2015年2月28日土曜日

We are jamming. ジャムしてるの。

金曜の昼、オフィスの引っ越し以来すっかり疎遠になっていた同僚ステヴと、久しぶりにバーガーラウンジへ行きました。彼とは別の階に落ち着いたため、話す機会が著しく減っていたのです。

テラス席を陣取り近況報告を交わす中で、彼が奥さんと一緒にシアトルへ行って来たという話題が出ました。Mad Season (マッド・シーズン)というロックバンドが一夜限りの再結成コンサートを開くという情報をゲットし、一も二も無く飛びついた、とのこと。これに彼も同行したのだそうです。

サウンドガーデンのクリス・コーネル、パールジャムのマイク・マクレディ、ガンズ・アンド・ローゼズのダフ・マッケイガンなどのスター・プレイヤー達が一堂に会してのコンサートで、昔からパールジャムの大ファンである奥さんは「一生に一度かもしれない」このチャンスを絶対逃したくなかったのだと。

きっと有名な人達なんだろうし、イベントの希少価値もすごいものなんだろうけど、彼らの音楽に関する知識ゼロな私には、その素晴らしさがイマイチ伝わって来ません。

「俺は彼女ほど期待してなかったんだけど、クリス・コーネルの圧倒的な歌唱力にはぶっ飛んだよ。」

「ふ~ん、知らないな、その人。」

「シンスケだったら絶対知ってるって。007のカジノ・ロワイヤルって映画のテーマソングも歌ってたんだぜ。」

彼はスマートホンでわざわざ曲を探し出して聴かせてくれたのですが、やっぱりピンと来ない。彼ら夫婦が大興奮のうちにシアトルの宵を過ごしたことが頭では理解出来ても、何故か心に届かないのです。

「あのさ、関係ない話になっちゃうんだけどね。」

私は解ろうとする努力を放棄し、話題を変えました。

「さっきパールジャムってバンド名が出たでしょ。ジャムって果物の瓶詰っていう名詞の他に、動詞があるよね。数日前にある人から、こういうメールが届いたんだ。その意味がイマイチ分からなくってね。」

私がPMを務める設計プロジェクトでディレクターをやっている、ビバリーからのメール。

“Are you available to talk now? John and I are jamming in the EAC.”
「今話せる?ジョンとEACにジャムしてるんだけど。」

EAC というのはEstimate at Completion (最終予測値)の略ですが、これにジャムするというのはどういうことだ?急いでオンライン辞書をチェックしたのですが、最適な訳が見つかりません。どうやら、何か狭いスペースにたくさんの物を詰め込む様子を表す言葉みたい。コピー機が紙詰まりした時に「ジャムした」っていうけど、ビバリーのメールからはそれほど悲壮な様子が窺えません。

「ミュージシャンが譜面も持たずに何人か集まって即興でノリノリ共演する、みたいな時にジャムするっていうでしょ。でもこのケースにはちょっと当てはまらないよね。」

と私。暫く考えたステヴが、こう答えました。

「俗語的な用法だから、辞書には載ってないと思うよ。今回の場合、数人で集まって脇目も振らずに大量の仕事を片付けるということだね。ジャズ・ミュージシャンみたいに一種のゾーンに入って力を合わせることで、驚くべき生産性を実現するようなケースに使うフレーズなんだ。We’re jamming on the data analysis. (皆で没頭してデータ解析に取り組んだ)とかね。」

「ふ~ん、そうなのか。でもなんで辞書に出てないのかな。」

「まだ一般に流通していない表現かもね。そういうの、英語にはいっぱいあると思うよ。」

実は別の同僚三人にも同じ質問をしたのですが、皆同じ説明をしてくれたのです。それほど誰もが知ってるフレーズなら、辞書に載っててもいいと思うんだけど…。なんだかどうも納得いかない話です。

その時ステヴが、ハンバーガーをつまんだ手を止めて、パッと顔を輝かせました。

「もしもコピー機数台が楽器を抱えて演奏している漫画があって、そこにWe are jamming. (俺たちジャムしてるんだぜ。)ってタイトルが書いてあったら笑えるよね。」

笑顔で、何度もThat's funny. と繰り返すステヴ。

う~ん、それって面白いか?


