2018年5月28日月曜日

Elbow-Rubbing Person 肘をこする人


先々週の水曜、夕食を終えてソファでくつろいでいたところ、携帯にテキストメッセージが入ります。

「シンスケ、まだ同じ会社にいる?」

だいぶ前に突然辞職した、若いエンジニアのジェイソンからでした。どういう経緯でそうなったのかも知らないし、退社当日の記憶さえ無く、気が付いたら消えていた、という印象。勝気な男だったので、何かに腹を立てて喧嘩別れ的に突然飛び出して行ったのかなあ、と勝手に想像していました。そんな彼が、どうして今頃連絡を取って来たのか?

「うん、まだいるよ。元気?」

「ヘイ、マイフレンド!そのうちランチに行かない?」

「いいね。そっちもサンディエゴにいるの?」

「イエス、サー。ダウンタウンにいるよ。こないだPMPを取得したんだぜ!」

「やったね!それじゃ、お祝いしなくちゃ。来週火曜でどう?」

そんなわけで翌週、「エクストラオーディナリー・デザート」という人気レストランでのランチが決まったのでした。

私の勤める会社は人の出入りが多く、二、三年で社員が去ることは珍しくありません。最初の内はそのことに動揺していましたが、今では「そうかそうか、またいつかどこかで会おう!」くらいの受け止め方になっています。人の一生というスケールで見れば、転職なんて大した事件じゃない。僕はただ彼等と知り合えたことに感謝し、ひとつひとつの出会いを大切にして行こう、と。「袖擦り合うも他生の縁」と言うじゃないか…。

さて、眉間に皺を寄せたシリアスな若者役時代のデカプリオそっくりなジェイソン。同じオフィスで働いていた頃は、権威に屈せず正論を貫こうとするこの若手社員にハラハラしながらも、ついつい応援せずにはいられなくなる元「青臭い若造」の私でした。新天地で活躍してくれてたらいいけど、もしかしたら「勢いで転職してはみたものの、隣の芝生は青くなかった。何とか戻れる道は無いか。」なんて泣きつかれるんじゃないか。あるいは、「うちの会社に来てプロジェクト・コントロールやってくれないか」と勧誘されたりして、などと色々な展開を想定しつつ、店の前で彼を待ちます。

12時ぴったりに現れた彼は、携帯で誰かと話しながら笑顔でこちらに右手を挙げ、すぐに終わるから、という手振り。そういえばこの男、ミーティング開始時間になってもこちらを待たせ、携帯で誰かと話しながら廊下を行ったり来たりしてることが多かったな、と思い出して可笑しくなりました。

「いつ辞めたんだっけ?」

店の真ん中の二人掛けテーブルに向かい合わせて座り、さっそく質問する私。

2016年の12月だよ。シンスケはちょうどオーストラリアに出張してたから、話すチャンスが無かったんだ。」

「そっか、だから記憶が無いんだ。」

これでようやくすっきりしました。ぷいと去って行ったわけではなかったのです。

新しい会社は社員200名程度。直接社長と話すチャンスも度々あり、風通しは頗る良いとのこと。PE(プロフェッショナル・エンジニア)にPMPの称号も加わり、「シニア・プロジェクトマネジャー」という堂々の肩書。組織が小ぶりな分活躍の場は広く、伸び伸び働いていると言います。

私がかつてサポートしていた彼の担当プロジェクト数件がその後どうなったかを尋ねるジェイソンに、

「ジャックがPMを引き継いだけど、彼は僕のサポート要らないってさ。オファーはしたんだけどね。あの部門はメンバーほとんど総とっかえしちゃったから、様子がよく分からないんだ。」

と答える私。

「ジャックか。あの男には俺、ずっと変人扱いされてたなあ。」

「え?そうなの?」

「格別評判良くなかったでしょ、俺。」

「気が付いてたの?」

「そりゃそうだよ。」

周囲との摩擦に頓着しないその姿勢に、彼の上司や同僚達が手を焼いていたことは知っていました。しかし、本人がどれだけそれを意識していたかは謎だったのです。

この時ジェイソンが放った次の言葉に、思考が止まります。

“I’m not an elbow-rubbing person.”
「俺、肘をこする人じゃないから。」

ちょっと待った!と会話を中断。ヒジをこする?どういう意味?と解説を求めます。

「知らない人達の中にでもどんどん入って行って親しくなろうとする人のことだよ。」

「それがどうして、ヒジと関係あんの?」

Rub elbows with someone(人とヒジをこすり合う)ということは、すごく近い距離で誰かと話すことだろ。だからじゃないかな。」

なるほどね。要するにこういうことですね。

“I’m not an elbow-rubbing person.”
「俺、社交的な人間じゃないから。」

ジェイソンが真剣な表情で続けます。

「ただ同じ会社で働いているからといって、無条件に仲良くしなきゃいけないってのはおかしいと思う。俺は表面だけナイスな人間になりたくないんだ。己の信じる道を突き進むと、決まって周りとの調和を強要する人が現れる。それに屈することは、自分の信条が許さないんだ。衝突は日常茶飯事だった。お前って嫌なヤツだなって面と向かって言われたこともあるよ。」

