2017年11月11日土曜日

Take the fortune by the forelock 幸運の前髪をつかめ

先週土曜の五時半、日もすっかり暮れた後、夫婦でラホヤへ向かいました。立体駐車場の一階に車を停めて長い階段を上り切ると、ハイアットリージェンシーの高層ホテルが見下ろすレストラン群が目の前にさっと開けます。ライトアップされた椰子の木々に囲まれた半円形の車寄せには、滑らかな車体がキラキラと光を反射するベンツやテスラが引っ切り無しに停まり、バレーパーキングのボーイ達がしなやかに動き回って搬送係をこなしています。大きく胸元の開いた黒いイブニングドレスに身を包んだ細身の白人女性や、身体にピッタリした仕立ての良いジャケットを着た銀髪の紳士などが次々に降りて来る。

我々が向かったのは、Truluck’s(トゥルーラック)というシーフード&ステーキ・レストラン。オープンテラスの立食エリアでカクテルグラスを手に談笑するグループの中には、見慣れた顔がちらほら。そう、これはプロジェクトの重要なマイルストーン達成を祝うパーティーだったのです。チームメンバーに加え、クライアントや協力会社の面々が、奥さんや旦那さんを連れて参加。食前酒とアペタイザーが行き渡った頃、テーブルの用意が出来たので中へどうぞ、とウェイトレスに誘われます。

案内された個室には、六人掛けの丸テーブルが5つ。我々夫婦は、大ボスのテリー夫妻、女優並の完璧メークを施した部下のシャノン及びそのご主人フランクと、輪になって着席。壁には大型液晶モニターが二枚設置されていて、スライド・ショーが始まっています。広大な丘陵地の遥かかなたまで延々と続く高圧鉄塔群、その足元に拡がる茶色い荒地、そしてそこにじわじわと緑の植物が茂って行く様子がYear 1, Year 2とタイトル付きで次々に映し出されます。このプロジェクトは、何十キロにも及ぶ大規模送電線工事で破壊された生物環境を六年半で復元する、という壮大な試み。様々な困難を乗り越え、時には想定外の雨にも恵まれ、本年9月に見事目標達成!このパーティーは、その成功を祝うものだったのです。

乾杯の音頭をとったのは、いつもより唇の紅が目立つセシリア。出席メンバーひとりひとりの名を挙げてその労をねぎらいます。六年半前、協力会社のピートが「一緒にチームを組んでプロポーザルに取り組まないか」と電話をくれた時は、第二子の産休明けホヤホヤだった。詳細を聞かぬまま飛びついたけど、あれが全ての始まりだった。プロジェクト獲得後は、理解のあるクライアントや優秀なスタッフ達とゴールに向かってまっしぐらに突き進んだ。「これはチーム全員の力で成し遂げた成功よ!」すると大ボスのテリーが立ち上がって、

「そもそも彼女の強力なリーダーシップが無かったら、この日は来なかったわ。」

とセシリアの肩を笑顔で抱きしめます。目を潤ませて喉を詰まらせるセシリア。大きな拍手の後、食事が始まります。シーバスやサーモン、リブアイステーキなどのメインディッシュが運ばれた頃、テリーが我々夫婦の方を向いて回想を始めます。

「さあプロジェクトをゲットしたぞ、という段になって、ところで誰がPMになるの?って顔を見合わせたのよ。これほどの規模のプロジェクトを経験したことのあるPMは一人もいなかったから。しかも丁度、新しいPMツールを使用せよっていうお達しが上から届いて、皆で途方に暮れてたわ。そんな時、新ツールのトレーニングに現れたのがシンスケだったのね。セシリアと二人で、”We should get that guy!” (あの人を引っ張り込もう!)って意見が一致して、私が上層部に電話をかけまくったの。」

全くの部外者だった私がこのプロジェクトのPMを務めることになったきっかけが、これだったのですね。6年半の時を経て、点と点が繋がりました。人の縁というのは、本当に不思議なもの。あの時ピートの電話を受けたセシリアが話に飛びつかなかったら、いや私のトレーニングのタイミングがちょっとずれていたら、あるいは責任の大きさに怖気づいて辞退していたら、僕は今この席に座っていなかったんだなあ、と感慨ひとしおでした。

パーティー終盤、別のテーブルにいた若い同僚エリックに妻を紹介しました。大学で昆虫学を専攻し、今ではこのプロジェクトの中心メンバーになっている彼。伸びた金髪を後ろで束ね、短いポニーテールにしています。うちの息子が最近彼のお世話になっていたので、夫婦で挨拶に立った、というわけ。

息子の通う高校の三年生は全員、一月に一ヶ月間現場実習(もちろん無給)を経験することになっています。勤務先を自分で見つけて来なければ学校側が勝手にあてがうという段取り。環境系の仕事に興味を持ち始めている息子が私に職探しの協力を求めて来たため、エリックに心当たりを尋ねたところ、Natural History Museum (自然歴史博物館)を紹介してくれたのです。彼自身が数年前までそこで働いていたため、今でも何人かの職員と繋がりがあるのだとか。

