2018年3月24日土曜日

OCD オーシーディー


妻が一足先に日本入りしたので、ここ三週間近く16歳の息子と二人暮らしです。これほどの長期間、彼と二人だけで過ごすのは初めてかもしれません。あらためてじっくり付き合ってみると新たな発見も多く、特に驚かされるのは、その並外れてお気楽な性格。単なる父方の遺伝と片付けるにはいささか度を超しており(私もかなりの楽天家ですが、一定のリスク・マネジメントは心掛けています)、それはむしろ「進化」とも呼ぶべき領域。

過去の失敗をいつまでも悔やみ続けるとか、これから起こるかもしれない災いを想像して気を揉むとか、そんな繊細さは一切持ち合わせていない。ろくに準備もせずにテストを受け、「すごく良く出来たよ!」と笑顔で帰って来る。後日予想外にひどい結果を受け取っても、「あれ?変だなあ」くらいの薄いリアクション。気に病む様子は見受けられません。試験前であろうと、放っておくとパソコンで何時間もゲームに興じ、宿題の提出はしょっちゅう失念する。任せた家事の遂行率は三割以下。洗い物を頼んでも大抵は先延ばしにするので、皿は汚れでカピカピになってしまいます。

ある朝、いつものように好物の納豆ご飯を楽しもうと炊飯器の蓋を開けところ、全く炊けていません。なんと、前の晩息子にセットを頼んでおいたタイマーが、夕方6時になっていたのです。水の底で静かにダンスパーティーの開始を待つ白米たちを見つめながら、こんな単純な家事までしくじってくれるのかよ!と溜息。熟睡中の息子を揺り起こして彼の失敗を指摘すると、一応謝りながらもケラケラ笑い出します。「おい、全然笑うところじゃないぞ!」と叱りますが、事態が深刻であればあるほど笑ってしまう性格なので、怖い顔をしても全く意味が無い。彼みたいな超能天気人間は、「にっちもさっちも行かない苦境に陥る」経験をしこたま重ねないと改善は望めないのかもしれないなあ、と思ったのでした。

さて、水曜の昼前。隔週で実施しているチームミーティングの出だしに、シャノンがセーフティーモーメントを披露しました。

春休みを利用して女友達とヨーロッパ旅行に行った二十歳の娘ジュリアが、帰宅してシャノンに打ち明けた体験談。アムステルダムのバーで深夜まで飲み、ホテルに帰ろうとバスに乗ったのだが、ふと窓の外を見ると全然見覚えの無い街を走っている。運転手に尋ねてようやく、間違った便をつかまえてしまったことに気付きます。慌ててバスを止めてもらいますが、連れの友達は泥酔状態。フラフラの彼女を抱きかかえるようにして街灯もまばらなさびれたエリアに降り立ち、これはまずいことになった、と一気に酔いが醒めるジュリア。急いで携帯電話を取り出し、ウーバーのアプリを試します。すると一台、そう遠くないところを走っているのを発見。何とかこれをつかまえて予約を入れ、ほっと胸を撫でおろします。ところが、電話のバッテリーは既に宵の口からレッドゾーンに突入しており、間もなく画面が完全に暗くなります(一日歩き回っていたので、充電する機会が無かったのですね)。客の携帯電話がシャットダウンすると自動的に予約をキャンセルするのがウーバーの決まりなので、これで万事休すとなりました。

「なんで予備のバッテリーを持って行かなかったのよ。旅行の前に買ってあげたじゃない!」

と、不吉な展開に激しく動揺する母親。そもそもジュリアは非常に用心深い子で、シャノンは更にその上を行く慎重な性格。

「持ってったわよ。バーで店の人にチャージしてって頼んでおいたのに、コンセントが奥まで刺さってなかったみたいで、気が付いたら全然充電出来てないのよ!」

悪いことは重なるものです。これはいよいよのっぴきならぬ事態。千鳥足の友達から携帯を奪い取り、スイッチをオンにさせますが、ウーバーのアプリが入っていない上、その電池残量もわずか十数パーセント。一か八か、友達の目を覚まさせてアプリをダウンロードさせ、電池切れ寸前でウーバーに乗り込むことが出来たのでした。