最初から最後まで、「イマイチ伝わらない」会話の続いた金曜日のランチタイムでした。

(ちなみに、そういう漫画、存在してました。)


2015年2月22日日曜日

Out of the month of babes 赤ん坊の口から?

三週間前の日曜日のこと。ここのところすっかり恒常化していた休日出勤から昼前に帰宅すると、13歳の息子が妻に、

「パパってすごいお金持ちなんでしょ。」

と嬉しそうに言いました。その根拠はと尋ねる妻に、

「だっていっつも残業してるじゃない。日曜日も会社に行ってるんだから、沢山給料貰えるんでしょ。」

と無邪気に答える愚息。

「何言ってんの?そんなのサービス残業に決まってるじゃない。余分に給料貰ってるわけじゃないのよ。」

と、半ば呆れたような、私にあてこするような表情で答える妻。ええっ?と素直に驚く息子。

「そんなのバカじゃん!だったらもっと僕と遊んでよ!」

と態度を豹変させ、最近ちっとも遊んでくれない、と文句を垂れ始めました。13歳にもなってまだ親父と遊びたいのか、と驚くと同時に、目を覚まされたような気もしました。

翌週の日曜は妻が家を空けていたので、午前中に息子を連れてラホヤのファーマーズマーケットへ出かけました。彼はダイバーのおじさんが出しているお店で立ち止まり、店主が海底から採って来たという100年前の銃弾を買いました。私はりんごとオレンジ、イチゴ、かぶ、スナップえんどう、ジャパニーズ・トマトなどを購入。どれを取ってもとびきり新鮮で、光り輝いています。帰宅してからサラダや炒め物にして、二人で美味しく頂きました。

「すごくおいしい。また連れて行って!」

と目を細める息子。そしてハッと気づいたように、

「あ、そうだ。パパ、今日は会社行かなくていいの?」

と尋ねます。もう日曜出勤は止めたんだよ、と答えると、

「有難う。そっか、それで僕をファーマーズマーケットに連れて行けたんだね。」

と再び笑顔になりました。

休日出勤というのは、麻薬のようなものです。誰もいないオフィスで効率よく大量の仕事を片付けてしまえば、平日の業務がかなり楽になる。だから一旦そのサイクルにはまってしまうと、なかなか抜けられなくなるのです。しかも「同好の士」が意外にも大勢いて、こっちが週末も働いていることに勘付くと、どんどんメールを送って来たりもする。アメリカ人なんて週40時間以上は働かないとかつては思っていた私ですが、とんでもない。少なくとも私の周囲では、特に組織内での地位が高ければ高いほど、就業時間は長くなる傾向があるようです。

とにもかくにも、この休日出勤という「麻薬」をすっぱり断ち、息子としっぽり過ごした日曜日。忘れがたい一日になりました。

オレンジ支社へ出向いた火曜日の夕方、閑散としたほぼ無人のオフィスで残業していた同僚パトリシアにこの話をしたところ、すかさずこんな合いの手を入れて来ました。

“Out of the mouth of babes!”

ん?何だそのフレーズ?初めて聞く言い回しです。

素直に訳すと、

「赤ん坊の口から出たのね!」

ですが、それじゃ何のことやら分からない。パトリシアの表情には、「ドンピシャのフレーズを使っちゃったわよ」という満足感が滲んでいたのでその場では説明を求めず、帰宅してから調べてみました

“Prov. Children occasionally say remarkable or insightful things.”
「ことわざ。子供というのは時にびっくりするような、あるいは洞察に富んだことを言う。」

 なるほどね。確かに!

そんなわけで、私の訳はこれ。

Out of the mouth of babes!”
「素朴だけど深い子供の一言ね!」



2015年2月14日土曜日

ワイルドだろぅ?

金曜日はほぼ一日かけて、担当プロジェクトの現場視察をしました。これは、高圧鉄塔の建設工事によって荒らされた生態系を10年がかりで復元しようというプロジェクト。生物学者であり、とりわけ昆虫にやたら詳しいエリックが案内役兼ジープ(レンタカー)の運転手。先週サンディエゴ動物園から転職して来た若い生物学者のサラが助手席に座り、砂漠に近い山岳地帯を回ります。4年前にこのプロジェクトのPMに就任したものの、この日まで現場には一度も足を踏み入れて来なかった私。ようやく念願成就です。

