2016年8月28日日曜日

Where’s the beef? ビーフはどこ?

「素晴らしいPMツールを作りました。これさえあれば、進捗管理や人員計画、それにアーンドバリュー管理が簡単に出来ます。木曜のランチタイムにウェブで使用説明をしますので、是非参加して下さい。」

こんなメールが火曜日、西海岸とハワイのPM達に向けて一斉に送られました。これは、去年この地域のプロジェクトコントロール部門トップに座ったR氏のチームによるもの。彼は次々に外部から優秀な人材を雇い入れ、各種PMツールの構築に注力して来ました。

プロジェクトコントロールという仕事には、二つの種類があります。一つは、クライアントの側に立って事業全体の管理を手伝う、というもの。これは空港建設などの大規模プロジェクトに要求されるサービス。スケジュールやコストの分析をしてクライアントに報告する仕事です。二つ目は、社内のPM達の仕事を助ける役割。PMの仕事の大半は、コミュニケーションと意思決定。意思決定のためにはデータの分析が不可欠ですが、ここに多くの時間を費やせば肝心の業務がおろそかになる。で、プロジェクトコントロールというサポートが求められるのです。

私のチームは、この後者の役割に集中して来ました。PMごと、プロジェクトごとにツールをカスタマイズし、二人三脚でプロジェクト管理をする。まるでアスリートとトレーナーのような関係を築いて来たのです。ツールを渡して自分でデータ分析をしてもらおうと試みたこともありますが、その度に失敗して来ました。多忙なPMには、ツールの使い方を学ぶ時間さえ無いのが現状なのです。ではこのトレーナー役の人材を増やせばいいじゃないか、と思われがちですが、会社としてはコストが心配。結局のところ、PMが一人で何でも完璧にこなしてくれるのが一番安いわけですから、プロジェクトコントロールの大幅増員には二の足を踏まざるを得ないのです。それじゃあ最適なバランスはどこなのか?これはなかなかの難題です。

水曜日、オレンジ支社へ出張した際、ロングビーチ支社のウィルとランチルームでバッタリ会いました。挨拶もそこそこにR氏達のPMツール宣伝活動の話題になりました。そもそもの趣旨に一応の賛意を示した後、彼がこう言いました。

“So, where’s the beef?”
「で、ビーフはどこ?」

これは、かつてハンバーガー・チェーンのウェンディが出した人気TVコマーシャルで使われたセリフ。バーガーの中身(大きなバンズの真ん中にミニサイズの肉がちょこんと載せられている)を覗き込んだおばあちゃんたちが、顔を見合わせて怪訝そうに発するセリフがこれなのです。ハンバーガーの主役であるはずのビーフをケチる他社に対し、ウェンディの製品は特大サイズを使ってますよ、という主張。

このCMが元となり、色々飾り立ててはいるが肝心の中身が貧弱な企画や提案を批判する際に使われるようになった表現が、「ビーフはどこ?」なのですね。ウィルが言いたかったのは、こういうことでしょう。

「すごいPMツールを作ったから使ってみろ、と言われてもねえ。PM達が本当に必要としているのは、データを分析した上で問題点の洗い出しとその改善策の提案をしてくれる人的サポートなのに。」

私が訳すとすれば、こんな日本語。

“So, where’s the beef?”
「能書きは分かったよ。で、結局何してくれるの?」

「残念だよね。PM達を苦境から救おうという意図でやってることは確かなんだけど。」

と溜息をつく私に、ニコニコ笑いながらウィルがこう言いました。

“I’d say, thank you for being sorry about us.”
「言わせてもらえば、同情してくれて有難う、だね。」

気遣いは見せても本気で手を差し伸べてくれてはいないじゃないか、同情するなら人寄越せ!という指摘。綺麗にキマッた痛烈な皮肉に彼と二人で大笑いした後、問題の根深さに暫し考え込む私でした。