「頑固だとは思ってたけど、そこまで悪い印象を受けたことは無いなあ、僕は。」

「それは良かった。」

それから彼が、話題を変えます。

「シンスケの中長期展望を教えてよ。今後のキャリアはどう考えてるの?」

お、遂に転職の意思を探る釣り球を投げ込んで来たか?ちょっと考えてから、正直に答えます。

「僕は野心家じゃないからね。組織での出世は考えて無いんだ。それより現場の人間に徹して、会社がプロジェクト・コントロールという機能をもっと効果的に使えるようにしたい。今は部下が五人しかいないけど、更に増員し、皆をしっかり鍛えて早く一人前にしたい。そしていずれは彼らが同じように誰かに知識や技術を伝授して、数年後にはプロジェクト・コントロールのスペシャリストが各オフィスに散らばっている、という体制を作りたいんだ。そうすれば、大勢のPMをしっかりサポート出来るだろ。」

「すごいね。充分野心的じゃん。」

「そうかな。こういうのも野心的って言うの?」

「言うでしょ。」

「君の方はどうなの?今後の展望は?」

と、ボールを投げ返す私。

「シンスケ、まずは俺、感謝の気持ちを伝えたいんだ。」

「え?急に何だよ?」

「新米PMだった頃からずっとサポートしてくれただろ。その過程で、プロジェクトマネジメントの基礎をしっかり学ばせてもらった。特に財務会計分野の理解が深まったことは大きいよ。お蔭で、今度の会社ではエグゼクティブ達よりもプロジェクト財務分析に詳しくなってるんだ。ベテラン達からも一目置かれるようになってね。実は明日も、アーバイン本社でのトップ会議に呼ばれてる。俺の意見が聞きたいんだって。」

「おお~っ!それはすごいな。おめでとう!」

私より20年以上も若いジェイソン。まるでやんちゃ坊主だった親戚の子が、優等生として朝礼で表彰されたニュースを聞かされたような気分でした。それから彼のPMP取得にまつわるエピソードなどを聞き、その目覚ましい成長ぶりに目を細める私。

「じゃあここは僕が。」

時計を見ると、もうすぐ一時半。そろそろ精算して職場に戻ろうと、請求書の載せられたトレイに手をかける私。

「駄目だよ!」

慌てたジェイソンが、がっしりとトレーを押さえつけます。

「え?なんで?PMP取得のお祝いをしようって言ってあったじゃん。」

「いや、今日ランチに誘ったのは、どうしても感謝の気持ちを伝えたかったからなんだ。俺が今こうしていられるのは全てシンスケのお蔭なんだから、ここは絶対俺に払わせてよ。」

向かいからトレイをつかんで引っ張るジェイソン。ヒジをテーブルに擦りつけながら、こちらを睨みつけます。映画 The Aviatorで若きハワード・ヒューズを演じた頃のデカプリオみたいな、険しい表情。真剣です。

「分かった。有難う。ご馳走になるよ。」

と、手の力を緩める私。社交性に欠ける若者の見せた精一杯の感謝のジェスチャーに、ぐっと胸が詰まったのでした。


8 件のコメント:

  1. いいエピソードですね。社交性には欠けていても、頭脳明晰で土性骨のある人なら将来は明るいでしょう。

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    1. 土性骨…いい言葉ですね!ジェイソンはまさにそんな若者。きっと今後も大活躍してくれることでしょう。

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  2. オイラも中々転職に踏み出す勇気はないなぁ。。。

    ”貴様らいつまで女子のつもりでいるんだ問題”を書いているエッセイストのジェーン・スーがラジオで人生相談みたいなのに答えるのがあるんだが、転職を迷っているリスナーに対しての回答でこんなこと言ってた。

    「転職って初体験と一緒で、やるまえは大それたことに感じるけど、1回ヤっちゃうと、こんなもんかです。そして何回も転職しちゃうんだよね。」
    https://note.mu/zakiko333/n/n7340ae6bf820

    日本の会社だと、
     ・生意気言うケド仕事の出来は85%
     ・全く文句を言わないで仕事の出来は60%
    の両者では後者の方が出世しやすい所があるよね。生意気言うなら120%の成果を出して唸らせないと、とんとん拍子ではエラくなれないと思うナ。

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    1. ジェーン・スー、すごいね。卓越した比喩に感服。

      ジェイソンの将来に希望が持てるのは、その言動に浅薄さが全く感じられないから。相手と適当に調子を合わせることが皆無なので反感は買うけど、長い目で見れば信頼を勝ち取れると思うんだよね。

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    2. ちなみに、
      ちょっと前にWWEで活躍していたプロレスラーのブライアン・ケンドリックは、2000年頃にZERO-ONEという団体に上がっていた際にはディカプリオに似ているということで、レオナルド・スパンキーというリングネームを名乗っていました(全く役に立たないムダ知識)。
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF

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  3. イケメンじゃん。170㎝で80キロってとこだけ聞くと肥満体を想像しちゃうね。

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  4. 全く話は変わるのだが、昨日、伊集院光のラジオで井上康生が喋っていたのがなかなか面白かった、意外と喋りがうまいんだよね。
     https://www.youtube.com/watch?v=c6s1q-VquV4

    だけど、もっと面白いのは奥さんのブログが「デスブログ」と呼ばれていること(笑
     https://pinky-media.jp/I0005386
     https://entert.jyuusya-yoshiko.com/higaaki-blog/

    一時期はGoogleで「デスノート」と入力すると映画より原作より先に東原亜紀のブログが検索結果として出ていたんだよね。

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  5. 井上康生は日本の宝。東京オリンピックでは新星たちに活躍して欲しいね。

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