2017年12月23日土曜日

He’s such a ham! 彼ってほんとにハムなのよ。

「卒業式、どうだった?」

月曜の朝一番、出勤して来たシャノンがコンピュータを立ち上げるのを待って尋ねます。先週土曜日は、彼女の息子さんグラントの大学卒業式だったのです。ちょっと待って、とスマホを暫くいじった後、画面をこちらへ向けてスライドショーのように写真をコマ送りするシャノン。キャンパスの芝の上、サテン地の青いガウンを纏い同色の博士帽を被ったグラントが、サングラスをかけて二カッと笑い、おばあちゃんや両親、それに幾組かの友達と並んで何十枚もの記念写真に応じている。

「やっとだね。ほんとに良かったね。」

アメリカの卒業式は、5月から6月にかけて催されるのが一般的。12月卒業というのは若干中途半端なタイミングなのですが、これにはわけがあるのです。

息子さんのグラントは、幼い頃から高校卒業時までAnxiety Disorder(不安障害)という問題を抱えていたそうです。些細な不安が元でしょっちゅうパニックに陥るため、心理カウンセラーに通うなどしてさんざん苦労したのですが、大学進学後は嘘のように症状が消え、今度は一転して極端なのんびり屋に変貌。「ちっちゃいことは気にするな」とワカチコ平和に暮らすようになりました。そして今年の5月、家族全員で卒業祝いパーティーの準備を整えていた矢先、驚愕のニュースが舞い込みます。必要単位数の確認をミスってて、あと一学期通わないと卒業出来ないことが分かった、とグラント。一同騒然とする中、そんな大失態を気に病む素振りすら見せない息子。「別にいいじゃん、卒業式なんてどうだって。」と肩をすくめる彼に、

「あんたの学費に一体いくら注ぎ込んで来たと思ってんのよ!これはあんただけの卒業式じゃないのよ!」

とブチ切れるシャノン。それから彼は半年かけてようやく残りの単位を取得し、卒業資格をゲットしたのです。

「今回だってね、もうひどいのよ。」

数年前から友達数人と家賃を出し合ってアパート暮らしをしているグラントから、

「卒業式の会場まで、僕のガウンと帽子を持って来てくれる?」

と頼まれたシャノン。事前にしわ取りを依頼されていたので、注意深くガウンにスチームをかけ、ハンガーにかけて保管していたのですね。晴れの衣装を携え、家族全員でニ時間前に会場入りしたのですが、開始まであと45分という段になっても本人が現れません。訝しく思って電話をかけたところ、まだアパートで寝ていた様子の息子。一体何考えてるのよ!と怒りまくりますが、大丈夫、すぐ着くから、と悪びれる様子もない。式典スタート15分前にふらりと登場した彼は、母親から受け取ったコスチュームに素早く着替え、まるで何事も無かったかのように笑顔で卒業式に参加します。証書授与の列を渋滞させてまで長々と立ち止まり、家族のカメラに向けて写真用の笑顔を作るし、誰かの歓声を聞くや、緊張気味に着席しているクラスメート達の真ん中ですっくと立ち上がり高々と両手を挙げる。

「見てよ。とんでもなく目立ってるでしょ。」

言われてみれば、他の卒業生が全員背を向けている場面でもこっちを向いて、ひとり満面の笑顔を見せています。

“He’s such a ham.”
「彼ってほんとにハムなのよ。」

おっと、今なんて言った?息子のことを「ハム」と呼んだ?

「ちょっと待って。ハムって何?なんでグラントがハムなの?」

うーん、なんでしら。分からないけど、目立ちたがってよくふざける人のことをそういうのよ、と笑うシャノン。早速ネットで調べてみたところ、語源は19世紀にさかのぼるようです。「The Ham-Fat Man」という安っぽいコメディ調の歌が大流行したことがあり、以来プライドを捨ててただただ存在感を示すための雑な演技に走る役者を蔑み、Hamfatter」と呼ぶようになったのだとか。で、それがそのうちただの「ハム」に縮められ、今では注目を集めるために始終おちゃらけてるタイプの人を指すようになった、と。シャノンの言いたかったのは、こういうことですね。

“He’s such a ham.”
「あの子はほんとにお調子者なのよ。」

十数年間不安と戦って来た我が子が一転、人並外れたご陽気者に変身。何がどうなって振り子が逆に振れたのかは分からないけど、それって嬉しい展開だよね、とコメントする私。母親の立場ではそうそう手放しで喜べないんだけどね、とシャノンが笑います。