2016年8月21日日曜日

She’s a unicorn 彼女はユニコーン

北米全域でプロジェクトコントロール部門を立ち上げようと日々奮闘する副社長のパットと、月一回のペースで電話し、情報交換をしています。ただでさえ忙しい彼女が、組織的には直接繋がりの無い私のためにそこまで時間を割く義理は全く無いのですが、

「誰であろうとこの活動に興味を示してくれる人の熱意には応えたいし、あなたと話すことでこちらも得るものがあるのよ。」

と言ってくれています。具体的に何を得られるのか説明は頂いてませんが、これがおべんちゃらでなければきっと、現場で何が起きているかを私を通して知ることが出来る、と言いたかったのでしょう。

我が社は北米を九つの地域に区分しているのですが、このうちの一地域で今、着々とプロジェクトコントロール・グループが形成されつつある、という話をしてくれるパット。そのトップに採用した女性のことを、彼女がこう言いました。

“She’s a unicorn.”
「彼女はユニコーンよ。」

え?ユニコーン?あの奥田民生率いる?じゃなくて、額から角が生えてる馬のこと?羽も生えてたっけ…?

頭の中を異形の馬がバタバタと駆け回り、その後の会話がなかなか入って来ません。電話を切った後、さっそくネットで検索。真っ先にヒットしたのが、

「過去の実績は無いのに市場価値が1ビリオンドルを超えるスタートアップ企業。グーグルやフェイスブックがその例。」

え?そうなの?だとすると、その女性は外部から雇われたために実績は不明だけど、報酬が高いということか?う~ん、腑に落ちないぞ。大体そんな人、雇うか?

同僚ジェイソンと打合せした際、この質問をぶつけてみました。すると、

「現実には存在しない想像上の生き物、という意味だね。」

と、背景説明をあっさり丸ごと無視した解答をくれました。いやいや、そんな妖精みたいなもの、会社が採用するわけないでしょ。

「バイセクシュアルという意味もあるよ。」

と補足するジェイソン。採用した人が両性愛者だったっていうのか?う~ん、そんな爆弾情報、さらりと提供してくれるほどパットに信用されてるとは思えないし…。

数時間後、今度は若い同僚サラに同じ質問をしてみました。

「想像上の生き物で、誰も捕まえたことが無いでしょ。だから、得難い(hard to get)って意味に使われてる表現だと思うわよ。その人、きっと滅茶苦茶優秀なんじゃない?」

おお、それなら分かる!パットのセリフはきっと、こう訳せるでしょう。

“She’s a unicorn.”
「彼女は奇跡的な逸材なのよ。」


ここまで手放しの評価を貰える人に、なりたいものです。

2016年8月13日土曜日

Toned Body トーンされたボディ

金曜の午後は、ヘルスコーチとの電話がありました。これは、社員の健康のために会社が毎年無料で提供しているサービスです。月に一回程度、あてがわれたパーソナル・コーチと電話でヘルス・チェックをし、健康維持を図るのが目的。今回のコーチは、ジョイという女性。

「初回の今日は、私から色々質問しますね。まず、長期と短期の目標から伺います。」

半年後にどうなっていたいか、という質問に、ちょっと考えてからこう答えます。

「今年の初めにアパートから一戸建てへ引っ越してからというもの、全く運動しなくなったんです。以前はアパート内のジムに通ってたんですけどね。お蔭で体幹がすっかり弱っていて、先月は久しぶりに腰痛が復活したんです。これはやばいと思いつつ、なかなかエクササイズを日々のスケジュールに組み込めない。これは誰かにケツを叩いてもらわなきゃ、と思ってこのプログラムに応募したんです。」

「分かりました。それで、六ヶ月後にどうなっていたいんですか?」

あ、そうか。それを聞かれてたんだっけ。

「ま、体幹トレーニングで腰痛を抹殺すると同時にですね…。」

これだけじゃ病人みたいだな、と思ったので、こう付け加えます。

“I want to feel good about myself again.”
「自信を取り戻したいですね.

