2014年4月19日土曜日

一流の朝食

デンバー最終日の早朝。支社の同僚ステイシーからの「一見の価値あり」というお勧めで、Browne Palace (茶色い宮殿?)という老舗ホテルまで散歩しました。街で一番古い建造物のひとつらしいというだけの予備知識を携えて。

到着してみると、どうということのない外観です。しかし一歩中に足を踏み入れて、お勧めの理由が分かりました。一言で表現すると、モダン・アンティーク。アトリウム(吹き抜け)を取り入れた建築は、その凡庸な外観から受ける印象を見事に裏切っています。階段の手すりなどは意匠を凝らしていて、大理石のステップは時代の重みを滲ませている。

一階の隅に、小さなレストランを発見しました。Ellington’sという店名。身なりの良い紳士たちが一人二人入っていくのを見送っていたら、案内人が「お名前は?」と一人一人に尋ねていることに気づきました。え?なんで?宿泊者限定のお店なのかな?若干気後れして一旦戻りかけたのですが、折角ここまで来たんだから、と思い直してエントランスへ。苗字を尋ねられたのでスペルも含めて丁寧に答える私。

「この先にあるマリオットに泊まっているんですが、友人に勧められて見学に来ました。ここに泊まっていなくても食事出来るんですか?」

「もちろんですよ。どうぞお入りください。」

ちょっと待てよ、こんなところで飯食ったらいくら請求されるか分かったもんじゃないぞ。どうしよう。

「じゃ、まず中だけ見て良いですか?」

「どうぞどうぞ。ゆっくりご覧になって下さい。」

歩みを進めると、急に視界が開けます。奥へ進むに従って、空間がぐるりとらせんを描いて拡がっている。まるでカラクリ屋敷みたい。おそらく二百人以上は着席出来るでしょう。内装は華美ではないものの、成熟した文化の香りを醸し出している。昨日の朝飯は近所のチープなベーグル屋だったんだ。出張中一回くらい、こういう高級朝食もアリだろう

「やっぱりここで食事して行きます。」

意を決してそう告げると、ニッコリ笑った案内人が、

「では、全体が眺められるお席にご案内致しましょう。」

と一番奥のテーブルまで誘導してくれました。着席して十秒も待たず、給仕係がやって来ます。

「アントンと申します。お飲み物はいかが致しましょう?」

コーヒーとオムレツを注文し終え、次々に入ってくる客をぼんやり眺めているうちに、段々と居心地が悪くなって来ました。どの客も、見るからに血統書付のエリート。私の2メートル左のテーブル席に、注文もせず長いこと一人で座っていた白人男性(30代後半?)がいました。ちょうど私に背を向けていたのでじろじろ観察した結果、きっとインベストメント・バンクの若きエグゼクティブだろうと鑑定しました。

私の前方10メートルほどには、男性5人、女性一人という構成のグループ。一人残らず、「若いうちから一般人には想像もつかないほどの大成功を続けてますよ」というオーラを発している。白人率100%。男性は白シャツ、レジメンタル・タイに濃い色のスーツ。デパートの紳士服売り場で買った吊るしのジャケットじゃないことは一目瞭然。ちょっと触らせてと言いたくなるほど上質そうな生地、しかも仕立て屋から届いたばかりと言われても不思議じゃないほど真新しい。言うまでもないことですが、靴も爪先から踵までピッカピカ。髪型も、毎朝美容院に行ってるんじゃないかと勘繰りたくなるくらい整っている。唯一の女性メンバーも、肩まで伸ばした栗色の髪が忘れがたいほど美しい光沢を放っていて、凛とした横顔からは、「美貌の秀才」という印象を受けます。

突然、ボタンダウンにチノパンという自分のカジュアルな出で立ちを顧みて恥じ入る私。床屋にも暫く行ってないから、もみあげのところがボッサボサ。うう、みすぼらしい

串に刺したフルーツが添えられたオムレツを賞味し終え、ウェイターのアントンを呼びました。「お勘定お願いします」と言うと、彼が「かしこまりました」と微笑んでから私の苗字を付け足します。え?なんで彼が僕の名前知ってるの?

「あの、カードを使いたいんです。宿泊客じゃないので。」

泊り客は請求書に自分の部屋番号を書いてサインするのが通例なので、外部客用の請求書が欲しかったのです。するとアントンが、

「かしこまりました。マリオットにお泊りなんですよね。」

と答えたのです。ええっ?そこまで知ってるの?驚くと同時に感心する私。案内係が、私に関する情報を予めちゃんとウェイターに伝えてたのですね。すげー。どこまで一流なんだ?!

ちなみに、オムレツとコーヒーの合計は30ドル弱(三千円ほど)。ほっとしてサインする私。

そうこうするうち、さっきまで一人で座っていた男性客の向いにセーター姿の白人男性が現れて着席しました。待たせたね、と爽やかに笑いながら。この人も、一般人との毛並みの違いは明らか。着ていたのはカシミアのセーターでしょう。男性二人は食事の注文を済ませると、投資ビジネスの話を盛んに始めました。やっぱりね、思った通りだ。我ながら鋭い観察眼だぜ、と自己満足の私。

そのうち、「一流な」彼らの会話は、プライベートな話題に移ります。聞くともなく聞いていたら、セーターの男性が急にこう言ったのです。

「今年の夏も、エベレストに登ろうと思ってるんだ。」

席を立ってつかつかと彼に近寄り、おでこをぴしゃっと叩いてこう突っ込みたくなりました。

「いい加減にしろ!」

支社に到着して、アルバカーキの仕事で一緒だったトッドと会ったのでこのホテルの話をしたところ、

「ああ、あそこは大統領の定宿なんだよ。」

というコメント。なるほどね。食事中ずっと感じていた激しい「場違い感」も、これで納得です。


2 件のコメント:

  1. Browne Palace ね、すごいところのようですが、そこで写真をとったのは勇気ある行動と言えそうです(笑)。中国大飯店の白粥朝食とはさすがに違うなぁ。

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  2. 一流な人たちを盗撮する、という三流な行為はさすがに思いとどまりました。見せたかったなあ、あの人たちのルックス。アメリカって格差社会だなあ、と痛感いたしましたです。

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