2010年9月30日木曜日

I’ll count on it. 楽しみにしてるわ。

コンストラクション・マネジメントの総務を担当しているカレンは、いかつい男達が群れる工事現場でも、臆することなくバンバン発言出来るタイプの女性です。暫くは気圧されて彼女に近づけなかったんだけど、先日オックスナードで披露した私のプレゼンをいたく気に入ってくれたようで、後日わざわざメールをくれました。
「グレート・プレゼンテーションを有難う。またお願いね。」

さて、10月半ばにロサンゼルス本社で二日間トレーニングを受けることになり、カレンがチャージ・ナンバーを送ってくれました。彼女がロス勤務であることを、その時初めて知りました。
「君はその日、オフィスにいるの?いるなら挨拶に行くけど。」
「私のオフィスは、トレーニング・ルームから中庭を挟んで向かいのビルにあるの。同じ階だから、窓から全部見えるのよ。」
「じゃ、着いたら手を振るね。」
これに対する彼女の返信に、一瞬戸惑いました。

I’ll count on it!

カウント・オンというのは、

You can count on me.
僕にまかせてよ。

などのように、「当てにする」という意味だとずっと思っていたのですが、それだとこの状況に馴染みません。手を振らなければ彼女の身に大変なことが起こるというなら話は別だけど。

調べてみると、微妙な違いながら、「期待する」という意味もあるのですね。
「じゃ、着いたら手を振るね。」
「楽しみにしてるわ。」
ってことでしょう。

粋な表現を覚えました。

2010年9月28日火曜日

アメリカで武者修行 第25話 マイクが笑ってるぜ。

2003年8月中旬、月曜の朝のことでした。その日の運転当番だったケヴィンが私のアパートに迎えに来たのですが、いつになく固い表情。高速道路に入ってすぐ、
「後部座席にあるファイルを見てくれよ。」
と重たい声で言いました。助手席から身をねじってファイルを手に取ります。
「この週末、家でずっと仕事してたんだ。クラウディオからのプレッシャーがきつくてね。そいつは先週彼から渡されたファイルなんだ。三ページ目を開いてくれないか。」
ページをめくると、そこには組織全員の名前がリスト化されています。そしてなんと、そのうち数人の備考欄に、任期切れの時期が記してあるのです。ケヴィンの名前の横には、2003年9月という文字。マイクの予告通り、今月一杯でクビということです。ショックを受けつつも、反射的に私の目は自分の名前を探していました。そして、自分の任期切れが来年3月となっていることを確認しました。老フィルは「10月からパートタイム」となっていました。
「このファイル、先週半ばに渡されてたんだけど、忙しくてずっと見てなかったんだ。土曜日にようやくそのページに気付いて、自分があと二週間でクビだと知ったわけさ。最近大事な仕事をどんどん任されるから、この先も俺を使い続けようとしてるんだと思いこんでた。甘かった。」

ケヴィンの担当業務である用地選定はほぼ終了しており、あてにしていた有料区間道路設計の業務契約が破棄されたことで、足元の氷が急速に溶け始めていることを彼自身よく分かっていました。そんな折クラウディオは、成果物の提出スケジュール管理システムなど、マネジメントツールの作成をケヴィンに任せるようになりました。そして先週、より包括的なツール作りを促すため、自らのマル秘ファイルをまるごとケヴィンに渡したのだそうです。もちろん門外不出という条件で。
「でも、仮に解雇しようとしてるとしても、二週間前までには本人に告知しなきゃいけないって規則なんじゃないか?」
と私が言うと、
「今日がその二週間前なんだ。宣告を受けるとしたら今日の夕方かな。参った。こんな気分のままじゃ、一日働き通せるとは思えないよ。」

職場に到着し、会議室のドアを内側からロックして二人で対策を検討した結果、ここはやはりクラウディオの口からきちんと真意を聞くべきだろうという結論に達しました。いくらなんでも、それとなく解雇の日付を見せて告知代わりにしようなんて話はないだろう、と。そして午後遅く、ケヴィンが私のキュービクルにやってきて言いました。
「クラウディオと話してきた。今月一杯という話はなくなったよ。気が変わったんだって。いつまでかは言われなかったけど、ひとまず生き延びた。」
安堵で顔がほころんでいました。

有料区間道路設計の契約破棄通告を受けてからというもの、クラウディオはオフィスのドアを閉め切って仕事することが増えました。就任当時「いつでもドアは開けておく。自由に出入りしてくれ」と言っていた彼がドアを閉め始めたとあって、職場に緊張感が漂います。期待させるだけさせておいて我々を無残に捨てた元請けに対し、クラウディオは全面戦争をしかける覚悟を決めました。
「現在の設計業務で損を出しても次の仕事で挽回出来ると踏んでいたからこそ、これまで我々は元請けの横暴な要求にも度々応じて来たんだ。このまま引き下がれるか。」
彼は同時に現組織の財政を引き締めるべく、大胆な人減らしを開始しました。

ケヴィンの解雇騒ぎから一週間後、フィルが出勤早々私のキュービクルにやって来ました。
「お前さんには知らせておいた方がいいと思うので言っておくが、昨日解雇通知を受け取ったよ。今週一杯でおさらばだ。」
クラウディオのマル秘ファイルでは「十月からパートタイム」となっていたのに、いきなりの解雇です。
「明日から来なくていいと言われたが、進行中の仕事にケリをつけておきたいから、今週一杯に延ばしてもらったよ。」

翌日、彼を誘って近くのイタリアンレストランへランチに行きました。二人で食事をするのはこれが初めて。彼は今回のことについては何も触れず、今まで手がけてきたプロジェクトにまつわる愉快なエピソードをいくつも披露してくれました。建設中の橋の上に軽飛行機が真夜中に不時着し、パイロットが飛行機から降りて初めて足元の橋桁がすかすかの穴だらけなのに気づいて肝を冷やした話には、二人で大笑いしました。しかし、日米の労務慣習の違いに話が及んだ時は、急に顔をこわばらせてこう言いました。
「この国にはびこる悪しき慣習は、何か問題があるとすぐ他人のせいにして責任をとらせようとすることだ。」
彼がどの程度自分自身の解雇に関連付けてそんなことを言ったのかは分かりませんが、印象的なセリフでした。翌週、彼は十ヶ月働いたサンディエゴを後にして、奥さんや子供の住むサンフランシスコへ帰りました。
「手当たり次第、友達に電話をかけてみるよ。どこかに仕事はあるだろう。」
と、笑顔で固い握手を交わしつつ。

その翌週、ニューヨーク支社から派遣されていたトムとヨンが八ヶ月ぶりに元のオフィスへ戻り、後任はゼロ。続いて、都市施設担当のニキータの辞任が決まりました。ちょうど雇用契約更新時期が来ていた彼女は、クラウディオから現在よりはるかに低い報酬を提示されたそうです。これまでサービス残業も厭わず馬車馬のように働いて来たというのに、そのお返しがこれか、と憤りに身を震わせていたところ、以前解雇されシアトルで職を得たジムが、「都市施設の専門家を探してるんだが」と電話してきたそうです。これ以上ないタイミング。彼女は高給でシアトルへ引っ張られることになりました。

