この夏、サンディエゴにはほとんど雨が降っていません。ハリケーンや洪水など、大雨関連のニュースを世界のあちこちから聞きますが、我が家の周りはずっとお天気続き。水源のダム水位が深刻なレベルまで低下して来ているようで、節水を呼びかける声も頻繁に聞きます。
二ヶ月ほど前から、サンディエゴの水不足に歩調を合わせるように、私の仕事量もじわじわと枯渇してきました。7月にティファニーがプロジェクト・コントロール・チームに正式加入して以来、彼女にどんどん仕事を回すようにしていたため、気が付いた時には手持ちの業務量がほとんどなくなっていたのです。これはいかん、と焦ったのですが、まだまだ余裕があるから仕事を振ってくれとしきりにラブコールを送って来るティファニー。このままだと、僕自身がレイオフの対象者リストに入ってしまうじゃないか…。
数週間前、オレンジ支社に出張した際、元ボスのリックが「ちょっといいかな?」と話しかけて来ました。
「過去数年間、沢山の優秀な社員が自発的に、あるいはレイオフという形で会社を去ってるだろ。おかげで社内の雰囲気はかなり荒んでる。この週末、抜本的に状況を変える方法はないか考えてみたんだ。で、辿り着いた結論がね、僕たちにはレインメーカーが必要だ、というシンプルなアイディアなんだよ。」
「え?レインメーカー?」
「うん、思い返してみてくれよ。エリックのレイオフに始まって、エッシ、トム、クリス、スティーブ、という錚々たるスター社員を失った。彼らに共通していたのは、豊富な人脈やセールス能力じゃないか?つまり、仕事を引っ張り込んで来る営業力を備えた社員たちだったんだよ。で、今の我々は何をしてる?彼らが獲ってきた仕事の在庫を日々食いつぶしているだけじゃないか?そして食い扶持が減るたびに人を切って行く。おかげで残った社員は常に忙しいから、周りの状況変化に気づかないんだ。でも、こんなことを続けてたらお先真っ暗だろ。僕らに今一番必要なのは、レインメーカーなんだよ!」
「あの、話の腰を折るようですみませんけど、レインメーカーってどういう意味ですか?」
まあ文脈から何となく分かったけど、彼の論旨をブレなく理解するためには語意を確認しておきたかったのです。
「あ、ごめんごめん。僕の言いたかったのは、金をじゃんじゃん稼ぐ人、つまり大量の仕事を獲って来る人、という意味だよ。特別な嗅覚を持った、スバ抜けて人付き合いの上手いセールスマンたちだ。今の僕らは、単なる技術屋集団だろ。新しい仕事が入って来なけりゃ折角の技術を活かす場も無いんだから、死活問題じゃないか?」
後日、サンディエゴ支社でこの話を同僚たちとする機会がありました。すると同僚ジムが、
「レインメーカーというのは、人工的に雨を降らせることに成功した実在の人物から来てる名称だと思うよ。」
と反応しました。別の同僚スコットが補足説明を加えます。
「チャールズ・ハットフィールドという男が、1900年代の初めに人工降雨の技術開発に成功して、日照り続きだったサンディエゴ市の要請に応えて大雨を降らせたんだ。でもあまりに膨大な降雨量でダムが決壊して、大洪水になっちゃったんだな。で、市から損害賠償を請求される、というオチがついてる。」
後日、30年前に購入した「ワルチンのドキュメント人間博物誌Part II」という秘蔵本を本棚から引っ張り出して数十年ぶりに読み返したところ、「雨をつくる人」というタイトルで詳しいエピソードが紹介されていました。
このハットフィールドという人は、高さ7メートルの木製の塔を建ててその上に桶を据え付け、中に入れた秘密の化学物質を大気中に蒸発させる、という方法を使って数々の人工降雨に成功したそうです。全米各地で活躍した後、ホンジュラスで山火事を消し止めてキャリアを終了したのだと。彼は生涯で503回もの人工降雨に成功したそうなのですが、豪雨が長期間続いて家が流されたり上下水道施設が破壊されたりと、甚大な被害をもたらすことも多々あったのだそうです。
彼は、「この降雨はあまりに破壊的な力を持つので、悪用しようとする人間や一部の官僚に教えるわけにはいかない」と、秘密を封印して引退します。雨を降らせるのには成功したけど、降雨量の調節までは出来なかった、というのがこの話の重要なポイントですね。
ところで二週間前から、私の仕事量は異常な勢いで増加を続けています。空港建設プロジェクト・チームのサポートを頼まれ、現場事務所にほぼ毎日出かけています。過去数年間続いて来た巨大事業もようやく終焉を迎え、今年の年末までにプロジェクトの終結事務を済ませなければならない。チームメンバーのほとんどが既に別プロジェクトに移ってしまっているため、人手が足りなくなっているのです。
オレンジ支社からも二人の熟練PM達が急に会社を去ることになったため、5件ほどサポートを頼めないか、と副社長のリチャードから依頼が入ります。よっしゃ!と軽く引き受けたはいいのですが、そのひとつは工期8ヵ月で予算10ミリオンドル(約10億円)という、化け物のような短期決戦プロジェクト。来週スタートするというので木曜日、オレンジ支社で開かれた重役会議に急遽呼び出されました。ずらりと10人以上居並んだ副社長クラスの面々から「よろしく頼むぞ」と言われ、初めて事の重大さに気づきます。夕方自分のオフィスに戻った時には、新しく引き受けたプロジェクトに関連する未読メールでインボックスが溢れかえっていました。
ちょっと前まで仕事量の低下に不安を感じていたのに、気が付いたら過剰在庫で押し潰されそうな状況。コンサルタントをやっている以上、こういうのは覚悟しなきゃならないんだろうけど、あまりにも極端な変化に笑いが出ます。昨日、同僚ジェイソンに久しぶりに会ったので、こういう状況を英語で何て表現するんだっけ?と尋ねてみました。彼はちょっと考えてから、こんなフレーズを教えてくれました。
“When it rains it pours.”
「雨が降るときゃ決まって土砂降り」
「金の雨が降る」か。客商売をやってる者としては最高の褒め言葉だね。オタクなコメントありがと。
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