2010年5月11日火曜日

ほんとの要因は、枠の外にあったりする。

若手プロジェクトマネジャーのクリスが今日の午後、汗だくのTシャツ姿でオフィスに現れました。
「おお、久しぶり。どうしてた?」
と声をかけると、ちょうど話し相手を探していたところだったようで、
「それが、プロジェクトを止められちゃってさ。」
とため息をつきながら私の隣の仕事机に腰を下ろしました。

彼の担当しているのは、軍の跡地で不発弾を見つけ出して処理するという、危険と隣り合わせのプロジェクト。誰か死んだのか?と一瞬背筋に寒気を覚えながら、何があったのか尋ねると、
「Poison Ivy (つた漆)だよ。」
と一言。はぁ?触れるとかぶれるっていうあの雑草?
「現場でポイズン・アイヴィに触っちゃって、かぶれて痒くなってた社員がいたんだけど、そいつが2週間も黙ってたんだよ。それが今朝になって白状してさ。痒みが消えないどころかひどくなって。」
「あらら。でも、何でそれでプロジェクトをストップしなきゃならないの?」

規則上、現場で作業員の安全や健康を損なう事件や事故があった場合、直ちに報告しなければならないのは鉄則で、これが破られた場合は一旦全ての作業をストップさせられるのですね。
「でもどうしてその人は黙ってたのかな。」
「毎朝のミーティングで、この現場はポイズン・アイヴィが多いから、触ったかもしれない、と思ったらこすらずに水でよく流して、すぐに僕のところまで報告するようにって口をすっぱくして言い聞かせてたんだよ。毎朝、だよ!」

漆にかぶれたくらいの話を秘密にするというその心情が理解できず、さらにクリスの話に耳を傾けました。
「文句タレだと思われたくなかったのと、僕に余計な書類手続きをさせたくなかったから、というのがその理由らしいんだ。」
これには仰天しました。そんな理由で内緒にしてたって?
「それに、彼のお母さんが看護婦やってるから、治療法を教えてもらえると思ったんだって。結局教えられた通りの処置をしても一向によくならなかったんで、白状することになったんだけどね。」

十数人の社員が一日を棒に振ったわけだから、その損害額は馬鹿に出来ません。さらにPMのクリスは、会社の安全管理部門のトップから電話でこんこんと叱られたらしい。私には、「文句タレだと思われたくない」というのが真の動機だという説明はどうしても受け入れられませんでした。するとクリスがこう続けました。
「彼は前の現場がイラクだったんだって。その時相棒がクビにされたらしいんだ。現場での小さな怪我を報告したら上司に怒られてね。文句タレにやる仕事なんかねえって。俺がどれだけ書類手続きに時間を費やさなきゃならないか分かんねえのか!ってね。これがすごいショックだったらしいよ。」

これで初めて腑に落ちました。往々にして、事件の要因というのはプロジェクトの外側にあったりするんだよな。
「全く参るよ。プロジェクト・チームを組む際に、個人個人にどんなトラウマがあるかまでは聞かないしなあ。大体その仕事、うちの会社のプロジェクトでもなかったのにさ!」
反射的に(よくない癖だとは思いますが)、
「で、教訓(Lesson Learned)は?」
と質問してしまいました。彼はちょっと困ったような顔で、
「それがさ、ずっと考えてるんだけど、分からないんだよ。PMとしてやるべきことはやって来たと思うんだ。」

確かに彼は、PMとしての責務はしっかり果たして来たと思います。彼の立場にあったら何が自分に出来たのかを考えても、答えが出ません。今から出来ることはといえば、今回の騒動について皆で繰り返し議論して、再発防止に努めることくらいかな。

イラクでの上司とやら、あんたのせいでクリスが大迷惑を被ったんだぞ。出来ることならば、その男に反省文を書かせたい。

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