2016年7月31日日曜日

Drink from the fire hose 消防ホースから水を飲む

今週初め、若手社員のカンチーが一週間のお休みから戻って来ました。

「おかえり!どうだった?」

部下のシャノンと二人で出迎えます。メキシコはバハ・カリフォルニアの無人島、学習環境に恵まれない中高生たちと寝泊りし、海洋学を入り口としたサイエンス教育を施すというボランティア活動に参加して来たのです。すべて自腹で。生徒たちは圧倒的な大自然の中、一般の学校教育には到底望めないレベルのリアル学習を進めることで、地球の未来、自分達の未来について考えを深めて行くのだそうです。

十代の初めに両親とベトナムから渡って来た当初は、英語もろくに話せなかった彼女。家も貧しく、大変な苦労をしながら学業に取り組んでいたのですが、そんな時、ひょんなきっかけでこのプログラムに生徒として参加し、一気に視野が開けたと言うのです。今自分がここにいるのはあの夏の体験のお蔭、だからその恩返がしたい、と毎年インストラクターを務めているのだと。

「その傷、どうしたの?」

彼女の左腕に大きな擦り傷を発見した私。

「あ、これ、サメです。」

シャノンと一緒にギョッとする私。そのリアクションに満足したのか、ほとんど間を置かずにネタバラシするカンチー。

「ジンベイザメ(Whale Shark)ですけどね。」

「え?ジンベイザメって人を襲うんだっけ?」

「いえ、歯は無いし、人も襲いませんよ。大きな口を開けてプランクトンを飲み込みながら生きてるんです。」

出現したジンベイザメのそばまで泳いで行って観察していたら、突然背後でもう一頭浮上して来て、すれ違いざまに軽く皮膚が触れたのだそうです。

「サメの肌って、びっくりするほど粗いんです。だからちょっと油断すると、触っただけでこっちが傷ついちゃうんですよ。」

「へ~え。すごい体験をしたんだねえ。」

「職場ではサメに襲われたとだけ言っとけって、仲間に吹き込まれたんですけどね。」

クスクス笑うカンチー。

そんな美味しいネタ、僕なら五分は引っ張るけどなあ。この子ったら、一秒も待たずにバラシちゃうんだもん。モッタイナイ

さてこの週末からは、入れ替わりにシャノンが夏休み突入です。家族で二週間のイタリア旅行。木曜の午後、これから留守を預かるカンチーにじっくり時間をかけて引き継ぎしているのを横目で見ていた私。カンチーが退社した後、シャノンに首尾を尋ねます。

「たっぷり仕事を渡しといたから、あの子、暫くは忙しくなると思うわ。」

「アップアップって感じだった?」

「もちろんよ。そうなるように意識してやったんだもの。」

初めから全部処理出来るとは思えない量の課題を与え、わざとミスを犯させる。そこから何かが学べればいい、と彼女は言います。

「私もそうやって学んで来たから。」

私よりずっと若い彼女がそういう価値観を持っているとは、ちょっと意外でした。

「彼女の生い立ちを聞いてると、共感出来る点が沢山あるの。」

「え?そうなの?」

「私、六人も兄弟がいたから、経済的にも教育環境的にもかなり大変だったのよ。でもそういう状況でも苦労しながら学ぶことで、何とかやって来たの。到底消化できそうも無いような大量の情報でも構わず一気に浴びて、もがきながら何かをつかむ。私の経験上、これが一番の勉強法だと思うのよ。」

ゆとり教育信奉者なら眉をひそめそうな発言ですが、もちろん全面的に賛成です。その時、私の頭にあるフレーズが浮かびました。

“She’s drinking from the fire hose.”
「彼女は消防ホースから水飲んでるんだね。」

これはつい先日、副社長のパットと電話で話している時に彼女の口から飛び出したイディオム。最近転職して来た社員が職務に必要な情報を大慌てで詰め込んでいる様子を描写したものですが、消防ホースから水を飲む、というビジュアルイメージは、このシャノンの主張にもピッタリだと思いました。似た慣用句が日本語にあるかどうか考えたのですが、思いつくのは「千本ノックを受ける」くらい。違いと言えば、ノックのように誰かにシゴかれるわけではなく、むしろ自ら望んで試練に耐えるニュアンスが強いという点でしょうか。

実は私、若いカンチーがどういう働き方をするのか未知数だったので、ここ数カ月は一口サイズの仕事をゆっくりと与えて様子を見て来ました。でもシャノンは、早くもカンチーの強さを見極めたようなのです。大丈夫、この子は試練に耐えるだけの地力がある、と。

ニッコリ微笑んで、シャノンがこう言いました。

「私達、ほんとにいい子を採用したわね。」

私もニッコリ。まるで、孫の寝顔を見て目を細める老夫婦みたいでした。


2 件のコメント:

  1. バハカリはダイバー憧れの地(海か?)なんだよね。ジンベエが出るとはさすがだね。オイラの記憶ではジンベエの皮膚は順方向に撫でたらビロードみたいな官職だったように思っていたのだが。。。逆方向だとおろし金みたいになるのカナ?

    消防ホースの例え。今のキミを造っている土台には霞が関に出向してたあの修羅場があるのかもね。あの時は散々文句言っていたケド、のど元過ぎれば熱さ忘れるとでも言いましょうか(ちょっとアテ外れか?)

    http://blog.livedoor.jp/namuraya/archives/52069378.html

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  2. その通り。今日、カンチーに確認しました。イルカは全身すべすべだけど、ジンベイザメは触れる向きによって肌触りが違うんだって。

    あの出向経験は、まさに消防ホースからの全開噴射だったね。辞職願提出すれすれまで追い詰められたからなあ。喉元は過ぎたけど熱さはいつまでも消えないよ。ま、あれに耐えたからこそ今があるんだけどね。

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