2017年3月4日土曜日

War Room 作戦司令本部

今週は、ロスのオフィスに朝から晩まで缶詰状態でした。先月中旬全米で使用開始した新PMツールのユーザーサポート用に設けられた「War Room(ウォールーム)」に配属されたのです。直訳すると「いくさ部屋」、意訳すれば「作戦司令本部」というところでしょうか。北米全域(カナダやハワイも含む)で想定される諸問題に対処するため、フロリダ州オーランドに一ヵ所、そしてロサンゼルスに一ヵ所設置されました。

過去7年間馴染んで来たMS-DOS風の旧システムを、いきなり「最新版マックに総とっかえ」くらいの劇的な移行です。数万人の初心者が一斉に使い始めるので、さすがにトラブル無しというわけには行かないでしょう。しかしながら、皆が道具に慣れるまで一旦ビジネスを止めましょう、なんて甘い事も言っていられないので、こうして鉄壁のサポート態勢を敷いたというわけ。

各支社のスーパー・ユーザー達が手に負えない問題をまず地域代表のスーパーユーザー達に上げ、彼等でも無理な場合はこのウォールームに持ち込む。ロス本部に配置されたのは私の他、本社のIT担当アーネスト、ヒューストンから来た大ベテランのベッキー、それにオーストラリアはメルボルン支社から駆け付けたジャクリンの四人。オーストラリア勢は去年からこのツールを使っているので、彼女は一番の経験者。そんな我々四人が知恵を寄せ合っても歯が立たない場合はフロリダのグループと話し合う。それでも駄目なら別室で控える総元締めのジョディに上げる。彼女がソフトの不具合と認めればプログラマー集団に修正コーディングを依頼する、という段取り。

去年Ninjaとしての特殊訓練を受けオーストラリア出張までさせてもらった手前、大っぴらには言えないのですが、実はあまり期待に応える自信が無い私。なんだかんだ言っても、実際のソフトに触る経験は一般ユーザーとほとんど変わらないわけです。こんな偉そうな椅子に座る資格は無いんだよなあ…と、弱気の虫が頭を持ち上げます。

そんなわけで月曜の朝、着席と同時にじゃんじゃん鳴り始める電話に、恐る恐る対応する私でした。

「トロントからかけてます。プロジェクトの予算変更を提出したらこんなエラー・メッセージが出て、○○をクリックしたら今度は○○がおかしくなって…。」

「ニューヨークの○○だけど、どうしてもこれが分からないんだ…。」

こんな調子で、既にみっちりトレーニングを受けて来たスーパーユーザー達ですら「お手上げ」の難問がどかどか飛び込んで来ます。電話の主にはニンジャ仲間のティムやエリックもいる。そんな彼らが頭を抱えるような問題が、ボクニワカルワケナイジャンカ。ベッキーやジャクリンに聞こうにも、彼女達だってひっきりなしに電話に出てるし。

仕方なく毎回、「調べて折り返し連絡します」と答えるしかない私。その場ですっきり解決してもらえるだろうと息を弾ませていた相手が電話の向こうでがっかりする様子を想像し、気持ちがちょっぴり沈みます。何とか調べて一件解決する間に新たなお題が三件くらい、電話とメールとテキストを介して飛んで来る。未解決の懸案がみるみる山積みされて行く。朝8時から夕方6時過ぎまでほぼ休みなしでこの状態が続き、じわじわと精神的消耗が増してくる。そして水曜の午後5時過ぎ、まるで突然のガス欠に見舞われたかのように脳が停止してしまいました。ヤバい、何とか持ち直さなくては…。

そんな時、廊下の向こうから懐かしい顔が現れます。9月にダラスでトレーナー養成のための集中講座で「同じ釜の飯を食った」、ミリセントというオーストラリア出身の女性社員。当時はニューヨーク支社に勤務していたのですが、最近ロス支社に引き抜かれ、一週間前重職に着任したばかりだと言います。先週半ばに同僚から紹介されたジャクリンが偶然にも同郷だと分かり、意気投合して週末二人で遊びまくった、とのこと。

「これからジャクリンとご機嫌なバーに行くんだけど、シンスケも一緒にどう?」

もともとスーパー下戸な上に心底疲れ切っていた私は、やんわり断ろうとしました。ところが、

「そこのメキシカン料理が抜群に美味しいのよ!」

という言葉にぐらり。腹減ってるし、じゃ、ちょっとだけ行くか、と乗っかります。

水曜の7時前だというのに、BAR AMAは既にほぼ満席。かろうじてテーブル席を確保します。次々と運ばれるスパイスの利いたエキゾチックな料理に舌鼓を打ちつつ、ジャクリンとミリセントの話に耳を傾けます。

