2016年9月11日日曜日

Cut from the same cloth 同じ生地で出来ている

火曜日の朝、久しぶりにオレンジ支社へ。きっかけは、南カリフォルニアの建築部門を束ねるリチャード(「スキンヘッド」リチャードの上役)から木曜の午後に受けた一本の電話でした。

「進行中の刑務所設計プロジェクトを担当していたトムが辞職したんだ。新しいPMをあてがったんだけど、この会社に来てまだ日が浅くてシステムに慣れてないんだよ。サポートを頼めないか?」

急遽、新PMチームのマークとドン、他数名のメンバーとオレンジ支社の会議室で初顔合わせです。私が金曜に作成し送付しておいた財務分析をネタに、今後のマネジメント方針について議論を重ねました。

12時過ぎに打合せを終えて会議室を出ると、重鎮PMのキースに呼び止められました。彼は空港プロジェクトがきっかけで知り合った、コンストラクション・マネジメントのエキスパート。現在、二年前に私が担当から外された地元刑務所プロジェクトのPMを務める一方、四年間の中断を挟み一月からの再スタートが決まったテキサスの刑務所プロジェクトを担当することになったというので、ここ数週間彼のサポートを続けているのです。

「何の会議だったの?」

と尋ねる彼に、

「今年三件目の刑務所プロジェクトに関わることになってね。初のチーム・ミーティングを終えたところ。なかなか刑務所から足を洗えないでいるよ。」

と冗談めかして答える私。

“You are a prisoner of prison jobs!”
「刑務所仕事の囚われ人だな!」

そう言ってキースが笑います。

この後彼は、先週私から受け取った財務分析を聞いた上層部が大騒ぎになっている様子を話してくれました。既に前任者が会社を去っているプロジェクトの蓋を開けてみたら火の車だった。これは実によくある話です。私の役目は、そういう状況を詳細に分析して改善のシナリオを提案することですが、どう考えても上層部が満足出来るようなシナリオを作るのは不可能だ、という場合は正直にそう告げるしかない。

キースはひとしきり愚痴に近い説明をした後、現在進行中の刑務所プロジェクトに話題を移しました。そして、クライアントから受け取った長文メールを私に見せ、深々と溜息をついたのです。

「またもや苦情の嵐だよ。うちの仕事に対するダメ出し満載のメールだ。事細かに、何故彼らが不満なのかを書き連ねてるんだな。」

そして、こうまとめます。

“They are all cut from the same cloth.”

直訳すれば、「彼らは皆、同じ布地で出来ているのさ。」ですね。色や形は様々でも、同じ布地から出来ている服は根本に共通の肌合いがある、という意味。

キースのこのうんざりした表情には、深いワケがあります。何度かのミーティング中、刑務所プロジェクトに限って何故それほどクライアントとのトラブルが多いのかを尋ねたことがあるのです。彼の説明が、これ。

1.そもそも刑務所の建設は、その土地で百年に一度あるかないかという稀な事業。発注担当者にとっては全てが初めてづくし。コンサルタントにどう指示を出すか、設計変更をどう処理するか、などというノウハウは誰も持ち合わせていない。プロのこちらが当然と思っている基本的手続きも、彼等にとってはちんぷんかんぷん。常識の隔たりの大きさゆえ、誤解によるトラブルが簡単に発生する。
2.刑務所勤務が長い担当者たちは、受注者が自分達の命令を従順に受け入れるのが当然と考えるきらいがある。法律上は対等な契約関係にあるはずなのに、権威を武器に無理な要求をごり押しして来る。たとえ純粋に彼等の気まぐれによる設計変更であっても、無報酬で実施するよう真顔で迫ってくる。こちらが抵抗すればこれを圧力でねじ伏せようとし、無抵抗でいれば新たに要求を積み重ねて来る。
3.刑務所担当者たちは、鼻っから人を疑ってかかる傾向がある。我々が真面目に成果品を提出しても、どこかで手を抜いて騙そう、誤魔化そうとしているんじゃないか、と常に身構えている。小さなミスを発見すると、鬼の首を取ったようにいつまでも責め立てるので、仕事が前に進まない。

「囚人相手の仕事を来る日も来る日も続けているんだから、そういう性格になっていくのも仕方無いと思うんだ。常に人を疑い、四の五の言わせず屈服させる。日々この繰り返しだからね。遠い知人で刑務所管理のポジションへ転職した人が複数いるんだけど、みな最終的に離婚や家庭崩壊を経験してるよ。生活面にも必ずその影響が及ぶからね。」

