アルバカーキ出張初日。クライアントとのキックオフミーティングはつつがなく終了し、支社に戻ってチームとみっちり今後の作戦会議をしました。
窓から遠く見える地平線の山並みと夜空の境界線とがぼやけ始めた頃、PMロバートの案内でイタリアン・レストランScaloへ繰り出します。サクラメント支社のエリックと私は魚介のパスタを注文(なかなかの美味)。デンバー支社のマリアはサラダを注文していました。
食事を終えるとウェイターがやってきて、
「デザートはいかがですか?」
と甘いものを薦めます。チーフエンジニアのトッドがデザートメニューを手に取り、舌なめずりしながらしばらく眺めましたが結局注文しませんでした。辛抱強くそこで待っていたウエイターが、拍子抜けしたように踵を返して立ち去ろうとするのを慌てて止め、私を含めた三人がコーヒーを頼みます。ナプキンで口を拭き拭き、各自の今後の予定を確認し合います。
「私は明日の昼にサクラメントに戻るよ。当初の目的は達したからね。」
と大御所のエリック。相手のPMにプログラム・マネジメントのコンセプトを理解してもらい、わが社の優秀な人材があらゆる角度からお助けできますよというメッセージは伝わった、という意味です。
「私は一応土曜までホテルを予約してますが、もしもクライアントの関係者とのミーティングがセット出来なければ、水曜にでもサンディエゴに帰りますよ。」
と私。
「俺は絶対水曜の晩に帰らなきゃならないんだ。彼女の誕生日が近いんでね。早めに帰って溜まった家事を片づけないと。」
と笑う、デンバー支社のトッド。どこかコメディアンを連想させる、声も体も大きな男です。さらに、おどけたような表情でこう付け足しました。
“I'll
have to earn some brownie points.”
「ブラウニー・ポインツをいくらか稼がないとね。」
ブラウニー?アメリカ人がよく食後に注文する激甘チョコレートケーキのことか?さっきのデザートメニューにそんなの載ってたかな?ブラウニーのポイントって一体何のことだ?
疑問符で頭を一杯にさせていたら、話題はキックオフ・ミーティングでの先方の話しぶりに移りました。大幅な予算削減の煽りで予定していたプロジェクトをいくつも先送りせざるをえなくなった彼らは、我々コンサルタントへの報酬も大胆に削らなければならなかったことを申し訳なさそうに話していたのです。
「こういう時にこそ、少ない予算でも驚くべき成果を上げられるということを証明しなきゃな。」
とPMのロバート。そして、今後いかにクライアントを満足させるかを議論していたさ中、ロバートが誰かの提案に対し、
“That
will give us some brownie points!”
「それでブラウニー・ポインツを稼げるな。」
と笑いながらコメントしました。
お、また出たぞ!ブラウニーのポイントってなんだ?こういうの、聞きにくいんだよな。そんな質問で、折角調子良く回っていた建設的議論の歯車を止めたくないもんなあ。
ロバートが支払いを済ませ、店を出ようと皆で席を立った時、前を歩いていたトッドをつかまえてこっそり尋ねてみました。すると彼は、店全体に響き渡るような大声で説明し始めました。
「え?ブラウニー・ポイント知らないの?エクストラ・ポイントのことだよ。相手から頼まれたわけじゃないのに、喜んでもらえそうなことをこっちからすすんでする時ってあるだろ?それで相手の心証を良くした時、ブラウニー・ポインツを稼いだって言うんだ。」
「それは何となく分かってたけど、ブラウニーってこの場合何なの?」
と私。すると彼はおどけた表情になり、
「それは知らないなあ。ヘイ、ロバート!」
と先頭を歩いていたロバートを呼び止め、意見を求めます。
「ガール・スカウトが語源なんじゃないかな?」
とロバート。え?ガール・スカウトでブラウニー?ますます分からん!疑問は解消されないまま、車に乗って帰途につきました。
ホテルの部屋に戻ってからコンピュータを開き、さっそくネットでサーチ。
語源については諸説あるようなのですが、有力なのが、「ブラウニー」と呼ばれるガール・スカウトの幼年団員のことだ、という説。人が寝静まった頃に現れて家事や家畜の世話をする妖精の名前が「ブラウニー」で、ガール・スカウトの創設に貢献したオレヴ・べーデン・パウエルがこれを借りて命名したそうです。団員達は、頼まれたわけじゃないのに善行をした場合にバッジを貰えるそうで、ここから「ブラウニー・ポイント」が来ているのだ、と。
サンディエゴに戻って同僚マリアにこの話をしたところ、
「純粋に人を思いやるaltruistic
behavior (利他的行為)と決定的に違うのは、何らかの見返りを期待してるという点よ。」
と解説を加えてくれました。
「契約書に書かれていないエクストラのサービスを無償で提供するのだって、初めからその見返りはゼロだって分かってたら誰もやんないでしょ。クライアントを喜ばせることで、次の仕事を我々に任せてくれるかもしれない、という甘い期待があるというところがポイントよね。」
「デザートに食べる甘いブラウニーと、何か関係あるの?」
と私。
「全く関係ないわよ。」
「文脈からしていかにも関係ありそうなのにねえ。紛らわしいよね。」
「そうねえ。しかもそのフレーズ、デザートを注文する時間帯に出たんでしょ?」
「そうなんだよ。余計紛らわしいよねえ。」
そんなわけで、結論。
甘い期待を伴った善行が功を奏する場合、「ブラウニー・ポイントをゲットする」と言います。デザートとは無関係。
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