ある日のこと、Eメールでイラクから送られてきたと見られるマイクの写真が、掲示板に貼られていました。迷彩色の戦闘服に身を包み、右肩にはM16小銃。青く渇いた空の下、橋の真ん中に仁王立ちしてニッコリ笑っています。
「おい見ろよ、マイクが笑ってるぜ。」
通り過ぎる人たちが思わず立ち止まって見入ってしまうほど印象的な写真です。いつも苦虫を噛み潰したような顔をしていた彼が、灼熱の戦場で少年のように清々しい笑顔を見せているのですから。ケヴィンが感慨深げにこう言いました。
「命がかかっているとはいえ、この混乱した職場から抜け出して秩序に満ちた世界に身を投じたんだ。案外救われた気分でいるのかもしれないな。」

2010年9月27日月曜日

Scosh 少~し

今日の昼過ぎ、日本通の同僚ダグが私のオフィスにやって来ました。
「昨日、PBS(こっちの公共放送)を聞いてたら、scosh (「すこうし」という発音)ってどういう意味ですかって質問してるリスナーがいたんだよ。え?知らないの?って驚いちゃった。」
私もその単語を知らないと言うと、二度驚いて、
「僕のワイフも知ってたよ。日本語の少しから来てるんだよ。中西部じゃ皆使ってるな。」
と説明してくれました。

ネットで調べてみると、いくつか例文が出て来ました。その一例がこれ。

Google just made it a scosh easier to become a mobile app developer.

なるほど、a little bit をa scosh に言い換えたわけだ。とすると、こっちじゃ日本語の「すこ~し」がクールな言い回しとして使われてるということ。なんかちょっと可愛い。

2010年9月26日日曜日

On top of 状況を完璧に把握している

先週、南カリフォルニアの環境部門長であるジョエルが、サンディエゴ支社の交通部門のトップに対して私のことをべた褒めしているメールが、エリック(私の大ボス)から転送されてきました。

こういうのは悪い気がしません。得意になって、思わず妻に転送してしまいました。すると彼女が、

「On top of ってどういう意味?」

と返信。え?そんな言葉あったっけ?

読み返してみると、確かにそういうくだりがあります。私を褒めてるところとは全然関係ないけど。

We are on top of the situation.

On top of という表現は、色々言ったあとで、「さらには…」と何か付け加える時に使うことが多いのですが、この場合にはちょっとあてはまりません。ちゃんと調べたところ、「状況を完璧に把握している」という意味になることが分かりました。物見台に上った人が、眼下の町を見渡して様子をつぶさに観察し、状況を把握しているイメージ。

She is always on top of her division’s financial status.
彼女は管轄部門の財務状況を、常に完璧に把握している。

という感じで使えます。いいですね。とてもかっこいいフレーズだと思います。

2010年9月25日土曜日

Wake-up call モーニングコール?

先日のジムの送別会で、昨年転職してわが社を去ったメリッサと再会しました。彼女は凄腕のエンジニアであると同時に、有能なプロジェクト・マネジャーとしても知られていました。新しい会社に入って一年も経たないうちに、南カリフォルニアを統括するPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の長を任され、我々元同僚を感心させたほど。ところがこの新しいポジションがかなりの激務らしく、私の最近のメールに二週間も返信出来なかったほど。

数ヶ月前、彼女の新居に家族で招待された際、最初は恥ずかしがっていた4歳の娘シルビアが、我々の帰り際に綺麗なお姫様の衣装に着替えてダンスを披露してくれました。その四歳児が先日、顔を紅潮させて小さなこぶしを机に叩きつけたのだそうです。
「ママ!うちで仕事するのヤメテよ!」

このところ、あまりの忙しさに仕事を持ち帰って週末もパソコンに向かっていたメリッサ。それがどれだけ娘を傷つけていたか、この時初めて気がついたのです。両手で胸をおさえてメリッサが苦しげに言いました。

“That was a wake-up call.”

この表現、最近よく耳にするのですが、一般にはホテルでフロントに「朝5時に起こしてね」とお願いするモーニングコール(これは和製英語)のことです。でも、今回メリッサが意味していたのは、固い表現だと「警鐘」。こりゃやばいぞ、と思わせる報せですね。柔らかい言い方だと、「これにはギクリとして我に返ったわよ」というところでしょうか。

母親であり妻でありつつフルタイムで働く女性というのは、こういう苦しさを避けて通れないのでしょう。母親であるだけでも充分大変なのに!私なんかは、こういう立場にいる女性は無条件で敬服してしまいます。能天気にタラタラ仕事してて、ほんとに申し訳ない。

2010年9月22日水曜日

Under the gun 切羽詰って

5年以上の付き合いになる熟練PMのジムが、ワシントンDCのオフィスに転勤することが決まりました。かつて一緒に仕事した仲間が集まってオレンジ郡のレストランで送別会を催すことになり、昨日の夕方、出張先のロングビーチから現地に向かいました。ところが、高速道路が予想以上に渋滞していて、駐車場に車を停めた時は既に集合時間を5分ほど回っていました。急いでいたにも関わらず、車を降りる前に何気なく携帯電話をチェックしたところ、メッセージが入っています。南カリフォルニア地区の上下水道部門長、クリスからでした。

I’m sort of under the gun and need to talk to you right away. Can you give me a call?
ちょっと切羽詰ってるんだ。今すぐ話したい。電話くれるか?

この Under the gun という表現は、直訳すれば「銃を突きつけられてる」で、「切羽詰った」「プレッシャーのかかった」状況を指します。まるで「24」のジャック・バウアーが、武装した敵グループに捕えられた仲間からのSOSを受けた時のような感じ。迷わず折り返し電話をかけましたよ。

というわけで、すぐに返事が欲しい時は、この I’m under the gun. という一言をメッセージの冒頭で使うと効果的だということが分かりました。

2010年9月20日月曜日

Up to Snuff お眼鏡に適う

熟練PMのジムが先日、フロリダ在住のチームメートに宛てて、こんなメールを送りました。

Our client has added another layer of review on our invoices and we have had to accept short payments because receipts have not been up to snuff.
クライアントは請求書を念入りにチェックするため、人を増やした。彼らの基準を満たさなかったため、満額支払われなかった請求書もある。

そして、「出張の際は、食事しても駐車場で料金を払っても、必ず明細入りのレシートを貰っておくこと」という注意を付け足しました。

ジムの使ったこの Not up to snuff ですが、語源を調べると、Snuff というのは「嗅ぎタバコ」もしくは「においをクンクン嗅ぐ人」という意味でした。昔、嗅ぎタバコを吸う人というのは地位が高く裕福で、いわゆる「違いが分かる」人だとされていたようです。そういう人のお眼鏡に適うのが Up to snuff で、Not up to snuff は「基準に満たない」ということになったのだそうです。