プロジェクトの財務面を担当している私は、毎月計上されるレンタカーの月額料金を訝しく思っていました。現場に行くのは分かるけど、自分の車で行けばいいじゃん、それで距離に応じたコストをチャージすれば済むのに、と密かに思っていました。でも実際に現場へ出てみて、一発で理由が呑み込めたのです。側頭部を窓ガラスに強打するほどの車の揺れを、生まれて初めて体験。道なき道を行くため、とてもじゃないけど一般車では走行できません。

「会社のトラックを使ってもいいんだけど、台数が限られてるでしょ。緊急出動に対応出来ないし、メンテナンス費用もばかにならないんだよね。」

とエリック。なるほど、これは現場に出てみないと分からない。自分がいかに「机上の空論」男になっていたかを実感しました。

現場を回るうちに多数発見したのが、Tumbleweed(回転草)。風に吹かれて荒野を転がるうちに球形にまとまった枯草の束だと思いこんでいたのですが、れっきとした植物の一種だったのですね。エリックによれば、これはロシアから来た外来種で、もともと枝の輪郭が球形になるよう成長する雑草。土に生えている間は濃い紫色で、意外にキュート。あまり深く根を張らず、枯れた後は簡単に根本から折れる。そして荒野を転がり続け、その過程で種子をあちこちにまき散らすのですね。

「そりゃまた随分賢い種の保存法だねえ。何か強い意思すら感じられるよ。」

と感心する私。

「植物ってさ、話しかけると成長が良くなるなんていう話もあるよね。」

冗談めかして言う私に、今更何を言ってるの?という表情でエリックとサラが頷きます。

「それは科学的に証明されている事実だよ。何かしらの方法で、例えば化学物質の分泌などでコミュニケーションを取ってるとも言われているね。」

とエリック。え?それって常識なの?

「たとえばある草はね、バッタに葉っぱを食い荒らされ始めると、独特の化学物質を空中に散布するんだ。ある種のハチの大好きな成分で、これがバッタの天敵と来てる。そんな風にして身を守るんだな。」

「うわ、それはすごい話だねえ。」

“Plants are cool!”
「植物って素敵なのよ!」

と微笑むサラ。

貯水池を見下ろせる高台に登った時、大型の鳥が四羽ほど円を描きながら滑空しているのに気付きました。

「あれってHawks(タカ)かな?」

と私が尋ねると、今度はサラが即答します。

「あれはTurkey Vultureヒメコンドル)ね。羽を広げた時の形で見分けられるのよ。」

タカが両翼を水平に拡げるのに対し、ヒメコンドルの翼はやや上がり気味に見えるのだと。10分ほど後、別のポイントに行った時、

「ほら、あれがHawkよ。」

と指さすサラ。本当だ。水平に翼を拡げて飛んでいる。すごいなこの二人、生き物のこと何でも知ってるじゃん

あらかた視察を終え、現場から一般道へ抜ける山道を下っていた時、突然エリックが声を上げてブレーキをかけました。彼が運転席から飛び出すとほぼ同時に、助手席のサラも車を降りました。なになに?どうしたの?彼らの後を追うと、後方の路上で腰をかがめています。二人の間にはえんじ色の縞模様のある小さな白蛇が、まるで怯えたように身体を縮めています。

「良かった。轢いてなかった!」

近くに寄ってみると、蛇の尻尾は小刻みに震えています。

「これはガラガラ蛇のマネをしてるんだよ。敵を怯えさせようとしてね。」

おお、なんと健気な

エリックとサラは、

「ほらほら、もう道路に出て来るなよ。危ないからな。」

と話しかけながら、落ちていた木の枝を使って蛇を道端に追いやりました。

「さ、オフィスに戻ろうか。」

と旅の終わりを宣言するエリックに、

「ごめんなさい、私、トイレ行きたい。」

と言うサラ。え?こんな山の中にトイレあるの?

「オッケー。僕もだ。でもここは監視カメラがあるから、もうちょっと行ったところでね。」

とエリック。ん?どーゆーこと?

