2016年11月29日火曜日

He can wing it. 彼ならウィング出来るわよ。

9月にダラスでトレーニングを受けた際、本社の副社長クラスが沢山出席しているのを知って驚きました。新PMツールの使用開始をサポートするトレーナーを養成する、「スーパートレーナー」の訓練が今回の目的。そもそも普段、その手の細かい仕事に関わる機会も無いレベルの重鎮に、果たして「ソフトの使い方指南」なんて役割を任せられるのだろうか、という疑問が湧いたのです。

そんな副社長群の中に、アルバートというコワモテの中年男性がいました。広い肩幅にせせり出た腹。長年の現場経験を物語る日焼けした顔に、ヒトラー風の口ひげ。「大学ラグビー部の試合にやって来て観客席から睨みを利かせる伝説のOB」みたいな風貌です。受講中、彼が何度も携帯電話をつかんで部屋を出る姿を目撃し、ほらね、言わんこっちゃない、と内心思っていました。そんなに多忙ならどうしてこんなお役目を引き受けたのよ?と。

さて一方、部下のシャノンが先日、トレーナー養成訓練を受けてきました。来月にはサンディエゴで開催されるスーパーユーザー・トレーニングの講師を務めます。密度の高いカリキュラムを四日間ぶっ通しで進めるため、かなりの負担。本社から派遣されるリード・トレーナーがチームを率い、地元のトレーナーであるアレックスとシャノンがこれをサポートするという態勢なのですが、昨日になってシャノンがこぼし始めました。

「シンスケ、アルバートって知ってる?リード・トレーナーとしてサンディエゴに来ることになったんだけど、なんだか心許ないのよ。」

事前に何度も電話で打合せをしたのだが、その度に「君達がリードしてくれていいんだよ」とか「何か天変地異が起こって俺の出張がキャンセルになってくれると有難いんだが」などと冗談めかして言うのだそうです。

“He’s so hands off”
「すごくハンズ・オフなのよ。」

ハンズ・オフ?タックルしてくる選手を手で抑えるテクニック?いやいや、あれは「ハンドオフ」だな…。後で調べたところ、これは

“He’s so hands off.”
「すごく人任せなのよ。」

という意味でした。ハンズ・オフだから「手を放している」ということか…。

シャノンにしてみれば、だったら何でそんな役目を引き受けたのよ?と文句を言いたいところ。目に余るアルバートの無責任ぶりに、本社でトレーニングの取りまとめをしているシャロンに相談したところ、

「そうね、彼にリードさせるのは危険かもね。」

との返事。そして、質疑応答コーナーで厳しい質問を受けた際の担当をしてもらえばいいんじゃないか、と提案します。

「ええ~?そんなの大丈夫かしら?」

と不安を募らせるシャノンに、シャロンが笑いながらこう答えたそうです。

“He can wing it.”
「彼ならウィング出来るわよ。」

ん?ウィング出来る?それは一体どういう意味だ?ラグビーのバックス両端で、トライを多く決めるためにスピードとスタミナを要求されるあのポジションのことじゃないよね…。すぐにシャノンに尋ねたところ、これは「即興で」「出たとこ勝負で」何とか出来る、という意味のフレーズだと言います。ふ~んそうなの。でも、何でウィング?

「どうしてウィングって言うのかは分からないわ。」

帰宅後あらためて調べたところ、どうやら語源はこんなことみたいです。

ウィングは「舞台袖」。セリフをきちんと憶えて来なかった役者が舞台袖で慌てて台本を読んで登場し、その後もしばしば舞台袖に立つプロンプターからのアシストを受けて演技を続けたことから来ている。

なるほどねえ。つまり、シャロンのコメントはこういう意味ですね。

“He can wing it.”
「彼ならその場をしのげるわよ。」

そういえばダラスのトレーニング最終日、一人ずつ前に出てリハーサルをしたのですが、度々席を外していたためとても準備万全とは思えなかったアルバートの順番が来た時、他人事ながらドキドキしていました。すると彼は大物っぽく堂々と登場した後、無言でスクリーンにでかでかと、誰かが着ているプリントTシャツの胸の写真を映し出したのです。

“Project management is like riding a bicycle. It’s easy.”
「プロジェクトマネジメントというのは自転車に乗るようなものだ。簡単だよ。」

