30年近く前のこと。東京での学生時代、研究室でレポートを書いていたら、先輩のSさんがふらりとやって来て、やぶからぼうにこう言いました。
「ワムじゃないって知ってた?」
あっけに取られて彼の顔を見つめていたら、もう一度同じ質問を繰り返されました。
「え?どういうことですか?」
「ほら、あの売れてるグループあるじゃない。あの人たちの名前、本当はワムじゃないって知ってた?」
Wham! は当時大人気のデュオ。出す曲出す曲、面白いようにチャート入りし、まさに人気絶頂だったんです。さてはイギリスのタブロイド紙あたりにスクープ記事でも出たかな…?
「いえ、知りませんけど…。」
「本当の名前はね。」
ここで先輩は少し気を持たせるように黙ってから、微妙にキザな表情を作ってこう言いました。
「ウェ~ム!、なんだよ。」
これにはズッコケましたね。要するに、きちんと英語風の発音をすれば「ワム」にはならない、という意味なのです。実に他愛も無い会話だったのですが、この時のことは長く記憶に残りました。確かにこの “AM” の入った英単語は、「アム」じゃなくて「エム」と発音しないと通じないことが多かったので。
さて話は変わりますが、先週今週と、鬼のような忙しさが続いています。アウトルックのインボックスに、待った無しの仕事が分刻みでジャカスカ飛び込んで来る。瞬時に優先順位を再調整し、上からバサバサ片付けて行くのですが、入ってくる方が処理する量をはるかに上回っており、もうアップアップ。夕方エネルギーが切れかかった頃、同僚ヴァレリー(ヴァルと呼ばれてる)からメールが届きます。
「先週話した件、やってくれた?」
あいたた…。彼女のプロジェクト、後回しにしてた。でも今から取り組んだらあと二時間は帰れないぞ…。仕方ない、ここは謝っちゃおう。
“Sorry Val, I’ve been swamped.”
「ごめんヴァル、ここんとこ大忙しなんだ。」
そう返信してから、ふと数年前の出来事が蘇りました。
まだロングビーチ支社に勤めていた頃、オフィスをシェアしていた同僚デニスに、この “Swamped” を使って話をしたことがありました。Swamp という単語は、名詞では「沼地」とか「湿地」という意味。これが動詞になると「水浸しにする」となり、過去分詞になると「水浸しの」とか「沈んでる」という意味になります。メールで仕事の催促をした際、大勢の人から “I’m swamped” という言い訳が返って来たので、これは「忙殺されてる」という意味のフレーズなんだな、とちょうど学んだところだったのです。
ところがデニスは、私が何度この単語を繰り返しても理解出来ない様子で、
「綴りを言ってみてよ。」
と困り顔。
「S.W.A.M.P だよ。」
と答えると、
「ああ、スワンプのことね。」
とようやく納得。え?さっきからそう言ってたじゃん、とイラつきながらふと気付いたのですが、私はこれをずっと「スウェンプ」と発音していたのです。だってAM は「エム」でしょ! Ramp もStampもPamphletも、AM の部分はみんな「エム」と発音するじゃん。
ところが後で辞書を引いてみたところ、確かに Swamp に限っては「スワンプ」と発音するのです。え~?なんで~??そんな変則ルール、ついて行けないよ!まあそれより何より、母音の発音が微妙に違うというだけで、会話が全く成立しないということがショックでした。こういう手合いはもう、辛抱強くひとつずつ憶えて行くしかなさそうです。
そんなわけで、近くに英語学習者がいたら、こんなクイズで不意打ちをかけるのも良いでしょう。
「スウェンプじゃないって知ってた?」
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