「教訓。携帯は、常に充分な電池残量を保つこと。」

とシャノン。

その日の午後、ふと自分が仕事に没頭出来ていないことに気付きました。何でだろう、と暫く考えてから、上体を斜めに伸ばしてコンピュータモニター越しに向かいのシャノンに尋ねました。

「あのさ、午前中のチームミーティングで、オーシーディーとか何とか言わなかった?」

「言ったわよ。」

何で即座に意味を尋ねなかったのかをその時から訝っていたようで、待ってましたとばかりにクスクス笑うシャノン。

「さっきからその言葉が何度も蘇って来て、仕事に集中出来ないんだ。意味教えてくれる?」

チームミーティングの場面に戻ります。

ジュリアのアムステルダム体験談を聞いた後、前よりも一層用心深くなった、と続けるシャノン。

「シンスケからちょくちょく言われてたでしょ。パソコンや携帯の電池残量が50パーセントを切ったらすぐにプラグインしろ、ガソリンメーターが半分を指したら直ちに燃料補給せよって。」

「典型的なRisk Averse(リスク・アヴァース = 危機回避型)人間だからね、僕は。」

「正直、いくら何でもそこまで慎重にならなくても、て思ってたのよ。でも娘があれほど危険な体験をしたと聞かされた後は、シンスケの忠告が私のOCD(オーシーディー)に組み込まれちゃったの。」

ここで、チームメンバー達が一斉に笑います。つられて笑う私。おーしーでぃー?なんだそれ。まあいいか。そんな感じでスルーしてしまった単語だったのです。

「で、どういう意味なの?」

と、あらためて質問する私。

Obsessive Compulsive Disorder (強迫性障害)よ。」

「あ、それは聞いたことある!」

Obsessive(とりつかれたように異常な)Compulsive(強迫観念にとらわれる)Disorder(障害)。つまりシャノンは娘ジュリアの恐怖体験をきっかけに、私が常々唱えていた「電池や燃料の残量が半分を切ったら直ちに補給開始せよ」という忠告が身に染み、実行せずにはいられなくなった、と言いたかったのですね。

「初耳の英単語やイディオムは意味を調べて理解しないと気が済まない、っていうシンスケの性格もオーシーディーかもね。」

と笑うシャノン。

さて金曜日は、同僚ディックとピザ屋でランチ。OCDの話をしたところ、最近濫用されている単語だと彼が言います。

「本来はその行為自体に大した意味は無いのに、何かをきっちり五回続けないと先へ進めない、なんていう異常行動が伴わないと当てはまらない医療用語なんだよ。それをみんな面白がって、わざとずらして使い始めちゃってね。例えば俺は、後で皿洗いが楽なように、食事が終わるや否や食器の汚れを大まかに拭き取って種類別に重ねておかないと気が済まないんだけど、それを見る度に、ホントにOCDねってワイフが笑うんだ。」

なるほど、それは確かに大胆な「ずらし」かも。面白いけど。

「ほとんどの人は何かしらOCDっぽい要素を持ってるでしょ。要はバランスの問題なんだよね。OCDと極端な能天気との間の、どのあたりが最も健全なのか。難しいテーマだよね。」

とディック。

帰宅して、息子と買い物に行く道中、

「OCDって聞いたことある?」

と聞いてみました。

「知ってるよ。ボクと正反対だよね。」

なんだ、ちゃんと自覚してるのか。

「君の場合、どんな病名が当てはまるのかな。異常にのんき(ケアフリー)な病気。」

すると、間髪入れずにこんな返しが来ました。

「それもオーシーディーだね。ほら、Obsessive Carefree Disorder(異常のんき障害)。」

機転が利いてるなあ。ちょっと感心したぞ。意外と健全なのかも…。


3 件のコメント:

  1. 外出するときにガスの元栓しめたか心配になって、何度も何度もカギ開けて確認してしまうような現象のことを指すのだろうね。こちらだと「家庭の医学」系の番組で、もしやボケが来たか?的な話題のときによく出てくるね。
    それはそうと、3週間に及ぶ晩御飯の献立はどのようにしていたのカナ?奥さんの日頃の苦労を噛みしめていたりして。。。

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  2. もちろんです。カレーライス、麻婆豆腐丼、チャーハンを使いまわしました。「一汁三菜」なんて気の遠くなるような話だね。

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  3. ハジメちゃん出産でバカボンママが入院している時の状況が目に浮かんだヨ(笑

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