ところでこの表現を調べている過程で、Snuff というのはムーミンに出てくるスナフキンの「スナフ」だということを知りました。原語でのスヌスムムリクも、「嗅ぎたばこを吸う男」という意味だそうです。彼の孤独な後姿、かっこよかったなあ。いかにも「違いが分かりそうな」男でした。

2010年9月19日日曜日

アメリカで武者修行 第24話 このままおめおめと引き下がれないわ。

2003年7月中旬。ケヴィンは実家のあるオークランドで結婚式を挙げた後、新婚旅行に出かけるために二週間の休みを取りました。ほぼ同時に、私も週末を挟んで三日間だけ有給休暇を取り、東海岸へ飛びました。義理の両親と合流し、家族五人のドライブ旅行です。まずはヴァージニア州ノーフォークに飛び、義父母の知り合いで、海辺の豪邸に住む老夫婦の家に二泊させてもらいました。翌日はペンシルバニア州ランカスターという、アーミッシュで有名な街へ行きました。アーミッシュとは、質素な生活様式を貫くキリスト教徒。電気は一切利用せず、冷蔵庫はガス式、アイロンは圧縮空気式という徹底ぶり。もちろん自動車は使わず、馬車か自転車で移動します。時速80キロで車が突っ走る道路の脇を、トコトコと行き交う馬車を何度も目にしました。電気も電話も、もちろんインターネットもない生活なんて、今の自分には耐えられそうもないなあと思いました。デジカメの充電が切れて記念写真が撮れず、地団太踏んで悔しがっていた妻も、きっと私と同意見でしょう。そして最終日の日暮れ前、ニューヨークのワールド・トレード・センター跡地に到着しました。新しいビルの基礎工事が既に始まっていて、まるで巨大隕石が落ちた後のように、広大な面積の地面が深くえぐれていました。

さてその翌日、ニューアークの空港で義父母と別れ帰途につきました。ところが、飛行機に乗り込んだ途端雷雨が激しくなり、待機状態が長時間続きます。結局、飛び立ったのは三時間後の午後五時でした。中継地のクリーブランドでは、一日一本しか無いサンディエゴ行きが既に飛び立った後で、翌日の夕方まで便はないとのこと。しかたなくこの地で一泊することになりました。空港の公衆電話から職場に電話すると、老フィルが
「そりゃまた退屈なところで足止めを食ったもんだな。」
と愉快そうに笑いました。
「仕事の方は順調だよ。せっかく一日延びたんだ。夏休みを最後まで楽しんで来るんだな。」

一日遅れで帰宅し、翌朝は早起きしていつもより一時間早く職場に入りました。さっそく溜まったメールのチェックを開始。すると、何かただならぬ雰囲気のやりとりがいくつか混じっていることに気付きました。どうやら留守中に事件が起きたみたいだな、と覚り、ちょうど出勤してきたフィルに尋ねました。彼の口から飛び出したのは、我々JVにとって最悪のニュースでした。
「火曜の夕方、有料区間道路の設計契約が破棄されたんだよ。お前さんとの電話を切ったすぐ後だった。」

現在進めている無料区間の道路設計はあと半年で終わる見込みですが、有料道路の設計が始まればあと三年は食い繋げる予定でした。元請けのORGから毎日ギリギリと絞り上げられながらもこれまで我慢してきたのは、予算数十億の有料道路設計業務を目の前にちらつかされていたからなんです。正式なゴーサインを今か今かと待ちながら従順に働いて来て、ちょうど無料区間の設計が峠を越えたところだった我々に、ORGは契約書のTermination for Convenience (いかなる都合によっても中途で契約破棄できる)条項を適用し、あっさりと三行半を叩きつけたのです。有料区間の仕事が無いと分かれば、50名以上いる現在のチームは、どう考えても所帯が大き過ぎます。
「これからどうなっちゃうんですかね。」
とフィルに聞くと、
「さっぱり分からんよ。今日明日中に解雇ということはないだろうが、お前さんもわしも尻に火がついたことだけは確かだな。」
と答えました。

続いてリンダが現れたので話しに行くと、
「訴訟に向けて行動開始よ。このままおめおめと引き下がれないわ。」
と鼻息を荒くしています。
「あちらの都合でいつでも契約破棄できるという条項がある以上、勝ち目はないんじゃないですか?」
と聞くと、
「手はあるわ。それにこういうのはタイミングが大事なの。すぐにクレーム文書を作るわよ。今日中に証拠書類をまとめあげて、明日の朝一番でクラウディオとマイクに上げましょう。」
休み明けだというのに、結局夜11時まで残業する羽目になりました。

翌週の月曜、新婚旅行から帰ってきたケヴィンにとっても、契約破棄のニュースは衝撃でした。彼は結婚を機にサンディエゴで家を買おうとしていたのです。あわてて購入計画を中止し、アパートの月借りを検討することにしました。
「なんて週だ。結婚して帰ってきたら、いきなり職の危機とはな。」

さらに、三人の契約社員が私の留守中にひっそりと解雇されていたことも聞かされ、気持ちが沈みました。ウォーキング仲間のカルヴァンもそのうちの一人でした。都市施設担当のニキータがやってきて、怒りをぶちまけました。
「カルヴァンの話を聞いた?彼、契約破棄事件の日はお休みだったからニュースを知らなかったの。次の日出社してコンピュータを使おうとしたらログイン出来ないのよ。で、何かソフトウェアのトラブルだろうと思って午前中ずっと格闘してたのね。まわりの皆も原因をつきとめようと頑張ったわ。で、一旦諦めて皆と一緒にランチに行ったの。オフィスに戻ってみたら、自分が朝一番でクビになってたことを、上の誰かから知らされたってわけ。こんなひどい仕打ちが許される?」
同じく契約社員であるニキータにとっては、他人事とは思えない話のようです。私も、マネジメント層の冷酷さに腹の底が冷える思いがしました。さっそくカルヴァンの携帯電話に電話してみました。彼はいつもと変わらぬのんびりした声で言いました。
「俺は大丈夫だよ。心配ご無用。次の仕事探しを始めるだけの話さ。」

水曜の午後、ケヴィンが私のキュービクルに来て言いました。
「聞いたか?マイクが今週金曜からまた召集らしいよ。今度は三ヶ月だって。」
「え?なんで?戦争は終わったのに?」
「今度は国土再建の仕事だってさ。」
どうやらイラクに行って建設関係の仕事をするようですが、当の本人も正式配属になるまでは、詳しい目的地も任務も分からないようです。
「彼がいるうちに、今後の身の振り方を相談しなきゃいけないな。さっそくマイクと話してくるよ。」
そう言って彼のオフィスに入って行ったケヴィンは、十分ほどして私のところへ戻って来ました。すっかり打ちのめされた様子です。
「なんてこった。最悪の場合、今月一杯でクビだってさ。」
「何だって?あと三週間しかないじゃない。」
「ああ、まったく参るよ。俺の仕事がほぼ終わりに近づいていることは分かってたけど、現実に最終日を宣告されるのはキツいよ。」
それから少し笑って、
「シンスケはまだ大丈夫だと思うよ。契約の仕事は当分続くだろうからね。それでも念のため、マイクと話しておいた方がいいとは思うけど。」

