映画史に燦然と輝く不朽の名作、「カサブランカ」をDVDで観ました。英語字幕が出るようにセットしたせいか、字面ばかり追ってしまい、中身を深く鑑賞出来たとはとても言えない中途半端な心境でエンドタイトルを迎えました。
ハンフリー・ボガード演じるリックがイルザ役のイングリッド・バーグマンを見つめ、
“Here’s looking at you, kid.”
と呟くシーンが三回ほどあるのですが、日本語字幕で「君の瞳に乾杯」と訳されていることは、あまりにも有名。こちらも映画字幕史上に燦然と輝く「不朽の名訳」と謳われているのですが、どうも腑に落ちません。バーグマンを見つめているのは確かだけど、「瞳」なんて単語は使われていないし、「乾杯」してない場面(最後の飛行場シーン)でも同じセリフを吐いているのです。これってもしかして意図的な誤訳じゃないの?という疑いが俄かに頭をもたげて来ました。それにラストの「キッド」って、子供を指す単語でしょ。なんで立派な大人に向かってそんなこと言うわけ?
さて、昨日と今日はオレンジ支社に出張。熟練PMのエリックと会ったので、このセリフの真の意味を説明してくれと頼みました。
“To be honest with you, I have
never quite understood the phrase.”
「正直言って、そのセリフの意味を完全には理解出来てないんだよね。」え?そうなの?私が日本語字幕を逆英訳して聞かせたところ、
「かなり近いんじゃないかな。それはなかなかの翻訳だと思うよ。」
と感心したように言います。う~む。理解出来ないと言いながら、この「名訳」に対しては肯定的なコメント。どう判断すればいいんだろう?と、そこへちょうどボスのリックが通りかかったので、エリックが、
「彼に聞いてみたらどう?名前がリックで主人公と同じだから、ちゃんと答えられるんじゃない?」
と、またまたいい加減なことを言います。気を取り直し、リックに尋ねてみました。
「う~ん、それは難しい質問だなあ。そのまんまの意味だから、説明しろと言われてもねえ。」
え?そのまんま?じゃあ思ってたほど複雑なフレーズでは無いんだ…。
「Here’s
というのは、これから何か始まるとかしようとしていることを示唆していて、一般的には何かを賛美したり乾杯したりする際に使われるんだよ。Here’s
to your success. (君の成功に乾杯)とかね。」
「でもこの場合はto
じゃないし、しかもlooking at you (君を見ている)という、自分の行為が対象なわけですよね。おかしくないですか?」「そこが映画特有のひねりなんだよ。Here’s to your beauty. (君の美しさに乾杯)じゃ、当たり前過ぎて映画のセリフとしては失格でしょ。君の美しさに見とれてる、という現象に対して乾杯する、それが名ゼリフの名ゼリフたる所以なわけだ。シナリオ・ライターはこういう決めゼリフを、それこそ何日も苦しんだ末に産み出すんだな。」
「じゃ、キッドはどうです?成人した女性にこんな呼称を使って大丈夫なんですか?」
「今の時代にそんなこと言う人は誰もいないと思うけど、あの当時は男性上位だったでしょ。しかも主人公はハードボイルドで男っぽいし。でもね、その頃はキッドという言葉に、特に見下した意味合いは無かったんだよ。ダーリンとかスイートハートとかと同列だと思うな。ただ、あのリックの口から出るとしたら、キッドしかないね。」「日本語字幕では瞳に乾杯、と訳されてますが、これはどうです?」
「いいんじゃない?女性を見つめるとしたらやっぱり瞳だからね。」
な~るほど。そうすると、「君の瞳に乾杯」というのはやっぱり名訳だったのですね。
「ちなみに、このセリフを使ったことってありますか?」
「いやあ、それは無いね。完全に映画のセリフだし。しかも誰でも知ってる名画から来ているでしょ。もしも実生活で使ったら、何かその先に別の意図があるんじゃないかって勘ぐられるだろうね。ウケようと思ってるのかしら、とかね。」
なるほど、映画特有というか、「せりふ」なんだね。
返信削除別宮さだのり(だったかな?)という人の、「誤訳、迷訳、欠陥翻訳」という本を予備校時代に読んだけど、その当時ですら、「確かに間違いだな」と思った記憶があります。
でも、これは本当の名ゼリフに、名訳ということなんだね。
プロの翻訳家をナメちゃいけないね。
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