それがカリフォルニアであれテキサスであれ、刑務所建設プロジェクトに携わるPMは、まず間違いなくクライアントとのコミュニケーションから大きなストレスを受けるのだそうです。先ほどのキースの台詞は、こういう意味ですね。

“They are all cut from the same cloth.”
「(どのクライアントも)根っこのところはみんな同じなんだよ。」

さて金曜のランチタイム、食堂でカナダ出身の同僚ジェフと会いました。十数年前サンディエゴ支社への異動が決まり、レンタルトラックに荷物を載せて国境を渡った時の経験を話してくれました。意気揚々とアメリカ第一日目を迎えようとしたところ、入国管理官から執拗な尋問を受けて何時間も足止めを食らったのだと。

「仕事はいつスタートするのかと聞かれたから、会社の規定に従った健康診断を終えたらすぐ、と答えたんだ。そしたら、じゃあ本当に職があるかどうかまだ正式決定じゃないじゃないかって責めるんだな。それからずっと、本当は何か違法な物を持ち込もうとしてるんだろうって詰問されてね。」

ここでジェフに、キースから聞いた刑務所管理官たちの話をしたところ、彼がこう言いました。

「入国管理官も同じだよ。誰が相手でも、まずは疑ってかかるのが仕事だからね。」

とんだ入国一日目になっちゃったね。さぞかし不愉快な記憶でしょう、と私が同情を示したところ、彼が暫くキョトンとした表情になりました。そしてようやく私の発言の意図を理解したように、

「いやいや、あっちは単純に自分の仕事をしてただけだからね。」

と答えます。

「こないだテレビで、空港の入国審査官を巡るドキュメンタリーを放送してたんだけど、ごく平凡な外見をした旅行者が平然と違法な荷物の持ち込みをするのを次々と暴いて行くんだな。いちいち愕然としたよ。インドから来た子連れのおばさんが、スーツケース内に生の食品やフルーツはありますか?と聞かれて、ありませんってはっきり答えるんだ。で、開けてみたら、ビニール袋に包まれた肉やら果物やらが出るわ出るわ。巨大な生の鶏肉まで。そもそもインドから十数時間もかかるのに、その間ずっと生肉積んでて大丈夫なのかよ!って思ったけど、そのおばさんのしれっとした態度を見て、背筋が寒くなったよ。そういう人たちを毎日相手にしてたら、自然と人を疑ってかかるようにもなるってもんでしょ。」

在らぬ嫌疑をかけられて延々と足止めを食らったことに、ジェフは少しも怒っていない。むしろ、ネチネチと質問を繰り返して来た担当者に対して同情まで抱いている様子です。

確かにあらためて考えてみれば、自分だってもしもそういう仕事を選んでいたら、随分違う性格になっていたことでしょう。こちらの常識を根拠に相手の性格を責めたって仕方がない。ここは気持ちを綺麗に切り替えないといけません。

刑務所プロジェクトを担当する際は、クライアントの性格を責めたり恨んだりするのではなく、「コミュニケーションに倍負担がかかる」前提で予算とスケジュールを組むべし!


2 件のコメント:

  1. オイラの日本語訳は「朱に交われば赤くなる」かな。

    日本でも刑務所の建設から運営までをPFIで発注するって事例がでてきてるヨ。当社も島根の案件を受注してます。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E7%A5%A2%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%BE%A9%E5%B8%B0%E4%BF%83%E9%80%B2%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC

    日本の場合、建設担当は国交省・運営は法務省みたいな棲み分けになっていたから、今回書かれているような混乱はないのかと思っていたケド、PFIという手法を取り入れたことでやはり迷走し始めているみたいね。
    http://kemonomichiwoikou.blog.jp/archives/22279971.html

    結論にあるように、この手の案件ではコストがかなりかかるゾ、という共通認識をもつことが重要なんだろうね。但し、そういう認識が皆に広まるまでは、安値受注をして泣きをみる業者が続出することになるのだろうケド・・・

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  2. PFIが刑務所まで適用されてるとはね。オドロキ。コスト削減の方ばかり強調されるきらいがあるけど、受注側が理不尽に苦しまされる側面も議論されるべきだよね。

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