さっそくマイクのオフィスを訪ねました。
「次の仕事探しを始めるのはいつ頃がいいでしょうか?」
と恐る恐る切り出すと、返ってきたのは「そりゃ今すぐだ。」という答え。
「クラウディオも俺も、お前の仕事振りには満足してる。訴訟の行方次第じゃ、あと一年くらい今のポジションを維持できる可能性もないわけじゃないが、絶対あるという保証も出来ん。仕事探しを早めに開始したって、損にはならんだろ。」

その晩、妻と話し合いました。
「それで、どうするの?何かあてはあるの?」
「残念ながら、現時点では何も無いんだ。僕を採用したボス自身がいなくなっちゃうし、頼みの綱であるケヴィン自身が解雇寸前なんだよ。もうこうなったら、なりふり構わず就職活動を始めるしかないね。」

次の週、ボスのマイクはイラクへ向けて旅立ちました。私もケヴィンも、仕事を続けながら職探しを開始。アメリカで働き始めて9ヶ月。こんな事態を迎えることになるとは、予想もしていなかったのでした。

2010年9月17日金曜日

Persistence pays off. 粘り強さは報われる。

一昨日、ADPという団体からこんな手紙が届きました。
「ご請求いただいた 1,100 ドルは、残念ながらお支払い出来ません。」

つまり、約10万円の支払いを拒絶されたのです。会社を通じてFSA(Flexible Spending Account)というプログラムに参加しているのですが、これを扱っているのがADPという団体。この団体に、一年の初めに一定金額を納め、これを健康保険でカバーされない医療費に充てる、というのがプログラムの趣旨。この掛け金は課税されないので、全部使い切れば税金分得をするけど、使い切らない分は全部ADPに持っていかれる、という仕組み。当然、相手も商売だから、加入者が掛け金を使い切らないようにして儲けを出したいわけで、何かと難癖をつけて支払い申請をはねつけるのです。

「どうしよう。1,100 ドルは大金よ。」
とショックを隠せない様子の妻。「支払いできない」って、そもそも我々の金なのに…。
「大丈夫。任せといて。何とかするから。」
と私。

こういうことは初めてじゃないのです。ADPに限らず、支払いを理不尽に拒否したり、余分な金を騙し取ったりする会社はうんざりする程あります。クレジットカード会社はもとより、銀行もしょっちゅうやらかすし、公共サービスに近い電話会社だってそうなんです(日本では考えられない)。

こんなときモノを言うのは、「クレームレターを素早く書く能力」です。弁護士の上司の下で一日最低二通はクレームレターを書いて来た経験が、こんなところで活かされるわけですね。15分で「何故おたくが耳を揃えて全額払わなければならないのか」を筋道立てて執筆。これを一発FAX送信しました。

そして本日、支払いが行われたのをオンラインで確認しました。諦めずにコツコツとクレームレターを書くこと。これが出来れば、納得の行かない理由で金をむしり取られるリスクを軽減出来ます(怖い国です)。

同僚リチャードの部屋に行ってこのエピソードを披露した時、
「粘り勝ちってやつだよ。」
と言おうとしたのですが、英語が出てこない。何て言えばいいんだろう…?

“Persistence…”(粘り強さは)

と言いかけると、リチャードが

“Pays off.” (報われる。)

と続けてくれました。

Persistence pays off.
粘り強さは報われる。

う~ん、いい言葉だ。

2010年9月15日水曜日

Plain Vanilla ベーシック・タイプ

昔から、甘い物には全くそそられない私ですが、ラホヤにあるジェラート屋「Gelateria Frizzante」は別。大のお気に入りです。特にそこで食べるバニラ・ジェラートは至高の一品。チョコレートやらミントやら、フレーバーは何十種類もあるんだけど、私はずっとバニラ一筋。こんなに美味しいバニラがあるのに、みんなどうしてあんなにゴテゴテと色のついたものを食べたがるのか、不思議で仕方がない。

さて、今朝聴いてたCD本 “Crucial Conversations” に、

It’s just a plain vanilla.

というフレーズが出てきました。プレーンバニラ?バニラ味?ビジネスの話をしている場面で使われたフレーズなので、何だそりゃ?という感じでした。

さっそく、例によって同僚リチャードに質問。
「うん、それは基本形って意味だと思うよ。これといった味付けのない、一番ベーシックなタイプ。」
「じゃさ、僕がもしカローラに乗ってたら、 “My car is just a plain vanilla.” って言える?」
「それはまさにぴったりな例だよ。平凡で、これと言って特徴が無い車っていうことだね。」

う~ん、なんだかちょっと面白くないな。僕にとって、バニラは王様なんだけど…。

2010年9月14日火曜日

Right on! やったぜ!

サウスカロライナ支社にいる、マークというPMのオンラインレポート作りを手伝うことになりました。お互い、会ったことも話したこともないので、まずはEメールで
「本当にヘルプが必要ですか?」
「ああ、よろしく頼むよ。」
という合意形成があり、それから私がデータ分析とレポート草案作りを行いました。

「草案を送ります。内容が正しければ、これを基にオンラインレポートを作成します。どうでしょう?」
一時間後に彼から送られてきた修正を組み込んで草案を完成し、
「それじゃ、さっそくレポート作成にかかります。提出できる段階になったらまたメールします。」
とEメールを送信。すると、

Right on!

と一言書かれた返事が届きました。「ライトオン」?なんじゃそりゃ。

Right on schedule
予定通りに進んで

みたいに、何か名詞の前に置いて使うのなら分かるのですが、ただのライトオンじゃピンと来ない。ネットで調べたところ、「やったね!」とか「その調子!」とか「異議なし!」などと訳されています。でも、このケースにどれが当てはまるのか決められない。

さっそく、同僚リチャードを訪ねて質問。
「それは、相手への感謝と、嬉しい気持ちとが入り混じった言葉だね。」
「へえ、そうなんだ。でも、 Right と On を繋げただけでそういう意味になるの?脈絡が分からないんだけど…。」
「そうだね。文字面からは想像出来ない、全く訳の分からない表現だね。」
「他に、それに近い言い回しはある?」
「Great! とか Cool! がほぼ同じ意味だと思うな。」
おお、それなら語感がつかめるぞ。
「Right on! は中でもヒップな口語表現だよ。きっとシンスケがメールのやりとりしてるその人は、気さくな感じだと思うな。四角四面の生真面目エンジニアタイプは、そんな言い回しを使わないから。」
なるほど、人となりまでこの表現から窺えるのか。

となると、Right on! の日本語訳は何だろう?
「やったぜ!」
かな?う~ん、どうなんだろ?

