2015年2月14日土曜日

ワイルドだろぅ?

金曜日はほぼ一日かけて、担当プロジェクトの現場視察をしました。これは、高圧鉄塔の建設工事によって荒らされた生態系を10年がかりで復元しようというプロジェクト。生物学者であり、とりわけ昆虫にやたら詳しいエリックが案内役兼ジープ(レンタカー)の運転手。先週サンディエゴ動物園から転職して来た若い生物学者のサラが助手席に座り、砂漠に近い山岳地帯を回ります。4年前にこのプロジェクトのPMに就任したものの、この日まで現場には一度も足を踏み入れて来なかった私。ようやく念願成就です。

プロジェクトの財務面を担当している私は、毎月計上されるレンタカーの月額料金を訝しく思っていました。現場に行くのは分かるけど、自分の車で行けばいいじゃん、それで距離に応じたコストをチャージすれば済むのに、と密かに思っていました。でも実際に現場へ出てみて、一発で理由が呑み込めたのです。側頭部を窓ガラスに強打するほどの車の揺れを、生まれて初めて体験。道なき道を行くため、とてもじゃないけど一般車では走行できません。

「会社のトラックを使ってもいいんだけど、台数が限られてるでしょ。緊急出動に対応出来ないし、メンテナンス費用もばかにならないんだよね。」

とエリック。なるほど、これは現場に出てみないと分からない。自分がいかに「机上の空論」男になっていたかを実感しました。

現場を回るうちに多数発見したのが、Tumbleweed(回転草)。風に吹かれて荒野を転がるうちに球形にまとまった枯草の束だと思いこんでいたのですが、れっきとした植物の一種だったのですね。エリックによれば、これはロシアから来た外来種で、もともと枝の輪郭が球形になるよう成長する雑草。土に生えている間は濃い紫色で、意外にキュート。あまり深く根を張らず、枯れた後は簡単に根本から折れる。そして荒野を転がり続け、その過程で種子をあちこちにまき散らすのですね。

「そりゃまた随分賢い種の保存法だねえ。何か強い意思すら感じられるよ。」

と感心する私。

「植物ってさ、話しかけると成長が良くなるなんていう話もあるよね。」

冗談めかして言う私に、今更何を言ってるの?という表情でエリックとサラが頷きます。

「それは科学的に証明されている事実だよ。何かしらの方法で、例えば化学物質の分泌などでコミュニケーションを取ってるとも言われているね。」

とエリック。え?それって常識なの?

「たとえばある草はね、バッタに葉っぱを食い荒らされ始めると、独特の化学物質を空中に散布するんだ。ある種のハチの大好きな成分で、これがバッタの天敵と来てる。そんな風にして身を守るんだな。」

「うわ、それはすごい話だねえ。」

“Plants are cool!”
「植物って素敵なのよ!」

と微笑むサラ。

貯水池を見下ろせる高台に登った時、大型の鳥が四羽ほど円を描きながら滑空しているのに気付きました。

「あれってHawks(タカ)かな?」

と私が尋ねると、今度はサラが即答します。

「あれはTurkey Vultureヒメコンドル)ね。羽を広げた時の形で見分けられるのよ。」

タカが両翼を水平に拡げるのに対し、ヒメコンドルの翼はやや上がり気味に見えるのだと。10分ほど後、別のポイントに行った時、

「ほら、あれがHawkよ。」

と指さすサラ。本当だ。水平に翼を拡げて飛んでいる。すごいなこの二人、生き物のこと何でも知ってるじゃん

あらかた視察を終え、現場から一般道へ抜ける山道を下っていた時、突然エリックが声を上げてブレーキをかけました。彼が運転席から飛び出すとほぼ同時に、助手席のサラも車を降りました。なになに?どうしたの?彼らの後を追うと、後方の路上で腰をかがめています。二人の間にはえんじ色の縞模様のある小さな白蛇が、まるで怯えたように身体を縮めています。

「良かった。轢いてなかった!」

近くに寄ってみると、蛇の尻尾は小刻みに震えています。

「これはガラガラ蛇のマネをしてるんだよ。敵を怯えさせようとしてね。」

おお、なんと健気な

エリックとサラは、

「ほらほら、もう道路に出て来るなよ。危ないからな。」

と話しかけながら、落ちていた木の枝を使って蛇を道端に追いやりました。

「さ、オフィスに戻ろうか。」

と旅の終わりを宣言するエリックに、

「ごめんなさい、私、トイレ行きたい。」

と言うサラ。え?こんな山の中にトイレあるの?

「オッケー。僕もだ。でもここは監視カメラがあるから、もうちょっと行ったところでね。」

とエリック。ん?どーゆーこと?

彼が車を停めた当たりには、トイレの影も形もありません。

「じゃ、僕はこっちの茂みで。」

と姿を消すエリック。サラは逆方向の茂みの中に消えて行きました。え?何?立ちション?サラまで?う~ん、生物学者ってワイルドだなあ。

のどかな鳥のさえずりを遠くに聞きながら、ひとり取り残された私。自分だけお高くとまっている感じもイヤだったので、大して尿意も無かったのに木陰でいたしました。でもどこで手を洗うの?まあいいか。

戻ってきたエリックが、私に白っぽい葉っぱの束を手渡します。どこかで摘んで来たみたい。

「はいこれ、ホワイトセイジ。葉っぱを一枚水に浮かべて飲むと、美味しいよ。」

生物学者ってオシャレだなあ、とあらためて感心しました。

手、洗ってないけど。


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