彼が車を停めた当たりには、トイレの影も形もありません。

「じゃ、僕はこっちの茂みで。」

と姿を消すエリック。サラは逆方向の茂みの中に消えて行きました。え?何?立ちション?サラまで?う~ん、生物学者ってワイルドだなあ。

のどかな鳥のさえずりを遠くに聞きながら、ひとり取り残された私。自分だけお高くとまっている感じもイヤだったので、大して尿意も無かったのに木陰でいたしました。でもどこで手を洗うの?まあいいか。

戻ってきたエリックが、私に白っぽい葉っぱの束を手渡します。どこかで摘んで来たみたい。

「はいこれ、ホワイトセイジ。葉っぱを一枚水に浮かべて飲むと、美味しいよ。」

生物学者ってオシャレだなあ、とあらためて感心しました。

手、洗ってないけど。


2015年2月8日日曜日

We’ll cross the bridge when we get to it. その時になったら対応するよ。

上場企業の責任として、会社は財務諸表を公表する必要があります。そのためには、各プロジェクトの財務情報を正確に吸い上げなければならない。この際に鍵となるのは、PMが計算するプロジェクトの最終予測コスト(これを「EACコスト」と呼びます)。これが不正確だと毎期末歳入の計算結果はあてにならないので、財務部門は厳しくPMに迫るのです。しかし大抵のPMは技術屋なので、金の計算はあまり得意じゃない。それで私のような専門家が助っ人として呼ばれるわけですが、当然こっちは細かい技術的内容など分からない。実際に技術的な仕事をこなしながらクライアントとも頻繁に会話しているチームメンバーと対話しつつ、EACコストを計算していきます。

火曜日、久しぶりにオレンジ支社へ出張しました。私がPMを務める建築プロジェクトの財務レポートを、大至急提出せよというメールが上層部から毎日のように届くので、技術職の要である老建築家のボビーと会って話を聞こうと思ったのです。ところが土壇場になって、

「都合が悪くなったから今日は会えない。電話してくれ。」

というメールが届きます。こっちはわざわざ時間をかけてサンディエゴから運転して来たのに!と苛立ちながらも、会計担当のステイシーと二人で、会議室から電話をかけることにしました。

「ボビー自身も、プロジェクト全体を把握しているわけじゃないと思うわよ。」

とステイシー。そうなんです。前のPMが会社を辞めたので、私が財務面を、ボビーが技術面を引き継いだのですが、二人とも他のことに忙しく、全神経をこのプロジェクトに集中出来ないでいるのです。

「そうかもしれないけど、僕の受信箱にはEACコストを提出せよという催促メールが毎日届くんだよ。他に頼る人はいないからね。とにかく彼が持ってる情報を少しでも多く搾り出さなきゃ。」

と私。

ボビーと電話が繋がったので、どのタスクに今後いくらかかるのかという質問を浴びせます。

「それは分からんね。クライアントにやれと言われればやらざるを得ないからな。すぐに承認が下りるかもしれんし、ずっと下りないかもしれんし。」

などという曖昧な返答を繰り返すボビー。

「大体の感じがつかみたいんです。4時間で出来そうですか?それとも400時間かかりそうですか?」

という私の質問に、

「いやいや、どんなにかかっても40時間だろう。4時間で終わる可能性だって無きにしも非ずだがね。」

ようやく範囲を絞り込んでくれるボビー。やれやれ、と溜息をつきながらメモを取る私。ところがあるタスクの話になった時、彼の歯切れが更に鈍りました。

「それは全く分からんね。政府の承認がどうなるかでその先が変わってくるからな。」

そして彼が放ったのが、次のフレーズ。

“We’ll cross the bridge when we get to it.”

文字通り訳せば、「辿り着いたらその時に橋を渡るよ。」つまり、「その時になったら対応するよ。」という意味ですね。

一時間後、食堂で弁当を食べていると、中堅PMのマーカスが自販機のコーラを買いにやって来ました。

「ねえマーカス、ちょっと聞きたいんだけど、このフレーズどう思う?」

ボビーの発言を再現してから、

「こっちはEACコストの提出を迫られて焦ってるのに、彼は終始こんな感じなんだよ。不透明な状況で当てずっぽうを言いたくない気持ちは分かるけど、そんな返事じゃ参考にもならないでしょ。大事なのは、現時点で考えうる最良の答を出すことなのにさ。彼に何かビシッとひとこと言いたかったんだけど、全然浮かばなかった。君ならここで、どう切り返す?」

するとマーカスは、コーラの缶を手に数秒考えた後、こう言いました。

“We ARE on the bridge, dude!”
「今まさに橋の上にいるんだよ!」



素晴らしい!

こういう返しがさらっと出来るようになりたいものです。