先日ランチルームで同僚ジョナサンと隣り合わせになった際、久しぶりに深い話になりました。会社の出世競争には全く縁が無かったけどそもそも興味も無いこと、それより自分が今ここで世の中の役に立つ仕事をしているという満足感は何物にも代えがたいこと、長いキャリアの中で様々な困難に遭遇したが、なんだかんだで結構素敵な人生が送れていること。
「確か中国のことわざだったと思うけど、こういう話知ってる?」
と、ジョナサン。
「じいさんが飼ってた馬が逃げて村人たちから気の毒がられたが、その馬が優れたパートナーを連れて戻って来た。今度はその馬に乗っていた息子が落馬して脚を折ったが、そのお蔭で兵役を免れた。」
あ、それは知ってるよ。と私。
「人間万事塞翁が馬、って日本語では言うんだ。」
耳慣れぬ日本語にキョトンとするジョナサンでしたが、彼の博識ぶりにはいつも感心させられます。
「人生で起こるひとつひとつの出来事がラッキーかアンラッキーかなんて、ずっと後になってみないと分からない。このことは、最近本当に実感してるよ。」
二人大きく頷き合ってから、午後の仕事に戻ったのでした。
さて金曜日の午後。ランチから戻ってオフィスのエレベーターホールからレセプション・スペースに進んだところ、女子トイレの前で佇む若い男性と目が合いました。
「おお、フランコ!」
握手の手を差し出す私に、
「ああシンスケ、久しぶり。手を握っても平気?」
と、上げかけた右手を中途半端な角度で止め躊躇う若者。フランコは、私の部下の一人カンチーの彼氏です。
「大丈夫だよ。心配ないって。」
と肘を伸ばし、強引に握手に持ち込む私。新型コロナウイルス感染者の爆発的な増加を受けて異例の全国封鎖措置に出たイタリアから、その数日前に出国した彼。しかもその震源地とも言うべきミラノに住んでいたため、それ以降極度に人との接触を避けていると聞きました。過去二週間というもの毎日頻繁に体温をチェックしているというし、感染者である可能性はかなり低いのは知っていたので、心配すんな、というジェスチャーも含めて彼の手を握ったのですね。その時トイレの扉が開き、カンチーが現れました。これから二人でランチに行くんです、という若者たちと、その場で暫く立ち話に耽ります。
「今振り返ってみると、エンジェルが僕たちに幸運を運んでくれた気もするんだ。」
とフランコ。
「最初の計画通りだったら、今頃どんなことになってたか…。」
とカンチー。
さかのぼること数か月前。カンチーから相談があったのです。三月後半辺りから、彼氏の暮らすミラノに二、三カ月滞在したい。しかし有給休暇だけでは全期間を賄えないので、ミラノ支社でのリモートワークを許可してもらえないだろうか、と。というのも、去年一年で彼は二回か三回サンディエゴに長期滞在していて、アメリカの入管が訝しみ出したというのです。そんなにしょっちゅう入国する外国人は怪しい、と。で、暫く彼の方からの訪問は控えざるを得ない。なら自分があっちに行くしかない。彼女としては、結婚するかどうかも含めて色々考えないといけない段階に来ていて、このまま遠距離恋愛を続けていても埒が明かない、やはり同棲してみないことには、という判断に至ったのですね。
さっそく私は事案を上層部に上げ、人事部も含めて色々検討してもらったのですが、結果的に答えはノーだったのです。イタリアという国は外国人労働者に対する敷居が高く、支払わなければならない税金が法外な額だとのこと。それでも喜んでサポートしましょう、と言ってくれるほど甘い会社ではないので、この件はお流れとなったのですね。それを聞いたカンチーは涙を浮かべ、「私のわがままのためにこんなに色々手を尽くしてくれて有難うございます」と感激していましたが、結局彼との同棲計画は潰えてしまいました。これで一巻の終わり、と思っていたところ、二月になって、カンチーの妹が突然結婚の発表をします。月末にベトナムで式を挙げるからお姉ちゃんも絶対来てよね、という話になり、フランコと二人で出席する運びになったのです。
「アジアはコロナウイルス感染者が多いから危険だ」という家族一同の慰留を振り切ってミラノを出たフランコですが、故郷ロンバルディア州全面封鎖のニュースが彼の耳に入ったのは、ダナン空港に着陸してからのことでした。「お前はラッキーだ。封鎖前に脱出出来て良かった。」という家族からのメッセージに、心中複雑なフランコ。おまけにカンチーの親戚一同から、「あんた感染してないだろうな。」という疑いの目を向けられ、肩身の狭い思いをさせられたそうです。式が終わり、さていよいよ帰国となった時、若い二人は難しい選択を迫られます。さてフランコはどこへ帰ればいいのか。本来ならバンコク、アブダビ、と経由してミラノへ戻るはずだったのですが、国境封鎖がいつ解除されるか誰にも分からない。さらにバンコク入りした途端、14日間の隔離対象になる可能性も高い。こうなったら勝負に出よう、とアメリカ入国に切り替えたのです。
「ロサンゼルスの入管が、拍子抜けするほどあっさりと彼を通してくれたんです。」
とカンチー。最悪のケースを想定し、僕が止められたらそのまま構わず行ってくれとカンチーに言い聞かせていたフランコも、安堵の歓びに浸ります。
