2015年9月28日月曜日

Blood Moon ブラッド・ムーン

昨日の晩は、友人の邸宅でパーティーがありました。皆既月食とスーパームーン(地球に最も近づいた月)が重なり、「ブラッド・ムーン(オレンジ色の満月)」という珍しい現象が起こるというので、皆で飲みながら鑑賞しようじゃないか、という企画。日本人六家族くらいが集合し、持ち寄った食べ物で腹ごしらえをしてから庭に出ました。

西の地平に夕日が落ちて間もなくのこと。東に連なる山の稜線の少し上、雲ひとつ無い紺色の夜空に、突然オレンジがかった大きな月が現れました。大人も子供も、どっと歓声をあげます。その後4時間ほどかけ、月の表面を覆っていた地球の影がじわじわと立ち退いて行く様子を鑑賞しました。そしてとうとう、興醒めするほど明るい満月に変身。このころには皆さん、若干飽きてしまった様子。

iPhone でたくさん撮影したものの、やはり月を写すというのは至難の業でした。なんだかピンポン玉を撮ったみたいになっちゃった。

途中、家主のBさんが思い出したように屋敷に戻り、どこかから担ぎ出して来たバズーカ砲のような巨大な天体望遠鏡で、代わる代わる月を観察するゲスト達。

「でかすぎて全部おさまらないや。」

望遠鏡ののぞき穴にiPhone を押し付けるようにして撮影した月は、表面のクレーターまで見えて感動でした。

「次は18年後だね。またみんなで集まろう!」

と盛り上がった私達。アメリカに来て15年。お月見は初めてです。10時半ごろさよならし、助手席と後部座席ですやすや眠る妻子と共に、しあわせ~な気分で家路につきました。


2015年9月24日木曜日

One thing after another 踏んだり蹴ったり

今朝早く、部下のシャノンからメールが届きました。

「昨日ジュリアが歯医者に行った時に色々あって、今日も別の医者のところへ行かなきゃいけなくなったの。出社は午後一番になると思う。」

ジュリアというのは高校生の娘さんです。この子は歯にまつわるトラブルに小さい頃から悩まされていて、これまでもシャノンは何度も会社を抜けて娘の歯医者通いをして来ました。昨日は、「インプラント」という手術の予定日だったのです。早退する前にシャノンは、

「あの子はこれでようやく、歯の問題を巡る長い旅に終止符を打てるのよ。」

と、安堵の溜息をついていました。

昼休みの中盤に現れた彼女に、何が起こったのか聞いてみました。

「昨日、施術前に3D X-ray(三次元レントゲン)を撮ってもらったのね。そしたら、インプラントを予定していたポイントの根元の間隔が7ミリ必要なところ、4ミリしか無いことが分かったの。このまま手術したら両脇の歯の根っこを駄目にしてしまうって。インプラントは取りやめて、一から矯正をやり直さなきゃならないって言うのよ。これを聞いたジュリアがね、いつもは年齢の割に冷静な子なのに、その場で泣き崩れちゃったの。これまで何年も辛い思いをしてたのが、一気に爆発しちゃったんだと思うのね。先生が困っちゃって、おろおろよ。」

虫歯知らずで歯医者ともほとんど縁のない私には、想像もつかない事態です。

「実は私自身も、最近色々あったのよ。話してなかったけど、貸し家にしてるアパートのガレージが、週末に火事を起こして大騒ぎだったの。それでなくてもここ数週間は連日夜遅くまでの残業でストレス溜まってたせいか、気が付いたら私もジュリアの隣で泣いてたの。」

歯医者の診察室で泣く母娘。これは医者にとってもなかなか衝撃的な光景だったことでしょう。シャノンが言います。

“It’s one thing after another!”