と書かれています。そしてカメラを引いてTシャツ全体が現れた時、隠れていたもう一行が見えました。

“Unless the bicycle is on fire.”
「自転車が火だるまになっていなければね。」

ここで一同、爆笑。この「つかみ」があまりに印象的だったので、その後アルバートが何を喋ったのか全く覚えていません。この話をシャノンにしたところ、彼女が首を振りながらこう吐き捨てました。

“That means he’s good at BSing!”
「要するに、ビーエスが得意ってことよ!」

ちなみに、BSというのはBullshit(おふざけ)の略です。ハンズオフとウィングで副社長という地位にまで駆け抜けたアルバート。それはそれでスゴイことだと思うんだけど、一緒に働くのはしんどそうです。



2016年11月23日水曜日

Peanut Gallery ピーナッツ・ギャラリー

本社プロジェクト・コントロール部門副社長のパットからの要請により、月曜の午後一番、ウェブを使った社内トレーニング(ウェベックス)を実施しました。今回、全米は元より世界中の社員を対象に行う内容だったため、珍しく若干緊張していた私。しかしネタは自家製だし、それなりに場数を踏んで来た自負もあったので、よっしゃ、やったるぜ!と意気込みの方が勝っていました。

小さめの会議室に一人陣取り、開始15分前にログイン。ホストを務めるテキサスのジョーゼフという(一度も会ったことはない)若い社員がウェベックスをスタートさせ、予め送っておいたパワーポイントの資料を映し出します。全社レベルのウェブ会議は初体験の私に、彼が簡単に段取りを説明。オープニングの紹介が終わったら、彼が私にホスト権を手渡す。私は録音ボタンを押した後、皆に断って参加者の音声をミュート(消音)してプレゼンを開始する。終了後、質問を受け付けるためにミュートボタンをオフにする。

「オッケー。何かあったら助けてよね。」

開始予定時間の数分前から、画面右側のウィンドウに参加者の名前が次々に現れ始め、あっという間に数百名を超えました。 

「今日のテーマはKPI(Key Performance Indicator)です。カリフォルニアのシンスケがプレゼンしてくれます。ではシンスケ、よろしく。」

とジョーゼフが、段取り通りウェブ上でバトンタッチ。

「皆さんこんにちは。カリフォルニアはサンディエゴ支社からお届けします。シンスケと言います。ではまずトレーニング中の余計なノイズを遮断するため、ミュートしますね。」

そう言ってから、「ミュート・オール」というボタンを押し、トレーニングをスタート。静けさの中、頁をめくりながら10分ほど調子良く喋ったところで、マナーモードにしてあった私のiPhoneが何度もブルブル震えているのに気付きました。おや、とボタンに触れたところ、複数の人からメールやテキストが入っています。中にはパットの名前も。

「音が全然聞こえないよ!」
「プレゼンターが自分の声までミュートしてるぞ!」

と口々に叫んでいるのです。さすがにうろたえた私はミュートを外し、参加者に謝ります。ところが数百人の電話音声を一気に解放したものだから、ものすごい音の洪水でもみくちゃにされます。

「皆さん、ご自分の電話をミュートして下さい!今、最初からやり直しますから!」

まるでデモ隊に単独で立ち向かう、派出所の老巡査。私の必死の呼びかけにも拘わらず、少なくとも数人は音声をそのままに誰かと談笑を続け、どこかで激しく吠える犬の声もこだましています。

「ジョーゼフ!何とかならないかな?」

と完全にお手上げの私。

「ちょっと待って。僕に役割を戻してくれる?」

「え?どうやるんだっけ?」

もう、後はグタグタ。愛想をつかした多くの参加者が途中退出する音がポピッポピッと立て続けに聞こえる中、ようやく態勢を立て直した私はジョーゼフに、

「はい、次のページお願い。」

と指示しながら、何とか時間内にプレゼンを終わらせます。そして平謝りで閉幕。

電話を切った後、しばらく茫然と画面を見つめて固まる私。これほどの大失態、入社以来初めてかも。しかも全世界の支社を相手に…。「へこむ」なんてレベルの話じゃないぞ…。

ようやく自分を落ち着かせ、席に戻ってアウトルックを開けたところ、私とジョーゼフ宛てに副社長のパットからメールが届いていました。

「プレゼンの内容自体はすごく良かったわ。」

とポジティブなコメントの後、今後の改善点をいくつか提案するパット。自分の電話をミュートして下さい、と最初のページに書いておき、口頭でも真っ先にお願いする。遅れて参加して来た人達にも繰り返し言う、などなど。
そしてメールの最後に、パットがこう書いています。

So much for input from the peanut gallery.”
「ピーナッツ・ギャラリーからのコメントはこれくらいにしておきます。」

ん?なんだそれ?