2010年9月13日月曜日

アメリカで武者修行 第23話 シンスケに頼んだのはわしだ。

事の始まりは、ある日測量業者から届いた二通の請求書でした。エクセルの一覧表を開いて数字を打ち込んだところ、最後の一通を足したところで契約額を6千ドルほど超えてしまうことに気付いたのです。不審に思い、全ての請求書をファイルから引っ張り出して見直したのですが、ダブりはありません。定石通り、メールで先方に連絡しました。
「最後の請求書は受け入れられません。契約書にもある通り、事前の合意がなければ契約額を超えて支払うことは出来ません。」
すると間もなく、測量業者のアンディから返信が届きました。
「現場でおたくの社員から追加作業を指示されたのでやったまでです。頼んだのはおたくなんだから、払ってもらいます。」
「その指示は、誰から受けたのですか?」
「おそらくケヴィンかマイク(下水道担当)だと思います。」

さっそくケヴィンとマイクに尋ねてみたのですが、そんな指示を出した記憶は無いと言います。
「さあ、一ヶ月以上前の話だからな。そりゃ現場で何か軽く頼んだかもしれない。でも正式に作業指示をした憶えは無いよ。それに、その時彼らがどの程度まで契約額を使い切っていたかなんて、俺たちが知るわけないだろ。」
ケヴィンの言う通りです。仮に作業指示が出されたとしても、そこでアンディが予算不足の話を持ち出していれば、事態の流れは変わっていたでしょう。

老フィルに相談したところ、
「こういう場合はあまり間を置かず、内部調査で明らかになったことを正式文書にして届けた方がいい。」
との考え。さっそく、何故6千ドルが支払えないかをもう一度きちんと書面にし、マイクのサインを貰って送りつけました。しかし数日後にアンディから届いた返信を一読した途端、気分が沈みました。
「あんた達は、下請けイジメをするつもりか。おたくは図体の大きな会社だから分からんだろうが、6千ドルというのは、我々零細にとって大金なんだ。もし払わないというのなら、出るところに出る。おたくらが我々をタダ働きさせた、とカリフォルニア州政府にも届けるからな。」

仕方ないので、再びフィルと作戦会議です。
「契約担当の私から見れば、契約書に書かれていることを守らなかった彼らに非があります。アンディの怒りも理解できるけど、ここで悪しき前例を作るのはどうかと思います。」
「お前さんの言うことはもっともだが、たった6千ドルを出し渋ってプロジェクト全体を危険にさらすというのも、賢い選択とは思えんな。」
「でも、脅迫されて譲歩するというのはどうでしょうか。」
「うむ。まずはアンディと会って話をしようじゃないか。」

翌週アンディを呼び、三人でミーティングを行いました。現場事務所は会議室が不足していて、たった三人のためにわざわざ部屋を予約するのも気が引けます。そこで食堂の大テーブルの隅を使って話し合いました。ひっきりなしに人が出入りするので気は散るのですが、仕方ありません。

アンディとじかにゆっくり話すのは、今回が初めてです。手紙の文面から滲み出ていた彼の怒りはすっかり萎えていて、今では懇願モードに変わっています。
「うちの会社は本当に自転車操業なんですよ。6千ドルのキャッシュが入って来ないとなると、どこかで工面しなければいけません。社員の給料を滞らせるわけにはいきませんからね。何とかしてもらえませんか。」
来る日も来る日も鬼コーチのリンダに厳しく躾けられて来た私です。ここで情にほだされては、これまでの訓練が無になります。
「アンディ、あなたの会社の財務状況が厳しいからといって、事前の合意無しに契約額以上のお金を払うわけにはいかないんですよ。ここにそうはっきり書いてありますよね。」
契約書を広げ、該当する条項を指差して見せました。
「事前の合意はあったんです。それは本当です。」
彼が言い終わる前に、私が畳みかけます。
「ここに、書面での合意、と書かれていますよね。書面にしたんですか?」
アンディが悲鳴に近い高音で反論します。
「でも我々はあそこで測量してたんですよ!追加調査を頼まれるたびに、一旦現場を引き上げて合意書を作成し、両者サインしてからあらためて出動しろって言うんですか?そんなの現実的じゃないでしょう!」
「まあまあ、二人とも。」
老フィルが、穏やかな笑顔で割って入りました。
「アンディの言うことも分かる。大至急やってくれと現場で誰かに追加作業を頼まれれば、嫌とは言えんだろう。でもシンスケの言うことも筋が通っている。ここはどうだろうアンディ、今あんたが我々に話したことを、きちんと書面にして提出してくれないか。作業の内容も日時もなるべく詳しく書いて欲しい。それをもってわしが組織のトップと相談してみようじゃないか。」

この言葉に救われたアンディは、笑顔を取り戻して我々と握手を交わし、事務所をあとにしました。
「フィル、あなたがああ言ってくれなかったら、この会議はまとまらなかったと思います。どうも有難う。」
私はこの老人の人格に、あらためて惚れ込んでいました。もうひとりの上司であるリンダは、いつも「正当な」ことをやろうとする。私にもそうさせようとする。でも正当なことが常に最良の選択とは限らない。フィルはそのことを良く分かっている。長い経験で培って来た、バランス感覚というものでしょう。

その時、食堂の戸口にボスのマイクが現れました。
「シンスケ、さっきのは誰だ?」
彼はちょっと前に食堂に入って来て、我々三人が会議しているのを目撃していたのです。
「測量業者のアンディです。例の6千ドルの支払いの件を話し合っていたんです。」
マイクの顔に、さっと朱がさしました。
「あれは撥ね付けたんじゃなかったのか?」
「それが、まだ彼がゴネてまして…。」
「お前、どうして会議なんか開くんだ?相手につけこませるだけだろうが!」
今にもつかつかとやって来て、胸倉をつかまんばかりに興奮しています。

その時フィルが、食堂中にこだまするほどの大声を上げました。
「下請け担当にわしを任命したのはあんたじゃなかったのか?マイク。」
マイクはギクリとしてフィルを見ました。
「アンディを呼ぶようシンスケに頼んだのはわしだ。その決断について疑問があるのなら、わしにそう言ってくれないか?」
思わず振り向いてフィルの顔を見ると、威圧感のある目つきでマイクを見据えています。

マイクは急に取り繕ったような笑顔になり、
「いやいや、あんたが仕切ってるのならいいんだ。任せるよ。邪魔したな。」
と姿を消しました。まるで普段大人しい老犬が突如として首をもたげてひと唸りし、獰猛なドーベルマンが尻尾を巻いて退散したような、胸のすく一幕でした。

私はしばらくあっけに取られていましたが、
「どうも有難う、フィル。」
と救済に感謝しました。
「おまえさんが礼を言うことはないよ。」
いつもの好々爺に戻ったフィルは、
「さ、仕事に戻ろう。」
と私の肩に手を置きました。

2010年9月12日日曜日

Clash, Crash, Crush!

