木曜日は久しぶりにダウンタウン・サンディエゴ支社へ行きました。出社して自分のキュービクルに向かう途中、若い同僚フェリースの背後を通り過ぎようとして、ふと立ち止まります。
「噂を聞いたよ。サンフランシスコに引っ越すんだって?」
そう話しかける私に対し、椅子ごと身体を回転させ、そうなのよ、と悲しそうな笑顔を見せるフェリース。過去8年くらい同居している彼氏がこのほど博士課程を修了し、就職先がサンフランシスコで見つかったのだそうです。それじゃあ一緒に引っ越さなきゃ、と急遽転居を決めたのだと。
「でも君はサンフランシスコ支社に転属出来るんでしょ?良かったじゃない。」
「実はずっと以前から、ラブコールが寄せられてたの。あの支社には私と同じ職種の社員が集中しているのよ。だから向こうでは、今回の決定をすごく喜んでくれてるの。」
エコノミストのフェリースは、経済効果予測を専門にしています。インフラや商業施設の建設が地域にどのような経済効果をもたらすかを調査・分析するのです。スペイン語も堪能な彼女は南米での仕事も多く、頻繁に出張しています。
彼氏のアンドリューも経済専門で、会社のパーティーで何度か会った際、「酒屋の出店規制を緩めると地域にどんな影響が出るか」みたいな話題で盛り上がりました。妻も私もこのカップルをいたく気に入って、一度我が家に招いて食事をしようよと話していたのですが、こっちがぐずぐずしている間にサンディエゴを離れることが決まってしまったのです。
過去数年、会社の体質が「利益第一主義」に変貌していく中、櫛の歯が欠けるように次々と社員が消えて行きました。かつて12人くらいがわさわさ働いていた私の就業エリアにも、今ではステヴ、ジェシカ、レイチェル、ジェイミー、それにフェリースしか残っていません。今回の異動は、フェリースにとってハッピーな出来事。皆でおめでとうを言ったものの、ただでさえ少ない仲間がひとり欠けることで、淋しい思いは隠せません。
その日の午後、そのフェリースが私のキュービクルにやって来ました。
「今日はEclipse(エクリプス、日食)があるのよ。見に行かない?」
「え?そうなの?知らなかったよ。行こう行こう。」
「ピークは30分後よ。皆にも声かけたから。」
彼女はその辺にあった使用済みコピー用紙に大小の丸い穴を開け、同僚たちに手渡します。
「お日様を直接見られないから、この穴を通した光が地面を照らしたものを見るのよ。」
この日出社していたステヴ、ジェイミー、それにレイチェルと一緒に五人でオフィスを出て、近所の交差点の歩道に集まりました。行き過ぎる車の運転手たちが何事かと凝視する中、太陽を背に穴あきコピー用紙を持って静かに立つ五人。ちょっとした路上パフォーマンスみたいになりました。
「ちょうど今がピークよ。見える?」
とフェリース。
「あ、これかしら?見えたんじゃない?」
とレイチェル。彼女の作った影の中の丸い光の片隅に、まるで指をちょっぴり突き出したような恰好の陰が見えました。
「僕のはよく分からないなあ。」
と私。
「シンスケのは穴が大きすぎるんだよ。」
とステヴ。他のメンバーの作品も成果が今一つ。皆でレイチェルの部分日食を一緒に観察しました。
それから10分ほどして影は消え、口々に楽しかったねと言いながら5人ぞろぞろと会社に戻りました。
「私、日食の観察、生まれて初めてよ。」
とレイチェル。私も、僕も、と皆で同意します。すると、ニッコリ笑ったフェリースがこう言いました。
“Now you have something to remember me about.”
「私のことを思い出すきっかけが出来たわね。」
一週間後には、彼女のいた席が空っぽになります。
楽しくも切ない午後でした。
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