

「え?何の活動だって?」

と尋ねる私。

「モデル・ユーエヌよ。」

と妻。

「あ、それか。」

そういえば息子がそんなのに申し込んだって話してたなあ。うっすら蘇る記憶…。

Model UN(モデル・ユーエヌ)というのは、Model United Nations (モデル・ユナイテッド・ネイションズ)を縮めたもの。和訳すると「模擬国連」になりますね。青少年が大勢集まって国際会議のシミュレーションをするのが趣旨。参加者はそれぞれがどこかの国の大使を務め、その国の実態を調査した上で様々な話し合いをする、というもの。国際社会や政治についての深い理解をベースに、リサーチ力、作文力、プレゼン力、交渉力などが物を言うハードな企画です。親友二コラの、「地元で開催されるから移動時間や交通費の心配は要らないし、ここでの経験は大学受験の際、パンチの効いたエッセイ(小論文)を書くためのまたとない材料になる。」という売り文句に煽られ、それなら、と申し込んだようなのです。

「で、君はどうしたいの?」

と尋ねる私。息子が口を開く前に、

「パパが帰って来るまでに、旅行を切り上げて参加する場合とそのまま旅行を続ける場合のプロコンをリストアップしなさいって言ったわよね。やったの?」

と妻が割り込みます。

「やってない。」

「どうして?今まで何やってたのよ?」

「パパにどうすればいいか聞こうと思ってた。」

大きな溜息をつき、呆れかえった表情で私の顔を見る妻。ビジネスの場で良く使われるこのプロコン(Pros and Cons)。ぴったりした日本語訳は知りませんが、簡単に言えば、提示された選択肢に加えるプラスマイナスの分析評価のことですね。

もう16歳だし体もデカいし、これくらいのことはさっさと出来て然るべきでしょ、とプレッシャーをかける妻の前で、みるみる態度を硬化させていく息子。

「君はどうしたいの?」

と再び尋ねる私に、

「そりゃ旅行を取りやめたくなんかないよ。折角日本に行けるのにさ。」

「取りやめるなんて言ってないでしょ。最後の何日かを切り上げて一人でサンディエゴに戻るだけでしょうが。」

と妻。

「でも飛行機のチケットをもう一回買い直すと何百ドルも余計に払わなきゃいけないんでしょ。これは僕の責任だから、僕が貯金から出すことになるじゃない。だったらやだよ。」

「お金の心配を一旦置いといて、モデル・ユーエヌには参加したいと思ってるの?君にとっての価値はどのくらいあるの?」

「そりゃ面白そうだけど、日本にいられる時間を短くしてまで参加する価値があるとは思えないよ。」

「ちょっと待ちなさい。そもそもモデル・ユーエヌでどんなことをするかをきちんと調べたの?」

と妻。

「まだだけど、大体分かるよ。」

う~ん、こりゃ駄目だ。頭が熱くなっていて、とても冷静な分析が出来る状態じゃなさそうだ。

「紙とペンを持って来てごらん。」

ここから、家族でプロコンのリストアップが始まります。

「まずは、旅行を切り上げてモデル・ユーエヌに参加する場合のプロコンを考えてみようか。」

プロ:
またとない良い経験が出来るし、大学受験にも有利になる。

コン:
旅行を短くすることで、行けたはずのとこへ行けなくなる。会えたはずの人に会えなくなる。
飛行機代のキャンセル料を払わなきゃいけない。
一人ぼっちで日本から帰らなきゃいけない。
空港まで誰かに迎えに来てもらわないといけないし、両親が戻るまでの間の宿泊先を探さないといけない。

「じゃあ今度は、参加をキャンセルして旅行を続けた場合のプロコンを書いてみようか。」

実際には極めて字数の少ないリストでしたが、一応プロコンが埋まりました。

「このリストだと、圧倒的に旅行を続ける価値の方が高いことになっちゃうけど、そもそもモデル・ユーエヌの参加を通して何が得られるのかをちゃんと考えてみたの?」

「考えたよ。でもやっぱり僕は、日本旅行を優先するよ。」

一旦感情を切り捨てて客観的な視点を持たないと、意味のあるプロコンは作れません。すっかり頭に血が上っている息子に、そんな冷静な分析をせよというのは土台無理な要求だったのでしょう。

「じゃあモデル・ユーエヌはキャンセルだね。早速コーディネーターの人に、謝罪メールを書きなさい。」

と私。本当にそれでいいの?という顔でこちらを見た妻でしたが、ため息をひとつついた後、息子に釘を刺します。

「メールを出す前に、パパに見てもらいなさいよ。」

息子が外部の人にオフィシャルなメールを出す場合、私が文面のチェックをする役割になっていて、文法の間違いや無礼な表現を指摘して修正させます。これまでにも何度か日本語のメールを検閲していたのですが、彼の英文メールを見るのは久しぶりでした。