ジャクリンは、二十代半ばまでオーケストラでフルートを吹いていたという変わり種。ベルリンフィルみたいな一流どころに所属していれば話は別ですが、この楽器で飯を食っていくのは至難の業なのだそうで、将来を案じた彼女は一大決心し、音楽の道を断念。それから職を転々とします。チェコで英語教師、イギリスでフライトアテンダント、オーストラリアに戻ってウェイトレス、と色々やっているうちにリクルーターの友人に勧められ、今の会社に入ったのだと。一方ミリセントは、ニューヨークで出世のチャンスが巡って来なかったので、自らロスの人脈を当たり、今回異例の昇進をゲットして引っ越して来たのだそうです。オーストラリアの同じエリアで育った二人がここロサンゼルスで巡り合った偶然にあらためて驚嘆していた時、ふと私があることを思い出します。

「あのさ、オーストラリア出張前のトレーニング中、ご当地ネタで盛り上がってたんだけど、どうしても分からないことがあったんだ。男子用競泳パンツを、オーストラリアではなんとかスマグラーって呼ぶって聞いたんだけど、あれどういう意味?」

くすりと笑って顔を見合わせるジャクリンとミリセント。

「バジー・スマグラーのこと?」

「あ、それそれ。アメリカじゃスピードゥって呼ぶでしょ。何なのそのバジー・スマグラーって?」

するとジャクリンがiPhoneを取り出し、さくっと写真検索してこちらに差し出します。水色や黄緑色の、可愛いセキセイインコが並んでいます。

「これがBudgie(バジー)よ。」

「あ、これは知ってる。子供の頃飼ってた!」

「こういうバジーをスマッグル(密輸)するってこと。分かるでしょ?」

インコの密輸業者?パンツが?しばらく考えてからようやく合点が行き、こらえ切れず笑い出す私。

「私達とこんなこと話したって、よそで言っちゃ駄目よ。」

とミリセント。

ここへちょっと遅れて、ジョディが到着します。

「私達、今ちょうどシンスケにBudgie Smuggler(バジー・スマグラー)の意味を教えてたところなの。」

と笑う二人に、ジャケットを脱ぎながら顔色ひとつ変えずジョディが返します。

「私の男友達なんて、俺のはファルコン・スマグラーだって粋がってたわよ。」

彼女もオーストラリアからの出張組。実はこの人が今回の新PMツールの生みの親なのです。二年前、「業務体制の抜本的改善をしよう」という小さなプロジェクトがスタートした際、オリジナルメンバーの一人だった彼女。それが段々と膨らんでいき、世界規模でのPMツール開発となったのです。

「苦労して産み育てた我が子が、高校卒業して家出るのを見送る気分ね。」

その時のチームで、今でも会社に残っているのは彼女だけ。もう一人の育ての親クリスティーナは、数か月前、突然辞職してしまいました。

「ふたりの子供がいるのに一年の大半は出張だったでしょ。このままじゃ家庭崩壊、というところまで追い詰められてたの。すごく悲しかったけど、クリスティーナの将来のためには正しい選択だったと思うわ。今週末は、オーストラリアに戻る前にボストンへ飛んで、彼女と飲むのよ!」

ジョディはこの後、新PMツールの今後の展開について詳しく教えてくれました。イギリス、アイルランド、アフリカ、シンガポール、上海、香港。そしてヨーロッパおよび中国全土へ。

「アフリカでトレーナーが必要なら、絶対私をリストに入れてね!」

とミリセント。

「今だから言うけど、Ninjaに選ばれなかった時は結構落ち込んだのよ。オーストラリア出身の私がどうしてオーストラリアのサポートに呼ばれないの?って。次のチャンスは絶対逃したくないわ。」

気鋭のキャリアウーマン3人との食事は非常に刺激的で、まるでかつての人気ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」のワンシーンに紛れ込んだかのようでした。タイプで分けると、

ジャクリン=キャリー
ミリセント=シャーロット
ジョディ=ミランダ

てな感じでしょうか。

二杯のカクテルを飲み干した頃には、ミリセントとジャクリンとの会話は幾分かキワドくなっていました。オーストラリア特有の英語表現について尋ねると、卑猥な言い回しを次々と繰り出す二人。使う機会が無さそうなのでひとつもメモしませんでしたが。

