2017年7月1日土曜日

Complete waste of time 完全な時間の無駄

水曜の朝、PMのアンジェラからメールが入ります。今朝は話せるから携帯に電話ちょうだい、と。前日に私が何通も送りつけたメールには、終日ミーティングなので明日まで待ってくれ、という返事をもらっていたのです。一夜明けてようやく身体が空いた、というわけ。

「Sからのテキスト、読んだでしょ。どうする?」

と私。火曜日にデンバーのSから、

「P氏とR氏から、アンジェラのプロジェクトのヘルプに行くように頼まれたんだけど、今週話す時間ある?」

とメッセージが入ったので、

「前半はスケジュールびっしりだけど後半はまだ空きがある。」

と答えました。このやりとりをメールに貼りつけて、アンジェラに送ってあったのです。

先週金曜に彼女の巨大プロジェクトのレビューがあり、西海岸トップのP氏とその右腕R氏から、アーンドバリュー・マネジメントをしっかりやれ、というお達しを頂きました。実際その件は私がしっかり片付けてあって、事前に送ってあった資料にも含まれていました。多忙なトップ二人はそれに気づかなかったのでしょう。その件はシンスケがちゃんとやってますよ、とアンジェラが答えたのですが、R氏はP氏に対し、自分のチームがヘルプ出来る、と主張。そのまま電話会議が終了したのです。

R氏のこういう言動には、もう驚かなくなりました。自分のチームから誰かを送り込んで手柄を立てたい、というのは理解出来る心理です。問題は、私が過去六カ月もサポートしているという事実を知りながら、「このプロジェクトは俺のチームの指導を受ける必要がある」と決めてかかる態度。白羽の矢が立ったSはその背景をあまり知らず、ただ「サンディエゴに行って来い」と頼まれたようなのです。

「まったく失礼しちゃうわよね。資料をろくに読みもせず、お前たちには助けが必要だなんて。Sには来る必要ないって私から言うわ。PとRにも電話入れておく。」

今どこにいるの?と尋ねる私に、今日は家で仕事することにしたの、とアンジェラ。電話を切って十分後、彼女からメールが入ります。

“That guy is in your parking lot! Don’t talk with him till I get there. I’ll get there in 40 minutes.”
「その人、もうそこの駐車場にいるんだって!私が到着するまで口きかないで。40分で行くから。」

デンバーのSは、「シンスケは週の後半に空きがある」という情報だけをベースに、具体的なアポも取らずに乗り込んで来たのです。ショルダーバッグを肩に提げ、遠くのビジター用オフィスに入っていく彼を視界の隅におさめつつ、私は仕事に没頭。暫くしてやってきたアンジェラ。

「まったく、無礼極まりないわ。大体、なんでPMの私じゃなくてシンスケにコンタクトするのよ!」

と憤りも露わな彼女をなだめてから、Sのところに連れて行って引き合わせます。自己紹介とプロジェクト概要の説明が終わるのを見届け、二人を残して席に戻る私。一時間後、アンジェラとSとの三者会議になりました。そして、アーンドバリューマネジメントは既に私が作ったツールで充分まかなえていて、彼の助けは一切不要である、ということを確認。

“It’s a complete waste of time!”
「完全な時間の無駄よね!」

Sが退室してビジターオフィスに戻るのを見送ってから、アンジェラが溜息をつきます。

「ま、これでさすがにトップの二人も安心するでしょ。専門家にわざわざお出まし願って確認したんだからさ。我々がきちんと仕事してるって納得してもらうためには、きっと避けて通れないプロセスだったんだよ。」

世の中に、無駄な経験などひとつも無い。これが私の持論です。その時には分からなくても、いつか、「ああ、あの時ああいうことがあって本当に良かった!」と膝を打つ日がきっとやって来る。Sから報告を聞いたP氏とR氏は、今後は干渉を控えるだろう。我々もこれでようやくプロジェクトに集中出来る。Sだって、この出張のお蔭で快適なサンディエゴの夏を楽しめるじゃないか、と。

翌朝、シャノンが首を振り振り現れました。前日はJury Duty(陪審員のお勤め)で、一日オフィスを空けていたのです。お帰り、早かったね、と労うと、

“It was a complete waste of time!”
「完全な時間の無駄だったわ!」

と忌々し気に唸ります。朝からかなりの長時間待たされた挙句、検察側と弁護側が40人の陪審員候補者から12名を選抜するのに四時間もかかった。裁判自体は三十分も続かず、証拠不十分で告訴取り下げ、というお粗末なエンディング。

「賃貸物件のオーナーが、器物破損の疑いで住民の一人を訴えた事件なんだけど、そもそも目撃証人すらいないの。」

シャノンはご主人と一緒に賃貸ビジネスを営んでいるので、この種の事件には私情を挟む余地があります。だからそもそも陪審員席に名を連ねるべきではないのですが、

「選抜の時に質問されなかったのよ。そこ、一番大事なポイントのはずでしょ!」

検察側の担当者はいかにも新米の若い女性で、ふるいにかけられた陪審員の番号がどんどん更新されていくのに手元のメモが追い付かず、もたもたし通しだった。おまけに、選ばれた陪審員のひとりがやぶからぼうに娘との深刻な諍いについて話し始め、法廷が彼女の悩み相談会みたいになっちゃったのだと。

「途中でふと我に返って、なんで私ここにいるのよぉ!?って叫びたくなっちゃった。」

「ま、早く済んで良かったじゃん。」

一週間程度釘付けになるのが常だという、陪審員のお勤め。たった一日でお役御免になったのですから、これはもっけの幸いと言っても良いんじゃないか。しかも、これで当分お鉢が回って来ないでしょ、と私。そうね、そう考えれば確かにラッキーかもね、と納得するシャノンでした。

金曜の午後2時頃、Sが私の席にやって来ました。これから空港へ向かい、デンバー行きの飛行機に乗ると言います。そう、結局三日間サンディエゴに滞在したにもかかわらず、ビジター用オフィスで当初の目的以外の仕事をして過ごした彼。

「ビーチとかダウンタウンに行く時間あった?」

せめて何か今回の出張で得るものがあったら、と思って尋ねると、いや、仕事以外はずっとホテルにいたよ、と彼。えっ、そうなの?勿体ない。天気も良かったのに…。ところが当のSには、私のそんな気遣いが全く伝わっていない様子。そしてちょっと躊躇った後、彼がこんなことを打ち明けました。

「実は最近、プレシャス・メタルの投資にハマっててね。世間ではあまり注目されてないんだけど、かなり将来性があると踏んでるんだ。膨大な量のリサーチが必要で、それで今回もホテルに缶詰めさ。でもそのお蔭ですごく集中出来たよ。過去数千ドルの投資が、昨日の時点で6桁(十万ドル単位という意味)のリターンになってる。悪くないよね。」

「世の中に無駄な経験など無い」などというレベルを、遥かに超えて来たS。さすがにそこまでは予想してなかったぜ~。


2 件のコメント:

  1. Paper gainですね。Here now, gone tomorrowになるかも。

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  2. そのへんは心得ているようで、小遣いの範囲で楽しんでいると言ってました。大いなる時間の無駄だった、という結末にはならなさそうです。

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