文字通り解釈すれば、

「次から次に色んなことが起こる。」

ですが、後で各種サイトをチェックしたところ、このThing Problem(問題)やDifficulties(困難)の意味で使われることが多いようです。

そんなわけで、シャノンが言いたかったのはこういうことですね。

“It’s one thing after another!”
「もう踏んだり蹴ったりよ!」

「でもさ、最新テクノロジーのお蔭で事前に問題が分かったんだから、手術が始まってから発覚するより良かったんじゃない?」

と私。

「そうなのよ。ジュリアにもそう言ったんだけど、あまり効果無かったわ。」

ま、そう言われて簡単に気持ちがおさまるくらいなら、初めから涙なんか流さないか。

「ヨーロッパじゃ、今この瞬間にも何万人という難民が命懸けで地中海を渡ってるでしょ。歯医者に通えるだけでもラッキーだっていう慰め方はどう?」

「それも言ったの。これはちょっと効き目あったみたい。ま、一旦泣き止んじゃったら腹が座ったみたいだけどね。これだけ色々大変な目に遭ったんだから、ここから先はきっと良いことだらけよ、って言ってあげたの。」

とシャノン。良いお母さんだなあ。

それから一時間後、私の隣にやって来て静かに腰を下ろした彼女が、呆れ顔と笑顔をミックスしたような複雑な表情で、こう言いました。

「今、フランクからテキストが入ったの。」

フランクというのは、シャノンの旦那さんです。

「ハッピーアニバーサリー(Happy Anniversary)って書いてあるの。一瞬何のことか分からなかったんだけど、よく考えたら今日って私達の結婚記念日だったのよ。もう、すっかり忘れてた。こんなの、信じられないわ!」

「踏んだり蹴ったり」はまだ終わりじゃなったのですね。ま、最後の一発は殺傷能力低いけど。


2015年9月12日土曜日

Get my ducks in a row. 準備万端整える。

数カ月前、オレンジ支社のブライアンとロングビーチの建築設計プロジェクトについて話し合っていた際、彼がうんざりした表情でこう言いました。

“Every time I try to get my ducks in a row, management would change everything.”
「アヒルを一列に並べようとすると、決まって上層部が全部ひっくり返すんだよ。」

過去一年間、オレンジ支社では度重なる組織改変で、ほぼ四半期毎にボスが交代しています。当然ながら事業方針は一貫性を欠き、PM達はこれに苛立ちを募らせているのです。ブライアンは知っている同僚の中でも、「笑いながら怒る人」の代表選手。口を開けば、「もうどうでも良くなった。ただ言われたことを黙ってこなして行くことに決めた。クビにするならどうぞしてくれ、という境地だ。」と、怒りに紅潮した笑顔で滔々と諦観を述べます。

私は同情を示しながらも、ずっとむずむずしながら彼の話に耳を傾けていました。

「ブライアン、ちょっと聞くけど、なんでさっきアヒルの話をしたの?」

彼が怒りの長口舌を締めくくるのを見計らって、恐る恐るこの疑問を彼にぶつけてみました。

「え?俺、アヒルの話なんかしたっけ?」

「ほら、アヒルを一列に並べるって言ってたじゃない。」

「あ、そのこと?」

途中で彼の話を遮らなかったことで、きっと満足していたのでしょう。下らない質問をしやがって、とムカつく様子もなく、説明してくれました。

「準備のためにOrganizeする(整理整頓する)ってことを言いたかったんだよ。会議とか旅行の前には、それがうまく運ぶように準備万端整えるだろ。」

「うん、そういう意味だろうことは何となく分かってた。僕が聞きたいのは、なんでそこでアヒルが出て来るのかってこと。」

ここでブライアンは、上を向いて黙ってしまいました。

「う~ん、考えたこともなかったよ。お母さんアヒルが子供たちを一列に並び従えてる状態から来てるんじゃないかな。本当の語源は知らないけど。」

それ以来、複数の人の口からこの表現が飛び出すのに出くわしました。もしかしたら、これまでも頻繁に使われていたフレーズなのかもしれません。イディオムというのはきっと、それと知るまでは、実際に使われていても聞き流しちゃうものなんですね。

