2017年11月18日土曜日

Validation Junkies バリデーション・ジャンキーズ

先週金曜の朝、上階で働く同僚リタが下りて来て、私の近くに座るベスと、声を押し殺してひとしきり話し込んでいました。リタが去って暫くすると、ベスが私の席まで来て封筒を手渡します。

「ジャックのフェアウェル・カードよ。一言書いてくれたら次の人に回すから。」

「え?どのジャック?」

まさかと思いましたが、日系アメリカ人の同僚ジャックがこの日で会社を去ると言うのです。二日前に彼とランチルームで世間話を交わした時は、そんなこと匂わせもしなかったのに。これはきっと我が社のお家芸、サプライズ・レイオフに違いないと思いつつ、既にギッシリと同僚達のメッセージで埋め尽くされたカードの裏に、ジャックに対するこれまでの感謝を綴りました。

一昨日、同僚リチャードに上階で会った際、経緯を聞いてみました。

「最近、マネジメント層が転職組にごっそり交代したでしょ。彼等が組織図を見直して、深く考えずに彼の解雇を決めたんだと思うよ。」

木曜の朝いきなり「明日中に会社を去れ」と通告され、さすがのジャックも落胆を隠せなかったそうです。長きに渡って非常勤扱いだったとは言え、その豊富な人脈を活かしサンディエゴ地域のプロジェクト獲得に多大な貢献をして来た人物。それをこうもあっさり切り捨てるなんてね、と二人で首を振り振り溜息をつきました。

「でもさ、なんだかんだ言っても88歳という超高齢で現役を続けていたこと自体が、奇跡と考えて然るべきなんだよね。」

と私が本音を漏らすと、リチャードも笑って同意し、

「近いうちにまたいつものメンバーで食事会を開いて、彼を招待しようぜ。」

と提案しました。

席に戻って暫くすると、リチャードが口にした “He was disappointed.” (彼はがっかりしてた)というフレーズが気になり始めました。通常の引退年齢を遥かに超えて活躍していたジャック。自分から辞職を言い出さない限り、こういう日を迎えることが不可避であるのは重々分かっていたはずです。そんな彼でもやっぱり、突如解雇通告を受ければショックなんだなあ。せめて、これまでの功績を称えるささやかなセレモニーでもやってあげたら良かったのに…。

さて昨日は、先頃マイルストーン達成を祝った環境系巨大プロジェクトのレビュー会議がありました。去年までPMを務めていたセシリアが出世に伴ってプロジェクト・ディレクターへ昇格し、サブに回っていた私がPMの座に戻ることになったこのプロジェクト。四半期ごとに、30分のレビューを受けるのがお決まりです。いつも通り資料を準備していたところ、水曜の午後になって財務部のジョンから、「今回のレビューにはたっぷり一時間かけたい」というリクエストが入り、さらには追加資料の要望まで。これにはセシリアが苛立ちを露わにし、

「二日後の会議のための資料を、どうして今になって増やして来るのよ!」

他にも多数プロジェクトを抱え、家では二児の母である彼女。常に分刻みで過密スケジュールをこなしています。この気まぐれな要求変更に対する憎悪の激しさは、そばにいるこっちが委縮してしまうほどでした。一方私は日本の超ブラックな労働環境に身を置いた経験からか、こういう事態にはすっかり免疫が出来ていて、「ハイハイ大丈夫ですよ、喜んで!」と笑顔アンド揉み手で取り掛かります。ひとしきり悪態をついた後、腹を決めたセシリアは深夜と早朝に自宅で作業。私の成果品と合わせ、全資料が会議の二時間前に整います。そして参加予定者全員に、一斉送信。

レビュー本番、会議室にセシリア、そして大ボスのテリーと三人座ってスピーカーホンのスイッチオン。資料を壁の液晶画面に映し出します。環境部門ナンバー2のジェームス、会計部門のジョスリンが続けて電話会議空間に現れ、少し遅れて財務部のジョンが登場。セシリアとの苛烈な舌戦を予期し、ごくりと唾を呑み込む私。

「会議を始める前にまず言っておきたいんだが。」

と、ジョンが口火を切ります。

「今回のマイルストーン達成を成し遂げたプロジェクトチームに対して、その労を労いたい。おめでとう。」

するとジェームスも、

「本当にこれは快挙だよ。有難う。特にセシリアとシンスケは、本当によくやってくれた。」

と同調します。おいおい何なんだこれ?サプライズ・パーティーか?大ボスのテリーも、

「うちのチームはエース級揃いだもの!セシリアのリーダーシップは抜群だし、シンスケの完璧なプロジェクト・コントロールがあったからこその成果よ。」

とべた褒め。セシリアも思わず相好を崩し、

「有難う。素晴らしいチームで働けてラッキーだと思ってるわ。財務部やマネジメントからのサポートも重要なファクターだった。」

と謙遜します。そんな感じでスタートしたせいか、その後はずっと建設的な討論が続きます。

「オポチュニティ・レジスターにこの項目も加えたらどうだろう?」

「それは良いアイディアだわ!さっそく追加して更新ファイルを送るわね。」

「三か月後のレビュー会議でこのリスク・アイテムを見直して、状況が改善していればその際にこのコンティンジェンシーのリリースを検討しよう。」

「それじゃあこの項目をマークしておきましょう。」

お互いにリスペクトを表明しながら話をすると、会議ってこんなにもポジティブになるんだなあ。電話を切った後も、なんだかフワフワしていた私。大ボスのテリーが、

「随分と予想外の展開になったわね。」

と総括。会議参加者が揃ってちょっぴりハイになっていたことを、三人で確認し合います。そもそも、人の神経を逆撫ですることで有名なあのジョンが、冒頭で真っ先に褒め言葉を述べたからこうなったんだよね。と私。でもこういうの、案外悪くないわね、とセシリアが微笑んだ後、テリーが笑ってこう締め括りました。

