2015年1月10日土曜日

Don’t bury your head in the sand! 恐ろしい現実から目を背けるな!

毎週水曜にはオフィスの近所までフードトラックがやって来るという話を聞いたので、さっそく同僚ディックと出かけてみました。細い裏通りの片側車線を通行止めにし、5台くらいのトラックが縦列駐車で営業しています。我々は暫く品定めした後、ニューオーリンズ風の能天気なデザインのトラックを選びました。プレイボーイ誌のグラビアから抜け出たみたいな金髪女性店員が、スリムな赤Tシャツ姿で頭上からサンドイッチを手渡してくれます。オフィスのビルに戻り、三階のオープンテラスに陣取って、お日様を浴びながらランチを楽しむ野郎二人。

新しいオフィスビルに移って約一か月。三支社が統合して一気に社員数が増えたこと、個室ゼロ、おまけに間仕切りが撤廃されてプライバシーが一切無くなったこと、私の席周辺は空調の調節が滅茶苦茶で、スキーヤーみたいな厳冬スタイルを余儀なくされていることなど、職場環境の劇的な変化の話題でひとしきり盛り上がりました。ディックの席は受付から目と鼻の先なので、社外から訪ねて来た人から丸見えです。居留守を使うことはほぼ不可能。これは大誤算だった、と。ディック。

「ま、そのうちこういうのにも慣れて行くんだよね。」

と私。

「そういうば昨日、チームリーダー会議があったんだ。そこでステイシーが、さり気無く爆弾発言をしたんだよ。」

顔を動かさずに、ちらりと隣のテーブルへ目配せするディック。当のステイシーが、ランチを終えて他の同僚達と談笑しています。

「三つの支社が統合した上、来週あたりには去年買収した会社の社員たちもごっそり移ってくる。従来のメンバーだけでチームリーダー会議を続けてて良いものなんだろうかってね。」

「うわぁ、それはどえらい爆弾をぶちこんだね。」

「そうなんだ。俺とあと二人くらいはその疑問に同調したんだけど、残りの大多数は全くの無反応だった。まるで彼女の発言は聞こえなかったとでも言うようにね。これにはイラッとしたよ。大きな変化の波が立て続けに押し寄せてるっていうのに、気付かぬふりをしてるんだよ。」

この時ディックが使ったフレーズが、これ。

“You are burying your head in the sand.”

直訳すれば、「頭を砂に埋めてるんだよ。」ですね。

ちょっと待った、と話を止める私。

「それ、どういう意味?なんで砂なの?」

あはは、と笑うディック。

「本当かどうかはともかく、語源はこうだと思うよ。ダチョウは敵が近づくと、恐怖のあまり顔を砂に埋めてしまうって。幼児が自分の顔を手で覆うのと一緒。自分から見えなければ相手も自分を見えないだろうって発想だね。」

「なるほど。要するに、恐ろしい現実から目を背けるばかりで何も対策を講じないって話だね。」

「その通り。」

「あ、それで思い出した。」

その日の朝一番、同僚ヘザーが訪ねて来たのです。彼女は先月の三支社統合まで、前の支社のオフィス・マネジャーを任されていたのですが、新オフィスではトレイシーにポジションを奪われ、マーケティング部門の見習いみたいな部署に回されたのだと言います。

「これまではずっとオフィス全体を仕切ってたじゃない。それがいきなりの格下げでしょ。打ちのめされたわよ。職があるだけましだって言いたいところだけど、正直かなりこたえたわ。」

彼女の得意部門は、オフィス環境を改善しつつ社員をサポートすることです。それが今度の仕事は、表の作成ばかり。ほとんど誰とも話すことなくコンピュータに向かいます。しかも、することが何も無い手持無沙汰の時間が長く、常に忙しく立ち回って来た彼女にとっては拷問です。しかも、このままではいつ失職するか分かったもんじゃない。過去三週間、鬱々と毎日を送っていたのだと。

「そこへ、シンスケがプロジェクト・コントロール・チームの増員を目論んで動いてるって聞いたの。私にやれることがあるかしら、と思って。」

完璧主義者ヘザーの仕事ぶりには、常々感心していた私。話し合いの結果、チームに加わってもらうことになりました。彼女は顔を輝かせ、何度もお礼を言います。いやいや、感謝したいのはこっちの方だよ、だって僕はここんところ、完全なオーバーワークで青息吐息なんだから。

Chef(シェフ)って映画観た?」

と私。いいえ、と首を振るヘザー。

この作品、私がここ数年鑑賞して来た映画の中では断トツの一位です。人気レストランのトップシェフの座を失ってどん底に陥った中年男が、離婚した妻による「内助の功」で、小さなフードトラックを始めます。同時に、疎遠になっていた10歳の息子との触れ合いも復活。マイアミからニューオーリンズ、オースティン、そしてロサンゼルスまでの道中、美味しい料理を作って人に味わってもらうシンプルな喜びが、抜け殻のようだった彼にじわじわとエネルギーを吹き込んで行きます。仕事に対する愛、友の支え、家族との絆をベースに、男の人生後半戦は大きな歓喜に包まれて行くのです。

「この映画を観てね、何かを失った時って実はチャンスの到来なのかもしれないなって思ったんだ。もしかしたら、君の人生にとっての素晴らしい転機が、今訪れているのかもしれないよ。」

目を潤ませて、大きく頷くヘザー。さっそく金曜の朝一時間半かけて、プロジェクト・セットアップの基本を教えます。懸命にメモを取りながら質問する彼女に、ちょうどロングビーチ支社のマークからセットアップを頼まれていた最新のプロジェクトを任せました。終業時間直前に仕上げてメールして来た彼女に、よく出来てるよ、と褒めた後、二、三の手直しをお願いします。返信は五時半を回っていたので、月曜に仕上げてくれることを期待しながら。

ところが翌土曜日の朝、「修正したわ。もう一回チェックしてくれる?」というメールが届きます。おお、休みなのに仕事してる!

強力なチーム・メンバーが、こうして一人加わったのでした。


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