2018年7月8日日曜日

Star-Spangled Banner(星条旗)


水曜日は、Fourth of July (独立記念日)のため会社がお休みでした。我が家は友人M家の母娘を招いてパスタとチキンのディナーを楽しんだ後、ミッション・ベイを見下ろす丘陵地に建つ彼女達の邸宅へ移動。夜9時にはウッドデッキに出て、水平線上の六ケ所で同時に繰り広げられる花火ショーを鑑賞。

普段は閑静な住宅街ですが、さすがにこの夜ばかりは騒々しく、どこからか子供たちの集団が大声コンテストでもしているかのようなバカ騒ぎが聞こえて来ます。十歳前後とおぼしき男の子が、まるで酔っ払いのように調子はずれのアメリカ国歌Star-Spangled Banner(星条旗)をがなる声も混じっていました。

さて、金曜日は久しぶりに大男の同僚ディックと連れ立って、クィーンズタウン・パブリック・ハウスでランチ。彼はポテトの目玉焼き載せ、私はフルーツ盛り合わせにスパイシー・シュリンプを載せた料理を頂きます。何の脈絡だったか、私がこんな質問をしました。

「あのさ、自分のPatriotism(愛国心)ってどのくらいあると思う?」

「藪から棒に随分難しい質問をぶつけて来るね。」

と笑うディック。

「独立記念日の朝、NPR(公共放送)ラジオでこんなのやってたんだ。」

と私。「あなたの愛国心について聞かせて下さい」、とラジオで広く問いかけておき、リスナーが局に電話をかけて語った声の録音を立て続けに放送する、という企画。

「この国で生きることを誇りに思う。政局がどうあれ、私の愛国心は変わりません。」

と力強く宣言する人もいれば、

「かつては自国に誇りが持てた。現政権になってから全てが変わったよ。今じゃどの国に住んでいるかを口にするのも恥ずかしい。」

と、溜息混じりのリスナーも。

「俺もそっちの側だな。」

とディック。

「ガキ大将みたいなリーダーが世界から顰蹙を買ってる国に、どうして忠誠が誓えるよ?」

「じゃあLoyalty to the company(会社に対する忠誠心)は?」

「それもゼロだ。うちの会社のトップは社員よりも株主の方をよっぽど大事にしてるからな。だったらこっちも淡々と給料分の仕事をするだけ、ってことになるじゃないか。ほら、ドリー・パートンの歌にもあったろ?」

そして彼が、懐メロのサビを口ずさみます。

Working 9 to 5                                     
9時から5時まで働いてる
What a way to make a living               
なんて暮らしなの
Barely gettin' by                                  
その日を凌いでるだけ
It's all taking                                        
取られるばかりで
And no giving                                      
得るものなんか無い
They just use your mind                     
使うだけ使われて
And they never give you a credit        
手柄なんて認めちゃくれない

「セルフィッシュな言い方になるけど、俺が何かに忠誠を誓うとすれば、それは自分の家族を守ることに直結する場合だけだな。会社や国家の方針が俺の家族の幸せと同じ方向性なら、いくらでも加担するよ。」

というディックの言葉に、ハッとする私でした。結局個人は「本人や家族の幸せ」を最優先し、それを束ねる集団の目指す先がそこからずれる程忠誠心は薄れる、という当然の理屈にあらためて納得したのですね。

部下が五人に増えた今、文化、慣習、価値観の違う彼等が全て活き活き働ける環境をつくるのは容易じゃないのだ、という実感に襲われる毎日。これが十人になり、百人、千人、何万人という規模に拡大していくと、全員を幸せにするのなんてほぼ不可能だと思うのです。全社員が忠誠心を抱く会社や全国民が愛する国家なんてものは、小説やおとぎ話の中だけの話なのかもしれない…。

「あ、そうだ。俺の新しいベイビー見せたっけ?」

と、突然話題を変えてスマホを高速でスワイプし始めるディック。えっ?ベイビー?まさか第三子?奥さんが妊娠してるなんて聞いてなかったぞ。それとも子犬でも買ったのかな?といぶかっていると、

「ほら、これ。」

とスマホ画面を差し出します。フェイスブックにアップした写真らしく、そこには光沢のある薄茶のエレキギターが映っていました。

「二週間前に買ったんだ。」

と顔をほころばせる大男。それから30分ほど、アコースティックとの根本的な違いやエレキの拡張性についての講釈が続きます。彼に触発されて一年前にアコースティックギターを購入した私ですが、さすがにエレキまでは考えてなかったぞ。

「いや、これがほんとに楽しいんだよ。ほんのひとつまみって感じて、極々控えめに弦を弾くだろ。そんな微かな音でさえ何十秒も引っ張ったり、極端に歪ませたり、超大音量に変えたり出来るんだ。こればっかりはアコースティックギターに出来ないことだ。」

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマーティー少年がアンプの音量つまみを順々に最大値まで上げて行き、満を持してエレキの弦をストロークした途端、スピーカーの爆音で身体が何メートルも吹き飛ばされる、というシーンを二人で語り合い、笑います。