プロジェクトのスケジュールを短縮し、遅れを取り戻す方法として、ファストトラッキング(Fast Tracking)とクラッシング(Crashing)の二つが知られています。ファストトラッキングの方は、本来「設計が終わったら建設を開始する」というように「Aの後にB」という関係にある二つのタスクを平行させてしまうこと。「設計と平行して建設する」みたいに。一方クラッシングは、クリティカル・パスにあるタスクにリソースを投入すること。つまり、遅れの原因になっているタスクにどんどん人なり材料なりを足して作業を加速することですね。

社内のトレーニングで教えていて分かったことですが、ファストトラッキングの方は何となく理解出来るものの、Crashing という英単語がどうしてこういう状況で使われるのか、ネイティブでさえピンと来ない様子でした。Crash を辞書で引くと、「すごい音をたててぶつかる」とか「飛行機が墜落する」という訳が出てきます。確かに、これだけ見ると、上記の状況に当てはまるとは思えません。そこで私は、パーティークラッシャー(Party Crasher)という言葉を使って教えるようにしました。

パーティークラッシャーは、招待されていないパーティーに忍び込んだり、(有名人の場合は)堂々と正面突破したりする人のことを言います。遅れを挽回するためクリティカル・パス上のタスクに駆り出される人たちは、「もともと頼まれていない」ため、これで意味は何とか飲み込めます。

しかし、ネイティブにはそれで良しとしても、我々日本人にはこの Crash という単語の紛らわしさが、完全に解決されたわけじゃありません。同じクラッシュでも、英語にはClash, Crash, Crush と三種類あるのです。昨日辞書で引いて私なりに納得したのですが、これは「ぶつかり方」の違いで分けられます。

Clash: 激しく衝突するけど、ぶつかった相手に食い込んでいないし壊れてもいない。
Crash: 激しく衝突して、ぶつかった相手に食い込んだり自分が壊れたりしている。
Crush: 相手をぐしゃぐしゃにする。

最後のは、空き缶を「グワッシ」と握りつぶすイメージで憶えています。

2010年9月11日土曜日

ニッピリンダバァ

コンストラクション・マネジャーのトムは、一見、イタリア系マフィア映画に出てくる巨漢の殺し屋風。それなのに、思わず引き込まれるような人懐っこい笑顔で皆に愛されています。ある日給湯室で、
「トムって、典型的な工事屋のイメージから程遠いよね。」
と感心して言うと、
「僕だって、20代の頃は暴れん坊だったんだよ。口の利き方もひどかったし、態度も横柄だった。周りが皆そうだったから、そういうもんだと思ってたんだな。でもね、ある日これは違うって気がついたんだ。こんなのは正しくないって。その日から、すべてが変わったよ。周りの人を心底から愛し始めたんだ。自分の出会う人は皆、Lord (神様)がお作りになった人間なんだと気付いたら、愛さずにはいられなくなったんだな。」

この時初めて、彼が敬虔なクリスチャンであることを知りました。彼は四人の子の父親で、一番上は32歳。今でも全員と会話するの?と聞いたら、
「ああ、みんな何でも話してくれるよ。ベスト・フレンドみたいにね。」
「それはいいね。父親と口をきかない若者だって大勢いるそうだから。でもさ、友達風の父親って、下手するとナメられる危険性もあるよね。」
「うん、そこは大事なところなんだ。もしも少しでもリスペクトに欠けた言動に気付いたら、その瞬間にガツンとやらなきゃ駄目。絶対にやり過ごさないこと。」
そしてこう言ったのです。

You have to ニッピリンダバァ。

最初、彼が何て言ったのか分からず、何度も聞き返しました。続いてスペルも教えてもらいました。

You have to nip it in the bud.
蕾(つぼみ)のうちに摘み取らなきゃ駄目だ。

つまり、「問題の芽は早めに摘み取れ。」という意味ですね。へえ、この表現は一度も聞いたことないな、と面白がってたら、トムは繰り返し「ニッピリンダバァ」と呟き、その響きを楽しんでいました。

こういう初めて聞く表現って、一般に流通しているという確信がない(それまで聞いたことがないのが何よりの証拠な)ため、なかなか使えません。この表現も、「読んだり聞いたりして理解はできるけど、自ら使うことはない表現」の棚に入る運命かな、と思っていました。

一昨日、ボスのリックのオンラインレポート作成を助けていたところ、彼のプロジェクトの今後の予想(ETC)コストが負の値になっていることを発見。
「これ、ちょっとまずいですね。最終予測(EAC)コストが現在までのコストより低く設定されているのが原因です。どうします?今修正しておきますか?まだ月末じゃないので、急ぐ必要はないんですが。」
そう言うと、リックが
「指摘してくれて有難う。今すぐ直しておこう。」
と答えた後、こう言ったのです。

I’d better nip it in the bud before getting a nastygram.
不愉快なEメールを受け取る前に、問題の芽を摘み取っておいた方がいい。

おお、それじゃこれはやっぱり普通に使われてる言葉なんだ!

そんなわけでこの「ニッピリンダバァ」は、私の中の「使える英語表現」にめでたく昇格したのでした。

ちなみに nastygram というのは、telegram の tele 部分を nasty (ひどい、意地の悪い)とすげ替えた言葉で、これも「意地の悪いEメール」という意味でよく使われています。レポートを読んだファイナンスの担当者が「どういうことだ、説明しろ!」と送りつけてくるメールを、ここでは nastygram と呼んでいるわけですね。

2010年9月9日木曜日

ヤギでごった返す現場

うちの部署で請け負う仕事の大半は、土壌や水質の汚染を調べて改善するというもの。若手PMのアリーシャがロサンゼルス郡のT市から受けている仕事もそのひとつ。一昨日、現場作業を監督しようと市役所の人に「今から行きますよ」と連絡を入れたところ、こう言われたそうです。
「あのですね、一応言っておきますけど、現場にヤギ(Goat)がいます。注意して下さいね。」
「は?ヤギですか?」

到着してみると、現場主任がフェンスの入り口のところで待ち構えています。何だかそわそわと落ち着かない様子。
「一、二の三の合図で開けますから、素早く入って下さいよ。」
「え?何?何なの?」
中に入ってみて仰天。ヤギと言っても二、三頭がのんびり草を食んでいる図をイメージしてたんだけど、そこはもう押すな押すなの大混雑。いきなり足やら腰やらをペロペロ舐められ、
「これ何なの?どういうこと?」

最近新聞でも読んだのですが、敷地の雑草を処理するのに機械を一切使わず、ヤギを動員するのが流行っていて、レンタル・ヤギのビジネスまであるそうです。環境に優しく仕事も丁寧な上、コストも安いとか。ここは市役所が最近買い取った土地で、近いうちに消防隊の訓練所を建設する予定なのだそうで、今回雑草処理に駆り出されたヤギは約百頭。この動物、人間であれ機械であれ、新入りが登場するたびに興味津々といった表情でぞろぞろ寄って来るそうです。