相槌を打ちながらも、納得していない様子のコーチ。

「なるほど。それは具体的にどういうことですか?どうすれば自信が取り戻せるのですか?」

「ほら、シャワー浴びる前とか、鏡の中の自分を見て嫌な気分になる、そういうのを止めたいんですよ。横っ腹の贅肉なんか見ても楽しくないじゃないですか。」

ここで、ようやく合点がいったと言わんばかりに声を強め、ジョイがこう応えます。

“OK, you want to be toned!”
「分かったわ。トーンされたいのね!」

ん?トーンされる?

「その通り!」

と調子を合わせたものの、いまいち意味が分かりません。

「後日、トレーニング内容を記した資料を送ります。二週間後の今日、途中経過を確認するために電話しますね。頑張って下さい。」

ううむ、何の途中経過を確認されるんだろう?

電話を切った後、急いでオンライン辞書をチェックしたところ、Toneは、「カラートーン(色調)」とか「声のトーン」とかで使われる「調子」という意味の名詞であるとともに、「固くする、強くする」という動詞でもあることを知りました。ジョイが言いたかったのは、こういうことですね。

“OK, you want to be toned!”
「分かったわ。引き締めたいのね!」

Toned Body(引き締まった肉体)を手に入れるため、まずはカレンダーにエクササイズの予定を書き込みました。二週間でどこまでトーン出来るか、楽しみです。


2016年8月7日日曜日

Bigotry ビガトリー

金曜の昼前、大ボスのテリーと打合せがありました。年次業績評価の時期ということもあり、プロジェクト・コントロール・チームの組織化についての話し合いです。正式にはシャノン、ティファニー、カンチー、と三人の女性が私の部下なのですが、他の支社の環境部門(テリーの傘下)にも緩く繋がっているメンバーが複数いて、これが全員女性。

テリーがこんな発言をしました。

“We can think about the other girls later.”
「他のガールズについては後で考えましょう。」

そしてすかさずフォロー。

“Oh, I sounded like Donald Trump.”
「あら、ドナルド・トランプみたいな物言いだったわね。」

この「ガールズ」という表現が不適切だった、という意味。一国の大統領になろうとしている人物とは思えないほど勝手気ままな言葉のチョイスで国民を動揺させているトランプ氏をネタにした、というわけ。クスクス笑いながら、「ウィメン(女性)」と言い直すテリー。

打合せの後、同僚ディックとNA Pizzaでランチ。テリーの発言を話題にしたところ、

Damn bitches(クソ女ども)って言ったのならともかく、そこまで気にするほどの表現じゃないと思うぜ、ガールズなんて。大体そういうのって、発言の主が普段どういう風に人と接しているかによって受け取られ方が変わるだろ。テリーがどんな過激な発言をしようが、みんな彼女の人柄をよく分かってるから、誰も悪意には取らないよ。」

とコメントするディック。

「最近よく思うんだけど、世の中が他人の発言にピリピリし過ぎてどんどん窮屈になっていないか?誰かが何かを言う度に、ゲイを侮辱している、黒人差別だ、女性を下に見ている、とかさ。企業や役所はトラブルを防ぐためにトレーニングを繰り返して、禁句のリストは長くなる一方だ。でもさ、そもそもそんなチェックリストを一生懸命作るより、もっと根本的な教育を充実させるべきなんじゃないかな。」

「というと?」

「ただ単純に、Be nice to people(人に親切にしましょう)っていう一言ですむ話じゃないか。世界中の人が子供たちにそれを徹底して教えれば、あらゆる摩擦がすっきり解決すると思うんだ。」

いつも人一倍理屈っぽい男がこんなにシンプルな発想をしたことが新鮮で、何だかちょっと嬉しくなりました。そんな彼の純粋さに水を差す気は無かったのですが、一応私も意見を述べます。