「今度の火曜日に採用面接があるんだ。博物館がどんなところで何の仕事をするのか聞きたがってるから、息子と話してくれるかな?」

「もちろん。明日の午後だったら大丈夫だよ。」

と快諾のエリック。

翌日の夕刻、再三のリマインダーをよそに、いつまで経ってもエリックに電話をかけようとしない息子に苛立った私は、とうとうキツく詰りました。

「おい、午後と言ったら普通は暗くなる前だぞ。折角与えてもらった機会をどぶに捨てるような真似だけはやめろよ。」

これにようやく重い腰を上げた渋面の息子は自分の部屋に籠り、ドアを閉めます。十分ほどしてからニコニコ顔で出て来て、

「沢山話をしてもらった。すごく面白そうな仕事だよ。紹介してくれて有難う!」

と興奮を滲ませます。何でも先延ばしにする傾向がある彼は、こうして執拗にプッシュしてやらないとなかなか行動に移らないのですね。この性格は絶対ヤバいぞ、直ちに方向修正してやらなければ、と危機感を抱いた私は月曜の朝、彼を学校へ送る車中、

「チャンスには前髪しか無いっていう話、前にしたよね。すれ違いざまに掴もうとしたら、後頭部はツルツルだって。」

と説教を始めました。

「問題は、そいつの外見が大抵の場合、それほど魅力的じゃないってことなんだ。だからつい見過ごしてしまいがちなんだよ。常に目を光らせ、見た目がどうあれ、これはチャンスかも、と思ったら素早くそいつの前髪を掴む癖をつけた方がいい。」

オフィスに到着し、向かいの席のシャノンに「チャンスの前髪」の話題を振ったところ、そんなフレーズは聞いたことが無い、との返事。ちょうどシャノンとの打ち合わせに現れたポーラにも聞いてみたのですが、私も知らないわ、と首を振ります。ええ?これって一般に流通してないフレーズなのかな?さっそくネットで調べてみたところ、どうやら私の誤解だったようで、前髪を垂らしてるのはチャンスでは無く、fortune(幸運、運命の女神)とかtime (時間、タイミング)なのだそうです。

Take the fortune by the forelock
「幸運の前髪を掴め」

Take time by the forelock
「時間の前髪をつかめ(タイミングを逃すな)」

しかしこうしてきちんと調べがついた後でも、「初耳だわ」と首を傾げるシャノンとポーラ。英和辞典には出てるのにアメリカでは知名度ゼロのフレーズを見つけちゃったぞ…。そもそもForelock (前髪)いう単語ですら、日常会話に登場した試しが無いしなあ。

「でも、意味はすんなり入って来るわね。実感として分かるもの。」

とシャノン。

「でしょ!一昨日のパーティーで思ったんだけど、あのプロジェクトのPMを任されたことで、その後の人生が大きく変わったんだ。その時は結構迷ったんだけど、引き受けて本当に良かったなあってね。」

レストランの名前Truluck’s(トゥルーラック)が「True Luck(本当の幸運)」にも聞こえることに気付いて更に感慨が増したこと、腰が異常に重い息子にこのフレーズを教えてやったこと、などを話していた時、ホノルル支社上下水道部門長のレイからメールが入りました。

「クライアントから、急ぎでCPMスケジューリングをやって欲しいって頼まれてるの。時間作れるかしら?」

彼女のメールをスクロールして行くと、支社内の複数の社員たちに打診して来た様子が窺えます。誰からも色よい返事がもらえず、とうとう本土の私に話を振って来た、というところでしょう。

「もちろん、喜んで力になるよ。」

と素早く返信。するとさっそく電話会議がセットされ、チーフエンジニアのアンも含めて内容を掘り下げました。クライアントの組織改変後、所掌範囲の交通整理が甘かったと見えて、最終処理場の移設計画が頓挫している。このまま手をこまねいていれば、進行中のプロジェクトの終結も先延ばしになってしまう。大至急移設作業をスタートしたいけど、エリア内で進行する他の工事との兼ね合いを鑑みると、そう簡単には動けない。詳細なスケジュールを作成してクリティカルパスの見極めを行う必要が生じて来た。ついてはプロに頼めないか、という依頼だったのです。

「手を挙げてくれたのはあなた一人なのよ。本当に有難う!」

と何度も感謝の意を述べるレイ。

「いやとんでもない。こういうチャレンジを突きつけられると燃えるタイプなんだよ。ところで話を聞いた限りでは、クライアント側にも全ての事情が分かっている人がいない可能性が高いよね。こういうケースでは担当者を回って、一人一人から細かい情報を引き出す作業が必要になると思うんだ。」

「なるほど。言われてみれば確かにそうね。」

とレイ。

「電話で済むかもしれないけど、実際に会いに行った方が遥かに効率的な作業が出来ると思うんだ。出張した方が良ければそう言ってね。ま、予算があればの話だけど。」

「分かったわ。検討させてね。近日中にクライアントと予算折衝するから。」

おいおい、ハワイ出張のチャンスが転がり込んで来たみたいだぞ…。

電話を切りつつ、思わず独り言を呟いていた私でした。

「ほ~らね。」


2 件のコメント:

  1. 「幸運の女神~」のフレーズは、もしかしたら日本でだけ有名なのかもヨ。その原因はこの曲にあるのではないかと思うのだが。。。
     http://www.kasi-time.com/item-14860.html

    ハワイ出張ってのは中々魅力的だね。沢木耕太郎もあちこち旅行してみたけど、一番良いのは実はハワイみたいなことを言っているよね。
    ただ、年末近辺のハワイは実は冬季になるので、一年の中ではちょっとイマイチの時期らしいゾ。ノースショアでサーフィンする人たちにとってはこの時期がトップシーズンみたいだけどね。

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  2. おおっ!竹内まりやが犯人だったのか!この曲は知らなかったぜ。

    前回のホノルル出張では腰痛で全然動けなかったので、次回はカウアイ島でも行きたいな。

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