“So much for”というのは、「これでおしまい」とか「以上です」など、コメントを締め括る時に使う表現。じゃあ「ピーナッツ・ギャラリー」って一体何だろう?瞬間的に、チャーリーブラウンやスヌーピーたちを展示する美術館が頭に浮かびました。六本木にスヌーピーミュージアムが出来たっていうし。そういうギャラリーのことか?おいおいパット、今回のプレゼンは「漫画みたいに滑稽だったわね」と茶化してくれちゃってるのかよ?とちょっぴり傷つきながらも苦笑し、一応意味を調べてみる私。

なんと、Gallery(ギャラリー)には「画廊、美術館」の他に「天井桟敷(最上階の一番安い席)」という訳があるというのです。Peanut Gallery(ピーナッツギャラリー)というのはそれを強調したフレーズ。スナックとしてピーナッツくらいしか食べられないほど安い客の座る席、ですね。つまり、「無教養の低所得者用観客席」。そんな低レベルの観衆から発せられる演劇批評は考察に値しないぞ、というケースで使われる表現だというのです。

パットが言いたかったのは、こういうことですね。

So much for input from the peanut gallery.”
「外野からの戯言はこれくらいにしておくわね。」

なんか、じわっと来ました。


2016年11月11日金曜日

Unprecedented  前代未聞

大統領選挙の翌朝、いつものように出勤した私は、何かただならぬ空気にハッとしました。まるで身内に不幸があったかのように、皆がふさぎこんでいるのです。朝一番の打合せでは、同僚サラに「ハウアーユー?」と挨拶したところ、「Not good(調子悪い)」と不機嫌な表情で返して来ました。会議中、何度も何度も大きなため息をつきます。昼休み前のミーティングではディックが、

「不適切な発言も、これからは職場で堂々と出来るよな。なにしろ我らの新リーダーが範を示してくれてるんだから。」

と苦々しげに笑います。遅れて打合せに参加した南米エクアドル出身のアナベルは、今にも些細な一言をきっかけに泣き崩れてしまいそうな涙目でした。打合せ後に食堂へ行くと、総務のヘザーがこちらを見て、

It’s over(もうおしまいよ)」

と吐き捨てるように言いました。隣の席に座ってランチを食べ始めたダグラスは、黒い服に身を包んでいます。

「喪に服してるのさ。リズもアナベルも、今日は黒い服だぜ。」

そういえばアナベルも、ブラックのワンピースでした。

州民の大多数が民主党支持者のカリフォルニアだけに、今回の選挙結果に納得しない人は多いだろうな、と思ってはいましたが、皆が職場でここまであからさまに不満を表明するとは予想もしていませんでした。この国で選挙権を持たない私は、同僚達と同じレベルの憤りを感じることが出来ません。むしろ、こんな無茶をしてまで現状を変えたいと半数の人が思うほど国が病んでいるのだ、という気づきに慄然としている、というのが本当のところ。同時に、その是非はともかく、国の進む方向を変えようと思えばこうやって変えられる仕組みがある、というアメリカのダイナミズムに感心すらしていたのです。そんな心境のまま、