先日、環境部門の同僚ディックに同じ質問をしてみました。

「俺の頭はその表現を聞くとすぐ、オーガナイズする、という言葉に自動変換しちゃうけどね。いちいち語源を考えてこのフレーズを使ってる人なんていないと思うよ。」

と笑うディック。

「だってさあ、どうしてもアヒルの家族が一列に進んでるイメージが頭に浮かんで来ちゃうんだよ。それがあんまりハッピーな映像なもんで、準備を整える、という意味に繋がる前に池の向こうに消えて行っちゃうんだよね。」

Kill two birds with one stone (一石二鳥) はどう?いちいち視覚イメージが浮かんでくる?」

「あ、そうだね、そっちは浮かばないや。不思議。Bird(鳥)と言うかDuck (アヒル)と言うかで随分インパクトが違うなあ。」

昼休みになり、キッチンのカウンターに座って弁当を食べていたら、向かい側にベテランPMのダグが座り、休日をどう過ごしたか、という話題になりました。

「息子たちを連れて、猟に行ったよ。」

彼は素早く周囲を見渡し、我々の会話が聞こえる範囲に他の社員がいないことを確認します。この支社には生物環境保護を専門にしている社員が大勢いて、狩猟の話題は快く受け入れられない可能性が高いのです。

「今回は何が獲物だったの?」

と私。前回は鹿狩りだったのは知っていました。うちの息子と同い年の彼の末っ子が、死んだ鹿の首に腕を回してニッコリ笑ってる写真を見せてもらったので。

「今回は鳩(Doves)だよ。散弾銃で撃った。その後皆でバーベキューさ。」

「鳩ってどんな味がするの?」

「ちょっとレバーっぽいね。でも美味いよ。」

「手羽先とか?」

「いやいや、羽の部分には肉なんか無いよ。食べるのは胸だけだね。こうやって皮を剥いてから肉をはずすんだ。」

彼は両手で何かをひっくり返すジェスチャーをしてくれたのですが、動物を捌いた経験の無い私には、全く想像がつきません。

「散弾銃の破片が肉に食い込んでることがあるから、気を付けて食べなきゃいけないんだ。」

そしてキッチンカウンターに誰かが広げてあった新聞の記事を指さし、

「このoという活字くらいの大きさしか無いから、なかなか気付きにくいんだけどね。舌の上で肉を転がしてチェックしてから飲み込むんだ。」

彼は口をもぐもぐ動かしてから、ぺろっと舌を出す真似をしました。

私は急に思い出して、Get my ducks in a row の語源について尋ねてみました。彼はちょっと考えてから、こう答えました。

「弾丸を無駄にしたくない猟師が、一発で複数のアヒルを殺せるように、自分から見て縦一列に並んだ状態になるような場所で銃を構えることだと思うんだけど…。違うかな。」

あらためて、キョロキョロと周囲を確認するダグでした。

2015年9月5日土曜日

日本人あるある

先日の夕方、二つ上のフロアで働いている同僚マリアがやって来ました。

「最近うちの階に全然顔出さないじゃない。」

と、のっけから詰り口調。

「そっちこそ、ちっとも降りて来ないじゃん!」

とすかさず応戦すると、

「何で来たかっていうとね、日本食を食べる会をそろそろまた企画してよって言いたかったの。」

と、子供がおねだりするような目で笑います。

「あ、その話か。」

前のオフィスにいた頃は、仲間と連れ立って時々地元の日本食レストランでディナーを楽しんだものです。これが意外と人気のイベントで、皆の超乗り気な反応に毎度驚かされていました。同僚たちに会う度に、次の会はいつ?とせかされるほど。

「分かった。じゃ、9月の終わりくらいに企画しよっか。」

「やったぁ!インビテーション送ってよ!」

私が招待状を送るまでその場を去らないぞ、という圧を感じたので、「日本食ディナーを楽しむ会」と銘打ち、会場未定のまま仲間たちへ一斉メールを送信。すると、間髪入れずに「参加します」という返事が届き始めました。これを見届けてから、マリアが満足げに去って行きました。

