2015年12月12日土曜日

Go down the rabbit hole ウサギの穴に落ちる

木曜日の午後、新PMソフトの使用テストも終盤を迎えました。ロスの会議室で二週間に渡り、しこしこ作業を続けて来た30人ほどの社員の前に、まとめ役のクリスティーナが立ちます。

「これまでみんな、真剣に取り組んでくれて有難う。日々報告してくれてるテスト結果は来週の頭にチームでおさらいする予定なんだけど、何か重大なバグを発見したという人がいたら今ここで発表してくれない?」

この投げかけに、

「どれほど深刻かは判断が難しいんだけど、」

と何人かが控えめに手を挙げます。フロリダから来たスザンヌ、アリゾナのカートなどが落ち着いた口調で自分の発見を報告し、クリスティーナが何度も頷きながらメモ帳にさらさらと書き取って行きます。数秒間発言が途絶えた時、アトランタから来たジムが低く張りのある声で喋り始めました。

彼は今回のPMソフト開発の生みの親で、全社で展開するプロジェクトマネジメント・トレーニングの講師も務める重鎮です。今にも陽気なカントリーソングを歌い出しそうなリズミカルな大声で、

「このパートでは次にこっちへ進むかと思いきや、そうはならないんだよね。PMの立場から見て、このフローはちょっと分かりにくいと思うんだ。だからさ、」

ここでクリスティーナが、まるでジムの頬を平手でぴしゃりと打つようにきっぱり制しました。

“We don’t want to go down the rabbit hole.”
「うさぎの穴に落ちたくないの。」

ジムは首をすくめ、オーケー、分かった分かった、とあっさり降参します。

これまでも度々、似た光景を見て来ました。ジムという人は、一旦何かにひっかかるとこれに食らいついてなかなか放さないところがあり、質問に継ぐ質問で会議の進行を停滞させてしまう傾向があるのです。クリスティーナはあえてこれを厳しくたしなめたのですね。

彼女の毅然とした態度に感心しながらも、私はこの「うさぎの穴に落ちる」という表現が気になり出し、肝心の作業が再開出来なくなりました。さっそくネットで調べてみたのですが、よく分かりません。この日の夕方、クリスティーナに直接尋ねてみました。

「え?私そんなこと言った?」

と笑ってから、

「不思議の国のアリスってディズニー映画観たことあるでしょ。ウサギの穴にアリスが落ちていく場面を憶えてる?そこから摩訶不思議な展開が延々と続くの。それが語源だと思うわ。」

「うん、それは知ってる。楽しい冒険談だよね。でもさ、さっきのジムの発言とうまく繋がらないんだ。別に彼は素っ頓狂な話をしてたわけじゃないでしょ。」

「でもあの発言は、私が求めてたことと大きくずれてたじゃない。ああやって一旦横道に逸れ始めると、そのうち本題に戻れなくなっちゃうことが多いのよ。」

おお、そういうことか、分かったぞ!彼女の発言は、こういう意味ですね。

“We don’t want to go down the rabbit hole.”
「本題から逸れたくないの。」

その晩は、参加者ほぼ全員でTom’s Urban というバーに繰り出しました。シカゴから来たビルにこの話題を振ったところ、自分は昔から「不思議の国のアリス」のファンなんだ、と告白しました。

「実はさ、クリスティーナがあのイディオムを口にした後、今回の参加者がアリスの映画のどの登場人物に当てはまるか考えて楽しんでたんだ。」

ふ~ん、登場人物ってどんなのだっけ?でっかい猫とか帽子のおじさんくらしか思いつかないぞ。

「あたしはどのキャラ?」

と、ニューヨークから来たダンディが、これに食いつきました。ビルは一瞬言い淀んでから、

「君はCaterpillar(いもむし)。」

と笑います。

「ええ!?何ですって?」

「それから、Queen of Heart(ハートの女王)がジョディ。」

あっはっは、と愉快そうに笑うビル。

よく分かんないけど、ディズニー映画って「みなさんご存じの」という感じで使われるレベルの認知度みたい。実は昼間、ジムが席をはずしてる間にカートがYouTubeを開いて、

「次にジムがまたしつこく質問を始めたら、これ流すからな。」

と再生ボタンを押します。スピーカーから「アナと雪の女王」のテーマ「Let It Go」が流れ、一同爆笑。クリスティーナもこれに乗っかり、

「素早くエルサの仮装したりして!」

とふざけます。ディズニー映画の浸透ぶりはやっぱりすごいなあ、とあらためて感心。

ちなみに、「Let It Go」は日本語で「ありのままに」と訳されてますが、ここでカートが言いたかったのは、

“Let it go!”
「そんなにこだわんなよ!」

ですね。


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