「そうだ、思い出したわ!」

と突然目を見開いて声を上げるミリセント。

「9月のダラスでのトレーニングの中日が終わって、暑い中みんなでホテルへ戻ったの。すし詰めのエレベーターは蒸し風呂状態だったわ。その晩のグループディナーにどんな服装で臨むべきかという話になった時、誰かが、こんなに暑いんだからカジュアルでいいんじゃない?って言うの。そこで思わず私、Thongで行こうかしら、って呟いたのね。その瞬間、ガラリと周りの雰囲気が変わるのを感じたわ。隅っこにいたフィルがニヤつきながら、ズボンも履いて行った方がいいぜって言うの。」

ジャクリンとジョディがくすくす笑っています。話のオチが呑み込めない私は、眉をひそめて先を促します。それを見てゲラゲラウケる女性陣。

Thongっていうのは、オーストラリアではビーチサンダルのことなのよ。」

とミリセント。で、アメリカではどういう意味なの?と尋ねる私。

「ひもパンというか、Tバックのことね。」

とジャクリン。再び爆笑する女性陣。

後半は下ネタ満載だった夜会を終え、皆にさよならを言ってホテルまでの夜道を一人歩きます。部屋に戻って椅子に座り、ミリセントにお礼をテキスト。

「女子会に混ぜてくれてありがとね。楽しかったよ。」

間髪入れず、返信が届きます。

“We are a family now, of course you are always welcome!”
「私たちはもうファミリーよ、もちろんいつでも大歓迎!」

ウォールームのストレスで押し潰されそうになっていただけに、嬉しい一言でした。そうだ、こうして敢えて厳しい環境に身を置いているからこそ、優秀で面白い人達に会うチャンスが増えるんだ。試練から逃げずに進んで来て本当に良かった…。

就寝前にYouTubeをブラウズしていて、ふと見つけたH-Jungle with T“Wow War Tonight”に久しぶりに聴き入りました。後半にこんな歌詞があり、じわっと来ました。

いつの間にやら仲間はきっと増えてる
明日がそっぽを向いても走りまくれよ
そうしてたまには肩を並べて飲もうよ


6 件のコメント:

  1. 「同じ釜の飯を食った仲」ってのは「共に苦労した仲間」って意味だってことを、最近の若いのは判ってないんだよね、本当に一緒の食堂で飯を食った事だと思ってるんダワ(笑) 仕事だけでなく、クラブ活動なんかも厳しい程連帯感が生まれるしね。その最たるものは戦争だったりするのか。。。

    今回のオチに関連して、こんな70’の曲を思い出したヨ
    https://www.youtube.com/watch?v=eBpYgpF1bqQ

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  2. 映画で使われてたカバー曲で記憶してたよ。これがオリジナルだったのか。耳にこびりつくサビだねえ。

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  3. この曲は”おしゃれフリーク”で一発当ててたシックのナイル・ロジャースがそのご褒美として「好きなアーティストをプロデュースしてみな」と言われて作ったヤツらしい。いかにもライル・ロジャースっぽいよね。
    http://mettapops.blog.fc2.com/blog-entry-1601.html

    競泳用海パンを「スピードゥ」というのは何から来てるんだろう?黎明期から競泳用パンツを作ってる「SPEED」ってメーカー名からなのカナ?
    日本ではブーメランとか呼ぶよね。芸能人水泳大会で西城秀樹が穿いてたからって聞いたことあるが。。。同じ系統のネタとしては、パンツからはみ出してる陰毛をギャランドゥって言ったりするのだね。

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  4. そう、メーカー名だね。ギャランドゥはこっちじゃ通じないと思うよ。そもそもそれって何語?

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  5. 作詞作曲のもんたよしのりが雰囲気で作った造語らしいヨ。
    http://dic.pixiv.net/a/%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5

    もんたよしのり版のギャランドゥはソウルフルでなかなかカッコいいぞ。
    http://www.dailymotion.com/video/x7jgac_%E3%82%82%E3%82%93%E3%81%9F%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%AE%E3%82%8A-%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5_music

    そしてしつこいようだが史上最強のデュエット曲
    http://www.dailymotion.com/video/xa55ng_%E3%82%82%E3%82%93%E3%81%9F%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%AE%E3%82%8A-with-%E5%A4%A7%E6%A9%8B%E7%B4%94%E5%AD%90-%E5%A4%8F%E5%A5%B3%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%82%A2_music

    この曲の逸話として、レコーディング前にはお互いに
    もんた「あんな気持ちの入っとらん歌手、ディナーショだけやっとりゃエエんじゃ!」
    大橋「ヤダ、なんであんな小汚い人とデュエットなの・・・」
    みたいな感じだったのに歌ってみたらバッチリ大爆発だった、みたいな話があったとか無かったとか・・・

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  6. 勉強になりました。流行る言葉には、それがたとえでたらめでもパワーがあるんだね。「夏女」というのも、ぐっと来る単語だよね。素晴らしい…。

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