火曜日の夕方、うちのオフィスビルの三階テラスで、Mixerイベントがありました。三支社が合体して出来た新組織なので、まだまだ知り合うチャンスの無い同僚も沢山います。要らぬ垣根は早いうちに取っ払ってしまおうということで、総務の女性陣が企画したイベントでした。
先週、「自分に関することで、皆にあまり知られていない情報を教えて下さい」という一斉メールがトレイシーから届きます。イベントのゲームに使うから、とのこと。自己紹介については以前苦い思いをしているので、今回はびしっとキメました。
「合気道の黒帯で、趣味は折り紙です。」
さて当日、夕闇迫る会場に若干遅れて到着したところ、ビル群の灯りにほんのり顔を照らされた50人近い同僚たちが、既に談笑しています。手にはビールやワインの小瓶。よく見ると皆何か、コピー用紙のようなものを持っています。何それ?とそこらにいた人たちに尋ねると、「人間ビンゴだよ」と答えます。
飲み物が冷やしてあるケースの横に積まれた紙の束から一枚つまんでみると、縦横四マスずつのマトリックスに短い文章が書かれています。
「腎臓のドナー経験者です。」
「一卵性双生児の兄弟がいます。」
「2月29日生まれの子供がいます。」
「中国で一年間英語を教えたことがあります。」
私の自己紹介文も発見。要は、ひとつひとつ該当する人を探し出してマスを潰していくゲームなのだと。なるほど、それはいい考えだな、と感心しました。ビンゴを口実に、初対面の人に話しかけられるんだから。
陽がすっかり落ちてから、同僚ジェフがやって来ました。
「このビンゴの表に君のプロフィールは入ってる?」
と尋ねると、
「いや、申告しなかったよ。」
という返事。
「なんで?僕は若い頃お店で肉を買ったことがありませんでした、なんて書けたんじゃない?」
ジェフはカナダに住んでいるころ、週末になると猟に出かけ、アーチェリーで仕留めた獲物を捌いて食糧にしていたのです。彼の返答がこれ。
“I don’t want to upset tree huggers.”
「ツリーハガーの気分を害したくないからね。」
このTree Hugger ですが、一般には「環境保護論者」と訳されます。「木に抱き付く人」と直訳すれば、そう受け取られるのも当然ですが、この時のジェフの発言は明らかに皮肉混じり。
ジェフや私が所属していた旧オフィスの社員は大多数がエンジニアで、当然ながら男所帯。一方、元々ダウンタウンにオフィスを構えていた支社は3倍以上の社員数を抱えていて、ほとんどが環境保護の専門家です。しかもその過半数が女性社員。私はこの支社に行くたび、ほんわかした気分になったものです。エンジニアの社員が断定的な、時に攻撃的な物言いを得意とするのに対し、環境部門の人々は概ね「聞き上手」で、しかも笑顔を絶やさない。ジェフの言いたかったのは、統合後の支社の大多数を占める「環境に優しい人々」に、動物をじゃんじゃん殺して食ってたなんて話をしたらどんな目で見られるか分かったもんじゃない、という話ですね。
そんなわけで、私の訳はこれ。
“I don’t want to upset tree huggers.”
「環境オタクらの気分を害したくないからね。」
後でちょっと調べたところ、1730年にインドで起きた事件がこのフレーズの語源だという記事を発見。
王様の宮殿を建造するために木を伐りに来た人たちに対し、アムリタ・デヴィという女性が、この土地の木は伐採を禁じられているはずだと抵抗。木を切られたくなければ賄賂をよこせと言われ、代わりに私の命を取りなさい、と答える。彼らは彼女を斬首。アムリタの三人の娘たちも母にならい、次々に斬首されます。構わず伐採を続ける王の手下どもに対し、村人たちが手を繋ぎ、木々の周りを囲むようにして抵抗。計363名の村人が命を落としたところで、王様が伐採を止めさせた。
本当かどうかは分かりませんが、もしもこれが事実なら、恐ろしい語源です。軽はずみに使っちゃいかんな、と思ったのでした。
さて、ジェフと話をしている最中、エンジニアの若き同僚ジェイソンも加わりました。
「俺も申告しなかったからこれには載ってないよ。シンスケは?」
「この中にあるよ。探してごらん。」
私のマスを探し当てた彼らは、仰天。すかさず私がこう釘を刺します。
「僕にはちょっかい出さない方がいいよ。気づいた時には身体が宙を舞ってるからね。」
後ずさりしながらビビりまくるジェスチャーでおどける、ノリの良いジェフとジェイソン。
「ところでさ、ずっと気になってるプロフィールがあるんだけど、これ、どう思う?」
と私が二人に尋ねます。
“Had a pet turtle named Otto as a child, and released it into a pond.”
「子供の頃、オットーという名のペットの亀を池に放した。」
「他のプロフィールとだいぶ趣が違うでしょ、この文章。ダジャレになってるのかな、と思って。」
と私。ジェフもジェイソンも、顔をしかめて何度も文章を読み返します。
「なぞかけになってるんじゃないかな。」
とジェイソン。
「う~ん、俺には解読出来ないな。なんだろう、この自己紹介?」
とギブアップするジェフ。
そこへ環境部門のピーターがやってきたので、僕のプロフィールを当ててみてよ、と挑んだところ、
「シンスケが日本人だと分かってるだけにちょっとベタ過ぎるけど、合気道のやつ?」
と即答しました。その通り!と笑うと、
「この中で一番クールなプロフィールだね。」
と、優しい笑顔で褒めてくれました。
「で、ピーターのはどれ?」
彼は照れながら、ペットの亀のやつが自分のだ、と言います。
「君だったのか!あのさ、聞きたかったんだけど、これって何かダジャレとかなぞかけになってるの?」
怪訝な顔で首を振るピーター。
「いや、これがそのまんま僕のプロフィールだよ。飼ってた亀を池に放したことがあるって。」
私はあっけにとられ、暫く彼の顔を見つめてしまいました。我々エンジニア軍団は、完全に無駄な深読みをしていたわけです。ピーターはただ、子供の頃の切ない記憶を自己紹介に使っただけだったのですね。
ほんわ~かした気分になりました。
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