2018年7月4日水曜日

Suburban Kids 郊外の子供達


月曜の12時ぴったりにランチルームへ行くと、古参社員のビルが既に真ん中の席を確保していて、私に大声で呼びかけました。

「ゼロゼロだよ!」

一瞬何のことか分からず、彼の顔を見つめます。振り返って彼の視線の先に目をやると、大画面テレビにコマーシャルが流れている。ようやく分かりました。ワールドカップサッカーの日本対ベルギー戦前半が終わったところだったのですね。

「日本はなかなかいい試合をしてるよ。」

と感心するビル。冷蔵庫にしまってあったカレーライス弁当をレンジで温め、彼の左に座ります。間もなくぞろぞろと他の社員も加わって来て、気が付くとほぼ満席になっていました。一つ空けて左に同僚ミシェルが座り、二人の間にアレックスが着席。

「良かった。私はベルギー応援側だから、シンスケとの間に緩衝壁が欲しかったのよ。」

とミシェルが笑うと、

「そりゃ駄目だよ。僕も日本サポーターだから。」

と、アレックスが意外な返答。こんな感じで、後半開始。いきなり厳しい角度から原口の先制ゴール、そして乾の無回転シュートでたちまち2対0と日本がリード。心の中で狂喜乱舞の私でしたが、他の社員たちはまさかの異常事態に困惑気味。

ここのところ、ワールドカップ・サッカーが昼休みにどんぴしゃライブで観られるとあって、沢山の社員がランチルームの大画面テレビ前に集まるようになっています。ミシェルはおばあちゃんがベルギー人、ご主人はドイツ人。早々にドイツが姿を消したため、今やベルギーが頼みの綱なんだとか。上の階から降りて来たアナベルはエクアドル出身で、

「あれ?エクアドルって出てたっけ?」

と聞くと、

「私の精神衛生に気を遣って今回は出場を辞退してくれたのよ。」

と首を振ります。

「どこでもいいから南米のチームが勝ってくれれば、それで私は幸せよ。」

ベトナム出身のカンチーは、母国では国民の大半が熱狂的サッカーファンなのに、まだ一度も予選リーグに上がったことすら無いと言います。そっか、日本は決勝リーグに進んだ上、今まさにベスト8というステージに上がろうとしているんだ。これはとんでもない快挙じゃないか!

後半25分、フェルトンゲン選手がヘディングで折り返したセンタリング気味の高いボールが、ゴールキーパー川島の両手を超えてふわっとゴールに吸い込まれ、ベルギーは儲けものの一点を返します。

「きっと後でこいつ、あれは狙ったんだよって言うぜ!」

横でビルが、江戸っ子老人みたいな嗄れ声で笑い飛ばします。周りの社員もクスクス笑います。この後、ベルギーがアフロヘア―のフェライニ選手を投入。

「う~ん、こいつはヤバいぜ。」

とビル。ベルギー選手の何人かは世界トップクラスの実力者で、このフェライニも怪物ルカクも名門マンチェスター・ユナイテッドの超スター選手なのだと言います。

「スバ抜けて足が速い上にとんでもなく身体がデカいからなあ。アメフトのチームに入っても充分主力選手としてやっていけるレベルの身体能力だ。マンチェスターでも、高いセンタリングをゴール前に放り込んで奴らがヘディングで決める、という空中殺法がお家芸になってんだよ。」

イギリスに何年も住んでいたビルはヨーロッパのサッカー・リーグ事情に通じています。ベルギーの選手層の厚さは世界トップクラスだとのこと。

「ああ~っ!」

彼の予言通り、後半終了間際にフェライニの芸術的ヘッドで同点ゴール。エクストラ・タイムには見事なカウンターで決勝点を決められ、日本は悔し過ぎる逆転負けを喫します。周囲の社員がぞろぞろと立ち上がって仕事に戻り始める中、がっくりとうなだれる私の太ももをビルがぽんぽんと叩き、慰めてくれました。

「いや、日本は素晴らしいゲームをしたよ。」

ジャパニーズのプレーも驚異的だったけど、ベルギーの最後の猛攻は圧巻だった。これぞ世界トップクラスの実力だよ、というビルの言葉に、ぐうの音も出ません。ただただ、世界ランキング3位の大魚をあと一歩で釣り逃がした、というショックで脱力状態の私でした。

数週間前、

「アメリカは今回出場して無いんだよね。」

と彼に尋ねたところ、

「駄目だよこの国は。サッカーはSuburban Kids(サバーバン・キッズ)のためのスポーツだからな。」

と吐き捨てるように言いました。サバーバン・キッズというのは、郊外に住む家庭の子供、という意味ですね。それがどうして駄目なのか?