話変わって水曜日の朝。IT部門でロスのオフィスにいるジャックに電話をかけました。新PMシステムの問題がこじれていて、前の週にヘルプ・チケットを提出したところ、彼が担当になったのです。ジャックとは、かれこれ十年来の付き合い。そもそも旧PMシステム開発チームの一員だった彼は、エクセルやデータベースの達人で、しかもプロジェクトコントロールの経験も豊富な切れ者です。

去年オースティンで開催された新PMシステムのトレーニングに招かれた際も、彼がIT部門から参加するというので、空港で待ち合わせて二人でタクシーに乗った仲。60歳を悠に超えている白髪交じりのジャックは、口を開けばたちまち歯の隙間から皮肉や嘲笑がこぼれ出す、典型的な偏屈オヤジです。ホテル到着後も早速二人で近所のバーガー屋へ出かけたのですが、歩いている間もランチの間も、新PMシステムやその開発チームに対する文句を延々と垂れ続けていました。俺たちのチームが何年もかけて作り上げたシステムをコケにしやがって、しかも過去の経験から学ぼうとする姿勢も無い。新システムの開発チームから意見を求められたことは一度だって無いんだぜ。なのに完成直前になって、俺たちにサポートチームに加われって言って来やがって、馬鹿にするのもいい加減にしてくれよ。で、蓋を開いてみたら何だこのひでえシステムは。大体、財務データを扱うのに今回のプラットフォームは脆弱過ぎるんだよ。オラクルとの相性だって全然良くないし。データベースのことを何も分かってない連中がいくら額を寄せ合ったところで、ガラクタしか出来ないに決まってるんだ。今回のトレーニングでは、徹底的にアラを指摘してやる、と。

実際、トレーニング中に何度も立ち上がり、両手をズボンのポケットに入れたまま意地悪な質問を投げかけていました。うわあジャック、今更そんなこと言ったってもう手遅れだし、講師も出席者もみな眉をひそめてるぜ…。忠告しようかと何度も思ったのですが、今の職を守るためにプライドを呑み込んで新チームの軍門に下った彼の心中を察し、目を逸らすしかない私でした。

あれから一年経ち、新PMシステムのITサポート・チームの一員として定着しているジャックが、果たしてどんな心境の変化を遂げたのか?興味津々でした。

「随分ご無沙汰だけど、元気?」

と明るく投げかける私に対し、まるでたった今ややこしいイザコザに巻き込まれてうんざりしている人のように、長い溜息にのせて低い唸り声を上げるジャック。それから一呼吸置いて、ようやく彼の発した第一声がこれ。

“I’m happy as a pig in poop!”
「糞まみれのブタくらいハッピーだよ!」

え?何それ?どういう意味なの?と思わず吹き出しながら尋ねたところ、挨拶代りのイディオムなど解説に値しないとでも思ったのか、さっさと本題に入るジャック。今回のトラブルは、別プロジェクトの一員が契約書の金額を間違って入力してしまったためにシステムがエラーを起こした、というもの。その人に入力をキャンセルしてもらわないと問題は解決しない、というのです。なんで一プロジェクトのエラーが全然別のプロジェクトにまで影響を及ぼすのかって?そりゃシステム設計のミスとしか言いようがないだろ。とジャック。それから15分ほど、ため息交じりの罵詈雑言が続きました。

電話を切ってすぐ、ジャックの使ったフレーズをネットで調べてみたところ、これが

“Happy as a pig in mud”
「泥の中のブタくらいシアワセ」

というフレーズ中の「泥」を「糞」に置き換えたものであることが分かりました。真偽はどうあれ、豚というのは泥や糞にまみれているととにかく機嫌が良いことから、極度に幸せな状況を指すようになった、という話。例えば「大好物はスイーツ」という人が、アイスクリームとケーキとドーナツまとめて食べ放題、みたいな状況下で、この上なくハッピーと言えるわけですね。だとすれば、ジャックの挨拶はこう訳せるでしょう。

“I’m happy as a pig in poop!”
「何もかも最高だよ!」

しかしその後の長広舌が撒き散らした毒の量を考えると、額面通りに受け取るわけにはいかない私。夕方、いつも何でも丁寧に教えてくれる文化財チームのクリスティを訪ね、今朝のジャックのセリフの解説をしてもらいました。

「大抵はそのまんま最高にハッピーだっていう意味になるけど、今の話を聞いた限りでは皮肉の可能性が高いわよね。だって大きな溜息つきながら言ってたんでしょ?ネガティブな人って、世の中のことを何でもかんでも無理やり捻ってネガティブに変えちゃうからね。」