ふと目をやると、
「ヤギ作業中。邪魔するな。」
と書かれた簡易標識まであります。
「うそでしょ。何よこれ。」
ヤギの群れをかきわけて、何とか地下水調査の作業現場にたどり着くと、ちょうど掘削機を作業員が移動しようとしていたところでした。しかしあっという間に大群に取り囲まれ、身動きが取れなくなってしまいます。すかさずアリーシャが反対側に群れを誘導し、その隙に機械を移動して事なきを得ました。

実はフェンスの外では、シティマネジャーが今回のヤギの活用についてテレビの取材を受けている最中でした。撮影の合間にこのアリーシャの手際を観察していたマネジャー氏、近寄って来て、
「君は一体何者だね?」
彼女は会社名と現在実施中の作業内容を説明したのですが、
「いや、聞きたかったのはね、どうしてそういう人があんなに上手にヤギの群れを誘導できるのかってことなんだ。」
「実家が農家で、父は今でもヤギを沢山飼っているんです。」
シティマネジャーはこの答えに満足したようでした。アリーシャは、彼と仲良くなったついでに、
「ここのヤギの乳は飲まない方がいいですよ。地下の有害物質をたっぷり吸い込んだ雑草を食べてますからね。」
とジョークを飛ばそうとしたのですが、テレビカメラが回っているのに気付いてやめたそうです。

2010年9月7日火曜日

Coax 上手に説得する

今日のWall Street Journal の記事に、こんなタイトルがありました。

Coaxing a loved one in denial into treatment without ruining your relationship.
関係を悪化させることなく、身内をどう説得してカウンセリングに行かせるか。

配偶者などが、うつ病に苦しみつつも医者やカウンセラーを毛嫌いしている場合、それをどう説得するかという話題です。以前から、私はこのCoax(コウクス)という単語のニュアンスがどうも理解出来なくて、ずっと使えずにいました。いい機会なのでちょっと調べてみたところ、「おだててその気にさせる」「まるめこむ」という訳が並んでる。でも、身内をカウンセリングに行かせるのに「まるめこむ」はどうかなあ。

というわけで、同僚リチャードを訪ねて確認しました。
「そうだね、確かに下心のある場合に使われることが多いよね。でも、好意を持って説得する場合もありだな。共通しているのは、もともとそうする意思がなかった人にある行為をさせる点だと思うよ。」
同じ「説得する」でも、“Persuade” はこの「その気がなかったのに」というニュアンスが強くない。Coax には更に、「上手に」とか「言葉巧みに」という含みが上乗せされる。彼はそう言って、いくつか文例を教えてくれました。

I didn’t want to go to the party but he coaxed me into it.
パーティに行くつもりなんかなかったんだけど、彼にうまく乗せられて行っちゃったよ。

I went there to buy a Corola but I got coaxed into buying a Mercedez.
カローラを買いに行ったんだけど、うまく言いくるめられてベンツを買わされちゃった。

以上を総合すると、今回私が読んだ新聞記事の見出しに使われているCoaxは、「上手に説得する」程度の意味だと思います。

2010年9月4日土曜日

アメリカで武者修行 第22話 彼はまともだよ。

5月末にやってきた新しいディレクターの名は、クラウディオ。ペンキ用の刷毛みたいに厚ぼったい口髭、そして堂々たる太鼓腹。スーパーマリオが眼鏡をかけたみたいな風貌です。就任の挨拶にあっては、その体型にありがちなガラガラ声で、
「オフィスのドアは常に開けておく。自由に出入りしてくれ。」
と言い放ちました。しかしその豪放磊落そうな外見にもかかわらず、実は意外に神経質で短気。未解決の問題を発見すると、即座に片付けないと気がすまないタイプです。

ある日、追加費用要求をめぐる交渉案件について、クラウディオから説明を求められました。ガス管や送電線といった、地下埋設物の位置確認作業。契約上やるべきことは全て終了したにもかかわらず、州政府が「更に三十メートルおきに試掘して再確認せよ」と指示してきた件です。この指示を受けた元請けのORGは、我々に自腹でやるよう圧力をかけて来ました。試算すると、約三万ドルの出費です。埋設物の位置確認をどの程度徹底するかについて、契約書の記述は極めて曖昧。しかし既に調査結果は全て元請けに提出し、彼らの承認を得ているのです。その上での追加指示なので、これが予定外の仕事であることを論理立てて主張すれば、勝ち目は七割程度あると思いました。リンダにこれを話すと、
「そうね。私は五分五分だと思うけど、勝機があるとあなたが思うなら、要求書を書いてみなさい。」
とゴーサイン。さっそく追加費用要求文書を作成し、マイクの承認をもらいに行きました。
「俺はOKだが、これは道路設計チームのトップであるグレッグの管轄だ。彼の承認も得てくれ。」

ところが、文書案をグレッグのところへ持っていくと、
「こんな要求はできないよ。これはうちがやるべき仕事だろ。」
と渋い顔。根気強く私の論拠を説明したのですが、首を縦に振りません。州政府出身者だけに、古巣に逆らうのが嫌なのかな、と一瞬訝りました。
「一旦こんな指示を受け入れてしまえば、さらに十メートルおきに試掘しろと言われても文句言えないんですよ。後々のことを考えれば、ここは戦うべきだと思います。」
それでもグレッグは判断を保留し、要求文書の草案はそのまま彼の机の上で、2ヶ月も眠ることになったのです。グレッグに何度も催促しながら、こうまで決断できない人間がどうして組織のトップグループにいられるんだろう、と不快になりました。そして、もうどっちでもいいから早く白黒つけてくれ、と苛立っていました。誰の費用でやるのか決まらないと下請けに発注できず、私の仕事が滞るのです。

そんなすっきりしない案件でしたが、クラウディオは私の話を聞き始めて15秒後には資料を掴んで立ち上がり、「すぐ戻る」と元請けトップのジャンのところへ直談判に行きました。そして十分後に帰ってきて、
「この交渉は勝ち目が薄い。費用はうちが持つ。たかだか三万ドルのためにこれ以上無駄な時間は使えない。本件はこれにて終了。」
電光石火でした。

6月末の月曜日。元請けのORGからこんな要請を受けました。
「有料区間の設計業務を実施するための組織体制を明示し、提案書にまとめて今週中に提出せよ。」
我々が請け負っている高速道路設計は、無料区間と有料(通行料を取る)区間に分かれており、プロジェクトは無料区間の設計からスタートしました。
「有料区間の設計費用は、無料区間の約5倍。これが始まればあと3年は食いつなげるんだ。」
と、かつてケヴィンが話していました。契約書にサインを交わしてはあるものの、未だ正式なゴーサインが出ていないのです。今回ORGから提案書の提出要求が出されたことで、いよいよ大規模設計プロジェクトがフル始動するぞ、という興奮が組織を満たしました。
「これまで無茶な要求を随分呑まされて来たけど、有料区間の設計がスタートすれば、損失を取り戻せるだろうと上の人間は踏んでるんだ。これでようやく辛抱が報われるってところだろうな。」
とケヴィン。