「でもさ、人間って基本的に弱いでしょ。誰かをけなすことで自分の優位性を確認していないと、辛くてやってられない部分もあるんじゃない?」

彼は深く頷いて、もちろんそれは分かってると言います。

「俺の中にだって、そういう意識はずっと消えずに残ってるよ。」

25歳までサウスダコタの田舎町で暮らしていたため、未だにカリフォルニアの暮らしに馴染んでいないというディック。

「あっちにいた時は、カリフォルニアの人間に対する偏見がすごかったんだ。金の亡者で、うわべだけ親切で、本当は田舎者を馬鹿にしてる鼻持ちならない俗物の集まりだってね。サウスダコタがどこにあるのかも知らないってだけで、お高くとまった連中だ、という結論になるんだな。」

冷静に考えれば、カリフォルニア住民に限らず、他州に関する知識の無い人なんてどこにでもいるはずです。我々だけが責められるべき理屈はない。

「アメリカ中央部はFlyover country(フライオーバー・カントリー)っていう単語で十把一絡げにされてるの、知ってるだろ。」

「いや、知らないな。」

「アメリカ西海岸と東海岸を往復する飛行機が上空を行き交うだけで、旅の目的地にはならない僻地ってことだよ。牛の糞がゴロゴロしてて、通行人がほとんどいなくって、みんな服のセンスは最低、ブサイクで頭も悪いってね。」

「へ~え、初耳だなあ。」

「かなり長いことカリフォルニアに住んでるけど、今でも誰かがその手の発言をする度に、ぴくっと反応しちゃうんだよ。バカにしてんのかこの野郎ってね。」

子供の頃から沁みついた過剰な劣等感というのは、そう簡単に払拭できるものじゃないのですね。

「実家に里帰りした時とかって、皆ディックのことをどう扱うの?カリフォルニアに魂を売った裏切り者って呼ばれてたりして?」

「そういう奴は実際、ウンザリするほどいるよ。二年前のクリスマスに帰った時は近所の連中が大勢集まってくれたんだけど、輪になって畑仕事の話題で盛り上がってる男たちのそばに腰かけたら、あからさまに背を向けて俺をのけ者にしたおっさんがいてね。あれには驚いたしムカッと来たよ。こっちだって実家を離れるまでは皆と同じように農作業をしてたんだぜ。仲間外れにまでする必要はないだろ。でもそのおっさんから見れば、俺はもうカリフォルニア人なんだな。たったそれだけでもう憎たらしいんだ。」

皆がそんな些末なことでいちいち憎しみを抱いてたら、世界の平和はなかなか訪れないよね。という結論で頷く中年男二人。ここでディックが、満を持してキメ台詞らしきものを吐きました。

“Everybody has some sort of ビガトリー.”
「誰だって何らかの形のビガトリーを持ってるんだよ。」

激ウマピザを食べ終わってオフィスに戻る途中、思い切って質問する私。

「あのさ、さっきの単語、意味教えてくれる?ビガとリーとか何とかって…。」

「え?知らなかったの?」

話題と文脈から予測はついたのですが、このまま確認しないですませるとまた暫く忘れてしまいそうだったので、ここは恥を忍んでディックに教えを請いました。

Bigotry(ビガトリー)ね。ほら、俺がさっき言ってたみたいな、カリフォルニアの人間は薄っぺらいから嫌いだ、とかいうやつだよ。偏見に基づいた敵対意識とか憎悪っていう意味だね。」

「サンキュー!新しい単語、ゲットだぜ!」

後であらためて調べたところ、これはbigot(偏狭な人)の変化形で、語源は「フランス語由来でBy God(神のそばに)から来ている」とする説が有力みたいです。極端に信心深い人、という意味から、自分の信仰や価値観と相容れない人を差別するタイプの人に使われるようになったのだとか。

“Everybody has some sort of bigotry.”
「誰だって何らかの形の敵対意識を持ってるんだよ。」


自分の中のビガトリーに気付いたら、根本にある劣等感を排除する必要がありますね。他人と較べない教育やしつけを広めることが、世界平和への第一歩ではないか、とちょっと考えを進めた午後でした。