「そんなわけで、サンディエゴで一緒に暮らす機会が転がり込んで来たんですよ。当初の計画通りミラノに渡っていたら、アメリカに戻って来られなくなってたかもしれない。それを考えたら、何か目に見えない力が私達を守ってくれたような気にさせられるんです。」
喜びと不審と驚きが入り混じった表情で、語り終えるカンチー。フランコは我々のオフィスの近くのレンタルオフィススペースを使って仕事を続けているので、毎日ほぼ一緒に行動出来ている、とのこと。今回の件は、まったくもって「人間万事塞翁が馬」だな、と感慨に浸る私でした。数か月前に断念した二人の同棲生活が、こうしてサンディエゴで実現している。息子のアジア行きを心配していたフランコの両親が、今では隔離状態にある。禍福は糾える縄の如し、という言葉もあるな…。
ここでふと気になって、フランコにこう尋ねてみました。
「ところでさ、ずっと気になってることがあるんだ。ヨーロッパの中で、どうしてイタリアだけがあんなに大胆な対策を取らなきゃならないほど事態の悪化を見てるんだろうってね。」
ああ、そのことね、と即座に溜息をつき、首を振るフランコ。
「国民性が大きく影響していると思うんだ。恥ずべきことだけど、極度に楽観的で、大抵の事態を深刻に捉えない習性があるんだ。まだ感染がおさまってもいないのに、大丈夫だよってどんどん集会や飲み屋に出かけていって、握手やハグやキスをしまくるからさ。」
「なるほどね。僕のイタリア人像もまさにそれだな。確かに国民が皆そんな行動続けてたら、感染がおさまるわけないよね。」
「そうなんだ。この手のリスク管理には、規律遵守を得意とするイギリス人的国民性の方が有効でしょ。残念ながら、我々イタリア人にとって最も苦手な分野なんだよね。」
さらに大きく首を振って嘆くフランコに、私がかけられる言葉はあまりなく、
「ランチ楽しんでね!」
と二人を送り出したのでした。
席について暫く、考えこんでしまった私。
もしかしたら、事態を深刻に考え過ぎないイタリア人の方が消費者行動の変化も少なく、経済的な打撃も軽いかもしれない。だとすれば、流行終焉後は逆に立ち直りが早いかも。長い目で見たら、イタリア人の明るい国民性に軍配、という話になるかもな…。
とにもかくにも、人間万事塞翁が馬、ですね。
当初こちらのネットとかで噂されていたのは、イタリア北部の地域では靴や鞄などの革製品を made in Italy で製造している工場で低賃金で働いているのが武漢あたりから出稼ぎで来ている中国人で、そこがクラスターとなって爆発した。。。という説だったね、日本では。
返信削除https://www.fsight.jp/articles/-/46663
オイラの知り合いのネット論客が5年前にちょっと面白い記事を書いているヨ。
https://nationoflequio.hatenablog.com/entry/2015/06/07/134003
いやいや、大変なことになって来たね。今日から会社に行けなくなった。火曜あたりからだいぶ人が少なくなって来てはいたんだが、とうとう州知事が声明を出してカリフォルニア州の住民は自宅で過ごせとのこと。僕のチームは相変わらず忙しいんだが、職場によっては仕事したくても出来ない、という人も出てきていて、いよいよ生活の継続に関わる話になってきたよ。
返信削除なんかアメリカも瞬く間にスゴいことになったね。ココまでドラスティックにできるというのは、ある意味エラいんじゃないかと思うヨ、さすがトランプ。タイあたりでも大変なことになっているみたいね。
返信削除https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00118/031900007/?P=1
ただ、今回のウイルスに関しては、
①感染力がものすごく強い
②感染しても発症しない人がいる
③発症しても死亡率は無茶苦茶高いわけではない
ということから、完全に抑え込むことは不可能と当初から言っている人たちは居たね。ワイドナショーでも古市氏だか三浦氏だかが「パンデミックで生き残っても、経済が死んでしまったら、貧困で死ぬ人がゴマンと出現するのでは意味がないのでは?」みたいなことを言ってたネ。
他人事のように言ってしまうが、新型コロナで死ぬ人が人口の10%くらい(しかも大半は老人と元からの病人)出るのはある程度あきらめなければならないのではないかとおオイラは思うナ、人口が増えすぎているというのもあるし。
https://nationoflequio.hatenablog.com/entry/2014/10/27/233752
たぶん、そう主張したい政治家はたくさんいるのだろうけど、21世紀の現代でそれを言うのは勇気がいるのだろうね。
今や学者でも「不適切」発言一発でプロ生命を断たれる時代なので、そういう意見はなかなか公にならないだろうね。うちの息子は鼻息荒くして唱えてるけど。こないだ伊集院氏のラジオに呼ばれたゲストの先生が、「コロナは賢いウィルスで、なるべく症状を抑えることで元気な若者をどんどん外出させて拡散を図る」みたいなことを仰ってた。そっちの視点に立ってみるとなるほどな説明だったよ。
削除件のラジオ番組については、キミの返信があったら教えてやろうと思っていた所だったヨ、さすがアンテナの張り具合が鋭いね。
返信削除