今週オレンジ支社に出向いた際、同僚のロブと約一年ぶりに再会しました。もともと格別親密な間柄でもなかったのですが、今回の不在は特に長かったため、懐かしさのあまり長話を始めることになりました。
たまにしかオレンジ支社に行かない私は、留守がちなロブの席をその時だけ借りて仕事するのを習慣にしていた時期があり、ふいに出張から戻った彼と鉢合わせし、
「お、お帰り。いつ戻ったの?すぐにどくからちょっと待ってて。」
「いいよいいよ、他の席を探すから。そのまま仕事続けてよ。」
などという会話を交わすことが度々あったのです。
彼の今回の長期出張先は、ニューヨーク。ロブは土木設計のエキスパートで、ここ数年はFEMAのプロジェクトを転々としています。FEMA (Federal Emergency
Management Agency) というのは、一般に「フィーマ」と呼ばれていて、大規模災害などで破壊された都市の復旧に関する調整業務や資金援助活動を担う連邦機関。ロブの仕事は、ハリケーンで受けたダメージの調査と工事費の見積もり。
「ほら、自動車事故があった場合、保険会社の人間が来て補修費用を見積もるでしょ。あれと根本は同じだよ。」
今回彼が担当しているプロジェクトは、2012年に発生したハリケーン・サンディ関連。ニューヨークはその広範囲が浸水に見舞われ、防波堤が破損したり海沿いの道路が陥没したり、と様々な被害が出ました。それらを修繕するのに何ドルかかるかを計算するのが、彼のお仕事。
「一定期間以上滞在すると、ニューヨークにも税金払い始めなきゃいけなくなるんでね。それでちょっとカリフォルニアに戻ってるんだ。」
「なるほど、税金対策の一時帰宅ってわけだね。あっちの生活では、何が一番印象的?」
「地下鉄の便利さだね。それから、交差点で信号が青になった途端に何十台もの車が一斉にクラクション鳴らすことかな。」
「ははは、せっかちなんだね、ニューヨークの人たちは。」
ロブが一年近く浮き世を離れている間に我が社に起きた様々な変化は、彼を面喰わせているそうです。
大規模買収を繰り返し、超巨大企業への変貌を遂げていること。
無慈悲なレイオフの連発。
数字をベースにした業績管理の徹底と、嫌気がさして辞めて行った大勢の優秀な社員たち。
ITグループの一斉解雇と、ITサポートのアウトソーシングが及ぼしている日常業務への弊害。
会計システムが刷新されて処理時間が長期化した結果、外部業者への支払いが滞り、彼らからの苦情が現場のPM達に殺到していること。
旅費精算などの単純作業がインドの低賃金労働者に流された結果、ミスの連発で皆怒っていること。
「ひどくギスギスした職場に変わっちゃったよね。僕みたいな社員は存在感が薄いから、いつクビにされてもおかしくないでしょ。幸いボスのジムが色々助けてくれて、当面食いつなぐだけの仕事にはありつけたけど、早くニューヨークに戻って現場の仕事に打ち込みたいよ。」
彼は、過去のFEMAプロジェクトのケースも交え、災害復旧費用の分担比率の決定がどのような影響を及ぼすか、という話をしてくれました。
「1994年のノースリッジ地震(ロサンゼルス)では、カリフォルニア州が25%、連邦政府が75%、という比率だった。これは復旧が非常にうまく行ったケースだよ。ところが、2005年のハリケーン・カトリーナでは連邦政府が100%負担し、ルイジアナ州は一セントも出さなかった。勢い、州が連邦政府にタカる形になり、チェックが甘くなった。倒木や流木の撤去を請け負った地元業者が、トラックの荷台に飲料水タンクを敷き詰めて嵩上げし、運搬量の水増しをするケースが横行したし、まだ生きている木まで切り倒してボリュームアップを図る者が続出した。今回のサンディ被害では、ニューヨーク州が10%を負担している。自分達も金を出すとなれば、被害者側の言いなりにならないようしっかりチェックするようになるだろ。地元負担というのは、そういう意味でとても大事なんだ。」
なるほどねえ、としきりに頷く私。
「ところで、ニューヨークが特殊だなと思ったのは、市の発言権が大きいということだね。カリフォルニア州知事がロサンゼルス市長の言うことに振り回されるなんて話は聞かないけど、ニューヨーク市長は下手したらニューヨーク州知事よりも影響力が大きいかもしれないからね。連邦政府も市長の発言に耳を傾けてるのがよく分かるよ。」
そしてロブは、こんな表現を使ってこれを評しました。
“The tail wagging the dog.”
「尻尾が犬を振り回してる状況だね。」
Wagというのは尻尾を振る、という意味。普通は犬が尻尾を振るのに、逆に犬が尻尾に振られる、という状況を指す表現でしょう。なんとも愛嬌のある言い回し。この機会にモノにしようと思い、サンディエゴに戻ってから同僚リチャードに、日常生活でこのイディオムが使える例を教えてくれ、と頼みました。彼は暫く考えてから、急にイラッとした表情になり、吐き捨てるように言いました。
「真夜中にインドからメールが届いて、あなたの旅費精算書を処理するにはmore
information(もっと情報)が必要だ。十分な情報を受け取るまでは精算が進まない、って言うんだよ。どういう情報が足りないのかも説明しないんだぜ。」
「あ、僕も10回以上そういう目に合ってるよ。」
追加資料を送っても送っても、「もっと情報を」を繰り返すだけのインド勢。「どんな情報が足りないんですか?」とメールを送っても、それには返答無し。クレジットカードの支払期限が迫って来ているというのに、一向に精算が進まない。
「え?シンスケも経験してんの?」
「僕だけじゃないよ。ほとんどの社員がむかついてるよ。こないだのオレンジ支社での会議でも、その話題でもちきりだった。インドとのそういうやり取りのために、どれだけ社員が時間を無駄にしてるか計り知れないよ。」
「そうか、僕だけじゃないと知ってちょっと救われた気分だけど、それにしてもひどい話だよね。単純作業をアウトソースしたのは、そもそも僕らの仕事の効率を上げるのが目的だったはずなのにさ。」
「で?何が言いたかったの?」
「あ、そうそう、インドの単純作業部隊がアメリカの実働部隊をガンガン振り回してるでしょ。それこそがTail
wagging the dogだって言いたかったんだよ。」
なるほどね。これで納得。指図を受ける立場にいる者が、逆に指導者側を振り回している状況。犬が尻尾に振り回される、というイメージと、ばっちり重なったのでした。
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