「シンスケ、リックの部屋で話がしたいんだけど、時間いいか?」
とクリス。
さっそく、上司・部下三者会談が始まります。テーマは、品質管理部門長のポスト。私の同意を待たずにメール上でどんどん進められていた件を、直々に打診して来た、というわけ。
「君と直接話もしないで勝手に進行させて悪かったが、この件は既にジョエル(クリスのボス)も承認済みなんだ。」
「あ、もうそこまで進んでいるんですか。」
「マネジャー会議でも、これは君にぴったりの仕事だという点で満場一致だった。プロジェクトマネジメントに関する知識の豊富さは言うまでもないが、ここの連中のことをひとりひとり良く知っていて、皆からの信頼が厚いというのがその理由だ。これは、若い社員にポンと任せられるような仕事じゃないんだ。」
ボスのリックを振り返ると、クリスの言葉に深く頷いています。
「君はこれまでずっと一匹狼だったろう。このポジションに座れば、三人の部下が出来るんだ。まあ、人事部の書類上は正式な部下ではないがな(うちの組織はマトリクス方式なので、人事部的には直属でなくても、仕事内容によって上司・部下の関係を持てます)。実質的な業務はこの三人がする。君はそれを管理するだけだ。だからそれほど時間は使わないで済むはずだ。しかし同時にこれは、君の今後のキャリアにとって大きなプラスになると思う。」
クリスは例によって持ち前のスーパー語彙力を駆使し、表現を変えて何度も何度も「いかに君が適任で、しかもこれが君のためになるポストであるか。」を力説しました。
「分かりました。お受けします。」
とうとう口説き落とされた形の私。
「十月には大きな組織改変がある。僕は今、暫定支社長とこの品質管理部門長を兼務してるけど、新組織では新しい役割を与えられる可能性が高い。それまでには正式な担当を決めたかったんだ。君に引き継げればひと安心だ。」
クリスは笑顔になり、
「同じ話を何度も繰り返し聞かせてすまんな。」
と言いました。
「自己弁護するようだけど、モノの本によれば、同じメッセージを繰り返し伝えることはリーダーが部下たちに方向を示すための最適な手段だというからな。」
これには全面的に賛成です。広告のように、何度も同じメッセージを繰り返すことでしか頭に入らない概念もあると思います。私がそう言って同意を示したところ、クリスがこう返します。
“Well, you and I are not married.”
「ま、君と僕は夫婦じゃないからな。」
へ?どういうこと?
「うちのワイフに聞いてみればわかるよ。彼女は僕のこの性癖にうんざりしてるんだ。」
リックと三人、大笑いで会議を終えました。
その翌日、組織改変のあらましが発表されました。なんとクリスは、北米西部数州を統括するポジションに異例のスピード昇進です。南カリフォルニア地域の長だったジョエルも、北米中部十州の長に。大ボスたちの目を見張る出世ぶりに、大興奮する私。
「弱肉強食のアメリカ企業でクビにもならず10年近く仕事してる」という事実に満足し、将来のことをそれほど真剣に考えて来なかった私も、既に立派な中年です。今後もスペシャリストに徹して気ままに生きるのか、それとも管理職を務めて組織人として生きるのか、という選択がいつの間にか目の前に迫って来ていたのですね。
そういえば、昔読んだ漫画「課長島耕作」にもこんな状況があったっけ。醜い派閥闘争に巻き込まれるのはごめんだ、自分は一匹狼として気楽に生きて行くんだ、と主張する島に、いつまでも青臭いことを言ってるんじゃない、と諭すライバル。尊敬する上司はごぼう抜きの出世を果たして行く。上層部は否応なしに組織の論理を押し付け、時に彼を潰そうとする。さあどうする島?って展開。そんなピンチが訪れる度に、銀座のクラブのママとか若い愛人社員とかが彼を窮地から救い出して…。
束の間、島耕作に自分を重ねて妄想してみる私でした。
よくわからないけど、シンスケを含めてみな偉くなったということだね。おめでとう!
返信削除スペシャリストでもゼネラリストでもない「会社員」として、はて、今後どうしたものかね・・・。新橋の飲み屋ならスペシャリストなんだが・・・。
ありがとう。
返信削除つまみの滅法ウマい、完全禁煙の飲み屋を見つけておいてね。