彼女の幼馴染にもシェリーという “Pathetically Negative”(悲惨なまでに陰気な)人がいて、フェイスブックに挙げるコメントが百パーセントネガティブなのだそうです。「大変なことになっちゃった」とか「ほんとに嫌になっちゃう」とか「もう駄目かも、あたし」みたいに説明不足の一言をこつこつアップするものだから、友達みんなでいちいち、「どうしたの?大丈夫?」とかまってあげなければいけないのだと。

「最近は私、もうめんどくさくなっちゃって放ってるの。」

と笑う。

「ネガティブさって感染性があるから、同じグループにそういう人がいると大変だよね。」

と私が言うと、

「そうなのよ。どんなにその人が優秀だったとしても、ネガティブさ一発で全て帳消しでしょ。」

ここで私はシャノンの息子グラントのエピソードを持ち出し、「ちょっといい加減だけど陽気な人と、きっちり仕事してくれるけど陰気な人。さてどっちがいい?」という「究極の選択」を突きつけました。二秒ほど宙を見つめて考えた後、二人同時にあっさり前者を選んだところで、なんとなく笑いが出ます。

「糞まみれのブタ」ジャックに「ハム」のグラントが勝利!というお話でした。


6 件のコメント:

  1. ジャック氏のくだりを読んでいて頭の中には映画「48時間」のニック・ノルティが思い浮かびました。あの映画の中ではすんなりと出てきそうなフレーズだよね。戸田奈津子さんならどう訳すだろうねぇ。。。そういえば、あの役名もジャックじゃなかったかな?

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  2. おお~っ!確かにあれもジャックだったし、唸りながら悪態をつく様子もそっくり。うちのジャックはあんなにごつくないけどね。いずれにしても、周りから親しまれにくいキャラなんだよなあ。客観的には面白いんだけど…。

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  3. 苦み走った顔でデスクのモニターを眺めるジャック、
    (下条アトムの声で)「よぉ~ジャック、どうしたぁ。シケたツラしてんじゃねえかぁ」
    (玄田章夫の声で)ああ、クソまみれのブタくらいにご機嫌だぜっ!」
    吹き替えの力ってホント素晴らしいなと思う反面、言語での言葉のあやみたいなのが非英語圏の人たちには伝わらないというのがとっても残念だね。あの映画でそのフレーズが使われてたかは判らないケド。残念ながら、この映画のDVDには日本語吹き替え音声は入っていないみたい。もう一回下条アトムのエディ・マーフィー聞きたいナ
    この映画の監督はその後「ストリート・オブ・ファイア」を撮っているんだよね。こちらも大傑作だよね。

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  4. 吹き替え映画は映画翻訳家の腕の見せ所だよね。声もセリフも完璧にはまると、オリジナルを上回る時があるんだよ。「48時間」はむしろ吹き替え版を観たいもんな。ちょっと前に、20世紀フォックス・ジャパン社が昔の吹き替え版映画のDVDを発売し、大当たりしたって聞いたよ。「ストリート・オフ・ファイアー」の吹き替え版があったらぜひとも入手したいね。今度の一時帰国時に探そうかな。

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  5. 最近のブルー・レイ版では3種類の吹き替えが入っているものが結構あるみたい(劇場吹替版、水曜ロードショー版、金曜洋画劇場版など)。ワーナーの「吹き替えの力」っていうシリーズが充実しているよね。
    http://wwws.warnerbros.co.jp/fukikaenochikara/
    ブレード・ランナーもこれで観たら寺田農の吹き替えが聞けるゾ。

    その他にもブルー・レイ特典って結構あるんだよね。
    https://www.cinematoday.jp/news/N0095272

    オイラはそれにつられて「グラン・ブルー」と「ロッキー・ホラー・ショー」を買ってしまった。ロッキー~の方には幻のTV吹き替え版の音声が入っているヨ。
    ストリート~は購入に迷っている所。あと戦略大作戦がかなりソソられるんだよナ・・・・
    https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E7%95%A5%E5%A4%A7%E4%BD%9C%E6%88%A6-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E5%90%B9%E6%9B%BF%E9%9F%B3%E5%A3%B0%E8%BF%BD%E5%8A%A0%E5%8F%8E%E9%8C%B2%E7%89%88-%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%A4-%E5%88%9D%E5%9B%9E%E9%99%90%E5%AE%9A%E7%94%9F%E7%94%A3-Blu-ray/dp/B01H1K8CAQ

    映画館で観てても、ダイ・ハードとかC3-POの喋りは勝手に野沢那智に脳内変換されちゃってたりするよね(笑

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    1. 耳寄りな情報を有難う。吹き替え版がこれだけ出てるとはねえ。僕は「草原の輝き」と「ジャイアンツ」が気になるなあ。

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