“This is interesting.”
「インタレスティングだねえ。」

と感想を漏らしたところ、間髪入れずダグラスが、

“If that means fucked up, yes!”
「滅茶苦茶だっていう意味で言ってるならね!」

と返しました。

古参社員のビルは不機嫌面を隠そうともせず、

Facts(事実)を脇に押しやって、選挙に勝つためならどんな嘘でもついてやる、というんだからな。全くやり切れんよ。」

と、深いため息。

帰宅すると高校生の息子が、

「先生が何人か、泣きそうになってたよ。」

と話してくれました。彼の担任は授業中、生徒たちにこんなことを言ったのだと。

「私達(の世代)の責任でこんな事態になってしまって、本当にごめんなさい。これから四年間しっかり勉強して、次の選挙で世の中を変えてちょうだい。」

学校でそんな話をしちゃっていいの?と尋ねると、選挙が終わったからいいんだよ、と答えます。ほんとかなあ。

昨日の夕方、同僚ヴァレリーがやってきて仕事の話をした後、彼女が言います。

「シャノンからテキスト来た?」

部下のシャノンは今週、北カリフォルニアのオークランド支社でトレーニングを受けているのです。

「いや、今日は何も。」

「オークランドで暴動が起きてて、警察隊と衝突してるんだって。オフィスの窓からそれが見えるっていうのよ。危ないからビルの外に出ないでねってテキスト返したところなの。」

「え?そんなことになってんの?さすがオークランド、血の気が多いなあ。さすがに平和なサンディエゴの人はやらないよねえ。」

「何言ってるの?ここでもダウンタウンやバルボアパークでデモが始まってるわ。ニューヨークやワシントンDCでもやってるし。」

ぶったまげました。大統領選挙後に各地でデモや暴動が勃発するなんて、聞いたことありません。まさに前代未聞の珍事です。ええと、これって英語で何て言うんだっけ?二秒かかってようやく思い出しました。

“It’s so unprecedented!”
「アンプレシデンテッドだねえ!」

Precedent(プレシデント)が「前例」。Unprecedented(アンプレシデンテッド)で「前例の無い」「前代未聞の」という形容詞になります。するとヴァレリーが苦い表情を浮かべ、

“Not pun intended?”
「ダジャレじゃないわよね?」

と聞きます。え?ダジャレ?何のこと?

“I’ll leave you to it.”
「今の、宿題ね。」

不機嫌面のまま立ち去るヴァレリー。その後ろ姿を見送りながら、ようやく合点が行きました。大統領のPresident(プレジデント)とPrecedent(プレシデント)がシャレになってたのですね。おお~!と感心する私。これ、ここ暫く使えそうじゃん!

でも冷静に考えたらこのネタ、ただでさえふてくされてる同僚達の神経を逆なでするのはほぼ確実。


とりあえず、おとなしくしておきます。

2016年11月5日土曜日

Transparency トランスペアレンシー

金曜の朝10時半ぴったりに電話会議に参加したところ、既に他の出席者たちが議論の真っただ中でした。30分以上前から白熱してるぞ、と言わんばかりの温まり方で。あれ?時間間違えたかな?と慌ててスケジュールを確認したのですが、受け取った招待メールには、はっきり10時半スタートと記されています。おかしいなと思いつつも、話の腰を折りたくなかったのでそのまま黙っていました。すると5分ほど経ってから主催者のキャリーが、唐突にトーンを落としてこう言います。

「ねえ、さっき誰かが入って来たみたいな音しなかった?」

そこへパットが、

「うん、私も聞こえた。誰か入って来た気がする。」

「俺にも聞こえたよ。」

とジョーゼフ。

まるで「ゾッとする話」のオチ直前みたいな感じになってしまいました。もうちょっと沈黙を守ってその雰囲気を楽しんでも良かったのですが、

「シンスケだけど。この電話会議、10時半スタートじゃなかったっけ?」

と口を開く私。

「あ、そっか、シンスケか!」

とキャリーが叫びます。

“I totally forgot that I had invited you!”
「招待したことすっかり忘れてた!」

それから、ごめんなさいねと謝りました。ここへパットが、これは連続した電話会議の第二部で、第一部の議論を早めに終えてしまったためにそのまま後半の議題へ突入してしまい、もうすぐ終わりそうなのだと解説します。キャリーは第二部の議論に私を加えようと前日になって急に思い立ち、わざわざ招待メールを転送してくれていたのですが、そのことを失念していたのですね。