“We all are validation junkies.”
「誰でもみんな、バリデーション・ジャンキーなのよ。」

ん?なんだそのフレーズ?何となくの意味は分かったけど、後で席に戻ってあらためて調べてみました。

Validation(バリデーション)というのは、「有効性や妥当性の確認」、Junkie(ジャンキー)は「(麻薬の)常習者」なので、テリーの発言を意訳するとこんな感じでしょうか。

“We all are validation junkies.”
「誰でもみんな、褒められたい病なのよ。」

昨今目にするマネジメントやリーダーシップ系の文献には、「褒めて伸ばす」タイプの論調がはびこっています。ジョンもジェームスも、最近その手の研修を受けて来たばかりなのかもしれない、と勘繰る私。グループで口ぐちに相手を褒め合う時間を経験してみて分かったことですが、これが意外と居心地悪いのです。日本にいた頃、親や上司から褒められた記憶がほとんど無い私は、「褒め言葉シャワー」の圧にうまく対応出来ないみたい。これって最近のアメリカ全体の流行りなのかもしれないな、と思うのは、うちの息子も時々、「全然褒めてくれないよね」と不平を漏らすから。ふざけんな、褒められるほどのことが出来てるとでも思ってんのか!とどやすのはダメで、良いところを見つけて伸ばしてやるのがグッド。きっとそういう教育が当たり前になっているのですね。う~む。でもどうなんだろ?僕にはやっぱり、何だかちょっとキモチワルイ…。なかなか認めてもらえない境遇に奮起して成長を遂げる、という方がしっくり来るんだよなあ。

その晩の夕食後、今や日課になっているギターの練習に取り掛かります。ふと思い立ち、妻が昔から大ファンであるブライアン・アダムズの曲を弾いてみることにしました。Heaven とかEverything I doとかに挑んでたちまち挫折した後、名曲Summer of 69の印象的なイントロを練習。左手の指の動きがスムーズにいかず、30分ほど四苦八苦した後、何とか聞ける程度にまで仕上げます。携帯画面で検索した歌詞をあらためて読んでみて、最初の数小節がなかなかグッと来ることに気付きました。こいつはしっかり練習して、歌もギターも絶対モノにするぞ、とピックをつまむ指先に力が入ります。

I got my first real six string
初めてのリアルな六弦(ギター)

Bought it at the Five and Dime
ファイブアンドダイムで買ったんだ

Played it till my fingers bled
指から血が出るまで弾いたのさ

う~ん、いいねえこれ。今の自分にもちょっとだけ重なるし…。しどろもどろながら歌詞をなぞって唸り始めた私を制し、妻がこう言いました。

「あ、歌はいいから。ギターだけ練習してくれる?」

大好きなブライアンのボーカルが頭の中に流れてるので、余計な声を出さないでくれ、とのこと。

うん、そうだよね。そう来るよね。…そう来なくっちゃ!


4 件のコメント:

  1. 日本の場合「ほめ殺し」って場合があるから、むやみに褒められると、あやしいんじゃないかと勘繰ってしまうのかもしれないね。まあ、それもウチらのようなオヤジ世代の性質かもしれないから、最近の日本の若者たちは「ホメて伸ばしてくれ」と臆面もなく言いそうな気はするが。。。
    オイラなんかは「礼には及びません、仕事ですから。」のセリフに「くーっ、カッコいい!」って思ってしまうクチなのだが、米国ではどうなのかね? ちなみに英会話の質問サイトにはこんなのもあったが、実際に使われることはあまりないのカナ。
    http://eikaiwa.dmm.com/uknow/questions/13035/

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    1. そんなセリフ、アメリカ人から聞いたことないなあ。サンキューって微笑むのが普通みたい。よく考えてみたらこのセリフのカッコよさは、途轍もなく危険で困難な仕事を成し遂げた後に出た場合に際立つんだよね。日々の業務を褒めた時にこれ言われたら、上司は「なんだこいつ、めんどくさいな」と眉をひそめると思うよ。

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  2. 我々昭和の人間は、貧乏性で育ちましたから笑。何せ、「愚妻の料理ですが、お口に合わなくてすみません」なんていったら、イノチが危ない文化の国であります。

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    1. 昭和の人間…。少し若いシャノンと話したところ、彼女も私と同じ感覚の持ち主でした。「ここ最近のほめ過ぎ傾向はしっくりこないわ。」と言ってました。アメリカにも「昭和の人間」みたいな括り、あるかもしれません。

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