「アコースティックの音量なんてたかが知れてるけど、エレキの練習してる時って奥さん、どういう反応なの?」

一般サラリーマンの住む家じゃ、エレキギターの練習なんて楽々と「騒音」のカテゴリーに入れられるような行動でしょう。伴侶の理解無しでは存分に楽しめないのでは、という懸念からの質問でした。

「いや、彼女は寧ろTearly Eyes(涙目)で見守ってくれてるよ。俺が幸せそうにしてるのが嬉しいんだって。」

そこで思い出しました。ディックは過去数カ月間、仕事以外にも大きなストレスを抱えて来たのです。

奥さんのお母さんが何かにつまづいて転び、骨折したのは数年前のことでした。老いによるものと軽く考えていたのですが、その後何度も同様の事故が起き、段々と物忘れも激しくなり言語障害まで現れて来たので病院に行ったところ、何千万人に一人という不治の奇病にかかっていることが判明したのです。病状の悪化で食事も満足に出来なくなり、2016年にカリフォルニア州で施行された「終末選択肢法」に則って安楽死をしたいとお義母さんが言い出したのは、去年の終わり頃。

「え?そんな法律通ってたの?」

と私。

「そうなんだ。州が安楽死を正式に認めたんだよ。もちろん、専門家たちが何人も集まって審査して、患者を苦しみから救うのにはそれが唯一の、しかも最良の策だと認定した場合に限るんだけどね。」

しかしながら当然、ディックも奥さんも大いに心を悩ませます。お義母さん本人も何度か翻意したのですが、脳が侵され始めたのを悟った時、もはやこれまでと覚悟を決め、3月に家族の見守る中で安楽死を実行。そんな苦しい数カ月間を共に悩みぬいた夫婦は、結束をより強固にしたのですね。

「これまではどこかに出かけるのが通例だったんだけど、今年の独立記念日は友達数人を我が家に招待して、裏庭のパティオでパーティーだったんだ。ファイヤーピットの周りに集まって飲み食いしてさ。」

とディック。

もうすぐ花火が始まるぞ、という段になって奥さんが、

「あ、そうだ。Star-Spangled Banner(星条旗)をエレキで弾いてよ。」

とリクエストして来たそうです。ギター購入から約二週間、密かに練習を重ねていたのがバレてたのですね。よし来た、と機材をパティオに運び出して音量を一杯に上げ、スタンバイします。奥さん、9歳の双子兄妹、そして飼い犬がみな屋根に上って並んで腰かけ、花火を待ちます。そして一発目が夜空を明るく染めたのを合図に、ディックのエレキが思い切りディストーション(歪み)を利かせた轟音で国歌の演奏を始めます。

Oh, say can you see,                                     
おお見えるだろうか
by the dawn's early light                                
夜明けの薄明かりの中
What so proudly we hailed                            
我々は何を誇り高く叫ぶのか
at the twilight's last gleaming?                       
たそがれの最後の光に
Whose broad stripes and bright stars,           
太き縞と輝く星々が
through the perilous fight.                              
厳しい戦いを通じ
O'er the ramparts we watched                       
見えていた、城壁の上に
were so gallantly streaming?                         
雄々しく翻るのを

「最後まで一度も間違えずに弾けたぜ!」

活き活きと輝く友の顔。何ともシアワセな気分になったのでした。


4 件のコメント:

  1. 超有名なウッドストックでのジミ・ヘンドリックスだね。確かあのパフォーマンスの趣旨は黒人差別を受けていたジミ・ヘンのアメリカという国家に対する反骨心の現れとかそんなんじゃなかったカナ。
    https://blog.goo.ne.jp/beatle-lennon/e/f5013d7b20ebd4d56aceb137d815123d

    エレキギターがものすごく変幻自在なのは、エイドリアン・ブリューってキングクリムゾンのギタリストのプレイで有名だよ。
    http://d.hatena.ne.jp/penguincafee/20101215/1292419085
    ブライアン・メイもなかなか演ったけど、プログレ系の人は凝り性なんだワ・・・おっと、今回はプロレスが話が絡まんナ~。

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  2. じみへん、伝説的なステージだったね。「エレファント・トーク」、面白いけどかっこよくはないね。やっぱブライアン・メイが最高!

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  3. 見逃していたけど、昼飯に「フルーツ盛り合わせにスパイシー・シュリンプを載せた料理を頂きます」なんて隋便と健康的な生活じゃないの。

    エイドリアン・ブリューの良さはちょっと聞いただけでは伝わらないだろうナ。この動画 ↓ の41分辺りではどう?
    https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%9C%E3%82%A6%E3%82%A4+NHK&search.x=1&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%9C%E3%82%A6%E3%82%A4+nhk&ai=wpeiTOcXSi6hn6w3LADG7A&ts=12622&fr=top_ga1_sa

    オイラが中学生の時に感銘を受けたNHKのヤングミュージックショーなんだが、キミには6:15からのヒーローズの方が受けがイイかもね。

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  4. デヴィッド・ボウイの曲でギターに注目したことは無かったな。う~んごめん、良さがよくわからん。

    フルーツにエビの組み合わせは、意外にも旨かったよ。お試しあれ。

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