「南米やアフリカを見てみろよ。貧しい家の子であってもちっちゃい頃からプレイして、実力が認められれば十代前半でクラブチームにスカウトされるんだ。そこから十数年もずっと高いレベルで実戦経験を積むんだぜ。アメリカじゃそういう人材は、フットボールやバスケットにほとんど吸い取られちまうだろ。残った奴等の一部がサッカーに回る。アメフトやバスケには企業が群がるけど、サッカーにスポンサーとして付くビジネスはごくわずかだ。自然、サッカーを続けるには親のサポートが不可欠になる。ある程度世帯収入の高い、郊外に住む家庭の子にしかチャンスが無いんだよ。」

親の支援だけじゃ世界で闘えない、というのがビルの説。確かに日本も、Jリーグを立ち上げて官民が盛り上げたからこそここまで来られたんだよな…。

実は我が家でも、16歳の息子が所属する水球のクラブチームが先日地方予選を突破し、今月後半にサンノゼで開催されるジュニア・オリンピック(JO)という全国大会に出場することが決まりました。彼のクラブには16歳以下の部に三チームあり、Aチームは断トツで予選リーグ優勝。息子のCチームは最下位でギリギリ通過でした。やったね、JO進出おめでとう!と喜んだはいいのですが、問題は、「選手の親がサンノゼまで連れて行かなければならないし、試合会場間の移動も親がかり」ということ。三人分の航空券とホテルに食費にレンタカー。夫婦で仕事を休むことにもなるので、結構な負担です。サッカー同様、ある程度家計に余裕が無ければ子供に水球を続けさせるのは難しいのですね。彼のチームの仲間がみんなサバーバン・キッズであるのも頷けます。

一昨日の夜9時過ぎ、いつものように息子のチームが練習する屋外プールまで車で迎えに行った時、彼がプンプン怒っているのに気付きました。

「もう練習行きたくなくなった。他のクラブに移りたいよ。」

この日は、初心者に近い控え選手たちを大勢混ぜてのゲーム形式を繰り返したそうなのですが、スタメン選手同士のセットプレーを重点的に練習すべき時期なのに、あれじゃあ誰の技術もアップしない、と忌々し気に唸るのです。コーチに何か考えがあってのことなんじゃないの?と言うと、

「違うよ。下手な子たちにも練習させてやらないと、同じレッスン料払ってるだろって親が文句言うからだよ。」

と息子。なるほどねえ。でも、「コーチの指示は絶対」という日本文化で育った私からすると、そこで抵抗するのが得策とも思えないのですね。そのコメントを聞いた彼は、イラッとした口調でこう切り返します。

「何言ってんの?みんな、ちょっと不満があると他のクラブチームに移るんだよ。」

実際、今回の予選リーグでも対戦相手のクラブに、顔馴染みの元チームメイトが何人もいました。息子が静かに、こう締め括ります。

「パパ、これはキャピタリズム(資本主義)なんだよ。」

ぐうの音も出ない、というのはこういうことですね。


2 件のコメント:

  1. 昔の日本は相対的にみんなが公立の小学校行ってて、そこには金持ちの子も貧乏人の子もいて、みんなが一緒になって遊んでいて、家庭環境の差があっても結構仲良くしていた、みたいな雰囲気はあったよね。浅草近辺では結構なイイ所の子も、川の中に掘っ建て小屋建てて住んでた家の子も、割と一緒に楽しんでいたような話を聞くね。
    ただ、最近はそうでもないみたいで、お受験熱はどこでも高まっているらしく、日本でもSuburban Kidsの傾向は多分に出てきているみたい。そういう社会格差が世界一と言われる治安の良さに悪影響を及ぼさなければイイんだけどねぇ・・・

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    1. 高度成長期くらいまではみなが等しく貧しかったわけで、それはそれでバランスが取れてたんだろうね。せっかく頑張ってそこそこ豊かになったと思ったら、今度は格差社会か。沢山の人を幸せにするっては難しいよね。

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