2020年3月1日日曜日

予測不能な展開


我が家では、金曜日の夕食当番は私です。仕事を早めに片付けて会社をあとにし、Sproutsというオーガニック系食料品店に寄りました。今回のメインは、「カチャトーラ風カッペリーニ」。味の決め手となるトマトソースを選ぼうと缶詰エリアに進んだところ、高齢の白人カップルが棚の真ん前にショッピングカートをどかっと停め、話に花を咲かせています。私のお目当ては、イタリアの雰囲気びんびんの黄色い太缶。五十年前から変わっていないじゃないかと思われる古めかしいフォントの商品名が、血液のようにどぎつい赤で大きく印字されています。これが陳列されていたのが最下段の棚だったので、老夫婦のカートに身体がぶつからぬよう腰をかがめて腕を伸ばし、なんとかひとつ掴みます。その時でした。頭上から白人男性が、

「チェント~!」

と大声で叫んだのです。まるで老空手家が唐突に瓦割りを決めたように。びくっとして顔を上げる私。男性は私の目を真っ直ぐに見つめ、

「そいつは最高だ!」

とニコニコしています。私の手におさまった缶詰のタイトルがCENTOで、これをイタリア語で発音すると「チェント」になるのだということに気付き、ようやく合点がいきます。奥さんの方も微笑みながら、

「それすっごく美味しいのよね。」

と割り込んで来て、イタリア語訛りの英語で賑やかに称賛し始めました。僕も前に食べたことがあり、とても気に入っているんですと答え、二人を離れてレジに進みます。駐車場に戻りながら、自分の顔が笑っていることに気付きました。あの二人は長年イタリアに住んでいたに違いない。この界隈で小さなイタリアン・レストランをやっていて、今日は材料の買い出しに来ていた、なんてね。そんな目利きたちのお墨付きを頂けたんだから、今夜の料理の大成功は間違いない…。勝手に想像を発展させ、ほんわかシアワセな気分で家路につくのでした。

話変わってその前日、久しぶりにランチルームで同僚ジョナサンと会った際、どういう流れからか映画の話題になりました。そして二人ともデイヴィッド・リンチが大好きだということが発覚し、オタクな会話で盛り上がります。この時我々が意気投合することになったテーマが、リンチ十八番の「予測不能な展開」でした。

「たとえばさ、ブルーベルベットでフランクがジェフリーを殴りまくる夜のシーンがあるじゃん。ロイ・オービソンの歌がカーステレオから流れ出したら、ぶくぶくに太った女が車のボンネット伝いに屋根へ上って、身体をくねらせて踊り出すでしょ。あれには脳みそぶっ飛んだよ。」

と私。

「あと、マルホランド・ドライブに出て来る深夜の劇場シーンな。」

とジョナサン。個々の人間が次の瞬間どんな行動に出るかなんて無限の可能性があるんだけど、我々は狭い常識の枠で考えてしまいがち。その枠をいとも簡単に打ち破られると、衝撃と共に高揚感まで味わえるのですね。デイヴィッド・リンチの映画は、予測不能な展開が満載。だからこそぐんぐん引き込まれるんだよねえ…。そんな話題でひとしきり盛り上がった後、私が最近経験した話を持ち出します。

「月曜日、サーフライナーでロスまで行ったんだ。」

火曜の朝にロス支社でミーティングを予定していた私は、月曜の午後電車に乗り込みます。ロスのユニオン・ステイションに到着した頃にはすっかり陽も落ちていました。ホテルへは、リフト(ウーバーと競合する白タク)をスマホアプリで呼んで向かいます。この日はプレジデンツ・デイという国民の休日だったこともあり交通量は少なめで、快適に夜のダウンタウンを進みます。その時突然運転手が、片側三車線の広大な交差点のど真ん中で急ブレーキを踏みました。

“What the hell? Is this guy for real?”
「なんてこった、まじかよこの男?」

見ると、電動車椅子に座った中年の黒人男性が、ゆっくりと車道を横切っています。若い白人男性運転手は窓を開け、

「ヘイヘイ!危ないぞ!」

と声をかけるのですが、車椅子の男は虚ろな目で前を向いたまま、のろのろと一定のスピードで進み続けます。交差点の真ん中で立ち往生することになった私はこの男性の安全を心配する一方で、我々自身も後続車に追突されるんじゃないかと段々不安になって来て、何度も振り返っていました。するとこの運転手、大きくハンドルを右に切って車椅子と平行になるよう車体を移動させ、こう叫んだのです。

“Don’t kill yourself, man! God loves you!”
「命を粗末にするなよ、神様はあんたを愛してるぜ!」

こんな場面で「ラブ」などというワードが出て来るんだ…。彼の行動は、私の予測範囲を遥かに超えていました。ジョナサンはこのエピソードに大きく頷いた後、

「若い頃、バックパックひとつで世界をふらふら旅してた。」

と自分の思い出話を始めます。

「ロスの空港(LAX)から割と近いところに仲の良い友達が住んでたから、到着時間が遅い時はそいつのところに一泊してからサンディエゴに戻るようにしてた。その日も夕方暗くなりかけてからの到着だったから、歩いて友達の家に向かったんだ。そしたらさ、客待ちしてたタクシーの一台がす~っと近寄って来て、俺に乗れって言うんだよ。無料でどこでも連れてってやるって。」

