2012年8月17日金曜日

We should be more zen. もっと禅にならなきゃ(?)

昨日から、ダウンタウン・サンディエゴ支社のプロジェクト立ち上げを手伝っています。担当のトリーナという女性社員はこの分野の経験が浅く、予算策定に四苦八苦。今朝も2時間くらいかけて手取り足取り教えているうちに、プロジェクトの利益率があまり芳しくないことに気づきました。昼前、別件でテリーと打ち合わせした後、この件について報告したところ、

「知ってるわ。このクライアントに対してはそれがギリギリなのよ。それ以上高い利益率を前提に見積もってたら、今回の仕事は獲れなかったでしょうね。」
と観念顔。

「そういえば昨日、ミケーラから支社のBreak-even point(損益分岐点)引き上げの情報が来てたけど、受け取った?」
「なにそれ、知らないわ。ま、知ってたとしても、このプロジェクトに関してはどうもしようがないわよ。既に限界ギリギリの利益率なんだし、今から改善しろって言われたって何も出来ないわ。それに十月には組織の大改変があるでしょ。支社が今使ってる数字なんて全く無意味になると思うわ。」

テリーはそうまくしたてた後、こんな言葉で締め括りました。
“I’ll go zen with that.”
「私はゼンで行くわ。」

え?何だって?ゼンというのは「禅」のことだろうというのはすぐに察しがついたのですが、意味が今ひとつ分からない。さっそく彼女に説明を求めます。
「心を平静にして、雑事に惑わされないようにするって言いたかったのよ。」

と笑いながら解説してくれるテリーでした。
一旦席に戻ってから、確認のため同僚ステヴにも尋ねました。

Go zenか。その表現は初耳だな。テリー独特のひねりだと思うよ。大体、zen という落ち着きのある単語に、勢いのあるgo という言葉をつけること自体、ユーモラスだもんね。」
「やっぱりね。テリーっぽいなあ。彼女、言葉遊びが得意なんだよね。でもさ、他の人が似たフレーズ使うのも聞いたことがあるんだよね。なんて言ってたか具体的には思い出せないんだけど。君だったらこの単語、どう使う?」

「そうだなあ。」
数秒考えてから、彼がこう言いました。

“We should be more zen about that.”
「そのことについてはもっとゼンになった方がいいね。」

要は、「あまり動揺せずに落ち着いて行こうぜ」ってことでしょう。
「アメリカ人ってさ、禅に対する理解がものすごく浅いくせに、臆面も無くそういうフレーズを使うんだよね。」

とステヴ。人類学者であり、日本への留学経験もある彼は、アメリカ人のそういう軽薄さを恥じている様子。私はそこで慌てて会話を切り上げました。自分は日本人だけど、「禅」のことなんかぜ~んぜん分かりません。このまま深い話にもつれこんだら、こっちが恥かいちゃうよ。

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