翌日、若手PMのサラと打合せを始めた際のこと。彼女が目を輝かせ、

「シンスケからの招待メールを開けた時は、ものすごく興奮しちゃったわよ!」

と顔を上気させたので、

「それは良かったね!」

と答えつつ、何か腑に落ちない感じを味わっていました。みんなどうしてそこまで喜ぶのかな?そんなに日本食が好きならレストランを探して自分で足を運べばいいわけだし、ただ同僚達とわいわい集まるのが楽しいというのなら、こないだ地ビールの店に皆で繰り出した時だって同じくらい盛り上がってても良かったはずだし。ほんと、不思議。そもそも、一般のアメリカ人が日本や日本人に対してどういうイメージを抱いているのか、いまいちつかめないのです。

数年前、一時帰国から戻ったばかりの私が同僚達を集めて30分ほど土産話をプレゼンしたところ、のめり込むように聞いていた同僚のスーが、

「へえ、中国ってそういう感じだったんだ!」

と思いっきり国名を間違えてコメントして来たのに言葉を失ったこともありました(周りの誰もスーに突っ込まなかったこともショックでした)。アメリカ人にとって、アジアは十把一絡げなんだなあ、と実感した次第。

そんな経験も手伝って、日本に対するアメリカ人の関心がどの程度のものなのか、今でも良く分からないでいるのです。そんな感じで「日本食ダイスキ」とか言われてもねえ…。

ちょっと前、日本通の同僚ダグが、厚木基地のプロジェクトに携わって暫く東京周辺に滞在していた頃の思い出を語ってくれました。ヤクザが介入しようとして揉めた事件とか、新幹線に乗る時に日本人乗客がビールを飲みながらタコの脚の切り身にかじりつくのを見てゾッとした話とか(アメリカ人の多くはタコを食べないので)。

「日本人男性が職場で奥さんに電話をかける時って、誰でも同じことを同じ声で言うよね。」

と、嬉しそうに話すダグ。

「え?そう?そんなこと無いと思うけど。みんな何て言ってた?」

この藪から棒な指摘には全く思い当たる節が無く、私は首を傾げてしまいました。するとダグは受話器を耳に当てたジェスチャーで口を小さく開き、若干鼻にかかったような声でこう言ったのです。

「むしむ~し。」

職場での私用電話だから周りに気を遣ってるんだよ、だからそういう発音になっちゃうの、と解説する私。これまで十回以上日本へ出張して来た彼にとっての「日本人あるある」が「むしむ~し」だというのは、なんともやり切れない話でした。

さて、こないだの週末は、日本人の友人宅(豪邸)でホームパーティーがありました。毎年8月最後の土曜日に開かれる宴で、今年も百人近い老若男女が集い、楽しく飲み食いしました。遠くに海を臨む巨大な裏庭の一角に立ち、日本人配偶者を持つ白人男性二人(リーとアンディ)と談笑していた際、日本人の特徴の話題になりました。日本に住んだこともある二人は、一般のアメリカ人よりも遥かに大和文化に慣れ親しんでいるはず。そんな彼らからどんな「日本人あるある」が飛び出すか、これは期待出来そうだぞ、とワクワクしていました。

「日本人ってさ、簡単にイエスを言いたくはないけど結局は同意せざるを得ない状況だと、喋る前に歯の間から思い切り息を吸い込むよね。」

と、リーが切り出します。

「はっ?」

何を言っているのかなかなか理解出来ない私。それまで口数が少なかったアンディが、これに食いつきます。

「そうそう、しょっちゅう聞くね。やりましょう、やるにはやるけどでもねえっ、て感じの気の進まない状況でね。」

そして二人同時に、ちょっと顎を上げ気味で首を傾げ、閉じた歯の間から息を吸い始めました。

え?それが日本人のイメージ?

歯を食いしばって大きく口を横に開き、スースー音を立てながら何度も息を吸い込む白人男性二人を前に、よく分からないけどこれから頑張っていかなきゃな、と思う私でした。