火曜の夕方、出張先のオレンジ支社で帰り支度をしていたら、元ボスのリックに呼び止められました。
「5分ほどいいかな?いや、10分。待てよ、やっぱり15分!」
「いやいや、何分でも大丈夫ですよ。」
笑いながらリックの後について、彼のオフィスへ向かいます。
「スティーブとマーリーンが辞めるの、聞いてるよね。」
そっとドアを閉めてから尋ねるリック。
「ええ、聞きましたよ。キツいですね。」
「うん、優秀な社員が揃って辞めるのは損失だ。それで、僕も含めて複数のPMが、彼らのプロジェクトを引き継ごうと調整中なんだ。」
会社が大きくなるにつれ、PMに対する要求がどんどん理不尽になって行く現状は、誰もが認識しているところ。マネジメント層が一向に対策を講じないため、嫌気のさした社員が櫛の歯が欠けるように去って行きます。
「その一環で今日の午後、ヴァネッサと話したんだ。彼女がどれくらい仕事を引き受けられるか聞こうと思ってね。そしたら彼女、突然泣き始めたんだ。怒るでもなく、ただはらはらと涙を流して。長時間のサービス残業続きなのに、その成果が全く評価されていないっていうんだよ。」
「あのヴァネッサが、ですか?」
彼女は若くて元気な女性社員。常にあっけらかんとした印象で、涙なんて全く想像がつきません。
「だろ?本当に、あっけにとられたよ。」
そしてリックがこう続けます。
“She’s a tough cookie!”
え?タフ・クッキー?
直訳すると、「彼女は固いクッキーだ!」ですが、それじゃ意味が通りません。すかさず説明を求める私に、
「え?あ、意味?う~ん、そうだなあ、強い人ってことだよ。」
とリック。
「タフは分かりますけど、なんでクッキーなんですか?」
「それはちょっと分かんないなあ。あとでグーグルしてみないとね。」
追究はここで打ち切りとなり、彼は私の率いるプロジェクトコントロール・チームの再拡大を提案しました。
「これは差し迫った問題だし、ヴァネッサに限った話じゃないのは明らかだ。今じゃ大勢のPMが、限界ぎりぎりで働いてる。このまま手をこまねいていれば、更に人が去って行くのは目に見えてるだろ。今こそ君のチームを更に増員して、南カリフォルニアの全PMをサポート出来るくらいの態勢を敷くべきだと思うんだ。この提案を上層部に上げてみたいんだけど、どう思う?」
「そりゃもう、喜んで!是非やりましょう。」
大いに興奮する私。リックとのミーティング後、さっそく上司のクリスピンの部屋へ行って提案を伝えます。すると彼も、すんなり同意。カマリヨ支社、ロングビーチ支社、オンタリオ支社の社員も私のチームに加えたらどうか、という案がまとまりました。実現すれば、更に5人ほど部下が増えます。
さて翌日、ダウンタウン・サンディエゴ支社で同僚ステヴに会ったので、「タフ・クッキー」の意味を尋ねてみました。
「例えばさ、マイクはタフ・クッキーだって言える?」
マイクというのは、身長190センチくらいあるステヴの上司です。
「いや、言わないね。肉体的な強さの話をしてるわけじゃないんだ。意外に強靭な精神の持ち主を指す表現なんだよ。マイクみたいに、精神面の強さについては疑問の余地がない場合にも使わないね。」
とステヴ。
「昨日オンライン辞書を調べた時は、対象が男性でも使えそうな印象を受けたんだけど。それはどう?」
「一般的には、女性を指す場合にだけだと思うよ。ほら、クッキーって大抵、見た目が華奢だったり柔らかそうだったりするでしょ。それを噛んでみたら意外と固かった、そうやすやすとは折れない、というところから来てると思うな。」
なるほど、納得です。私の和訳はこれ。
“She’s a tough cookie!”
「あの気丈なコが、だよ!」
どうでしょう?
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