2013年2月17日日曜日

Corner Office 角部屋オフィス

先日、同僚のトリナを横に座らせてコスト予測の方法論を教えていたところ、突然彼女の両目が潤み始めました。え?どして?なんか変なこと言ったかな?と戸惑っていたら、涙が頬を静かに伝わり落ちました。少し落ち着くのを待って理由を尋ねたところ、

「こんなに頑張ってるのに誰からも感謝されないばかりか、時間をかけ過ぎだって小言を言われるの。」
彼女がサポートしているプロジェクトは、請求書の様式に関するクライアントからの要求が異常に細かい他、財務上の制約が多いため、コスト管理のためのデータ処理が複雑なのです。私がやっちゃえば一時間で済むことも、データ扱いに不慣れなトリナは四、五時間かけてしまう。元々これは彼女の得意分野じゃないのですが、他に人手がないので仕方なくやらされている、というのが実態。

「毎日のサービス残業に加え、土日まで使ってただ働きしてるのよ。それでも厭味を聞かされるなら、一体私にどうしろって言うのかしら?」
ここのところ、同僚達がほぼ漏れなく疲労困憊状態に陥っています。情け容赦ない人員整理の結果、ひとりひとりの社員が複数の役割を掛け持ちし、極限ギリギリまで働く体勢が定着してしまいました。廊下で立ち止まって無駄話をしたり、誰かと一緒に一時間ランチに出かける、なんて機会もぐっと減りました。

皮肉なことに、会社の株価は破竹の上昇を続けております。上層部はホクホクでしょうが、前線に立つ者たちは燃え尽き症候群の一歩手前。同僚シェリルと会った時も、嫌気のさした笑顔でこう言いました。
「成果品のクオリティは間違いなく落ちてるわ。レビューをする連中だって、かけられる時間が3分くらいしかなかったりするでしょ。技術屋のプライドなんかとっくに吹っ飛んじゃってるわよ。B級品だと分かってる成果品を提出したい人なんて誰もいないけど、締め切りに間に合わせるのが精一杯な状況でしょ。皆もう諦めちゃってるのよね。」

かく言う私も、ちょっとヤバイ状態です。「頼まれたらノーと言わない」ことを信条にしていたのですが、もうとてもそんな余裕は無い。可能な限り依頼を断るようにしています。先日、部屋の前を通りかかった同僚リチャードを呼び止め、調子どう?と尋ねたところ、彼も超多忙だと答えました。みな同じだね、と笑い、
「仕事が無いよりよっぽどいいけど、こんなのがずっと続くかと思うと正直キツいよ。」

とこぼす私。
「会社としては、イヤなら辞めてもらって結構ってところだろうね。景気がこう悪くちゃ転職も容易じゃないのは承知してるだろうし。実際、隣の芝生は青い(Grass is greener on the other side of the fence)ってヤツで、他にもっと良い条件の仕事があるかどうかだって怪しいよ。」

とリチャード。
「ま、結論としては、置かれた状況に感謝して生きよ、ってことだよね。自分がいかに恵まれているかを思い返せば、辛いことも乗り切れる。自分には健康な身体があり、素晴らしい家族がいて、…。」

冗談めかす私を遮り、リチャードがこう言います。
「平均的な社員と較べても、シンスケはすごく幸せなポジションにいると思うよ。」

「え?そうなの?」
「そうだよ。成功してるって言ってもいいんじゃないかな。コーナーオフィスで働いてるし(“You have a corner office.”)」

私は思わず大笑いし、そうだそうだ、僕はシアワセだ、元気付けてくれて有難う、と会話を締めくくりました。

しかしその後、この言葉がだんだん気になり始めます。コーナーオフィス?角部屋?確かに私の部屋は建物の角部分にあります。
“I have a corner office.”
「コーナーオフィスで働いてる。」

これが出世している社員を指す表現であることは知っていました。角部屋には大抵大きな窓があるため、何かお偉いさん的な風格があるようなのです。でも、どう考えても私はそんな大物じゃない。第一、私の部屋は総務の人からあてがわれたものだし、隣の会議室の給湯スペースを押し込まれた結果いびつな台形になっていて、他のどの部屋に較べてもずっと小さく不恰好なのです。特別なステータスを感じたことなど一度もありません。リチャードがどういうつもりであんなことを言ったのか解せなかったので、数分後に彼を訪ねました。
「あのさ、さっきのコーナーオフィスってさ、あれジョークで言ったんだよね?」

すると彼が真面目な表情で、
「なんで?だって本当にコーナーオフィスでしょ。」

と答えました。しばらく待ったのですが、「なんちゃってね」というセリフが出てきません。冗談なのか本気なのか、結局分からないまま彼のオフィスを後にする私でした。

アメリカ人の同僚に、「あいつは出世街道を突き進むエリート社員だ」と思われているかもしれない。このことを考えて、暫く角部屋でニヤつく私でした。

4 件のコメント:

  1. 日本企業がさんざん言われている「グローバル化」。ドライな働き手が涙するような環境に近づいていくことが、グローバル化なんだと認識しています。
    一方、コーナーにいて、ニヤつく余裕?があればそりゃもう、天下を取ったと同じことだね。いいぞ!イケイケ、シンスケ。

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  2. 上場している以上、株主に対して経営努力の成果を出さないといけないのは承知しているけれど、社員を不幸にしてしまっては先が無いよね。僕は日本で激務を経験しているので、実は言うほどコタエテナイ。まだまだイケまっせ!

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  3. 「若い時の苦労は買ってでもしろ」とはよく言うケド、結局体力がある時に”判断力”とか”こなす能力”とか”忍耐力”とかの限界値を見極めておくのは大事なんだナ・・・ってことはオジさんになってから気づいたりするんだよね。最近ではネットでのこんな記事にフムフムと頷いていたりする。
    http://toyokeizai.net/articles/-/12808?page=4

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  4. ありがとう。記事読みました。若者にワークライフバランスなんていらない。同感!

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