そりゃ絶対ヤバいでしょ、と眉をひそめる私を見てニヤリとしたジョナサンが、

「で、俺、そのタクシーに乗り込んだんだ。」

と続けます。行き先を告げるとその運転手、どこへ行って来たのか聞かせてくれ、とせがんで来た。ヨーロッパをあちこち回って来たんだ、と言うと満足そうに頷いて、今日はバックパックの人が現れたら絶対に無料で乗せると決めていたんだ、と言う。自分は毎日この狭い車の中で生活しているだろう、気楽に世界中を旅することが出来たらどんなに楽しいだろう、そういうことを実行している人間は本当にエライ、是非応援したい、そう思ってた。だからバックパック姿のあんたを見た時は興奮した…。

「あんたの旅の話を聞くことでバックパッカーの疑似体験が出来たよ、有難う、そう感謝されたんだぜ。」

う~ん、それもなかなかの話だねえ…。

「予測不能な展開」のもたらす高揚感を、何度も味わえた一週間でした。

10 件のコメント:

  1. スレッドが長くなりすぎたのでこちらに投稿し直しです。。。

    この週末はエンターテイメント3連発だったヨ
    ① 2/28(金)
    暗黒プロレス集団666@新木場1stRING
     http://www.triplesix.jp/
    ② 2/29(土)
    神田伯山襲名披露興行@浅草演芸ホール
     https://www.kandahakuzan.jp/live/
    ③ 3/1(日)
    映画「パラサイト」@TOHOシネマズ日本橋
     http://www.parasite-mv.jp/

    三者三様、①はプロレスマニア以外にはおススメしないが、大掛かりな悪ふざけを300人からの大人達が寄り集まって楽しんでいるというシュールな光景。②はさすがプロフェッショナルの技が光る伝統芸能の中でも珠玉の興行、③は言わずと知れたオスカーの作品賞だが、想像を超えてくる面白さだった。日本映画でもできることのハズなのに、なぜか韓国映画に負けてるねー・・・

    アメリカでは「パラサイト」の評判どうなんだろう?周りで観に行った人の話とか聞くのかな?スゴく気になるね。

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    1. 随分欲張ったね。伯山は次回の帰国で是非鑑賞したいな。僕の周りじゃパラサイトの話題ゼロだな。忙し過ぎておしゃべりの時間が。

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  2. 伯山の出る興行はかなりの人気みたいだが、独演会でなければ早めに動けばチケットは取れるみたい。特に寄席に出るヤツに関しては出番は20分くらいになるのだが、基本的に当日券だけらしいんでね。早めに予定を知らせておいてくれたら奔走してみるヨ。

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    1. よろしくお願いします。講談がメジャーになるなんて、嬉しいような悲しいような…。

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  3. 修士の卒業時に高校時代の友人が「セブでダイビングの免許取らせてやる、切符手配するからマニラの空港で落ち合おう!」と言って、なかば強引に卒業旅行が決定した。
    夜遅くに到着したマニラの空港出口はホテルやタクシーの客引きで黒山の人だかり・・・無事に待ち合わせのホテルにたどり着けるだろうか?となかば絶望していた所に「オイラ!こっちだこっち」と聞いたことのある声。そいつが迎えに来てくれているのを見た時には「地獄に仏」とはまさにこのことなり。。。と思ったものだった。
    しかし、そいつから聞いた話に二度ビックリ。オイラが到着する3日前にマニラに来ていたそいつは、旅慣れた油断から白タクに乗り、郊外に向かう高速道路の側道でマシンガンを突きつけられたのだとか。"We are against government!"と言われて、思わず彼の発した言葉が"No more Wakaouji!"だってんだから、ヤツも中々図太いよね(笑
    結局、有り金全部巻き上げられて、ヒッチハイクでマニラまで帰ってきたと笑いながら話すそいつが、もし撃たれてたら・・・オイラもマニラのもくずになってたカモねー

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    1. 藪から棒に何の話?と思ったら、「予測不能」繋がりだったのね。肝の座ったお方だね。

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  4. Shimbashi改めgtzです。漢字の氏名をピンイン(中国語発音記号)表記した際の頭文字。それはそうと、車いすの人への言葉もすごいが、ブラジルならそのタクシーがひき殺していたかもしれないね。バックパック中に「予測不能な展開」はそんなになかったけれど、一カ月グレイハウンドに乗ったというと、「マジで?」とは言われる。遠い昔のハナシだけれど。

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  5. なるほど。ブラジルだけじゃなく、危険地帯とされているところは世界中にかなりあるだろうね。実は僕も、夜のロサンゼルスにかなり物騒なイメージを抱いていたんだ。だからこそ今回の運転手の言動に度肝を抜かれたんだよね。こっちの勝手な思い込みがあってこその「予測不能な展開」だったんだなあ、とあらためて気づかされたよ。

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  6. 物騒な人もいるケド、ドラマチックにやさしい人もいる。要は”熱いハートの国民”というのが正しいのカモ。

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    1. そうだね。ばらつき激しすぎだけどね。

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