“Thank you for being honest.”
「正直に言ってくれて有難う。」

と、やや皮肉めいた返しをする私。するとパットが、

“I admire your transparency, Carrie!”
「あなたのトランスぺアレンシー素敵だわ、キャリー!」

と称賛します。

Transparencyとは「透明性」という意味ですが、キャリーの性格を的確に表した単語だと思います。私は「正直さ(Honesty)」を押し出したコメントを吐いたのですが、よくよく考えてみると「正直さ」と「透明性」には、微妙な違いがありますね。もしも彼女の発言が「ごめんなさい、すっかり忘れてた!」であれば「正直な人だね」で正解でしょうが、「すっかり忘れてた。ごめんなさい!」という順番だったことがとても重要です。キャリーが「あけすけで飾らない」人物だということが、これで明白になるのです。この人、パットとともに本社の副社長という高い地位にありながら、私が聞いたことには何でも包み隠さず答えてくれます。え?そんなトップシークレットまで教えてくれちゃっていいの?と、質問したこっちが心配になるほど。

そのキャリーとは過去二ヶ月の間に、三回の出張をともに過ごしました。先週のオースティン滞在中は、ホテルの飯があまりにも不味かったため、道を一本隔てたマクドナルドまで足を運んで一緒に朝食をとりました。その際、「私のフィアンセ(婚約者)が」という発言があったので、

「9月にダラスで会った時は、Boyfriend(彼氏)って言ってなかったっけ?」

と尋ねる私。すると、あの翌週にプロポーズされたのだと話してくれました。おめでとう!と祝福した後、そういえばダラス出張後に一週間旅行するって言ってたよね、と私。どこへ行ったの?どんな感じで申し込まれたの?彼氏ってどんな人?とまるで幼馴染の女友達のように直球質問を畳みかけたのですが、いちいち丁寧に答えてくれるキャリー。そこまで深々とプライベートを掘っていいほどの間柄でも無いよなあ、と自分に呆れつつも、無防備なまでに率直な彼女の反応が面白すぎるので、そのまま詮索を続けました。

二年前から付き合って来たバツイチの彼氏は、法執行機関に勤めていると言います。具体的にはどんな仕事?と尋ねると、Probation Officer(プロベーション・オフィサー)。日本語にすると、「保護観察官」。犯罪者を社会復帰させるために監督・指導する職業ですね。毎日犯罪者を相手にしている彼は、屈強な大男であるばかりでなく、極端に注意深い人だそうです。一緒に街を歩いている時も百メートル先に怪しい人物を発見すると、黙ってキャリーの腕をつかんで方向転換するのだと。

「残念ながら社会復帰を果たせずに犯罪者に逆戻りする人も沢山いるのよ。そういう人を刑務所に送り届けるのも彼の仕事なの。」

「さぞかしがっかりすることだろうねえ。」

「私の存在は、職場でも一切口外してないんだって。何かあって逆恨みされるような事態になった場合、彼のアキレス腱になりかねないでしょ。」

「人の嘘を見分ける嗅覚が、物凄く発達するだろうね。キャリーみたいに透明な人と出会って、普段接する人たちとのギャップにショックを受けたんじゃない?」

「暫くは戸惑ってたみたいよ。」

拗ねたりひねたり妬んだり恨んだり、嘘をついたり隠し事をしたり、といった心の捻じれと一切無縁のまま、真っ直ぐ中年になっちゃったキャリー。天衣無縫というのはこういう人のことを言うのでしょう。職業上他人を疑ってかかる習慣が身体に染み付いているであろう彼氏には、彼女がまるで砂漠のオアシスのように映ったのではないでしょうか。きっと二人は末永く上手く行くだろうな、と思ってなんだか嬉しくなりました。

しかし彼女との会話中ずっと気になっていたのは、これほど話題がプライベートな内容であるにもかかわらず、キャリーの話し声が終始マクドナルドの店内に響き渡っていたということ。ボリューム調節機能が装備されていない彼女は、どんな話でも周辺にいる人全員に聞こえる声でしか喋れないみたいなのです。そこは直した方がいいと思うんだけど、と心中笑いを堪えつつ耳を傾ける私でした。

さて、先週のトレーニング終盤。なんとなく振り返った時、会議室最後列のズービンが声をひそめて隣のキャリーに何か話しかけているのに気づきました。すると彼女が平然と通常音量で返答したので、「何事か?」と皆が一斉に振り返ります。トレーニング参加者全員の視線を浴びて微かに顔を赤らめ、キャリー相手にひそひそ話をしたことを激しく後悔している様子のズービン。その隣で、何が起きているのか全く理解出来ていない様子のキャリーに、改めて惚れ惚れする私でした。