クラウディオは、さっそく自らエクセルを使ってリソース配分図を作りあげました。その作業の一環でしょう、彼はマイクに組織図の修正を任せました。マイクはいつものように、これをケヴィンに「丸投げ」。ケヴィンは半日間この仕事と格闘していましたが、午後遅くなってから私のところにやって来ました。赤ペンの書き込みで一杯になった修正案を私に見せながら、薄笑いを浮かべています。
「うちの組織がどうしてこうまで混乱しているのか、これで一目瞭然だよ。」
出すべき成果を基に組織図を作ろうとすると、人員配置のモレやダブリが浮き彫りになってしまうというのです。例えば先ごろ解雇されたジムは、組織図上当てはまる場所がありません。また、私の上司がフィルなのかリンダなのか、はたまたマイクなのかもはっきりしません。
「組織図づくりにこれだけ悩むってこと自体が、おかしな話だよな。」

この後、彼はクラウディオに修正案を見せに行ったのですが、間もなく戻って来てこう言いました。
「クラウディオがこの組織図を見て、なんて言ったと思う?」
彼のことだから、仕事がうまく進まなかった原因を一目で見抜いたんじゃないか、というのが私の予想でした。
「一体どうして君がこの仕事をやってるんだ?だとさ。」
これには二人で大笑いしました。少し落ち着いてから、ケヴィンが呟きました。
「彼はまともだよ。」
組織図上、ケヴィンは用地選定担当です。その彼が組織図作りに取り組んでいる理由なんて、答えられるわけありません。結局クラウディオは、ケヴィンの組織図案を大胆に修正して仕上げ、金曜の夕方遅くに提案書が完成しました。

その晩、人が出払ったオフィスで社内保管用の提案書コピーをパラパラめくっていた時、最後の章にチーム全員の履歴書が束ねられていることに気付きました。自分の履歴書が最新版かどうか心配だったのでそれをチェックした後、ふとグレッグの履歴書に目が留まりました。そして彼の大学卒業年が私と同じであることを発見し、愕然としました。若く見えるなあとは思っていたけど、まさか同期だったとは…。彼は一昨年の夏から、副プロジェクトマネジャーとして道路設計チームを率いて来ました。配下には年長者が何人もいます(フィルなどは大きな孫がいる年齢)。3年前にふらりと日本からやってきた私をそんな彼と較べること自体あまり意味がないのですが、それでも「自分はこのままでいいんだろうか」という小さな問いを頭の隅に芽生えさせるには、充分な衝撃でした。

ここは実力社会。組織内での地位は、年齢とほとんど関係ありません。能力と経験、そして人脈が物を言うのです。私は通勤の車内で毎日ケヴィンと話しながら、この国で長期的に安定した職を維持する方法は何か、という疑問にずっと自問自答していました。そして、実績を積みつつ人脈を広げること以外には、「資格を取ること」しかない、という結論に達していました。私にとって最短距離にある資格といえば、プロフェッショナルエンジニア(PE)。クラウディオもマイクもグレッグも、そしてケヴィンもPE。クラウディオが就任間もない頃、
「私の名前で外部に文書を出す時は、氏名の後に必ずPEとつけてくれ。」
と私に指示したこともありました。

ケヴィンによれば、PEは医者や弁護士と同格で、この資格ひとつで報酬は段違い。またこの資格がないと、たとえMBA保持者でもエンジニアリング系の仕事で決裁権のあるポジションにはつけないそうです。
「どうしてケヴィンは、僕にPEを取れって一度も勧めないの?」
この仕事を始めて数ヵ月経った頃、彼に疑問をぶつけたことがありました。
「俺自身、PEの仕事に嫌気がさしてるからだよ。シンスケはこれから、エンジニアとしてやって行くつもりなのか?違うだろ?はるばる日本からやって来てMBAを取ったのは、技術屋になるためじゃないよな。」
「そりゃそうだよ。でもね、今のままじゃジリ貧だよ。実力をつけて人脈を広げるのには時間がかかる。気づいた時にはもう白髪のお爺さんだよ。手っ取り早い打開策は、資格しかないじゃない。」
これにはケヴィンも黙ってしまいました。
「確かに、持ってる俺がそんなもの要らないって言っても、説得力無いよな。」

PEの資格を取るためには、まずEngineering In Training(EIT)という試験にパスしなければなりません。将来自分が技術者としてやっていくかどうかはともかく、ステップアップのための武器を手に入れるチャンスがあるのだから、やるしかない。年明けから試験勉強を開始し、4月に受験。そして7月1日にEITの合格通知が届きました。さあ、あとは翌年4月のPE受験に向けて猛勉強です。今回グレッグの年齢を知ったことで、そのやる気に拍車がかかったことは言うまでもありません。

2010年9月3日金曜日

Housekeeping Issues 諸々の注意事項

先日受けた外部トレーニングで、教師のロンが

Let’s take care of housekeeping issues first.

と言った後、トイレや非常口の場所、ランチの注文の仕方、終了予定時刻などを説明しました。この housekeeping issues というのは、外部の会議やらトレーニングやらに参加した際に良く聞く表現。不慣れな場所でのイベントでは、参加者が戸惑わないよう事前にきちんと説明をしておくことが重要です。今日の午後、同僚のラリーに確認した結果、「モロモロの注意事項」が一番近い和訳だと思いました(他に良い日本語が思いつかない)。ラリーが言います。
「この表現はわりと最近出来たものだと思うよ。コンピュータ用語から始まったんじゃないかな。ほら、コンピュータを快適に動かすためにやっておかなきゃいけないこと(デフラグとか?)ってあるだろ。それを housekeeping と誰かが言ったのが起源だと思うよ。」

Housekeeping の本来の意味は「家事」で、この言葉自体はちっともクールじゃありません。でも、ぴったりの状況で housekeeping issues という表現を上手に使えるのは、とってもクールだと思います。

2010年9月1日水曜日

Gun-Shy 用心深い

会社のミーティングで、こんなセリフを聞きました。

He was gun-shy about 〇〇〇.
彼は用心深く、〇〇〇をやろうとしなかった。

このGun-shy の語源はよく分からないのですが、「弱気な」とか「用心深い」とかいう意味。Yourdictionary.comによると、過去の経験に懲りて過度に用心深くなる、というニュアンスがあるようです。思わず、日本語の「あつものに懲りてなますを吹く」を連想しましたね。

今年の正月休み、8歳の息子が雑煮で舌を軽くヤケドした後、なますを吹いているのを目撃しました。こんな古臭い慣用句を現実にやってしまう人間がいるとは!

しばらく笑いが止まりませんでした。