息子の十本の指がキーボードを叩き始め、わずか一分ほどでメールが完成。読み上げさせてみて、息を呑む私。なんと彼の文章は、冒頭から末尾まで、ほぼ隙の無い出来栄えだったのです。毎日百本以上ビジネス英文メールを書いている私ですら、ここまで簡にして要を得た文章はなかなか出て来ないぞ、と舌を巻くレベルでした。知らないうちに、ここまで成長していたのか。つくづく、知的レベルと精神的な成熟度のバランスが取れてないんだなあ…。

翌日、「それは残念ですが、旅行と重なっているなら仕方ありませんね。また来年参加すればいいじゃないですか」と先方から色よい返事を受け取った息子は、これですっきりと日本旅行を楽しめる、と胸をなでおろしたのでした。

「でも今回誘ってくれた二コラには、一言詫びを入れておくべきなんじゃないの?」

と私が言うと、そうだね、じゃあテキスト送っとくよ、と軽く答える彼。

ところがこの後、親友二コラが意外な行動に出ます。電話をかけて来た彼は、息子を猛然と説得し始めたのです。各地の高校から選抜されて来た秀才たちと、泊りがけで国際政治論を戦わせる。準備はすごく大変だろうが、我々にとって大きな成長の糧になることは間違いない。これほどのイベントが地元で行われるなんて、そうそう無いことだ。来年まで待ってたら、大学受験のエッセイ(小論文)のネタにするには手遅れだ。もうじき高校最後の学年がスタートするんだぞ。一年後には別々の道へ進む俺たちが、一緒に大きなイベントに取り組むのもこれで最後になる。たかだか三日や四日旅行を短縮したくないというだけで、こんなビッグチャンスをどぶに捨てるっていうのか?日本から戻ったら、イベント当日までうちに寝泊りすればいいじゃないか。

「やっぱり僕、モデル・ユーエヌに行くことにしたよ。」

ケロリとした笑顔で変心を告げる息子に、

「なんでそんな簡単に考えを変えられるのよ!」

と再び激しく呆れる妻でした。

うちの息子より11カ月ほど誕生日が早い二コラは、彼にとって兄貴のような存在。たとえ同じ内容でも、親にくどくど言われるより兄貴分の二コラから聞く方が、ずっと素直に受け取れるのでしょう。それにしても、二コラのプロコン分析力は素晴らしい。うちの子も、そのうちこうやって冷静に分析評価が出来るようになるのかなあ…。

さて昨日の朝8時、我が家から車で20分の距離にある高校でモデル・ユーエヌのオリエンテーションがあるというので、息子を連れて行きました。途中で拾った二コラが後部座席に座り、朝食がわりのクッキーを口に放り込みながら、助手席の息子にしきりに話しかけます。

「知ってるか?モデル・ユーエヌってのは、女の子と仲良くなれる絶好のチャンスなんだぜ。第一の理由。俺の調査によれば、参加者は6:4で女子が多いこと。第二は、そもそも共通の目的で集まっているから話が合う可能性が非常に高いし、話しかけるのも楽だということ。第三に、日中は三日間会議室に籠りきりだし、同じホテルで二泊するから接触機会も極端に多い。どうだ、こんな最高なイベント、またとないだろ!」

ぽか~んとした表情で二コラの演説に聞き入る息子をちらりと見ながら、プロコン分析能力以前の、歴然たる成熟度の差を感じる父親でした。


2018年1月21日日曜日

Wax poetic ワックス・ポエティック

毎週楽しみにしている事のひとつが、月曜午後一番の電話会議。現在私がサポートする中で最大級のプロジェクトの定例チームミーティングなのですが、会話中、ほぼ100パーセントの割合で初耳の英語表現が登場するのです。電話ヘッドセットをかけ、ノートを開いてペンを握りしめ、いつ姿を現すか分からない獲物を逃さぬよう神経を尖らす私。大量の議事が猛スピードで進んで行く中での聞き取りなので、それはまるでパラオの海を疾走するモーターボート上でカジキマグロを狙い身構える釣り師のよう。PMのアンジェラもプロジェクトディレクターのティムも、まるでジョークやイディオムを織り交ぜずに喋ると罰ゲームを食らうゲームに参加しているかのように、終始笑いを獲りながら会議を進めて行きます。

