2016年12月23日金曜日

Pleasantly Surprised 嬉しいサプライズ

オーストラリア出張から戻った翌日の月曜。オフィス内は壁やカウンターや窓にイルミネーションが張り巡らされ、赤や緑の飾り付けでクリスマスを迎えるワクワク感が演出されていました。

例年通り、机の上には大ボスのテリーからのギフトが置いてあります。ホワイトチョコでコーティングされた棒状のプレッツェルが、セロハン紙の袋に包まれ赤いリボンで閉じられています。部下が百数十人はいるっていうのに、一人一人にこういう気遣いをしてたらさぞかし大変だろうな、とあらためて感心していました。一月に私が新居を購入したことを話した翌朝などは、出勤してみたらHome Depot(ホームセンター)のギフトカードが机の上にありました。カードにはテリーの手書きで、「少額だけど、ガーデニングやリモデルに用立ててね。」としたためてあります。ハートを鷲掴みにされたことは、言うまでもありません。

さて、出張明けの月曜日。実はこの日、時差ボケ調整のために休むつもりでした。しかし、どうしても出勤しなければいけない理由があったのです。朝一番で、新人の面接が決まっていたのですね。私がまだシドニーにいた前週金曜日(オーストラリア時間の土曜早朝)、シャノンとカンチーに面接を任せたところ、二人ともが太鼓判を押したのです。「まるで自分の男性バージョンと話してるみたいだったわよ。」とシャノン。サンディエゴの会議室とシドニーのホテルとを結ぶ電話で二人からの大絶賛を聞きながら、そこまで言うならもう採用決めちゃおうか、と笑っていたら、

「あら、テリーが入って来たわ。」

とシャノン。一応上司になる私が会ってから決断すべきだろうというテリーの意見で、第二次面接をセットすることにしたのです。

「私もその子に会ってみたいから、面接に参加させてね。」

とテリー。

さっそくリクルーターのメレディスを通し、日程を調整します。火曜日はどうか、と打診したところ、先方がクリスマスから新年にかけての休暇をコロラドで過ごす予定で、月曜午後の航空券を購入済みだとのこと。それなら月曜朝一番しかない、という話になったのです。

そして迎えた月曜午前8時。テリー、私の直属の上司レイ、それにシャノンと四人で新規採用候補者のアンドリューを迎えます。スーツにネクタイ、短めの髪を綺麗に撫で付け、清潔な印象の白人の若者。笑った時に、上下の歯の矯正が露出します。

「来てくれて有難う。これは第二次面接なんだ。今日は僕とそのボスたちと話をしてもらうよ。」

コロラドで苦学して会計の学位を取ったこと、一旦は会計士の道を目指したが、キャリアについてはまだ模索していること、今はサンディエゴの北の街でスタートアップの会社を助けているが、先行きが不透明なこと、年取った祖母を助けて暮らしていること、など彼のバックグラウンドを話してもらった後、会社やサンディエゴの職場に関する質問を受ける流れになりました。そんなやりとりの中で、彼が信頼に足る人物であることがじわじわと分かって来ました。

プロジェクト・コントロールの職務に一番大切なのは、人を助けることを心から楽しめる性格です。そのためには、エゴを捨て去り、全神経を集中して相手の話を聞き、短時間に可能な限りの情報収集をし、猛然と問題解決に取り組む集中力を育てなければならない。大抵の候補者は面接中、自分の知識や経験を印象付けようと誇張したり、こちらが話している間にもう次の発言内容を考え始めていたり、という「綻び」が見えるものです。でもこの若者からは、その兆しすら感じませんでした。

「ちょっとここで待っててもらえるかな。」

一時間経過したところで彼を会議室に残し、一同退室します。

「どう?いいでしょ?」

と微笑むシャノン。私が気に入ることは最初から分かってたわ、と言わんばかりのしたり顔です。

「うん、本当に大当たりだね。テリーは?」

「矯正がキュートよね。」

と冗談めかしつつ同意するテリー。レイも大きく頷いています。

「お待たせ。」

会議室に戻って席に着き、アンドリューに書類を手渡しました。

「これは我々からのオファーレター。内容をよく読んでね。同意した場合、オンラインでサインして欲しい。一応来月16日が初出勤となってるけど、それは変更可能だから。」

一瞬、何が起こっているのか分からない、という表情になったアンドリュー。それもそのはず、通常は面接の後、数週間待たされてからメールで採用・不採用の通知を受け取るものなのです。書類を郵便でやり取りしていた頃ならともかく、今の時代にこうして採用決定と共にハードコピーを手渡しするというのは、異例中の異例。

「有難うございます。すごく嬉しいです!」

頬を僅かに紅潮させ、その目に興奮を滲ませる若者を見ながら、テリーのスゴさにあらためて感心していた私でした。

そう、実はこれ、テリーのアイディアだったのです。

「シャノンとカンチーがそこまで気に入ってるんだから、採用はほぼ確実でしょ。シンスケが最終確認したら即決定じゃない。だったら、それを本物の書類として手渡ししてあげるのがベストでしょ。採用書類を手にクリスマス休暇へ旅立つなんて、すごくハッピーな話じゃない!その子にとって、きっと忘れられないクリスマスになるわよ。」

そんな彼女の提案を受け、シドニーからメールでメレディスと調整を重ね、何とか書類を間に合わせてもらったのです。確かに職の見通しが不確かなままクリスマスを過ごした末にメールで通知を受け取るのと較べれば、天と地ほどの差がありますね。

いまだ興奮から醒めない様子の若者をエレベーターホールまで見送った後、テリーのデスクへと向かいました。

“Was he pleasantly surprised?”

こちらを振り返ってニッコリ笑うテリー。Pleasantというのは「嬉しい」という意味ですが、Present(プレゼント)と音がそっくり。特に日本人である私には、エルとアールの発音差が微妙なため、今でもしばしば聞き間違えます。でも、どっちも幸せな単語なので、混同したところで大した問題は生じません。テリーの質問は、こういうことですね。

“Was he pleasantly surprised?”
「嬉しいサプライズになったかしら?」

もちろん、期待通りの大感動ぶりでしたよ、と私。アンドリューにとっては、この上ないクリスマス・プレゼントになったことでしょう。正直、彼よりも私の方がハートをがっしりつかまれちゃったかもしれないけど…。

翌朝、メレディスからメールが届きました。

「おめでどう!アンドリューがオファーにサインしましたよ!」


2 件のコメント:

  1. イイ話だね~。。。

    ウチなんか典型的な例だが、日本の会社は現場がなんかイイことしようとすると管理部門がヤボな横槍を入れてダメにすることがほとんどだよね。
    http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/120100088/120600005/?P=1

    と、事務屋を目の敵にするオイラの意見でした。

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  2. それはユニバーサルな常識かもね。でも、テリーみたいに温かい気持ちで仕事をしてると、管理部門も心を動かされるみたいなんだよね。普通では通らないようなことが通る。これは本当に彼女の人柄だと思うんだ。そんな人の下で働けていることの幸運を、あらためて噛みしめたよ。

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