昨日のランチタイムは、海辺のカジュアル・レストラン「クレーム・ジャンパー」へ。かれこれ5年の付き合いになる29歳の同僚キャロリンの送別会に、古くからの仲間が8人ほど集まりました。彼女は東海岸の某一流工科大学院で物理学と土木工学を修めた秀才ですが、その賢さを一切ひけらかすことなく、物腰柔らかな白人女性。クライアントへの満足度調査では常にパーフェクト・スコアを叩き出す(異例中の異例)、押しも押されぬスター選手でした。
「シンスケからは沢山のことを学んだわ。今まで本当に有難う!」
眼鏡のレンズを通し、真摯な眼差しで別れを惜しむ彼女。そうだ、この目だ。相手の言葉が含有する栄養素を一滴漏らさず吸い取ろうという、静かな集中力が嫌でも伝わって来ます。こういう人って、きっと転職の勧誘が後を絶たないんだろうな。
「今度の会社では、自分の部屋をもらえるの?」
と総務のヘザー。照れながらこくりと頷くキャロリンを見て、
「あたし達だって部屋はあるのよね。同居人が何十人もいるけどさ。」
と怒ったような表情でジョークを飛ばすヘザー。この日の送別会に出席したメンバーのほとんどが、4年前に現在のオープンオフィスへ引っ越して来るまでは、それぞれ個室を与えられていたのでした。この発言で、昔話に火が付きます。ベテラン受付嬢ヴィッキーが、前のオフィスの一角をシェアしていた建設会社の男たちとのやり取りを懐かしそうに語ります。中に一人、電話だろうが対面だろうが、四六時中大声を張り上げて喋る男がいて、廊下の端まで汚い声が響いていた、と。
「僕も一度、予約してた会議室を使おうと思って入ったら前のミーティングがまだ終わってなくて、彼等の議論を聞いちゃったことがあるんだ。ものすごいカスワード(Curse Word)の応酬で、思わず吹き出しちゃったよ。」
と私。カスワードとは、FやBで始まるいわゆる放送禁止用語のこと。文章の要所要所に組み込むと、びっくりするほど彩豊かな仕上がりになるので、工事屋の荒くれ野郎どもが好んで使うのですね。
「あたしも建設畑が長かったから、そっちの方が楽になっちゃったクチよ。」
とヘザー。この時、今日の主役のはずなのにただただ聞き役に徹していたキャロリンに気付いた私。
「あのさキャロリン、君はカスワードを使ったことってあるの?」
この不意打ちに、さっと顔を赤らめるキャロリン。皆が注目する中、俯き加減で微笑みながら、無言で首を振ります。
「え~っ?一度も無いの?生まれてこの方?」
と皆に追い込まれ、更に紅潮する彼女。
ランチが終わり、皆でぞろぞろと職場に戻る道すがら、キャロリンから近況を聞かれました。うちのグループは日に日に忙しさが増していて、また新たに人を雇おうとしてるんだよ、と私。そう、過去三週間で既に五人と面接をして来たのですが、未だに採用決定者が出ていません。
「そういえば、水曜日に一人面接した時、ちょっと気になったことがあるんだ。君にも意見を聞きたいな。」
面接の相手は、特大つけ睫毛が印象的な、大学を出て二年の痩せた東洋系女性。
「彼女、終始リラックスした様子でさ、我々面接官に向かって、五回くらいYou guysって言ったんだ。それってちょっとカジュアル過ぎやしないか?と思ってね。」
これから上司になるかもしれない相手に対し、「ユーガイズ(あなたたち)は」ってのはどうなのよ?と。日本人の常識に照らせば一発不合格レベルの不適切さであることに疑いは無いんだけど(「御社は」が正解だと思います)、もちろんここは、敬語不要の国。日本育ちである私の常識を適用すべきかどうか、悩ましいところです。さっそく、うちのグループメンバー達の意見を聞いてみることにしました。
一緒に面接官を務めたシャノンは、
「う~ん、私は聞き流しちゃったな。娘の友達とかで慣れちゃってるのかも。」
ベトナム出身のカンチーは、
「私達アジア出身者に共通する価値観かもしれませんが、私もちょっと不快感を覚えますね。相手に対する敬意が感じられないですもん。」
今年の初めに採用した、白人青年のアンドリュー。
「ユーガイズなんて、今の若者だったら誰でも普通に使いますよ。世代によって受け止め方が違うんじゃないですか。うちの親父もシンスケと同じ反応するかも。」
まあ確かに、単に「ジジイが若者言葉に目くじら立てている図」とも呼べる状況。特に最近は、若いアンドリューからオヤジ扱いされてる気がします。こないだもある会議で、大ボスのテリーがMe, too(ミー・トゥー)と誰かの発言に同意し、これにヘザーがMe,
three(ミー・スリー)とおちゃらけたのがツボにはまり、いつまでもクスクス笑っていたら、そんな古臭い掛け合いで喜んでるなんてつくづくオヤジだなあ、というやや蔑んだ目で見られました。そんなこともあって、今回の出来事に対する自分の判断を強く押し出す自信が無かったのです。
とにかく、2対2の引き分けではどうにもキモチワルイので、もう一人陪審員を加えないと、と思っていました。そこへ、若きエースのキャロリン登場となったのです。
「君はどう思う?このカジュアルさをポジティブに受け止める?」
歩きながら暫く真剣に考えた後、見解を述べるキャロリン。
「その人、緊張を隠そうとしてわざと自然に振る舞おうとしていたのかもしれない。」
「なるほど。その可能性は捨てきれないな。すると、君は気にならないってこと?」
「いえ、やっぱり気になりますね。」
「え?そうなの?なんで?」
「だって、採用面接というフォーマルな場でそれだけ砕けた態度を取る人が、クライアントと会った時にちゃんとスイッチを切り替えられるかどうか不安ですから。」
おお~っ!それそれ!そういうスッキリした解答を待ってたんだよ!見慣れぬ雑草を、根っこのひげまで残さず引っこ抜けた時のような快感。
「これで自信持って採用判断が下せるよ。どうも有難う。」
「どういたしまして。」
はにかみながら赤面するキャロリン。固いハグで、最後のお別れをしました。
そんなわけで、これからアメリカで就職面接を受けようと考えている皆さん、「ユーガイズ」はやはり有害です。
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