2017年9月16日土曜日

I cleaned his clock 彼の時計をキレイにした

月曜は、2017年度自己業績評価の提出締め切り日でした。会計年度の最終月である9月に過去一年の活躍を振り返り、自分がどれだけ会社に貢献して来たかをそれぞれアピールする。これに直属の上司とそのまた上層部が評価を加え、個々の社員の一年間の成績を最終決定する。それが来年一月からの新給与に反映される、という仕組み。

ここ数年で私のチームは拡大のスピードを増し、今では部下5人。皆、極めて優秀で勤勉です。直属の上司として私が書き込むコメントを、本人が読み納得してサインをする仕組みになっているので、いい加減な仕事は出来ません。来週はじっくり時間をかけ、この大事な任務に取り組む予定です。

さて火曜日は、熟練PMキースとの打合せがありました。一年前からサポートして来た彼の裁判所設計プロジェクトに、思いもよらぬ展開があったと言うのです。

我が社が買収した別会社の在庫プロジェクトをあてがわれたキース。財務分析を依頼された私が開腹手術を施したところ、重篤な病に罹っていることが判明した、というやっかい物。契約前のネゴシエーションで誰かが大幅なディスカウント要求を呑んでしまったため、仕事を進めれば進めるほど出血して行く、という最悪の事態。とんでもないルーザー(負け犬)プロジェクトの登場に上層部はパニックに陥り、何とかしろ!の一点張り。冷静に考えれば誰でも分かることだけど、そんな不当な契約書に誰かがサインしてしまった時点で勝負はついているのです。PMのキースがいかに優秀でも、大逆転出来るシナリオなんてあるわけが無い。私は彼と何時間もかけ、「出血を最小限に食い止める策」をいくつも検討しました。しかしそれを提出する度に完全無視を決め込む上層部のB氏。「黒字に戻す策を送って来い」と新たなメールがキースのインボックスに届きます。しまいには、本社からのお偉方を含めた会議で対策を問われた時、

「解決策を作るようPMのキースに再三指示したんですが、彼が一向に応答しないんですよ。」

と生贄にされてしまったのだそうです。思ってもみなかった展開に、さすがにムカッと来たキース。

「ちょっと待って下さい。ちゃんと返事は送ったじゃないですか。正確な送信日時を言いましょうか。少なくとも5本は対策案を書いてメールしましたが、一度も返信を頂いてませんよね。」

実はキース、前もって本社のエグゼクティブ達にこっそり根回ししておいたので、はなから嘘はバレバレだったのです。公然と顔を潰されたB氏は憤怒の表情で黙り込み、そのまま本社から長々とお叱りを受けたのだそうです。その後一度オレンジ支社の廊下でバッタリ出会ったのですが、彼は目も合わせようとしなかったのだとか。

そんなストレス特大の案件に、今度はどんな展開があったというのか?

「先週になってクライアントがさ、契約を破棄したいと言って来たんだよ。」

ええっ?そりゃまた意表を突いた展開。

大統領の交代で議会の勢力地図が塗り替わり、裁判所建設予算が宙に浮いた。この先どうなるか分からない情勢で、これ以上設計プロジェクトを継続する理屈が立たない。ずっと良い仕事を続けて来てもらったのに申し訳ないが、おしまいにさせて欲しい、と謝罪モードのクライアント。

「長いこと関係を断ちたくてたまらなかった彼女から、先に別れを切り出されたみたいな気分だよ。しかも、あなたみたいな良い人を傷つけちゃってごめんなさいね、なんて感じで謝られてさ。」

「うわあ、そこまで都合良過ぎるシナリオは、さすがに思いつかなかったなあ…。」

と私。

“It couldn’t be better!”
「これ以上ない展開だよ!」

と静かに頷きながら満足そうに笑うキース。ちょうど業績評価の時期に間に合って良かったね、と言おうとして、ふと躊躇います。耳の痛いニュースはことごとく無視し、保身のためには平気で部下を売るような人物のB氏が、この顛末をどう受け取るかちょっと予想がつきません。そのことを漏らしてみたところ、苦笑いを浮かべて放ったキースの一言がこれ。

“I cleaned his clock.”

直訳すれば、

「彼の時計をキレイにしてやったもんな。」

です。ん?

“And he’s my direct supervisor.”
「しかも彼は僕の直属の上司と来てる。」

と続けるキース。う~む。なんなんだ?時計をキレイにするって…。

打合せ後、さっそくネットで調べてみたところ、Clean someone’s clockは「誰かをこてんぱんにやっつける」という意味のイディオムでした。確かにキースは本社のお偉方の前で、B氏にクロスカウンターをお見舞いしてやりました。きっとそのことを言っているのでしょう。でもなんで時計?

同僚五人に聞いて回った結果、人間の背丈ほどもあったかつての置時計から来ている表現だろう、ということで見解が一致しました。文字盤を顔になぞらえ、不細工な相手に

“Fix your clock!”
「時計を直せよ!(その醜い顔をなんとかしろよ!)」

と言ってからかったことから始まり、いつの間にかClean the clock 「顔を思い切り殴って倒す」ことに変わって行ったのじゃないか、という説明。スポーツや討論会で、対戦相手をこっぴどく打ちのめした時に使うイディオムなのだそうです。キースが言いたかったのは、こういうことでしょう。

“I cleaned his clock.”
「(B氏を)コテンパンにやっつけちゃったもんな。」

これまで君から受けて来たサポートに対する感謝の印として昼飯をおごらせて欲しいというので、金曜日、Monelloという洒落たイタリアン・レストランへ行きました。生パスタを使った絶品カルボナーラに舌鼓を打ちながら、ずっと心に引っかかていた質問をぶつけてみる私。

「相手に非があるとは言え、本社のお偉方の前で直属の上司の顔を潰しちゃったわけでしょ。年度末の業績評価が不安にならない?」

客観的に見れば、キースの対応は完全な正当防衛。でも、年次業績評価直前というタイミングなだけに、ちょっと心配になって聞いてみたのです。すると彼が、ニヤリと笑ってこう答えました。

「クビにしたければしてもらって結構。不安なんか無いね。ここだけの話だけど、毎月のようにあちこちからヘッドハンティングのお声がかかってるんだ。何故B氏が僕を切らないのかと言えば、結局のところ、僕が稼ぎ頭だからなんだよ。彼はマネジメントに専念していて、プロジェクトを一件も担当してない。部下たちの稼ぎの上澄みをすすって生きてるわけだ。歳入源である僕のような人間を失えば、たちまち自分の首が危うくなる。だから切れないんだよ。」

これはまた、意外なほど強気な発言。そんなかっこいいセリフ、一度でもいいから吐いてみたいもんだ、と感心しきりの私でした。


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