“Talk to the hand!”
「手と話して!」

とアンジェラ。これは「聞く耳持たないわよ」、つまり「絶対駄目よ」という意味になりますね。

“We should take the bull by the horns.”
「角を掴んで牛を取り押さえないと。」

とティム。彼は「勇気をもって難事に当たるべきだ」と言いたかったのですね。この電話会議の一時間後、お偉方によるプロジェクト・レビューが予定されており、ここでアンジェラが出席者たちからのランダムな質問に適宜答える態で行くか、あるいは彼女がしょっぱなから議事進行役を買って出て流れをリードすべきか、という話題になったのです。出席者の素っ頓狂な発言をきっかけに議論がこじれにこじれる、というありがちなアクシデントを避けるため、ティムがアンジェラに司会の乗っ取りを勧めた際のイディオムがこれでした。

今週もなかなかの漁獲高だったぞ、とホクホクしながら電話会議を終える、「イディオム・ハンター」の私。アンジェラとティムとの会話は、トップクラスの漁場なのです。

翌日の昼飯時、ランチルームに現れたベテラン社員ビルに話しかけました。

「ねえビル、英語の質問していい?」

この人も、英語イディオムの宝庫なのです。

「昨日の電話会議で、ある人がこんなこと言ってたんだ。意味を教えてくれる?」

実は前日、プロジェクト・レビュー会議のさ中、品質管理部門の重鎮クリスが何か流暢に説明し始めたと思ったら、突然中断してこう言ったのです。

“Wax poetic.”
「ワックス・ポエティック。」

ポエティックが「詩的な」という形容詞であることは分かります。でもなぜワックス?

「ワックスと言っても、洗車の後にかけるやつのことじゃないよ。」

とビル。この時、通りすがりに我々の会話を耳にした同僚ジョナサンが足を止め、振り返ってこちらにやって来ます。そこにあった椅子の背を胸に抱えるようにして、大股で腰かけました。

「月の満ち欠けを表現するのにワックスとウェイン(Wax and Wane)って言うだろ。」

とビル。

「いや、知らないな。」

と私。

「ワックス・オン、ワックス・オフ!」

とすかさずジェスチャー付きで茶々を入れるジョナサン。映画「カラテ・キッド」で達人ミヤギ氏が、教え子ダニエルに空手の基本動作をマスターさせようと課したワックスがけの仕事を表現してたのですね。

「だから、そのワックスは違うんだって!」

とビル。

「イディオムなんて、使わないに越したことは無いんだよ。」

と対話の進行を妨害するジョナサン。

「相手に通じないかもしれない言い回しなんて、そもそも何の役にも立たないだろ?」

「でもイディオムを一切排除しちゃったら、会話が無味乾燥になるでしょ。そんなのつまんないよ。たとえ誤解の危険を孕んでいようと、僕は断然イディオム使用賛成派だな。」

大体、普段イディオムを巧みに取り入れた発言で周りを楽しませているネイティブのジョナサンが、ノンネイティヴの私に「使わない方がいい」なんて説得力無いんだよ。自分だけずるいでしょ。彼は私の知り合いの中でも、ずば抜けて当意即妙の受け答えに長けた男。心憎いまでに機転の利いた発言を、予想もしない角度から放り込んで来る現場に度々居合わせて来ました。それはまるでコマンドサンボの使い手が、完全な死角から左テンプルにロシアンフックをヒットさせるような芸術的美技なのです。

「日本にも慣用句はあるんだろ。会社の会議とかで使ってる?」

とビル。う~ん、どうかな。意識したことないぞ。社長さんが年始の挨拶スピーチで冒頭にかます奴はあるよな。

「勝って兜の緒を締めよと申しますが…。」

「捲土重来を期し、本年の事業発展に全力を…。」

だめだ。おっさんくさいフレーズしか思いつかん…。仕事上の会話をリッチにする日本語慣用句の事例が全く浮かんで来ないので、「年功序列と敬語が及ぼすコミュニケーションへの影響」の話題でお茶を濁します。それから再び、「ワックス・ポエティック」の解説を促す私。

「オールド・イングリッシュ(古英語)じゃ、ワックスってのはインクリース(増加)と同じ意味だったんだよ。」

とビル。ヨーロッパにおけるオールド・イングリッシュとラテン語の歴史、アメリカに渡って来た言語とそれ以前に全米各地で使われていた言葉との融合、そしてワックスという単語の使用法の変遷を説明した彼は、誰かがあるテーマを語るのに必要以上にカラフルな言葉を散りばめてどんどん饒舌になって行く様子を「ワックス・ポエティック」と言うのだ、と教えてくれました。

なるほど。レビュー会議でクリスの言いたかったのは、きっとこういうことでしょう。

“Wax poetic.”
「だらだらしゃべり過ぎだね。」

博覧強記ビルの緻密で濃厚な解説が終わるのを待ち、ジョナサンがぼそりとこう言いました。

“Case in point.”(ケース・イン・ポイント。)
「その好例だよ。」